魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「とある青年と夜天の王」 その1「運命の誕生日」 【1】 ――――???  無駄と思えるほど広く豪奢な部屋。その奥に置かれた執務席に、一人の男が座っていた。  見たところ既に髪は白く、顔に刻まれる皺も深い。もう老人と言って良いだろう。  ……だがその背筋は真っ直ぐ伸び、些かの衰えも感じさせない、実に威厳に満ちた姿である。  只者では、ない。それは彼が身につけているものからも、容易に推察できた。  管理局本局の高級士官用制服に飾られるのは――  “海軍”大将の階級章、  大魔導師であることを示す魔導師徽章、  特級執務官徽章、  その他数多の上級資格徽章、年功・武功勲章……  まさに、この部屋の主に相応しい人物と言える。  ――いったい、何者だろうか?  老人……いや老提督は、先程から何やら真剣な表情で報告書を読んでいる。  そして読み終えると椅子の背もたれに大きく寄りかかり、呻きにも似た溜息を漏らした。 「では、“彼”は例の事件の被害者だというのか…… それも異界からの……」  数ヶ月前に第51無人世界で発生した、ロストロギアの暴走。  “生きた”封印指定級遺跡を盗掘者が刺激し、暴走させた(と考えられる)大事件である。  結果、遺跡は周囲数百kmを巻き込んで消滅。  ――ここまでが、一般に公表された部分。  と言うのも、この件にはとうてい表沙汰にできぬ部分が存在したのだ(まあロストロギア絡みの事件とは大概そういうものだが)。  中でも瞠目すべきことは、「未知の世界体系が明らかになった」ことであろう。  遺跡は、その消滅前に幾ばくかの生物や物質を各地に転送していた。  ……おそらく遺跡内に転送する筈だったのだろうが、途中で力尽きたのだろう。  その結果、転送物を各地にランダム転送したものと思われる。  問題は、これ等の転送元を追跡した所、次元の狭間で途絶えていたことである。  次元の狭間は如何なる生物も……いや原子すらも存在できぬ虚無の海。  これ等の転移物は、それを超えた先からやって来たのだ。  更に驚くべきことは、転送された内容だった。  植木鉢に植えられた観葉植物とそこに潜む虫や微生物、ガラス片、火薬が付着した金属片……  これ等の大半は明らかに人工的なものであり、“むこう側”に知的生命体が存在することを証明していた。  ……そして、自分たちが知る生物・物質と遺伝子・分子レベルまで瓜二つだった。  まるで、虚無の海の向こうに鏡面世界が存在するかのように。  常識を揺るがす大発見である。 ……だが同時に、広めるには早過ぎる事実でもあった。  故に管理局は、この事実を封印した。少なくとも、もう少し世界が成熟するまで。 「幸い、『知的生命体の転移は無かった』との報告を受けていたが……」  老人は大きく首を振った。  転移した生命体は、転送時のショックに耐え切れなかったのか、或いは転送先の環境や事故によるものか、 その大半が既に死に絶え、運良く生き残った極少数も重大な障害を負っていた。  ……そういった意味で考えれば、“彼”は運が良かった――それも恐ろしいほどに――のかもしれない。  なにしろ大した傷一つ負わず、それも文明世界へと転送されたのだから。  だが、そこは―― 「“彼”の転送元を追跡した所、やはり次元の狭間の先で途絶えていました。  ……まず間違いなく、この次元の存在ではありません」 「現地で、“彼”と同一の存在と思える人物を発見しました。  細かい差異はあるものの、生物的魂的にはまったく同じです」 「おお……」  執務机の前に立つロングヘアとショートカットの双子少女――頭のネコミミとシッポはご愛嬌だろうか?――の報告に、 老提督は胸に小さく十字を切り、己の信ずる神に祈る。  天にまします我らの父よ。もはやあなたに祈る資格を失った私ですが、それでも祈らずにはいられません。  どうかこの不幸な青年に救いの手を…… 「いかがなさいますか?」  ショートカットの少女が訊ねた。  それは、質問というよりも確認に近い問い。  老提督が黙って頷けば、彼女は即座に“命令”を実行するに違いなかった。  だが、彼は静かに首を振った。 「……その必要はない」 「!?」 「父様!?」  少女達は、驚愕で目を大きく見開いた。  ……ついでに、シッポの毛も大きく逆立っている。  そんな二人に老提督は言葉を続ける。 「これで彼自身は無論、その背後関係にも何ら問題が無いことが確信できた。 ……ならば、いいではないかね」 「――問題は、“彼”が“御神”である可能性が高いということです」  今度はロングヘアの少女が指摘した。  “御神”とは、現地の剣士一族のことである。  ……まあ剣士云々はどうでも良いが、同時に彼等は特殊工作員とでも評すべき存在でもあるため、謀略に長けているだろう。  努々油断はできない。 「……知っているさ。私もあの世界の出身だからね」  老提督は苦笑した。  『“ミカミ”は最強のサムライであると同時に最強のニンジャでもある。実に恐るべき相手だ』  軍人だった父が、よくそう語ってくれたものだ。  ……何でも軍人だった父は、大戦中に彼等と何度も遭遇し、その度に散々な目にあったらしい。 「ならば――」 「が、もう半世紀以上前の話だ。 ……それも互いが命を賭け合う戦場でのこと、含むところは無い」  老提督は少女の言葉をわざと誤解し、返した。  それが分からぬ少女達ではない。が、それでも尚辛抱強く説得を試みる。 「私達が言いたいのは、そのようなことではなく――」 「如何に“彼”が“御神”だろうが、魔導師の前では無力だ。 ……違うかね?」  “御神”宗家の一人たる“彼”なら、(父の話に誇張がなければ)或いはDEランクの中下級魔導師に対抗できるかもしれない。  だが、「その程度」ではどうにもならぬのだ。とうてい障害足り得ない。 「それはそうですが……」 「不確定要素は極力排除すべきです」  老提督の指摘に少女達は不承不承同意するも、やはり決定には納得できぬそぶりを見せる。  故に彼は大きな嘆息と共に、強い意思を秘めた言葉を漏らした。 「いや、やはり排除はしない。放っておきなさい」 「……わかりました」 「……それが父様の決めたことならば」  この言葉に、少女達も矛を収めざるを得なくなった。  不満を抑えつつ一礼し、退室する。  後に残された老提督は、机の脇に置かれた水晶球を手に取った。  そして、何やら映像を映し出す。  そこには、“彼”に抱きついて心の底から笑う少女の姿が映し出されていた。 「……こんな表情、今まで見たことが無いな」  思わず、老提督は微笑んだ。  多分、この子は今幸せなのだろう。  なら、ならば……今しばらくはそっとしておいてあげようではないか。  それが、今の自分にできる唯一の善行というものだ。  ――そう自分に言い聞かせると、老提督は水晶球を元へと戻した  ……尤も、今更こんなちっぽけな善行一つで神が許してくれるなど、欠片ほども思ってはいなかったけれど。 ――――西暦2002年6月3日。海鳴市。 <1、八神家>  ぐつぐつぐつ……  台所で、はやてが調理を行っている。  車椅子にも関わらず、不自由な素振りなど全く見せない。実に手馴れたものである。 「〜〜〜〜♪」  電話が鳴った。  はやては傍の子機を手に取ると、表示された番号を見て顔を綻ばせた。  そして、弾んだ声で電話に出る。 「あ、恭兄♪ 今どこ? ――駅? うん、買い物はええよ。それより早う帰ってきてや♪」  電話を切ると、はやては腕を捲くる。  さて、早いとこ終わらせなければ。 (恭兄、驚くやろうな……)  今日は腕によりをかけたごちそうである。恭也もきっと喜んでくれるに違いなかった。  何しろ、食べることが大好き――はやての語彙がもう少し豊富なら“健啖”と評しただろう――な人だから。  恭也が食べる様を想像し、はやてはくすくすと笑う。  やはり、食べてくれる人がいると作り甲斐がある。それが気持ち良い程よく食べてくれる人なら尚更だ。 (……あれ?)  立て掛けられた小さな鏡に映った自分の顔を見て、はやては少し驚いた。 (いつも鏡の前で身構えてたから気付かなかったけど――なんだ、私ってば結構かわゆく笑えるやん?)  ついこの間まで陰気で見るのもイヤだったのだが、変われば変わるものである。  はやてはしみじみと呟いた。 「あれからもう一年やもんなあ〜 そりゃ変わるか……」  一年前、突然空から降ってきた自称“異次元人”こと高町恭也(通称“恭兄”)。  そんな彼と家族の誓いを交わし、同居生活を初めてそろそろ丸一年が経とうとしている。  その間、恭也の言動に笑ったり怒ったり驚いたり呆れたりと、およそ静かとは無縁の生活を送ってきた。  ぶっちゃけ、陰気でなどいられない。つーかやってられない。  おかげで随分図太く……いや、逞しくなったと思う。 「もう“薄幸の美少女”なんて、洒落でも言えへんな?」  はやては鏡を見ながら苦笑する。  昔は「死んだら楽になるかな〜」なんて思ったりもしたものだが、今ではそんなこと思いもしない。  とうとう歩けなくなってしまったけれど、それでも自分は幸せだと思う。生きたいと思う。 「……それに、私が死んだら恭兄一人ぼっちになってまうしなあ」  とことん甲斐性なしやからなあ〜と嘆息する。  ちゃんとご飯を食べられるだろうか? 屋根の下で寝られるだろうか?  心配で心配で、とても死ぬに死ねない。  ……ん? 「――って、結局全部『恭兄のお陰』かい」  自分の出した結論に、はやては盛大に顔を顰めた。  ……なんか、ムカツク。  調子に乗られるのも癪だから、絶対黙っておこう。うん、そうしよう……  そう結論付けるとはやては鏡を戻し、調理を再開した。 <2、帰り道にて> 「――分かった。真っ直ぐ帰る」  そう言って、恭也は手にしていた携帯電話を切った。  そして切った途端、今まで微笑んでいた表情を180度変え、はあ〜と重い溜息を一つ吐いた。  ……これこそが、真の現在の心境。先の微笑みなど、はやての為に仮初に作ったものでしかなかった。  彼の心を重くしている原因は、主に二つ。  一つは、悪化していくばかりのはやての病状。  一年前はびっこをひく程度だったのが、遂に両足とも膝から下が完全に動かなくなった。  神経系の障害と思われるも、原因及び治療法は不明。 「畜生め」  恭也は吐き捨てる。  彼の見る所、はやての障害は末端から中枢、即ち足から体幹に向けて徐々に進行している様に見える。  だがもしもその考えが正しい場合、足どころか内臓系の神経まで麻痺してしまうことになる。  それが意味する所は――  そこまで考え、彼は大きく首を振った。 (……そんなことがある筈がない。きっと直に病気の進行は止まるに決まっている。だからそんな不吉なことは考えるな)  気付くと、何時の間にか家の前まで来ていた。 「もう、着いたか……」  高層マンションを見上げ、恭也は呟く。  はやての家は、この最上階にある。  いわゆるペントハウス――この場合は「最上階に作られた特別仕様の高級住戸」――という奴だ。  このマンション自体も超高級かつプライバシー厳守が売りで、同じ階でも他の部屋とは廊下そのものが仕切られているため、 隣人と会うことは絶対に無い(余程教育が行き届いているのか、管理人も必要以外のことは無干渉だ)。 (……要するに、籠の中の鳥という奴か)  はやての現状を、恭也は内心でそう言い表した。  これこそが、まさに恭也の心を重くしている第二の理由。  両親の死と共にはやては京都からここ海鳴へと連れ去られ、このマンションに“幽閉”されていたのだ。  『私ははやて、八神はやて。小学校休学中で毎日が日曜日の8歳や』  ……初めて出会った時の、はやての自己紹介を思い出す。  あの時はただお互い笑うだけだったが、これは笑い事で済む話ではないのだ。 (――ありえない)  恭也は断定した。  調べた限り、児童保護に関しては、この世界においてもさして事情は変わらない筈だ。 (なのに何故、役所は動かない?)  それに、病院ははやての現状をおぼろげながらも掴んでいる筈だ。何故、通報しない?  石田先生など中々に信頼できる先生だと思うのだが、このことになるとまるで――  恭也は嘆息する。 (唯一騒げるとしたら、自分だけ、か……)  だがそれは、はやてとの別れを意味する。  それは、“誓い”を破る行為。だがそれでも―― (……いっそ、別離覚悟で騒ぐか?)  だが、やはりそれも躊躇われた。  はやての保護者とやらは、こと金に関しては太っ腹だ。  これ程の住居に潤沢な生活費、そして最先端の治療をはやてに与えている。 (はやての両親が普通のサラリーマンだったことを考えれば、全て保護者の負担と考えるのが自然だ)  ……仮に国に保護されたとて、とてもこれ程の待遇は受けられまい。  何より、最先端の治療が受けられる機会を失うのが痛い。 「くっ!」  恭也は歯噛みした。  何のために“保護者”が膨大な金を費やしているかは、この際どうでもいい。  そんなことよりも――  はやての病気の進行を、ただ見ているだけなのが辛かった。  はやての孤独に、何もしてやれぬことが情けなかった。 「何たる無力。しょせん俺はこの程度の男か……」  恭也は天を見上げて自嘲した。  自分の無力さが、堪らなく嫌だった。 <3、八神家>  エレベーターに乗り込むまでの間に当座の感情を吐き出した恭也は、はやてに見せるべき顔を作ると玄関のドアを開ける。  その向こう側には、いつもの如くはやてが待っていた。 「お帰り、恭兄! ご飯にする? お風呂にする? それとも――」 「ただいま、はやて。あ〜疲れた疲れた」  すたすたすた 「スルーすんなや!?」  適当に返して通り過ぎる恭也に、はやてが「うがー!」と詰め寄る。  これに、恭也がああと返す。 「ああ、メシ→フロ→寝るで頼む」 「メシフロ寝るって…… まるで倦怠期の夫婦やんっ、愛が足りんと思わへん!?」 「残念ながら愛は現在品切れ中だ。メーカーに発注かけておくから、もう少し待ってくれ」 「……それ、何時届くん?」 「さあなあ? 何せ超人気商品の上に原材料枯渇で品薄状態だから、いったい何時届くやら。  ――で、今日のメニューは?」  ……とどのつまりはソレか。  はやては呆れて溜息を吐いた。 「……素直に『お腹すいたから早くご飯にして〜』言うたらええやん」 「会話にはスパイスも重要だろ?」 「スパイス利き過ぎや!」 「とりあえず、メシ」  ……あかん、腹ペコ状態のこの人に何言っても無駄や。  止むを得ず、はやては次の質問に入ることとする。 「……了解。で、お風呂は何時にするん?」 「今日はメンドいからシャワーでいい」  これを聞き、はやては露骨に嫌な顔をした。  そして、ぶーぶーと抗議の声を上げる。 「ええ〜〜、ここんとこずっとやん! たまにはお風呂に入りたいっ! ゆっくり湯船に浸かりたいっっ!!」  一応解説しておくと、はやての足が満足に動かなくなって以来、恭也は介助のため一緒に風呂に入っている。  ……いや、足を踏ん張れないのに一人で湯船に入るなど、あまりに危険すぎるのだ。  要するに何が言いたいかと言うと──  はやてが湯船に浸かっている間、椅子代わりにず〜っと一緒に浸かっていなければならないのである。  これを聞き、恭也は呻く。 「お前、長風呂だからなあ〜 付き合ってる方は堪らんのだが」 「女の子なんやから、当たり前やん。むしろ恭兄がカラスの行水過ぎるんや」 「とにかく、今日はとっとと寝たいのでパス」 「う゛〜〜〜〜」  ――そんなこんなでいつもの遣り取りを終えた後、二人は遅めの夕食についた。  食卓には、高級料亭もかくやといった食材で作られた料理が多数並んでいる。  これには恭也も驚き、感嘆の声を上げた。 「……また随分と豪勢だな? しまり屋のお前にしては珍しい」 「ま、今日は特別な日やからね? ……正確には明日やけど」  予想通り……いや、それ以上の恭也の反応に、はやては満足そうに頷いた。 「? ああ、そういやお前の誕生日だったか」 「違うわっ! ……や、確かにそうでもあるけど、今日の零時で私と恭兄が出会って丁度一年。記念日やん?」 「あ〜〜〜〜 そんなこともあったな」  ぽんと手を叩く恭也に、はやてがつっこむ。 「忘れてたんかいっ!?」 「過去には拘らない主義なんだ」 「拘らなさ過ぎや!」 「……しかし、よく覚えていたものだ」 「あんなベタなマンガかアニメみたいな出会い、忘れようったって忘れられへんよ……」  はやては何処か遠い目をして……だが直ぐに恭也を凝視し、はあ〜〜と首を振る。 「しかし普通ああいう場合はかわいい魔法少女あたりが落ちてくるんが相場やと思ってたけど、 高校中退のプーおじさんが落ちてくるなんて…… 現実って、ままならんもんやね?」 「をい……」 「あ! シチュが逆なんか!」 「?」 「むさいおっさんの部屋に美少女が落ちてくるんやなくて、美少女の部屋にむさいおっさんが落ちてくるんやね! や〜、斬新やな〜〜」 「美少女?」  はて、と恭也が首を捻る。  と、はやてが得意満面に自分を指差した。 「目の前におるやん♪」 「? 子狸しかおらんが?」 「誰が子狸かいっ!?」  すぱ〜〜ん!  常時用意している新聞紙を丸めた棒で、はやては力いっぱいどついた。 「そういや、はやて」  どつかれた頭を摩りながら、今のショックで思い出したとばかりに恭也が訊ねる。 「……何?」 「誕生日プレゼント、何がいい?」  不機嫌そうだったはやての顔が、一変した。 「何でもええよ。と言うか、何貰えるか期待して待つんも楽しみの一つやで?」 「俺、そういうセンスが致命的なほど無いからなあ〜〜 リクエストしといた方が無難だぞ?」 「そういう問題やないんよ。選んでくれたってとこがポイントや」  そう言って首を振るはやてに、恭也は尚も食い下がる。 「……ぶっちゃけ、がっかりすると思うが」 「それでも、や」 「……怒るなよ?」  聞くのを諦めた恭也は、念のためにと予防線を張っておく。  だが、はやては「何を馬鹿なことを」と呆れたように恭也を見た。 「モノによっては、怒るに決まっとるやん」 「なんてワガママな!?」 「当たり前のことや!」 「ふむ?」  そういえば、と恭也は過去に思いを馳せる。  数年前、まだ元の世界にいた時のこと、那美さんの誕生日に商品券を贈ったことがあったっけ。  ……いや、あの時はいい考えだと思ったのだ。だって、好きなものと交換できるから。  けれど…… 那美さんは明らかに気落ちし、後で俺はかーさんとなのはに死ぬほど怒られた。  やっぱりあの時の二人も、はやてと同じ事を言ってたっけ。 (……みんな、今頃どうしてるかな?) 「……恭兄?」  その声に思考の底から引き上げられると、目の前には不安げな、泣きそうな顔で自分を見つめるはやてがいた。  ……不覚である。はやては聡い子だ、きっと今自分が何を考えていたのか、即座に理解したに違いない。  恭也の故郷のこと……そして何より帰還の話は、二人の間では暗黙の内にタブーとなっている。それを、破ってしまったのだ。  恭也は食卓に頭を擦り付ける。 「……すまん」 「……お風呂」  はやてが、ぽつりと呟いた。 「シャワーじゃなくて、お風呂」 「……わかった」  恭也は大きく頷いた。  それで済むなら安いもの、1時間でも2時間でも付き合おうじゃあないか。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【2】 <1>  その夜、はやては中々寝付けないでいた。  すかー すかー すかー  そのすぐ傍では、恭也が大きな寝息を掻きながら、実に気持ち良さそうに眠っている。  布越しに感じる恭也の匂いと体温が、実に心地良い。  だが、にも関わらず眠れない。夕食の時に感じた不安が、はやての心を暗く沈めていたのだ。 (恭兄、まだ諦めていなかったんや……)  分かってはいたことだが、こうして現実に突きつけられるのはやはり辛い。  ……だって、恭也が帰ってしまうかもしれないという不安を、かつての孤独を、嫌でも思い出してしまうから。 (恭兄……)  はやては恭也に抱きついている腕にぎゅっと力を込め、体全体を強く押し付けた。  間近に聞こえる恭也の寝息と鼓動が、直ぐそこにいることを教えてくれる。この幸せが夢ではないことが実感できる。  ――だから、はやてはこうして恭也と一緒に眠るのだ。  初めて出会った時以来、恭也とはやてはこの部屋で共に寝起きしていた。  他に部屋は幾つもあるけれど、この部屋で肩を寄せ合い暮らしてきた。  これは、はやてが望んだこと。寝ている間に恭也がいなくなってしまうことを、その温もりを失うことを恐れたから。  そして、恭也もこれを受け入れた。始めは義理で、次に徐々に進むはやての病状を心配して。  ……だがその結果、はやては何時しか独りで眠ることができなくなってしまっていた。 (……大丈夫、恭兄は何処にも行かへん)  いつもの様に、はやては自分に言い聞かせる。  帰る方法なんてある筈が無い。万が一あったとしても、せいぜい市の図書館をあたるしかない恭也に見付けられる筈が無い、と。  そして恭也はこの世界で一人ぼっちなのだから、ずっと一緒だ、と。 (だから何時までもくよくよせんと、もっと前向きに考えるべきや)  そう、はやてには夢がある。  恭也とずっと一緒。 ――これはもう当然のことだ。  だが、最近では少し欲が出てきた。もっと家族が欲しい、大家族で賑やかに暮らしたい、という欲が。  ……それに恭也だって、ずっと独身のままはかわいそうだ。  けれど、甲斐性無しの恭也に嫁など来る筈が無い。  「しょうがないから」自分が結婚相手になって、「しょうがないから」自分が子供達を産んであげるしかないだろう。  そうやって二人協力して、家族を増やすのだ。 (あと10年…… ううん5年もすれば産めると思うから、恭兄楽しみに待っとってや)  そう考えるはやての表情に、ようやく笑顔が戻ってきた。                          ・                          ・                          ・ (……え? もう12時?)  はやては軽く目を見開いた。  ……どうやら随分長い間悩んでいたらしい。時計を手に取り内蔵した灯りをつけると、あと数分で12時だ。  つまりもうすぐ6月4日。はやて、9歳の誕生日である。  コチコチコチ…… (さようなら、8歳の私。こんにちは、9歳の私……)  暗闇の中、規則正しく針を進める秒針の音をぼんやり聞きながら、はやては微笑んだ。  丁度一年前、自分は寂しさに耐え切れず、このベットの上で独り泣いていた。けど、今は――  その時、である。  カチッ!  時計の針が12時をさした瞬間、飾られている“鎖で縛られた巨大な本”が光り始めた。  ばかりか宙に浮き、脈打ち始める。 「なっ!?」  これにははやても驚き、隣で寝る恭也を慌てて起こす。 (――て言うか、自称凄腕剣士やなかったん!? 真っ先に目え覚ましてえなっ!?) 「恭兄! 恭兄っ!」  すかー すかー  だがよほど眠りが深いのか、恭也は中々目を覚まさない。  それでもはやては諦めず、今度はより強く起こす。 「大変、大変なんやっ!」 「ん〜〜〜〜?」 「あ、恭に――きゃっ!?」  ぽふっ  と、恭也は何を勘違いしたのか、目も開けずにはやてを抱き寄せた。  そして、優しくその背を撫でる。 「よしよし……」 「きょ、恭兄……もう♪」  はやては一瞬驚くものの、すぐにとろんとした表情でその身を恭也に預ける。  ……どうでもいいが、目の前の超常現象を前に実に暢気なことである。 「よしよし……よ…………ぐう……」 「……へ?」  だが、暫しはやてを撫でていた恭也は、直ぐにまた眠りに就いてしまった。  収まらないのは、良い所で放置されたはやてである。 「きょ〜う〜にい〜〜?」 (こんな気持ちの篭らんおざなりな“なでなで”で、誤魔化されてたまるかいっ!)  起きなかったことよりも、適当にあしらわれたことに怒ったはやては、遂に実力行使に出た。  普段恭也から教わっている通り、人体の固い部(肘)に体重と勢いを乗せ、急所(鳩尾)目掛けて倒れこむ。  どむっ! 「馬鹿兄! 起きろっ!!」 「へぶうっ!?」  ……これにはさしもの恭也も堪らず、目を覚ます。  そして、涙目となってはやてを睨んだ。 「は、はやて…… お前、なんちゅーことを……」 「んなこと言っとる場合やないっ!? あれ、あれやっ!!」 「ん〜〜? ――って、何だよこのSFX!? ここは一体何処の特撮現場っ!?」 「兄貴のあほーーーーッ!?」  あんまりな恭也の反応に、はやては涙目で罵倒する。あかん、私の兄貴はやっぱりアホや……  だが当の恭也は、軽口を叩きつつも内心愕然としていた。 (何故、俺は寝続けていた?)  警戒しつつ、そう自分に問いかける。  直ぐに応答が有った。  何かが起きていることは気付いていた。  だが、本能が「特に危険無し」と判断した。  だから、そのまま睡眠欲を優先した、と。  ――それは、一見合理的にも見える判断。  だがそれは、一年前の自分ならば到底考えられぬこと。  間違いない、この一年で自分は“剣士としての気概と感覚”を大きく鈍らせた。  そして、その低下は現在も尚続いている――  ぎり……  その結論に、恭也は奥歯を強く噛み締める。なんと無様……  だが、これは当然と言えば当然の結果だった。  この一年というもの、恭也は何事にも先ずはやてを優先してきた。  “仕事”はおろか鍛錬すらも最小限に止め、挙句いつも独りだった夜を共に過ごしてきた。ぬるま湯に浸りきっていた。 (その結果がこのザマかっ!? このままでは、俺は――) 「恭兄〜〜〜〜っ!」  ハッ!?  怯えつつも必死に自分にしがみ付くはやての声に、恭也は我に返った。  そうだ、自分ははやてにこの世界で生きる意味と資格を与えられた。  そして、家族として共にあることを誓った。  ならば―― 自分の選択に誤りはない。  御神の剣は大切な人たちを守るための剣、守らずして何が“剣士としての感覚”かっ!?  故に、恭也は先までの屈辱感を放り投げ、不敵に笑ってはやてを見る。 「大丈夫だ! はやては俺が守る!」 「恭兄っ♪」  ひしっ!  はやてが感動し、抱きついてきた。  そんなはやてをあやしつつ背に回し、恭也は思案する。 (とは言ったものの……どうするかね?)  宙に浮き、怪しく光り、脈打つ本。  その不気味さの割に不思議と危険を感じないが、こういった現象に対する思い込みは危険極まりない。油断は禁物である。 (けどこーゆーのって、俺の担当分野じゃないんだよな〜)  内心で恭也は盛大に愚痴る。  ぶっちゃけコレは那美たち神咲一灯流の担当だ。  正直、いざ事を構えることとなったら、御神流でどこまで対抗できることやら……  だが、だからと言って別に御神流が神咲一灯流より劣る訳ではない。  その代わりと言ってはなんだが、対銃火器戦闘なら御神流の方が遥かに上だ。  要は「御神は対人」「神咲は退魔」、お互い担当分野が違うだけの事なのだ。 (ま、やるしかないか……)  「イザとなったら、はやてを抱えてとんずらしよう」と覚悟を決め、恭也は油断無くこの不思議な現象に正面から対峙し続ける。  その間にも本が発する光は強くなっていき、ついには部屋は光で満ち溢れ、視界は真っ白となった。 「くっ!?」 「きゃっ!?」  そのあまりの眩しさに、はやてはおろか恭也ですら思わず目を瞑ってしまう。  だがたとえ視界が利かなくても御神流、ことに暗殺を得意分野とする不破の一族には関係が無い。  恭也は視界を失った瞬間に音と気配……そして第六感を総動員し、次の事態に備える。  と、部屋に新たに4つの気配が生じていることに気付いた。 (! 何時の間にっ!?)  恭也の顔が驚愕で歪む。  つい先程まで、部屋の周囲に人の気配は感じられなかった。  ……ならば何処から、どのようにして? それこそ神速の連続使用でもしないことには――  そこまで考え、もう一つの可能性に思い当たった。 (HGS能力者!)  HGS患者は皆多かれ少なかれ超能力を持つが、中でもHGS能力者と呼ばれる存在は別格だ。  彼等彼女等なら、自分の知覚範囲外からの空間転移も不可能ではない。  ……かつて戦場で散々遣り合った経験が、その答えを何よりも肯定していた。 (それでも出現する前に“感知”できたものだが、今回はそれすら出来ないとは……)  自分が鈍ったのか、それとも相手が凄腕なのか、はたまたその両方か。  何れにせよ、極めて厄介な相手であることに変わりは無い。 (畜生、こっちの世界じゃ存在しないと思ってたのに!)  背に冷たいものを感じながらも、恭也は抜刀の体勢をとる。狙うは神速による一撃離脱。  ――だが今まさに発動せんとしたその時、回復した視界が侵入者達がまるで臣下の如く跪いていることを恭也に知らせた。 (…………?)  恭也は怪訝に思いつつも、相手に害意が無いことを悟り、一時攻撃を棚上げすることとした。 <2>  ……どうやらこの連中は恭也達に用があるらしい。  恭也的には「出直してこい!」だが、はやてが「ほならお茶でも飲みながらな〜」と答えた以上は付き合わざるを得ない。  かくして舞台を居間へと移し、“話し合い”とやらが始まった。 「我々は魔導師、中でも“ベルカの騎士”と自らを呼ぶ存在です」  シグナムと名乗る女性が恭也に…… いや、正確には「恭也の膝の上でお茶を飲むはやて」に恭しく告げた。  どうやら、この女性が四人のリーダー的存在らしい。 (……魔導師? 要は“魔法使い”ってことか? まあ、コイツ等が何か超常的な力を持っていることは確かなようだが――) (´,_ゝ`)「プッ」 「お、おめー…… 今、鼻で笑ったな!? それにその笑い、なんか凄く腹が立つぞっ!!」 「あの、私達は真面目な話をしているのですが……」  ……どうやら顔に出てしまったようである。  ヴィータという子供と、シャマルという金髪女性が抗議の声を上げた。  だがすかさずシグナムが二人に叱責を浴びせる。 「ヴィータ、シャマル! 控えろ、主の御前だぞ!」 「主? ……もしかして、俺か? いや参ったね」  照れる恭也に、ヴィータが懲りずに噛み付いてきた。 「ちげーよ! つーかおめー、分かってて言ってるだろ!?  おまけに主を膝に乗っけてるから、本当にお前に頭下げてるようですげームカつくっ!」 「はははは、どうした勝家殿? はよう三法師様に頭をお下げしろ」 「意味わかんねーよっ!?」  ……どうやら外国人?相手に清洲会議は少しマニアック過ぎたようである。  うがーと頭を掻き毟るヴィータを見て、「やはりギャグは誰にでも分かるものでないといかん」と恭也は少し反省?する。 「……落ち着け、ヴィータ。この男の性格は知っているだろう」 「けどよー、シグナム」 「確かにふざけた男だが、同時に主を守り支えてきた男でもある。相応の敬意を払え」 「う゛……」 「……ほう? よく知っているな? そういや偶に視線を感じる時があったが、あれはお前達の仕業か?」  シグナムの言葉に無視できぬ箇所を見つけ、恭也は厳しい目付きで問う。  だがシグナムは首を振って否定した。 「いや、それは我等の仕業ではない。気のせいでないとすれば聞き捨てならぬ話だな」 「ならば、何故俺達のことを知っている? 俺達は天下御免のひっきーだぞ? 聞き込みしたって無駄な筈だ」 「“魔導書”がずっと主を見ていたからな、そこから情報を受け取った」 「魔導書?」 「……ああ、私達は人間ではない。“闇の書”が生み出した防衛プログラムだ」 「ふむ、辻褄は合うな……」 「……一つ、訊ねたいことがある」  今まで唯一沈黙を守っていたザフィーラが、口を開いた。 「なんだ?」 「何故、平静でいられる? 我々が恐ろしくないのか?」 「……人でないから何だと言うのだ? 自慢じゃないが、そういった存在の友人知人ならいっぱいいてね。正直、今更驚く気にもなれん」  そう言って恭也は軽く肩を竦める。  那美と久遠に付き合って、あちこちのオカルト現場を回ったのは伊達ではない。  ぶっちゃけ人外の友人知人の方が、人間のそれよりも多い位である(まあ比較する分母そのものが小さいのだが……)。 「ことに知らなかったとはいえ、樹齢千年の御神木の精霊とヤッてしまったのは得難い経験だったなあ〜。  ……後で久遠にバレて電撃喰らい、数日間生死の境を彷徨ったケド」 「おめー、どこまで節操無しだよ」 「ハッ! 俺の秘密が!?」  ……どうやら途中で口に出していたらしい。気付くと、皆呆れた様に恭也を見ている。  コホン!  恭也はわざとらしい咳払いを一つすると、話を本題に戻した。 「え〜、闇の書とは?」 「宙に浮いていたあの本のことだ。主を守護するもの。取り合えずそう思ってくれればいい。  ……尤も、今までは本当に見守るだけだったが」  そう自嘲気味に答えると、シグナムははやての前に跪く。  それを合図に、他の三人も一斉に跪いた。 「主はやて、9歳の御誕生日おめでとうございます」 「へ!?」  ……今まで何処か上の空状態だったはやてが、驚いた様な声を上げた。  そして、困惑気に俺を見る。 「……主って、もしかして私?」 「や、話の流れで気付くだろう。普通」 「…………」  恭也とはやてが会話を終えると、シグナムは台詞を再開した。 「“闇の書”の封印が解け、ようやくお目にかかることが叶いました。  我等ヴォルケンリッター、これより主はやての剣として、盾として、絶対の忠誠をお誓いします」 「あ、そこまでせんと……」  叩頭する四人に、はやては心底困った様な声を上げる。  ……まあ無理もない反応だろう。いきなりこんなことされて『さよか』なんて頷くヤツは、よっほど性格に問題があるに違いない。 「恭兄も他人事みたいにせんで、何とかしてや……」 「や、実際他人事だし?」 「あうう…… いぢめっ子や、私の兄貴はいぢめっ子や……」  はやては涙目で呻く。  それを見て、ヴィータが「待ってました!」とばかりに申し出た。 「主の命とあれば、この男にお灸を据えますが?」 「てめっ!?」 「はあっはっはっ、やってやる! 合法的に殺ってやるっ!」  だが、はやては無言で首を振る。 (おや? いつもなら、もう少し賑やかなリアクションがある筈なのに?  ……そういや、さっきの御神木云々の時もスルーしてたな、ふむ) 「……はやて?」 「…………」  恭也は首を捻りつつ声を掛けるが、やはり無言のままだ。  その場の全員の視線を浴びつつも沈黙を続けるはやて。どうも「らしくない」。  と、やがて恐る恐る口を開いた。 「あ、あんなあ?」  空になった湯呑みを弄びつつ、はやては言葉を続ける。 「ちょ、ちょう聞きたいんよ……」 「なんでしょう?」 「……その、シグナムさん達は魔法使いなんやろ?」 「はい」 「で、今まで私ら見とったんなら、知っとるやろ? その…… 恭兄の事情」 「はい、異次元からの漂流者とのことですね?」 「せや、で…… 恭兄が帰る方法、分かるやろか? 知っとったら、教えて欲しいんやけど……」 「!」  それを聞き、恭也は瞠目した。  それは恭也が先程からずっと聞きたくて聞きたくて、だが聞けずに無理矢理押さえ込んでいた質問。  禁句とも言えるその言葉を、まさかはやての方から切り出すとは……  だがそう訊ねるはやての顔は真っ青だ。そればかりか、その小さな体すらも小刻みに震わせている。  思わず、恭也は声をかけた。 「はやて――」 「だ、大丈夫、私は大丈夫や。それより恭兄、もしかしたら帰れるかもしれんで……」  恭也の服を強く握り締めながらも、はやては無理に笑顔を作って見せる。  ……馬鹿野郎、無理しやがって。  ぎゅっ!  恭也は、思わずはやての体を抱きしめた。 「…………」  その光景を無言で眺めていたシグナムは、やがて申し訳無さそうに首を振った。 「……残念ながら、“闇の書”は主はやてを守護するだけの存在に過ぎません。異界に渡る方法など、到底――」 「そか……」  それを聞いたはやては、安堵の溜息を吐く。  だがそれは恭也とて同じこと。正直、こんなに心残りいっぱいの状態ではとてもではないが帰れない。 「ご期待に沿えず、申し訳ありません」 「や、シグナムさんが謝ることやない! 知らないなら仕方ないやん! ――な、恭兄!」 「……ああ、そうだな」  シグナムの態度にどこか釈然としないものを感じつつも、恭也ははやての言葉に同意した。 (……まあ今回の超常現象により、一縷の可能性が生まれただけでも良しとするか) 「で、皆これからずっと私らと一緒なんやろ?」 「はい、ご迷惑とは思いますが――」 「気にせんといてえな! 賑やかになるんなら、大歓迎や!」  ぐっ!  ……はやてよ、何故に腕まくりを?  つーか、さっきまでのしおらしさは何処へ? 「空いている部屋は四つあるから、丁度ええな。  ……あ、でも中は空っぽや。とりあえず明日一番で買い揃えるとして―― 朝まで歓迎会やな!」  はやては、指を折りつつ何やらぶつぶつ言っていたが、やがて顔を上げて高らかに宣言する。  この言葉に、恭也は驚いて口を挟んだ。 「ちょっ! 待――」 「布団、人数分も無いで? ――なら、皆で一緒に騒ぐしかないやん♪  大丈夫、完全防音やから少し位騒いだって平気や♪」  『……それとも、恭兄は女性を床に寝かせる気?』とのお言葉を聞き、紳士?の恭也は白旗を上げるしかなかった。  まあ今日は誕生日だし、大目に見るか。 ――そう自分に言い聞かせて。 「あ、それとなー、主従なんてあんまり畏まらんといてや。私達は家族になるんやさかい」 「家族、ですか?」  どう反応して良いのかわからないのだろう。シグナム達は困ったような表情で顔を見合わせている。  だが対するはやては元気いっぱいに頷いた。 「そや! 新生八神家の誕生やっ!」  やたらハイなはやてに、恭也はやれやれと大きな溜息を吐いた。 (……まあ俺だってこうやって拾われた身だから、あんまりとやかく言えないんだけどな?)