魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS

「とある三十男のひとりごと」

エピローグ「ある日、海鳴市にて」




「はあ……」

 我ながら情けなさのあまり、思わず溜息なんか吐いてしまう。
 ……や、これは決して物欲の溜息なんかじゃあないぞ? うむ。
 まあそれはともかく、俺は先程から本屋の陳列棚を眺めていた。

 “月刊釣り道楽”  980円
 “月刊盆栽の友” 2,500円 

 棚に並ぶ二種類の雑誌。合わせて3480円。
 そして現在の所持金、1224円也――

 ……そりゃ、どう悩んだところで“月刊釣り道楽”しか買えないこと位は判っているさ。
 けど、なあ? そういう問題じゃないんだよ、これは。
 俺は恨めしそうな顔で“月刊盆栽の友”を見る。

 “月刊盆栽の友” 2,500円

 発行部数が少ないとか、永久保存版として上質紙の上フルカラーだとかを抜きにしても、高い、高すぎる。
 これ、絶対月刊誌の値段じゃねえ……

 スッ

 と、横から手が伸び、目の前で“月刊盆栽の友”が1冊抜き取られた。
 それを手にした老人は、一路会計へ――

「むう……」

 俺は内心滝のような汗を流す。
 もはや残るはラスト1冊。ヤバい、ここで逃したらもう手に入らないかもしれない……

(くっ! 俺は何故、先に他の買い物をしてしまったのだっ!!)

 口惜しさのあまり、強く奥歯を噛み締める。
 ……けれどあれは、傷薬や包帯といった鍛錬の必需品や日常生活で必要な細々した消耗品を買う為の金だった。
 決して自由に使っていい金ではないのである。
 というか、こう考えることが判ってたからこそ最初に使ったんだよなあ……

(だが…… だがまさか、それがこれ程までの苦痛をもたらすとは…… ああ! かえすがえすも部隊長が恨めしいっ!)

 俺はこの元凶とも言うべき部隊長を呪詛したね。
 あの野郎、俺がAAAランクのバケモノと命がけのタイマンをこなしたとゆーのに、労を労うどころか──

 「保護した民間人に暴力振るうんじゃねえ!」
 「妹とはいえ上官盾にするたあ、どういう根性だ!?」

 ──などと因縁つけて、今月の給料を一割も減俸しやがった。
 これって上司としてどうよ?
 お陰で日常生活のささやかな潤いである嗜好品を極限まで削っても、たった1224円しか捻出できなかったよ。今畜生!

 そんな切羽詰った状態の俺に、心の奥底に潜む“悪魔”が囁いた。

 金なら、あるじゃないか……

 確かに、ある。だがあれは“帰省”時の旅費やみやげ代としてとってある金だ。それを使うなんてとんでもない!

 なに、みやげ代を削ればいい……

 族長相手に安物買える訳ないだろ?
 あと、あの子にだって俺のセカンドハウス掃除してもらったりしてるんだ。そんな不義理な真似、できないさ。

 なら、“帰省”自体を取りやめればいい。色々言い訳はつくだろう?

 いや、あそこは俺の心のオアシス、命の洗濯場だ。
 それに、約束したんだ。あの子はきっと待っている。裏切るわけにはいかない。

 では、今月の“月刊盆栽の友”を失ってもよいのだな?

 くっ……

 こんな超マイナー雑誌、今手に入れねば二度と手に入らんぞ?
 買った奴等は皆お前の様なマニア、きっと保存するに違いないからな……

 ううう……悪魔め…………

 二者択一を迫る悪魔の卑劣さに、俺は歯噛みすることしかできなかった。



「……あの、恭也さん? 一体何をしているのですか?」

「おお、フェイト嬢ではないか」

 見ると、フェイト嬢が不思議なモノを見るかのように俺を見ていた。
 むう…… 気配には気付いていたが、まさかこの混雑の中俺を見付け、なおかつ声までかけてくるとは……
 やるな、フェイト嬢。

「いえ、恭也さんすごく目立ってましたし。それに折角会ったのに、無視する訳ないじゃないですか」

「俺としては、今この時だけは無視して欲しかった……」

 というか、紳士の俺としては物欲まみれの今の姿を知人に見せたく無かったのだが……
 だがそんな俺を無視し、フェイト嬢は俺と本棚とを見比べる。

「何か本を見ていた様ですけど、欲しいものでもあるのですか?」

「!? い、いや……そんな訳無いじゃないか! そんな子供じゃあるまいし、一時間も眺める真似……」

「一時間もあんな真似してたのですか……」

 よく追い出されませんでしたね、と呆れた様に首を振るフェイト嬢。
 不味い! このままでは俺のジェントルなイメージがっ!?

「だから違う! 別に“月刊盆栽の友”など欲しくない!」

「……私、“月刊盆栽の友”なんて一言も言ってないですけど?」

「あ゛……」

 くっ! 巧妙な誘導尋問に引っかかってしまった! 高町恭也一世一代の不覚ッ!!

「ああこれですか。あら? もう一冊しか無いのですね。 ……じゃ、折角だから私が買っちゃいましょう♪」

「え゛……」

 そう呟いて、俺をチラチラ見ながら“月刊盆栽の友”を手にするフェイト嬢。
 くっ! 昔はあんなに素直で可愛かったというのにッ!
 地団駄踏む俺に、フェイト嬢はイヤミにも念を押してくる。

「本当に欲しくないのですか? これ」

「あ、ああ…… その葡萄はきっと酸っぱいに決まっている。誰が買ってなどやるものか」

 ……ごめんなさい、編集部の皆さん。貴方方の盆栽への愛と情熱は痛いほど知っています。
 けど、ここで認める訳にはいかんのです。男として、年上として、15~6も年下の小娘に負ける訳にはいかんのです。はい。

「……そこで、イソップを持ち出さなくてもいいじゃないですか」

「何とでも言ってくれ。しかし君が盆栽に興味を持っていたとは初耳だ」

「すぐ隣に、もう長い付き合いの愛好家がいますから。 ……何と言うのでしょうか、『門前の小僧習わぬ経を読む』?」

 ああ、そういやこの娘、昔俺が盆栽の世話してる時によく後をついて回ってたっけ。 ……なら、しょうがないよな。
 そう思った瞬間、憑き物が落ちたような気がした。
 なまじ一冊だけ残っていたから、焦れていたのだろう。これで諦めもつく。

「そうか……じゃあ、せいぜい大切に扱ってやってくれ。それは編集部の皆さんの愛と情熱の結晶なのだからな……」

 会計するフェイト嬢にそう声をかけ、俺は出口へと向かう。

「え!? ちょ、ちょっと待って下さいよ!」

 ガシッ!

 と、いきなり腕を掴まれた。
 見ると、フェイト嬢が何やら慌てた表情で俺の腕を掴んでいる。
 ……何故?

「あ、あのっ!」

「……何か用か、フェイト嬢?」

「ほ、本当にいいんですかっ!?」

「や、いいのか、と聞かれてもなあ……」

 先立つものがない以上、仕方が無いだろうさ。
 だがフェイト嬢は何やら必死だ。

「『どんなのか見せてくれないか』とか、『貸してくれないか』とか、色々あるじゃないですかっ!」

「……買ったばかりの相手に、か?」

 そりゃ幾らなんでも、と顔を顰める。

「う゛…… で、でもほら! 私と恭也さんの仲ですし!」

「どんな仲だ、どんな……」

 俺は苦笑した。
 そりゃあ「親しくない」と言えば嘘になるさ。
 ……だがな、フェイト嬢。『親しき仲にも礼儀あり』だぞ?

「ああもう、ああ言えばこう言う……」

 だがその言葉にフェイト嬢はワナワナと震え、キッと俺を睨みつける。
 ……むう、逆ギレか?

「恭也さん! いい加減つまらない意地張ってないで、自分に正直になって下さい!」

「話が見えんぞ、フェイト嬢」

 何故に怒っている? 何が言いたい? ……さっぱり判らん。

「この本が欲しい! けどお金が無い! ――そうでしょう、恭也さん?」

「うおう、余りに直球ど真中ストレートな……」

 やはり隠し切れなかったか……
 だが改めて他人から言われると実に痛いな、今の俺。 ……正直、成人男性としてどうよ?
 だが、やはりフェイト嬢の怒る理由が読めん。謎だ。
 故に、まるで溜まったものを吐き出しているかの様な彼女の言葉を、ただ聞くしかない。

「茶化さないで下さい! 何故いつもそうなんですか!
 困っているのなら頼ればいいじゃないですか!!
 何故何でもかんでも一人で抱え込んじゃうんですか!?」

「や、たかが雑誌一つで大げさな……」

 その言葉にフェイト嬢は尚も何か言おうと口を開き――だが嘆息して口を閉じた。
 そして、暫しの沈黙の後再び口を開く。

「――とにかく、お金が無いならこれ位買ってあげますよ。いつもお世話になってることですし」

 そう言って、本の入った袋を差し出した。
 ああ、だからあんな言動をとっていたのか……
 俺は苦笑しつつ、だがきっぱりと首を横に振った。

「悪いが、それは出来ない相談だな」

「何故です?」

「考えてもみろ、15も年下の少女にモノを買って貰う30男――君はどう見る?」

「ヒモ、ですね。或いは甲斐性なしでしょうか」

 率直な意見、ありがとう。

「……で、だ。君は俺をヒモにしたいのか?」

「私は別に気にしませんよ? ……まあ他の男の人がやってるのを見たら、心底軽蔑するかもしれませんが」

 ナニ、そのダブルスタンダート……
 俺は冷や汗をかきながら指摘した。

「俺が傍からそう見られる、ってことにならんか?」

「他人なんかどうでもいいじゃないですか」

「よくねえっ!?」

「しょうがないですね…… なら、一時お金を立て替えた、という線でどうでしょう?」

 困った人ですね、と溜息混じりに妥協するフェイト嬢……って、え? 何? 俺が悪いのか?
 だが確かに色々なことを脇に置けば、まあ魅力的な提案ではある(だって本欲しいし)。
 こんな子供から金を借りるのは情けないが、ここまで恥を曝しちまったら、なあ? 毒喰らわば皿まで、ってことで……

 俺は素早く頭の中で計算する。
 だが案の定と言うべきか、いつもカツカツの生活を送っている俺に2500円もの余裕資金を作ることは難しかった。
 ……“あのバイト”しようにも、“帰省”休みとっちまったから当分まとまった休みとれそうにないしなあ。
 導き出されたこの情けない結論を、俺はフェイト嬢に伝えた。

「……実に申し訳ないが、やっぱり遠慮しておく。2500円なんて大金、いつ出来るか自信ないし」

「…………ある時払いでいいですよ?」

「返すアテが無いからどうもなあ…… 何ヶ月先になるか判らんし、そういうの俺的にNGだし」

「うううう~~」

「そんな訳で、じゃっ!」

「ああ!? 待ってください!」

 がしっ!

 フェイト嬢は今度は片腕ではなく両腕で、背後からタックルをかけるが如く俺にしがみ付く。
 ……むう、何故そこまで必死になる?
 振り向くと、目が合った。

「あ、あのっ!」

「何だ?」

 テンパッてるなあ、と思いつつも聞いてみた。

「な、なら、体で払って下さい!」

「……………………」

「……………………」

「……ていっ」

 ぺちっ!

「頭!? 頭がっ!!??」

 トンデモナイことを抜かしやがった小娘に、俺は教育的指導を与えた。
 “貫”と“徹”を込めた、手加減無用のデコピンに、フェイト嬢は地面を転げまわる。
 うむ、周囲の注目の的だな。

《(……さっきから、ちゅーもくのまとだったよ?)》

「(むう、ノエルか……いつものように、寝てたんじゃあなかったのか?)」

 小太刀型デバイス“ノエル”のつっこみに、俺は軽く目を見開いて訊ねる。
 ……プロローグの対AAA魔導士戦と比べてえらく性格が違う? こっちの方が素だよ、こいつというか俺にも色々有るんだ。
 で、このノエルだが、充電ならぬ充魔力&節魔力のため普段は仔猫並かそれ以上に寝てるんだよ。

《(「ねてる」っていっても、さいていげんのきのうはいじされてるよ。だから、ふたりのかいわもまるきこえ)》

 マスターが強制睡眠でロックしない限りはね、とノエル。
 むう、やはり気にしてたかのか…… すまんな、ノエル。

(だがお前のようなお子様には、見せられない場面もある訳だよ。そう、大人の男としてはっ!)

 ……何のことかって? そりゃあ、18歳未満には関係の無い話さ。

《(とにかく、はずかしいからやめて。 ……まるで、ちわげんかだよ?)》

「(おう、まいごっと……)」

《(そくじてったいをすいしょーするよ!)》

「(おーけー、ぼす)」

 正直、「何処で“痴話ゲンカ”などという単語を?」などと思わぬでもない。
 だがとりあえず忠告通り、俺はフェイト嬢を肩に抱えると本屋からダッシュで逃げた。
 そんな俺に、更にノエルがつっこむ。

《(だからさあ…… そーゆーめだつことやめようよ……)》

「(置いてく訳にもいかんだろ?)」

 何せ妹と娘の親友、配属先や階級は違えど同じ会社(管理局)に務める仲間、ついでに一時は教え子でもあったのだからなっ!

《(そ~れ~だ~け~~?)》

「(……何が言いたい?)」

 むふふ、と何か言いたげなノエルに、俺は訳がわからず軽く首を傾げて訊ねる。
 と、ノエルは――

《(……わからないなら、いーよ)》

 心底呆れたような口調で話を打ち切り、再び眠りに就いた。
 ……なんなんだ、一体。

「(???)」

                         ・
                         ・
                         ・

 数分後、俺は手近な路地裏へと逃げ込んだ。
 暫く悶えていたフェイト嬢も、ようやく落ち着きを取り戻す。

「うう、頭の中でまだ反響音が……」

「当然の報いだ。この脳みそピンクがっ!」

「? ……! ち、違いますよ!? 『買い物するから、その荷物持ちとかして下さい』って意味です!」

 フェイト嬢は暫し俺の言葉を吟味した後、真っ赤になって反論した。

「ならそう言え、馬鹿者」

「ううう…… で、この条件でどうでしょう?」

 むう、まだ諦めてなかったか……
 が、それにしても荷物持ちとはな。
 余程何も思い付かなかったのだろう、やれやれ。

「あ~、フェイト嬢? 近頃は買った物を宅配するサービスが盛んらしいぞ?」

「……ミッドチルダまで、ですか?」

「……確かにそれは無理だな」

 流石に次元を越えての宅配は無理だろう。

「じゃあ、お願いできますね?」

「……しかし、その程度で2500円はなあ」

 荷物持つだけでそれは、破格過ぎるぞ?
 が、フェイト嬢は自信満々に宣言した。

「大丈夫です! じゃんじゃん買いますから!」

「ほう? 羽振りのいいことだな?」

「ええ、こんなチャンス滅多に無いですし」

 ……休暇が、という意味だろうか?
 確かに彼女は色々忙しい身だから、まあ判らなくも無い、か。
 わかった、と俺は頷いた。

「なら、まあいいだろう」

「助かります! ……あ、あと試着とかの感想も聞かせて下さいね?」

「俺に聞くだけ無駄だぞ」

「他人の意見ってだけでも、違うんですよ」

「……そういうものか?」

「そういうものです♪ じゃ、行きましょうか!」

 こうして、俺は引き摺られる様にデパ-トへと連行された。
 俺が開放されたのは、デパ-トが閉店されてから更に数時間後のことだった。
 その詳細については、言いたくもないし思い出したくもない。
 が、一言、一言だけ言わせてくれ。

 「下着類にまで感想を求めるな!」

 ――とっ!!








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