魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS

「とある三十男のひとりごと」

本編「とある三十男のひとりごと ~その裏~(後編)」




【4】


――――???


(うう、緊張する……)

 輸送ヘリの中で、ショウは緊張のあまり一人震えていた。

 朝食後のお茶を飲んでいた所に、突然の非常呼集。
 訳も判らぬまま装備を整え機動艇――中型揚陸艦の“陸軍”名――に乗船、他の次元世界へ。
 そして現在、こうしてヘリで移動中だ。

(いったい何時着くんだよ… ここは何処で、何しに行くんだよ……)

 途中、一切の説明が無い。

 ショウ・ジョウシマ二等陸士はまだ13歳、しかも今回が初陣である。
 そして初陣とは、どんな猛者でも不安なものだ。
 ましてや「これ」では、緊張しない方がおかしいだろう。

 ……いや、初陣のショウだけではない。
 見ると流石にショウほどではないものの、やはり同乗する他の局員達もどこか表情が固い。
 時々ボソボソと聞こえてくる雑談も何処かぎこちなかった。
 (※逆に場数を踏んでいるからこそ、彼等は今回の異常さが判るのだ!)

 だがそんな中、全く緊張とは無縁の男が一人――

「ショウよ、教えてやろう。我々は現在、とある任務で出撃中だ」

「……知ってます」

「むう、親切に教えてやったのに……」

 そうぼやいて拗ねる真似をする恭也。
 ……とても三十男のやることとは思えない。

 とはいえ、こんなんでも“師”である。
 故にショウは、(流石に疲れた声であったものの)お義理でつっこんだ。

「いくら何でもそれ位判りますって…… 初陣だから緊張してるんですよ。ブリーフィングすらないのも不安ですし……」

「しかし“実習”での経験くらいはあるのだろう? なんたって陸曹候補生殿なのだからな!」

 ……万年士長であることをやはり気にしているのだろうか?
 恭也は“陸曹候補生殿”の所をやけに強調する(或いは単にからかっているだけかもしれないが)。

 たかが曹(下士官)と言う無かれ。
 古来より管理世界では、軍とは魔導師の集団であり、魔導師とは支配者のことだった。
 機械化が進み、軍の規模も肥大化した現在においても、基本的にこの事実に変わりはない(些かインフレ気味ではあるが……)。
 故に、たとえ曹であってもその社会的地位は決して低いものではない。
 些か大げさに言えば「江戸時代の武士のような存在」。 ──如何に法が平等を謳おうと、それが現実だ。
 ましてや数多の管理世界より人材の集まる管理局の曹ともなれば、その難易度は各管理世界が保有する軍の士官にも匹敵する。
 その社会的地位はかなりのものであることは、想像に難くない。

 ――それだけの地位を、ショウは弱冠13歳で既に約束されていた。
 陸戦B+という上級魔導師最高峰のライセンスが、それを保障していたのだ。
 (※ショウは13歳の現時点で既にB+であり、その潜在能力はA以上と推測される。将来的には幹部も十分に狙えるだろう。
    ……と言うか、「なんでもう少し成長を待って士官学校に行かなかったの?」レベル)

 だがショウは(意図してのことかかどうかは不明だが)後半を無視し、前半についてだけ答えた。

「……ほんの少し、形だけですよ。ほとんど形骸化してますから」

 これを聞き、恭也はいぢわるそうな笑みを浮かべる。
 そして舌なめずりせんばかりに大げさな身振り手振りで訴えた(……どうやら先の言葉もからかってのことのようだ)。

「ふむ、では今回が正真正銘の初陣という訳か。
 ……気の毒に。よりにもよって、ウチ(クラナガン・エクスプレス)で初陣するとは!
 余所より殉職率が大幅に高い、ウチで初陣するとはっ!」

「……『励ましてくれ』なんて頼みませんし期待もしていませんが、せめて不安を煽るのだけは止めてくれませんか?」

「何!? お前は俺の楽しみを奪う気か!」

「ああもう、この人は――」

 ショウが更に何か言おうと口を開いたその時、突然ブザーが鳴り響いた。

「うわっ!?」

 ……驚いて思わず飛び上がり、慌てて周囲を見る。

「い、一体何が!?」

「……慌てるな。お待ちかねの状況説明だ」

『傾注!』

 スピーカーから秘匿回線を通じ、部隊長の声が流れてきた。

『第151管理世界40777地点において、カルト教団が多数の生贄を伴った秘密儀式を実行しようとしていることが判明した。
 なお同教団にはAランクの魔導師複数が関与しており、現地政府は対応不可能と判断。
 我々に出動を要請すると共に、この件に関する指揮権を委譲した』

 ――そこで部隊長の言葉が一瞬止まった。
 自分が話した内容を理解する時間を与えるためだ。
 きっかり10秒後、説明が再開される。

『我々の任務は二つ。第一に生贄の安全の確保、第二にこの馬鹿騒ぎに関わった連中の拘束だ。
 どれ一つとして失敗は許されん、気合入れてやれっ! 特に高町っ! お前だ、お前っっ!!
 ――以上』

「「「「……………………」」」」

 スピーカーが沈黙した後、ヘリのキャビンは実に気まずい雰囲気に包まれた(そりゃあそうだ!)。

「…………あの野郎」

 そんな中、恭也が如何にも忌々しそうな表情で呻いた。

「……何か、えらく具体的なメッセージでしたね」

 次いでショウが、呆れたような口調で呟いた。
 ていうか部隊長にまで目を付けられてるんだ、この人。

「ちっ! 模擬戦の時に皆の面前でタコ殴りにしたこと、まだ根に持ってやがるのか!」

「あ、今なんか師匠が万年士長の訳がもの凄く納得できましたよ!?」

 謎は解けた!とばかりにショウは叫んだ。
 ……B+ランクの魔導師である部隊長を倒したことについては、今更突っ込む気にもなれない。
 まあこの人ならそれ位やるだろうな……程度のものだ。

(もしかしたら、Aランクだって敵ではないかもしれないな……)

 そこまで考え、気付いてしまった。

 『なお同教団にはAランクの魔導師複数が関与しており――』

(Aランク、か……)

 急に鉛を飲み込んだ様な気持ちになり、ショウは俯いて床を見る。
 せっかく収まった手足の震え――ちょっと悔しいが恭也との会話でリラックスできた――が再び、いや先程以上の勢いでぶり返す。

 B+ランクの自分が上級魔導師なら、Aランクはそれを超越した存在たる“特級魔導師”だ。
 A-と比べてですら、(たかだか半ランク差にも関わらず)その火力は容易に自分の防御を撃ち抜き、だがその逆は至難の業だ。
 仮に相手に戦闘経験が無かったとしても、努々油断の出来る相手ではない。
 ……果たして、自分の攻撃が通じるのだろうか? 相手の攻撃を上手く防ぐなり避けるなりできるだろうか?
 不安は尽きない。

 ポン!

「安心しろ、何もお前一人が戦う訳じゃあない」

 肩を叩かれ振り向くと、恭也が実に胡散臭い笑顔で微笑んでいた。
 だが溺れる者は藁をも掴む。ショウは何の疑問も無く飛びついてしまった。

「そ、そうですよねっ!」

(そうだ、師匠がいたんだ!)

 恭也の理不尽さが今は頼もしい。

「幾らAランクといっても、BCランクが集団でボコれば勝てるさ。
 ましてや相手は十中八九戦闘経験が皆無どころか戦闘訓練も碌に受けてない素人共だ、
 とうてい個人・集団戦技双方に磨きをかけた“お前達”の敵じゃあない」

「“お前達”って…… 何か端からやる気が感じられないんですけど!?」

「気にするな」

「しますよ! て言いますか、部隊長にもさっき釘さされたばかりじゃないですか!?」

「ちっ!」

「『ちっ』て何ですか、『ちっ』て!? だいたい――」

 と、その時、周囲から怨念の篭った呟きがショウの耳に飛び込んできた。

(ちいっ! 小僧…高町さんとちょっと親しくなったからって、調子に乗りやがって……)

(SATUGAIするぞ)

「だいたい、何だ?」

「……いえ、何でもありません」

「はて?」

 急に口をつぐんで縮こまったショウに、恭也はさも不思議そうに首を捻った。
 (※余談ではあるが、「恭也は自分の興味の無いことは全く聞こえない」という実に羨ましい特技を持っている)。

                         ・
                         ・
                         ・

「……ちょっとトイレに行って来ます」

「……何度行くつもりだ。馬鹿者」

 トスッ!

 簡易便所に向かおうとするショウの後頭部に、恭也は手刀を炸裂させた。

 さして強くない、それも強化ヘルメット越しの攻撃。
 だがまるで頭蓋骨の内部から響いてくる様な痛みに、ショウは堪らずのたうち回る。

「うおおおっ!?」

 だが、やった当人はそんなこと気にもとめず、暢気に声をかける。

「そろそろ到着だな、調子はどうだ?」

「うおおおおおおっ!?」

「……もう一発、いくか?」

 ピク!

 その言葉に、流石に転げ回っていたショウも反応した。
 よろよろと起き上がり、涙目で訴える。

「……頭が割れる様に痛いです」

「文句を言えるなら上等だ。尿意も止まったろう?」

「はい…… でも感謝はしませんよ?」

「不要だ。それよりしっかり働けよ、ショウ? 何せ、(B+ランクの)お前は貴重な戦力なんだからな」

「――その僕を手玉にとる師匠は、それ以上に働いて下さいね?」

 半眼で念を押すショウに、だが恭也はいたずらっぽく笑って答えた。

「俺は所詮“員数外”だからな。ま、援護くらいがせいぜいさ」

 目がマジだった。

「……………………」

(ダメだこの人、本気でなんとかしないと……)




――――第151管理世界、40777地点“付近”。


 森林地帯真っ只中にある教団アジト。
 陸士第666部隊は現在、その周囲を包囲していた。

 だが人質(生贄)が多数いる以上、迂闊な行動はとれない。
 故に恭也が斥候を命じられ、単独(!)で先行潜入したのであるが……
 ショウは気が気で無い。

「師匠、大丈夫かな……」

 もう何度目になるかもわからない呟きを口にする。
 と、直ぐ傍に潜んでいた小隊指揮官のコロリョフ三尉が肩を竦めた。

「ま、あの人なら大丈夫だろ? 下手な高位魔導師よりよほど強いし、何と言ってもあの逃げ足は天下一品だからな」

 ……その余りにあっさりした態度に、ショウは相手が士官だということも忘れて思わず反論する。

「でも、そのAランクが複数いるのですよ?」

「そういう状況下での単独行動に慣れてるからなあ、あの人。
 ……というか、あの人は基本単独で動くぞ?
 何しろ誰もあの人の動きに付いていけないから、いても邪魔になるだけだし」

「……へ?」

 これを聞き、ショウは目を丸くした。

 武装局員は複数での行動が大原則だ。
 例えAランクであろうが、(いやAランクだからこそ余計)大名行列よろしく多数の武装局員を伴って行動する。
 単独で行動するなど、余程の場合のみだ。
 ――にも関わらず、「恭也は単独行動を基本とする」という。

(本当に、師匠は何者なんだ……)

 ショウ思わずは頭を抱え込んでしまう。
 恭也の立場といい実力・性格といい、正直訳がわからない……

 そんなショウを、コロリョフ三尉は生暖かい目で見る。

「なに、お前の今の苦悩は誰もが一度通る道、麻疹みたいなものさ」

「麻疹、ですか?」

「ああ、だがやがて天啓を受けるんだ。あの人を常識で判断するな、とな?」

 ……きっとコロリョフ三尉にも色々と葛藤があったのだろう。
 そう言って笑う表情はどこか達観し、遠い目をしている。
 そういえば、彼はショウの態度にも頭を掻いて弁解するだけだった。
 恭也にもかなり好意的な様である。

 だから、ショウは思い切って聞いてみた(下士官兵ではない、士官による評価を聞きたかったのだ)

「師匠…高町さんのこと、三尉はどう思われますか?」

「歩く理不尽」

「え~と……」

 何の迷いも無く断言され、ショウも何と言っていいやら判らない。
 と、コロリョフ三尉はニヤニヤと笑いながらその理由を並べ始める。

「一応、俺だってC+の上級魔導師で、練度だって“助教”級なんだぜ?
 なのに何回やっても勝つどころか一発すら当てられない。
 ……それも『魔法使わずに』、だぞ? 有り得ねえ! プライドズタズタだよおいっ!?」

「あ~、その辺は僕も判ります」

 ランクB+、練度“未熟兵”(新兵)の僕も勝てなかったし。

「それに仮にも軍事組織で『退かぬ媚びぬ省みぬ』ってどうよ?
 公衆の面前で中央の一佐殿を罵倒した時なんか、心臓が止まったね!
 で、それを貫き通せるんだからまた羨ましいじゃねえか、畜生!」

「そんなことまでしてたんですか……」

「おまけにあの人、“凄い女”たらしだし」

「……そうなんですか?」

 そうか、師匠って女たらし(なんか途中、変な区切れで聞こえたような気が???)なんだ……
 まだ13歳のショウにはよくわからない世界なので、曖昧に頷いてみる。

「……その内判るよ。で、そのとばっちりがこっちにも来るんだよなあ~ やってられねえって」

「はあ……」

 やはり何故とばっちりが来るのか判らないが、「一応上官の言うことだし」とショウは頷いた。
 ……や、この時は本当にただの冗談だと思っていたのだ。

 そんな二人に(というより小隊長に)小隊通信手が近づき、小声で囁いた。

「小隊長、潜入した高町さんより突撃信号です」

「よし」

 その報告にコロリョフ三尉は表情を引き締め、立ち上がった。
 そしてショウを見る。

「お前はうちの小隊唯一のBランクなんだ! 気合いれろよっ!」

「はい!」

 この言葉にショウは立ち上がり、敬礼して応じる。

 武装隊に所属しているからといって、その全員が武装局員という訳ではない。
 ……いや、確かに広義の意味では全員が武装局員ではある。
 だがその詳細を見ると、武装局員の半数近くが後方要員たる補助武装局員――この多くが非魔導師――だ。
 そして戦闘要員ですら実は大半が“准”武装局員だったりする。
 (※補助/准武装局員は、それぞれ前線或いは後方で正規の武装局員たる“正”武装局員を補佐する任務を負っている)

 正武装局員はCランク以上。練度は兎も角、最低でも重戦車並の火力と防御力を保有している。
 これに対し准武装局員はD~Eランクと、せいぜい中戦車或いは軽戦車程度のそれしかないのだ。
 (※どちらもブーストしたり防護魔法を展開することにより、一時的にだが「それ以上」の能力の発揮が可能)

 喩えるならばVI号戦車と良くてIV号戦車、悪ければII号戦車を比べるようなもので、同じ“戦車”でも天と地の差がある。
 故にその力の差は歴然としており、正武装局員と准武装局員の役割関係は「源平合戦における騎乗士と歩卒」に近いものがあった。

 そしてショウは唯一のBランクだ。その責任は重い。

 (※一般社会よりも上位魔導師の比率が高い管理局だが、正武装局員であるBCランクはまず一部の精鋭部隊に重点的に
    配属――Aランク以上の魔導師に対する「それ」程徹底したものではないが――され、一般の部隊は「その次」となる。
    更に一般部隊の内部でも本部直属や中隊直属として集中配備される――少なくとも作戦時には――場合が多いため、
    コロリョフ小隊の様な前線の一般小隊/分隊はそのツケを払わさえる形になっている。
    尤も、これでも「せいぜい一般社会並の比率かそれ以上」ではあるのだが……)



「総員デバイス起動!」

 コロリョフ三尉が低く、だが力の篭った声で命じる。
 命令に従い、30人を超える男たちが一斉にデバイスを起動させる。

「突入!」

 そして合図と同時に一斉に雪崩れ込む。だが――

「遅かったな?」

「――って、もう終ってるし!?」

 意気込んで突入した彼等が見たものは、倒れ伏す教団員達と生贄の少年少女達だった。
 その中央には、腕を組み一人立っている恭也……

「施設に居た連中は全て殴るか蹴るかしておいたぞ。 ――ま、当分は起きないだろう」

「もう何でもアリですね」

「ついでに少年少女諸君にも眠ってもらった。 ……ソフトに、だがな?」

「駄目じゃん!?」

「五月蝿かったんだ……」

「どうしてこの人はせっかくの手柄を……」

 単独潜入による任務成功も、これでおじゃんである。
 呆れるショウに、だが恭也は涼しい顔で答えた。

「なに、これで差し引きゼロだ」

「……マイナスですよ。このままじゃあ、また来年も陸士長のままですよ?
 本気で管理局史上最古参の士長を目指す気ですか?」

 コロリョフ三尉が苦笑しながら話に加わった。
 三等陸尉と陸士長と、両者の立場は天と地ほども違う。
 ましてやコロリョフ三尉はただの三尉ではない。二十年近い下士官生活を送っている叩き上げた「兵隊の少将」だ。
 ……だがコロリョフ三尉の言葉は丁寧そのもの、まるで新品少尉が古参下士官にでも接するかの態度である。
 対する恭也はいつも通りの自然体、とゆーか全く遠慮というものがない。つくづく宮仕えには向かぬ男である。

「その方が気楽でいい。 ……しかし、Aランクはおろか魔導師なんて人っ子一人いなかったぞ?」

「……それは本当ですか?」

 コロリョフ三尉が眉を顰める。

「情報と余りに違い過ぎる。もしや……」

 その判断を肯定するかの様に、通信手が叫ぶ。

「指揮所より緊急通信! 『教団アジトハ複数アリ。至急現場ニ急行セヨ』 ――以上です!現場の地図も同封されています!」

「ちっ、やはり!」

「……どういうことだ?」

 恭也の不審気な問いに、コロリョフ三尉は溜息一つ吐くとそっと囁いた。

「“too little, too late”。 ――現地政府の情報提供と対応が、余りに後手後手なんですよ。
 おかげでこっちは出撃してから細かい計画を練る羽目になりました。今回も恐らく同じことでしょうね」

「ああ、だからブリーフィングも直前までできかったのですね?」

 二人の他に唯一その場にいたショウ納得したように頷いた。

「ああ、何せ言ってることが二転三転する上、指揮権委譲に関してもゴネにゴネるからもう大変さ。部隊長なんかキレる寸前だったぞ?」

「ふむ、だから俺に当たった訳か」

「……それについては自業自得の面もあるかと」

「同感です」

「むう……」

「……そんな納得できない、なんて表情しないで下さいよ。
 さ、それより準備も出来たようですし、大至急移動しましょう。
 まあ先ず間違いなく強襲になるでしょうから、頼りにしてますよ?」

「員数外なんだから、さっきの働きでお釣りが来ると思うのだが……」

「……娘さんや妹さんに言いつけますよ?」

「…………」

「わ、師匠が凄いイヤな顔して黙った!?」

 ポカッ!

「あうっ!?」

 腹いせにショウの脳天に手刀を喰らわせた後、恭也は不機嫌な表情で念を押した。

「Aランクとは絶対やらないからな?」

「ええ、了解です。『私は』言いませんよ?」

「…………くっ! 所詮は宮仕えの悲しさか!」

 そう大げさな身振りで嘆くと、恭也は不満タラタラながらもヘリへと向かう。
 それを見て、コロリョフ三尉は満足そうに頷いた。

「さて、高町さんにも納得してもらえたことだし――移動だ! 総員駆け足っ!」

「い~た~い~~」

 かくして、舞台は次の戦場へと移った。








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【5】


「3、2、1――0!」

「GO!」

 投射した発煙弾が着弾、発煙すると同時に完全武装の局員達が雪崩れ込む。
 彼等の目的はただ一つ、「内部に存在する全ての者の無力化」。
 それ故に通常行われる……より正確には「行うべき」拘束前の手続き(警告等)は一切無視、端から実力行使に出る。
 ……いやそれどころか、場合によっては拘束対象の生命の有無すらも無視される。
 とにかく目標の無力化こそが第一、その結果目標が「事故死」してもそれは「不幸な事故」という訳だ。

 こうした事情が背景にあるためか、局員達に遠慮手加減の類は一切存在しない。
 乱戦のため射撃系の攻撃魔法こそ使わないが、その代わり魔力を体に纏い容赦なく殴る蹴る。
 煙の中から響き渡る絶叫、砕ける骨の音と血の匂い……。
 それは捕り物というよりも、むしろ戦場そのものだった。

 ――そんな修羅場を、ショウは縦横無尽に駆け巡る。

「うおおおおーーーーっ!」

 周囲は煙で視界ゼロ。一寸先すら視認することが叶わない環境下。
 だが、訓練を受けた魔導師にそんな「子供騙し」は通用しない。
 魔力波、赤外線、音響…… 光学的な情報を遮断されようが、他の方法で幾らでも代替できる。
 故に、その動きは些かも鈍ることはない。

「おおおおーーーーっ!」

 ショウは大声量と共に突撃、その進路上に存在する「障害物」を排除していく。
 やはり他の局員同様に打撃のみの攻撃だが、上級魔導師の中でも最高位(B+ランク)に位置する彼のそれは半端ではない。
 相手が魔導師だろうがなんだろうが唯の一撃で確実に無力化だ。
 その通過した後にはたちまち死体……もとい昏倒した人間の山が築かれる。
 ……当然、その派手な動きは格好の目標となった。

「あいつだ! あいつを狙え!」

 目標には、魔導師も複数存在する。
 尤も大して心得の無い彼等の多くは不意を衝かれて慌てふためき、ただただ右往左往して逃げ惑うばかり――如何な魔導師といえど
訓練を受けていなければこんなものだ!――だったが、中には抵抗を試みる者もいないではなかった。
 彼等はショウに向け、殆ど反射的に魔法を放つ。

「!」

 四方八方から襲い掛かる攻撃魔法。
 だがショウは避けるのではなく、あえてその身に受けることを選択する。

「――ふっ!」

 わざわざ動きを止め、仁王立ちとなるショウ。
 その直後、攻撃魔法が着弾する。

 ショウに着弾し、炸裂する無数の攻撃魔法。
 その派手な「花火」に、放った魔導師達は歓声を上げた。

「やったか!?」

「ああ、あれだけ喰らえば――」

 ……だがそれもほんの一瞬のこと、「花火」が消え、無傷で姿を現したショウに絶句する。

「うそ、だろ……?」

 残念ながら、これが現実だった。
 Bランクの戦闘魔導師の火力と防御力は、それこそ一昔前の地球世界主力戦車にも匹敵する。
 ことに同ランク最上位、それも近接格闘戦タイプであるショウの防御力は極めて厚い。
 実にRHA換算で最大300㎜厚相当(※対衝撃値)、バリアも張れば「更に~」だ。
 非戦闘系一般魔導師の、それも恐慌状態で放った練りの甘い攻撃魔法など話にもならない。
 さながら鉄筋コンクリートの壁にぶつけられた生卵の如く砕け散り、それで終りだ。

「うっ!?」

「ぐあっ!?」

 それどころか逆にその存在と位置を暴露した結果となり、他の局員達に最優先で制圧される有様だ。



 実は、これこそがショウの目的だった。
 彼に課された任務は、「敵戦力の炙り出しとその攻撃の吸引」。
 決して血気に逸って独断専行した訳ではないのである。

 つまり、こういうことだ。

 『新米局員と言えど、ショウの防御力は群を抜いている。小隊の他の正武装局員(Cランク)と比べても、優に倍はあるだろう』
 『ならばその能力を活かし、“囮”“盾”となってもらおう。 ――なに、ちょっとやそっとのことではダメージなんて受けないさ』
 『これが一人前の局員ならば、「位置を暴露した敵主戦力」の掃討もやって貰うところなんだが……』
 『まあ今回が初陣の新米だしな、こんな所だろう』

 「僅か13歳の少年を矢面に立たせる」というこの思考法は、なにも陸士第666部隊独特のものではない。

 『老若男女、ましてや経験の有無など関係ない。力ある魔導師は、常に最も大きい危険を引き受けるべきだ』

 地球世界ではおよそ考えられないこの常識こそが、管理局……いや管理世界間のグローバルスタンダートなのだ。
 同時に「だからこそ」管理局は、ただ「高位の魔導師である」というだけの理由で13歳のショウに下士官の地位を約束していたのである。

 そして、当のショウ自身もこの命令を当然と思い、些かの疑問も抱いていなかった。

(今の俺にできることなんて、それぐらいだもんな…… よしっ、全弾受け止めてやる! 後ろには一発も回さないぞ!)

 結果として、この判断は正しかった。
 何ら有効な反撃を加えることなく次々と無力化されていく目標。
 場の主導権は完全に管理局側にあった。



 広間を真っ直ぐ突き抜けていくと、大きな扉に遭遇した。
 だがショウは勢いの任せるまま、迷うことなく扉を蹴り開く。

「!」

 ――そこには、一人の男がいた。

「!?」

 その服装から察するに教団幹部らしい。
 両手それぞれに大きな鞄を握り締めたまま、硬直してこちらを見ている。
 そして、傍の床には隠し階段が――

「させるか!」

 言うが早いか、ショウは穴に向けて魔法弾を撃ち込んだ。
 貫通よりも炸裂効果を重視したタイプのもので、命中と同時に穴を瓦礫で塞いでしまう。
 無論、時間稼ぎでしかない。見たところ相手も魔導師、その気になれば直ぐに瓦礫を排除してしまうだろう。
 ……邪魔者(ショウ)さえいなければ。

「こっ…小僧っ!」

 我に返った男は、怒り心頭の表情でショウに掌を向ける。

「!」

 これを見たショウは、(一方向からということもあって)全周囲型のバリアではなくシールドを展開する。
 その次の瞬間、男の掌から魔法弾が放たれた。

 ――ゾクリッ

 ほとんど本能的にその射線から身をかわすショウ。
 魔法弾はあっさりとシールドを貫通、その至近距離を通過していく。
 それだけ……ただそれだけで、頬がざくりと切れた。
 展開したシールドを貫通し、肉体を覆うフィールドを切り裂き、なお足らずに肉を切り裂いた。
 この攻撃力… 間違いない、コイツは――

「Aランク……」

 ショウは呆然と呟いた。
 Aランク、特級魔導師、自分を超越した存在。
 その火力は容易に自分の防御を撃ち抜き、だがその逆は至難の業……
 前回ヘリの中で考えたことが、次々と脳裏を駆け巡る。

 ぎゅっ

 知らず知らずの内に、ショウは両の拳を握り締めた。

 ……今までは、ほぼ安全が保証されていた。
 Bランクでも最上位に位置し、かつ近接格闘戦タイプであるショウのフィールドは相当に厚いし、損耗に対するリカバリーも早い。
 だから、「ちょっとそっとのことでは大丈夫」と安心して無茶ができた。
 だが今は違う。目の前の男の攻撃は、確実にショウのフィールドを貫くだろう。
 それも、「非殺傷設定のされていない」攻撃で!

「っ!」

 生まれて初めてつきつけらる死の予感を前に、ショウの体が硬直する。
 対して、男は勝ち誇った表情で再度掌をこちらへと向ける。

(だめだ、このままでは――)

 光る掌の前で、ショウは思わず目を閉じた。


(…………?)

 だが、一向に攻撃は襲ってこない。
 ……もしかして、痛みすら感じない内にやられた?

《(げーむおーばー♪)》

『(おおショウよ! 死んでしまうとは情けない!)』

 そんなことを考えるショウの脳裏に、声(念話)が響く。
 一つは初めて聞く声、そしてもう一つは――

(師匠!?)

 驚き、慌てて目を開く。
 するとそこには、血の流れる左肩を苦悶の表情で抑える男の姿があった。
 ……こんな真似ができるのは、彼が知る中では一人しかいない。

「師匠!」

 ショウは恭也の存在を確信し、その姿を探そうと振り返ろうとする。
 だが、それを恭也は強くたしなめた。

『(ショウよ、戦いの最中にその行動はいただけないぞ)』

「(!)」

 その指摘にショウは絶句し、慌てて男に注意を戻す。
 恭也の存在を知った瞬間に安堵し、知らず知らずの内に全てを委ねてしまっていたのだ。

 それを確認したのか、恭也が声をかける。

『(よし、先程のリベンジだ。やれ)』

「(え? でも……)」

 その言葉に、思わずショウは口篭る。
 ……また、あの恐怖を? また命を賭けるのか?

(ここは師匠に任せた方が……)

 すっかり怖気づいてしまったショウは、恭也にそれを頼むべく声を上げかける。
 だが、それより先に恭也が再び声をかけた。

『(あ~ ショウよ、流れ弾は全て処理しておくので、安心して戦いたまえ)』

「(あ……)」

 そうだ、そうだった。

(他の皆は、最初から命懸けだったんだ……)

 先に進んでその身に受けた集中攻撃。
 あれとて、例えば准武装局員なら当たり所によっては一発で防御を撃ち抜かれていただろう。
 安全地帯にいたのは、自分だけだったのだ。
 ――その当たり前の事実に、ショウは迂闊にもやっと気付いた。

『(あいつの魔導師ランクはA-。つまりAランク最下位で、お前と半ランクも違わない)』

 そんなショウに気付いてかどうかは分からぬが、恭也は言葉を続ける。

『(しかも「追い詰められた手負い」とはいえ、所詮は素人。何より、未だバリアジャケットすら装着していない)』

《(よっぽどあわててたんだね~~)》

「(……え?)」

 その指摘に慌てて男を見ると、確かに男はバリアジャケットを装着していない。
 これならば如何にAランクと言えど、その防御力はショウと五十歩百歩である。
 同時に、やはりショウの攻撃でもその防御力を撃ち抜くことが可能だろう。

 ここまで条件が揃って逃げては男じゃない。
 ショウは大きく頷いた。

「(俺、やります!)」

《そーそー、おとこはどきょー♪ あたってくだけろっ♪♪》

「や、砕けたらダメなんじゃ……」

 その脱力ものの台詞に、ショウは思わずつっこむ。
 ……あれ? そういえば、この子誰?

「(――って!? 今、小さな女の子の声が聞こえませんでしたか!?)」

 と、苦虫を噛み潰したような恭也の返事が返ってきた。

『(……気のせいだ)』

「(いえ確かに……)」

 が、あくまで恭也はシラを切る。

『(こんなところにメイド服を着た幼女などいる筈もないだろう)』

「(なんかやけに具体的ですねえ!?)」

 しかも何故メイド服!?

『(きっとそれは、お前の妄想が産み出した産物だ)』

「(俺、そんな趣味ありませんよっ!?)」

 なんかトンデモない濡れ衣を着せられかけ、ショウは声を大にして冤罪を訴える。

『(なら気のせいだろ?)』

「(や、そんな筈――)」

 と、馬鹿話で時間を浪費している間――と言っても実際には大した時間でないが――に回復したらしく、
男が立ち上がってこちらを睨み付けてきた。

『(おっと丁度いい……けふんけふん、残念ながら時間切れだ。では健闘を祈る)』

「(はい、では「また後で」)」

 恭也は「助かった」とばかりに一方的に念話を打ち切り、ショウも気持ちを切り替える。
 第二ラウンドが始まった。



「死ねっ!」

「うおおおおーーーーっ!」

 男が放つ多数の魔法弾を掻い潜り、ショウは一気に距離を詰める。
 それは先に広間で見せたような大振りな動きではなく、「目標に向かい最短距離を最小最速で動く」動き。
 陸士訓練学校でその立場(魔導師ランク)故に癖になった、そして赴任直後に恭也に叩きのめされた動きとは明らかに異なる動きだ。
 マーシャルアーツ――
 それも彼我の魔導師ランクの差も集団戦の中での自分の役割も一切無視した、「純粋なる格闘技としての」それの動きだ。

「おおおおーーーーっ!」

 たちまちの内にクロスレンジに持ちこむショウ。
 だが相手もAランク、素人とはいえその反応は早い。

「くっ!」

 潜り込もうとするショウに、そうはさせじと拳を振り下ろす。

「!?」

 男の目が驚愕に見開かれる。
 なんだ、この感覚は? まるで暖簾を押しているような……
 その次の瞬間、鳩尾に衝撃が走った。



 ショウは振り下ろされる拳を捌き、円を描くような歩法でその懐へと潜り込む。
 それはマーシャルアーツとは明らかに異なる動き、まさに赴任時に恭也が見せた動きだった。

「おおおおーーーーっ!」

 無防備となった鳩尾に、ショウは渾身の魔力を込めた肘を叩き込む。

「ーーーーっ!?」

 声にならぬ男の悲鳴。
 だが流石はAランク、尚も男の体が動く。

「おおおおおおおおーーーーっ!」

 ならば、とショウは拳を握る。
 そして、恭也に教わった「威力を殺さぬ拳」を叩き込んだ。

                         ・
                         ・
                         ・

(くそ、まだ倒れないのか!?)

 派手さは無いが、「吹き飛ぶ」ことも「倒れる」ことも許さぬ凶悪な拳を、ショウは連続して叩き込む。
 無我夢中で叩き込み続ける。
 倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ…………

「あ~ ショウよ、その辺にしとかないと死ぬぞ? いやマジで」

「!?」

 背後から振り上げた拳をつかまれ、ショウはようやく正気に戻った。
 目の前には、見るも無残な男の姿……

(はは、そうだよな… 「倒れない拳」だもんな……)

 ようやく全てが終わったことを悟り、ショウは地面にへたり込んだ。



「おお、終わったようですな」

 暫くして、コロリョフ三尉がやって来た。
 返り血を浴びたその姿とは裏腹に、実に暢気な声で声をかける。

「そっちも、な?」

「ええ、『こちらの』死者重傷者はゼロです。まあ楽なものでした」

 そう言いつつ、コロリョフ三尉は男とショウを交互に見た。
 男は悲惨な状態で拘束されている。
 そしてショウは……地に手を付き、ゼェゼェと荒い息を吐いている。
 初めての命の遣り取りに肉体も精神も消耗しきっているようで、とても会話に加わる余裕は無さそうだ。

 二人を見比べた後、コロリョフ三尉は恭也に深々と頭を下げた。

「ジョウシマ二士の“お守り”、ありがとうございました」

 ……つまり、そういうことだ。
 如何なBランクとはいえ、新米を単独行動させるはずも無い。
 ショウの背後では、恭也がずっとサポートしていたのである。

「ま、これも給料の内さ。 ……こんなんでも弟子(モドキ)だしな」

「で、どうでした? ジョウシマ二士は?」

「そうだな、まあ色々とつっこみ所はあるが……」

 恭也は暫し考え込む。

「最終的にはAランクを倒したし、何より死の恐怖を知り、かつ克服した。初陣としては上出来じゃないか?」

 これを聞き、コロリョフ三尉はニヤリと笑った。  そして、初めてショウに声を掛ける。

「ははっ、そうか死にかけたか! “クラナガン・エクスプレス”……いや“ボトムズ”へようこそ、ジョウシマ二士! 貴官を歓迎しよう!」

 陸士第666部隊“クラナガン・エクスプレス”。
 その愛称の如く「右手にデバイス、左手にチケット(軍用旅券)」をモットーに、数多の次元世界を渡り歩く緊急展開部隊。
 一般陸士部隊と比較しても大差ない魔導師ランクで「戦場」を渡り歩く彼等は、常に命懸けだ。
 故に同部隊の局員達は、自嘲を込めて自分達のことを“ボトムズ”――地獄を渡り歩く最低(bottom)の野郎ども――と呼んでいた。

 そしてこの死線を潜り抜けたことにより、ショウは名実共に“ボトムズ”の一員となったのである。








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【6】


 それは、最奥部の部屋に突入して直ぐのことだった。

「――――――――ッ!?」

 先陣(フロントアタッカー)を務めていた局員が、声にならぬ叫び声を上げ、絶命する。
 ただの一撃、ただの一撃で小隊最強の存在が、シールドとフィールドをまるでボール紙の如く撃ち抜かれたのだ。
 そればかりか、尚も衰えることを知らぬ「それ」に、後続の本隊前衛(ガードウイング)を務める局員までもが撃ち抜かれてしまう。
 二人の正武装局員――それも恐らくは小隊No.1、No.2の戦闘力を誇る――のあまりに呆気ない最期に、誰もが硬直し呆然となる。

 ……いや、それ以上に恐怖した。
 扉の向こうから発せられる、溢れんばかりの「力」に。

「ばけもの……」

 誰かが、擦れ声で呟いた。
 そう、この扉の向こうには、まさしく「化け物」がいる。
 ヒトという種を超越した化け物が。




――――この少し前、現地指揮所。


 生贄の救出後、陸士第666部隊は新たに判明した複数の教団アジトに対し、一斉摘発を強行した。
 アジトが分散している関係上、只でさえ不足気味の戦力を更に分散せざるを得なかったのは痛かった。
 ましてや特級魔導師(Aランク)が複数、それも何処に潜伏しているか判らぬ“ババ抜き”状態らしいのだから尚更だ。
 それ故、当初はある程度の損害を覚悟したものである。

 だが予想に反し、突入は強襲ではなく奇襲となった。
 (※これは前回、恭也があまりに手際良く制圧した為、その存在を未だ把握されていなかったためだ)
 おかげで摘発は怖いくらい順調に進んでいる。
 だが次々と齎される明るい報告にも関わらず、指揮所の面々は未だ厳しい顔付を緩めようとはしなかった。

「Aランクの連中はまだ見つからんか!」

 部隊長の苛立ち混じりの問いに、通信士は首を振って答えた。

「はい、今の所報告は何も……」

 無論、「最後まで手を抜かない」ということもあるだろう。
 だが何より、未だ特級魔導師が姿を現さないことに対して焦燥感を抱いていたのだ。
 (サボタージュ同然の現地政府の対応、それによる“情報”“準備時間”“戦力”の不足もこれを強く後押ししていた)

(……或いは、ガセ、か?)

 焦りの中、ふとそんな考えが部隊長の頭を過ぎる。

 Aランクなどと気軽に言うが、その存在は極めて希少だ。
 そんな、管理局ですらそれこそ鐘と太鼓を敲いて捜し求める連中が、こんなチンケなカルト教団を相手にするだろうか?
 誤情報などよくある話、ましてや言うことが二転三転するような連中の情報など、どうして信用できよう?

 この疑惑は、作戦の進展と共に部隊上層部の間で急速に広がっていく。
 ……だがこの予想は、最悪の形で裏切られることとなった。




――――???


「総員、撤退準備ッ!」

 暫し呆然とする局員達だったが、彼等も素人ではない。
 ほんの一瞬で我に返り、行動に移る。

「准局員から速やかに撤退せよ! 正局員は援護だ!」

「こちらアルファー1、アルファー1! 野戦指揮所、大至急援軍……いや撤退の許可を願う! 繰り返――」

 ……だが、遅すぎた。
 次の瞬間、魔力の暴風が彼等を飲み込み――

 小隊は、この世から消滅した。




――――再び、現地指揮所。


「アルファー1、アルファー1、応答して下さい!」

「アルファー1の生命・魔力反応共に消滅!」

「馬鹿な!? 早過ぎる、一体何が――」

 その報告に、部隊長は絶句する。
 如何なAランクとはいえ、アルファー1は“助教”“熟練兵”級の練度を誇るBランク6名を中核とした最精鋭の小隊である。
 例え相手が“一般兵”レベルの心得があったとしても、互角以上に渡り合える筈だ。

(……まさか、Aランクが全員“そこ”にいた? いや、だとしてもあまりに――)

「新たな生命・魔力反応探知! 魔導師と思われます!
 推定ランクは――AAAッ!? も、目標はAAAランクの魔導師です!」

 ――ッ!!??

 その報告がなされた瞬間、指揮所内の誰もが凍りついた。
 ……特級魔導師(Aランク)が複数存在することは、半信半疑ながらも承知していた。
 だが……だがまさか超Aランクの超特級魔導師が、“大魔導師”すら存在したとは――

 AAAやAAランクの魔導師は、戦術級魔導師の最高峰たるAランクをあらゆる面で超越している。
 戦略級魔導師(Sランク)に限りなく近い、いわば“準戦略級魔導師”とでも言うべき存在だ。
 その火力と防御力から「戦艦」とすら謳われ、並大抵の攻撃では掠り傷一つつけることが叶わない。
 ましてやAAではなくAAAだ。Aランクが束になってもその防御を抜けるかどうか……

「目標精神波極めて異常! 恐らく、薬物か何かで正気を失っているものと思われます!」

 次々ともたらされる情報は、その全てが状況が悪い方向――それも最悪の――へと向かっていることを示していた。

「一体、現地政府は何をやっていたのだ!?」

「力ある魔導師の管理は、最低限の義務の筈だぞ!」

 焦燥感とやり場の無い怒りに、そんな罵倒すら飛び交う。
 そして更に火に油を注ぐ様な通信がもたらされた。

「部隊長! 『教団ニ大魔導師ガ関与シテイル可能性アリ、注意ヲ願ウ』。 ――以上、現地政府から通信です! 」

「遅い!」

 余りに遅すぎる知らせに、部隊長は吐き捨てた。
 ……もし最初からこの情報に接していれば、自分達ではなくエ-ス部隊かそれに準ずる部隊が投入された筈である。
 彼等なら、如何なAAAとはいえ余程の手錬れでもない限り、高々一人を拘束するのは簡単な話だったろう。
 だが現在この場にいるのは、陸士第666部隊及び同管理世界に駐屯する各陸士部隊より選抜された、支隊の集団に過ぎない。
 要は一般部隊の寄せ集めだ。
 超AランクどころかAランクですらほんの数える程、AAAランクを相手にするには戦力が圧倒的に不足していた。

 (※いくら緊急展開部隊でも訓練や整備・休養等で全力出撃などそうそうできるものではない。
   ましてや現地部隊は担当する地域があるためまず不可能だ。
   加えて陸士第666部隊を含む圧倒的多数の部隊は、Aランクの戦闘魔導師などせいぜい数名しか配属されていない。
   ましてや超Aランクともなると一握りのエリート部隊に集中配属され、一般の部隊になどまず回ってこない)

「部隊長、生贄の少年少女たちは無事救出しました。これにより、最低限の義務は果たしたものと愚考します。
 ……一時撤退し、応援を待ちましょう」

「いや、この周辺には複数の都市が存在する。撤退はできん」

 G3(作戦担当幕僚)の進言に、G2(情報担当幕僚)が指摘した。
 追い詰められた犯人というのは、何をするか判らない。
 ましてや相手は小都市の一つや二つ灰に出来るほどの力を持った魔導師である。
 包囲を解いたり、或いは突破されたりすれば、周辺都市が危険に曝される。
 それだけは許されなかった。

「では避難勧告を――」

「膨大な補償金が必要になるぞ? いや、それ以前に時間が無い」

 事前予告も無しに一都市の住民全てに危険を知らせ、かつ避難させるとなると半日や一日は余裕でかかるだろう。
 今までの経過から考えて、現地政府に迅速な行動がとれるとは思えなかった。
 ……なにより、集団移動中を襲われてはそれこそ目も当てられない。

「……………………」

 眉間に皺を寄せて二人の話を聞いていた部隊長が、口を開いた。

「とりあえず警戒要請を周辺都市の首長に送ってくれ。警察が動員されるだけでも、大分違うからな。
 あと、場合によっては一般市民の外出禁止要請を出すことになるかもしれない、とも。 ……こっちは非公式に伝えてくれ」

「は!」

 そして、G3を見る。

「今動かせる戦力は?」

「現在我々の手許には、6名のAランク魔導師──Bランク以下はお呼びでは無いでしょう──がおります。
 練度は“熟練兵”が2名、“一般兵”級が4名。
 全員が指揮所直属として待機しており、命令があれば直ぐにでも投入が可能です」

「“熟練兵”と“一般兵”級のAランクが6名……」

(……これを一気にぶつければ、止められるか?)

 部隊長は自問し、すぐさま首を振った。

 上位に上がる程、ランク間の格差は大きなものとなる。
 ましてやこのレベルで2ランクとなると、もう絶望的だ。
 仮に相手がまったくの素人だったとしても、「この程度の戦力」では時間稼ぎにすらならないだろう。

(それに、相手はAAAだけではない)

「逃亡した魔導師の数とランクは?」

「3名が逃亡しました。全員がAランクです、Bランク以下は全員取り押さえたのですが……」

 腐っても鯛と言うべきか。
 最悪、余りに最悪の状況だった。



 ――だが新たな通信に接した通信士が顔をほころばせ、歓喜の声で報告する。

「部隊長! 『我コレヨリ援護ニ向カウ』。 ――航空戦技教導隊分遣隊からの通信です!」

「……航空戦技教導隊? この近隣に来てたか?」

 そう言ってG3が首を捻る。

「待て……ああ、ここだな」

「!? おいおい、大分距離が離れているぞ? 間に合うのか?」

 G2が表示させた情報に、G3が目を丸くする。
 この惑星の裏側、と言ってもよい場所だ。
 如何な空戦魔導師といえど、この距離では――

「来るさ」

 今まで沈黙を守っていたG4(兵站担当幕僚)が断言した。

「君達は、空戦魔導師という存在を甘く見過ぎている。
 連中の機動力は、我々(陸戦魔導師)の常識では到底推し量れない。
 まして相手は航空戦技教導隊の猛者、巡航でも並の空戦魔導師の最高速度を軽く上回る連中だ。
 賭けてもいい、必ず来る」

「では我々は、AAAランクの足止めに全力を挙げるか」

「逃げた連中は見逃すのか!? Aランクが3人だぞ!」

「仕方ないさ。追わなければ、被害は最小限に抑えられるだろう。
 ……このイカれたAAAランク逃がすよりは万倍、いや億倍マシだ」

「く……」

 結論が出たのか、幕僚達が部隊長を見る。

「…………」

 暫し目を瞑っていた部隊長は、目を開くと何の気負いすらも感じられぬ口調で、通信士に命じた。

「待機している連中にそいつらを追わせろ。必ずBランク以下も同行させろよ?」

「! ではこのAAAは!?」

 その言葉に皆驚愕し、血相を変えて尋ねる。
 だが部隊長はその問いかけを無視し、通信士を見た。

「通信士」

「はい」

「高町陸士長を“目標”に誘導しろ。残りは全員後退、包囲網を敷け。ヤツが失敗したら――その時は総攻撃だ」

「は!」

「部隊長!?」

「奴は逃げる避けるだけは天下一品だ。だから、“時間稼ぎ”をしてもらう」

「たしかにそうですが……アレはFランクですよ!?」

「それに、あの男は危険を感じると直ぐに逃げます。 ……はたして、大人しく時間稼ぎを演じるでしょうか?」

「するさ」

 部下達の疑問に、部隊長は自信たっぷりに頷いた。

「何せヤツは、ここ最近減俸が重なっておけら状態だ。
 この上更に減俸が加われば、ヤツ唯一の娯楽である“月間盆栽の友”“月間釣り道楽”すら買えなくなるからな」

「……そこまで金に困ってるのですか、あの男は」

 と言いますか、大の大人がたかだか月刊誌2冊も買えないですか?
 その余りの惨めさに、指揮所の人員の半分は呆れ返り、残る半分はそっと憐憫の涙を拭く。

 些か変な方向に向いつつあった場の空気に、部隊長が叱責に近い号令を発する。

「以上! 総員、配置に戻れ!」

「「「「は!」」」」

 かくして、近隣都市の命運は一人の陸士に委ねられたのである。








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【7】


「う、うう… 何て凄まじい魔力なんだ……」

 “それ”を見て、ショウは思わず呻いた。

 遥か上空に一人の男が宙に浮かび上がり、辺りを睥睨している。
 一見したところは、小柄な、ただの年老いた老人に過ぎない。
 ……いや、その血走り常軌を逸した目からして、「ただの」ではなく「狂った」老人か。

 だがその魔力の波動は凄まじく、地上にいる自分達が圧倒されてしまう程だ。
 何より、この圧倒的な存在感……
 如何なAランクと言えど、これ程までのプレッシャーはない。
 ならば、この老人は一体――

「これが、大魔導師ってヤツさ……」

「大魔導師!?」

「ああ、たった今連絡があった。アレは……AAAランクの大魔導師だ」

「な――ッ!?」

 コロリョフ三尉の言葉に、ショウは絶句した。
 AAA――限りなくSランクに近い存在。そのあまりに強大な力故に、準戦略級魔導師とすら謳われるバケモノ。

(そんな相手と!? 一体どうやって!!??)

 恐怖のあまり、デバイスを握る手が汗でぐっしょりになる。
 と、彼の心を察したコロリョフ三尉は首を振った。

「……いや、俺達は何もしない。包囲するだけ、だ」

「? しかし……」

「もう直ぐ援軍が来る」

「それまでの間、足止め、ですか?」

 はたしてどの程度「保つ」だろう?と身を震わせつつ尋ねる。
 が、コロリョフ三尉はまたも首を振った。

「……言ったろ? 『俺達は何もしない』と。足止めは、“あの人”がやる」

「あの人? ――って、まさか師匠が!?」

「ああ」

「まさか、一人で、ですか!?」

「そうなるな」

「む、無茶ですよ!? 支援すべきです! 幾らAAAだからって、全員でかかれば――」

「――勝てるか?」

 驚愕と怒りで詰め寄るショウに、コロリョフ三尉は鋭く問うた。
 と、ショウは俯き、如何にも自信なさそうに小さく呟いた。

「……多分」

「勝てたとしても、部隊は甚大な被害を受けるだろうな。
 ……既に、余所からの応援も含め1小隊分、やられた。あっという間だったそうだ」

 だから恭也なのだ、とコロリョフ三尉は言う。
 恭也の回避能力には定評がある。あの性格も考えれば、囮には最適だろう。
 ……第一、仮に失敗したとて何ら問題は無い。その時あらためて総攻撃に移ればいいだけの話だ。
 上手く恭也が時間を稼げれば良し、駄目でもある程度の時間は稼げる。稼いだ時間は、部隊の損害減少に直結する。
 悪い話では、ない。
 ――少なくとも“上”は、そう考えたのだ。

 だがそれは、正義感の強い少年にはとうてい受け入れられぬ考えだった。

「――――っ!」

 ショウは何かを言おうとするが、怒りのあまり声が出ない。
 そんな彼を、コロリョフ三尉は怒鳴りつけた。

「これは命令だ!」

「!」

 “命令”と聞いた瞬間、ショウは無意識の内に背筋を伸ばし、直立不動となる。
 訓練学校での、そして部隊での教育が、彼をそうさせたのだ。
 それは恭也とは真逆の反応であり、同時に武装局員として実に「正しい」姿だった。
 それを見てコロリョフ三尉は穏やかに笑い、諭す。

「それにな、『こういったこと』は別に今回が初めてじゃあない」

「え……?」

 そのとんでもない言葉に、ショウは目を丸くする。
 こんな、九死一生どころか限りなく十死零生に近い任務を、何回も?

「まあ流石に『AAA相手に正面から』というのはさすがに初めてだ。
 ……だが複数のAランク相手に今回みたいな時間稼ぎをしたり、AA相手に逃げ回る、なんてのは両手どころか両足に余る」

「そんな――」

「だからこそ、上はあの人の出鱈目を許している。いや、許さないまでも黙認している。
 ……それだけの価値を示しているからこそ、だ」

「……………………」

 反論できず、ショウは俯いた。
 確かに、恭也の言動は軍……いや組織の一員としてはあまりに奔放だ。
 或いは部隊上層部が排除に動いたとしても、何ら不思議ではない。

 だがそうするには、恭也という存在は上にとって「惜しかった」。
 勲功稼ぎとして、それ以上に自分達の不手際の押し付け役として、これほど使いでのある“使い潰し”、そうはいないだろう。
 つまりは、そういうことだった。

「けどな? まあそんな上の思惑など、糞喰らえ、だ」

「?」

「総攻撃したとして、な? 立場上俺が言うのも何だが…まあ勝てたとしても、最低半分の局員が死傷するだろう。
 ……負けりゃあ部隊は全滅、周辺都市も蹂躙され、数千数万の市民が死傷する」

「……はい」

 自分達の責任の重さを、ショウは改めて痛感する。
 困っている人々を助けたい、役に立ちたい。 ――そう夢を抱き、管理局に入局した自分。
 だがいざその状況に立つと、何と重いことだろう。
 その重みに耐えかね、思わず何もかも捨てて逃げ出したくなる。

「あの人はな、そういったもの全部ひっくるめて、守るために戦うんだよ。
 上の思惑なんざどうでもいい、少なくとも俺は、“俺達”はそう思っている。
 Fランクなのに苦も無くBCランクの上級魔導師を倒す、
 退かぬ媚びぬ省みぬを貫き通し、我が道を行く、
 絵に描いた様な女ったらし……
 ――ああ確かに凄いさ羨ましいさ、尊敬するよ。
 だが、だがな? 何より『こういったとんでもねえ時に、皆の“最後の盾”になって戦う』からこそ、あの人は“高町さん”なんだよ。
 そりゃ管理局の問題児かもしれないさ、けどあの人は、同時に誰よりも“管理局員”なんだ。畜生、格好いい話じゃあねえか……」

 そう話すコロリョフ三尉の目には、紛れもない畏敬の念が浮かんでいた。
 ……それを見て、何故恭也があれ程までに認められているか、ショウはやっと理解した。
 結局、自分は表面的なことだけしか、見ていなかったのである。

「そう、ですね……」

 ――未熟だな、僕は。本当に情けない……



『ガアアアアーーーーッッ!!』

 老いたAAAの大魔導師が、咆哮した。
 魔力を乗せた「力ある声」。それだけで並の魔導師など、地に膝を着けてしまう。
 上級魔導師である二人すら、思わず「折れそう」になる。

「クッ!?」

「うう!?」

『管理局の犬共が……』

 大魔導師が、口を開いた。

『我が長年の夢である“秘儀”の成就を邪魔しおって…… 許さん、許さんぞ…………』

 まるで呪詛するかの様に言葉を発すると、軽く片手を上げた。
 その掌に、凄まじい量の魔力が集中していく。
 ――アレをぶつけられたら!?

「防御しろッ!」

「無理だ!? 退避、退避ーーッ!」

 慌てふためく局員達。
 ある者達は数人がかりで結界を張り、またある者達は散開することにより、少しでも被害確率を減らそう試みる。
 その様子を見て、大魔導師は嘲笑する。

『死ね』

 そして、手を振り下ろす――いや、振り下ろそうとした。
 だが次の瞬間、己の顔にかすかな違和感を感じ、軽く手で拭う。

『むう… 血、だと?』

 剃刀で浅く切った程度の傷だが、頬から血が滲み出ている。
 ……これは一体?

「……毎度のことながら、何故俺はここにいるのだろうな?」

『!?』

 突然、やや後方から聞こえる溜息と困惑混じりの声。
 大魔導師が驚き振り向くと、そこには二刀の小太刀を抜いた恭也が浮かんでいた。
 何時の間にッ!?

 慌てて向き合い、距離をとる。

「ああ~ そこの目付きの異様に悪いご老人?
 もう年なんだから、そんなに力をひけらかさないで、大人しくゲートボールにでも専念すべきでは?」

『ま、まさか…… 貴様が、これ、を!?』

 ある結論に達し、大魔導師は目を見開き問うた。
 だが恭也はニヤニヤしながらはぐらかすばかりだ。

「……それとも相手がいないか? OK、OK、そういうことならならいい相手を紹介しようじゃあないか」

『いや、そんな筈がない…… 我の、我の結界を抜いて、我の肉体を傷つけるなど――できる筈が無いッ!!』

 そう叫ぶと、大魔導師は恭也に向けて魔法を放った。
 だが、いとも簡単に避けられる。

 ヒュン!

 また、かすかな違和感と出血。
 間違いない…… この若造ッ! この若造が自分の肉体を傷付けたのだッッ!!

『若造ーーッ!!』

「ふむ、老人にお前はまだまだ若い、と言われてもあまり嬉しくないな……」

 今度は大量の魔法を放つものの、やはり全てを回避される。
 そして、三度目の出血。

 ――こいつをッ! こいつだけは殺すッッ!!

 怒りのあまり、大魔導師は全てを忘れて恭也に襲い掛かった。

                         ・
                         ・
                         ・
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                         ・
                         ・

「凄い……」

 目の前で繰り広げられる光景に、ショウは呻いた。
 同時に、以前恭也が語った言葉を思い出す。

 ――どんな威力のある魔法でも、「当たらなければどうと言う事は無い」んだ。

 何の気負いも無く、語った言葉。
 それを実証するかの様に、恭也は大魔導師の放つ魔法を回避していく。
 最小の、まるで舞うかの様な優雅な動きで避ける。

『ちょこまかと小賢しい真似ォーーッ!』

 大魔導師が、吼える。
 その攻撃は厚い障壁にその身を覆い、ただ物量で押すだけの、酷く単純なものだ。
 だが、1発1発がAランクの全力攻撃にも匹敵する威力の魔法を、まるで雨の如く撒き散らす。
 ――にも関わらず、当たらない。1発たりとも当たらない。

「本当に、凄い……」

 まさかこれ程とは、とショウはただただ感嘆する。
 自分なら、1分と保たずに撃墜されてしまうだろう。
 ……いや、それ以前に体が震えて言うことを聞かぬに違いない。

「それだけじゃあないぞ。あの人、射線を全部上にして、地上に被害が及ばない様にしている」

「――――あっ!」

 迂闊にもコロリョフ三尉に指摘され、気付いた。
 あれ程の弾幕が、1発たりとも地上に向けられていない。
 つまり、恭也は完全にこの戦いをコントロールしている、ということになる。
 これはもう、凄い、なんてものじゃあない。まるで――

「……本当に人間か、あの人は」

「う~~ん、難しい質問だね… でもやっぱり、もう半分位は辞めてるんじゃないかなあ?」

「へ?」

 場にそぐわぬ少女の声に、驚いてショウは声の主を探す。
 と、そこには自分よりも二つ三つ年上だろうか、航空隊の制服を身に纏った一人の少女が立っていた。
 が、その胸には二等空尉の階級章と航空戦技教導隊の徽章。

(航空戦技教導隊!?)

 航空戦技教導隊は、教官級の練度を持つ者の中でも選りすぐりの、それ超Aランクの空戦魔導師のみを集めた最強部隊である。
 ――そんなところに、この少女が!?

 ショウは目を丸くし、思わず凝視する。
 そして初めて、少女がその内に底知れぬ魔力を秘めていることに気付いた。
 それは、“覗き視た”ことを後悔する程の広く深い“力”。
 それを、この少女は何の気負いもなく、ごく自然体で内深くに沈めている。

(この人は一体……)

 緊張するショウに、少女は「あれ?」という風に首を傾げた。

「あ、君初めて見るね?」

「! し、失礼しました! ショウ・ジョウジマ二等陸士です!!」

「ありがとう、私は高町なのは二等空尉。あそこにいるお兄ちゃんの妹だよ、よろしくね」

「た、高町なのはっ!?」

 あの“エースオブエース”“管理局の白い魔王”が、この人?
 ……とてもそうは――って、兄?妹?

 高町恭也
 高町なのは
 同じ“高町”……え゛

「ま、まさか高町さんの……妹?」

「うん、そうだね」

「えーーーーッ!!??」

「……そんなに驚くようなことかなあ?」

 苦笑するなのはに、コロリョフ三尉がフォローを入れる。

「ははは、コイツはまだ箸が転んでもおかしい年頃なんで。 ――お久しぶりです、高町二尉」

「そうなの……かな? まあいいや。
 あ、お久しぶりです。お兄ちゃん、ちゃんと働いてますか?
 元気すぎて何か悪さしてないですか?」

「あ~~、そこら辺はノーコメントで」

「そこは社交辞令でも否定しましょうよっ!?」

「なんだ、還ってきたのか。ああ、コイツ、ウチの新入りです」

「はい、聞きました」

「で、ですね。コイツ、なんと無謀にも、お兄さんに弟子入りしたんですよ」

「えーーーーッ!!??」

「や、そんなに驚くことですか?」

 両手を上げて驚くなのはに、ショウは突っ込んだ。
 が、なのははただただ驚くばかりで、信じられぬモノを見るように彼を見る。

「だって、お兄ちゃんだよ? お兄ちゃんなんだよ!?」

「ごめんなさい、訳わかりません」

「お兄ちゃんみたいなロクデナシに弟子入りするなんて、絶対有り得ないよっ!!」

「……そこまで言いますか」

「あ、もしかして君……女の子?」

 そう言うと、急になのはの表情が変わった。
 「む~」と眉間に皺を寄せ、まるで値踏みするかのような目で、ショウを見る。

「…………そんな訳ありませんよ、俺は男です」

 幾ら雲上人とはいえ、女扱いされては流石にいい気はしない(結構気にしているのだ!)。
 だが、「そんなこと」よりも今は恭也である。

「――それより高町二尉! 早くあの大魔導師を何とかして下さい!!」

 大事なことを思い出し、ショウは頭を下げる。
 援軍とは、きっとなのはのことだろう。
 Sランクという正真正銘の戦略級魔導師なら、あのAAAだって――

「大魔導師って言うから大急ぎで来たんだけど……」

 だが、なのははどうも気が乗らないらしい。
 つまらなそうに“大魔導師”を見る。

「魔力だけのただの素人さんだし、おまけにお兄ちゃんがいるのなら、こんなに急ぐんじゃなかったなあ……」

「いえ、幾ら高町さんでも流石に――『お兄ちゃんはあんな相手になんか負けないもん!』――へ?」

 先程までの態度と表情からは一変、まるで子供の様な表情と口調のなのはに、ショウは目を点にした。
 が、なのはは目を輝かせて力説する。

「お兄ちゃんはね、航空戦技教導隊の皆だって梃子摺る位、避けるの上手いんだよ? あんなヘロヘロ弾なんて当たらないよ!
 攻撃だって、私やフェイトちゃんのバリアを“貫す”くらい凄いんだから!!」

「何故そこで航空戦技教導隊が?」

 ……色々と突っ込みたい台詞満載ではあるが、とりあえず一つ聞いてみる。

「お兄ちゃん、時々うちで機動標的のバイトやってるの」

 薄給の上に減俸の多い恭也は、常に綱渡り的な生活を強いられている。
 故に減俸額が予想を超えた場合、冗談抜きに生命の危機に瀕してしまう。
 ――そう。某一佐を罵倒し、六ヶ月の大幅減俸を申し渡された時も、丁度そんな懐具合だった。

 払えぬツケ(俸給の前借り分)、底をついた米櫃…… 窮した恭也は、止むを得ず「体を売った」。
 具体的には航空戦技教導隊の面々の襲撃目標として、演習場をひたすら逃げ回る羽目になったのである。
 あれは地獄だった。 ――恭也をしてそう言わしめたその数日間は、だが確かに彼の窮状を救った。
 前借り分を無事完済でき、久々に身軽(真人間)になれたのだ。
 対する教導隊の面子も久々に歯応えのある相手に出会えて大変満足したらしく、「是非また来てくれ」とまで言ってくれた。
 以後、恭也は金欠の度に泣く泣く“このバイト”の世話になることとなる。

 ――が、まあ流石に上の話はショウが知る由もないことだ。
 だが航空戦技教導隊が、“刺激”というか“活きのいい獲物”を求めて「偶に交戦相手を募集する」という話は聞いたことがあった。
 確か「Aランク以下はお呼びでない」「AAランクの陸戦教導官がズタボロにされた」など、とにかく碌な噂のないバイトだった筈だ。
 そんなものを、しかも何回もやっていたとは……

「どこまでバケモノですか……」

「時々、有給休暇から凄くやつれて帰ってくる時があったが……
 あの人、あんなヤバいバイトにまで手を出していたのか」

 なんてチャレンジャーな、と額に汗を流すショウとコロリョフ三尉。

「とにかく! そんな訳でお兄ちゃんはとても強いのです!
 ――だからお兄ちゃんの為にも、私は一切手出ししません!」

「? どういうことですか?」

 なのはが恭也を信じる……というか、信奉しているのは判ったが、それとどう結びつくのかが判らない。
 二人がかりで倒した方が早いと思うのだが……
 首を捻る二人に、なのはが胸を張って答えた。

「お兄ちゃんがあの魔導師を倒せば大手柄で出世間違い無し! というか、絶対に出世させます!!」

「あ、そういうことですか」

「まあ、勲章と三曹昇進は固いな。あと、幹候に選抜される可能性もある」

 仮にもAAAランクの魔導師を倒せば、その実力を認められ、幹候(幹部候補生)の選抜対象となる可能性が高い。
 加えて近隣都市を危機から守ったということで、昇進や勲章授与もなされるだろう。

 納得し頷く二人を見て、なのはは満面の笑みを浮べた。

「でしょう♪ これでお兄ちゃんも、やっと認められるんだよ!」

『ガアアアアーーーーッッ!!??』

 と、突然絶叫が響いた。
 三人が驚き空を見上げると、そこには腕を切り落とされ、鮮血を噴出しながらのた打ち回る大魔導師と、それを冷ややかに見る恭也――

「「――――っ!?」」

「おお、こりゃ勝負あったな。 ……しかし、ここまで理不尽なのかよ、あの人は」

 その壮絶さに、なのはとショウは思わず息を呑んだ。
 が、こういった荒事に慣れているクラナガン・エクスプレスの面々は、大歓声を上げつつ魔法を空に向けて撃ちまくる。

 ――ウォォォォーーーーッッ!!

「おっしゃーーッ! AAA相手に圧勝ッッ!!」

「さすが高町さん! 俺達にできない事を平然とやってのけるッ!」

「そこにシビれる! あこがれるゥ!」

 そんな馬鹿騒ぎの中、なのはは恭也に向かって叫んだ。

「お兄ちゃん!? 乱暴すぎるよ!!」

「おお!? なのはではないか!」

 恭也はなのはを見ると、軽く驚きの声を上げる。
 が、次の瞬間怒鳴りつけた。

「居たのなら兄を手伝え! というか、お前がやれ!」

 ……もちろんなのはも負けてはいない。
 こうして高町兄妹の口論が始まった。

「それじゃ、何にもならないでしょ!?」

「構わん、俺が許す」

「も~~、いい年して我がまま言わないでよ……」

「おまっ!それ禁句――

 ……どうやら年のことをかなり気にしていたらしく、恭也は一瞬絶句する。
 そして何か言い返そうとして――だが、突如背を向け、呆れた様な声で呟いた。

「ちっ、しつこい……」

 さして鍛えてもいない老人にあのダメージ、あの出血は大き過ぎる。これで戦闘不能だろう。 ――そう誰もが考えていた。
 だが大魔導師は尚も戦意を……憎悪を失っていなかった。目をぎらつかせ、恭也を睨みつけている。
 これに対し、恭也は「もう飽きた」とでも言わんばかりに、如何にも面倒臭そうに刀に手をかける。
 ……そして、何故か急に大きく高度を下げた。

「「「?」」」

 次の瞬間、恭也はなのはの背後へと瞬時に移動する。
 そして――

「秘技、妹バリアー!」

「にゃあっ!?」

 ちゅど~~ん!

 なのは驚きながらも、反射的に放たれた攻撃魔法ごと大魔導師を吹き飛ばす。
 ……それで、全てが終わった。

「「「「…………」」」」

 その呆気無さ…というか展開に、誰もが付いていけず沈黙する。
 そんな中、恭也は一人満足そうに頷いた。

「さて、これで任務完了!」

「お~兄~ちゃん?」

 そんな恭也に、なのはが怒りの声を漏らす。
 ……どうやら大変お怒りの様だ。

「お仕事怠けてせっかくのチャンスをふいにしたばかりか、かわいい妹を盾にするなんて……」

「な、なのは……?」

「……いっぱい、頭冷やそうか?」

「!?」

 なのはの言葉を待たずに、ダッシュで逃げる恭也。
 が、遅すぎた。

「スターライト! ブレイカーっ!!」

 次の瞬間、眩いばかりの光が恭也に殺到した。

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                             ¦
                                  !

「ううう……お兄ちゃんの馬鹿あ~~」

「ええっと…… もう僕達帰るんで、高町二尉もそろそろ……」

 地面にしゃがみこみ、半泣きで恭也を罵倒するなのはに、ショウは恐る恐る声をかけた。
 ……や、運悪く籤で負けたのだ(でなければこんな火中の栗を拾うような真似っ!)。
 そして案の定、皆の恐れていた通り――捕まった。
 止む無く自分もしゃがみこみ、なのはの愚痴を聞く。

「まったく、『妹の心兄知らず』だよ! みんなだって凄く心配してるんだから!!」

「はあ……」

「なのにいつもいつも『剣士として高みを目指したい、それ以外は全て不要』って逃げて!」

「でも、そんな生き方も悪くないんじゃないでしょうか?」

 ……愚かにも、ショウはついそう答えてしまった(愚痴の聞き役は余計なこと言わない、これ鉄則)。
 あれ程までに強くなれるのなら、それも悪くないかも。 ――そう考えてしまったのだ。
 その言葉を聞き、なのはは初めて顔を上げ、じっとショウを見る。

「……君、年幾つ?」

「13です」

「……だよね。その位の年なら、そういう夢も許されるよね……」

 そこで、大きな溜息を一つ。

「でもね……お兄ちゃん、もう31なんだよ、31! 普通ならもうとっくに結婚して、子供がいる歳なんだよっ!?」

「あ~~、確かに……」

 なのはの主張に、親恭也派のショウも首肯する…とゆーか、首肯せざるを得ない。
 晩婚未婚が問題化している地球世界とは異なり、ミッドチルダを始めとする管理世界群は早婚の傾向がある。
 ぶっちゃけ、男女問わず30で結婚経験が無いのは「相当」と言ってよいだろう。

(すみません、師匠…… 流石にフォローできません)

 黒焦げとなり、小刻みに痙攣しつつ担架で運ばれていった恭也を思い出しつつ、ショウはそっと詫びる。

「……なのに未だに陸士(バイト)なんて不安定な身分だから、年金も保険もろくに入ってない。
 おまけに減俸ばっかりでお給料なんて雀の涙だし……
 前にはやてちゃんにお兄ちゃんの給与明細と通帳の写し見せてもらった時なんか、フェイトちゃんと一緒に泣いちゃったよ……
 ほんと、老後以前に将来どうする気だろ…………すごく不安だよ」

「え~と、多分師匠…お兄さんなりに、考えてるんじゃないかと……」

「そんな訳ないよ! ショウくん、お兄ちゃんを甘く見すぎてるよっ!!」

「ハイ、ソウデスネ。ゴメンナサイ」

 「君にお兄ちゃんの何がわかるのっ!?」的な剣幕で睨みつけるなのはに、ショウは額を地に擦り付けて詫びる。
 ……や、下手にこれ以上庇ったら、何かトンデモナイ目に遭いそうだし。

「きっと、どこかの女の人に食べさせてもらうようになるんだ……
 その人を“お義姉さん”って呼ぶ羽目になるんだ……
 うわ~~ん! お兄ちゃん、その人誰っ!? 何処の子っっ!!??」

(ダレカタスケテ……)

 この延々と続く愚痴に閉口し、ショウは周囲に救いを求める。
 が、誰もが顔を背け、こちらを見ようとしない。
 ――ばかりか自分達を残し、撤退の準備まで始めている。
 ショウは慌てて立ち上がり、抗議の声を上げた。

「ちょっ――」

「聞いてるの!?」

「あ、はい、ご免なさい……」

 なのはの愚痴は、日が暮れるまで続いたという。

 なお余談ではあるが、恭也と大魔導師の戦闘記録は一部――大魔導師の腕を切り落とす前後――がすっぽり抜けていた。
 その原因は全く不明であり、単なる機械の不調によるものとして処理された。








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