魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS

「とある三十男のひとりごと」

本編「とある三十男のひとりごと ~その裏~(前編)」




【1】


――――第1管理世界“ミッドチルダ”。クラナガン郊外、陸士第666部隊駐屯地。


<1>

 ある晴れた日のことである。陸士第666部隊に一人の新人がやって来た。
 (※移動にしては些か時期外れだが、ここでは別に珍しい話ではない。要は“損耗”の補充だ)

 ショウ・ジョウシマ二等陸士。
 年は13とまだ若いが既に魔導師ランク「陸戦B+」と期待の大物新人である。

「君は、強く志願して我が隊に来たと聞いたが?」

 宿舎へと向かう途中、案内役の陸曹が何気なく尋ねた。
 と、ジョウシマ二士はよくぞ聞いてくれましたとばかりに顔を高潮させて答える。

「はい! “影のエ-ス部隊”に配属され、光栄です!」

 陸士第666部隊。通称“クラナガン・エクスプレス”。
 その名に相応しく「右手にデバイス、左手にチケット(軍用旅券)」をモットーに、管理内外を問わずあちこちの次元世界を東奔西走する
管理局地上本部所属の緊急展開部隊だ。
 以前から対テロ・対組織犯罪を専門とする精鋭部隊として一般の陸士部隊とは一線を画していたが、ここ最近では更にその評価が
上昇し、非公式ながらも“影のエ-ス部隊”とまで呼ばれる程になっている。

 影のエ-ス部隊、である。
 幾ら「功績少なからず」とはいえ、陸士第666部隊にはさして高レベルの魔導師は配属されていない。
 その配属状況はせいぜい一般陸士部隊に多少の色を付けた程度で、寧ろ緊急展開部隊としては水準を下回っている。
 ――にも関わらず、本来ならS級魔導師が配属されている部隊にのみ与えられる筈の最高の呼称で呼ばれているのだ。

 一体、どれ程鍛えているのだろう?
 一体、どれ程結束力が強いのだろう?
 そんな場所で己を磨きたい――血気盛んな若者がそう考えるのも無理は無かった。

 だがそれを聞いた陸曹は、何とも言えぬ表情で苦笑いする。

「“影のエ-ス部隊”ねえ…… そのせいで俺達は一層ヤバい任務に駆り出されてる訳なんだが……」

 実際、陸士第666部隊はほぼ毎日の様に駆り出され、およそ席の暖まる暇も無い程の連戦を重ねている。
 当然、死者こそ少ないものの怪我によるリタイアが多い。
 ぶっちゃけブラックもブラック、いい職場とはお世辞にも言えぬ職場なのだ。
 ……それに彼は何か勘違いしているようだが、同部隊が“影のエ-ス部隊”などと呼ばれているのはもっと別の理由からだった。

「望むところです!」

「若いっていいよなあ……」

 そのあまりに無邪気な返答に、陸曹はジョウシマ二士の顔を眩しげに見た。



<2、営内宿舎>

 廊下の両脇にずらりと並んだ扉、扉、扉。
 その内の一つを前に、二人は足を止めた。

「ここが君の部屋だ。残念ながらルームメートは訓練中だな。後で紹介しよう」

「はい!」

「では入るとしようか」

 陸曹と共に入室する際、ジョウシマ二士は何気なく隣の部屋を見る。
 そしてネームプレートが一つしか埋まっていないことに気付いた。

(……?)

 ジョウシマ二士は軽く首を傾げる。
 一部屋あたりの人数は、規定では「士なら四人、曹なら二人」とされている。
 一人一部屋、つまり個室が与えられるのは士官以上の筈だ。
 だから思わず立ち止まり、じっとプレート見る。

 『高町恭也陸士長』

(……陸士長?)

 陸士ならば四人部屋の筈だ。たとえ部屋が余っていようとも、これは絶対の筈……

(もしかして……)

 ジョウシマ二士の表情が固くなる。

 訓練校時代、噂で聞いたことがある。
 星の数より飯の数。隊紀の緩んでいる一部の部隊では、「タチの悪い古参曹士が好き勝手をしている場合がある」と。
 もしや、この陸士長も……

(でも、まさか……)

 ジョウシマ二士は慌ててその想像を否定する。
 理屈ではない。まさか憧れの部隊でそんな、と感情が否定したのだ。

 だがそんな彼に、陸曹があっさりと答える。

「ああ、その人は“特別”だ」

「特別、ですか?」

「この人……ああ、高町さんはな、もうウチに来て八年目になる古参なのだよ」

(やっぱり、か……)

 ジョウシマ二士は心底がっかりする。
 八年目で未だ陸士長。それだけでその人物の資質が分かる。
 「どうしようもない無能」か「どうしようもない人格」、或いはその両方だ。

 普通、ただボンヤリと過ごしていても1任期目(2年)を終えれば陸士長になれる。
 そこから先は少々ハードルが高くなるが、それでも3任期目(任官5~6年目)には陸曹候補生になれる筈だ。
 ……というか、なれなければ普通は将来を考えて除隊する。
 確かに陸士は5任期10年まで継続勤務が可能だけど、何の展望もなくそれ以上続けることは無駄どころかマイナスでしかないからだ。
 それでも尚、しがみつくということは――

(しかも高町「さん」ときたか……)

 少なからぬ敬意すら込められている陸曹の口調に、ジョウシマ二士は眉を顰める。
 仮にも軍事組織である以上、けじめをつけるべきだ。
 如何な入局八年目の古参といえど、陸士は陸士。先輩後輩を持ち込むべきではない。

「――だから君も、任務中以外は『高町さん』と呼びたまえ」

「高町陸士長では駄目なのですか?」

 不服そうに、ジョウシマ二士は言う。
 と、その直後に陸曹の叱責が飛んだ。

「馬鹿野郎! 高町さんを呼び捨てにしてんじゃねえ! 『さん』をつけろ!」

 その余りの剣幕に、ジョウシマ二士は呆然とした。
 高町恭也……一体、何者?

                         ・
                         ・
                         ・

 『万年陸士長。陸士生活をもう八年近く続けているチャレンジャー』
 『魔導師ランクは陸戦F-、ただし実際の戦闘能力はAAAともSとも言われている』
 『陸士第666部隊が“影のエ-ス部隊”と言われているのは、この男がいるから』
 『総合SSSランクの魔導師と戦って無傷。最後には「堕とした」(似たような噂がその他多数)』
 『人呼んで陸士第666部隊の“戦う理不尽”“ボーパルバニー”“始末書製造機”』

 ――等々、僅か一時間程で集まった恭也に関する噂に、ジョウシマ二士は思わず頭を抱えた。
 これは一体、何処のアンサイクロペディアですか?

「なんだよ、このデマの山……」

 つーか、SSSと戦って無傷どころか倒したなんて、絶対にデマだ。
 そもそも現人神並の存在であるSSSランクの大魔導師(そもそも実在するのだろうか?)など、会おうったって会えるものではない。
 本気でいい加減にして欲しいものだ。
 ……だがまあ、一つだけ判ったことがある。

「この男が、ここ(陸士第666部隊)で一番強い男か」

 下士官兵達は正直だ。その彼等が部隊に在籍する数少ないAランクよりもこの男の方が「強い」と判断しているのだから、間違いない。
 とはいえFクラスにも関わらずそれ程の評価を受けるとは、一体どんな人物なのだろう?
 先の不快感とは別にいたく興味を刺激されたジョウシマ二士は、恭也に会うべく席を立った。



<3、営内食堂>

 幸い、恭也は直ぐに見つかった。
 混雑する食堂の中、テーブルを丸々一人で独占し、何故か携行糧食を食べている。
 ……部屋割りのことといい、何ととんでもない男なのだろう(※誤解である。誰もが気を利かせて近寄らないだけだ)。
 義憤に駆られたジョウシマ二士は、思わず恭也の前に立った。

「高町陸士長、稽古をつけては頂けませんか?」

 その発言に、食堂の喧騒が止んだ。

 ひそひそ……

「何だ、アイツ? 始めてみる顔だが……新入りか?」

「高町さんを呼び捨てにし、あまつさえ喧嘩まで売るとは……」

「テメー それは高町さんに対する冒涜かー!?」

「う……」

 四面楚歌。周囲のプレッシャーに気後れしそうになる。
 だが相手は悪の首魁、憧れの“クラナガン・エクスプレス”の隊紀を乱す極悪人。引く訳にはいかなかった。
 少年らしい潔癖さで、ジョウシマ二士は己を奮い立たせる。

「…………」

 そんなジョウシマ二士を、恭也が顔を上げて見る。

「――!?」

 恭也は一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐに元の表情に戻り、尋ねた。

「……君は? 初めて見る顔だが?」

「ショウ・ジョウシマ二等陸士です。本日付で着任しました」

「ジョウシマ…… ショウ……」

 暫らく考え込んでいた恭也だったが、やがて再び顔を上げ、大きく頷いた。

「……いいだろう。これを食べ終わるまで待ってくれ」

「……食後の休憩はよろしいのですか?」

「必要ない。勝負に時と場所は選べないからな」

(! オレ相手に、食休みは不要ってことか!?)

 その言い草に、ショウ・ジョウシマ二士は激高した。
 周囲の言葉が、それを一層煽る。

「おお! 高町さんの『必要ない』発言が出た!」

「高町さんにとっては、あの小僧を倒すことが食休み代わりなのだな……」

 一方の恭也は、周囲の態度に何の反応も示さない(というより聞いてない)。
 黙々と食べ続け、食べ終えると悠然と席を立つ。

「さて待たせたな、では行くとするか」

「いえ」

「では行くか」

 そう言うと、さっさと食堂を後にする。
 特に早く歩いているようには見えないが、実に早い。
 ジョウシマ二士は慌てて後を追う。

 ぴたっ

 と、急に恭也が歩みを止めた。
 そして、振り返りジョウシマ二士を見る。まじまじと頭のてっぺんからつま先まで見る。

「?」

「一つ、聞いて言いか?」

「何でしょう?」

「君は――もしかして、女性か?」

「…………違います」

「そうか……」

 全力で殴ろう。そうしよう。
 新たな怒りを胸に、ジョウシマ二士は恭也の後を追った。



<4、営内訓練場>

 全身黒尽くめ。 ――それが、恭也に対する第一印象だった。
 更によく見れば「年よりも若く見える」とか「比較的長身である」とか「比較的整った顔だ」とかそんなことも目に付くが、
やはり“黒”という印象には到底及ばない。
 だが、そんなことはどうでも良かった。彼ことジョウシマ二士がすべき事は、目の前の相手を叩き潰すことなのだから。

 “クラナガン・エクスプレス”に対する失望。
 隊紀を乱す恭也に対する義憤。
 そして、女呼ばわりされた怒り――

「うおおおおーーーーっ!」

 ジョウシマ二士は全力で襲い掛かった。
 踏み込んでの右正拳突き。
 些か……いやかなり強引な攻撃だが、そんなことは関係ない。
 幼い頃より学んできたマーシャルアーツの技術と上級魔導師としての魔力で、そんなもの補ってなお余る。
 恭也の体に向かい、まるで吸い込まれるように突き進む拳に、ジョウシマ二士は勝利を確信する。

(もらった!)

 だがその直後、今まさに己の拳が恭也に触れようとする瞬間、天地が逆転した。

「!?」

 一拍子遅れて、背中に激しい衝撃。
 気付くと、視界は一面の青空だった。

「まさか……投げられた?」

 呆然と、本当に呆然としてジョウシマ二士は呟いた。
 何時どうやって……いや本当に投げられたのかすら分からない。
 ただ天地が逆転した感覚と地面にめり込む己の体で、そう判断しただけの話だ。
 こんな思い、それこそ入門直後にマーシャルアーツの先生にやられた時以外――

 と、視界に恭也が入った。
 ジョウシマ二士を見下ろし、問う。

「まだ、やるか?」

「! やれますっ!」

 その言葉に、ジョウシマ二士はハッとして立ち上がり、構え直す。

(次こそは……)

 もはや油断は無い。
 手足を捕られないように、小さく小刻みに突きを放つ。
 決して深追いせず、徐々に間合いを詰める。
 そして、拳が恭也の体に届いた瞬間、初めて腕を振りぬいた。

(これなら!)

 ……だが、肉体を貫いた感触がまるで無い。それこそ、まるで暖簾を押しているような――
 直後、恭也が消えた。
 代わりに、背中に激しい衝撃が襲い掛かる。

「!?」

 堪らず、ジョウシマ二士は崩れ落ちた。

「う、うう……」

「まだ、やるか?」

 蹲るジョウシマ二士を見下ろし、恭也が再び訊ねた。

「まだ、やるか?」

 ジョウシマ二士は、答える代わりによろよろと立ち上がり、無言で構える。
 これを見て、恭也はどこか満足そうに頷いた。

「わかった」

                         ・
                         ・
                         ・

「ぶろっ!?」

 更に10分後、ジョウシマ二士は地面に大の字になっていた。
 そして、「信じられない」という表情で恭也を見る。
 強い。何回挑んでも、1分も保つことができない(それも相手はまったく魔力を使っていないにも関わらず、だ!)。

「ジョウシマ二士……とか言ったか?」

 恭也はジョウシマ二士を見下ろしつつ、些か呆れた様に口を開いた。

「何度もかかってくるその根性は認めるが、それだけだ。
 お前はあまりに戦い方が単調過ぎる。特に己の魔力を過信し、力押し一辺倒なのはいただけないな。
 ……お前より魔力の大きい連中など、それこそゴマンといるぞ?
 そんな戦い方では、ウチ(陸士第666部隊)ではやっていけない。早急に戦い方を変更するか転任することを勧める」

「なっ!?」

 自分の魔力と体術にそれなりの自信を持っていたジョウシマ二士は、これを聞いて思わず声を上げた。

 ……確かに、管理局在籍の魔導師として見ればB+というランクは「中の上」程度でしかない。
 だがそれはあくまで「数多の次元世界から選りすぐりの魔導師を集めた」管理局だからこその評価だ。
 本来BCランクの魔導師は上級魔導師に分類される存在であり、ましてやB+はその最上位である。
 世間一般では「相当に力のある魔導師」と評価される事だろう。

 ──故に、納得できないと恭也を睨みつける。

「納得してない顔だな、それは」

 そんな考えを察したのか、恭也は意地悪そうに笑う。

「だがな、ウチが相手する連中には大概複数の特級魔導師が含まれている。
 ……お前、Aランク相手にもそんな戦い方するつもりか?」

「そ、それは――」

「それとも、俺が最低ランクの魔導師だから力尽くで来たか?
 だがな、どんな威力のある魔法でも『当たらなければどうと言う事は無い』んだ」

「――それが例えSSSでも、ですか?」

「……何の話だ、それは?」

「『総合SSSランクの魔導師と戦って無傷、最後には“堕とした”』という、あなたの武勇伝を聞きました」

「げふぉっ!?」

 ただの売り言葉に買い言葉だったが、その言葉は思わぬ反応を引き起こした。
 恭也は奇声を上げ、のたうち回る。
 暫くしてようやく落ち着くと、息も絶え絶えに訳の判らぬ弁解を始めた。

「お、俺は無実だ! だいたい、あの時のはやてはまだ9歳だぞ!?
 あの告白も、抱擁も、接吻も、全て父――いや当時は兄だったか――としてのことだったんだっ! 信じてくれっ!!」

「……何の話ですか、何の」

「な、なんだろうな……うん、判らなければいいんだ。忘れてくれ」

「はあ…… と言いますか、娘さんがいらしたのですか?」

「ああ、俺と違って優秀なのがな。兎に角、その話は全部デマだから」

「デマ、ですか」

「そうだ。ついでに君が聞いたであろう他の噂も、全部嘘。根も葉もない噂だ」

「火の無いところに煙は立たぬ、と言いますが?」

「それは俺が最低ランクの魔導師であるのも関わらず、B級C級の連中と互角以上に戦っているせいだろう。
 それに尾鰭が付いた上に羽まで生えて、訳のわからん生物になったんだ」

「それだけでも十分以上に凄いですよ……」

(と言うか、何でバリアを無視して攻撃できるのだろう? 激しく謎だ……)

 確かに魔導師ランクは、単に魔法を使っての攻撃力・防御力・機動力・継戦能力等の総合値で区分しただけのものであり、
実際の戦技や経験等はまったく考慮されていない。

 だが例えば――
 Aランクならば「第三世代以降のMBT」、
 Bランクならば「第一~二世代のMBT」、
 Cランクならば「(それ以前の)重戦車」、
 Dランクならば「(同)中戦車」、
 Eランクならば「(同)軽戦車」
 ――程も戦闘力に差があり、この差を克服することは中々に難しい。

 それでも半ランク程度の差ならば、技術や経験の差で勝つことはそう困難な話ではない。力関係の逆転も、まあよく聞く話だ。
 だがこれが丸々1ランクの差となると途端に難易度が増し、訓練過程を終えたばかりの新兵とヴェテランが互角などという事態になる。
 ましてや「それ以上」となれば、「言わぬが花」だ。

 にも関わらず、F-ランクの恭也はB+のジョウシマ二士に勝った。
 これは1.5t級の“カーデン・ロイド Mk.VI”が50t超級の“M60A3”を倒す様な快挙、と言うよりも凡そ有り得ない話なのである。

(……本当に、この人は何者なのだろう?)

 そんなジョウシマ二士の疑問を余所に、恭也は頭を掻きつつ口を開いた。

「ま、まあ、今日は久々に他人と訓練が出来て助かった。 ……やはり一人では限界があるからなあ」

「いつも一人で訓練されているのですか?」

 驚いて、ジョウシマ二士が聞き返した。

「ああ、俺は変わり者だからな。誰も俺に近づこうとしない。余程敬遠されているのだろうなあ……」

「え?」

 何せメシどころか部屋すら一人だからな、と遠い目をして自嘲する恭也に、ジョウシマ二士は唖然とする。

(もしかして、この人……)

 ある確信をもって訊ねる。

「……もしかして、高町陸士長は『鈍い』とか言われませんか?」

「むう……よく判ったな? 不本意ながら、身内によくそう言われている」

「なるほど、判りました」

「何故笑う?」

「いえ、自分の馬鹿さ加減を笑っただけです」

 暫し笑った後、ジョウシマ二士は敬礼した。

「高町さん、いえ師匠! 今までのご無礼、申し訳ありませんでした! 以後もよろしくご指導の程を!」

 恭也は一瞬僅かに目を見開いたものの、直ぐにニヤリと笑って下手な答礼を返した。

「ああ、俺は大概ここにいる。相手が欲しかったら来るといい。ジョウシマ二士……いや、ショウ」








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【2】


――――陸士第666部隊駐屯地、営内宿舎。


 抜き足、差し足、忍び足……
 草木も眠る丑三つ時。闇に包まれた廊下を人知れず蠢く影があった。

「くくく……」

 ニヤリ、と影が哂う。
 まさかこんな夜更けにとは、お釈迦様でも思うまい。
 我が悲願、今宵こそは成就してみせよう……

 影は廊下の両側に並ぶ無数の扉、その一つの前で立ち止まると、そっとその扉を開ける。

 きいぃぃぃ……

 廊下同様、部屋の中は闇に満ちていた。
 だが同時に、心地良さそうな寝息が微かに聞こえてくる。

 ――熟睡、確認。

 影は口元に笑みを浮かべ、部屋に足を踏み入れる。
 そして、奥のベットまで足を進めると――

 ――殺った!

 勝利を確信し、影は気合と共に渾身の抜き手を放った。




――――???


 朝、夜明け前に床を出る。
 手早く身支度を整えると、家族を起こさぬようそっと外へ。
 ――さあ、一日の始まりだ。

 念入りに体をほぐした後、いつもの裏山までジョギング。
 そして、剣を振るう。
 雨の日も風の日も変わらぬ日課だ。

 ビュン、ビュン

 一心に剣を振るう。
 もはや戦場で剣を振るうことは無いが、それでも剣を捨てることなど考えられない。

 『家族を守るため』
 『父の薫陶』
 『残された最後の使い手の一人して』
 『剣が好きだから』

 等々、理由付けしたればいくらでもできるだろう。
 だが剣は、もはや体の一部も同然と化している。
 それを持ち続けることに理由などいらなかった。

(……それに俺、剣以外にとりえ無いしな)

 へにゃ~

 途端に剣筋が歪む。
 思い起すは三年前、卒業間近の高校を若気の至りで自主退学をした日のこと。
 ……それが、転落の始まりだった。

 血気に逸って訪れた地は、正義とは程遠い殺戮の場。
 この世界の醜さを嫌というほど見せつけられた。
 挙句、そのお代として同様、いやそれ以下の地を渡り歩く日々……

 そしてやっとの思いで帰郷してみれば、その身に残ったのは高校中退の事実のみだ。
 ……つまり、学歴=中卒(それも一留!)である。
 当然、この件は帰郷後の家族会議でも真っ先に取り上げられた訳で――



 『高校くらい出たら?』

 ……かーさん、流石に22でもう一度高校生はキツ過ぎるぞ。
 「三年の二学期末から~」っていうんなら、俺も考えたのだが……

  ザイガクチュウノ セイセキ トカ シュッセキリツ トカ ジュギョウタイド ヲカンガエタラ、フクガクヲキョカシテクレタダケデモオンノジヨ?

 『やたっ! おししょーと同級生や♪』

 『くっ…… あと一年……あと一年早く師匠が帰ってきてくれれば……』

 お前等が同級生&先輩なんて勘弁してくれ……

  ソンナ…… イッショニガクエンセイカツオクリマショー ツクエナラベテ♪
  ハハハ、カメトイッショナンテゴメンダトヨ
  イッタナオサルー!
  ヤルカー!
  ケンカハダメナノー!

 『じゃあこれからどうするの、お兄ちゃん?』

 ……むう、どうしよう?

  ナノハハオニーチャンガカエッテキテクレタダケデマンゾクデス

 『う~ん、いっそウチ(翠屋)のマスターになる?』

 ……ウェイターのバイトなら。
 第一、既に先約(なのは)がいるでしょーに。

  アノコ、モシカシタラショウライ“イジゲン”?“ガイコク”?イッチャウカモナノヨ……

 『義兄さん、よければ僕が仕事紹介しますよ?』

 ……何故、当前の如く家族会議にお前がいる?
 つーか、お前に義兄と呼ばれるいわれなどないぞっ!

  イタタッ!? イタイ、イタイデスヨオニイサン!?
  オニーチャンヤメテー

 『あの、恭也さん。よければ私のお仕事のパートナーに……』

 ……那美さん、流石に無関係の部外者をパートナーにするのは不味いのでは?
 いえ、「偶に」「バイト」でなら俺は全然構わないのですけどね?

  アウウ…… ゼンゼンツウジテナイ……

 『大丈夫! こういう時こそ、内縁の妻の出番っ!』

 ……自称内縁の妻よ、先に言っておくが、俺はヒモになる気は無いからな?

  ヒモダッテリッパナショクギョウナノニ……

 『じゃあ、私のマネージャー兼ボディーガード♪』

 ……姉的存在よ、それはスキャンダルものではないのか?

  ソノテイドノスキャンダル、モンダイナイヨ。ムシロノゾムトコロ?

 『あ、あの~』

 馬鹿弟子、自重しろ。

  ヒドッ!?

 『え~と、え~と……』

 ……ありがとう、なのは。その気持ちだけで兄は丼飯三杯はいけるぞ。

  エヘへー♪
  キョウチャン、オナジイモウトナノニタイドチガイスギルヨ!?



 ――とゆー訳で皆の心配を払拭するため、そして「兄」「家族唯一の男」としての意地のため、
毎月まとまった額を家に入れることとしているのだが…… これが中々キツかったりする。

 ま、そりゃあそうだろう。
 何の資格も無い中卒が、このご時勢そうそう職に就ける筈が無い。
 ……それに、一日の大半を修行に当ててるからなあ。
 ぶっちゃけ、働く時間など無いぞ。
 一応、今の所は前の勤め先(PMC)で稼いだ金――仕事内容が内容だけにいい給料だった――で凌いでいるが……

「けど違約金の支払いで大半持ってかれたし、残りもお詫びも兼ねた皆へのプレゼントで大分散財したからなあ~」

 そろそろ働かんと本気でヤバいぞ……

「けど、時間がなあ……」

 そりゃあ、探せばバイトの口くらいはあるだろうさ。
 ……だが今でさえ翠屋の無償奉仕で時間を消費している身、これ以上修行時間を削る訳にはいかない。

「まさか、家族と触れ合う時間を削る訳にもいかないしなあ~」

 それでは本末転倒である。何のために足を洗ったか分からない。

「働きたくないぞ、絶対に働きたくないぞ」

 心底そう思うが、働かねば金は入らない。
 そして金が入らねば、「兄」「家族唯一の男」としての面目丸潰れである。
 ……やはり、リスティの申し出を受けねばならんのだろうか?

 リスティが申し出たのは、バイトの口利き。
 それも治安関係のもので、修行と同時に金も稼げる一石二鳥のバイトだ。
 しかも、実入りも良い。
 素晴らしい、確かに素晴らしいのだが……「リスティの申し出」というのが気にかかる。

「絶対、何か裏があるに違いないんだよなあ~」

 申し出た際のチェシャ猫のような表情を思い出し、思わず唸る。
 や、裏があること自体は覚悟しているのだ。
 問題は「どの程度の裏があるのか」ということ。
 あの笑いからして、かなりの訳有り案件を回されそうで恐ろしい……

「う~む……」

 幾ら考えても、話は堂々巡りだった。



「このカメー!」

「おサルー!」

 結局、結論の出ぬまま家に戻ると、妹分兼弟子共がいつものように肉体言語で語り合っていた。
 「カメ」「おサル」。昔と変わらぬ罵倒だが、高校生となりすっかり女らしくなった二人には似合わぬことこの上無い形容詞である。

(尤も、中身は変わっていないがな)

 そんな二人に内心苦笑する。

 ……だがまあ良かった。
 再開した時、一瞬「誰?」とか本気で思ってしまったからなあ~
 これで中身まで変わられてたら、対応に困るぞ……

「あ♪ おししょー、おはようございますー」

「師匠! おはようございます!」

 こっちの存在に気付くと、二人は申し合わせたように拳を引き、頭を下げる。
 むう、相変わらず息がぴったりだな……

「うむ、おはよう」

「お風呂の支度、出来てますー。お食事前にどうぞ♪」

「あっ、このカメ抜け駆けを! 湯を張ったのは俺だろっ!?」

「昨日風呂掃除したのはうちや~」

「……………………」

「……………………」

「じゃあ、風呂貰うぞ」

「あ、お背中お流しします!」

「させるかっ!」

 再び取っ組み合う二人。

「ま、仲良くな?」

 そう言い残し、風呂場へと向かう。
 あれで二人はいいコンビだ。あれもコミュニケーションみたいなもの、止める気など更々無い。

「……それに、そろそろなのはが起きる時間だしな」

 『二人とも何してるのーーーー!』

 小さく聞こえてくるなのはの怒りの声を聞きながら、俺は身を湯船に沈めた。

                             ┃
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                             |
                             ¦
                                  !

 ――――夢、か。

「師匠、隙あ――って!?」

(久し振りに見たな……)

 先ず布団を投網の如く投げて視界を塞ぎ、

  クッ!? ナンノ!

 寝込みを襲ってきた人影をあしらいつつ、ぼんやりと考える。

(……あれから八年、か。何もかもみな懐かしい)

 回り込んで背後から蹴倒す。

  へブッ!?

 夢は、驚くほど鮮明だった。
 既に記憶も遠くなり、ここ数年はもうぼやけた輪郭でしか思い出せなかったというに……

(しかし、まさか涙腺まで緩むとは……これも歳をとった証拠かねえ?)

 そして倒れ込んだ所を布団で簀巻きにし、

  ~~~~ッ!?

 少し赤くなった目を、恥ずかしそうに擦る。

 八年前、不幸な事故で“こっちの世界”に飛ばされて以来、それっきり。
 何とか帰りたいと思うものの、何の進展も無いまま現在に至る。
 そして気付けばもう30過ぎ――いいおっさんだ。

「ふっ、認めたくないものだな……」

 その上に馬乗りとなり、押さえつける。

  「師匠!? ギブギブッ!」

 バンッ、バンッ、バンッ!

 簀巻きから片方だけ出た手が、必死になって床を叩く。
 ……共に上げる声も遠く苦しそうだ。

  「師匠~~~~」

「あ~、わかったわかった」

 何に対してか些か不明の溜息を吐きつつ、恭也は簀巻きを解く。
 と、中から涙目の子供が出てきた。
 年の頃の12~13歳の…………少女?

「うう、死ぬかと思った……」

「男が情け無い声を出すな」

 ……訂正、少年のようだ。
 恭也は再び嘆息すると、その頭をくしゃくしゃと撫でる(意外にも子供「には」親切なのだ、この男は!)。

「……すいません」

(――やはり、ショウと会ったせいかな)

 へたりこむ少年――ショウを見下ろしながら、恭也は夢の原因を考える。
 ショウ・ジョウシマ(13)。
 先日部隊に配属された管理局武装隊二等陸士。
 初日に自分とぶつかり、即日弟子入り?した風変わりな少年。
 ……だが、問題はそこではない。

(ショウ・ジョウシマ……日本風に直せば“城島晶”、か)

 それは、元の世界の妹分兼弟子の一人と同じ名だった。
 そして、その容姿も――

(やはり、「この世界の晶」なんだろうなあ~)

 恭也は頭痛そうに手を当てる。

 この世界は「知っているようで知らない世界」。
 大本では元の世界と同一だが、何処か何かが微妙にずれているのだ。
 そう例えば――

(優しい優しい平和主義者の愛妹が、凶暴な魔砲少女だったり、とかな)

 ……ついでに言えば、晶はその愛妹より「5歳年上」の「女性」の筈である。
 さしずめ「歪んだ鏡面世界」とでも言うのだろうか?
 ぶっちゃけ、「あ~、異世界なんだな~~」と思わなきゃやってられない世界だ。

「はあ~」

 もう一度嘆息して、押しかけ弟子を見る。
 昔の晶と瓜二つ、だがなまじ性別だけ男となったせいか、晶とは逆に女の子と見間違えてしまう(本人も気にしてるらしい)。

(……哀れな)

 恭也はそっと目元を拭う。
 女の時は男に、男の時は女に見られるとは、悲劇としか言いようが無い。
 天はこの子を見放したか……

「……? 師匠?」

 視線に気付いた晶……いやショウが、恭也を不思議そうに見上げた。

「ぶっ!?」

 その仕草は、下手な女の子よりもよほど女の子らしい。
 つーか、晶はそんな仕草見せたことないぞ!?

 ……いやいやいや。 晶の名誉の為に言っておくと、これは些か過小&過大評価である。
 同じ仕草一つとっても──
 晶を少女(女性)と認識しているから「女の子なんだからもう少し……」と感じ、
 ショウを少年(男)と認識しているから、なまじ晶がボーイッシュだったから「…………あれ?」と感じる。
 ──ただそれだけの話に過ぎない。要は気持ちの持ちようということだろう。
 尤も「ならばショウはまったく女っぽくないのか?」と問われれば、首を傾げざるをえないが……

 だが、これはあくまで客観的な意見。
 恭也にとっては己の主観こそが真実である。

「う~~む、流石は異世界……」

 そんな訳で、いつもの“呪文”でなんとか心の平静を保つ恭也であった。








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【3】


「う~~む、流石は異世界……」

 何やら遠い目をして虚空を見つめる恭也。
 これを見て、ショウは内心深い深い溜息を吐いた。

(師匠、また別の世界に行っちゃったよ……)

 そう、「また」である。師事してから……と言うには会ってから未だ日は浅いが、ショウは恭也が「こう」なる場面をもう何度も見ていた。
 (※尤も彼の様に懐に飛び込まねば、そして恭也がある程度気を許さねば見せぬため、実際に見たことがある者は極々少数だ)

 とはいえ、それが如何なる心情から為されるかは不明だ。
 何しろショウから見て何気ないほんの些細なこと、或いは理由すらも不明なことで急に「こう」なってしまうのである。
 正直、訳が分からない。

(ほんと、一体どうしちゃったんだろ?)

 ……ちなみに今回は後者で、何が原因かも分からない。
 歪んだ鏡面世界に一人流されてしまったが故の悲哀。
 そしてここ最近では、まさに自分という“歪んだ鏡像”――会って日も浅いのにもう何度も見ているのは、まあそういう訳だ――の存在が
原因となっていることなど露ほども気づかぬショウは、ただただ困惑するばかりであった。


「あの~」

 だが、そうそう困惑してはいられない。
 あっちの世界に逝ってしまった恭也に、ショウは恐る恐る問いかける。

「! おお、そうだったな」

 すると恭也は我に返り、コホンと一つ咳払い。
 そして厳しい顔を作ると腕を組み、仁王立ちとなってベットの上のショウを見下ろした。

「――で? こんな朝っぱらから一体何の真似だ、ショウ?」

「はい、闇討ちです!」

 空気を読んだショウも(「ベットの上で」だが)正座し、神妙な顔で答える。

「そうか」

 闇討ちなどという物騒な言葉に、恭也は怒るでもなくただ大きく頷いた。

「ならばよし」

 あまりにあっさりとしたお許しの言葉。
 だがショウは弟子として、お詫びの言葉を口にする。

「夜分ご迷惑かな、とも思いましたが、どうしても師匠から一本取りたくて……」

 だが恭也はそれを途中で遮り、大きく首を横に振った。

「いや、『隙があれば何時でもかかってこい』と言ったのは俺だ。気にするな。
 むしろこうでなければいかん、元気があって大いによろしい」

 ……どうやらそういうコトらしい。
 その言葉にショウは(やはり「ベットの上で」だが)平伏した。

「ありがとうございます! 夜討ち朝駆け、必ず師匠から一本取ってみせます!」

「うむ、ショウにとっては勉強になるし、俺にとってもいい刺激になる。がんばって一本取ってみせろ」

「はい!」

 この素直な反応に、恭也は満足げに頷いた。



「さて、では今夜の夜討ちについてだが――」

 前置きを終えると、恭也は本題に入る。

「一対一で勝てなければ二人で、二人で勝てなければ三人で、それでも勝てなければ『闇夜の晩に集団で』『罠に嵌めて』。
 ――兵法とは本来そういうものだ。だから『夜討ち』という選択自体は悪くない」

 人が一番無防備となるのは就寝時か入浴時だからな、と恭也。
 ……どうやら恭也的に、闇討ちは正解らしい。
 だがそのあまりに露骨な内容に、ショウは思わず顔を引きつかせた。

「えっと、流石にそれは……」

 どちらかと言えば正義感の強いLAW-LIGHT側の少年には受け入れ難かたいようで、言葉を濁す。
 や、今回闇討ちを敢行したけど、相手は「師匠」で「遥かに格上の」恭也だし「何時でもかかってこい」って言われたし。
 ……言わば修行の一環?

 だが、恭也は聞いちゃあいなかった。
 何やら独白し、しきりに頷いている。

「俺も戦場じゃあ散々“兵法”を駆使したものだ。
 夜襲伏撃は当たり前、トラップの山で1個中隊を殲滅したり、獣のように追い込んだゲリラ共を文字通り大火力で吹き飛ばしたり……」

「……一体、以前どんな生活してたんですか? と言いますか、部隊指揮経験があるような口ぶりですが……」

 その内容に呆れつつも、気になる箇所があったので聞いてみる。
 ……まさかね? だってこの人、一介の陸士だし。

 だが恭也はあっさりと肯定した。

「ああ、地球で少し、な?」

「は?」

 意味が判らず、ショウは首を傾げる。

「俺は基本ソロ仕様なのだが…… 後半は何故か兵を預かる羽目になってな?
 止むを得ず指揮した訳さ。最終的には中隊を指揮したぞ?」

「はあ~ 中隊長、ですか」

 感心したようにショウは呟いた。
 中隊指揮経験有り。管理局風に言えば“中隊指揮資格保有者”といった所か。
 同資格を修得することは、ショウの夢……というか目標の一つである。
 故に、尊敬数割り増しの目で恭也を見る。

(やっぱり師匠は凄いや!)

「流石は師匠、凄いですね~」

 心底から褒める。
 その視線がこそばゆいのか、恭也は鼻の頭を掻きつつ話を強引に戻す。

「ま、まあ流石にソレはやり過ぎにしても、要は“工夫”して欲しかったんだ」

 恭也は言う。正面から戦って、勝てないことは散々体で学んだ筈だ。
 「ならばどうやったら勝てる?」と頭を使って欲しかったのだ、と(だから、闇討ちで「正解」なのだ)。

「へへっ♪」

 褒められて浮かれるショウに、恭也は念を押す。

「だが、馬鹿の一つ覚えみたいに闇討ちを乱発するなよ? せめて日を置くなり時間差をつけるなりしろ。あと――」

「?」

「襲撃時に一々声を張り上げるな! 相手に知らせたら、もはや闇討ちになって無いだろーが!」

 そう怒鳴ると同時に、その無防備な額にデコピンをお見舞いする。

 『師匠、隙ありっ!』

 ……隠行が下手なのは仕方が無いにしても、コレは無い。全て台無しだ。
 そして恭也にしてみれば、いい刺激どころか最早ただの睡眠妨害だった。

 故に、自然と手に力が入る。

「~~~~~~~~!?」

 声にならない悲鳴を上げて転がるショウの見下ろしながら、恭也は天を仰いだ。

「まったく…… この馬鹿弟子が」



「ううう……」

「自業自得だ」

 未だ涙目で額をさするショウに、恭也が冷たく告げる。

「今日のトコはこれで勘弁してやるから、とっとと部屋に戻れ」

 そう告げて時計を見る。
 時刻はもう0430時、そろそろ朝稽古に出ている時間だった。

「はい…… あっ!」

 その言葉にショウは頷きかけ、だが直ぐに何かを思い出したかのように顔を上げた。

「? なんだ?」

「あの、オレも朝稽古に付き合わせてもらえませんか?」

 そう言って、ショウは期待の眼差しを恭也に向ける。
 「恭也に師事した」とはいうものの、今のところ課業終了後に一時間ほど組み手の相手をして貰っているに過ぎない。
 ショウとしては、そろそろ本格的に指導して欲しかったのだ。

 だが、恭也はにべも無かった。

「……点呼まで寝てろ」

「酷っ!?」

「起床喇叭とその後の点呼に間に合わんだろーが」

 思わず涙目のショウに、恭也は「はあ~」と嘆息する。
 起床喇叭が鳴るのは0600時、だが恭也が朝稽古を終えるのは0630時過ぎだ。
 が、ショウは勢い込んで宣言した。

「サボります!」

「……働け、公務員」

「……………………」

 その台詞に、ショウは思わずジト目で見る。

(うっわ~ このヒトにだけは言われたくなかった……)

 ここ数日間の恭也を見るに、夜の点呼時以外は基本的にフリーダムというか好き勝手にやっている。
 その神経以上に、それを見て見ぬ振りどころかさも当然のように受け入れている皆が、ショウには不思議でたまらなかった。
 ……ホント、何でこんなことが許されるんだろ?

 と、恭也は嘆息しつつ答えた。

「あのな…… 俺はいいんだ」

「…………………………………………」

「だって俺、この部隊の隊員じゃない……てゆーか、そもそも武装局員じゃないし」

「…………は?」

 ショウの目が、点になった。

 突然だが、武装局員になるためには幾つかの審査や試験を潜り抜けねばならない。
 だがそれ以前に募集要項を満たしていなければ、当たり前のことだが志願すら受け付けてもらえない。
 そして、募集要項の一つに以下の記述がある。

 『現時点で戦闘魔導師ランクが“E”以上であること』
 『かつ、潜在魔導師ランクが“D”以上であること』

 ……ちなみに恭也の魔導師ランクは両方“F”である。
 つまり門前払い、どうあがいても武装局員になれっこないのだ(そもそも正規の局員ですらない!)。

「え? でも……え???」

 この当たり前の事実を思い出し、ショウは混乱する。
 そうだ、このヒト強いからすっかり忘れてたけど……
 ……あれ? でも、現にこうして――

 対する恭也もその辺のカラクリはよく分かっていないようで、あやふやに補足する。

「一応、『見学』とか『自発的な研修』扱いらしーぞ?」

「……なんなんですか、ソレは」

 ますます訳がわからなくなりましたよ……



 上でも書いたように、恭也は正規の管理局局員ではない。
 正式には現地採用の臨時局員、要はバイト君だ。
 にも関わらず、恭也は正規の職員と同等の待遇を受けている。
 ……いや、「それ以上」と言ってもいいだろう。
 何せ「無期限自宅待機」という名目で、何もしないで俸給が貰える身分なのだから。

「はあ!?」

 恭也が首を傾げつつする説明に、ショウは思わず絶句する。
 ……ナンデスカ、ソレハ?

「基本給だけだけどな? ま、とはいえ普通に二士→一士→士長と昇進していったのには驚いたが」

「ありえませんよ、それ!?」

 流石に士長で足踏みだけどな~と苦笑する恭也に、ショウは盛大につっこむ。
 そして、はあ~と大きな溜息を吐きつつ肩を落とした。

「いったい何故そんな無法が……」

「多分、はやてのオマケというか抱き合わせ販売というか……  まあ機嫌取りみたいなものだろうなあ~~」

 この言葉に、ショウは顔を上げた。

「機嫌取り?」

「あいつ、『お父さんと一緒の時間が無くなる~』って、管理局に入局するの盛大に渋ってたからな……」

「はあ……」

 わかったようなわからないような表情で、ショウは頷いた。
 どうやら恭也の娘は相当なVIPらしい。

(「高町はやて」…… う~ん、聞いたこと……あるけど無いなあ~ 「高町なのは」「八神はやて」なら聞いたことあるのだけれど……)

 まさかね、とショウは苦笑する。
 この二人は管理局員ならば誰でも知っているVIPもVIP、超VIPだ。およそありえない。
 第一、あの二人の兄がFランクというのは、いくら何でも無いだろう。

(多分、何かのレアスキル持ちかな)

 そう当たりをつけてみる。

「でも、じゃあ何でわざわざ?」

「自宅警備員ってな、世間の目がキツいんだよ……」

 肩身狭すぎるし、俺は戦うことしか出来ないからな、と遠い目の恭也。

「だから、娘さんに頼んで?」

「いや、娘の友達の親御さんが管理局のお偉いさんでな?
 で、その人から娘さんの世話を頼まれた時についでにこっちも頼んだんだよ」

「ソレでいいのか、管理局……」

 がっくし

 再度肩を落とし、ショウは呻く。
 その脳裏には、幼稚園くらいの子供をあやす恭也の姿。
 公私混同もいいところだろう、それは……

 実際は嘱託管理局員の補佐、とゆーか使い魔役を務めたのだが、そんなことをショウが知るはずも無い。
 初めて聞く「聞きたくなかった」話のオンパレードに涙目だ。

 だが、そんなショウの心情を他所に、恭也は「いや~、苦労したんだよ~」とばかりに得意げに話を続ける。

「まあそんな訳で、ここに入り込めた訳だ。とはいえ『お客さん』みたいなものだし、相変わらず基本給しか貰えないけどな~」

「なるほど…… 師匠が課業にも出ず毎日好き勝手してたのは、そういう理由からですか……」

 疲れきった声で、ショウが言葉を引き継ぐ。
 ……ホント、コレでいいのか管理局。

 が、そんなショウを知ってか知らずか――

「そういうこと。 ……だがお前は違うだろ?」

 恭也はそう言ってニヤリと笑い、出口を指指した。








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