魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS

「とある三十男のひとりごと」

プロローグ「とある三十男のひとりごと」




 ――そりゃあ確かに、「強敵と戦うことこそ剣士の誉れ」なーんてかっこつけたことを言ったこともあるぞ?
 OK、認めようじゃないか。かつての“若さ故の過ち”というやつを。
 だが…… だが、な? 俺が望んだ“強敵”はあくまで「己の肉体、或いはせいぜいその延長線を駆使して戦う」連中であって、
断じてどこぞのRPGにでも出てきそうなイオ○ズンを連発する様な化け物共ではない。そこんとこよろしく。

 ……何が言いたいのかって?

「こういうことだよ! こん畜生っ!!」

  ゴウッ!

 殺気を感じてとっさに身を翻すと、その横を強力な砲撃魔法が超高速で通り過ぎていく。
 今のは少し……いやかなりヤバかった。思わず背筋が凍ったぞ……
 あ~、しかしいったい何でこんなことになったんだ? いや、「いつも通り」と言われればいつも通りの展開なのだが――

 いつもの様に犯罪者集団の検挙があって、
 いつもの様に俺が所属する部隊が動員されて、
 いつもの様に俺はソロで動いて、
 いつもの様に俺が“当たり”を引いて、気付けば連中の親玉とサシで――って、あれ? なんかおかしくね?

 そりゃあそろそろ勤続8年目の古参ではあるが、俺は三流どころか四流五流にも届かない魔導師モドキ(FFクラス)だ。
 階級だって万年上等兵(陸士長)なんだぞ?
 なのに部隊の連中は、俺を助けるどころか「そいつは任せた!」とばかりに他の連中を追ったりしてやがる。
 せめて包囲して高みの見物を決め込んでいる下の連中、手を貸せやっ!
 ……ああ叫びたい、力一杯叫びたい。「ありえねえ!」と。

 できることならこんな不慣れな空中戦などとっとと止め、いつも通り逃げ出したい所だ。
 だが逃げれば今までの経験上、まず間違いなく減俸ものである(何たる理不尽なっ!)。
 ここのところ減俸続きなので流石にこれ以上は勘弁して欲しい。故に、逃げる訳にはいかぬのだ。

「嗚呼、宮仕えの悲しさよ……」

《何をボサッとしてるんです! 死にたいのですかっ!?》

 半ばあっちの世界に入り込んでいた俺に、“従者”が叱咤する。
 あー、判ってるよ。 ……けどな? 少しぐらいは現実逃避をさせてくれ……

《AAAランクの魔導師とタイマンはってる最中だというのに、えらい余裕ですね?
 一応忠告しておきますが、一発でも命中したら即死ですよ?》

「……まことに有難いご忠告だ。涙が出てくるよ」

 それより、仮にも超A級ロストロギア(自称)なら、この状況をどーにかしてくれ。ぷりーず。

《ハッ! この雀の涙どころかミジンコの涙よりも少ない魔力で、一体私に何をどうしろと?
 何とかして欲しければ、せめて今の10,000倍の魔力を身につけて下さい。話はそれからです》

「俺はミジンコ以下かい……」

 と言うかお前、デバイスのクセに今鼻で笑いやがったな?

《勘違いしないで下さい、“ミジンコの涙”以下です。 ……ほらほら、無駄口を叩いている間に回避速度が落ちてきましたよ?》

「うおっ!? ほっ、ほっ、ほっ!」

《ああ、それともう一つ忠告です。
 マスターの身体はいちおう魔力で強化していますが、しょせんはダンボール装甲です。
 掠っただけでも最低手足はもっていかれますから、中途半端に避ける位ならいっそ直撃した方が幸せかもしれません。
 直撃すれば、痛みも感じず一瞬で逝けますからね》

「……泣いてもいいか?」

《何を言ってるんですか、泣きたいのはこっちです!
 マスターに安月給(僅かな魔力)を遣り繰りする私の苦労が分かりますか!?
 だいたいなんで頭脳労働専門の私がこんな荒事を――》

 ……ああ、確かに俺が未だに大空を跳び回っていられるのはコイツのお陰だ。
 コイツが俺の少ない魔力をEUの排ガス基準もびっくりな超効率で魔法に変換し、更に適切に遣り繰りしているからこそ、
俺は未だにガス欠にならないで済んでいる。戦っていられる。
 実際、コイツは中々なのだ(尤も超A級云々に関しては眉唾ものだが……)。

「もちろん感謝してるさ、お前ほど優秀な“従者”はいない。 ――頼りにしてるぜ、“ノエル”?」

 「ノエルはノエルでも“黒ノエル”だがな」と内心で付け加えつつも、俺は手中のデバイスを褒め称える。
 と、黒ノエル……いや、ノエルは満足そうに頷いた(?)。

《分かって頂ければよいのです。 ……ですが、いつまでもこのまま、という訳にはいきませんよ?》

「判っているさ」

 このままではジリ貧だと言いたいのだろう?
 ああ、まったくの同意見だよ。
 ……それに引き換え“あちら”は盛大に飛び回って、かつ撃ちまくっているというのに、まったく枯れる様子が見えない。
 実に不公平な話だ。

《喩えれば向こうはダム、マスターは水溜まりですからね。比べる方がどうかしています》

「……なんたるチート。くっ、絶望した! この超格差社会に絶望したっ!!」

 マシンガン上等、百人いたって相手になるさ。
 場合によっては戦車や攻撃ヘリとだってやってやる。
 だがこいつら魔導師という存在は、そんな“生易しい相手”じゃあないのだ。
 なにしろAランクの魔導師でも、地球の最新鋭MBT(主力戦車)並かそれ以上の火力・防御力を発揮する様な存在だ。
 ましてや今相手しているAAAクラスともなれば、それこそ(比喩でもなんでもなく)戦艦クラスだ。
 ……そんな化け物が「超音速で飛び回っている」のだぞ? 俺に一体どーしろと。
 お陰でこっちに来てから、逃げ足と口車だけはえらく上達したよ、畜生っ!!

 そう嘆きつつ俺は魔力で飛び針を強化し、投擲する。
 撃ち出された飛び針は、左右の手から計6本。
 それぞれ接近する魔力弾の“中核”や“ほつれ”――ノエルによって解析・標示された――を正確に突き、その術式を破壊した。

 これを見て、ノエルが呆れた様な声を出す。

《……その攻撃を避けまくってるマスターも、たいがい非常識ですね》

「ド素人だからな」

 俺は鼻で哂った。

 幸い、奴さんは余りにレベルが高過ぎたのか、今までお山の大将を気取っていたらしい。
 要するに戦い慣れていないのだ。
 だから確かに一発一発は凄いが、連携がまったくとれていない。ただ無闇やたらに撃ちまくるのみだ。
 ついでに疲労か頭に血が上りすぎたのか、術の構成も聊か甘い(ノエル談)らしい。

「それでも手も足もでないんだからなあ…… ああ、つくづくこの世界は俺に優しくない……」

《何を今更? ほら、SSSの“夜天の王”に突撃した猛者がどうしました!》

「今思い出すと小便チビりそうです」

 あの時のことを思うと、我ながらよく生きているものだと感心してしまう。
 ……ついでに赤面ものでもある。ああ、俺は年齢一桁(当時)の少女に、なんつー恥ずいことを言っちまったんだ……

《その代わり、効果覿面だったでしょうが。ほら、こんどは本体が来ましたよ?》

「マジかっ!?」

 見ると確かに、今までその高機動で距離を保ち続けていたにも関わらず、凄い勢いで近づいてくる。
 ……どうやらかなりお怒りの様だが、“ド素人”という言葉が聞こえたのだろうか?
 何れにせよチャンスである。今まで何ら手出しできず逃げ回るだけだったが、これで反撃できる。

「ノエル! サポート頼んだぞ!」

《イエス、マイ・マスター。 ――チャンスは1回! しくじらないで下さいよっ!》

「応!」

 相手の攻撃を紙一重でかわし、同時に抜刀。

 ――御神流奥義之壱“虎切”

 バリア無効の超高速抜刀術が襲い掛かる。
 狙うはその首元……首?

《……判っているとは思いますが、命令は“生け捕り”ですよ?》

「あ゛……」

 ノエルの突っ込みと同時に気付き、俺は慌てて太刀筋を逸らす。
 間一発、首の代わりに相手の腕を切り落とした。

「があああっ!?」

 言葉にならぬ、親玉の絶叫。
 ……が、まあ医療技術の進んだこの世界だ、腕の接合や再生などお手の物だろう。
 だから心に棚を作り、気にしないことにしよう。うん、そうしよう。
 そう自分に言い聞かせ、俺はほっと額の汗を拭う。

「……ヤバかった。そういや、コイツには色々吐いて貰うことがあったんだっけ」

《あのまま殺してたら、月給半減ボーナス無しの生活が年単位で待ってましたね》

「桑原桑原」

「お兄ちゃん!? 乱暴すぎるよ!!」

「おお、なのはではないか!」

 聞き覚えのある悲鳴に地上を見ると、何時の間にやら愚妹がいた。
 ……いったい何時の間に? つーか何故?
 色々疑問が涌いてくる。だが、一番言いたいことは――

「居たのなら兄を手伝え! と言うか、お前がやれ!」

「それじゃ何にもならないでしょ!?」

「構わん、俺が許す」

「も~~、いい年して我がまま言わないでよ……」

「おまっ!? それ禁句――ちっ、しつこい……」

 どうやら奴さん、まだやる気らしい。
 腕を切り落とされながらもまだ歯向かおうというその根性、敬服するよ。さすが親玉、腐っても鯛だ。
 俺は溜息付きつつ刀に手をかける。だが――

《……残念ながら、魔力切れです》

「……へ?」

 ノエルの宣告と同時に、足場がガクンッ!と大きく落ちた。

《先の攻撃でほぼ全魔力を使い切りました。 ……言いましたよね? チャンスは1回、と》

「何か、高度が思いっきり落ちてきてるのですが……」

 そう言っている合間にも落ちる一方です。
 これでは敵に届きません、はい。

《当然、“足場”も維持できませんからね。浮力が落ちてきてるのですよ。 ……直に、消えますよ?》

「……もしかして、ピンチか?」

《いえ、違います》

「おお、何か奥の手が?」

《正確には“絶体絶命”です》

「神さまーーーーっ!?」

 くっ! こうなったら“あの手”を使うしかないのか!?
 俺は腹を決めた。
 できる限り持続させるために足場極限まで縮小し、かつバックステップで大きく距離をとる。
 そして、さりげなくなのはと一直線上に並び、相手を観察する。

《流石に、今度は遠距離からの魔法攻撃の様ですね?》

「馬鹿め。思う壷だ」

 時は金なり。早く攻撃すれば良いのに、激痛に堪えて大魔法の制御なんかして貴重な時間を浪費している。
 ……まあそれはこちらにも言えることだが、制御が終るまで位なら保つだろう。そう思いたい。

《……本当に“あれ”をやる気ですか?》

「うむ、他に手は無いからな」

《どうなっても知りませんよ?》

 諦めたのか、それっきりノエルは沈黙した。
 俺も精神を集中し、“時”を待つ。
 そして、相手が魔術構成を終えた瞬間――

(神速発動!)

 なのはの背後に回り込み、盾とする。

「秘技、妹バリアー!」

「にゃあっ!?」

 ちゅど~~ん

 突然背後をとられたなのはは驚愕するも、さすがは我が妹、さすがは魔王、放たれた攻撃魔法ごと相手を吹き飛ばした。
 ……いや凄いね、ほんと。今までの俺の苦労は何?って感じだよ。

《マスター、鬼畜ですね……》

「さて、これで任務完了!」

 非殺傷設定(たぶんメイビー)だから死んでないだろうし、これで俺の給料……いや世界の平和は守られた。
 ノエルを含む周りの目が若干冷たい様な気がしないでもないが、まあ気にしないようにしておこう。
 うむ、今日は本当に疲れた。早く帰って風呂入ってビール飲んで寝よう。 ……ん?

「お~に~い~ちゃ~ん?」

 背後の瘴気に気付き振り向くと、そこには――大魔王陛下がいらっしゃいました。なんかすんごくお怒りの様です。
 ……や、心当たりはあるんですけどね?

「お仕事を怠けてせっかくのチャンスをふいにしたばかりか、かわいい妹を盾にするなんて……」

「な、なのは……?」

「……いっぱい、頭冷やそうか?」

「!?」

 なのはが言い終える前に、俺はダッシュで逃げた。
 ……だが、肉体ボロボロ、魔力はガス欠状態で逃げきれる筈も無い。

 ちゅど~~ん

 直撃こそ避けられたものの、SLB(スターライトブレイカー)の爆風に巻き込まれ、宙に舞う。

「ぶろおっ!?」

《やはりこういうオチでしたか……》

 どこか諦観したようなノエルの呟きを聞きながら、俺は心底思った。
 ……何でこうなったんだろう。いったいどこで間違えたのだろう、と。
 や、なにも今回のことばかりじゃないぞ?
 俺の人生、他にもうちょっとマシな選択肢があったんじゃないかと思えてならんのだ。
 特に、ここ最近。

「ああ、人生やり直してえ…… せめて18歳のあの頃に帰りたい……」

 具体的にはとらハ本編プロローグから。今度は、まったりかーさんENDを目指すんだ……

《マスター? そんなことを仰るのは、歳をとった証拠ですよ?》

「……歳もとるさ。あれからもう――」

              現実逃避
 俺は苦笑しつつ、昔を思い出した。
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