はぴねす!SS「世の中そんなに甘くない」 【第06話】 ――――高等部魔法科二年教室。 「雄真はおるか!」  その言葉と共に勢い良くドアが開き、高等部一年の式守伊吹が顔を出す。  上級生の教室だというのに、遠慮も気後れも全く無い。 「これは伊吹様。一体何用でしょう?」  伊吹の来訪に気付き、信哉と沙耶が慌てて出迎えた。  が、伊吹は辺りをキョロキョロと見渡し、それどころではないご様子だ。 「ああ、信哉か。何、転科してきた雄真の様子を、な?」  そう言いつつも、目はせわしくあちこちに動いている。 「……小日向殿ですか」  途端に、信哉は顔を曇らせる。 「? 信哉、如何した?」  不信に思った伊吹が問うと、信哉は顔を伏せ「耐え難きを耐える」といった風情で語る。 「……惜しい人物を無くしました」 「! おいっ! 一体、雄真の身に何が!?」  その徒ならぬ様子に、伊吹は顔を真っ青にして信哉を問い詰める。 「小日向殿は……うおうっ!?」  尚も続けようとする信哉の脳天に、椅子が叩きつけられた。  余りの衝撃に椅子はバラバラだ。  流石の信哉も効いた様で、蹲って呻いている。  ……が、叩きつけた当人は気にも留めず、返って信哉を窘めた。 「兄様、物事は簡潔明瞭にお伝えすべきです。伊吹様が混乱なさっているではありませんか」 「し、しかし…… (高等部二年が)惜しい人物を無くしたことに変わりあるまい?」  蹲ていたのもつかの間、直ぐに復活し、信哉は何も無かったかの様に振舞う。 「その様な、誤解を招くような伝え方は問題です」 「うむ…… 言葉とは奥の深いものよ……」 「……では、別に雄真の身に、何か大事があった訳では無いのだな?」  伊吹は、怒りに振るえながら信哉に問う。 「はい。至って健康かと」 「そうか……」  伊吹はにっこり笑うと魔法を発動する。  と、途端に信哉に10Gを越える重力が圧し掛かった。  信哉は蛙の様に蹲り必死に耐え様とするが、直ぐに奇妙な悲鳴を上げて潰れてしまう。 「ぶろっ!?」 「己はそこで反省しておれ! 全く、人騒がせな! ……で、雄真は何処に?」 「小日向様は、高等部二年ではなく中等部一年に転科なされました」 「……は?」  伊吹の目が点になる。 「……何でも、単位が足りないからだそうです」 「な、なんだってーーっ!?」  想像外の返事に、伊吹は混乱した。 (雄真が中等部一年!? 後輩っ!?)  そのシチュエーションを想像してみる。 ……結構ドキドキものだ。 (う……悪くないかもしれない)  それに良く考えてみれば、宿敵である神坂春姫と柊杏璃も、自分と同条件――別学年――になるということでもある。  そこまで考えると、自然と頬が緩んできた。  なんかもー、盆と正月が一度にやって来た様な目出度さである。 (中一の小娘共なら敵ではないし、良いこと尽くしだな。 ……ん、中一?)  はて。何か大事なことを忘れている様な気がする。 「はっ! いかん!?」  中等部一年といえば、明日香がいる学年ではないか!?  何故だかしらないが、明日香は異常なほど雄真を敵視している。  その雄真を目の前にして、あの明日香が何もしない筈がない。筈が無いのだ。 (拙い…… 非常に拙いぞ!)  流石の伊吹も真っ青である。 「こうしてはおれん!」  伊吹は、中等部一年の教室目指して駆け出した。 伊吹が去った後、信哉は前から気になっていたことを沙耶に問う。 「沙耶、何故小日向殿を“小日向様”と呼ぶ?」  以前は「小日向さん」と呼んでいたであろう、と信哉。 「……小日向様は伊吹様の、いえ式守本家に入られるかもしれない御方です」  が、その問いは信哉を満足させるものでは無かった。  故に、重ねて問う。 「しかし、伊吹様は『今まで通りに接しろ』と」  だから信哉は呼び方を変えていない。 「申し訳ありません、兄様」  が、沙耶は呼び方を戻す気が無いことを、遠回しに伝えた。  呼び方を変えたのは、沙耶なりの“けじめ”なのだ。  何に対してのけじめかは不明だが…… 「そうか……」  その言葉に何かを感じ取ったのだろう。  真剣な表情で信哉は頷いた。  ……車に轢かれた蛙の様に這い蹲っているので、見事なまでにシリアスさに欠けていたが。  と―― 「はっ!? いけません! 兄様、至急教室から出ないと!」  何かに気付いたのか、沙耶は慌てて信哉に耳打ちする。 「真か! ……しかし困った。これでは動けぬ」  暫し試した後、無念そうに呟く信哉。 「やむを得ません。兄様、少し御辛抱を」 「ま、待て、沙耶! 早まるな!」  沙耶がやろうとしていることに気付き、信哉は慌てて止めようとする。  が、何やら慌てふためいている沙耶の耳には届かない。 「兄様、大事の前の小事です!」  そう言うと、沙耶はサンバッハを振り上げた。 ――――高等部校舎、廊下。 「そこをどかぬか! 高峰小雪!」 「いいえ。どきませんよ、伊吹さん」  中等部校舎に向かおうと急ぐ伊吹の行く手を、真正面から阻む者がいた。  高等部三年、高峰小雪である。 「雄真の危機だぞ!?」  切羽詰った伊吹の怒鳴り声。  だが小雪には柳に風、である。 「雄真さんなら、大丈夫ですよ。きっと無事です」  ……などと宣い、取り付く島も無い。 「憶測で物を言うな! お主は知らぬかもしれぬが、明日香は思い込んだら一直線。猪突猛進で他の意見は耳に入らぬぞ!?」 「まあ。誰かさんみたいですね」  伊吹必死の説得に、小雪はクスクスと笑う。 「き、貴様! ……い、いや、今はそれどころでは無い」  湧き上がる怒りを「雄真のため」と驚異的な自制心で押さえつけた伊吹は、再度説得を試みる。  ……これで駄目ならば、力尽くで突破する腹積もりで。(こうしてる間にも……と思うと、気が気でないのだ) 「高峰小雪! 正真正銘、雄真の危機だぞ!?」  伊吹、誠心誠意の説得。 「……今から10日間、雄真さんは私達と会ってはいけないのです。それが雄真さんのためなのですよ」  と、急に小雪は真面目な顔、真面目な口調で話し出した。  ……先程までとはまるで別人の様に。 「雄真のため、だと?」  故に伊吹も気勢を殺がれ、思わず問い返してしまう。 「そうです。貴方も式守の次期当主なら分かるでしょう?  ……何故雄真さんが、私達友人から切り離されたのか、を」  小雪はそう言うと、じっと伊吹を見つめる。 「う……」  分かる。何故、雄真が自分達と会ってはいけないのかが。  雄真は、これから現中等部一年の級友達と、大学卒業までの長い時間を過ごすことになる。  いや。その繋がりは大学卒業後も続き、絶える事は無いだろう。  が、もし自分達が介入すれば、必死で溶け込もうとしている雄真の努力に水をさすことになりかねない。  ……だから邪魔をすべきではない。少なくとも、今は。 「し、しかし……」  だが明日香の暴走を心配し、伊吹は尚も躊躇する。 「大丈夫です。何しろ私達の雄真さんですから!  あの秘宝事件の時だって、そうだったでしょう?」 「…………」  確かに、雄真は強い。自分などより遥かに。  自分の心配など杞憂に過ぎぬだろう。  が、しかし、何事も理屈だけで割り切れるものではない。 「……それとも、伊吹さんは雄真さんを信じられませんか?」 「そっそんなことは!?」  痛い所を突かれ、慌てて伊吹は否定する。 「ですよね。『愛する雄真さん』のことですものね」 「う、う〜」  伊吹は顔を真っ赤にして頭を抱える。  最早、否定をする余裕も無い様だ。  後もう一押しである。が…… 「小雪姉さん! 上手くいったな〜」 「タマちゃん! しっ!」  タマちゃんの余計な一言に、小雪は慌て口止めする。 「おおっ! そうやったなあ! かんにんや〜」 「……?」  そんな会話に不審を抱いた伊吹は、タマちゃんが手(?)にしていた書類に目を付けた。 「見せろ!」 「あ! 駄目や〜!!」  タマちゃんから取り上げた書類。  それには、以下の一文が記載されていた。 『契約書   もし現在より10日の間、式守伊吹を小日向雄真に近づけねば、  占い研究会の名誉顧問となることに同意します。  御薙鈴莉』 「……これは何だ、高峰小雪?」  震える声で尋ねる伊吹。  気のせいか、契約書を持つ手も震えている。 「……残念、ばれちゃいました。あと少しだったのに」 「ふざけるな! 私を止めようとしたのは私利私欲か!?」  口をバッテンにして拗ねる小雪に、伊吹の怒りが爆発した。  雄真のこともあるが、今回は「自分がおちょくられたこと」も含まれるので、先程以上にお怒りである。 「部長として、当然のことです。伊吹さんも部員として協力して下さい」 「できるか!」 「ちぇっ」 「……私をおちょくるのも大概にしろよ? 高峰小雪?」 「おちょくってなんかいませんよ。私は何時だって真剣です」 「そういう態度が人をおちょくっているというのだ! 貴様とて、雄真と親しかろう!?」 「雄真さんは占い研究会の名誉部員です。だから占い研究会のために、喜んで犠牲になってくれる筈です」 「貴様は鬼か!?」  余りの返答に、伊吹も絶句する。 「それに雄真さんは、すももさんと伊吹さんという二人の部員をゲットしてきてくれました。  新しいクラスでも、きっと沢山の部員をゲットしてくれるでしょう」  そうなれば占い研究会はウハウハです、と目を輝かせる小雪。 「……言いたいことはそれだけか?」  妙に冷たく、乾いた伊吹の声。  伊吹の手には、いつの間にかビサイムが握られていた。  ……ついでに魔方陣もあちこちに展開している。 「あらあらタマちゃん。もしかして私、ピンチですか?」  が、普通ならば絶体絶命のピンチであるにも関わらず、小雪は平然――少なくとも表面上は――としたものだ。  暢気にタマちゃんと会話などしている。 「いかんな〜式守の嬢ちゃん。怒ると美容に差し障るで〜」 「ふ、ふふふ…… そう言えば、貴様との決着は有耶無耶になっていたなあ?」  ――もうお遊びは終わりだ。  その言葉と共に、伊吹が魔力を開放する。  特Aランク特待生二人による、実に傍迷惑な魔法合戦が始まった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【第07話】  さて、伊吹と小雪が遭遇する少し前、高等部二年の教室を訪れようとする二つの影があった。 「ごめんね、葵ちゃん。わざわざ案内してもらっちゃって」 「いえ、不慣れな方を案内するのは当然のことですから」  雄真と葵である。  実は春姫に会う為に彼女のクラスへ行こうとしたのだが、勝手が分からない為、こうして葵に案内して貰っているのだ。 「雄真さんは、神坂先輩とお知り合いなのですか?」  ――と、葵。  どうやら中等部の葵ですらその名を知るほど、春姫は有名人らしい。 「そうだよ。散々お世話になっておきながら、こんなことになっちゃったからね。これから謝りに行くんだ」  雄真は、頭をかきつつ何所かぼやく様な口調で答えた。  とはいえ、一体どんな顔をして会ったら良いものやら見当もつかない。 (取りあえず、謝って謝って謝まりまくるしかないだろうな〜)  転科前の夏休み、雄真は春姫にさんざんお世話になった。  ……そりゃあもう、頭が上がらないほどに。  夏休みの間、春姫は三日とおかず雄真に会い、魔法科での注意事項やら何やら色々教えてくれたものだ。  が、貴重な夏休みを割いてまでして教えてくれた情報、その大半は高等部ではなく中等部に転科したことにより、無駄となってしまった。  ……本当に、春姫には悪いことをしたと思う。  何しろ、結果として春姫に無駄骨を折らせた上、騙したことにもなるのだから。  故に、お詫びの意味も込め、こうして態々やって来たのである。 「こんにちは〜 春……神坂さんいますか?」  教室の生徒達は、見知らぬ者――それも中等部生――の突然の訪問に一瞬不審の目を向けるが、直ぐに男子生徒の一人がやって来て応対してくれた。 「君は?」 「あ、中等部一年の小日向雄真と御門葵です。神坂さんに用事があって……って、あれ?」  ふと隣に葵がいないことに気付く。  慌てて見渡すと、葵は少し離れた所に立っていた。  ……どうやら遠慮して、離れたらしい。 「ああ、君が小日向雄真くんか」  雄真が名乗った途端、最初の事務的な口調が柔らかく友好的なものへと変化する。 「?」  初対面の相手にやけに親しげな態度を示され、雄真は首を傾げた。  それを察し、男子生徒は苦笑しつつ訳を教えてくれる。 「ああ失礼、君の話は神坂さんと柊さんから良く聞いてるよ。だから不思議と初対面の気がしなくてね。  ……何せ、クラス中に触れ回っていたからねえ」 「はあ……」  雄真も男子生徒同様、苦笑いで応じる。  春姫は兎も角、杏璃はどんな噂を流していたものやら…… 「しかし、うちのクラスにこれなくて残念だね。二人とも、君が来ないと知って大層落ち込んでいたよ?」 「仕方ないですよ。それに、正直中等部でもついていけるかどうか」  雄真は彼の言葉を社交辞令と受け取り、軽く返す。(実際、葵の魔法を見て早くも先行きを不安視してもいるのだ) 「そんなことないさ! だって君は天才なのだろう?」 「は? 違いますよ!?」  相手の天才発言に、雄真は目を白黒させて慌てて否定する。  ……本当、魔法科に来てからというもの、今まで縁も縁も無かった称号のオンパレードである。 「しかし、あの二人に認められるとは大したものだよ?  特に柊さんからのライバル認定は優秀さの証、勲章みたいなものさ」  が、男子生徒は大真面目だ。  ……まあ無理も無い。  春姫は魔法科全体で見ても群を抜く実力者であるし、杏璃とて三位以下をぶっちぎりで引き離して次席の地位を不動のものとしている。  要するに彼女達は、学年では飛びぬけた存在、ということだ。  その二人がああまで褒めるというならば、誰しも「小日向雄真は天才だ」と思うだろう。  雄真は、魔法科における二人の存在の大きさを、あらためて実感した。 「買い被りですよ。俺にそんな才能は無いです」  が、それとこれとは話が別である。  後で「期待外れ」なんて陰口叩かれたら敵わない。  雄真は、後で二人を小一時間程問い詰めようと心に決めつつ、あらためて自分の才能を否定した。 「それに、君は御薙教授の息子さんなのだろう?」 「! 何故それを!?」  何故だ? 何故ばれたっ!?  秘密にしておこと決めていたことをあっさり暴露され、雄真は狼狽する。 「……いや、柊さんがクラス中に吹聴して回っていたよ?」 「杏璃〜!!」  口止め料、とかいって夏休み散々荷物持ちとして連れまわした挙句、ジャンボパフェまで奢らせた癖に! 「今、杏璃は何処に!?」  直ぐに制裁を与えなければならない、と杏璃を探す。 「柊さんなら、君達より前に訪ねて来た中等部の子を、神坂さんと一緒に何処かに『連行』して行ったよ。  確か、君達と同じ一年だと思ったが……」 「……『連行』ですか?」  随分穏やかでない表現に、首を傾げる。 「そう表現したほうが、その時の状況を良く表していると思うね」  額に汗を流しつつ男子生徒は答えた。 「杏璃なら分かるけど、春姫が?」  そんな状態の春姫が想像出来ず、さかんに首を捻る。 「……いや、君が驚くのも無理は無い。僕達もあんな神坂さんは始めて見た」 「…………」  見てはいけないものを見た、という様な表情で話す男子生徒だが、どうも雄真には今ひとつ信じられない。  故に、話半分で聞く。  そして誰か他に知り合いは……と教室を目だけ動かして見渡した。  が、誰も見知った顔がいない。 「そういえば、信哉と沙耶ちゃんは?」  偶然か? と流石に疑問を抱きつつ、取りあえず聞くだけ聞いてみる。 「あれ? そういえば、さっきまでここにいたのだけれど……  おかしいなあ、特に上条くんの方は、とても動ける様な状態じゃあなかったのだが」  ……雄真の接近を感知し、慌てて逃げ出したのだ。 「? 信哉、どうかしたのですか?」 「一年の式守さんに、重力魔法を喰らったのさ。  ……しかし、流石特Aランクだね。マジックワンドも使わずに、あれ程の短詠唱であんな高度な魔法を発動するなんて」  感に堪えない、といった表情で話す。  彼は魔法理論に優れており、そこを見込まれて一芸入試で入学したのだが、その彼から見ても伊吹の魔法式は素晴しく美しいものだった。 「はあ……って! 伊吹も来たのですか!?」 「ああ、君に合いに来たらしい。彼女からも注目されているなんて、凄いな。  ……ああ、話が逸れてしまったね、済まない。  君が中等部に転科したと聞いて慌てて駆け出していったから、君のクラスに行けば会えるのではないかな?」 「……そうですね」  もし明日香と一緒になったら……と想像し、背中に冷たいものが流れる。 (あの二人、如何考えても「混ぜるな! 危険!」だよなあ……)  巻き込まれたら敵わないので、なるべくギリギリに帰ろうと心に決める。  くいくいっ 「有難う御座いました。では」  くいくいっ 「ああ、君も大変だろうが、頑張ってくれ」  そう言って、彼は手を差し伸べる。 「貴方も」  雄真と彼は固く握手を交す。  ……もし高等部二年に転科していれば、彼とは友情を分かち合えたかもしれないな、と思いながら。  くいくいっ 「……何かな? 葵ちゃん?」  何時の間にか自分の傍にやって来て、先程から何やら盛んに自分の服を引っ張る葵に、雄真は不思議そうに尋ねる。 「ははは、仲が良いなあ」  そんな二人を見て、男子生徒は微笑ましそうに笑った。 「いやあ、クラスメートですから」 「ははは、隠さなくても良いさ! 君は同志なのだろう?」 「……は?」  いきなりの同志認定に首を捻る。 「いやいやいや、言わずとも良いさ。僕にも、普通科に初等部生の恋人がいるからねえ」 「…………」  前言撤回。  ……どうやら、彼とは永遠に友情を分かち合えそうに無かった。分かち合えてたまるか。 「あのっ!」 「!? ……ああ、御免御免。で、なんだい?」  思わぬ葵の大声に、雄真は些か驚きながら尋ねる。 「先程から、とても強力な魔力がこの校舎内に連続して発生しています」 「?」 「誰か凄く強力な魔法使いが、校舎内で戦ってるみたいです」  その性質上、魔法科校舎は強力な結界で覆われている。  進入防止、防音、対魔力……様々な結界が幾重にも張り巡らされているのだ。  故に、大概の魔法使いはこの校舎内では手も足も出ない。  が、その強力な結界をもってしても尚、抑えきれない程の魔力が発生している、と葵は訴える。 「逃げないと危険です!」  明日香の暴走時とは比べ物にならない程、緊張した声。  が、男子生徒は「何を馬鹿な」と言った風情で、端から信じていない様だ。 「気のせいじゃあないかい? 僕には何も感じないし、クラスの皆も何も感じていない様だよ?」 「でもっ!」 「……俺は葵ちゃんを信じるよ」  この子がこんなに必死になるのだから、本当だろう――雄真はそう判断した。 「雄真さん……」 「いやあ、お熱いなあ。  しかし仮に彼女が正しいとしても、大丈夫だよ。この校舎の魔法結界は相当な強度だからね……おや? まさか!?」  どうやら他にも異様な魔力に気付く者が出始めた様だ。彼女達が騒ぎ出したことにより、彼も漸く葵の言葉が真実だということに気付く。  (つまり、葵はこのクラスにいる誰よりも早く察知したことになる。 ……主席と次席が不在とはいえ、高等部二年の誰よりも、だ) 「こっちに近づいてきます!」 「マジですかっ!?」  何故、こうもピンポイントで不幸が!?  そう己の不幸を呪った瞬間、目の前の壁が崩れ出した。 「! 危ない、葵ちゃん!」  とっさに葵を抱えて跳躍する。  ドサッ! 「あいたた……ん?」  二人分の衝撃に軽く顔を顰めるも、ふと自分の前に人が立っていることに気付き、顔を上げる。  そこには、険しい顔をした伊吹が立っていた。 「伊吹! もしかして、これはお前がやったのか!?」 「……小日向雄真、貴様何をしている」  え〜と、小日向雄真→小日向の兄→雄真……って感じで友好度アップしてきたのに、いきなり初期状態に逆戻りですか?  どうやら豪くお怒りの様だ。  が、伊吹が何故ここまで怒っているのか、てんで見当がつかない。  ……そこに何所からかひょっこり小雪が現れ、一言。 「流石は雄真さんですね〜 転科初日から、もう女の子一人ゲットですか?」 「? ……げっ!?」  指摘されて、初めて雄真は気付いた。  自分が、まるで葵を押し倒しているような体勢であることに。 「ごっごめん!」 「いえ……」  流石の葵も顔が赤い。 「……貴様には、節操というものがないのか?」 「伊吹! それはお前の誤解だ! 葵ちゃんとは別に……」  地獄の底から響く様な伊吹の声に、慌てて雄真は弁解する。 「え〜ありますよ〜 だってこの子可愛いですもの。ほらっ!」 「御願い、小雪さん黙って!?」  小雪の余計な一言一言に、雄真は寿命が縮む思いだ。  が、彼の必死の願いも小雪には届かず、更なる爆弾が投下される。 「でも良かったですね〜伊吹さん?」 「へ?」  一瞬、小雪が援護してくれるのか、と思ってしまった。  ……所詮儚い期待に過ぎなかったが。 「だって、雄真さんに“そっちの気”があるなら、伊吹さんにも充分チャンスがある、ってことですよ〜」  ぶちっ!  ……あ、切れた。  その一言が止めとなり、伊吹から溢れんばかりの怒りのオーラが発生する。  そのプレッシャーは、明日香とは比べ物にならない 「貴様等全員……」 「い、伊吹? 話し合おう。暴力からは何も生まれないぞ?」  多分無理だろうな〜と思いつつも、何とか説得を試みる。  ……だって、死にたく無いから。(明日香の時は、流石に死にはしないだろうと踏んでいた) 「問答無用っ!」  その言葉と共に、魔方陣が空中に出現する。  それを見て、雄真は葵を抱えて逃げ出した。 「小雪さん! 何とかして下さいよ!?」  雄真は、自分の前を飛んでいる小雪に向かって叫ぶ。  が、小雪は膠無く答えた。 「無理です」 「何で!? 伊吹に対抗できる人なんて、小雪さん位のものですよ!」  雄真の必死の頼みにも関わらず、小雪は首を縦に振らない。  加えて、どことなく拗ねている様にも見える。 「……雄真さんのせいです」 「?」 「雄真さんが伊吹さんに力を与えちゃったから、私一人では対抗するのが難しいのですよ」 「そんなこと知りませんよ!?」  全く身に覚えの無い言葉に、雄真は堪らず悲鳴を上げる。  正直、小雪の冗談に付き合っている様な余力は無いのだ。 「雄真さんは嘘つきです。 ……伊吹さんに、魔力をあげたじゃないですか」  が、小雪は頬を膨らませ、やはり拗ねた様な口調で尚も雄真を責める。 「意地悪しないで下さいよ、小雪さん! 俺、このままじゃあ本気で死にます!」 「……秘宝事件」 「へ……あ!? もしかして!!」  雄真の何かを思い出した様な口調に、小雪は初めて首を縦に振った。  秘宝事件の最終局面において、雄真は魔力回路が焼き付く寸前の伊吹に対し、自分の魔力を大量供給することによりその命を救った。  が、これには伊吹に思わぬ副産物を与えていたのだ。 「その雄真さんの魔力が、伊吹さんの魔力を増幅・補強しているんですよ。  ……ほんと、雄真さんは規格外です」  呆れた様に、小雪は解説する。  ……いや実際、とんでもないことなのだ。  秘宝事件で雄真が使った魔法は、「一人で大量の魔力供給をしなければならない」こともさることながら、「自分の魔力を相手の魔力と近いものに変換しながら供給しなければならない」というとんでもない神技を要求する。  これだけでも超高難易度魔法だというのに、その上対象者の魔力回路まで強化するとは…… 「ああ、だから式守先輩の魔法に、別の方の魔力を感じるのですか」  先程から黙りこくっていた葵が、会話に加わる。  葵は、先程から伊吹の発する魔力と魔法に疑問を感じていたのだ。  伊吹の魔力には、「本人以外の魔力」が混ざり合っていた。  その「本人以外の魔力」は伊吹の魔力の中にまるで血管の様に張り巡らされ、伊吹の魔力を増幅し、おまけに魔法式の穴まで塞ぎ、補強している。  ……こんな現象、今まで見たことも聞いたことも無い。  いや、御伽話でならば似たような話しを聞いたことがあるが、しかしそれは…… 「良く分かりましたね? 将来有望ですよ」  葵の言葉を小雪は賞賛する。  伊吹の魔力に雄真の魔力を感じたのは、一流の才能であることの証。  そしてただ漠然と感じるのではなく、雄真の魔力が伊吹の魔力の中に血管の様に張り巡らされていることがはっきり「視える」のは、超一流の証だ。 「さすがは雄真さんです。目が高いですね?」 「って、何故そこで俺の名が!?  ……いやそれより今の話が本当だとすれば、今の伊吹は以前の伊吹では無いと?」  例えて言うならば、伊吹・改かはたまた真・伊吹か…… 「今の伊吹さんは、エンジンにターボチャージャーを付けた様なものです。  ザクだと思って攻撃したら、緑色のグフB3だった様なものです。騙されました」 「……エンジンは兎も角、最後はいまいち意味不明なのですが」  て言うか、ザクって何? 「ぶっちゃけてしまえば、『こんな筈じゃあ無かった』ってことですよ」 「……それって、もしかしてピンチってことですか?」 「正解です」  魔法攻撃に対抗するには、大きく分けて三つの方法がある。  一つは、相手の魔法の綻び――必ずある――を突いて魔法式を破壊、魔法を無力化する。  一つは、相手の魔法を相殺する。  一つは、相手の魔法を防御魔法で防御する。  今までならば、魔力的にはやや劣っていたものの、小雪は技術的・精神的優越から互角以上に伊吹と渡り合えた。  が、現在の伊吹は雄真によって飛躍的にパワーアップしている。  故に、  魔力の綻びを突こうにも、雄真の魔力が伊吹の魔法を補強することにより難易度が増し、  魔法を相殺したり防ごうとしようにも、雄真の魔力が伊吹の魔力を増強することにより魔力差が広がっている。  ……早い話が、「お手上げ」状態なのだ。  故に、こうして防御しつつ逃げている。 「だから、全部雄真さんが悪いのです」 「……小雪さん。もしかして、凄く怒ってます?」  さっきから気になっていたことを、恐る恐るぶつけてみる。 「そんなこと無いですよ? 伊吹さんに負けたり、契約がパーになったりしたことなんて、全然全く気にしてません。へっちゃらです。  ――だから雄真さんは、遠慮なく中等部で女の子を侍らせていてください」  小雪は、雄真が抱き抱えている葵を見ながら、冷たい声で言い放つ。 「やっぱり怒ってるじゃないですか! 別に俺は、女の子を侍らせてなんかいないですよ! それに契約って!?」 「知りません。意地悪で嘘つきな雄真さんなんて、伊吹さんにやられちゃえばいいんです」 「死にますって!?」  さり気無くトンデモナイことを仰る小雪さん。  ……どうやら伊吹だけでなく、彼女も相当怒っている様だ。 「では雄真さん、さようなら〜 もし生きていたら、また御会いしましょう」 「あっ卑怯者! 全てを俺に押し付けて逃げる気ですか!?」    別れを告げると、小雪はスピードを上げて飛んでいってしまった。  後に残るは、雄真と葵の二人だけ。  ……そして、後ろからは雨霰と飛んでくる魔法攻撃と、鬼の形相の伊吹。 「待て〜!!」  とりあえず雄真に残された手段は、逃げて逃げて逃げまくることだけだった。 「畜生! 何で俺ばっかりこんな目に!?」  その後、葵をお姫様抱っこで抱き抱えながら、伊吹の魔法攻撃から必死に逃げ回る雄真の姿が高等部中で目撃された。  ……まあ多くの人間は、とてもそれ所じゃあなかったが。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【第08話】  崩壊寸前の魔法科高等部校舎の前で、御薙鈴莉は呆然と佇んでいた。 「これは……夢? ……そうよ、これはきっと悪い夢……目が覚めればきっと……」 「すーちゃん、現実逃避はよくないわよー」  鈴莉に突っ込みを入れたのは“高峰ゆずは”だ。  瑞穂坂学園の理事長にして魔法使いの名門高峰家の当主であり、当代随一の予言術の使い手としても名高い。  ……傍目には、とてもそうは見えなかったが。  (ちなみに鈴莉の学園における立場は、学園理事兼大学部魔法科学部長である。  要するに、瑞穂坂学園全魔法科の総元締めであり経営陣の一員でもあるということだ。  ゆずはも同様だが、鈴莉はこの他にも幾つもの肩書きを持つ魔法使い界の重鎮だった) 「でも、見事に壊れちゃったわねー。伊吹ちゃん凄〜い」  前回――秘宝事件における損傷――の反省から、高等部校舎は改装時に結界を格段に強化している。  ……にも関わらず、このざまである。  しかも損害は前回の比ではない。 「本当にパワーアップしたのねー。小雪ちゃんから聞いたときは半信半疑だったけど、ゆーまくんの魔法は凄いわねー」  ゆずはしきりに感心する。  ……が、鈴莉は全く聞いちゃあいなかった。 (そんな……これから10日間、母子水入らずの生活だったのに……)  この10日間、雄真は鈴莉の研究室に泊まり、鈴莉の集中講義を受けることになっている。  無論これはあくまで口実であり、鈴莉はこれを機会に雄真との親密度をUPしようと目論んでいた。 (雄真くんと少しでも長く過ごすために、一生懸命仕事を片付けたのに……)  全てパー、である。  鈴莉は魔法科の最高責任者として、高等部校舎復旧の指揮に当たらねばならない。 「くっ! 雄真くんと一緒に御飯を食べて、雄真くんと一緒にお風呂に入って、雄真くんを抱き枕にして寝るという私の計画がっ!?」 「それ、後半の二つはどの未来軸でも適わないから、安心していいわよー?」 「『未来は無限の可能性を秘めている』って言ったのは、ゆずはでしょう!?」 「……そーだっけ? でも年頃の男の子は、母親とそんなことしないと思うわよー?」 「ふっ」  突然、鈴莉は勝ち誇るかの様に笑う。 「ゆずはは知らないかも知れないけどね、雄真くんは本当はとっても寂しがり屋さんなのよ」  そう言うと、得意気に話し出した。  曰く、雄真はとても寂しがり屋のお母さんっ子であり、自分がいなくなると直ぐベソをかいた。  曰く、雄真は鈴莉がいない間、鈴莉の毛布を被って震えていた。 「雄真くんはとっても良い子だから、私がどうしても出かけなければいけない時は、ちゃんと笑って見送ってくれたのよ?  でも、私が帰るまで私の毛布を頭から被って震えているの。でも泣かないのよ? 偉いでしょう! ……で、私が帰ると『お母さ〜ん』って飛びつくの♪」  何て可愛いでしょう! と胸を張る鈴莉。 「……それ、他の人には言わない方が良いと思うわよー?」  今の本人が知れば、七転八倒ものだろう。  ……が、これで納得がいった。  鈴莉にとって、雄真は未だ毛布を被って泣く幼子なのだ。  彼女の余りに強引な手法は、全てはそのためだろう。  ゆずはは、内心溜息を吐いた。 (妄執……ね。でも、多分言っても聞き入れないでしょう)  現在の鈴莉を否定することは、彼女の10年以上の歳月を否定することでもあるのだ。  友人として、それは出来ない。  自分が出来ることは、彼女の傍にいて助けること位だ。 「へへー」 「……ゆずは、どうしたの?」  突然ニヤニヤと笑い出したゆずはに、鈴莉は幾分引き気味だ。 「わたし、もしかしてとっても格好良いー?」 「はあ?」  持つべきものは友達――全くの打算抜きの――である、ということだ。 「でも、伊吹ちゃんの魔力回路を修復しただけでも凄いのに、魔力強化までしちゃうなんてー  ……ゆーまくん、一体どんな魔法使ったのー?」  ゆずはは首を捻る。  そんな大魔法、少なくとも現代魔術では聞いたことが無い。  ……やはり古代魔術の類だろうか?  が、素人の雄真に、そんな代物を本当に使いこなせるのだろうか? 「私も迂闊だったわ…… 魔力回路を修復しただけと思って、魔力強化までしてたなんて考えてもいなかったわよ……」 「それはしょうがないと思うわよー 魔力回路の完全修復だけでも神業なのよー?  ましてや、魔力回路そのものを『強化する』なんて……」  ――不可能よ。  口にこそ出さなかったが、表情が雄弁に物語っていた。  魔力を強化すること自体は、不可能なことではない。  例えば、周りの人間や物質から魔力を借りたり、魔法具による魔力を増幅したりすることにより、魔力を強化することが出来る。  が、これ等は外部から力を借りる一時的な魔力上昇に過ぎず、本人そのものの魔力が上がる訳では無い。  伊吹の場合とは、根本的に異なるのだ。 「冷静に考えてみれば、その可能性についても充分ありえることだったのに…… 本当、迂闊だったわ……」 「すーちゃんが、魔法式を解読しきれなかったなんてねー」  魔法式とは、魔力を魔法に変換する為の術式のことである。  魔力は不安定かつ無属性のため、魔法式により己が望む現象を引き出せる様に再構成しなければならない。  故に魔法式を理解する能力は、魔法使いにとって必要不可欠なのだ。 (ちなみに魔法式の構成法には、様々な系統――流派のようなもの――がある) 「魔法式? ……そんなものは必要ないわよ。雄真くんには、ね」  鈴莉は苦笑しつつ、「あの時のこと」を回想する。  伊吹の魔力回路はズタズタだった。  本来の出力を遙かに越える魔力を、秘宝によって無理矢理引き摺り出されたためだ。  そして壊れた魔力回路は、秘宝が鎮まっても尚魔力を垂れ流し続け、傷を広げていく。  ……このままでいけば、伊吹は死んでしまうだろう。 「雄真くんの魔力を伊吹さんに分け与えれば、助かるはずよ」  この時点で、鈴莉は伊吹が助かる可能性は五分五分と見ていた。  また仮に助かったとしても、とても以前のようには魔力を発揮できないだろうとも。  伊吹と同じ魔力を大量に与えれば、確かに魔力の放出は止まり、伊吹は助かるだろう。  が、壊れた魔力回路については、基本的に自然回復を待つしか無い。  とはいえここまで破壊された魔力回路が、一体どの程度回復することやら…… (まあいいとこ半分以下ね…… でも、自業自得よ) 「――シアン・セム!」  呪文と共に、雄真が魔力を放出させる。  魔法式こそ唱えているが、景気付けに過ぎない。  そんなもの、雄真には必要無いのだ。  放出された魔力は、伊吹の体内へと入り込んでいく。  その瞬間、雄真と伊吹の意識が繋がった。  雄真の魔力が、『雄真が望んだ様に』伊吹と同じ魔力に変化したのだ。  こうして大量の魔力が投与されたことにより、魔力密度が飽和状態になったため、伊吹の魔力回路からの魔力流失は停止した。  伊吹は助かったのだ。  が、それで終わりではない。  伊吹の魔力回路を満たした雄真の魔力は、「雄真が望んだ様に」伊吹の魔力回路を修復し始める。  瞬く間に、伊吹の魔力回路は修復されていった。 (――そんなっ!?  まさか完全修復を!?)  鈴莉は、目の前で起きている現象が信じられなかった。  彼女の“眼”は、雄真の魔力が伊吹の魔力回路を恐ろしい勢いで修復しているのが見て取れたのだ。  確かに鈴莉は、雄真ならば魔力回路をある程度直せるだろう――それだって法外だ――と踏んでいた。  が、まさか…… これ程とは……  (結界を張っておいて、正解だったわ……)  そう心底ほっとする。  予め張った眼晦ましの結界により、雄真の魔力展開は自分以外には「視えない」。  彼女達には、雄真が魔力を大量放出したこと位しか分からないだろう。  外部の人間には尚更、だ。  ……が、鈴莉は見落としていた。  伊吹の魔力回路を修復し終えた雄真の魔力は、未だ雄真から供給され続けている大量の魔力を使い、「雄真が望んだ様に」今度は伊吹の魔力回路を強化し始めたのだ。  (おそらく、雄真が『伊吹は秘宝に負けない位強い』と強く念じたのが原因だろう。雄真の魔力は、雄真の意思を忠実に実行しただけだ) 「雄真くんの魔法は、魔法であって魔法ではないわ。  私達の様に、理論立てられた術式によって発動される魔法とは根本的に違う、いわば“意志の力”によって発動されるものよ」  まあ術式でも発動するでしょうけどね、と鈴莉。 「凄いわねー ……でも、そんな大事なこと、わたしに教えちゃってよかったのー?」  そんな重要なこと教えてもらって、友達冥利に尽きるけど〜 とゆずはは首を傾げる。 「……もう、大体は見当つけていたでしょう?」 「小雪ちゃんが、だけどねー?」 「まああの子なら、遅かれ早かれ気付いたでしょうね」  前回の伊吹との戦いでは戦略的転進を行ったが、小雪は魔法科では一番の実力者――大学部も含め――なのだ。 「小雪ちゃん、拗ねてたわよー? 『雄真さんが伊吹さんに力を貸したせいで、負けちゃいました』って〜」  どうやら只負けたことよりも、「雄真が伊吹に力を貸した」ことがショックだったらしい。  故に、現在はまんじゅうの自棄食い中である。  乙女心は繊細なのだ。 「でもー 修復・再構成から一ヶ月やそこらで、ここまで出力を発揮できるかしらー?」  ゆずはは崩壊寸前の校舎を横目で見ながら、意味ありげに問う。 「……何を言いたいのかしら? ゆずは?」 「もしかしたらーだけど、ゆーまくんと伊吹ちゃん『雄真くんは清純派よ』……そんなすーちゃん、今時清純派なんて言葉……」  尚も何か言いかけるが、鈴莉の顔を見て沈黙する。  ……実に賢明な選択である。 「で、校舎の再建のことだけどー」  ゆずはは、賢明にも話題を元に戻した。 「……分かってるわよ。ちゃんと再建の指揮は執ります」  ふてくされた様に答える鈴莉。 「校舎の再建は、例の10日過ぎからで良いわよー」 「本当!?」 「どうせ一から建て直すのだものー 10日やそこら遅れたって構わないわよー  けど、崩壊した校舎に対する応急措置だけはやってねー?」 「有難う、ゆずは! この恩は忘れないわ!」  ゆずはの手を取り、心底感謝する。 「やあねえー わたし達は友達じゃあないのー  ……でもどうしてもというなら、うちの小雪ちゃんにゆーまくん頂戴ー」 「雄真くんに、そういう話はまだ早いわ」  高峰雄真って、式守雄真より響きが良いと思わないー? と笑うゆずはに、鈴莉は真っ向から拒否した。 「でもー、ゆーまくんももう16『中一よ』……いじわるー!?」  …………  …………  ………… 「はあー、はあー、今日はー、この位で退いてあげるわー」 「な、何度でも、お、同じ、ことよ……」  暫し壮絶な議論――議題は敢えて伏せるが――が続いたが、最終的には両者引き分けで幕を閉じるで合意した。  そして、何事も無かったかの様に本題に入る。 「あと、肝心の再建費用なんだけどー」 「考えたくないわね……」  鈴莉は顔を顰める。  校舎そのものを建て直す上、魔法関連の書物や道具まで買い直さなければならない。その額たるや……  (とはいえ不幸中の幸いにも以前の秘宝事件の際に改修したため、書物や道具の大部分は中等部や初等部校舎に移動したままになっており、高等部校舎にあるのは必要最低限に過ぎなかった) 「うち(高峰家)とー、伊吹ちゃんとこ(式守家)とー」 「まあ、妥当ね」  壊した張本人とその原因なのだから。 「あと、すーちゃん」 「何でよっ!?」 「だってー 二人が争った原因は“ゆーまくん”よー ……嫌なら、小日向家に請求するけどー」  ぶっちゃけ、小日向家に払える様な額じゃあ無かった。 「払う、払うわよっ!!」  ウン十億も払う羽目になり、鈴莉は半泣きだ。  ……とはいえ、心の中に「母親として雄真くんの不始末の責任をとらされている」と喜ぶ自分がいるのが、ちょっぴり悲しい。 「でねー 御門さんちも『払う』ってー」 「はあ? 何故、御門家が?」  雄真くんの話では、葵さんはたまたま傍にいて巻き込まれただけだと…… 「一応、『娘の不始末だから』だそうよー?」  魔法科では、一部の生徒達の間で以下のような噂が流れている。  『雄真を巡って小雪と伊吹が大喧嘩。が、当の雄真は葵とよろしくやっていた。それを見た伊吹が大激怒……』  ――というものだ。 「馬鹿馬鹿しい。噂を肯定する様なものよ?」  鈴莉は、吐き捨てる様に言う。 「それが目的かもよー?」 「まさか! 彼女はまだ子供よ? 第一、雄真くんと彼女は……」  ありえない、と鈴莉。 「うーん、じゃあ“全くの善意”とか」 「……“全くの善意”で、こんな大金払う物好きがいると思う?」 「まあ全くないとは言えないのじゃないかなー? それにすーちゃんと、御門さんちは……」 「何れにせよ駄目よ。お断りしなさい」 「うーん、流石に寄付を断るのはねー 理事長としてはー」  ピシャリと撥ね付ける鈴莉に対し、ゆずは未練がありありだった。 「……その分、私が払うから」 「すーちゃん、お金持ちー」  おお、と拍手するゆずは。  それに対し、鈴莉は渋い顔だ。(そりゃあそうだ) 「……ゆずはの方が、お金持ちでしょう」 「わたしはねー あんまりお金使わせて貰えないのよー?  死んだおとーさんやおかーさんが、『お前はアレだから』うちの人にお金の管理を任せるってー」 「賢明な判断ね」 「……わたしたち、友達よねー?」  あまりにもあっさりと亡き父母の言葉を肯定され、ゆずははちょっぴり友情に疑問を抱いてしまった。 「事実を言ったまでよ。ゆずはにお金の管理を任せたら、全部酒になっちゃうじゃない」  大学時代のこと、忘れたとは言わせないわよ? と鈴莉。 「ははは…… あー、もう放課後ねー ゆーまくんが帰ってくるわよー?」 「わざとらしい。 ……でもまあ良いわ。乗せられてあげる」 「うんうん、今日は私がやっておくからー 今夜は母子水入らずでー」 「じゃあ、お言葉に甘えるわね?」  この時、鈴莉は浮かれていた。  ……「後をゆずはに任せてしまう」程に。  翌日、余計ややこしくなった後始末の前に、鈴莉は頭を抱えることになる。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【第9話】  窓から空を見上げれば、雲ひとつ無い青空が広がっている。 「いい天気だなあ…… あの大空を自由に飛びまわれたら、どんなに気持ちが良いだろうなあ……」 「そうですねえ。今度、一緒にお散歩しましょうか?」 「俺、飛べないから……」 「では、私と二人乗りしますか?」 「……じゅうたんなら」 「……絨毯、ですか?」 「夢……なんだよ…… じゅうたんで飛ぶの…… 男の浪漫って奴かなあ……?」 「ふふふ、では今度御用意いたしますよ?」 「ははは、それは楽しみだ……」 「ふふふ」 「ははは……」 「二人共いい加減にしろ――っ!!」  二人――雄真と葵――の噛み合っている様で、実は全く噛み合っていない不毛な会話にウンザリした彩音が遂に爆発する。 「二人共いい加減に正気に戻りなよっ! ……あ、いや、葵は素だね、きっと。ごめん」  ……何気に酷いことを言う彩音だが、多分事実だろう。  虚ろな目の雄真と全く普段通りの葵、そしてウンザリ顔の彩音……  彼等彼女等は三人仲良く、教室前の廊下に立っていた。  何故か? それは―― 「上杉さんっ! うるさいですよっ!!」  突然教室のドアが開くと、先生が顔を出して叱責する。 「ご、ごめんなさい! 先生!」 「ちゃんと反省しないと、放課後もそのままですからね?」 「そ、そんなあ〜」  ……という訳で、実は三人揃って廊下に立たされていたのだ。  話は、数時間前に遡る――  葵を抱えて逃げ回る雄真、  それを追う伊吹、  両者は高等部校舎中を駆け回る。 「くっそ〜 伊吹の奴、本気で俺を殺す気かよっ!?」 「待て――っ!!」 「誰が待つかいっ!!」  誰だって自分の身が可愛い。雄真だって当然そうだ。  というか、こんなしょうもない理由で死にたくなかった。  だから巻き込まれて悲鳴を上げる生徒達や、伊吹を止めようとして吹き飛ばされる先生達がいても、心に蓋をして見なかったことにする。  ……だって彼等彼女等は仮にも魔法使いだし、獲物ではないので「軽め」の一撃喰らえばそれで終わりなのだから。  高二にもなって中一に編入させられたり、  転校早々ヤバ気な女番長に因縁つけられたり、  アレな人種から同士認定を受けたり、  こうして大番長の伊吹に追い回されている自分よりかは百倍マシだ。絶対そうに決まってる。 「畜生! 何で俺ばっかりこんな目にっ!?」  先程から、伊吹の魔法攻撃が容赦なく背後から降り注いでいる。  それは分厚い鉄筋コンクリートを簡単に貫通し、飛び去っていく。  ……ぶっちゃけ、「校舎の防御力が足りない」御蔭で被害が極限されている様なものだった。  (徹甲弾みたいなもので、或る程度以上の防御力がなければ「貫通するだけ」――洩れてくる魔力波や衝撃波等の二次的な被害は無視できないが――なのだろう) (なんつー火力だ!? アレが直撃したら死ぬ、絶対死ぬっ!!)  主人公も楽ではない。  ハチなんかは自分のことを羨ましがるが、果たして現在のこの状況を見てもまだそんなことを言えるだろうか? (あ〜、でもハチなら喜んでやるかもな〜 アイツ、煩悩の塊だから)  些か現実逃避モードに入りつつある雄真に、先程から大人しく抱き抱えられていた葵が恐る恐る尋ねた。 「……雄真さんは、後悔されているのですか?」  自分達のクラスに来て、ということだろう。 「へっ? いやあどうだろう…… 正直、わからないなあ……」  ごめんなさい、嘘です。思いっきり後悔してたりします。 「私は、雄真さんに御会いできて良かったと思っています。  雄真さんは、死んだお兄様……兄に良く似ていらっしゃいますから」 「はい?」  突然の重い話に、雄真は目をパチクリさせる。  何でも葵には、とても優しく魔法の才に優れた従兄がいたそうだ。  葵は彼に良く可愛がられていたらしい。  が、彼は葵が3歳の時に流行り病で死亡したという。僅か6歳の最期だった。  その従兄と雄真は、とても「似ている」と葵は言う。  (どうやら教室で自分を見ていた時も、「珍獣を見るかの様に眺めていた」のはなく、「驚きの目で見ていた」らしい) 「……えらく完璧超人なお兄様だねえ」  葵の賛辞を聞き、雄真は些か苦笑する。  美化されているのか、はたまた天才は早死にするものなのか……  まあ三歳児の記憶である。多少の美化は仕方が無いだろう。  ……しかし当時6歳の子供の面影を、16歳の雄真から見出せるものなのだろうか? 「私に魔法の使い方を教えてくれたのも兄です。  生きていたら雄真さんと同い年ですし、雰囲気もよく似てらっしゃるのでつい……」  名前もそっくりですし、と葵。 「へえ? 同じ名前でも、そっちの『ゆうま』は随分といい男だなあ〜  しかしもし生きていたら、今頃は春姫や杏璃と同じクラスか……」  想像してみる。 ……何だかとっても面白く無かった。  葵には悪いけど、そいつは男の敵である。  悲しい事に、モテ男に嫉妬するハチの気持ちがちょっぴりわかってしまった。  が、そんな雄真の自己嫌悪に気付かず、葵は雄真の考えを肯定する。 「そうですね…… 兄は御薙先生の子供でしたから、多分この学園に進学したかと思います」 「そうか……鈴莉先生の……」  あの鈴莉先生に、まさかそんな悲劇的な過去があったとは……  ……はい? 「あの……そのお兄さんの名前って、わかる?」 「はい、“御薙ゆうま”という名でした。“ゆうま”の漢字はわからないのですが……」 「…………」  え〜と、つまり何だ?  葵ちゃんは俺の……いやまてまて雄真、幾らなんでもそんな御都合主義な。  きっと鈴莉先生には他にも子供がいたのさ、そうに違いない。  双子の兄とか弟とか。  ……が、たとえそうでも現実はさして変わらなかったりする。 「あの……?」  雄真は葵をいきなり下ろすと、頭から爪先までじっくり観察する。  そして、がっくりと肩を落とした。 「……何てこったい」  何故、気付かなかったのだろうか?  葵は、「鈴莉先生を幼くすれば正にこうなるだろう」という姿形をしていたというのに。  ……まあ両者の性格の違いからか、醸し出す雰囲気は異なっていたが。  道理で雄真が親近感を感じたわけである。  しかし、こんなにも慕ってくれていた少女のことを、今の今まできれいさっぱり忘れていたとは――  痛恨の極みである。  申し訳が無くて居た堪れない。 「葵ちゃん、良く聞いてくれ! 実は君に話さなければならないことがあるんだっ!」  気付くと、雄真は葵の両肩をしっかりと握っていた。 「は、はい」 「君は俺の……」  が、そこで気が付いた。  勢いで言うのは構わないが、もし万が一違っていたら大恥をかく、ということを。  そして何より、葵をぬか喜び、或いは失望させることになるかもしれないことを。  今の自分では、葵の極度に美化された従兄像に傷がつく――そう思ったのだ。 「……いや、忘れてくれ。馬鹿なことを考えた」 「ほう? その『馬鹿な考え』とやらを、是非聞かせて貰いたいものだなあ?」 「いっ伊吹!?」  何時の間にか、追いつかれてました。 「お前と言う男は、一体何人の女に手を出せば気が済むのだ!?  挙句の果てには、その様な小娘にまで手を出すとは!!」  男の甲斐性にも限度があるぞ、と吼える伊吹。  伊吹は女性関係に関して寛大であるし、自分でもそのつもりだ。  実家で色々な例を見聞きしているし、「そういう教育」も受けている。男とはまあそういうもの、との認識もある。  だから、雄真が沙耶に手を出していても、仕方が無い、と考えていた。  が、それをいいことに、雄真は春姫や杏璃にも……挙句の果てには小雪にまでちょっかいを出しているのだ!  ……そして此度の一件。  物には限度というものがあるが、雄真のそれは明らかに限度を越えている、そう判断せざるをえなかった。  (まあこれはあくまで伊吹が「自分を本妻」として考えているからであり、雄真に言わせればまた違った言い分もあるだろう。  第一、雄真にとって彼女達は「仲の良い女友達」レベルの認識――向こうがどう思っているかは置いておいて――でしかないのだ。  ……傍から見れば、雄真のこの認識とやらは眉唾物に過ぎないとしても、である) 「まっ、待てっ! せめて葵は……葵ちゃんだけは逃がしてやってくれ!」  雄真の懇願に、伊吹はピクリと眉を動かす。  ……どうやら逆効果、火に油だった様だ。 「そんなにその女が大事か……」  伊吹は顔を伏せて俯いた。その肩は、小刻みに震えている。  もしかしたら泣いているのかもしれない、そんな雰囲気だった。 「伊吹?」  雄真は心配げに伊吹の名を呼ぶ。  と、伊吹周囲の空間に高次元魔方陣が幾つも展開し始める。 「いっ、伊吹!?」  今度は、違う意味で伊吹の名を呼んだ(叫んだ)。  が、伊吹は雄真の呼びかけを無視し、尚も高次元魔方陣を増やしていく。 「く、く、く、邪魔者は消さないとなあ?」  伊吹、すっかり悪人モードである。  彼女からは秘宝事件初期……いや、それ以上にヤバイ雰囲気が醸し出されている。  ……実は、今の伊吹は思いがけない強大な魔力に振り回され、ハイになっていた。  ぶっちゃけ、魔力が暴走しているのだ。  まあ伊吹の魔力回路と融合した“雄真の魔力”が魔力を制御しているため、実際の暴走こそ起きていないが、それは確実に伊吹の精神状態に影響を与えていた。  要するに、感情――しかもハイ状態の――の赴くまま、制御された魔力が発動されるという最悪の状態なのだ。  ……これでは只の暴走よりある意味タチが悪い。正に“キ○ガイに刃物”である。  そして、雄真の方も止せば良いのに尚もいらん言い訳を続ける。  これでは伊吹を挑発してるも同然だ。(少しは空気読めよ) 「冗談はよせっ! 彼女は俺の大事な従『ならば共々あの世に行けっ!!』妹……」  それは、止めの一言だった。  次の瞬間、雄真の視界は真っ白に染まる。  それは何も見えない、聞こえない、“無”の世界。 (……ああ、限度を越えれば光も音も、見えなく聞こえなくなるものなんだなあ)  それが意識が途絶える前に、雄真が考えた最後のことだった。  気がつくと、雄真はかつて校舎だった瓦礫の上に倒れていた。  葵の話だと、雄真が伊吹の攻撃を防いだらしい。  自覚は無かったが、どうやら無意識の内に結界を展開した様だ。  ……本当、人間死ぬ気になればなんとかなるものである。  ていうか伊吹さん、本気で俺を殺すつもりでしたね? 「伊吹は?」 「高次元魔法陣の連続発動を行った後、昏倒されました」  伊吹は昏倒した後、木刀を持った男子生徒が回収していったらしい。  (やはりまだ雄真の魔力が完全に定着していなかったのか、或いは新たな力に振り回され過ぎたか……そのどちらかであろう)  よくわからないが、兎に角助かったことだけは確かだった。 「ふふふ……初日からこれかい」  雄真は遠い目をして空を見る。  何か、多くの生徒が自分達をちらほら見て行くが、もーそれ位はどうでも良くなった。  ほんと、いろんなことがあったのだから…… 「大丈夫ですか?」  葵が心配そうに覗き込む……覗き込む? 「はうあっ!?」  葵に膝枕されていたことに気付き、雄真は慌てて飛び起きた。  そんな雄真を、葵は不思議そうに見る。 「急に起き上がったりして大丈夫ですか?」 「だ、大丈夫だよ? さっ、それより早くここからおさらばしよう!  早く帰らないと、授業が……」  雄真は顔を真っ赤にして葵を急かす。  一刻も早くこの場から逃げ出したかった。 「そういえば、もう6時限目ですものねえ」 「何ですとっ!?」  ということは昼休みを全消費した挙句、丸々一時限以上をサボったことになる。  ……転科初日目にして、だ。 「急ごう! 流石に午後の授業を全部サボる訳にはっ!!」  そんなことしたら、鈴莉先生に殺されてしまう。  雄真は、慌てて中等部校舎へと向かった。 「あれは……上杉さん?」  途中、葵の声にふと振り向く。  すると、何やら夢遊病患者の様に覚束ない足取りで歩く少女が視界に入った。 「……知り合い?」 「はい、私達の同級生です」  ということは、俺の同級生でもあるのか。 「でも、上杉さんはもっと明るい、闊達な方なのですが……」 「あー、それは多分……」  彼女も高等部の方から歩いてきた。  きっとあの悪夢の様な伊吹の破壊活動を目の当たりにし、ショックを受けたのだろう。 「上杉さん?」  葵が声をかけると少女は立ち止まり、葵をじっと見る。  と、その目にだんだんと涙が溢れてきた。 「どうされたのですか?」 「葵――っ! 怖かったようっ!!」  鬼が、鬼がっ、と彩音は葵に抱きつき泣きじゃくる。 「……可哀想に。あの伊吹を見みりゃあなあ〜」  アレは子供には刺激が強過ぎる、と雄真は首を振る。 「誰のせいだと思ってるのよっ!!」 「ふごぉっ!?」  その言葉に彩音は激しく反応し、雄真を蹴りつけた。 「アンタのせいで、あの鬼がっ! 鬼共がっ!!」  実は彼女、先程まで春姫と杏璃に拘束され、雄真の情報を逐一報告する様、無理矢理約束させられたのである。 「痛っ 痛いっ!!」 「彩音さん止めて下さい」 「葵、止めないでっ! これは正当な報復なのよっ!」  というよりも、「江戸の敵を長崎で討つ」の類だろう。  が、そんなことは彩音の知ったことじゃあない。  とっても怖かったのだ。ジャーナリストでありながら、スパイに身を落としてしまったのだ。  それもこれも全部コイツのせい、とういう訳である。  …………  …………  ………… 「ふー、すっきりした! あっ、あたし上杉彩音! ヨロシク!」 「……散々殴っておいて、それかい」  少女のあまりの変わり身の早さに、さすがの雄真もジト目だ。 「男が細かいことを気にしない! あたしもあの恐怖と屈辱を忘れるから、雄真も年下の女子に殴られたことなんかとっとと忘れなさい!」 「無茶苦茶だなあ……まあいいけど」  少なくとも、敵対心バリバリの明日香よりかはマシである。  それにこんな小さな子供、それも少女の暴力だから、ダメージもたかがしれていた。  (彼女は激怒こそしていたが、魔法は使わなかった。だから葵も魔法で止めなかったのだ)  男一匹小日向雄真、そんなことで何時までもグジグジするほど小さくないのだ。 「よろしく、彩音ちゃん」 「彩音でいいよ!」  二人は仲直りの握手を交した。  それにしても、転校初日に友人二人とは上出来である。  まあ悪いことばかりでは無かった、ということだろうか?  ……これで終われば。 「しくしく……」  教室に帰ると、担任の先生が教壇で泣き崩れていた。 「三人も授業サボり……不良一直線……校内暴力……ウチの子達に限って、と思ってたのに……」 「あの〜先生?」  三人を代表し、雄真が恐る恐る声をかけた。 「はっ! 小日向君!? ……それに、御門さんに上杉さんも!?」 「先生、申し訳ありません」 「先生、ごめんなさい」 「先生、すみません。実は俺が……」  と、三人それぞれ頭を下げる。 「先生は信じてましたよ! ええ、ウチの生徒に不良さんなんている筈がないとっ!!」 「……ありがとうございます」  何か釈然としなかったが、取りあえず雄真は頭を下げた。  まあ頭を下げるだけですむのなら、安いものである。  が、それで終わりでは無かった。 「でもサボりはサボりです。罰として、三人とも廊下に立ってなさいね?」  ……どうやら先生、かなり怒っている様でした。  しかし、この年になってバケツ持って廊下に立つなんて、とても得難い経験でしたよ、はい。 「初日だって言うのに、踏んだり蹴ったりだなあ……」  雄真は溜息を吐く。  窓の外には、崩壊寸前の高等部校舎が見える。  ……ああ、空はこんなに青いというのに、俺は一体何をやっているのだろう?  なんかもー、いっぱいいっぱいである。  キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン、キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜〜ン  そう思った次の瞬間、授業終了の鐘が鳴った。  これでようやく転科初日が終了、という訳だ。  ……本当に、本当に長かった。 (今日はもう、帰ったら風呂入ってさっさと寝よ……)  大きな欠伸を一つしながら、雄真はぼんやりとそんなことを考えていた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【第10話】 (疲れた、本当に疲れた……)  雄真は足取りも重く、鈴莉の研究室へと向かう。  これから10日間の間、雄真は実母である鈴莉と共に暮らすことになっていた。  名目は「魔法学基礎の集中講義」。  魔法学のまの字も知らぬ雄真に対し、魔法学教育の権威である鈴莉が付きっ切りで補習授業を行うことになっているのだ。 (鈴莉先生、今日は補習勘弁してくれるかなあ?)  が、流石に今日は勘弁してもらいたかった。  熱い風呂に入り、暖かい布団に包まってゆっくりと眠りたかったのだ。 「鈴莉先生、只今戻りました」  そんなことを考えながら、雄真は研究室のドアを開いた。  ――ドアを開けると、そこは玄関でした。 「へ? ……何で?」  ドアの向こうはいつもの研究室ではなく、どこかの家の玄関だった。  やたら立派な玄関で、その向こうは延々と廊下が続いている。  雄真が一人首を捻っていると、スリッパでパタパタと足音を立てながら、鈴莉が弾んだ声で出迎えた。 「雄真く〜ん、お帰りなさ〜い♪」 「……鈴莉先生?」  胸にエプロン&手にはおたまという新妻ルックの鈴莉に、流石の雄真もどこから突っ込んで良いやらわからず、目を白黒させる。  ……そんな雄真に、鈴莉は実に意味ありげな質問をした。 「雄真くん、直ぐご飯にする? それともお風呂? それとも……」  選択肢が現れた!  1、ご飯にしようかな  2、お風呂に入りたいです  3、漢なら敢えて「それとも……」をっ!! 「ご飯にします、サー」  雄真は最敬礼で応じる。  勿論、選択は1だ。他にありえない。  2は何となく危険な匂いがするし、3に至っては問題外である。(まあ、「それとも……」が何なのか気にならないではなかったが、雄真も敢えて地雷――それも恐らく核地雷級の――を踏む程馬鹿では無い。好奇心は猫をも殺すのだ) 「あの〜鈴莉先生? その格好は?」  が、それでもこれだけは聞かずにいられなかった。  何を企んでいるかは知らないが、今日の鈴莉先生は幾らなんでもおかし過ぎる。 「う〜ん、似合わないかしら?」 「いえ、凶悪な位似合っています」  というか、若くて美人な新妻そのものです。  お世辞でもなんでもない。鈴莉と雄真が並んで歩けば、他人からは「少し年の離れた姉弟」にしか見えないだろう。(そうでなければ、「少し年の離れたカップル」だ) (……どうして、うちのかーさんズはこんなにも若いのだろうか?)  思わず雄真は天を仰ぐ。  音羽かーさんはまるで年下の様――お肌なんかプニプニのツルツル――だし、鈴莉母さんもせいぜい20代半ばの容姿である。  これは世間的に見て明らかにおかしかった、異常だった。  ……まあ、それに気付いたのはつい最近なのだが。  そういえば、魔法使いの女の子は皆美人、というのもおかしい。確率論的に考えて、有り得る筈が無い。  が、魔法使いといえば美人揃い、と昔から相場が決まっている。  そして不思議なことに、数少ない男の魔法使いは別に美男揃い、という訳でもないのである。  ……これについては、以下の様な俗説が存在する。  女性の魔法使いは、無意識の内にその魔力で自らの容姿を自分の理想に近づけていく、と。  だから女性の魔法使いは、皆あの様に若々しく見目麗しいのだ、と。  俗説とは言え中々説得力を持ち、それ故に広く知れ渡っている説である。  が、これを聞いた時、雄真は真っ向から異議を唱えた。  何故なら、雄真はその反例を知っていたからだ。  誰もが御存知の通り、伊吹はちみっちゃい。加えて胸は洗濯板である。  そして、彼女はそのことに対して強いコンプレックスを持っていた。  つまり、「伊吹ほどの魔力の持ち主ですら、自分の背や胸の無さをどうにも出来ないでいる」ということになる。  『魔法で背や胸がどうにかなるのなら、とっくにやっておるわッ!!』  以前、雄真は腰の入ったパンチと共にこの“お答え”を受け取っていた。  ……半泣きの表情とその悲痛なまでの叫びを、雄真は生涯忘れないだろう。  だからこの説は却下である。でなければ、伊吹が余りにも哀れ過ぎた。(第一、この説では音羽かーさんの若さを説明出来ない) 「そう、嬉しいわ。じゃあ雄真くんの御要望どおり、まずはご飯にしましょう」  鈴莉は雄真の答えに満足そうに頷くと、とりとめも無くそんなことを考えている雄真を促し、家に上げた。 「成る程、空間を捻じ曲げて鈴莉先生のマンションと繋げたんですか……」 「そうよ。雄真くんだって、10日も研究室住まいは嫌でしょう?」  鈴莉は簡単に言うが、大抵のマンションには進入防止用の対魔法防御がされている。  ましてや鈴莉の部屋がある超高級マンションともなれば、相当強力な防御が施されている筈だ。  ……まあ、鈴莉の前では屁の突っ張りにもならなかった訳だが。   「でも、悪いですね。こんなことまでしてもらっちゃって」 「何を言っているの。当然よ、当然」  鈴莉はそう言うが、春姫の話では鈴莉は多忙の身の筈だ。  にも関わらず、鈴莉は雄真の為に10日も割き、挙句の果てには身の回りの世話までしてくれている。 (……やっぱり、俺のことを気にしているのかな?)  10年前に自分を小日向家に預けたことを、もしかしたら鈴莉は気にしているのかも知れない。  だから、こうして色々世話を焼いてくれるのだろうか、とも思う。  ……ならば、「気にしないでいい」と言ってあげた方が良いのだろうか?  (雄真は、何故自分が小日向家に預けられたのか今ひとつ把握していない)  そんなことを考えながら鈴莉を見ると、鈴莉はじっと雄真を嬉しそうに見つめていた。  その姿が、ふと葵と被る。 「そう言えば、鈴莉先生に聞きたいことがあるのですが」 「なあに?」  真剣な表情の雄真を、鈴莉は眩しそうに見る。 「俺に兄弟姉妹っています? あ、もちろんすももは除外で」 「雄真くんは一人っ子よ? ……あっ、もしかして兄弟が欲しいの?」 「ちっ、違いますよ!」  兄弟姉妹はすもも一人で充分である。 「ん〜〜?」 「……じゃあ、御門葵って生徒を知ってます?」 「知ってるわよ? 優秀な子だし」  無論、それだけではないが。 「彼女が……葵ちゃんが俺の従妹って、本当ですか?」 「あら? もしかして、御門さん本人から聞いたの?」 「はい。『自分には従兄がいた』と」 「凄いわね、もう御門……葵さんから聞きだせたなんて。彼女は常に受身だから、自分から言い出すなんて余程のことよ?」  それとも、彼女はもう雄真くんが私の息子だと知っていたのかしら、と鈴莉。 「じゃあ!」 「本当よ。葵さんの父親が私の弟なの。だから、雄真くんと葵さんは血の繋がった従兄妹同士」  姓が違うのは、婿養子に行ったからだ。 「鈴莉先生に弟さんがいたんですか」  ならば自分の叔父、という訳か。 「不肖の、ね。見た目も中身も私と似てないけど、娘の葵さんを見ると血の繋がりを自覚せずにはいられないわ」 「はあ、色々あるんですね」 「まあ、何れ雄真くんも会うと思うわ。  ……そういえば昔、葵さんは雄真くんに懐いていたけど、今もそう?」 「いえ、まあ親しくはして貰っていますが、葵ちゃんは俺が従兄だとまだ知らないもので」 「へえー、じゃあ知らないのに聞き出せたのね。流石は雄真くん、といった所かしら」 「茶化さないで下さいよ。只、従兄に似ているから、というだけです」 「あの子は、その程度で動じないと思うわよ?」 「そうですか?」  中々、積極的な子だと思うけど……  自分が知る葵像とは余りに異なる評価に、雄真は首を傾げる。 「――で、どうするの?」  自分がその従兄だ、と教えるのか? ということだろう。 「言えませんよ…… 今の俺じゃあ」  雄真は自嘲気味に答えた。  魔法から逃げて、逃げて――結局逃げ切れずに舞い戻ってきた今の自分では、葵の思い出を汚すだけだ。  第一、自分は未だに彼女のことすら思い出せないでいる。  ――なのに、何と言って葵に告げる? どんな顔をして葵に告げると言うのだ?  雄真はそれ程厚顔では無かった。  ……いや、もしかしたら勇気が無いだけなのかもしれないが。 「そう。でも何れ、そう遠くない内にばれるわよ?」  が、それは逃げているだけ、目先の問題を先送りしているだけに過ぎない。  鈴莉は、それをさり気無く指摘する。 「その時は……その時です」 「そう」  幸いにも、それ以上鈴莉は追求しなかった。  雄真と鈴莉は二人だけの食事は、異様なほど静かだった。  小日向家からは想像もつかない程の静けさである。  もしこれが小日向家なら――  そう考え、置いてきた音羽とすもものことを思い出す。 (そう言えばすももとかーさん、今頃どうしてるだろう?)  二人とも、自分が10日間泊まるというだけで不満たらたらだった。  何とか宥めすかして来たのだが…… 「小日向家がそんなに気になる?」 「へ? いえ、そんなっ!」  図星を突かれ、雄真は慌てて否定する。 「隠しても、顔に出てるわよ?」 「うそっ!?」  必死で顔を弄る雄真を見てくすくす笑う鈴莉に、ようやく雄真はからかわれたことを理解した。 「酷いなあ……」 「ごめんなさい。あんまり必死なものだから、ね?」 「いや、まあ…… あの二人だけ残すと、何しでかすか心配で……」  とくにかーさんとかかーさんとか。 「いいお兄ちゃん、いい息子ね?」 「そんなのじゃあ無いですよ……うぐっ!!」  と、その時急に熱いものが体に込み上げ、雄真は思わず蹲る。  ……そんな雄真の様子を見て、鈴莉はニヤリと笑った。 「……どうやら効いてきたようね?」 「鈴莉……先生……?」  雄真は呻く様に呟く。  痛みも苦しみも全く無いが、何故か体が熱い。  体が軋み、まるで自分のものでは無い様だ。  目もかすみ、自分の手があんなに小さく、遠く見え……「ほんとにちっちゃっ!?」  込み上げてくる熱さも、体の軋みも、直ぐに収まった。  が、それどころでは無い。  雄真は、呆然と食堂に飾られている鏡を見る。  ……鏡には、年のころ5〜6才の子供が映し出されていた。  何と、自分の体が小さくなっていたのだ。  そんな雄真を、鈴莉は恍惚の表情で見る。 「ふふふ……凄いわ…… 『あの頃の雄真くん』そのものよ……」 「すっ、鈴莉先生!?」  雄真はやっと理解した。  食事に一服盛られていたことを。  それが効いて幼児化してしまったことを。  幸いなことに、幼児化は肉体のみであり、精神は元のままだった。  ……流石の鈴莉も、そこまでは憚られたのだろうか?  が、そんなことは何の慰めにもならない。  何せ、目を血走らせた鈴莉が、直ぐそこまで来ているのだから。 「さあ雄真くん、ご飯も食べたことだし、お母さんと一緒にお風呂に入りましょうね〜♪」  どうやら先程の選択肢、2は「鈴莉先生とお風呂」、3は「幼児化」だった様だ。  (ついでにどれを選ぼうが、結局最後はこうなるらしい) 「いやだ〜〜っ!!」  鈴莉の様子から考えて、只風呂に入るだけでは済まない――そう判断した雄真は必死で抵抗する。  が、所詮は子供の肉体、簡単に押さえつけられてしまった。  ……嗚呼、小日向雄真絶体絶命の危機である。 「ほらほら、親子なんだから恥ずかしがらないの!」 「神さま――――っ!?」  雄真は必死で天に祈った。  その祈りが通じたのか、はたまた変な電波を受信したのか、雄真の頭に起死回生の策が浮かぶ。  ……しかしそれは、雄真にとって余りに過酷な策だった。  が、背に腹は代えられない。  雄真は腹を括り、策を実行に移すことを決めた。 「……お母さん、お母さん」 「へ? ゆ、雄真くん……今、何て……」 「僕、お母さんにお願いがあるの」 「何っ! 何でも叶えてあげるわよっ!!」  上目遣いでおねだり口調の雄真に、鈴莉は一時驚愕したものの、直ぐにメロメロになった。  その様は、とても教え子には見せられないほどである。 「僕、ひとりでお風呂に入りたいな。お母さんに僕が一人で出来るところを見せたいよ……」 「くっ……その手で来るとは……」  鈴莉は歯噛みする。  騙されていることはわかっている……わかっているのだが…… 「だめ……?」 「くはっ!」  それが止めだった。  鈴莉は両手を地に付け、血の涙を流しながら頷いた。 「……わかったわ」 > 「ありがとう! お母さん!」  これが、雄真起死回生の策だった。  ただ、鈴莉の魔手から逃れる為に己の羞恥心すらも捨てるという、正に「肉を切らせて骨を断つ」もので、効果はあるが自分のダメージも大きいのが欠点だ。  が、背に腹は代えられない。  明日のために、今日という日の屈辱に耐えたのである。  ……だって、もしあのまま一緒に風呂に入っていたら、きっと自分は落ちるところまで落ちていただろうから。 「……しかし鈴莉先生、本当にどうしたんだろう?」  雄真は、風呂に入りながら一人呟く。  正直、鈴莉が何を考えているのか、全くわからなかった。  雄真は、鈴莉が音羽と同じ人種だということに、未だ気がついていなかったのだ。  恐らく、普段の鈴莉の理知的な振る舞いが、音羽のそれとは余りに対照的だからだろう。  ……いや、もしかしたら気付かない振りをしているだけなのかもしれない。  現実逃避と言われようが、世の中には「気付かない方が幸せ」ということが、確かに存在するのだから。  故に雄真はそれ以上は考えず、湯船の中に身を委ねた。  小日向雄真16歳、傷つき易いお年頃なのだ。  その頃、夢破れた鈴莉はリベンジを誓っていた。 「明日こそはっ!」  ……まあそんなこんなで、どうにか今日という日が終わりを告げたのである。  ちなみに幼児化は朝になれば解け、日が沈むと再び幼児化するらしい。効果は10日間だ。  実にタチの悪い呪いであった。