遥かに仰ぎ、麗しのSS 「Shall we dance?」 【1】 「――今週の予定は以上です」 「わかった、御苦労。 ……しかし舞踏会かあ。面倒くさいなあ〜〜」  みやびは溜息を吐くと露骨に顔を顰めた。  一方、『やっぱり上流階級って舞踏会やるんだ』と司は妙に感心している。 「社交パーティーの招待状は今まで何件も来ましたけど、舞踏会なんて初めてですね?」 「まったく、今時舞踏会なんてものを催す神経が理解できん。時代錯誤もいいところだ」  どうせなら舞踏会じゃなくて武闘会でも開けばいいのに、とぼやくみやび。 「時代錯誤? そうなんですか?」  司は首を捻る。結構イメージ的にはやってそうなのだが……  ……ちなみにイメージは、ベルサイユ宮殿で踊るフランス貴族達だったりする。  そんな司の想像に、みやびは苦笑しながら教えてやる。 「そんな訳ないだろう? お前は漫画やテレビの見過ぎだ」  そりゃあ社交パーティーでだって踊る場合もままあるが、だいたいは大人の話――コネ作りや商談等――で忙しく、踊っている暇などない。  一応、礼儀作法の一環として身につけるが、滅多に披露する機会の無いもの。それが舞踏なのだ(あくまでも舞踏であって武闘ではない。念のため) 「あ〜あ、面倒臭いな〜 さぼっちゃおうかな〜 そうだそうしよう〜〜 ――という訳だから司〜 適当にさぼる言い訳考えといて〜〜」  そう言うと、みやびはソファに寝転がって丸くなる。  ……余程イヤなのだろう。これはヤル気ゼロの際にみやびがよく見せる行動だ。  が、そこで『ハイそうですか』なんて言っていては秘書は務まらない。喩え“なんちゃって秘書”だろうが、だ。  司は必死にみやびの体を揺する。 「駄目ですよ、理事長。これも仕事の内です」 「司様の仰る通りですよ。経営者たる者、顔繋ぎは必須です」 「けど、嫌なものは嫌」  司とリーダが二人がかりで説得するが、みやびはぷいっと横を向いてしまい、取り付く島もない。 「うっわー、相変わらず直球ですねー」  ある意味、その素直さが羨ましい。 「お前相手に、言葉を飾っても仕方なかろう」 「さいですか。 ……しかし、なんでそんなに嫌がるんです?」  みやびとて経営者の端くれだ。分校内でこそ傍若無人だが、対外的には巨大な猫を被って振る舞っている。  故に、口では嫌々言いながらも、司の知る限り今までこういった招待を断ったことなど一度もない。なのに何故…… 「あたしはもてるからな。きっと踊りの相手を断るので大変だ」 「(´,_ゝ`)プッ」 「お、お前……今、鼻で笑ったな!? それにその笑い、なんか凄く腹が立つぞっ!!」 「いやいやいや、良いのですよ理事長。無理はなさらなくても」  司はニヤニヤと笑いながら、みやびの頭をポンポンと叩く。 「さてはお前信じてないな! 本当だぞ! 本当にあたしは社交界の華だったんだっ!!」 「ははは、冗談は身長だけにして下さい。理事長」 「身長は関係ないだろうがっ!? 身長はっ!!」 「ありますよ、大いに。 ……だって踊る時に余りに身長差があったら、ねえ? ああ、社交界デビューしたばかりの『お子様』と踊るのですね。なら納得です」 「ちがうぞっ!? あたしはダンディなおじ様方から美青年まで選り取りみどりだったんだからな! 本当だぞっ!!」 「ええ、ええ、そうでしょうともそうでしょうとも。信じてますよ」  司は生暖かい目でみやびを見ると、そっとハンカチで目元を拭く。  そうだ、現実はこんなに辛く厳しいのだ。だから、夢を見るの位はいいじゃあないか…… 「可哀想な人を見るような目で、あたしを見るな〜〜〜っ!!」  …………  …………  ………… 「はあ、はあ…… いいだろう、その舞踏会とやらに出席してやろうじゃないか。あたしがどんなにモテるか、お前に見せてやるっ!」 「はいはい。ええっと、風祭みやびは出席します……と」  司は出席の返事を書きつつリーダに向かってサムズアップし、リーダも苦笑しつつもそれに応じる。 「じゃ、がんばって下さいね」 「……何を他人事みたいに言ってるんだ? お前も一緒に行くのだぞ?」  『何のために行くと思ってるんだ』と、みやびは司の生返事に呆れた様な声で言う。 「……僕は招待されてませんよ?」  怪訝そうな顔で、司はみやびを見る。  つーか、理事長こそ何のために行くのか判っているのでしょうね? 「安心しろ。この招待状では同伴者を一人伴えることになっている。お前を選んでやるから光栄に思え。そして、あたしがモテる光景をその目に焼き付けろっ!!」  ……判ってなかった。本来の目的を完全に忘れている。 「わー、とっても楽しそうですねー」  みやびの執念に呆れ、流石の司も棒読みだ。 「けど残念っ! 僕は仕事があるんで無理ですっ!!」 「そんなもの、他のヤツにやらせろ。あたしが許す」 「え゛…… でもほら、授業とかもあるし……」 「その日くらい、自習でいいだろう? 何時もいい加減なくせに、何真面目ぶってんだ?」  ……異議を唱えたい台詞ではあるが、この前(『野生を取り戻せっ!』後編参照)のことを考えれば、一概に否定できない。  故に、司は迷っているフリしてなんとかその場を切り抜けようと試みる。 「う〜〜ん」 「多分、豪勢な料理も出るぞ?」 「でもなあ〜、ゴンザレスとも遊んでやらなければいけないし、他にも……」  いつもならホイホイと付いて行く様な餌で釣られているにも関わらず、何やら色々と理由を並べて難色を示す司に、みやびは不審の目を向ける。 「……お前、もしかして無理に理由作ってサボろうとしてないか?」 「ギクッ!」  その如何にもな反応で、疑念は確信に変わった。 「はは〜ん。司、お前さては踊れないな?」 「ギクッ、ギクッ!」 「可哀想な司……きっとお前は壁の花だな…… ま、仮に踊れたとしても、お前を誘う様な物好きがいるとは思えんが」 「な、何を仰います理事長! こう見えても僕は『絢爛舞踏』『モテモテ司ちゃん』と御近所の奥様方にも評判なのですよ!?」 「は、は、は、寝言は寝て言え〜〜♪」 「むっき―― いいでしょう、理事長勝負です! どちらが舞踏会で注目を集めるかっ!!」  ……よせばいいのに、ムキになって墓穴を掘り続ける司。  対するみやびは勝負と聞き、目を輝かせた。 「いいだろう受けて立つ! 後でほえ面かくなよ〜〜♪」 「くくく、負けたら耳でピーナッツを食べてもらいますからね」 「どこからそーいう発想が出てくるんだ…… まあいい、その代わりお前が負けたら一生只働きだぞ」 「ぐっ……」 「あ、あと『注目』って言っても、『笑いで注目を集める』とかは無しだからな?」 「ぐぐぐ……」 「……どうした? やっぱり止めるか? 今なら『みやびちゃんぷりちー』と相沢と仁礼の前で千回言ったら許してやる」 「僕に死ねとっ!?」 「さあ、どうする?」 「いっいいでしょう! その条件、飲みます! 飲んでやろうじゃあないですか!!」 「お嬢様――」  リーダが助け舟を出そうとするが、司はそれを制止した。 「ははは! 屁のツッパリはいらんですよ!」  ……言葉の意味はよく判らんが、何だが凄い自信である。 「司さま…… 本当に宜しいのですか?」 「心配ご無用です。僕の華麗なステップを、リーダさんにもお見せしましょう!」  尚も心配そうなリーダに、司は自身たっぷりに返す。 「おおっ! それもいいな! リーダも司の無様な姿を見て笑ってやれ!」 「成る程! リーダさんに理事長の泣きっ面を見せる訳ですね!」  ハハハ……  お互いの足を踏みつけ合いがら馬鹿笑いする二人を、リーダは困ったような顔で見ることしかできなかった。  まあこうして、止せばいいのに互いの名誉を賭けた(らしい)戦いが、舞踏会で繰り広げられることになった訳である。  ……しかし、舞踏会に出ることになったはいいが、これでは本来の目的が果たせない様な気がするのは気のせいだろうか?  バタンッ!  理事長室を出て勢いよく扉を閉めると、司の顔は途端に引き攣る。  ザ――  顔面から血の気が引き顔面蒼白、汗もダクダクだ。  病気ではない……いや、まあこれも一種の病気のせいなのかもしれないが、体は至って健康である。  ――不味い不味い不味い、不味過ぎる……  司は頭を抱え、その場にしゃがみ込む。  要は売り言葉に買い言葉、出来もしないことをその場の勢いで約束したことを後悔しているのだ。  ――ええ、ええ、僕は踊れませんよ! ……なのになんであんな約束したんだよ今畜生っ!  激しく過去……というか10分程前の自分を呪うが、今更如何しようも無い。  全ては後の祭り、後悔先に立たず、覆水盆に反らずなのである。  ……しかしいい加減、少しは学習して欲しいものだ。  司の脳内では、天使と悪魔――何故か天使が栖香で悪魔が美綺だ――が各々好き勝手に喋り捲っている。 『まったく! 司さんはどうしてそう毎回毎回、後先考えずに行動するのですかっ!? 今直ぐ戻って、勝負を取り消してきてくださいっ!』  と、天使(栖香ver.)がキツイ表情でキツイお言葉を下されば、 『センセはその場のノリと勢いで行動するからね〜〜 ま、約束したのなら仕方が無いんじゃないかな?』  と、悪魔(美綺ver.)が投げやり気味に、やはり何気にキツイお言葉を投げかける。 『負けたら一生、理事長の飼い犬ですよっ!?』  ガオーッと天使栖香は悪魔美綺に喰ってかかる。  が、悪魔美綺はあっけらかんとしたものだ。 『なら、勝てばいーんだよっ!』 『司さんは踊れないのですよ!? 勝つ所か、土俵にすら上がれないじゃあないですか!』 『練習すれば、大丈夫さっ!』 『はあっ!? そんな付け焼刃で踊れる様になる訳がないでしょう!』 『ああ、そんなの形だけ形だけ』 『? ……まあ一億光年程譲って踊れる様になったとしましょう。しかし、踊りにはパートナーも必要ですよ? やはり土俵にすら上がれません』  甲斐性無しの司さんが、パーティーでパートナーを捕まえられる筈も無し……と溜息を吐く天使栖香。 『なら、パートナーとしてあたしがセンセと一緒に行けば一件落着、大勝利っ!!』 『……その根拠の無い自信、一体どこから湧いて出てくるのですか?』  ニシシとイヤな笑みを浮かべる悪魔美綺を、天使栖香がジト目で突っ込む。  すると、悪魔美綺は自信満々に言い放った。 『だ、い、じょ〜ぶっ! その場でセンセがあたしの婿だと発表すれば、注目の的間違いなしっ!』 『なっ!?』 『あたしはセンセと結婚できるし、センセはみやびーが耳でピーナッツを食べる所を見られるしで一石二鳥! ついでにAIZAWAの将来も安泰!』 『司さんが経営者では、将来安泰かどうか甚だ疑問ですが…… そんなことより姉さま! 謀りましたねっ!?』 『ふふふ…… 君はいい妹であったが、君の父上がいけないのだよ』 『姉さま…… それ流石に洒落になりませんし、私の父は姉さまの実父でもあるのですが……』 『……あれ?』  チャンチャン。  天使と悪魔は言うだけ言った挙句、勝手にオチを作って消え去ってしまった。  ……まああくまで司の脳内での話ではあるのだが。やけにリアル過ぎて怖いものがある。 「とにかく、どうにかして踊れる様にならないと……」  司は冷や汗を拭うと、善後策を考える。  が、それには誰かに踊りを教えて貰わなければならない。  ……とはいえ、ダンスはかなり体を密着させる。余程親しくないと頼めない。  司の頭の中に、親しい生徒が次々とリストアップされては消えていく。  栖香は? ……駄目だ。きっと散々説教された挙句、『勝負を取り下げて来て下さい』と放り出されるのがオチだろう。  美綺は? ……駄目だ。後でどんな要求をされるか判ったものではない。仮に勝てたとしても、きっと負けた場合とさして変わらない運命だろう。第一、アイツ踊れるのか?(酷っ!?)  みやびは? ……勝負相手じゃあないか。全然ダメだ。  なら……後、誰がいる?  最も親しい三人組が全滅し、司は再び頭を抱える。  が、そこで閃いた。自分には“出来た妹”がいるではないか!  ――そうだ! 殿子ならっ!  殿子なら、『しょうがないなあ』と言いつつも、最終的には下心無しに助けてくれるハズだ。うん、そうに決まってる。  そう思いつくと、司は殿子がいるであろう裏山目掛けて駆け出した。 「ド、ドラ○も〜〜んっ!!」