帝國召喚 改訂版 第2章 【21】 『“帝國”は大内海のほぼ中央に位置する島国であり、四つの大きな島と中小無数の島々からなる。  その国力は強大で、1億の民と300万の軍を擁する。“帝國”人は自らを“異界の民”と称し――』  そこまでが、限界だった。 「…………」  パタン  ダカン通信軍大佐は無言で報告書の綴りを閉じた。  そして二三度頭を振ると、いかにも皮肉たっぷりに、目の前に座るネッケル飛竜軍大佐へ声をかけた。 「……これは一体、何処の御伽噺だい?ディー」  この報告書、何と言うかもう突っ込み所満載である。  一々指摘するのも馬鹿馬鹿しいが、まず1億の人間を喰わすには、膨大な国土が必要だ。  が、報告書にある“帝國”の大きさでは、その半分どころか1/3も喰わすことは出来ないだろう。  輸入?食糧自給は国家の根幹、およそあり得ないし、そもそも大内海沿岸域にそれ程の余剰食糧はない、断言できる。  仮に万歩譲って1億養えたとしても、300万もの兵を養えば国家は破綻すること間違いない。  ……そもそも、さしたる外敵がいるとも思えない大内海のど真ん中にある国家が、何故それ程の軍備を必要とするのか?  兎に角、およそ現実的ではない。(異世界云々に至っては……まあ、誇大妄想もその辺にしておけ、といった所だ)  が、同様に報告書――ダカン大佐とは別の物だ――を読んでいたネッケル飛竜軍大佐は、軽く肩を竦めて答えた。 「……しょうがないだろう?連中、本気でそれを信じてるのだから」  ……よりにもよって、他軍(通信軍)の将校に自軍(飛竜軍)が作成した報告書を小馬鹿にされたにも関わらず、さして気にした様子も無い。  同じ魔道兵科、魔導師同士ということもあるが、それ以上に二人が“幼馴染”故になし得る(許される)会話だった。  それ故に、二人共歯に衣を着せない。他軍同士の会合でよく見られる様な、虚飾と婉曲に満ちた会話とは無縁である。 「それは、俺だって『何処の狂人が書いた妄想だ?』と思ったさ! ――けど、何度もやった尋問の結果が“それ”なのだよ!」 「……捕虜達が、法螺を信じ込んでいるのではないか?」  ダカン大佐は指摘する。  辺境の場合、自国を過大に見せるのはよくある話だ。  ことに自国民に対して王家或いは自国の優越性を謳うことは、その支配を正当化する意味もあり、古今東西どこででも行われている。  故に、捕虜が偽情報を信じ込まされている可能性も無いとは言えないだろう。(と言うより、絶対そうに違いない)  が、ネッケル大佐は首を振った。 「可能性はある。が、それを否定する情報が無い。 ……と言うか、捕虜からの情報以外、情報が無いのだ」  辺境からはるばるこれだけの戦力を投入できるのだから、“帝國”がそれなり以上の国力を持った国家だということは間違いないだろう。  が、にも関わらず、情報が全くと言って良いほどに存在しない。(交易関係にあるイルドーレにすら無いのだ!)  判っていることは、『一年程で急激に大内海で頭角を現し始めていること』『にも関わらず、どの国もその詳細を知らぬこと』くらいのものだ。  今まで聞いたことも見たことも無い国家が、突然と歴史の表舞台に登場してきたのである。正直、困惑を隠せなかった。 「――にしても、だ。まだ調べ始めて数日ということを考えても、全く何も出てこないのはおかし過ぎる。伝承にすら無いんだぜ?」  お手上げ、といった感じでネッケル大佐は両手を上げた。  王立図書館にある大内海の風土記は元より、伝承にすらそれらしきものが出てこないのだから参ってしまう。  止むを得ず交易商人共に当たっているが、目ぼしい情報は集まらない。 「商人にとり、情報は資産だ。知っていてもそうそう教えるとも思えんが?」  むしろ、その価値を吊り上げるだけだろう。  その指摘に、ネッケル大佐は頭を掻き毟った。 「判ってる、判ってるよ、ポール。が、このままでは報告書は“これ”で決定稿となってしまうのだ。 ……それだけは避けたい」 「……まあ、気持ちは判るがね」  こんな報告書を国王に提出すれば失笑もの、飛竜軍は大いに面子を失うことになるだろう。  気の毒そうに、ダカン大佐は首を振った。 「いや、面子を失うだけならまだいいんだ……忘れたのか?俺達(飛竜軍)のボスは王弟殿下なんだぞ?」 「ああ!それは確かに不味いな……」  この報告書は、最終的には飛竜軍司令官の名で出される。  ……つまり、王弟の顔に泥を塗ることになりかねないのだ。 「そうなれば、比喩ではなく本当に何人かの高官の首が飛ぶことになる。無論、俺の首もね」  実際に首を切られる訳ではないが、家を守るために死んで責任をとらねばならなくなる者が多数出てくるだろう。  それだけは避けねばならない、とネッケル大佐は真剣な口調で告白した。 「ああ、何と言ったら良いか――」  友の不運に、ダカン大佐は言葉を何とかけて良いかも判らない。  思わず口篭ってしまう。 「気にするな!すまじきものは宮仕え、仕方の無い話さ!」  そう言って自分を気遣い笑う友に、ダカン大佐はただただ顔を歪めることしか出来なかった。 「そう言えば――」  突然思い出した様に、ネッケル大佐が話題を変えた。  そして、ダカン大佐(通信軍)が作成した報告書を手に取った。 (飛竜軍が人的情報の調査、通信軍が物的情報の調査を担当しているのだ) 『“帝國”軍が運用する“カラクリ仕掛けの飛竜”及び“魔力弾頭並の威力を有する砲爆弾”の残骸からは、魔力残渣をまったく検出できなかった。      (中略)  特に“カラクリ仕掛けの飛竜”より回収された銃と弾薬は、実に驚嘆すべき性能を有していた。  銃の正体は後装式の小型連発砲で、要する動作の大半が自動化されていることから、その発射速度は――』 「――これは、本当か?」 「……ああ、残念なことに事実だ。“帝國”の技術力、決して侮れん」  ホッとしたのもつかの間、ダカン大佐は重々しく頷いた。  慎重に言葉を選びつつ、言葉を続ける。 「魔道技術は全く使われていない。我々とはまったく異なる未知の技術体系を有している、と見て間違いなかろう」 「――その反面、魔道に関しては無知に等しく、将校ですら迷信と見做している。それ故か、“帝國”人の魔力は測定できぬ程に微小だ」  それにネッケル大佐が付け加える。 「“科学”、というらしいぞ?」 「“科学”、ね。“科学”が進んだから魔力が衰えたのか、それとも魔力が微小だから“科学”が進んだのか……」 「或いは、本当に異界からやって来たのか」  二人は顔を見合わせ、笑いあった。  そして、調査結果の中間報告を一時見送り、今後も調査を継続することで一致した。  今回の戦いにあたり、王国軍は野戦軍を編成、ヴィエンヌ州に派遣することを決定していた。  司令官は、軍事参議官のブリュノー予備役工兵中将。  急遽現役復帰し、国王より指揮杖を授けられたブリュノー中将は直ちに同地へと赴任、野戦軍の編成を行った。  ロッシェル王国軍は王国元帥たる国王の下、  近衛軍/飛竜軍/戦竜軍/歩兵軍/砲兵軍/工兵軍/通信軍/海軍の八兵科軍、  輜重集団/工廠集団/竜廠集団/施療集団の四兵科集団、  そして軍務省隷下の16個軍管区よりなる。  その数、およそ60,000(*1)。総人口の0.7%強とかなりの重武装だ。 (自力で支えるには些か重過ぎ、同盟諸国の協力により維持している、というのが正直なところだが……)  ――とはいえ、このままでは戦力たり得ない。王国軍が戦地に赴くためには、各兵科部隊が編合された混成軍を編成する必要がある。これが“野戦軍”だ。(*2)  “野戦軍”の規模や編成は時・場所・場合によって異なるが、最大で『4個軍団の基幹戦力と支援部隊』を編成することができる、とされている。  が、尤もこれはあくまで軍の総力を挙げた場合の話であり、レムリア王国との全面戦争時以外はおよそあり得ない編成規模だろう。  故に、ロッシェル王国軍が通常想定する野戦軍は1個軍団規模であった。  今回王国軍が編成した野戦軍も“軍団”規模であり、その序列は以下の通り。    “帝國”討伐軍(司令官:ブリュノー中将)      ┣━“ブリュノー”師団(*3) *司令官直卒      ┣━ヴィエンヌ軍管区      ┃  ┣━ヴィエンヌ歩兵連隊(1個大隊欠)      ┃  ┣━ヴィエンヌ州兵連隊(1個中隊欠) *歩兵大隊規模の武装警察      ┃  ┗━他      ┃    (以下の部隊は形式的には討伐軍隷下だが実際は協力関係)      ┃      ┣━飛竜軍第2騎士団 *後詰め、現時点での参加は未定。      ┣━飛竜軍第3騎士団(1個連隊欠)      ┗━海軍第3艦隊  こうして見ると、ブリュノー中将は野戦軍だけでなく、地域軍たるヴィエンヌ軍管区の指揮権も有している。(同州の動員権まで与えられていた!)  が、逆に言えば『あくまで同州のみ』であり、他の地域に対しては如何なる権限も有していない。ばかりか、他州は平時そのままの体勢である。  ……これは即ち、当時のロッシェル王国が対“帝國”戦の舞台を『ヴィエンヌ州沿岸部のみ』と想定したことを意味していた。  この、今日における軍事常識からすれば、希望的観測としかとれぬ判断――だがそれは、当時の目から見れば極めて妥当な判断だった。  その思考は、こうだ。  軍事、というよりも“常識”的に考えれば、『空爆による戦力の喪失』『兵站線の伸張』といった無視できぬほどに大きなリスクを極力抑える為、“帝國”軍は最短距離での渡航を試みる筈だ。その上陸地点は、ヴィエンヌ州の何処か――恐らくは州都サンザック近郊――に違いあるまい。  が、それでも尚、飛竜軍の警戒を潜り抜けるのは容易なことではない。仮に突破したとしても、師団規模の野戦軍を打ち破り、なおかつ州全土を占領できるだけの陸兵を送り込むことは不可能である。(*4)  故に、“帝國”軍は目標を州都サンザックに絞り、これを占領することにより“州全土の制圧”に準じた成果を得ようと考える筈だ。(足りぬ陸兵については、空中戦力により補うつもりだろう)  そして向こう同様、こちらにも事情がある。  過大な兵力の動員は、大陸同盟諸国のほぼ全ての国々からは『本分を忘れている』と非難され、一部の諸国――ロッシェルの近隣諸国――からは『何か別の意図があるのではないか』と警戒の目で見られることだろう。蛮族如きに、と軍の能力を疑われる可能性とてある。何れにせよ、外交上の大きな失点となるに違いなかった。  ……いや、それ所かこれをライバル国に利用され、足元を掬われかねない。それほど“美味しい”のだ、“大陸同盟諸国の盟主が一国”という地位は。  故に、動員をヴィエンヌ州に限定することは、政治的に極めて重要だった。 (加えて費用の問題もある。動員規模を広げれば広げるほど、王国にとっては負担となる。如何に“紛争”から“戦争”に格上げされたとはいえ、費用対効果を無視したあまりに過大な出費は避けるべきだった)  ――こういった思考に基づき、『ヴィエンヌ軍管区(州)のみの動員』と『師団規模の野戦軍の編成』が決定された訳だ。  結果論として見れば、この判断は(その推測過程は別として)正しかった。  “帝國”軍は、ロッシェル軍がほぼ予測した通りの基本構想を立てていた。  故に、もし計画通りにことが進んでいれば、先の本土空襲時における“帝國”軍航空隊の損害は更に広がり、とても上陸どころの話では無かった筈だ。もしかしたら、一時的とはいえ全面撤退にまで追い込まれていたかもしれない。(少なくとも、クノス島から撤退した可能性は高いだろう)  ……が、ここで問題が起きた。  先ずここまで配慮したにも関わらず国外(大陸同盟諸国)から声が上がり、投入される空中兵力が削減された。(*本編16話参照)  次いで国内からも抗議の声が上がり、更なる削減こそ無かったものの、ヴィエンヌ州に配備される空中兵力が半減されてしまったのである。(実質的には削減と変わりない!)  ロッシェル王国は、空中戦力の実戦部隊として4個騎士団12個飛竜連隊を保有している。(各騎士団はワイバーン・ロード1個連隊及びワイバーン2個連隊を保有)  この戦力で王国の空を守っていた訳だが、各騎士団には当然管轄区域というものがある。  そして、投入予定の第3騎士団(飛竜第3/第8/第13連隊基幹)はヴィエンヌ州のみならず計4州40,000kuと、実に“帝國”九州地方にも匹敵する地域を抱えていた。  同騎士団は他の騎士団同様にこの広い空域を二つ(各2ヶ州)に分け、これを第8/第13連隊(ワイバーン装備)にそれぞれ担当させ、残る第3連隊(ワイバーン・ロード装備)を団司令部直属の予備兵力としていた。  が、戦争が始まり、南部2州の空域を守る第13連隊は“帝國”軍との交戦により壊滅。第3騎士団は残る第3/第8連隊の全力をもってサンザック市を中心とする旧第13連隊区沿岸(ヴィエンヌ州)に展開、“帝國”軍に備えようとした――ここに北部2州が噛み付いたのだ。  『我が州が丸裸になるではないか!王軍は我々をお見捨てになるのか!?』  ことに、沿岸部にあるセーヌ州の反発は大きかった。  同州はヴィエンヌ州の真北にあり、やはり長い海岸線を持つ。“帝國”軍の空襲や上陸の可能性も、ゼロとは言い切れない。(こういうことは理屈ではないのだ)  加えて、王国第二の都市であると同時に最大の港湾都市であるマリティームを抱えている。ここに“帝國”軍が現れた場合の経済的・政治的損失は計り知れなかった。  かくして王都の高官の一部が動き、その圧力を無視出来なくなった第3騎士団はやむを得ず部隊を半分に割き、セーヌ州に置いたのである。  ……サンザックに“あれぽっち”のワイバーン/ワイバーン・ロードしかいなかったのは、まあそんな訳だった。  この時点でのサンザック周辺の主要戦力は――    サンザック市防衛部隊     ・ヴィエンヌ歩兵連隊第2大隊     ・ヴィエンヌ歩兵連隊第3大隊     ・ヴィエンヌ州兵3個中隊    機動打撃部隊     ・“ブリュノー”師団主力    空中部隊     ・飛竜第3連隊半隊     ・飛竜第8連隊半隊    海上部隊     ・第3艦隊主力  ――である。一木支隊が上陸した時点で空中・海上部隊はかなりの打撃を受けていたが、地上戦力は(施設に少なくない被害を受けつつも)なお健在であった。  同支隊がサンザックに入城するためは、この“ブリュノー”師団を中核とした地上軍を打ち破らねばならなかったのである。 ――――サンザック市郊外、討伐軍司令部。 「圧倒的に優勢な敵空中戦力を前に、我が騎士団は勇戦奮闘、これを多数撃墜し――」  その修辞に溢れた……だがまったく中身の無い“単語の羅列”に嫌気がさしたブリュノー中将は、遂に堪りかねて目の前の相手を制し、あらゆる飾り言葉を投げ捨て単刀直入に問うた。 「“そんなこと”はどうでもいい。私が聞きたいのは、『飛竜軍は敵の爆撃を阻止できるのかできないのか』――それだけだけだ」  ドー…ン……  時折、遠くから爆発音が聞こえてくる。  “帝國”軍航空隊が、早朝にも関わらず市内に爆撃を加えているのだ。 「第3騎士団は――」  暫しの沈黙の後、ブリュノー中将の目の前の相手――飛竜軍少佐――は口を開いた。 「1個連隊欠の上に、その戦力を二分しております。故に、二兎を追うことはできません」  ……酷くもってまわった言葉だが、今までで一番具体的な返答だった。  その意味を察したブリュノー中将は穏やかな、だが明らかに大きな怒りを込めた口調で確認する。 「……だから、敵空中戦力の撃破に専念する、と?」 「長期的に見れば、その方が損害は少ないでしょう」  それを聞いた瞬間、ブリュノー中将の心に激しい怒りが渦巻いた。  なんたる無責任、なんたる傲慢――  ――自分達だけで戦争をしているつもりか?この阿呆共がっ!  飛竜軍に要求される任務は多岐に渡るが、今現在において要求されているのは“敵空中戦力の撃破”と“防空(爆撃阻止)”の二つ。  言うまでもなく、先ず敵の爆撃を阻止するのが第一であり、敵空中戦力の撃破は二の次の筈だ。  が、飛竜軍は『“敵空中戦力の撃破”こそが主』と宣言したのである!  ……おそらく、『この数では爆撃を阻止しきれない、ならば敵騎を積極的に狩って敵の継戦能力を削いだ方が良い』とでも考えているのだろう。が、それにしても―― 「それに現在の所、“帝國”軍の爆撃目標は我々(飛竜軍)です。 ……でなければ、ここ(軍司令部)が無事の筈がないでしょう?」  飛竜軍少佐が、重ねて指摘した。  ……事実だった。  “帝國”軍は(本土空襲)初日こそ飛竜軍関連以外の施設にも爆撃――それでも飛竜軍の半分ほどだったが――を加えていたが、今日はそのほぼ全力を飛竜軍狩りにあてている。(飛竜巣が破壊されたために)ワイバーン達は分散・隠蔽され、非効率この上ないにも関わらず、である。  地上軍や海軍に対する爆撃など、飛竜軍に比べればほんの片手間みたいなものだ。 「だから、口を出すな、か?」 「まさか! ――ですが、政治に振り回され、“帝國”軍からは夜討ち朝駆けされ、我々も“いろいろ”大変なのですよ」  その辺りを考慮して頂きたい、とのたまう飛竜軍少佐。  ……この男を怒鳴りつけること、叱り付けることは簡単だ。  が、彼は第3飛竜騎士団司令部からの名代である。彼が言ったことは第3飛竜騎士団が……ひいては飛竜軍が言わせている様なもの、目の前の一少佐を怒鳴りつけても意味は無い。(加えて、この少佐は大貴族の一族だ。完全に敵に回すのは得策で無いだろう)  ブリュノー中将は理性を総動員して怒りを鎮め、次の話題に移ることとした。 「“帝國”軍の……いや、“帝國”に関する具体的な情報は?」  ブリュノー中将は、喉の奥から手が出る程、情報を欲っしていた。  カラクリ仕掛けのワイバーンといい、惜しげもなく投射される魔力弾といい、どうも“帝國”軍は何処かおかしい。  そもそも、“帝國”の詳細な位置すらも判らぬのだ。正直、現状では正体不明の相手と戦っている様なものだった。  が、飛竜軍少佐はにべもない。ただ一言で切り捨てる。 「現在調査中です」 「判ったことだけでもかまわんが?」 「ですから、現在の段階では何も」 「無いはずは無いだろう?」  地には撃墜した機体が散在しているし、少ないが捕虜だって存在する。その尋問や調査から、何も得られぬはずが無い。クノス島での戦訓だってあるだろう。  が、飛竜軍少佐は大きく首を振った。 「現在、鋭意調査を続けておりますが――」  未だその情報は回ってこない、という。  ……これを聞き、ブリュノー中将は腹を決めた。 「……我々は、敵兵器の残骸や捕虜の発見・回収に協力してきた。飛竜軍と通信軍がそれを囲い込み、合同調査を行なうことも認めた――にも関わらず、君達は一切の協力をしようとしない」  そこで、言葉を切る。  そして、相手をはっきりと見据えた。 「ならば、我々も態度を決めよう。我々は……少なくとも私は、以後飛竜軍に対し一切の協力をしない。そう、伝えてくれたまえ」 「……失礼ですが、本気ですか?」 「本気だよ。協力しようがしまいが、同じだからな」 「…………」 「構わんね?」  それは、最後の賭だった。  が―― 「止むを得ません、な」  飛竜軍少佐の態度は、遂に変わることは無かった。  ……いや、変わる訳にはいかなかったのである。  既にワイバーン部隊は全滅し、ワイバーン・ロード部隊も急激に消耗しつつある今、支援など約束できる筈もなかった。  あまりに荒唐無稽な情報を、確認も無しに渡せる筈もなかった。  その、余りに高きプライド故に、余りに大きな今までの功績故に、他軍になど洩らせる筈もなかったのだ。 「では、私はこれで失礼させて頂きます」  ――もはや一刻の猶予もならない、なんとしても我々だけでケリをつけねば……  頭を下げながらも、そして退出する間も、飛竜軍少佐の頭はそれで一杯だった。  既に1と1/2個連隊の竜と騎士を、他にも多くの兵と物資失っている。 ……なんたる損害。  既に南クローゼを奪われたばかりか、本土に対する爆撃まで許している。 ……なんたる不名誉。  この失態は、何としても――  ギリ……  屈辱のあまり、飛竜軍少佐は歯を強くかみ締める。  が、それもあと少しの辛抱だった。  数日内には第2騎士団がマリティームに到着、これに合わせて同地に置いていた戦力をサンザックに呼び戻すことができる。  そうなれば―― 「……我々は、一気に攻勢に出る!」  幸い、数こそ多いものの敵の空中戦力は大したことがない。第3騎士団だけでも十分に殲滅可能だろう。  もしそれでも駄目ならば、少々しゃくだが第2騎士団の手を借りたって良い。  ……もはやこれは第3騎士団のみならず、飛竜軍全体の問題なのだから。  彼は……いや“彼等”は、今までの様に今回も『飛竜軍だけで片がつく』と考えていたのだ。  少なくとも、この時点では。 *1 ――――『その数、およそ60,000。』――――  更に細かく言えば、地上軍42,000、飛竜軍9,000、海軍9,000よりなる。  ただしこの数値は常備定数――完全充足している訳ではない――であり、かつ軍属が含まれていない。  また、この他に武装警察とも言うべき州兵が16個連隊約12000名存在する。 *2 ――――『――とはいえ、このままでは戦力足り得ない。王国軍が戦地に赴くためには、各兵科軍部隊が編合された混成軍を編成する必要がある。これが“野戦軍”だ。』――――  このような体勢となっているのは、伝統やそれぞれの兵科のセクショナリズムもあるが、それ以上に“近隣諸国に対する配慮”が原因として上げられる。  李下に冠を正さず、大陸同盟の中心国としての地位を保つために必要な、政治的配慮だった。 *3 ――――“ブリュノー”師団――――  師団とは、独立して一正面の作戦を遂行する能力を保有する戦略単位で、同軍の場合以下の編成を標準としている。 (下記の場合、司令官は中将又は少将、定員は(軍属を除いて)6000名前後といったところか)    師団     ┣━師団司令部     ┣━歩兵旅団×2     ┃  ┣━旅団司令部     ┃  ┣━歩兵大隊×2     ┃  ┃  ┣━大隊司令部     ┃  ┃  ┣━歩兵中隊×8     ┃  ┃  ┗━大隊段列     ┃  ┣━歩兵砲中隊:3リブラ歩兵砲×8     ┃  ┗━旅団段列     ┣━戦竜連隊     ┃  ┣━連隊司令部     ┃  ┣━戦竜中隊×8     ┃  ┗━連隊段列(*1)     ┣━砲兵連隊     ┃  ┣━連隊司令部     ┃  ┣━砲兵中隊×8:各6リブラ加膿砲×4、6ダイム榴弾砲×4     ┃  ┗━連隊段列     ┣━工兵大隊     ┃  ┣━大隊司令部     ┃  ┣━築城工兵中隊     ┃  ┣━地雷工兵中隊     ┃  ┣━器材班     ┃  ┗━大隊段列     ┣━通信群     ┣━輜重隊     ┣━工廠隊     ┣━竜廠隊     ┣━施療隊     ┗━他  なおこうして編成された部隊は、通常司令官の名を冠して呼称される。(例:ブリュノー中将の“ブリュノー”師団) *4 ――――『仮に突破したとしても、師団規模の野戦軍を打ち破り、なおかつ州全土を占領できるだけの陸兵を送り込むことは不可能である。』――――  何しろ、ヴィエンヌ州だけでも約10,000kuと、帝都・神奈川・埼玉の一府二県に伊豆半島までも加えた面積に匹敵する。故に、如何に“帝國”の海上輸送力が大きくとも、不可能と考えられていた。 (この頃になると流石にロッシェル王国も、“帝國”の海上輸送力を『自分達よりも上』と認める様になっていたが、それでも尚過小評価の域を出ていなかった) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【22】  ヴィエンヌ歩兵連隊第37中隊はその出撃前、正体不明の集団が存在することを大隊司令部に報告していた。  ……そして、これよりその捜索に出る、との報告を最後に連絡を絶った。  故に、大隊司令部は最悪の事態を想定、警戒態勢に入ると共に一連の経過を上級司令部に報告した。  この報告は幾つかの経由を経て、最上級司令部たる討伐軍司令部(或いは“ブリュノー”師団司令部)にも届けられた。 ――――討伐軍司令部。 「……中隊が、連絡を絶った?」 「は、恐らく全滅したものと思われます」  その報告に、ブリュノー中将は眼光を鋭くする。  只の匪賊に中隊がやられるはずも無い、“帝國”軍だ。帝國”軍が上陸したのだ。  ――恐らく、昨夜の闇と砲撃に紛れて上陸したのだろう。  それしか考えられない。あれだけの魔力弾頭による砲撃も、ただの陽動に過ぎなかった、ということだ。(なんと贅沢なことか!) 「ヴィエンヌ第3大隊(第37中隊の親部隊)は、『手に余る』と言ってきています。 ……如何なさいましょう?」 「賢明だな」  ブリュノー中将は、そう評して頷いた。  ……何しろ、相手は1個歩兵中隊を瞬く間に殲滅した程の戦力である。警備のため隷下の中隊を広範囲にバラ撒いている1個大隊では、手に余るだろう。  下手に動けば第37中隊の二の舞、更なる損失に繋がりかねなかった。(それに同大隊の任務はあくまで“周辺の警戒”だ)  故に、その判断は正しい。  が、である以上、軍司令部が直接動く必要がある。 「問題は、どの部隊を差し向けるか、か……」  ブリュノー中将は、少し考え込む。  “帝國”軍の詳細は依然、不明。  何の連絡も出来ずに中隊が全滅した、ということから『奇襲を受けた』か『圧倒的に優勢な敵と遭遇した』かの何れかに違いない。  が、捜索に出た以上、中隊も警戒していた筈だ。練度の低い部隊ではない、奇襲を受けても同数かそれ以下ならば直ぐに立ち直っただろう。  加えて、彼等は郷土兵でもある。勝手知ったる地で一方的な奇襲を受けるとも考え難い。  ――ならば、敵が倍以上の兵力だった、ということか。  少なくとも半個大隊。もしかしたら、それ以上。  が、敵の前線拠点であるクノス島から本土まで、130ミール(約190km)の海が横たわっている。  それを考えれば、上限も同時に限られてくる。(ましてや本国が遠く離れた大内海だ)  ――おそらく500〜1000、多くても2000未満の歩兵を中心とした部隊。  そう、ブリュノー中将は見当を付けた。  が、そこまで考え、頭を振る。  ……敵は、今までの常識では押し測れぬ様な、何処か得体の知れぬ不気味さがある。  故に、先入観は禁物。  ――情報、情報、何よりも先ず情報が必要だ。動くのは、それからでも遅くない。  では、どの部隊を差し向ける?  小規模ながら大きな捜索能力を持ち、  敵の攻撃をはね返すだけの“防御力”があって、  敵の追撃を振り切れるだけの“機動力”がある部隊。  そんな部隊が、適任だ。  結論を下したブリュノー中将は、顔を上げて副官に命じた。 「戦竜連隊司令部に(魔道通信を)繋げてくれ」 ――――ロッシェル王国サンザック郊外、オート砦近郊。  もはや無人と化したオート砦を横目に、20騎程の巨竜が疾走する。  ただの竜ではない。戦竜、である。  戦竜(兵)とは騎竜(兵)の上位兵科であり、アルフェイム先進諸国では騎竜を完全に駆逐した存在だ。(*1)  その攻撃力・防御力・機動力は地球世界の騎兵の比ではない。  だからこそ、ブリュノー中将は彼等を選択したのだ。  この、アルフェイム世界最強の陸戦兵科を。  今回の任務に差し向けられたのは、戦竜1個中隊(*2)。  命令を受けた中隊は竜卒を宿営地に置き、戦竜のみで行動していた。 「よし!全騎結界展開!」  オート砦付近に到達すると、中隊は臨戦態勢に入った。  中隊長の号令により、全戦竜の防護術式が待機状態から起動状態へと移行される。  ヴォ――……ン  各戦竜の前方に、2.5×1.2パッシス(約3.7×1.8m)の盾状防護結界が出現した。  ロッシェル王国軍の主力小銃は、“帝國”軍から見れば旧式を通り越して骨董品のマスケットである。  が、決して非力な存在ではない。  28.8gの鉛球を300m/s近い速度で撃ち出し、距離75mで4o、“最大有効射程”とされる150mでも2o厚の鋼板を貫通出来るだけの威力を秘めているのである。(とはいえ、対する“帝國”軍の小銃は三八式歩兵銃ですら、150mで8o厚の鋼板を貫通出来るのではあるが……)(*3)  これを大隊・旅団規模で斉射されたら、如何に強靭な肉体を誇る戦竜種と言えども堪らない、忽ち倒されてしまう。  故に中央世界の有力国は、これに耐え得るだけの防御力を戦竜に付与していた。  具体的には戦竜に簡易魔道手術を行い、防護術式を組み込んだのである。  これにより戦竜は防護結界を展開可能となり、対小銃能力を獲得したのだ。(*4)  ロッシェル王国軍戦竜の場合、その防御力は鋼板換算でおよそ5mm厚。  同軍の小銃は距離75mで4o厚の鋼板を貫通出来るのだから、理論上銃口付近ならば或いは貫通可能かもしれない。  が、上の数値はあくまで理想的な条件下での、それも『50%の確率で撃ち抜ける』数値に過ぎない。(ことにマスケットの場合、気象条件等による“振れ”が大きい)  故に、事実上貫通は不可能、と考えて差し支え無いだろう。  仮に結界を撃ち抜けたとしても、弾丸は運動エネルギーの大半を失い、かつ弾体も著しく損傷しているため、殺傷能力は非常に低いものとなる。これでは戦竜の突撃を阻止することは非常に難しい。(普通の装甲版と違い、結界はリベットや剥離した装甲内壁が飛散しない為、純粋に弾丸だけで殺傷する必要がある)  騎乗する戦竜兵を狙撃できれば話は早い――上記貫通弾は(戦竜に対しては兎も角)人体に対してはある程度の殺傷能力を残している――が、結界命中時に大きく弾道は逸れるため、狙って騎乗者に命中させることは非常に困難……  戦竜の突撃を歩兵が単独で阻止することは、不可能と同義語だった。(*5)  ――にも関わらず、ロッシェル軍はこれに更なる“特別な改良”を加えていた。(敵は小銃弾だけではない、より強力な武器は少なくないのだ)  仮想敵たるレムリア軍に数で劣る同軍は、様々な実験や研究を行っている。  その過程で、結界を傾斜させる事により、かなりの確率で敵弾を逸らし、弾くことができるのを発見――まあよく考えれば当たり前なのだが――した。  加えて、傾斜させる事により、設定よりも上位の防御力が実質的に得られることも判った。(*6)  この発見に小躍りしたロッシェル軍は、これを“傾斜結界”と命名、戦竜に組み込んだ。  その傾斜角、約45度。  鋼板5mm厚相当の結界は、実質7mm厚相当に強化された。  跳弾し易くなったことも考え合わせれば、最早小銃での貫通は望めない、と言っても過言ではない。  それどころか、対竜用大型銃……いや小口径砲にも対抗出来る。  大傾斜角の結界を安定して展開することは非常な困難を伴ったが、その甲斐はあった、と言えるだろう。  ……それが、今回も彼等を救った。  カンッ! カンッ!  突然、銃弾が結界に弾かれた。  “帝國”軍の狙撃だ。  “傾斜結界”は、距離500mから放たれた“帝國”軍小銃弾をも見事防ぎきったのである。 「ほう……手間が省けたな」  そう笑いつつも、だが中隊長の表情に油断は見られなかった。  ……彼我の距離に比し、余りに結界に対する衝撃が大きい。  まるで、50バッシス(約74m)という至近距離からの銃撃を受けたような―― (何より、この距離まで“届く”こと自体が驚きだ!)  ――なるほど、そういうことか……  第一の目的は情報収集、極力戦闘を避けよ。慎重の上にも慎重に――将軍閣下直々にそう命じられた理由が、やっと判った。  確かに、こいつ等は何処か“違う”。 「中隊、砲撃戦用意!」  敵は歩兵20程と少ない。常道で行けば、突撃により仕留めるべきだろう。  が、中隊長は砲撃による殲滅を選んだ。  命令が……何より、彼の感がそうさせたのだ。  将校が騎乗する4騎の戦竜が、砲撃体勢に入る。  この4騎の戦竜は特別にブレス攻撃能力が付与されており、遠距離攻撃が可能となっている。(それゆえ、特に“魔戦竜”と呼ばれていた)  中口径砲級の榴散弾或いは散弾相当のブレス攻撃が可能で、実用発射速度は2発/分と加膿砲・榴弾砲の倍を誇る。  つまり、戦竜は突撃兵科でありながら、同規模の砲兵にも匹敵する遠距離戦能力を保有しているのだ。 「砲撃開始!」  戦竜中隊の“砲撃”が、始まった。  先の敵部隊(第37中隊)との交戦により『その存在が知られた』と判断した一木支隊司令部は、接敵に備えて複数の警戒隊を配置すると共に再び将校斥候を放っていた。  斥候隊はオート砦近郊でほぼ同数の敵“騎兵”と遭遇、先制すべく敵指揮官の狙撃を試みる。  が、結果は見ての通りの失敗、斥候隊は退くべきか進むべきかの選択を迫られていた。 「畜生!化け物め!」  目の前の信じ難い光景に、沖中尉は思わず呻いた。 「どうしますか、中尉殿」  傍らで待機する軍曹が尋ねる。  が、その言葉には撤退を要求するニュアンスが込められていた。  確かに、同数の騎兵と戦うのはぞっとしない。が―― 「相手は、旧式どころか骨董品の兵器しか持たぬ蛮族だぞ?」 「……ですが連中、銃弾を弾き返しましたぜ?」  軍曹の軍人としての経験が、先ほどから激しく警戒音を鳴らしている。  ……ありゃあ、“やばい”。兎に角、普通じゃあない。 「集中射撃を加えれば、直ぐに化けの皮が剥がれるさ」 「集中射撃?1頭につき1銃も割り当てられないのに、ですかい?」  尚も強気を崩さぬ中尉に、軍曹は呆れたように首を振った。  多数の警戒班を作成したツケで、斥候隊の人数は大幅に減らされていた。  具体的には、将校1人に兵20。軽機も2挺から1挺に減らされている。  先の戦訓から、それでも問題ないとはされていたが、不安は隠せない。  ……まだ、ある。  実は斥候隊の小銃は、非力な三八式なのだ。  無論、一木支隊……というよりも陸軍の第一線部隊は、既に新型の九九式小銃への更新を終えている。  が、同銃は確かに威力が向上したものの、引き換えに反動が強くなり命中率が低下したため、現場では少なからぬ不評を買っていた。  それ故、大陸に展開する一部の部隊では、未だに三八式歩兵銃を平行装備(保管)していた位である。  一木支隊も、その一つだった。  特に今回の作戦(本土上陸作戦)では、携行弾数も多く命中精度も高い三八式が最適と判断され、九九式は三八式の代わりに船の倉庫に戻された。(当然、軽機も九六式だ)  故に、彼等は7.7o弾ではなく6.5o弾で戦竜に立ち向かう羽目となったのである。 「自分らの任務は、あくまで“斥候”であります。ご決断を」  軍曹は、中尉を睨み付けた。  古参軍曹である彼の視線に耐えられる将校は、そういない。  ……ましてや、若い中尉ならば。 「……判ったよ、軍曹。撤退する」 「有難くあります、中尉殿」  軍曹は満足そうに頷いた。  が、一足遅かった。  この僅かな時間の浪費は、致命的な結果をもたらしたのだ。 「敵、発砲!」  悲鳴じみた報告が、上がった。  ドー……ン!  中隊長の砲撃により各竜は角度を修正、順次発砲していく。  “弾種”は榴散弾、8発/分の発射速度で、12発が発射された。 「く……」  這い蹲り、泥だらけになりなった沖中尉は呻いた。  ……何なのだ、あいつ等は。  銃弾を手前で弾き返し、口から榴弾を発射する生物。  馬鹿な、そんな生き物が存在して堪るか。 「中尉殿!」 「そうだ、夢に決まっている。これは悪い夢……」  中尉が正気を失っているのに気付き、軍曹は舌打ちする。  ――こんな阿呆のせいで……  見渡した所、味方は半数以上の兵が死傷している。  対する敵は、隊形を修正していた。  ……あれは、突撃体勢だ。  ――もう、駄目だ。  軍曹は、決断した。  生き残った兵で最も若い兵に伝言を託すと、残る兵を集めて最期の抵抗を試みる。 「――いいな、絶対に伝えるんだぞ。『あいつ等、断じて騎兵なんかじゃあありません!タンクです!』とな!判ったらさっさと行け!」 「敵、突撃開始!」 「撃て!」  敵が突入するまでの40秒間に、7名の“帝國”兵は160発の弾量を投射した。(後先考えないからこそできる猛射だ!)  うち、120発がたった1挺の軽機によるものだった。  小銃による各個射撃が一向に効果を与えている様には見えぬ中、軽機はゆっくりと、だが確実に敵を屠っていく。  最初の10秒は跳弾ばかりだったが、  次の10秒から貫通弾を出し始め、  その次の10秒で1騎目を、  最後の10秒で2騎目の戦竜を倒し、更に3騎目へと銃口を向ける――  が、それが限界だった。  4個目の弾倉を空にした次の瞬間、血塗れになりながらも突入した3騎目の戦竜に踏み潰され、機銃手は絶命した。 「……随分やられたものだな」  制圧後、中隊長はその損害の多さに顔を顰めた。  高々7名の歩兵相手に2騎喪失、6騎負傷……うち5騎は軽傷だが、1騎は重傷だ。(*7)  今はまだ“麻酔”が利いているから良いが、数時間後には酷いことになるだろう。(*8)  そこまで考えると、中隊長は目の前転がる銃に目を転じた。  ――敵の銃の性能は凄まじいものがある!  そう、判断せざるを得ない。  威力もさることながら、あの速射性は脅威である。  特に、あの雨の様に大量に弾を振り撒く銃は恐ろしい。あれ1挺で、数騎の突撃を阻止できる。  他の銃とて、5挺(1個班)も集めれば1騎の突撃を阻止できるだろう。  こういった銃を装備した歩兵が100、200と集まれば――  ろくでもないことに、なる。  ――急いで、報告に戻らねば……  中隊は“情報”を掻き集めると、長居は無用とばかりに撤退した。 *1 ――――『戦竜(兵)とは騎竜(兵)の上位兵科であり、アルフェイム先進諸国では騎竜を完全に駆逐した存在だ。』――――  (運用コストを除けば)地球世界の騎兵とさして変わらぬ能力しかない騎竜兵が戦竜兵に駆逐されたのは、騎兵が戦車に取って代わられたように、ある意味必然であった。 *2 ――――戦竜1個中隊――――  戦竜中隊は総員50名、戦竜24騎(うち魔戦竜4騎)、騎竜1騎からなる。  その内訳は――  将校が大尉1、中尉1、少尉2の4名。(全員が魔戦竜に騎乗)  下士官が曹長6、軍曹又は伍長16名の21名。(うち曹長1名(書記)が騎竜騎乗、同1名(竜卒長)が徒歩、他は全員が戦竜に騎乗)  兵が24名。(徒歩。戦竜の世話を主任務とする竜卒)  ――である。(ただし、随伴時には竜卒は連隊段列の竜車で移動) *3 ――――『28.8gの鉛球を300m/s近い速度で撃ち出し、距離75mで4o、“最大有効射程”とされる150mでも2o厚の鋼板を貫通出来るだけの威力を秘めているのである。(とはいえ、対する“帝國”軍の小銃は三八式歩兵銃ですら、150mで8o厚の鋼板を貫通出来るのではあるが……)』――――  両銃の数値は、共に“帝國”軍が測定した防弾鋼板に対する侵徹限界距離である。 *4 ――――『これにより戦竜は防護結界を展開可能となり、対小銃能力を獲得したのだ。』――――  ……とはいえ、それはワイバーンと比べれば、同じ防護結界と呼ぶには余りに貧弱なものだった。  ロッシェル軍の戦竜を例に見れば―― ・持続時間が短い。ワイバーンが最大1/2日もの連続展開を行えるのに比し、戦竜のそれは1時間に満ない。 ・展開範囲が狭い。ワイバーンが360度全周囲の展開が可能なのに比し、戦竜は僅かに前方への展開が可能に過ぎない。 ・強度が低い。ワイバーンが“帝國”防弾鋼換算で(部位による強弱あれど)平均10o厚超の固い“球”に守られているのに比し、戦竜は5mm厚の“前盾”に守られているに過ぎない。  ――と、全てが余りに違い過ぎた。  簡易手術のせいも確かにあるだろうが、それ以上に戦竜とワイバーンの間には、基礎能力及びキャパシティで埋め難い大きな差が存在したのだ。  そして、それを埋めるには、人間の技術は余りに未熟過ぎたのである。 *5 ――――『戦竜の突撃を歩兵が単独で阻止することは、不可能と同義語だった。』――――  歩兵が戦竜を攻撃する場合―― ・伏兵により無防備な側面を攻撃する。 ・至近距離まで引き付け、最低でも1個班(5名)〜できれば2個班以上で騎乗する戦竜兵を狙撃する。 ・至近距離から手榴弾を投擲、“盾”を避けて騎乗する戦竜兵を狙う。 ・各中隊に2〜4挺配備されている対竜用大型銃(所謂“大鉄砲”のようなもの)を用いる。  ――といった手法が一般的である。  が、心理的にも技術的にも難易度が高く、到底効果的な手段とは言えなかった。  ……とはいえ、戦場にいるのは歩兵だけではない。  砲兵は実体弾による狙撃、榴弾による前面部以外への中遠距離射撃を行い、  工兵は陣地築城や地雷敷設により間接的に対戦竜戦闘を支援する。  これ等が歩兵と組合わされば、敵陣突破の難易度は飛躍的に増し、如何な戦竜とて下手な突撃は自殺行為となる。  これに敵の戦竜兵や飛竜兵までも加われば、もう戦竜単独での戦闘は不可能だ。  このように、戦竜は陸戦の王者として君臨してはいたが、決して絶対無敵の存在ではなかったのである。 *6 ――――『加えて、傾斜させる事により、設定よりも上位の防御力が実質的に得られることも判った。』――――  確かに理論上はそうなるのだが、やはりある程度(せめて数cm単位)の厚みがなければ意味は無く、期待した程の効果は発揮できなかった。  敵弾に対する耐性が増したのは、主に跳弾或いはそれに準じた現象が多発――何せ球形だ――した為であろう。(この現象には“帝國”軍も悩まされた) *7 ――――『高々7名の歩兵相手に2騎喪失、6騎負傷……うち5騎は軽傷だが、1騎は重傷だ。』――――  軽機により負傷した“3騎目”は自力帰隊が困難であったため、他の2騎同様に“処分”した。(故に、最終的な喪失数は3騎)  ……これが味方勢力圏ならば竜廠に送られ、或いは再び現役に復帰できたかもしれない。  が、敵前行動である以上、これは止むを得ない措置だった。(他の5騎は簡単な手当のみで戦線復帰した) *8 ――――『今はまだ“麻酔”が利いているから良いが、数時間後には酷いことになるだろう。』――――  被弾による暴走等を防ぐため、戦竜には結界展開時に魔道による痛覚麻痺が行われる。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【23】  さて、時計の針を少し戻そう。  一木支隊が上陸した日の早朝、“帝國”海軍航空隊は数日振りの攻勢に出た。  ――それも、かつてない程、大規模に。 ――――サンザック上空。 「ほう……」  ワイバーン・ロード隊の隊長であるネッケル少佐は、思わず感嘆の声を上げた。  敵の数は、ざっと50〜60騎。  我が方がワイバーン・ロード12騎だから、およそ5倍前後ということになる。  が、敵の機竜には戦闘型と爆撃型の2種類がある。うち、爆撃型の空戦能力は無きに等しい。  加えて、今までの例から、戦闘型は多くても半数以下だ。  ならば、20騎前後から多くても30騎程度だろう――そう、あたりをつける。  ……が、“眼”を通して“視た”映像に、絶句する。  ――馬鹿な……六割方が戦闘型だと!?  総数も思ったより多い。おそらく、70騎前後いる。  うち、戦闘型が40騎ほどだ。 「……成る程、『質では勝てないから量で』か。光栄なことだ」  ネッケル少佐は顔を歪めて哂った。  が、その内心には些かの嘲りも無い。  戦力二乗の法則に従えば、我が方を1とした場合、二倍の敵は4の、三倍の敵は9の戦力を発揮する。  つまり、倍以上の数に対しては、多少の……どころか相当の質の差も意味を成さない。  大軍とは、ただそれだけで脅威なのだ。  ましてや、戦闘型だけで3倍以上、である。如何に前回圧勝したとはいえ、油断出来る状況ではないだろう。  が―― 「ああ、正しい。実に正しいよ……」  ――それでも、尚、哂っていた。  その戦術判断は、正しい。賞賛しよう。  それを可能とした努力、国力に対しては大いに賞賛しよう。 「……だが、ね。我々も数に勝るレムリア王国空中騎士団を仮想敵とし、長年研鑽してきた身なのだよ」  そう。だからこそ、竜の質も騎士の腕も遥かに劣る相手に、遅れをとるわけにはいかぬのだ。  ……ましてや、不本意とはいえ防空任務を放り出し、迎撃一本に絞っていることもある。遅れをとったら味方地上軍に も顔向けできない。  と、敵は二手に別れた。  一手は降下していき、残る一手は高度を保ったまま速度を上げてこちらへと向かってくる。  ネッケル少佐は笑いを止め、真剣な表情になると全騎に号令を下した。 「全騎隊形を密にとりつつ突撃! ――連中に空戦術を教育してやれ!」 「……なんだ、ありゃあ?」  その光景に、攻撃隊の搭乗員達は皆目を丸くした。  敵の飛竜共は、隊形を保ったまま『空中で静止している』。  ……連中は、あんな真似までできるのか?  思わず、感心してしまう。  ドンッ!  が、それも一瞬のこと。  信号弾の合図に自分達の本分を思い出し、それぞれが行動を起こした。  艦戦隊39機は、敵航空隊に、  艦攻隊29機は、地上の航空関連施設に、  一斉に襲い掛かかる。  “帝國”軍は、この空戦に持てるすべて――即ち39機の零戦を投入していた。  彼我の差は39対12、戦力二乗の法則に従えば10倍以上の戦力差である。  これは、例え相手が全滅するまで戦っても、1〜2機堕とされるかどうか、といった差だ。  加えて、今回は20o弾を満載し、全兵装使用許可(オールウエポンフリー)までも出ている。(*1)  油断も、無い。最初からスロット全開だ。(*2)  ……これで負けては、立つ瀬が無い。  零戦隊は必勝……いや、復仇の念で突撃した。  敵の機竜共は、前回同様……いやより徹底して3騎単位の編隊で襲い掛かってくる。  とはいえ、その動きは固く柔軟性に欠ける。編隊間同士の連携に至っては皆無と評して良いだろう。  ……これでは烏合の衆も同然、数の差を活かしきれない。そこが、付け目だ。  ――さて、どうする?肉……いや皮を切らせて骨を絶つ、か?  ネッケル少佐は、考えを巡らす。  少々の被弾を気にせず、突っ込み、蹴散らし、屠る――前回の戦訓を考えれば、それが一番効率的だ。  敵の“ブレス攻撃”は、銃として考えれば信じ難い程強烈だが、ワイバーン・ロードの防護結界を撃ち抜く程の威力は 無い。余程運が悪いか、集中射撃でも受けない限り、問題ないだろう。  ――少々心臓に悪いが、ドアをノックされるようなものだな。うん、そうしよう。  ゾクッ!  が、敵の発砲炎を見て、一瞬背筋が冷える。  思わず、反射的に騎を滑らせた。  ――その瞬間、重い衝撃音が響き渡る。  ドドド……  命中角が浅いこともあり、敵の銃弾は弾かれ、あさっての方向へと跳弾する。  前回とは、比べ物にならぬ程、“太く”かつ“重い”射撃――  如何なワイバーン・ロードの防護結界といえど、あれを喰らってはそうそう保つものではない!  慌てて部下の安否を確認する。  ……幸い、ある程度距離が離れての短射撃、ということもあり無事だったが、これはもう僥倖以外の何者でも無いだろ う。  ――本当に、本当に運が良かった……  本来ならば、今ので1〜2騎……いや、下手をすればもっと堕とされても不思議ではない。  己の幸運に感謝すると共に、その驕慢を恥じる。(あの攻撃を正面から受けようとは!)  と同時に、焦燥感が込み上げてきた。  ――大前提のひとつが、崩れた。  今までの余裕は、その大部分が『ある程度敵弾が命中しても構わない』という上で成り立っていたものである。  が、それが崩れた。そして、3倍以上、という数の差が重く圧し掛かってきた。  これは……不味い。到底“楽な戦”“狩り”ではない。それどころか――  ……が、やるしかない。  焦燥感を無理矢理抑えつつ、ネッケル少佐は命じた。 「全騎密集隊形!“城壁”を構築する! ――ゆめゆめ油断するな、優勢なレムリア騎士団とやるつもりでかかれ!」 「おいおい!20oを弾くかよ!? ……そんなの、ありか?」  すれ違いざまに撃った20o弾を弾かれ、やってられねえっ!とばかりに辻原一飛曹は吐き捨てた。  ……そりゃあ、近づかれたくないから牽制の意味で射撃しただけ、距離もやや離れていたし弾数も少ない。  が、それにしたって20o弾だ!それはないだろう、というのが正直な所だ。  振り返ると、やはり敵は1機も堕ちていない。連中の装甲、一体どの位あるのだろう? 「こりゃあ、一方的にやれる訳だなら。7.7oの豆鉄砲じゃあ話にならない……」  正真正銘の化け物である。  一体何発当てたら堕とせるのかな――そうぼやきつつ、辻原一飛曹は再度突撃体勢に移った。  突然だが、ロッシェル王国における防護結界の耐久基準は、以下の10段階に分けられている。   強度0   無防御状態。   強度1   小銃弾(命中角90度)に対する軽防御力を有する。   強度2   小銃弾(命中角90度)に対する重防御力を有する。   強度3〜4 ブレス攻撃(命中角90度)に対する軽防御力を有する。   強度5〜6 ブレス攻撃(命中角90度)に対する中防御力を有する。   強度7〜9 ブレス攻撃(命中角90度)に対する重防御力を有する。  戦竜の場合、前面に強度2の防護結界が、  ワイバーン・ロードの場合、全周に渡って強度3〜6の防護結界が、  それぞれ展開される。  後の“帝國”軍の測定では、強度が一段階上がるごとにおよそ2.5o厚鋼板相当の防御力が加算されるから、  戦竜は前面に鋼板5o厚相当の防護結界が、  ワイバーン・ロードは全周に渡って鋼板7.5〜15o厚相当の防護結界が、  それぞれ展開される、ということになる。  ――7.5〜15o厚の鋼板、である。  九五式軽戦車が6〜12o厚の装甲ということを考えれば、とんでもない数値だ。  加えて、ワイバーン・ロードの防護結界はほぼ完全な球形に展開される。  即ち、『跳弾し易い』『命中角90度はまず有り得ない』ということで、実際の防御力は五割〜十割増となる。  最も薄い部ですら、鋼板11〜15o相当。  最も厚い部では、鋼板23〜30o相当。  ……“帝國”陸軍最強の九七式中戦車よりも、固い。  7.7o機銃弾(徹甲弾でも最大貫通力は12o+程度)では、話にならないことが判るだろう。全滅もむべなるかな、だ 。  20o機銃(九九式一号)ですら、最大貫通力は20o+程度――余程近づかねば、撃ち抜けない。  無論、これはあくまで机上、それも単発での話である。  ことに機銃の場合、1発だけ命中するということは余り無い。命中するとなると2発3発……と立て続けに命中するから 、話は大分変わってくる。(*3)  が、それでも尚、堕ち難いことには変わりが無い。  対する零戦側は、一撃……とは言わぬまでも、かなり撃たれ弱い。  強力な矛を用意したもののワイバーン・ロードの盾は尚固く、対する零戦の盾は無きに等しかった。 ――――“帝國”海軍第八航空戦隊、旗艦“祥鷹”。  北西の空に、“黒点の群れ”が出現した。  爆音を響かせ、徐々に大きくなっていく。  ……確認せずとも判る。夜明けと共に放った攻撃隊が帰還したのだ。  おおっ!  誰とはなしに歓声が上がった。  ざっと見て、ほとんど……いや全く数を減らしていない。  ――これは、やったか!?  皆、期待に胸を膨らませて彼等の帰還を見守った。  一木支隊が上陸した日の早朝、“帝國”軍北方方面艦隊はサンザック……より正確には同地のロッシェル王国軍航空部 隊に対し、その持てる全ての戦力を投入した一大作戦を実施した。  目的は敵航空戦力の撃滅、及び一木支隊に対する間接的な支援。  これを達成する為、本日よりサンザックを占領するまでの間、連日昼夜を問わぬ攻撃が予定されている。(冒頭の攻撃 隊はその第一陣だ)  日中は航空隊による波状攻撃。  夜間は水上艦による挺身砲撃。  が、攻撃の中核は何と言ってもやはり航空隊であろう。  この時点における、サンザック方面に展開する両軍の航空戦力は以下の通りである。   “帝國”軍    第八航空戦隊:艦戦×12機(常用10+補用2)、艦攻×26機(常用22+補用4)    第一九航空隊:艦戦×11機(常用11+補用0)、艦攻×10機(常用7+補用3)    第一六航空隊艦戦隊:艦戦×24機(常用18+補用6) *“神鷹”搭載機としてピグニス島に展開中。   ロッシェル王国軍    飛竜第3連隊半隊:ワイバーン・ロード×12騎    飛竜第8連隊半隊:ワイバーン×1騎  こうして見ると、“帝國”軍83機(うち補用15機)に対し、ロッシェル王国軍は僅か13騎に過ぎない。  常用だけ見ても、戦力比は5対1以上と圧倒的だ。この戦力差を活かすべく、“帝國”軍航空隊はその全てを叩き付けた のだ。  そして、上の光景である。前回とは全く異なる様相に、弥が上にも期待は高まった。が―― 「何……もう一度、言ってみろ」  長官は、青ざめながらも再度尋ねた。 「は、航空隊の報告によれば……『敵機の撃墜は敵わず』です」  ……現実は、非情だった。      <第三次サンザック上空戦>   ・参加戦力    “帝國”軍 :艦戦×39機、艦攻×29機    ロッシェル軍:ワイバーン・ロード×12騎   ・損害    “帝國”軍 :艦戦及び艦攻各1機喪失。他、被弾機複数(うち艦戦1機を帰還後廃棄)    ロッシェル軍:被撃墜無し。ただし魔道式対空監視、及び飛竜関連施設機能停止。    *艦戦はワイバーン・ロード、艦攻は対空砲火による喪失。  艦攻隊はその任務をほぼ達成したものの、艦戦隊は敵航空戦力の撃破に失敗している。(それこそが最大の目的にも関 わらず、だ!)  それどころか、『被撃墜1機、被弾6機』(*4)という被害すら蒙った。  ランチェスターの法則に従えば、これは敵全滅の戦果と引き換えに受ける損害だ。  損害こそ少ないものの、決して成功とは言い難い。むしろ―― 「被撃墜は艦戦及び艦攻各1機のみですが、全体の1〜2割が被弾しております。うち幾らかは廃棄せざる――」 「どういうことだ、これは!」  ドンッ!  長官の怒鳴り声で報告は中断された。  前回と同様の光景――だが、今回の怒りは明確なる対象が存在した。  その怒りの視線は、部屋にいる一人の人物に注がれている。  が、これは不味い、と慌てて参謀長が割って入った。  そして、代わりに問う。 「……話が違うのではないかね、少佐。君は『自分の言う通りにすれば絶対に勝てる』と言った筈だぞ?」  参謀長は流石に怒鳴りつけることはしなかったが、詰問調だ。  が、当の少佐は平然と言い放った。 「実際、勝ちつつあるではありませんか ……いいですか、敵は『1機しか堕とせなかった』のですよ?」  先の戦いにおいて、ロッシェル軍は何よりその強固な防御力によって“帝國”軍機を圧倒した。  が、今回は20mm機銃の全面使用により、敵最大の武器たる防御力を大幅に減じさせた。双方の条件は、まあ(機体的に は)“互角”と言って良い。少なくとも圧倒的と言えるほどの差は無いだろう。  加えて、3倍以上の数で襲い掛かった。あらゆる常識から考えて、負ける筈が無いのである。 「君はそう言うが、結果はこのざまだぞ?」 「確かに今回は“引き分け”でしたね。連中、思ったより腕がいい」  そう言って、少佐は肩を竦めた。  39機対12機――本来、両者には10対1以上の戦力差があった。  未だ残る彼我の防御力の差や“帝國”軍側のワイバーン・ロードに対する不慣れさを考えても、3〜5対1以上の戦力差 はあった筈だ。  それをロッシェル軍は、集団戦法と個人技の優越により埋めたのだ。ハードの差をソフトで埋めた、と言って良い。  が、それは同時に『“帝國”軍の数倍動き回った』ということでもある、さぞや激しく消耗したことだろう。そう何度 も続けられることではない。  ……ましてや、連中は竜と精神を繋げて動かしているのだから。 「――だから、まだ作戦を続行する、と?」 「当然です。目(早期警戒網)と寝床(飛竜関連施設)も潰しましたし、これから先、敵の抵抗力は急速に低下するでし ょう。これから、ですよ」 「だが、我らとて消耗するぞ?」 「敵はそれ以上に消耗します。閣下、連中は直に付き合いきれなくなりますよ」  参謀長の懸念に少佐は断言する。  確かに、竜と精神を繋げねばならぬ竜騎士の消耗は、“帝國”軍搭乗員の比ではない。  目(早期警戒網)と寝床(飛竜関連施設)を潰されていれば尚更だ。  その上、圧倒的多数で襲われたら――  自信満々のその態度に、参謀長は振り返り長官を見た。  顔を顰めつつも、長官は頷いて言った。 「――いいだろう、作戦は続行する」 「献策を受け入れて頂き、ありがとうございます」  少佐は深々と一礼した。  1時間後、艦戦38機、艦攻12機からなる第二次攻撃隊が出撃した。  帰還、即再出撃である。搭乗員及び整備員の負担たるや、相当なものであろう。(無論、機体もだ)  司令部もそれは重々承知していた。が、それでも尚、出撃させたのである。  ……たった一人の少佐の意見を受け入れて。 「次は、1〜2機堕とせるかな?」  一人離れた場所で攻撃隊を見送りながら、少佐――カレドニア王国海軍少佐ドナルド・ヴォート――は呟いた。  彼の見るところ、こと空戦性能に関して言えば零戦とワイバーン・ロードは一長一短、どちらかが圧倒的に優れている ということはない。(現在の苦戦はそれとはまた別のところに問題がある)  ……ならば数で押せば勝てる筈だ。上手くお膳立てしてやれば、もっと楽になるだろう。  が、しかしそれにしても、自分の立てた作戦で人間共の国を、それも中央世界の大国を叩き潰せるとは、何と痛快なこ とであろうか!  思わず笑いが込み上げてきた。  ――やってやるさ。徹底的に、な。  少佐は、壮絶な笑みを浮べて哄笑した。  今回の作戦を発動するに当たり、北方方面艦隊司令部はダークエルフの意見を大幅に取り入れた。  ……ばかりか、参謀として作戦までも立案させていた。  そこまで切羽詰っていた訳ではあるが、それは彼等と関係が深い陸軍ですら行わなかった行為だった。  確かに大隊以下……もしかしたら聯隊規模でならば、行われていたかもしれない。  が、北方方面艦隊司令部は規模こそ小さいが、GFと並ぶ海軍の最高位の司令部である。到底同列には扱えない。  その様な場所で、ダークエルフが意思決定に深く関わる――その意味は決して小さくないだろう。  この前例は彼等ダークエルフにとって……そして“帝國”、ひいてはアルフェイム世界においても大きな意味を持つ“ 第一歩”だった。 *1 ――――『加えて、今回は20o弾を満載し、全兵装使用許可(オールウエポンフリー)までも出ている。』――――  前回(本編17話参照)は高価な20mm弾の使用を厳しく制限されており、各門30発……それも「対地攻撃時のみその使用 を許可する」という状況だった。  それ故、零戦隊は同数のワイバーン・ロード相手に僅か7.7mm機銃2挺で立ち向かう羽目となった。 *2 ――――『油断も、無い。最初からスロット全開だ。』――――  やはり前回、零戦隊はワイバーン・ロードをワイバーン同様に考え、急降下もかなり余裕を持って実行した。  これは「機体の損耗をできる限り抑える」、ひいては「空中分解を防ぐ」ための措置であったが、これが命取りの一つ となったことは否定できない。 *3 ――――『ことに機銃の場合、1発だけ命中するということは余り無い。命中するとなると2発3発……と立て続けに 命中するから、話は大分変わってくる。』――――  防護結界は通常の装甲の様にリベット飛散や内部剥離等、自破片によるダメージを受けない変わりに「敵弾命中時に瞬 間的に結界が弱まる」という欠点を持っていた。  これは母体から魔力を常時投射し続けることにより結界を維持しているためで、受けたダメージにより展開している魔 力の総量が減少、回復にタイムラグが生じ、結果として結界が一時的に弱まる現象だ。  このため、連続して大きな打撃を受けると回復が追いつかなくなり、やがて結界は撃ち抜かれるか維持できなくなり破 壊されてしまう。  また、断続的でも大きなダメージが蓄積されると術式回路がオーバーヒートを起し、結界の弱体化や消失を招く。何れ にせよ、上記の防御力数値は初期値に過ぎなかった。(無論、初期値を上回る攻撃を受ければ一撃で貫通されてしまう) *4 ――――『被撃墜1機、被弾6機』――――  艦戦隊のみの数字。  艦戦隊は被撃墜1機、被弾6機(うち1機は帰還後廃棄)  艦戦隊は被撃墜1機、被弾2機  以上、計「被撃墜2機、被弾8機(うち1機は帰還後廃棄)」が第三次サンザック上空戦における“帝國”軍の損害だった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【24】  “帝國”軍の空襲により、復旧しつつあった飛竜巣は再び甚大なる被害を受けた。  ようやく暫定的ながらも使用可能となった滑走路を始め、それこそ不眠不休で再建していた施設が全て“振出し”へと 戻ってしまったのだ。  加えて、周囲からかき集めた物資も、(分散かつ隠蔽して集積していたにも関わらず)大半が灰燼に帰した。  幸い早期警戒網のお陰で十分な退避余裕があったためか、人員の被害は比較的軽微だったが、最早飛竜巣の再建が不可 能であることは誰の目にも明らかだった。  故に、飛竜第3騎士団はこれ以上の維持は無意味と判断、再び飛竜巣を放棄し隷下部隊を市郊外へと分散疎開させるこ とを決定した。  これはやむを得ぬ措置ではあったが、当然のことながら部隊の運用効率を大きく低下させた。 ――――サンザック市郊外、仮設飛竜待機所。  森林内に設けられた天幕の中、ネッケル少佐は泥の様に眠っていた。  ……よく見ると、装具すら外していない。  竜から降りた後、そのまま毛布を被って眠っている、といった感じだ。  が、まあ無理も無いだろう。  一昨日の早朝以来、碌に休む暇もなかったのだから。  余程腹を据えているのか、はたまたその数に自信があるのか、前回と違い“帝國”軍は執拗かつ息もつけぬ程の連続攻 撃を繰り出してくる。  日中は早朝より三波延べ150〜170騎もの機竜による空中攻撃、日没後は戦列艦(駆逐艦)1隻を港内に突入させ、それ こそ夜明けの数座前まで断続的な艦砲射撃を敢行させる……一昨日、昨日とこの繰り返しだ。(おそらく、今日も、だろ う)  ……これでは碌に休むこともできない。部隊は疲弊する一方だった。  カーン! カーン! カーン!  突如水晶が点滅したかと思うと、激しい鐘の音と共に緊迫した声を流し出す。  それを聞き、ネッケル少佐は跳ね起きた。 『敵大編隊!方位――』 「またかっ!」  そう吐き捨てると、愛竜に駆け寄り飛び乗った。  (真っ先に対空監視所を破壊されたため)目視による監視が主体となっている現在、迎撃までの猶予はせいぜい数刻〜 下手をすれば一刻(5〜15分)程だ。  即ち、警報と同時に騎乗する必要がある。  ……お陰で、迂闊に竜から離れられない。竜と寝食を共にする毎日だ。(このこと事態に不満は無いが、これでは碌に 疲労がとれないこともまた否定できない事実だった)  竜は竜で、ベルトどころか鞍も碌に外せない。これでは人竜共に疲弊する一方である。  ポンポン  竜卒達が人と竜を繋げ終えた合図に、軽く左大腿部を二度叩く。  それを受けたネッケル少佐は大声で叫んだ。(*1) 「同調!」  竜と意識を“繋げる”と、気だるい疲労感が“流れて”きた。  己の疲労と竜の疲労、その相乗効果で一瞬体が鉛の様になる。  ネッケル少佐は舌打ちした。  ――不味いな。やはり、竜達も相当消耗している……  “精神障壁”をすり抜けてこれだけの“感情”が流れてくる、ということは、かなりのストレスを受けているという証 拠、危険信号だ。  規定に従えば、乗るべきではない。人竜共に休養をとるべきだ。が――  ――それができれば、苦労しないよ。  ネッケル少佐は苦笑すると己と竜を奮い立てた。 「完了!」(*2)  同調を無事終えたことを知った竜卒達が再び駆け寄り、竜を天幕から出す。  更に土嚢の囲いを越え、広場へと誘導する。  が、今一歩の差で先客がいた。同じ仮設待機所に駐留する部下の中尉だ。 「お先に失礼します!」  緊急迎撃時の発着順番は早い者順、位の上下は関係ない。  部下はニヤリと笑って離陸体勢に入る。  ――ああ、若いなあ……  ネッケル少佐は苦笑しつつ答礼、それを見守った。  確かあいつは今年実戦部隊に配属されたばかり、自分とは10年以上の歳の差がある。これが若さというものか――  思わず口元が緩む。が、直ぐに厳しく引き締められた。  ……部下の離陸はよたつき、お世辞にも上手いとはいえない。やはり、相当な疲労を抱え込んでいるのだ。  にも関わらず出撃させる――それは、自殺行為以外の何者でもなかった。  ――すまん。  ネッケル少佐は、その内心で詫びた。  と同時に、怒りが込み上げてくる。  ……敵に対して、ではない。味方……それも上官たる第3騎士団司令部に対して、だ。  ――何をやってるんだ!  初戦の勝利に奢り、今もまだその夢から覚めていない。  それ故、行動が後手後手に回っているのだ。  畜生め、竜のことも碌に判らんのに、いっぱしの飛竜軍将校の面しやがって――(*3)  ――このままでは、今日明日にも磨り潰されてしまうっ!  挙句の果てには、『戦力の逐次投入』という愚すらおかそうとしていた。  司令部は、第2騎士団との交代を待ってマリティームに駐留する残存部隊を呼び戻し、反撃に出る腹積りらしい。  が、 あまりにも遅い、あまりにも少な過ぎる。  その頃には我々は消滅しているだろう。彼等とて我々の二の舞――そこまで吐き出したところで、ネッケル少佐は“気 付いた”  ……自分の怒りが、余りに感情的過ぎることに。  現場には現場、司令部には司令部の立場や見方がある。どちらかを一方的に糾弾するのは決して正しいことではない。  そもそも司令部の行動は多分に政治に縛られ、出来ることは限られていたし、また“帝國”軍の行動は余りに早過ぎ、 かつ常識外れである。  ……まあ確かに司令部がベストを尽くしているとは言い難いかったが、止むを得ない、と考えるしかないではないか! (ましてや、自分は指揮官である。一騎士の様な行為は固く慎むべきであろう)  それに、この怒りは多分に“精神汚染”によるものだ。気持ちを落ち着け、平常心を取り戻さねば……  “精神汚染”――人と竜、両者の疲れと不満が許容値を超え、防護網から染み出し累積、相乗効果を発揮しつつある現 象(この場合)だ。  もし気付かず、或いは気付いてもそのまま放置すれば、とんでもないことになる。  これは言わば堤防に空いた小さな穴、放置すれば――大事故に繋がりかねない。(人と竜の精神を“繋げる”というこ とは、それ程までに危険なことなのだ!)  ――恐らく、部下達も多かれ少なかれ同様の症状がでているだろうな……  その場合、報告が義務付けられてはいる。  が、こんな状況では誰も言わないだろう。  ……自分の撤退が即仲間の死に繋がりかねない様な、こんな状況では。  ――決めた!今回の迎撃を最後に、一時撤退しよう!  ネッケル少佐は腹を決めた。  独断専行?命令違反?知ったことか、このままでは貴重な竜と騎士を犬死にさせちまう。 (第一、それを言うなら司令部のほうこそ重大なる運用規則違反だ!) 「ネッケル少佐より全騎及び全竜卒隊へ、今回の迎撃後、部隊は一時サンザックより撤退する。最後の戦闘だからって手 を抜くんじゃあないぞ! ――以上」  そう言って、通信を終える。驚いた様な部下達の声がするが、全部無視、だ。  ――これで、いい。  満足気に、ネッケル少佐は頷いた。  少し、気持ちが楽になった様な気がした。(或いは、未だ“精神汚染”に振り回されているのかもしれない) 「……よろしいのですか?」  空いた広場に竜を移動させつつ、竜卒長が心配気に尋ねた。 「ああ、構わんよ。諸君等も私が出撃したら撤退準備を始めてくれ」  そう答えると、ネッケル少佐はそのまま離陸行動に移る。  出力0%、20%、50%……  全開にも関わらず魔力出力の上昇が遅く、中々垂直離陸ができない。  ……無論、何刻も待たせる訳ではない。一点刻(30秒)かかるかどうか、といったところだろう。  が、“針刻”を争う今、じれったいことに変わりは無い。  ようやく上昇出力まで達すると、大慌てで本日最初で最後の……そして一昨日以来七度目の迎撃へと飛び立っていった 。  …………  …………  ………… 「相変わらず、わんさかいやがる……」  ざっと見渡しただけで、敵は40騎以上いる。  しかも、その八割方が空戦型だ。  ……対する我が方は、僅か6騎。戦力差は――考えるのも馬鹿馬鹿しい。  が、それでも突撃を敢行する。 「全騎、隊形を密にせよ!続け!」  命令一下、6騎はまるで一つの生き物の様に敵編隊へと向かう。  こちらの動きを見て、敵は二手に分かれた。  10騎ほどの爆撃型は、地上目標へと降下していき、  残る30騎以上の空戦型は、こちらへと向かってくる。  双方の距離は加速度的に縮まっていき、激しい空戦が展開された。  今回の戦闘に投入されたのは、“帝國”軍が艦戦36機及び艦攻9機の計45機、ロッシェル軍がワイバーンロード6騎であ る。  内、空戦に参加する機は“帝國”軍36機に対しロッシェル軍6騎。  その戦力比は実に36対1と、“圧倒的”を通り越し“絶望的”なまでの差である。  ……この時点で、勝負は決した。(先のネッケル少佐の決断も、この現実が大きく影響している)  この差がもたらす結果はただ一つしか存在しない。敗北、完膚無きまでの敗北だ。  疲労云々など、この差の前では些細なことでしかない。仮にベストの状態だろうが、どんな精鋭部隊であろうが、結果 は同じだ。  腕の差?  竜の機動性?  強固なまでの防御力???  ……そんなものは、関係ない。  圧倒的な数の差は、そんな“姑息な手段”など、全て力尽くで捻じ伏せるのだ。  故に、ここから先の展開は、必然だった。  ドドド…… 「くっ!」  敵機竜から盛大撃ち出される火線の群れを、ネッケル少佐はギリギリのところで避ける。  避けるだけで精一杯、とてもではないが反撃の余裕などない。  幸い……と言っては何だが敵は大威力のブレスを5〜6回程しか撃ち出せないらしく、それを撃ち尽くすまでただひたす ら逃げれば良いのだが、それすらも中々に厳しいものがある。  敵の戦法は相変わらず単純極まりない。  3騎で1隊を構成、こちら1騎に対して最低1隊をぶつけることを基本とし、  ただひたすら急上昇と急降下を繰り返し、すれ違いざまに大量の“ブレス”をぶちまける。  ――ただそれだけ、それだけだ。これを“ブレス”が尽きるまでの間、続けるのである。  そこには小隊間の連携も、小隊内における連携も、何もない。(故に、何とか今まで保ったのだ)  確かにその優速は、大攻撃力は、脅威だ。その数に至っては恐ろしくて堪らない。  ……が、それだけだ。例え三倍だろうが、優速かつ大攻撃力だろうが、一方向から猪の様に突っこむだけならば、集中 さえしていれば堕とせないまでも堕ちることはない。  故に、一日目は凌ぐことが出来た。  三度の空戦による彼我の撃墜数0対1と、互角以上に踏ん張れたのだ。  が、流石に二日目となると消耗により集中が途切れ、不覚をとる者が出始めた。  支援設備の喪失による負担が、徐々に……いや急激に竜と竜騎士達を蝕み始めたのである。  加えて、“帝國”軍も慣れてのか、その動き、特に射撃のタイミングが格段に良くなってきた。  これに3対1という数の差が重く圧し掛かり、さしものワイバーン・ロードも1騎また1騎と、まるで櫛の歯が抜けるかの 様に堕ちていく。  結果、残った者の負担はますます上昇していく、という悪循環だ。  そして二日目最後の空戦で一気に3騎を失い、今まで何とか3倍以内に収めてきた数の差は、一気に六倍にまで広がった 。  六倍、即ち二方向からの攻撃である。  人竜共に消耗しきった状態で『逃げ切れ』と要求するのは、余りに無茶な話だった。  ――考えてみれば、初日に爆撃を阻止できなかった時点で、既に勝敗は決していたのだな。  ネッケル少佐は自嘲気味に哂った。  せめて予備の竜が健在であれば、もう少し粘れた――最終的な結果は変わらないまでも――かもしれない。  が、やはり支援設備と共に真っ先に吹き飛ばされてしまった。  ……今思えば、敵の狙いは端からここにあったのだろう。  それに気付かず目先の勝利に喜んでいたとは、我々とんだ愚か者、未だ気付かぬ司令部連中に至ってはオーク野郎(大 馬鹿者)だ!  もはや、当初の優越感は無い。  敵の機竜は、運動性こそ大きく劣るものの、かなりの優速だ。一〜二割程は、速い。  敵の機竜は、防御力こそ無きに等しいが、その攻撃力は絶大だ。一発一発が、重い。  何より、その数は、疲れを知らぬ(と思われる)その機械の体は、脅威だ。  ワイバーン・ロードよりも、むしろ――  胸の通信ペンダントからは、先程から部下達の切羽詰った様な怒号ばかりが聞こえて来る。  状況は、明らかに不利だった。  七回目ともなると、勘の早い者なら何となく……おぼろげながらとはいえ、感覚が掴めてくる。  無論、狙って撃てる程ではない。ないが、数機がかりで網を投げる様に、という程度ならば、まあ、何とかなる。 (とはいえ、これも消耗しきった相手だからこそ、だ)  ――多分、上昇するな。  その狙い通り、敵ワイバーンは上昇する。  辻原一飛曹は、迷わず引き金をひいた。  ドドド……  両翼の20o機銃が一斉に撃ち出される。  ……いや、一番機の彼に合わせ、列機も射撃を開始するので都合6挺の20o機銃が一度に火を噴いたことになる。  各銃が一度に発射する弾量は、約10発――計60発の20o弾だ。当たればこの一割でも当たれば、とんでもないことにな るだろう。  が、20o機銃には最大でも各60発しか装填できない。故に、6回も攻撃すれば終わりだ。  加えて、いざという時の反撃分を残す――撃ち尽くした後の退避時に反撃され撃墜された機もある――とすれば、射撃 チャンスは僅か5回しかない。  常識から考えれば、強力な20o弾を一度にこれだけ発射するのは非常に勿体無い話だ。地球世界の空戦ならば、この半 分で十分だろう。  が、敵は得体の知れぬ化け物である。幾ら『20o弾は効果あり』と聞かせられても、到底安心できない。(事実、中々 堕ちぬではないか!)  故に、10発。盛大にぶちまけるのだ。  発射された20o弾の内、数発が1騎のワイバーン・ロードを捕らえた。  が、それは後上方、最も結界の強固な箇所だった。  最初の一発が防護結界に受け止められ、四散する。が、その大威力故に、ごっそり周囲の魔力を削いだ。  次いで二発・三発目が着弾、一層の魔力を削ぎ、四散した。  そして最後の四発目は遂に弱体化した結界を貫通、見事ワイバーン・ロード本体に命中した。  ……この間、魔力が削がれて薄くなった箇所を埋めるべく、魔力回路は術式に対して定格――防護結界を維持するため に必要な魔力出力――以上の魔力供給を試みていた。  が、過度に消耗している現在、中々供給量を増やすことができない。安全装置が働き、定格以上の供給を抑制している のだ。(そればかりか、システムダウンを防ぐべく、定格以下の供給しかしていなかった!)  結局、防護結界全体の魔力を一時的に削り、これ回すことにより何とか穴は塞がれたが、これにより命中部位ばかりか 全周囲の防御力が大きく低下した。  その結果、四発目に貫かれたのである。 (イメージ的には通常“強度6”の箇所が消耗により“強度5”しか発揮できず、更に20o弾によるダメージの回復が追 いつかずに“強度5”→“強度4+”→“強度4”→“強度3+”と低下していった様なもの)    命中した20o弾は絶大なる破壊力をもたらした。  20o弾の弾頭重量は約124g。実に7.7o弾の10倍以上の重量がある。しかも、炸裂弾だ。  20o弾はワイバーン・ロードの肉体深くまで入り込み、炸裂。その肉塊を吹き飛ばした。  ……これではさしものワイバーン・ロードも堪らない。絶命こそしなかったものの、ただの一発で戦闘能力を喪失する 。  そうなれば、後は的でしかない。  激痛に耐えながらも、必死で不時着しようとしていたワイバーン・ロードは、追い討ちの20o弾によって四散した。 「くそっ!やっと仕留めたか!」  が、撃墜したにも関わらず、辻原一飛曹は苦虫を噛み潰した様な顔だ。  ……いや、彼だけではない。  おそらく多くのヴェテランが、そして指揮官達が、同様の思いを胸に抱いていることだろう。  『この戦い方は余りに効率が悪い』――と。  正直、この戦い方ではできることは限られている。  何せ、格闘戦を禁じられ、慣れぬ一撃離脱を、それも小隊単位で行っているのだ。  おまけに他小隊との連絡も手信号のみ、ひたすら急降下しつつ射撃を繰り返すのみである。(特に二番三番機など、た だひたすら一番機の後を着いて行くだけだ!)  現状ではこれしかないとはいえ、余りに非効率的過ぎた。  『ワイバーンやワイバーン・ロードの生態解明、及び新戦術の考案が急務だ』  でなければ、“帝國”軍航空隊は大きく消耗してしまう。  それが、現場航空関係者達の率直な感想だった。  空戦は、急速に終盤へと向かっていく。  ワイバーン・ロードの2騎小隊3個の隊形は、6倍もの敵の前にたちどころに崩された。  そして、バラバラになった各小隊(2騎)にそれぞれ4個小隊12機の敵が群がる。  四方向からの攻撃を受け、各騎は反撃どころか防戦一方だ。  一騎、また一騎と堕ちていく。 「畜生!」  ネッケル少佐は叫びつつ、ブレスを撃ち出した。  が、おかえし、とばかりに10機以上の零戦からの集中攻撃を受けては、どうにもならない。焼け石に水、だ。  無力……余りに無力だった。  全てのワイバーン・ロードが撃ち落されるか、はたまた零戦の弾が尽きるか――この決死の鬼ごっこは、その後20分ほ ど続いた。    <第九次サンザック上空戦>   ・参加戦力    “帝國”軍 :艦戦×36機、艦攻×9機    ロッシェル軍:ワイバーン・ロード×6騎   ・損害    “帝國”軍 :無し。(ただし帰還後艦戦及び艦攻各1機廃棄)    ロッシェル軍:ワイバーン・ロード×4騎   *第三〜第九次の損害累計(航空機のみ)は、    “帝國”軍 :艦戦×4機、艦攻×3機(ただしこれ以外の損失として、帰還後に艦戦×5機、艦攻×2機を廃棄)    ロッシェル軍:ワイバーン・ロード×10騎 (ただしこれ以外の損失として、予備のワイバーン・ロード及びワイバーンを各2頭地上撃破されている) *1 ――――『それを受けたネッケル少佐は大声で叫んだ。』――――  規則により、同調時には大声で退避を促す様に定められている。  ……無論、準備を終えて肩を叩くと同時に竜卒たちは竜から離れるのだが、まあそういうことになっている。 *2 ――――『「完了!」』――――  同調を終えた合図。*1同様、やはり規則に定められている。 *3 ――――『畜生め、竜のことも碌に判らんのにいっぱしの飛竜軍将校の面しやがって――』――――  飛竜軍の将校、その全てが飛竜騎士又は訓練生上がりとは限らない。  むしろ花形かつ強力である分、それ以外の者も多く配属されていた。 (ことに上級の将校や司令部付の将校には、そういった連中が少なくない) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【25】  攻撃を終えた各機は、各々所属する母艦、及び飛行場へと帰投した。(*1)  一隊は空母“祥鷹”“瑞鷹”へ、  一隊はピグニス飛行場へ――  そして帰投した攻撃隊の内、艦戦隊は即再出撃の準備に入る。(艦攻隊は後回しだ)(*2)  まず整備員達が取り付き、大まかな機体の外見チェック。  『被弾により、どの程度損傷しているか?』  『金属疲労により、(特に主翼に)罅や亀裂が入っていないか?』  これにパスし、また搭乗員から何の報告もなければ再使用決定、問題があれば修理に回し、補用機と交代だ。 (えらく簡単だが、再出撃までの時間を考えればこれが精一杯なのだろう)  次いで各部隊で再出撃可能な機体を集計する。  現状のところ3機小隊による攻撃以外、有効な戦法が存在しないため、小隊を組めることが大前提だ。  故に自部隊で3機小隊を組めない機が出た場合、他部隊と調整して小隊を組むこととなる。 (これでは二・三番機はひたすら一番機に追随するしかない、圧倒的に劣勢な敵がここまで粘れたのも、攻撃が単調だっ たことも大きいだろう。  ……まあ、どうせ付け焼刃なのだから、同部隊同士でも同じことなのだが)  最後に燃料弾薬の再補充をして準備完了、後は出撃するのみだ。  帰還から再出撃まで、およそ一時間程と驚異的なスピードである。  少ない機数――艦戦は40機にも満たない――に対して“祥鷹”“瑞鷹”“ピグニス飛行場”という三つの発着場所(*3) 、“祥鷹”“瑞鷹”“神鷹”“ピグニス空”の四つの航空整備隊が存在するからこその業だ。  ……とはいえ、これでは機体も人も消耗する一方、そうそう続けられるものではない。  おそらく保って三日――今日一杯が限度であろう。  が、もはやそれを心配する必要は無くなった。  何故ならば、敵は、あの恐るべき化け物共は、間違いなく次の攻撃で殲滅できる――そう搭乗員の誰もが確信していた からだ。(*4) ――――ピグニス飛行場、指揮所。  多くの艦戦搭乗員達が次の出撃に備え、滑走路脇の天幕で寝転んで束の間の休息をとっている中、辻原一飛曹は指揮所 の一角で簡易報告を行っていた。  ……これは、彼が小隊長を差し置いて一番機を務めていたためである。 (流石に正規の報告書は小隊長が自ら書くが、帰還直後の口頭報告なら、一番機を務めた彼の方が適任だった) 「で、20oの一連射で堕としたのか?」  机の前に座り、報告を記入していた司令部付の中尉が、顔を上げて確認した。 「は、確かにそうだとは思いますが――」  辻原一飛曹にしては珍しく、奥歯に物が挟まった様な物言いだ。  実に、慎重である。 「それ以前に何度も盛大に撃ってますから、その内の何発かが当たっていたとしても、不思議じゃあありません」  そういって、隣の大尉――ワイバーン・ロード撃墜時に協力した小隊の指揮官だ――を見る。 「それに、奥山大尉の小隊だってかなり撃ち込んでおりますから」 「――確かに、そう言われてみれば自信が無いな。てっきり全弾避けられたかと思っていたが、或いは幾らかは命中して いたかも知れない。確率的には、十分あり得る話だ」  何しろすれ違いざまの一瞬だから、碌に確認もできんよ、と水を向けられた奥山大尉は苦笑する。 「自分のところとてそうです。撃墜した時だって、『じゃあ内何発当てたんだ』なんて聞かれたら――」 「判らない、か」  報告を書き込んでいた司令部付の中尉が、引き取って答える。苦虫を噛み潰した様な顔だ。  彼等の実戦報告は今後、対ワイバーン・ロード攻略法を編み出す上で必須と聞き取り調査を行っていたのだが、やはり 情報というものは一朝一夕には得られないものらしい。  得られた情報は、どれもかなり大雑把で、矛盾したものすら珍しくない。如何に本調査前の簡易調査とはいえ、これで は―― 「……それに、連中はかなり消耗しとりましたから、この戦訓を直接当て嵌めるのは危険すぎます」 「同感だな。最初に比べると、動きのキレが違いすぎる。防御力が弱まっていたとしても、不思議ではない」  辻原一飛曹の指摘に、奥山大尉も大きく頷いた。  天秤がこちら側に傾いたからといって、彼等はまったく油断をしていなかった。  ……まあ、今までの被害を考えれば、無理の無い話ではあるのだが。  こちらの戦法が付け焼刃だったということを差し引いても、連中が極めて強敵であることに変わりは無い。  20o弾よりは劣るものの7,7o弾を遥かに上回る強力な“弾”を、大量かつ高速に発射する攻撃力、  垂直離着陸や空中静止を始めとした、余りに非常識な機動、  20o弾すら弾き返す、信じ難い重装甲……  そして何より、連中は皆が皆、飛行学校の助教が務まるであろう程の、恐ろしい腕前の持ち主である。  拙速な評価は手痛いしっぺ返しとなって返ってきかねない。 「まあ、とはいえ何も無いよりはマシだろう。参考程度にはなる筈だ。 ……少なくとも、何も知らずに殴りあうよりは 百倍マシさ」 「それはそうですが……ああ、それよりも、もうあがっていいですかね?出撃までまだ少し間があるんで、寝ときたいん ですが」  辻原一飛曹は目を擦りつつ答えた。  この報告を終えるまで自由になれないとはいえ、眠くて仕方がない。  本音としては、とっとと束の間の休息に就きたいところである。  が、それを聞き、中尉は思い出した様に声を上げた。 「……ああ、そういえばまだ決定した訳ではないが、サンザック攻撃は一時中断だ。百の内九九は次の出撃が無いぞ」  万が一に出撃となった場合、士気が落ちるから伏せていたがな、と中尉。  が、あと一歩、という所まで来てそれは納得できなる話ではない。  それを聞き、辻原一飛曹も奥山大尉も、大きく身を乗り出して詰問する。 「中止!? ……ここまできて、ですか?」 「……どういうことだ?」 「いえ大尉、私も詳しいことは…… けど、目標変更らしいです」 「目標変更!?何処に!」 「確か……マリティームとか」 「マリティーム? ……それは何処だ?それに、一体何の為に?」 「さあ?ただ司令は大反対らしく、今“祥鷹”とやりあってますよ」  それを聞き、二人は顔を見合わせた。  ――サンザックを放り出し、一体どういう積りだ?  口にこそださなかったが、それこそが彼等の率直な意見だった。  “帝國”軍(一木支隊)が王国本土に上陸してから三日目の早朝のことである。  通算7回目――Dday以前も含めれば9回目――のサンザック攻撃隊を放ったばかりの“祥鷹”に、ある極秘情報が齎され た。 ――――空母“祥鷹”艦橋。 「緊急通信です」  そう言って、通信参謀は深刻な表情で手にした通信文を読み上げた。  『現在部隊移動中の第2飛竜騎士団先遣隊がマリティームに到着、恐らく全部隊が数日内に到着するものと思われる。 ただしその最終目的地は依然不明』  『マリティームに駐留する第3飛竜騎士団残余に活発な動きあり。恐らく部隊移動と思われるものの、移動先は不明』  通信は、ロッシェル王国に潜入しているダークエルフからのものだった。  ……余りに大規模な航空戦力の大移動。  断定こそされていないものの、それが対“帝國”戦に差し向けられたものであろうことは、余りに明白であった。 「第3飛竜騎士団残余の移動先は、十中八九サンザックでしょう」 「第2飛竜騎士団とて、最終目的地がマリティームであるとは限りません。仮にそうだとしても、第3飛竜騎士団の様にそ の戦力の一部をサンザックに投入することは十分に考えられます」 「――ということは、少なくともこの1/3、もしかしたら全てがサンザックに投入されるということか?」  その結論に、皆沈黙した。  以前の情報によれば――  マリティームに駐留する第3飛竜騎士団残余の戦力は、ワイバーン・ロード12騎、ワイバーン×12騎。(この他に予備 としてワイバーン・ロード及びワイバーンを各2頭保有)  第2騎士団の戦力は、ワイバーン・ロード24騎、ワイバーン×36騎。(この他に予備としてワイバーン・ロード4頭及び ワイバーン6頭保有)(*5)  ――となっている。  つまり、最低でも『ワイバーン・ロード12騎、ワイバーン×12騎』、最大なら『ワイバーン・ロード36騎、ワイバーン ×48騎』もの航空戦力が増援としてサンザックに送られる、ということである。  サンザックに元から駐留していた戦力(ワイバーン・ロード及びワイバーン各12騎)だけでもここまで苦戦しているの に、この上増強されたら―― 「本当にこいつら、中世の軍か?近代戦の速度に対応していやがる……」  参謀の一人が吐き捨てた。  ……敵が援軍を差し向けこと自体は、十分に予測できていた。  が、同時に『その前にサンザック攻略は可能』とも考えていたのだ。  それが怪しくなってきたのは、攻略に手間取ったせいもあるが、それ以上に敵の動きが早いために他ならない。  実際、 ロッシェル軍の反応速度や戦略機動の高さ、そして粘り強さは中近世の軍とはとても思えなかった。  いや、近代でもこれほどのことが出来るのは欧米(の一部諸国)か“帝國”の軍位のものだろう。  これは、驚嘆すべきことだった。 「敵が援軍を寄越すなら、それまでにサンザックを落とす必要があります」  この重い空気を振り払うべく、今までの作戦を主導してきたダークエルフの少佐が発言を試みた。 「幸い、今度の攻撃で敵空中戦力はほぼ殲滅できるでしょう。次回以降は敵陸上戦力の殲滅を主任務に切り替え、上陸中 の陸軍部隊と共同で総攻撃をかけるべきです」 「……だが、その後は敵の援軍と対峙することになるぞ?」  確かに、先の攻撃で同地の敵航空戦力が壊滅したと仮定するなら、総力を挙げれば敵増援部隊が到着するまでにサンザ ックを落とすことは可能だろう。(少なくとも、陸軍はそう豪語している)  が、問題はその後である。  果たして、現有戦力で敵航空部隊に対抗できるのだろうか? 「いえ、流石に全部ということは無いでしょう。確か第3飛竜騎士団を分けることとなったのも、マリティームを裸とす ることに強い反発があったためと聞いています。少なくとも、現状程度の戦力は維持されるのでは?」 「それでも、丸々1個騎士団だぞ?半個騎士団でも手を焼いていたというのに、一体どうするつもりだ?」 「……それは『最大で』での話でしょう?第一、サンザック周辺の航空施設に、丸々1個騎士団を受け入れるだけの余裕 はありませんよ。特に物資なんか、何度もサンザックに送ったため既に底をついていますから(*6)」 「だが、現に連中は戦っているではないかっ!?」  参謀の一人が叫んだ。  ……人は、自分が理解できぬものに不安を、恐怖を覚え、拒絶する。  その強力な戦闘力もさることながら、飛行場(飛竜巣)を潰し、物資を燃やしてもなお戦い続ける飛竜共に、彼等は得体 の知れぬ不気味さを感じていたのだ。  こうなると、もはや理屈では、ない。 (ことに思わぬ苦戦と損害に、大きなプレッシャーを受けていたことも大きい) 「……そもそも、サンザックを占領して『終る』のか?」  誰かが、呟いた。  サンザックを占領したら我が軍の勝ち、この戦いは終る――それが、今までの大前提だった。  それ以上は、誰もが考えない様にしていた。  が、こうなってくるとやはり思わずにはいられない。  本当にそうなのだろうか、と。 「……さあ?」  が、少佐はあっさり“わからない”と首を振った。  そして、何を無責任なことを、と皆が睨み付ける中、淡々と言葉を続ける。 「ただ、取引の材料にはなるでしょう。そこから先は政治――いえ、政治と外交によりますね。外務省の方々に期待しま しょう」  ただし、かなりの譲歩を必要とするでしょうけど――内心、そう少佐は付け加えた。  ……正直な所、ロッシェル軍が本気を出した場合、現有戦力のみでは早晩押しつぶされてしまうだろう。  が、その場合、ロッシェル軍の方もかなりの損害を受けることは間違いない。そこが、付け目だ。  ただでさえ既に多大な損害を受けているのだ、これ以上の消耗は向こうも避けたいところに違いない。  ことに、補充が困難な空中戦力は。  その再建費用、期間。そしてその間の戦力の空白――その位の算盤が弾けぬ筈が、無いのだ。  只、連中にも面子がある。そこを上手く擽ってやればいい。  とりあえず、今回の戦いで“帝國”に中央世界並の軍事力があることは示せた。  面子上、敵もそれを認めるだろう、認めざるをえない。  “帝國”は『初期要求の放棄と占領地からの即時撤退、場合によってはピグニス諸島の割譲。ロッシェル王国と対等条 件の友好条約を結ぶ』  ロッシェル王国は『賠償権の完全、或いはピグニス諸島の譲渡のみで放棄。“帝國”と対等条件の友好条約を結ぶ』  ……とりあえず、それでいいではないか。 「できるかっ!」  今まで皆の意見を聞いていた長官が、それを聞き怒鳴りつけた。  彼とて海軍大臣まで務めた身、この少佐が言った意味を十分に理解していた。  ……が、それは“帝國”が、“帝國”臣民が飲む筈の無い提案だった。  何より、自分が望まない。  そのようなことになれば、海軍は、自分は、窮地に立たされるだろう。  故に、認めない。認める訳にはいかぬのだ。 「しかし、現有戦力では――」 「黙れ!昨日今日近代軍を見聞きしたものが、兵事を語るなっ!」  長官はそれ以上の発言を制し、命じた。 「敵が来るというならば、来る前に叩く。マリティーム及び周辺の航空施設、及び航空戦力に対し、空母で奇襲攻撃をか ける!サンザック空襲は一時中断だ!」  それが、彼が、北方方面艦隊が下した結論だった。 「敵が来るというならば、来る前に叩く。マリティーム及び周辺の航空施設、及び航空戦力に対し、空母で奇襲攻撃をか ける!サンザック空襲は一時中断だ!」  長官のこの発言に、議論は百出した。 「賛成です。一度でも叩けば、敵はマリンティーム防衛に戦力を割かねばならなくなるでしょう。そうなれば、サンザッ ク方面の圧力は大きく減じます」 「しかし現在の我が軍の戦力では、サンザック方面だけで手一杯です。これ以上戦力を分断することは得策ではないかと 」 「今回の攻撃で、サンザックの敵航空戦力はほぼ潰したのだろう?なら、ここから先は陸さんの領分だ。我々は次の目標 に目を向けるべきだろう」 「……陸軍を見捨てるのか?」 「そうは言っていない。が、片手間で十分だろう」 「だが、仮にも頭を下げて借りた部隊だぞ?陸軍はどう思う?」 「それも勿論だが、マリティームへの攻撃は完全に初期の計画から逸脱している。中央が動きかねん」 「だから『支援はする』と言っているだろう?十分言い訳は立つさ!マリティームへの攻撃も『敵増援を阻止する』とい う大義名分がある以上、裁量の範囲内だ。サンザックの時とて、そうしたじゃあないか!」 「しかし、マリティーム方面の敵航空戦力には侮り難いものがあるぞ?下手に手を出してこれ以上消耗するよりも早期に サンザックを占拠し、長期持久の構えを見せるべきではないか? ……そこから先は、協定通り外務省に任せるべきだ」 「外務省!? ハッ!連中に何の期待ができる!」 「同感だな。外交を動かすのは口ではなく力、軍事力だ。連中にメッセンジャーボーイ以上の期待はできんさ」  ……今まで積極攻勢を主張していた参謀達も、流石に賛否両論の様だ。  何より、先の少佐は必死になって止める。 「お、お待ち下さい、閣下……仮にマリティームを叩いた場合、政治による決着の目は完全に消えます!」  マリティームを叩くということは、単に戦線の拡大を意味するだけではない。  マリティームは王国第二の都市に止まらず、北東ガルム文明圏でも有数の大都市である。  ……仮にここを空爆した場合、経済的損失は無論だがことに政治的な失点は計り知れない。  文字通り北方艦隊を完膚無きまで叩き潰し、イルドーレを占領してもなお埋められないだろう。  ロッシェル王国を、政治的に追い詰めてしまうことになりかねないのだ。  が、後が無いのは長官とて同じである。 「決定の撤回は無い、これは命令だ。 ……そして君の任務もたった今終了した。御苦労、帰りたまえ」 「……判りました。が、本官が反対したことだけは、覚えて置いて頂きたい」  少佐は説得を諦め、最後にそう言って艦を降りた。  決定が下れば、それに従って組織は動き出す。  北方艦隊はマリティーム空爆に向けて動き出した。  が、マリティームを叩くとなると、純粋に軍事だけを考えても超えねばならぬ幾つものハードルが存在する。  まず、距離の問題。  サンザックまでならばせいぜい200海里+といった所だが、ピグニスからマリティームまで、となるとざっと400海里は ある。  九七艦攻の航続距離は、最大で1231海浬(約2280q)。  が、これは哨戒時の話であり、爆雷装時には1080海浬(約2000q)に低下する。  更に言えば、これは“カタログデータ”、“技量特に優秀なる者の成績の場合”の話に過ぎない。  一般搭乗員の場合には二〜三割程差っ引く必要があるだろう。即ち、756〜864海浬だ。(技量の低いピグニス空の場合 、これでも過大かもしれない)  往復に2/3、戦闘時に1/3燃料を消費するとして行動半径は最大252〜288海浬、実用200海里前後といったところだろう か?  何れにせよ、到底届かない。  これが零戦なら増槽付で最大1809海浬(約3350q)、二〜三割程差っ引いて1266〜1447海浬だから行動半径は最大422〜 482海浬、実用337海浬。  ……まあ何とか届くが余り推奨はできない距離、といったところか。  要するに、『零戦だけなら何とかなるが、九七艦攻は無理』ということである。  肝心の爆撃機が届かないのでは、話にならないだろう。  次いで、航法の問題。  航空隊の航法技量もさることながら、この海域の海図は未だ不完全だ。  航法や通信能力の優れた大型艦艇ならまだしも、どちらも貧弱な航空機には厳しいだろう。 (ピグニス島は攻撃隊出撃時には大出力の電波を発しているため、まあ帰りは何とかなるだろうが、行きは覚束ない)  次いで、敵哨戒線の問題。  敵は水上艦による哨戒と電探モドキによる哨戒という、二段構えの索敵網を布いている。  高空からの侵入では、直ぐに探知されてしまう可能性が高い。(かといって低空では、航続距離が大きく落ちてしまう )  ――これ等の問題を一気に解決できる存在が、空母である。  空母ならば、移動することにより艦載機の行動圏を自由に設定できる。  空母ならば、目標に接近することにより艦載機の航法負担を軽減できる。  空母ならば、敵哨戒線を迂回できる。  その柔軟性、隠密性、集中性は、陸上航空隊には逆立ちしたって真似はできない。  望む時、望む場所で攻撃できる――それこそが、空母なのだ。  ……無論、空母を用いることにより新たな問題も生じてくる。  一番の問題は、矢張り発着艦の問題だろう。  空母に発着艦するには、高い技量と多くの訓練を必要とする。  元から八航戦に所属していた機は兎も角、  如何に途中まで艦載機として訓練していたとはいえ、低練度の第一九航空隊(ピグニス空)、  如何に練度が高いとはいえ、基本的な訓練しかしていない第一六航空隊艦戦隊、  ――では些か厳しい。発艦は兎も角、着艦は不安だ。  故に、最終的には『着艦に不安があるものはピグニスに向かってもよし』とせざるを得なかった。(このため、一次攻 撃以降の母艦戦力は大きく低下する可能性があった)  またこのため、一層陸地に近づかねばならなくなった。(『最大でも100海里以内』とワイバーンの爆装行動半径(最大 114〜115海里)にすら入っている!)  が、それでもなお『成功の可能性は大』と判定された。  ……意外にも、あのダークエルフの少佐ですら、そう判断したのだ。  それだけ、意表を突く作戦だったのである。 (ただし、その結果についての見解は大きく異なってはいたが)  サンザック攻撃隊帰還後、航空隊は再び再編された。   艦戦隊   第一集成中隊:艦戦×9機(空母“祥鷹”艦載機) *第八航空戦隊所属   第二集成中隊:艦戦×9機(空母“瑞鷹”艦載機) *第一六航空隊所属   第三集成中隊:艦戦×8機(空母“神鷹”艦載機) *第一六航空隊所属   第四集成中隊:艦戦×9機(ピグニス飛行場)   *第一九航空隊所属   艦攻隊   第一集成中隊:艦攻×9機(空母“祥鷹”艦載機) *第八・第一九航空戦隊所属   第二集成中隊:艦攻×9機(空母“瑞鷹”艦載機) *第八・第一九航空戦隊所属   第三集成中隊:艦攻×8機(空母“神鷹”艦載機) *第八航空戦隊所属   保用機:艦戦4機及び艦攻5機(ピグニス飛行場にて保管)  再編された航空戦力の大半が第八航空戦隊に編入、作戦に参加することとなった。  大きく戦力を充実させた同戦隊は、その日の午後には出撃した。  一路、マリティームに向けて。 *1 ――――『攻撃を終えた各機は、各々所属する母艦、及び飛行場へと帰投した。』――――  とはいえ総攻撃前に消耗した各航空隊を臨時に統合・再編しているため、必ずしも正規に所属しているとは限らなかっ た。 *2 ――――『そして帰投した攻撃隊の内、艦戦隊は即再出撃の準備に入る。(艦攻隊は後回しだ)』――――  艦戦隊はほぼ全機が連続して任務に参加していたが、艦攻隊は(最初の一撃を除き)三交代で一出撃に1個中隊程しか 参加しなかった。 *3 ――――『“祥鷹”“瑞鷹”“ピグニス飛行場”という三つの発着場所』――――  “神鷹”が発着場所に指定されていないのは、上の臨時統合・再編により艦載機を取り上げられ、代わりに与えられた が陸上航空隊だったため、事実上地上(ピグニス飛行場)で運用されていたためである。 (如何な精鋭とはいえ、基礎的な発着艦訓練しか受けていない陸上航空隊をいきなり母艦機として運用したら事故続出だ ) *4 ――――『何故ならば、敵は、あの恐るべき化け物共は、間違いなく次の攻撃で殲滅できる――そう搭乗員の誰もが 確信していたからだ。』――――  軍事常識に従えば流石に「空中退避している」と考えるのが普通だが、当時の多くの“帝國”人はそう考えなかった。  この頃のワイバーンやワイバーン・ロードはまさに“得体の知れぬ化け物”であり、畏怖の象徴、逃げるなど想像すら できなかったのである。(所謂、“無敵ワイバーン神話”だ) *5 ――――『第2騎士団の戦力は、ワイバーン・ロード24騎、ワイバーン×36騎。(この他に予備としてワイバーン・ ロード4頭及びワイバーン6頭保有)』――――  本来は、ワイバーン・ロード24騎(更に予備4頭)及びワイバーン×48騎(更に予備8頭)である。  が、担当空域の防空を維持する必要からワイバーン2個中隊を抽出、留守部隊としている。 *6 ――――『特に物資なんか、何度もサンザックに送ったため既に底をついていますから』――――  クノス島で全滅した第13連隊による調達、サンザック上空での戦いによる消費や消失により、ヴィエンヌ州内の飛竜軍 倉庫は空に等しかった。 (とはいえ、隣のマリンティームでは多数の物資が集積中である。制空権さえ保障されれば、短期間の内にサンザック周 辺の飛竜巣に輸送できるだろう)