帝國召喚 改訂版 第1章「クノス島攻略戦」 【11】  カーン、カーン、カーン!  突然、“半鐘”が鳴った。  半鐘とは見張り台の上に吊るされている鐘のことで、非常事態――敵襲に限らず自然災害等様々な――発生時に鳴らされる。逆を言えば、それ以外で(訓練を除いて)鳴らされることはない。 ……その半鐘が鳴っている。  “敵襲”――誰もがその文字が脳裏に浮かべた。  尤も、半鐘は見張り台ごと吹き飛ばされてそのままとなっていたため、正確に言えばこの鐘の音は“半鐘”のものではない。更に言えば、『金属片を吊るしてハンマーで殴りつけている』だけのシロモノに過ぎなかった。(だから音も打ち方も滅茶苦茶――その警報内容により鐘の打ち方が定められている――だ)  が、その意味を理解出来ない程の愚か者は、少なくとも“ここ”には存在しなかった。  “半鐘”の音を聞き、一瞬の硬直の後に誰もが行動に移る。  任務のある者達は配置に、  それ以外の者達は避難所に――  それぞれ大慌てで駆け出し始めたのである。  中でも、数あるワイバーン用大天幕の中は出撃準備でおおわらわだった。  先ずはワイバーンに装具をつける作業だが、これに関しては体には予めベルトをかけていたため、後は鞍を載せるだけで済む。  が、それでも極端に人手が減ってしまった現在では中々重労働で、竜騎士も参加して何とか取り付ける、という状況だ。 (敵襲を予見し、予めベルトをかけていなければどうなっていたことか……)  装具を整えたワイバーンは天幕から引き出され、土嚢の外に出る。  滑走路が使い物にならなくなっているので垂直離陸するしかないが、実の所これはあまり歓迎出きる離陸手段ではない。  と言うのも、滑走しながら離陸する場合は魔力出力を徐々に高めていけば良いが、垂直離陸する場合は魔力出力を一気に離陸可能水準まで高めなければいけないからだ。(例えて言えば、出力を0%→10%→20%……と徐々に高めていくのが滑走離陸、0%→70%と一気に高めるのが垂直離陸、ということだ)  故に垂直離陸はワイバーンの魔法回路に大きな負担をかけ、直接的には離陸重量制限――基本的には爆装不可――と航続距離の激減を招き、間接的には魔法回路そのものを消耗させることとなる。まあ中長期的に垂直離着陸を多用するのでなければ不可逆的な問題は起こらないが、短期的でも疲れ易くなり暫しの静養が必要となるので、運用上無視できない問題だった。  加えて垂直離陸の際にはそれなりの広さを持った空間が不可欠であり、垂直着陸の際には更に広い空間と安定した足場が必要とされる。  ……が、周囲を見渡すと広さはともかく地面の状態は劣悪だ。(垂直)離陸だけならばまあ何とかなるが、(垂直)着陸は不可能だろう。状態の良い場所を見つけて1騎ずつ降りていくしかない。背に腹はかえられないのだ。  騎乗すると、竜騎士は顔を顰めつつもワイバーンの翼を大きく広げた。  ワイバーンの魔力が急激に高められていき、やがて周囲に“風の結界”が張り巡らされ始める。  ワイバーンはゆっくりと翼を羽ばたかせつつ、徐々に上昇していく。そしてある程度の高さに達すと、今度は大きく翼を羽ばたかせた。“風の結界”が完成した瞬間だ。  次の瞬間、ワイバーンは敵目掛けて飛翔していった。  こうして、ワイバーンは次々と垂直離陸していく。  出撃準備に5分、  垂直離陸に2分、  ある程度の高度に達するのに3分、  各中隊毎に集まり、陣形を組むのに2分、  そして、支庁からの緊急通信を受け取った通信担当士官が、気を利かせて部下に“鐘”を鳴らせたのが敵襲15分前。  敵襲3分前には、何とか大半の騎が迎撃を終えていたのである。  その陣容は――  第1中隊 ワイバーン3騎  第2中隊 ワイバーン3騎  第3中隊 ワイバーン4騎  第4中隊 ワイバーン3騎  ――の計13騎。対する“帝國”軍攻撃隊はやはり四手に分かれており、その詳細は以下の通り。  “神鷹”攻撃隊 零戦二二型6機、九七艦攻6機  “瑞鷹”攻撃隊 零戦二二型6機、九七艦攻6機  “祥鷹”攻撃隊 零戦二二型6機、九七艦攻6機  “ピ空”攻撃隊 零戦二一型8機、九七艦攻9機  尚、零戦は増槽・爆弾共に無搭載、九七艦攻は60kg爆弾6発を搭載している。 (零戦がかなりの軽装なのは、対ワイバーン戦一本に狙いを定めているため)  総計53機。 ……対するロッシェル軍は13騎。 この圧倒的なまでの劣勢にも関わらず、ロッシェル軍は“帝國”軍に襲い掛かった。  “神鷹”攻撃隊には第1中隊が、  “瑞鷹”攻撃隊には第2中隊が、  “祥鷹”攻撃隊には第4中隊が、  “ピ空”攻撃隊には第3中隊が、  ――それぞれ襲い掛かる。たちまち各所で激しい空中戦が繰り広げられた。  ――凄えや……  押し寄せる“帝國”軍騎の大群に、第3中隊の中隊長代理を務めるダントン大尉は思わず呻いた。  第3中隊が陣形を組み終えた時には、敵との距離は既に10ミールを切っていた。 ……正にタッチの差で間に合ったのだ。  が、その数50騎以上と自分達の4倍もの数だ。拠点に1/3は残しているだろうことを考えれば、騎士団級……或いはそれ以上の空中戦力を保有している計算になる。  ――連中、小島一つに1個騎士団を丸ごと展開しているのか!?  驚きを隠しきれない。  それと同時に、彼にもはっきりと理解できた。  これは“紛争”ではなく“戦争”なのだ――と。 『ダントン先輩! 敵さんは大盤振る舞いですね!』  と、胸元のペンダントから第2中隊長代理の声が響いた。 (ペンダントは魔道式の通信具で、周囲1000m以内のペンダントを持った相手と交信できる。小型軽量なのが最大の特徴だが、受信はともかく送信は魔道士しかできない、という欠点があった) 『全く、夜討ち朝駆けたあ恐れ入る! 連中、俺達が余程怖いと見える!』 『まあそう言うな、昨晩の“借り”を返すいいチャンスだろう?』  何時の間にか第1、第4中隊長代理の声も混ざる。 (4個中隊13騎のワイバーンは、それだけ密に陣形を組んでいるのだ) 「……おいおい、任務以外の利用は禁止の筈だろう? ペンダントが無駄に消耗するだろうが」  ダントンは苦笑しながら注意する。  ……無論、本気ではない。“そういう役回り”だから、そうしたまでだ。  竜騎士は毎年数十人しか生まれないため皆見知った仲、特に序列が近ければ尚更だ。  特に彼等は同期か一年先輩後輩といった関係なので、その口は軽い。 『固いことを言うなよ、ダントン! ……で、分担はどうする? あまり時間は無さそうだから手短かと頼む』 「……丁度四つに分かれているから、一つずつだ。もちろん一番数が多い最右翼の敵は第3中隊が貰う」  後は好きにしろ、とダントン。 『ま、ダントンの隊が一番数が多いからなあ、しょうがないか。俺は右から2番目だ』 『じゃあ俺は一番左を』 『僕は左から2番目ですね?』 「決まった様だな? では武運を祈る。突撃!」  その言葉で各中隊は散開、それぞれの獲物目掛けて突撃した。  中でもダントン大尉率いる第3中隊の目標は、最大の数を誇る“ピ空”攻撃隊。  が、“帝國”軍も戦意に不足は無い。艦攻隊を守る形で艦戦隊――第二中隊の零戦8機――が突出、彼等を迎え撃つ。  ……両者共に気付かなかったが、奇しくも開戦初日に戦った者同士、因縁の再戦であった。 『いいか、カラクリ飛竜は機動性こそ劣るが、その速度はワイバーン・ロード並……もしかしたらそれ以上だ。  本来ならばワイバーンが勝てる相手じゃあない、努々それを忘れるな』 「……そうは仰いますがね、少佐。こいつら、ちっともそうは思っていませんよ」  上官の言葉を思い出しつつ、ダントン大尉は愚痴を漏らした。  敵は8騎、対する味方は4騎――この劣勢下にも関わらず、部下達の鼻息が荒い。  積極的と言えば聞こえがいいが、むしろ猪突気味で、隊形の維持に四苦八苦している有様なのだ。  ――この猪共が! 圧倒的な数的優位を誇る相手には、連携が必須だというのに! 『――――』(隊形を密にせよ!)  ワイバーンを鳴かすと流石に速度を落とすが、いつまで持つかは怪しいものだった。  ……理由は判っている、先の空中戦のせいだ。  開戦初日における空中戦で、第3中隊は同数のカラクリ飛竜と戦い、完勝している。  まるで赤子の手を捻るような“楽ないくさ”を経験し、敵を軽く見ているのだ。撃墜数稼ぎに丁度良い相手、と。  加えて5騎相当の撃墜を達成すれば“王国守護騎士”の称号と勲章を得ることも出来る。そうなれば出世は早くなるし特別恩給も支給――それも授与された瞬間から――される、血眼になるのも無理は無かった。  王国守護騎士とは、多数の敵ワイバーンを撃墜した者に与えられる称号である。(ちなみに他兵科にも同じ意味合い称号はあるが、“王国守護”などという大層な称号を贈られるのは飛竜騎士のみだ。これだけでも如何に飛竜騎士が重視されているかが判るだろう)  創設当初は『10騎以上の撃墜』が条件であったが、余りにハードルが高いこと、士気高揚の意味合いから、後に『5騎相当以上』に引き下げられて現在に至っている。  ……尤も10騎以上の撃墜者との差別化の意味合いもあり、5騎以上には銀剣付王国守護騎士章、10騎以上ならば黄金剣付王国守護騎士章と分けて授与されるのだが。(少し先の未来には宝剣付王国守護騎士章も制定されることとなるが、今現在は関係ないので後に譲る)  尚、『5騎“相当”以上』とある様に、ただ5騎墜としただけでは授与されない。  何故なら――  『ワイバーン・ロードでのワイバーン撃墜』と『ワイバーンでのワイバーン・ロード撃墜』、  『優勢な戦力下での撃墜』と『劣勢な戦力下での撃墜』、  『共同での撃墜』と『単騎での撃墜』、  ――では、難易度が違い過ぎるからである。  それ故に定められた補正に従って撃墜相当騎数を算出するのだが、こう言った意味合いからも『ワイバーン・ロード並の高速』でありながら大きく機動性の劣る“帝國”軍機は、非常に“美味しい敵”と考えられたのだった。  中隊を完全にまとめ切れないことを苛み、ダントン大尉は唇を噛んだ。  ――畜生、やはり俺じゃあ駄目なのか!?  そしてガリ少佐の不在を慨嘆する。  稼動騎数17騎中、出撃騎数13騎、未出撃騎数4騎。出撃できなかったのは、意外にも4人の中隊長達だった。  と、言うのも、ワイバーンと共に天幕に待機――まあ現状ではそこが彼等の“部屋”でもあるのだが――していた部下達とは異なり、彼等は仮設本部に召集されていたため、迎撃機会を逸したのである。  ……これだけでも、ロッシェル側が後手に回ったことが判るだろう。  今回の空襲は半ば以上予想されたものだったが、まさか敵が『ワイバーンの全速とほぼ同速度』という超高速(150kt弱)で巡航して来るとは……いや、ある程度は予測していたものの、まさかこれ程高速とは思わなかったのである。  全てが自分達を基準に推測していた故の過ちだった。(尤も、何の基礎知識も無い以上、そうするより他なかったのではあるが)  こうして頭を欠いた状態で迎撃する羽目になった訳だが、各中隊がバラバラに迎撃している理由もそこから来ていた。  本来ならば最先任中隊長の指揮の下、全中隊が隊形を整えて迎撃するべきなのだが、中隊長が一人もいないので統一指揮をする(できる)者がいなかったのだ。  飛竜軍は海軍同様、技能集団である。それ故、資格と階級は連動している。  飛竜騎士なら――  飛竜騎士養成課程を卒業し、ワイバーン騎乗資格を得た時点で准尉に任官、  見習期間(1年間)を終了し、二級ワイバーン騎乗戦闘資格を得た時点で少尉に任官、  練成期間(2年間)を終了し、一級ワイバーン騎乗戦闘資格を得た時点で中尉に任官、  二級ワイバーン編隊指揮官資格を獲ると大尉に任官、  一級ワイバーン編隊指揮官資格を獲ると少佐に任官、  ――と、資格を習得して初めて昇進出来る。これ以外の昇進は、名誉的なものを除いて有り得ない。  そして現在、迎撃する飛竜騎士のうち最高位は大尉のみ、つまり二級ワイバーン編隊指揮官資格保持者しか存在しない。  が、二級は中隊規模未満の編隊指揮資格であり、連隊規模の編隊を指揮できる資格ではなかった。だからこそ、ダントン大尉は各中隊毎に編隊を解いたのである。    とはいえ、飛竜軍はそこまで杓子定規な軍では無い。平時ならばともかく、非常時に資格云々などとは言わない。(少なくとも一定の範囲内でのことならば、だが)  第一、二級は中隊規模未満の編隊指揮資格ではあるが、それでも複数の中隊を指揮する能力も要求される。中隊長代理として中隊を、場合によっては他の中隊指揮をも要求される可能性がある以上、当然の話だった。  ……が、ダントン大尉には自信がなかった。それ故の選択だった。  そして最先任大尉の言葉を他の大尉達は受け入れた。もしかしたら『友として』のことだったのかもしれないが、何れにせよ、やはり彼等も何処かで“帝國”軍を甘く見ていたのだろう――そう判断されても仕方の無い話だった。  もし全中隊が相互に連携していたら、或いはもう少し“帝國”軍に対して対抗できたかもしれない。  が、既に遅かった。賽は投げられ、両軍は激突したのだから。  激突と同時に、第3中隊の面々は『以前とは違う』ということに気付いた……いや、気付かされた。  8機の零戦は常にワイバーンでは対応出来ない速度で飛行し、通りすがりに機銃弾をバラ撒くと、直ぐに飛び去ってしまう。  そして急上昇すると、今度は急降下しつつ先程以上の高速で襲い掛かってくる。そしてまた急上昇――この繰り返しだ。  ……それは開戦初日、レスト島上空で辻原一飛曹が見せた戦法であり、またガリ少佐が最も懸念していた戦法でもあった。 「なんて速度だ……」  あらためて唖然とする他ない。  ワイバーンの最高速力は一線級でも時速210〜220ミール(約309〜323q/h)程度に過ぎないが、敵のカラクリ飛竜は優に時速300ミール(441q/h)以上――おそらく時速350ミール(約515q/h)前後――の速度を出している。  なんとか格闘戦に持ち込みたいが、追い付けない以上、相手がその気にならなければどうしようもない。  ……そして残得ながら、こちらの土俵に乗ってくれる気は更々無さそうだ。  少し前までその鈍重さと乗り手の未熟さを嘲笑していた飛竜騎士達ではあったが、直ぐに思い知らされた。  圧倒的な速度差と数の前では、機動力の優越など、熟練の差など、『力尽くで捻じ伏せられる』ということを。  第3中隊はたちまち防戦一方となった。 ……他の中隊と同様に。  時間の経過と共に、ロッシェル軍は徐々に追い詰められつつあった。  が、それでもなんとか隊形を維持し、抵抗を続けている。  ワイバーンの機動性と密な連絡(ワイバーンの鳴き声による)、そして両者を活かす熟練の腕があってこそのことだ。  ……対する“帝國”軍は、何処か攻めあぐねている様にも見えた。  隊形は既に崩れ、攻撃は単機による一撃離脱のために火力不足。  また通信能力が皆無に近いことから、数の差も活かせていない。思い思いに攻撃するだけだ。  加えて零戦がこういった戦法に向いていない、という問題もある。制限速度に近い急降下を繰り返したことにより主翼の振動が増大、このため突っ込みが及び腰となっている。  それ故の“苦戦”であった。  何れにせよ、倍の相手……それも対応出来ない程高速の相手に対抗していることを考えれば、ロッシェル軍はむしろ『健闘している』と評すべきだろう。  ……いや、それともむしろ“帝國”軍の不甲斐なさを責めるべきだろうか?  とはいえ、ロッシェル軍が追い詰められていることに変わりは無い。  二対一だった戦力差は、遂に三対一にまで広がった。  ここまで差が広がるとどうやっても埋めようが無い、一気に天秤は傾く。このままでいけば、ロッシェル軍はなす術も無く壊滅するだろう。  が、ここでロッシェル軍に援軍が登場する。  戦いに参加していなかった4騎の中隊長騎が、戦闘に参加したのである。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【12】  艦戦隊が激しい空戦を繰り広げていた丁度その頃、艦攻隊は各自目標に到着、爆撃を開始しようとしていた。  前回は飛竜巣のみが爆撃対象だったが、今回は上陸前ということもあり、他の軍事拠点も対象とされている。  それぞれ目標は以下の通り――  “神鷹”艦攻隊(九七艦攻6機):海軍防備隊基地。  “瑞鷹”艦攻隊(九七艦攻6機):陸軍駐屯地。  “祥鷹”艦攻隊(九七艦攻6機):州兵駐屯地。  “ピ空”艦攻隊(九七艦攻9機):第一及び第二小隊は飛竜巣、第三小隊は支庁舎。  ――このうち貧乏籤を引いたのが、飛竜巣に向かった“ピ空”艦攻隊の主力6機だった。 ――――飛竜巣上空。 「……こりゃあ酷い有様だな、爆撃する所を見つけるだけでも一苦労だぞ?」  飛竜巣を上空から眺め、第二小隊三番機の偵察員(兼爆撃照準手)は呆れた様に口を開いた。  ……ここのドコに、爆弾を落とせと?  小隊長も目標選定に苦慮しているらしく、先程から飛竜巣周辺の上空を旋回している。  「適当にバラ撒いたらどうだ?」  こんな“飛行場の赤ん坊”(*1)みたいな狭いところ、何処に落としても同じだよ、と前方の操縦員が面倒臭そうに言う。 「馬鹿野郎、1発幾らすると思ってんだ。 ……それに俺達が抱えているのは25番や50番じゃあないんだぞ?」  威力もたかが知れている、と偵察員。 「……それを言うなよ、艦攻が『6番抱えて〜』なんて情け無いったらありゃあしない」  偵察員の言葉に、操縦員はそう嘆いた。  今回の爆装は各機60s爆弾を6発のみ。九七艦攻の搭載力から考えたら大分少ないが、まあ250s以上だと威力過大(オーバーキル)なのだから仕方が無い。  ……が、少数の大重量爆弾よりも多数の軽量爆弾――そんなまるで陸式の様な爆装と任務が続く毎日に、艦攻搭乗員達は不満たらたらだった。  そう、今回のことだけではない。転移による環境変化そのものに、艦攻乗り達は不満を抱いていたのである。  転移後、艦攻の運用環境は大きく変化した。  先ず何よりも大きいのは、魚雷攻撃の対象が消滅したことだろう。  この世界の艦船など、せいぜいが駆逐艦クラスの木造帆船だ。そんな相手に高価な魚雷を用いるなど無駄も良い所、無用の長物でしかない。  それ故にかつて雷撃を主任務としていた艦攻は、今では三座であることを活かした“哨戒機”、或いは小型爆弾を抱えこんた“対地爆撃機”という、かつては副次的としか考えていなかった任務を主とする羽目になっていたのである。何しろ商船から改装された6隻の空母(“大鷹”“雲鷹”“冲鷹”“神鷹”“瑞鷹”“祥鷹”)など、魚雷調整所に“風の魔石”を設置した為に魚雷調整は不能となり、魚雷及び50番以上の大型爆弾を全廃(搭載定数から削除)し必要に応じて搭載する、という有様だ。  流石に他の空母は未だ従来(転移前)の態勢を維持しているが、それもいつまで続くか判らない――そう艦攻乗りの間では囁かれていた。 「まあ一騎駆けの騎馬武者が、槍の代わりに竹槍構えて土人相手に突撃、だ。涙が出てくるのも無理はないがね?」 「言うなや」  二人は一斉に溜息を吐いた。  そんな二人の会話を、最後尾の後方機銃手は欠伸をしながら聞いていた。  彼の仕事は以前と変わらず、雷撃を担当する操縦員や爆撃を担当する偵察員の様な葛藤とは無縁だった。それ故、半ば以上他人事だった。  緊張感は無い。迎撃に上がった13騎のワイバーンは26機の零戦に阻止されているため、自分達を阻むものはいない、と安心しきっていたのだ。 (勿論、『まだ残機がいる』などとは露程も思っていない。むしろ13機も出てきて驚いているくらいだ)  ……そんな時である。森の中からワイバーンが垂直に上昇してきたのは。 「!?」  後方機銃手は、我が目を疑った。  ……おいおい、俺は夢でも見ているのか? コイツ、垂直に離陸しやがったぞ!?  信じられなかった。“航空機”が『垂直に離陸する』など有り得ない。そうじゃなきゃあ、今まで滑走路を攻撃してきた意味がないではないか!?  彼は……いや、彼を含めた“帝國”軍の大半は、ワイバーンのことを頭の中でしか理解していなかった。  その危険性を教えられつつも、短いとはいえ滑走路を持った“飛行場”で運用されていたことから、航空機と同じ様に考えていたのである。  従来の思考から、固定観念から抜けだせていなかったのだ。 「! 後方より敵――」  ……そのせいで、警告を発するのが遅れた。  後方機銃手が我に返り、慌てて声を上げると同時に、三番機は撃墜された。  4人の中隊長達は出撃の機会を窺っていた。  彼等は頭上を通過する攻撃隊(九七艦攻)が空戦能力を持たないことなど知らない。  それ故、艦攻隊が通過するのを息を潜めてひたすら待っていたのである。 「ダントン…… 何故、連携して戦わなかった?」  ワイバーンの目を通して空戦を眺めていたガリ少佐は、人知れず呟いた。  彼見るところ、敵は全く統制がとれておらず、カラクリ飛竜の速度と数をかさに戦っているだけだ。  が、各中隊は孤立し、倍の敵に四方八方されて防戦一方……このままではジリ貧である。  ――せめて各中隊が相互に連携しあっていれば、活路を開く事も不可能では無かったろうに!  そう考えると口惜しい。  そうすれば数と速度の差を大分埋めることが出来ただろう。  無論、不利なことに代わりは無いが、少なくとも敵により多くの出血を強いれたに違いない。ましてや自分達が参加していれば、全滅すら――  ……そこまで考え、愕然とする。俺は今、一体何を考えていた? 全滅だって?  そう、彼の理性はこの空戦の結末を『ロッシェル軍の全滅で終わる』と予測していたのだ。  そしてその予測を肯定するかの様に、部下達は徐々に傷つき、墜とされていく。  二対一だった戦力比は遂に三対一にまで開き、戦いは既に峠を越えた。  後は全滅へと坂道を転げ落ちる様なものだった。  ……ガリ少佐は、その光景を呆然と眺めることしかできないでいた。 「少佐殿! 敵が通過しました!」  竜卒の声に、ようやくガリ少佐は我に返る。  気がつくと、敵の攻撃隊は既に自分の頭上を既に通過していた。  ……そして、無防備に背後を晒している。 「よし! 出撃する!」  離陸するのは、今をおいて他は無い。  ガリ少佐は慌ててワイバーンの羽を広げる。 「御武運を!」  竜卒達は敬礼し、それを見送った。  多少負担をかけることになるが止むを得ない、とばかりにガリ少佐は大急ぎで離陸する。  この瞬間は着陸時と並び、最も無防備な瞬間だ。ましてや敵前でのこと、無事離陸を終えて安定すると、ガリ少佐は思わず安堵の溜息を吐く。  ……そして大きく息を吸い込むと、無防備な敵の背後目掛けて襲い掛かった。  ――まず1騎。  背後からの一連射で、そのカラクリ飛竜は呆気なく墜ちる。  それに前後して他の中隊長騎も離陸、敵はたちまち大混乱に陥った。  爆弾を投棄し、必死で逃げようとするも、距離が近いこともありたちまち撃ち落されてしまう。  たちまちのうちに1個小隊が全滅した。 『よう! 相変わらず大した腕だな、ガリ!』  ガリ少佐が最後の1騎を撃墜した直後、ペンダントに他の中隊長から連絡が入ってきた。  他の騎もそれぞれ敵を墜としたらしく、最早周囲に敵影は無い。  彼等はガリ少佐の周囲に集合、彼を中心に陣を組む。 「ああ、済まんな…… 獲物を独り占めしてしまった」  面目無さそうにガリ少佐は頭を掻いた。  てっきり以前戦った敵と同様の性能だと思い、態勢を立て直されない内に、と大急ぎで撃墜したのだが……  ――速度はワイバーンと大差ない上に、加速も悪い。空戦できる様な騎竜じゃあないな、爆撃に特化したタイプか?  が、返ってきたのは笑い声。 『気にするなよ、早い者勝ちさ』 『とはいえこいつら、向こうで部下達と戦っているヤツとはタイプが違う様だな? 脆すぎる』 「ああ、多分“爆撃型”だろう」  その疑問に、ガリ少佐は自分の推測を披露した。 『なるほど、連中は空戦任務と爆撃任務を分けているのか。 ……贅沢、と言うべきか、無駄な事を、と言うべきか』  どこか呆れた様な溜息が、ペンダントから洩れ聞こえる。  ワイバーンは空戦、爆撃、偵察と何でもこなす(*2)のだから、まあ当然の思いだろう。 『で、どうする? 見たところ、かなり部下達の旗色は悪い様だが?』  空戦は既に終盤となっていた。  14騎いた筈の部下達は半分を割り、対する敵は2〜3騎欠けた程度。  二対一だった戦力比は三対一を越え、四対一に達そうとしている。  自分達が到着する頃には、一体何騎残っていることやら……  が、その前に関門が一つ。 「考える余地は無さそうだが?」  ガリ少佐は軽く肩を竦めた。  こちらに気付いたらしく、敵の一部が分派、こちらに向かって来る。  その数、10。 ……が、更に増えるであろうことは間違いなかった。  両者は向かいあい、その距離は徐々に縮んでいく。 『部下達は6……いや、今堕とされたから5か…… もう、余力は無いだろうな』  ……要するに、自分達4騎だけで20騎を越える敵と戦わなければならない、ということだ。 「ま、出来るところまでやってみるさ」  ガリ少佐が笑った。  敵は、直ぐそこまで来ていた。  第一次クノス島上空航空戦  参加戦力  “帝國”軍  :零戦26機、九七艦攻27機  ロッシェル軍:ワイバーン17騎  損害  “帝國”軍  :零戦9機(うち2機は帰還後廃棄)、九七艦攻6機。他、被弾機複数。  ロッシェル軍:ワイバーン17騎。他、地上施設及び人員被害多数。  あれ程の艦砲射撃を受けながら多数の航空戦力が健在だったこと、  数的優勢にも関わらず多くの損害を受けたことに、“帝國”軍は驚愕した。 ――――???  目が覚めると、粗末な天井が目に入った。  ――俺は、まだ生きているのか?  手足を動かし、五体満足であることを確認する。  ……正直、信じられなかった。  あれ程の激戦を、無事生き残れたとは。  脳裏にあの時の記憶が蘇る。  先ず、突出し過ぎた先頭の敵騎を連携して撃墜。  その後、到着した敵騎数騎と互角以上に渡り合い、更に2騎を撃墜破。  ……が、そこまでだった。  敵の数は減るどころか徐々に増え続け、瞬く間に10騎を越え、20騎近くに達した。  そのどれもがワイバーン・ロードすら上回るであろう高速で次々と襲い掛かってくる。  やがて隊形すら維持するのが困難となり、各騎孤立した状態となってしまう。  それでも始めは4〜5騎だけだったが、誰かが堕とされたのか、2騎3騎と増えていく。こうなると反撃など不可能で、避けるだけで精一杯だった。  最終的には、10騎を越える敵と渡り合った……と思う。  無我夢中で騎を操る内に激痛を感じ、目の前が真っ暗になり、気がついたらここにいた、という訳だ。  ――皆は無事だろうか、俺の部下達は…… 「少佐殿、気がつかれましたか?」  声をかけられ、始めて自分の他にも人がいたことに気がついた。  軍医だ。その脇には療兵(*3)が控えている。  恐らく自分が目を覚ますまで(そして落ち着くまで)、待っていたのだろう。  軽く自分を診察した後、軍医は療兵に目配し、それを受けた療兵は敬礼して退室する。 「……ここは?」 「臨時に少佐殿の治療用とした天幕です。 ……隙間風が吹いておりますが、お許しを。何分、幾つかの天幕を応急的に繋ぎ合わせたものですので」 「……皆は?」  その問いに、軍医は目を伏せ、申し訳無さそうに答えた。 「……残念ながら、少佐殿お一人です」 「そうか……」  半ば以上想像していた通り……だが聞きたくは無かった答えに、軽く目を瞑る。  死んでいった同僚達、部下達……いや、飛竜騎士全員の顔が浮かんでは消えた。  ――あいつは今度結婚するのだったな…… ああ、あいつはまだ幼い子供が……  飛竜騎士の世界は狭い。その誰ものことも、詳細に思い出すことが出来る。  自分は生き残った者として、彼等の死を伝えねばならなかった。  ……それが最後まで傍で戦った者の権利であり、義務なのだから。  ――尤も、このまま生き残れれば、の話だがな。  そこまで考え、苦笑する。  ここまでやった以上、敵が上陸してくるであろうことは確実だ。  自分は唯一健在な飛竜騎士として、それを迎え撃たねばならない。  今回は生き残れたが、次を生き残れるかどうかはわからなかった。 「……私は、どの位寝ていた?」 「およそ3〜4時間、と言った所でしょう。外傷も殆ど無い、お見事な墜落でした」  軍医は、心底感心したかの様に答えた。  彼の愛騎は、複数の敵騎からの攻撃(機銃弾)を受けた。  その衝撃たるや凄まじく、その断末魔は幾重もの“障壁”を突き破り、彼の精神を直撃したことだろう。  ワイバーンの苦痛を、恐怖を(幾分軽減してあるとはいえ)受けたのである。常人ならば発狂……即死しても不思議ではない。  ……が、彼は無意識ながらも生命力を失いつつある愛騎から最後の魔力を振り絞り、墜落時の衝撃を最小限としたのである。  何と言う精神力、何と言う技量であろうか! 「……有難う。が、結局何も出来なかったよ」 「――いや、そんなことはないよ、少佐」  彼の自嘲を引き継ぐような声と共に、一人の将校が入ってきた。先任副連隊長だ。 (先程退室した療兵が知らせたのだろう) 「失礼するよ」 「最先任殿!」  慌てて身を正そうとするのを軽く制し、先任副連隊長は話を続ける。 「君の戦いぶりは決して無駄では無い。確かに第13連隊は空中戦力こそ喪失したが、戦意までは失っていない  ……全て君のお蔭だよ、少佐」  そう言うと、天幕を大きくを開け、外を見せた。  ……其処には、竜卒達が整列していた。 「先程の空戦、お見事でした! “守護騎士”殿!」  その声と共に、彼等は一斉に敬礼する。 「……私が、守護騎士?」  思わず、訝しげな声を上げた。  彼とて10年近く第一線にいた身、全く実戦経験が、撃墜が無い、ということはない。  が、大半が空賊・海賊討伐か魔獣狩り程度……後はせいぜい対レムリア前線での示威行動で、撃墜も飛竜とは名ばかりの翼竜や下級の飛行型魔獣に過ぎなかった。  この程度では1騎撃墜相当とすら見做されないだろう、ましてや――  が、先任副連隊長は軽く微笑んで言った。 「そうだ。君は先の空戦で単独で3騎、共同で2騎を撃墜、その後10騎を越える敵と単騎互角に渡り合い、最後には自分を撃った相手と刺し違えたではないか。  初日で1騎の敵を撃墜したことと合わせて、単独5騎に共同2騎――文句なしの銀剣付守護騎士章だ。  おめでとう、オーベール・ガリ少佐。そして有難う、君は我が連隊に“有終の美”を与えてくれた。  ……これで後世、『全く為す術もなく全滅した無能者集団』と嘲笑されずに済む」  その言葉に、彼は先任副連隊長の“覚悟”を見た。 「微力ながらお共します」 「何を言うのかね、少佐。それこそ後世の笑いものだよ。 ……『あたら守護騎士を、陸上での戦いで殺した』と」 「! しかし、自分がいなければ、竜は――」  第13連隊には健常な竜(ワイバーン)こそもういないが、負傷した竜ならいる。  飛べないまでも、動く事は……ブレスを吐くことは出来る竜が。  これを戦竜として運用すれば、上陸してきた敵に一矢報いれるだろう。  ……が、彼らを操れるのは飛竜騎士のみ。そして健常な飛竜騎士は最早―― 「おいおい、私だって飛竜騎士だよ? ……第一線から退いて10年、竜に乗らなくなって早5年以上の老兵だが、ね?  私達副連隊長二人に連隊長殿で3人、竜は3騎。君に乗せる竜は無い」 「……そういえば、連隊長殿は?」  この場に連隊長がいないことは、不自然である。それ故の疑問だ。  が、その言葉を聞いた途端、先任副連隊長は皮肉っぽく哂った。 「さてね? 何やらお偉いさんと通信中さ」 「…………」  その言葉からは、彼が……いや、“彼ら”が連隊長を最早あてにしていないことが読み取れた。 「まあ君が気にすることじゃあ無い、そんなことより急いでここを発ちたまえ。 ……敵が来る前に」 「しかし……」  尚も逡巡する彼に先任副連隊長は苦笑し、顔を顰めて取って置きの言葉を吐いた。 「これは“命令”だよ、“少佐”。君は、先の“帝國”軍との交戦記録を届けるのだ。これは君の勇戦を伝えると共に、貴重な情報を本国を提供するだろう」 「…………」 「上官に、同じことを二度言わせる気かね?」 「……かしこまりました」  差し出した記録結晶を受け取り、彼は……ガリ少佐は敬礼した。  それに応じ、答礼する先任副連隊長。 「よろしい。 ……では、縁があったらまた会おう」 「はい」  それが社交辞令に過ぎぬことは、痛いほど理解していた。  先任副連隊長に肩を借り、重い体を押して外に出る。  と、かつて滑走路だった場所、そこに1頭の小型飛竜が鎮座していた。 (先任副連隊長の話では、ワイバーンで脅して駅から徴用してきたそうだ)  滑走路も一部埋められている。竜の徴用も、これも、全て自分一人だけの為に行われたものだった。  そして今、連隊の生き残りほぼ全員が自分を見送ろうとしている。  そう考えると、何とも堪らなかった。自分とは、守護騎士とは、それ程の価値があるものだろうか?  ……いや、そうではあるまい。それ以上に彼等には守るべき“何か”があったのだ。 「私の相棒は“用”があって見送れないが、『よろしく伝えてくれ』とのことだそうだよ」  恐らく連隊長を抑えているのだろうな――なんとなく、そう感じた。  ……がそれ以上のことは互いに触れなかった。連隊長の、ひいては連隊の名誉を守る為に。 「さあ、行き給え」 「では…… 言って参ります!」  言葉とは裏腹に、ガリ少佐は後ろ髪を引かれる思いで島を後にした。  “帝國”軍が上陸したのは、それから一時間足らずのことだった。 *1 ――――飛行場の赤ん坊――――  飛竜巣のこと。“帝國”軍将兵から見て、この世界の“飛行場”は非常に小さく、それ故に付けられた揶揄。  ……ただし揶揄する一般将兵とは逆に、そのコンパクトさは軍上層部から驚異の目で見られていた。 (上はロッシェル事変を境に広まった語彙と認識なので、この時点ではまだ一般的でない) *2 ――――『ワイバーンは空戦、爆撃、偵察と何でもこなす』――――  現在では、『ワイバーンは“襲撃機”に過ぎない』という説が主流である。 *3 ――――療兵――――  “帝國”の衛生兵とは異なり、治療は行わない。仕事は軍医及び軍医助手の雑用。   身分は兵卒相当。(ちなみに軍医は准士官、軍医助手は下士官相当) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【13】  クノス島沖に現れた“帝國”艦隊は万端とも言える準備の下、上陸作戦を開始した。  その序列は以下の通り。   クノス島攻略部隊(司令官 角田覚治少将)    機動部隊:空母“神鷹”“瑞鷹”“祥鷹”    支援部隊:駆逐艦“水無月”“文月”“皐月”    上陸部隊:陸軍歩兵第二八聯隊第一大隊(輸送船“新夕張丸”搭乗)    警戒部隊:駆逐艦“長月”    補給部隊:油槽船“黒潮丸”    航空支援:ピグニス航空隊  支援部隊は支援射撃を行うべく、海岸ギリギリまで近寄り待機し、  機動部隊はその沖合いで艦隊及び上陸部隊の頭上を守るべく、常に中隊規模の直援機を上げ、  補給部隊は機動部隊よりも更に後方で待機し、  警戒部隊は大陸からの敵援軍に備え、攻略部隊主力の北北西(大陸側)15〜20海里の海域に進出、対空・対水上警戒を行っている。  更に後方のピグニス島では、ピグニス航空隊が即応状態で待機中――  この様に海空から厳重に守られながら、上陸部隊は上陸を開始したのである。  「上陸開始!」  聯隊長の号令一下(*1)、上陸部隊は母船から降ろされた大発やボートで次々と海岸へ向かう。  上陸部隊は陸軍歩兵第二八聯隊第一大隊。同聯隊は転移以降常に第一線にある所謂“斬り込み隊”であり、今回の作戦――中央世界進出の足がかり――への参加も言わば“必然”と言えた。  残念ながら『各地に分散して派遣されていた』ことに加えて『船舶不足からくる輸送スケジュールの遅延』、更には『作戦開始時期が繰り上がった』ことにより第一大隊1100余名のみの参加となったが、それでも従来より著しく強化された火力(*2)……そして何よりその動作溌剌、軍紀厳正振りに誰もが作戦の成功を信じて疑わなかったという。  なお同大隊は、聯隊長の名をとって“一木支隊”と呼称されていた。(*3)  まったくもって意外なことに、一木支隊は全く反撃を受けずに橋頭堡を築き終えた。  敵を水際で叩くことはこの世界でも常識だったが、ロッシェル軍はみすみす上陸を許したのだ。  ……いや、許したのではない、許さざるを得なかったのである。  その理由は、当時のロッシェル軍の陣容を見れば明白だった。   クノス島駐留軍(180名以下):統合指揮官 第13飛竜連隊長ギスラン・クロケット大佐     第13飛竜連隊残余     クノス島防備隊残余     クノス島工兵分遣隊     クノス島輜重分遣隊     クノス島工廠分遣隊     クノス島竜廠分遣隊     クノス島施療分遣隊     クノス島通信分遣隊     クノス島州兵中隊残余  ――以上が、“帝國”軍上陸直前のロッシェル軍序列である。  一見しただけでお判り頂けるだろうが、まともな陸戦部隊が存在しない。  例えば第13飛竜連隊は(空中戦力を失ったとはいえ)航空部隊であるし、防備隊は基地部隊だ。唯一それらしく見える州兵中隊も実態は治安維持用の“武装警察”に過ぎず、各分遣隊(総員80名以下)に至ってはそもそも戦闘部隊ですらなかった。  それ故、ロッシェル軍は水際での抵抗を諦め、島の内部に潜んだのだった。  が、この間に脱走者が続出、“帝國”軍との交戦を待たずしてロッシェル軍は100名程にまでやせ細っていた。  ……それはそうだろう。脱走者は防備隊と州兵に集中していたが、そもそも彼等の大半は北クローゼ(地元)出身の平民なのだ。ましてや、税を払えないため止む無くの年季奉公――といった身の上となれば、これ程の状況で戦う義理も戦意もある筈が無い。(それ以外に逃げた者達も多くが職人等の軍属で、本来戦うことのない者達だ)  この様な内実にも関わらず、彼等は抵抗を選んだのである。  故に、彼等は“死兵”だった。 ――――支庁舎近郊、“帝國”軍先遣隊。 「馬鹿もん! 何を手こずっておるか!」 「はっ、申し訳ありません、中隊長殿。強力な特火点が3箇所存在し、密な連携を――」 「言い訳はいい! 問題は『高々100名そこそこの蛮族に、1個中隊(約200名)の皇軍が足止めされている』という現実だ!」  森安大尉は忌々しそうに吐き捨てた。  潜入工作員からの情報により、敵主力が支庁舎に立て篭もろうとしていることを知った“帝國”軍は、真っ先に上陸を終えて警戒中だった第一中隊を威力偵察を兼ねて先行させた。 ……可能なら落とせ、という命令と共に。  が、鎧触一蹴とばかりに急行した中隊は、敵の思わぬ反撃によりその進軍を停止していた。  それも、たった3頭の竜によって。  竜達は街道沿いの小高い丘の上に陣取り、厚い土嚢の上から頭だけを出してブレスを撃ち下ろしてくる。  機関砲タイプや速射砲タイプのブレスを使い分け、まるで無線で連絡でも取り合っているかの様な緊密さで撃ち下ろしてくる。  せいぜい軽機関銃や擲弾筒しか保有していない“帝國”軍歩兵は威力の面でも射程の面でも圧倒され、支庁舎を目の前にして一歩も動けず釘付けにされていた。 (せめてこちらに重機があればまだ対抗手段もあっただろうが、生憎と馬匹等の重装備を保有するため後回しとなり、未だ船の中だ) 「迂回しますか?」  部下が耳元で囁いた。  確かに、多少不便だが街道を通らず迂回すれば、無理に丘を制圧する必要はなくなる。最終的には孤立化し、降伏するなり丘を降りて突撃なりするだろう。  何も準備を整えた敵に付き合ってやる義理などない、という極めて常識的な判断だった。  ……が、森安大尉は罵声でもって応えた。 「尻尾を巻いて逃げろ、だと? それも蛮族相手に? ……そんなことが許される訳がないだろう!」  “帝國”陸軍は極端に攻撃を重視する軍である。  故にその様な“敢闘精神に欠ける”真似をすれば、聯隊の名を汚すし自分の経歴に傷がついてしまう。  ――それを考えれば選択できる筈も無かった。  更に、彼等は支庁舎を(可能ならば)落とすよう命じられているが、それは『敵主力がいるから』であり、目的はあくまで『敵軍の制圧』なのだ。  ……そして規模から考えて、アレがその主力に違いない。(情報では支庁舎に向かっていた筈だが、何らかの理由により篭城を諦めたのだろう)  どう考えても見過ごせる相手ではない、ということだ。  無論、彼等の本来の任務は“威力偵察”であり、合理的に判断すればまた別の選択肢も出てこよう。  が、世の中というものはえてして合理的とは逆方向に動くもの、何事もままならぬ所なのだ。 「我々は何としても丘の連中を掃討せねばならぬのだよ、それも早急に! 判ったらさっさと配置に戻れ!」 「は!」  部下は敬礼すると、慌てて駆け出した。  ……それが見えなくなった後、先程から森安大尉の傍らに控えていた男が口を開いた。 「……あれは竜は竜でもワイバーンですな」  一見した所は島の猟師の様だが、彼はダークエルフの工作員である。(恐らく現地案内に同行させたのだろう)  彼等はこの世界のことに精通しており、助言者としては最適の存在だった。 「! ワイバーンだと!?」  森安大尉大尉の顔が引きつった。 「はい、恐らく負傷して飛べなくなった奴を引っ張り出したのでしょう」 「……手負いの上、飛べなくてもこれ程か」 「ワイバーンこそ戦場の王者なれば」  飛べないと聞き、やや安心した森安大尉は思い切って尋ねた。 「あの忌々しい竜……いや、ワイバーン共を無力化させる良い手だてはあるか?」  ダークエルフは即座に答えた。 「空爆が最善でしょう。飛べなくなったワイバーンを地上戦に投入する例は退却戦で偶に見られますが、大概空から仕留めてます故」 「……それが出来れば苦労しない」  苦虫を噛み潰した様な顔で森安大尉は却下する。  いくらこれが“海軍のいくさ”とはいえ、陸戦で海軍の手を借りることを陸軍は歓迎しない。それを承知しているからだ。 「では、後続部隊の到着を待って数で押し潰しては? 砲の支援も期待できましょう」 「我が中隊の面目、丸潰れではないか」 「ならば消耗させるのが確実でしょう。如何なワイバーンといえども生物、あの調子でいつまでも撃ちまくれる訳ではありません。もう暫くすれば限界が訪れるかと」 「……残念ながらその様な余裕も無い」  森安大尉は『期待外れだ』と言わんばかりの大きな溜息を吐いた。  ――つまるところ、これが現実か……  彼としては何か決定的な弱点等を期待したのだが、このダークエルフが述べるのは極々当たり前のことに過ぎなかった。  ……つまり、魔法や異世界と言えども基本的な原則は何一つ変わってはいない、ということだ。  丘の上に布陣する敵は“強力な特火点群”であり、それを1個中隊で強襲せねばならぬ、という現実は。  森安大尉は覚悟を決め、大きく息を吸い込むと軍刀を掲げて号令をかけた。 「中隊長が陣頭に立つ! 中隊前へ!」 *1 ――――『聯隊長の号令一下』――――  大隊長の間違いではない、聯隊長だ。(当時、第一大隊は聯隊長直卒だった)  これは当時、大隊首脳部が食中毒により全員病院送りになっていた故の措置である。  ……が、笑うことなかれ。実はこの食中毒こそ、“帝國”軍将兵を最も死傷させている“敵”の一つだったのだから。  当たり前のことだが、この世界“アルフェイム”は元の世界と(多分)何の関係も無い。  故に、全く見たことも聞いたことも無い様な動植物で溢れているし、一見元の世界と似た動植物でも(多分)全く同じ筈が無い。  ……何が言いたいかといえば、『食用に適するかどうか、いちいち調べなければならない』ということだ。  多くは語らぬが、大隊首脳部が“食中毒”後送されたのもそういった理由からだった。  まあそんな訳で大隊を指揮する面々が不在となり、敢闘精神に溢れる聯隊長自ら指揮を採ることとなったのである。 (聯隊長の意気込みは相当なもので、僅かな供回りのみを連れ輸送機を乗り継ぎ合流、“新夕張丸”に乗り込んでいた) *2 ――――『従来より著しく強化された火力』――――  歩兵第二八聯隊は転移後の師団近代化計画に基づき、大きくその姿を変えていた。  その編成は以下の通り。(*ただし下記の人員、重火器数は定数)。   歩兵第二八聯隊(4500名)     ┣━聯隊本部(180名)     ┣━通信中隊(130名)     ┣━歩兵大隊(1130名)×3:各九二式重機関銃2挺。     ┃  ┣━大隊本部(180名)     ┃  ┣━歩兵中隊(220名)×3     ┃  ┃  ┣━中隊指揮班     ┃  ┃  ┣━歩兵小隊×3     ┃  ┃  ┃  ┣━小隊指揮班     ┃  ┃  ┃  ┣━軽機分隊×3     ┃  ┃  ┃  ┗━擲弾筒分隊     ┃  ┃  ┗━機関銃小隊     ┃  ┃     ┣━小隊指揮班     ┃  ┃     ┣━機関銃分隊×2     ┃  ┃     ┗━弾薬分隊     ┃  ┣━機関銃中隊(160名):九七式自動砲2門、九二式重機関銃6挺。     ┃  ┃  ┣━中隊指揮班     ┃  ┃  ┣━機関銃小隊×3     ┃  ┃  ┃  ┣━小隊指揮班     ┃  ┃  ┃  ┣━機関銃分隊×2     ┃  ┃  ┃  ┗━弾薬分隊     ┃  ┃  ┗━自動砲小隊     ┃  ┃     ┣━小隊指揮班     ┃  ┃     ┣━自動砲分隊×2     ┃  ┃     ┗━弾薬分隊     ┃  ┗━大隊歩兵砲中隊(130名):九二式歩兵砲4門     ┃     ┣━中隊指揮班     ┃     ┣━火工分隊     ┃     ┗━歩兵砲小隊×2     ┃        ┣━小隊指揮班     ┃        ┣━歩兵砲分隊×2     ┃        ┗━弾薬分隊     ┣━聯隊歩兵砲隊(400名):四一式山砲8門。     ┃  ┣━隊本部     ┃  ┣━山砲中隊×2     ┃  ┃   ┣━中隊指揮班     ┃  ┃   ┣━火工分隊     ┃  ┃   ┣━山砲小隊×2     ┃  ┃   ┃   ┣━小隊指揮班     ┃  ┃   ┃   ┗━聯隊砲分隊×2     ┃  ┃   ┗━弾薬小隊     ┃  ┃       ┣━小隊指揮班     ┃  ┃       ┗━弾薬分隊×5     ┃  ┗━段列     ┗━聯隊速射砲隊(400名):九四式速射砲8門。        ┣━隊本部        ┣━速射砲中隊×2        ┃  ┣━中隊指揮班        ┃  ┣━火工分隊        ┃  ┗━速射砲小隊×2        ┃      ┣━小隊指揮班        ┃      ┣━速射砲分隊×2        ┃      ┃   ┣━指揮班        ┃      ┃   ┣━戦砲班        ┃      ┃   ┗━弾薬班        ┃      ┗━弾薬分隊        ┗━段列  保有する重火器は四一式山砲8門、九四式速射砲8門、九二式歩兵砲12門、九七式自動砲6門、九二式重機関銃36挺。  歩兵中隊が12個から9個に減少――ただし減少した3個中隊分の軽機や擲弾筒は防御用として大隊本部や各砲隊に配備されている――したことにより白兵戦力こそ若干低下したものの、重機や砲といった重火器はほぼ倍増している。その人員といい装備といい、もはや“旅団”と言っても良い規模で、従来の歩兵聯隊と比較して軽く五割増し以上の戦闘力である。  これこそが転移後に行われた大軍縮、その代償だった。  転移直後に行われた大軍縮により、歩兵聯隊は180個超から68個に、歩兵大隊(独立大隊も含む)は約800個が300個以下へと激減した。  が、これにより大量の余剰兵器が発生、旧式兵器ですら満足に行き渡らなかった様な状況が一変したこともまた事実だった。  各部隊は軒並み最新型……と言わぬまでも第一線の装備で定数を満たし、それでも尚多数の装備が余ったのだ。  陸軍はその余剰装備を流用し、部隊の近代化に着手した。 ……所謂、“昭和一七年型編制”である。  そして上記の編制こそが、“昭和一七年型歩兵聯隊”だった。  ……皮肉なことだがこの大軍縮こそが、結果として歩兵の火力密度を高めることとなったのである。  *3 ――――『なお同大隊は、聯隊長の名をとって“一木支隊”と呼称された。』――――  正確には聯隊全体を指すべきだが、  ・他の部隊が広範囲に分散しており、聯隊長の指揮下にあるのが同大隊しかないこと。  ・上と重複するが、海軍指揮下となっているのが、現在同大隊しかないこと。  ――等の点から第一大隊のみを指す場合が多い。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【14】 ――――同時刻、ロッシェル軍陣地。 「敵が右翼に回りこもうとしている。俺が“針”で牽制するから、お前は“球”で掃除を頼む」 『了解』  短い遣り取りの後、ワイバーンから万年筆程もあるブレスが十数発、一気に放たれた。高圧縮化されたブレスは音速の数倍の速さで飛翔しつつ着弾、地面に深い穴を穿いて消滅する。更に一拍子遅れて砲丸程の大きさのブレスが一発、先程の数分の一の速度で着弾、今度は炸裂し周囲を焼き払って消滅した。  この攻撃に耐えかねたか、回り込もうとした敵兵は負傷した仲間を抱えつつ後退していく。  ――これを見て、陣地から歓声が上がった。  この名も無い丘を巡る攻防戦、その序盤はこうしてロッシェル軍の勝利に終わったのである。  さて、この丘を巡る攻防戦は“帝國”軍にとって予想外のものだったが、同時にロッシェル軍とっても不本意なものだった。というのも、当初彼等は“帝國”軍の事前の情報通り、支庁舎に篭ろうと考えていたからだ。  その防御力を頼って、という訳ではない。  確かに支庁舎はかつて北クローゼを支配していた王の居城だけあって、小規模とはいえそれなりの防御力を有している。が、所詮は『(マスケットの)銃弾には耐えられる』といった程度でしかなく、空襲どころか砲撃にすら耐えられない無力な存在に過ぎなかった。とてもではないが“帝國”軍の――というよりも正規軍の攻撃を防ぐことは不可能だ。(*1)  故に、支庁舎に向かったのは別の理由からだった。  アルフェイムにおいて、城はその周辺地方の支配権の象徴(*2)である。今回の場合なら、『(支庁舎である)クノス城は北クローゼの支配権の象徴』という訳だ。  これは明文化こそされていないが、不文律とも言える中央世界の共通認識であり、到底無視出来る慣習ではない。彼等が最後の抵抗を試みる場所、と決めたのも無理はないだろう。  ……が、現地役人達は“最期まで付き合う”気など更々無い。支庁舎の門を固く閉じ、彼等を迎え入れることは無かった。  無論、力尽くで押し入ることも出来たが、それは最期に一花咲かせようと考える彼等の望むところではない。止むを得ず目的を『支庁舎へ進軍阻止』に切り替え、この地に布陣した、という訳だ。 (この地はかつて支庁舎が王城だった時代、出城があった場所である。故に元々守るに向いた地形である上、出城の基礎構造物が残存しており、これを防御に利用すれば時間と資材を大幅に節約できるという、布陣には最適の条件を備えていた)  暫くすると再び敵は回り込もうと試み、やはりワイバーンの火力によって撃退された。  先程よりも一層大きな歓声が上がるが、ワイバーンに騎乗する二人の副連隊長達はそんな部下達のはしゃぎ様とは裏腹に、厳しい表情を崩せないでいた。  孤立した陣地に篭っている以上、最期はジリ貧――ということを恐れたのではない。そんなことは覚悟の上、問題はこの攻撃が『情報収集の一環に過ぎない』ということ、敵が高性能の銃を装備していることを知ったからだ。 「……気付いたか?」  胸元の通信用ペンダント――最後の一組だ――にそう話しかけると、直ぐにもう一人の副連隊長が応じた。 『ああ。連中、後装式……それも連発式の小銃で武装してやがる』  それは驚くべきことだった。  確かにカラクリ仕掛けの飛竜の存在を考えれば、充分有り得ることではある。が、『中央世界で未だ実用化されていない兵器を、辺境の国家が保有している』という事実は、彼等に少なからぬショックを与えていた。  ……いや、精神的な打撃に止まらない。威力・射程・発射速度のどれをとってもこちらの小銃(マスケット)を圧倒しており、こちらの歩兵では対抗不可能だ。  それが意味するところは、『飛べない3騎のワイバーンのみで敵にあたらねばならない』ということに他ならない。 「敵もこちらの歩兵が戦力足り得ないことに気付いただろう、そろそろ本格的に動き出す――ちっ!」  途中まで言いかけ、だが無意識の内に自分が前腕に手を当てていることに気付き、先任副連隊長が舌打ちする。  ……そこは騎乗しているワイバーンの負傷部、その一つに相当していた。 『どうした!?』 「……少し気を抜いたせいか、“精神汚染”の兆候が現れた。お前も気をつけろ」  土嚢の傍で配置についている腕を吊った飛竜騎士――彼が騎乗する飛竜の本来の主だ――を横目で見ながら忠告する。  現在、ワイバーンに騎乗しているのは連隊長と2名の副連隊長で、元の主たる飛竜騎士達は負傷した為に下竜し、歩兵の指揮をとっている。  この措置は、竜と騎士の“過同調”を防ぐためだった。  ワイバーンに騎乗する際、飛竜騎士はワイバーンと精神を“繋ぎ”、操る。その耳目を利用したり、(自分自身が騎乗している以上限界があるものの)ああも自在に操つることが出来るのはこのためだ。  が、これは諸刃の剣でもある。精神を繋いでいる以上、様々な弊害も存在した。  その最も代表的な例が、騎竜負傷時の“精神汚染”だろう。これは『騎竜の受けた痛みと負の感情が、飛竜騎士の精神を直撃する』現象で、魔道技術の進歩により何重もの防護策を施している現在でも、完全に防ぐことはできない。(何しろ自分よりも遙かに巨大な生物と直接精神を“繋げて”いるのだ)  特に死亡時の断末魔など凄まじいもので、騎竜を撃墜された飛竜騎士の生還率が極端に低いこともこれが大きな要因となっている程だ。  今回の措置は、これを防ぐ為だ。  お互い軽傷とはいえ掠り傷ではない、その痛みと負の感情はかなりのものだ。精神を繋げれば、それが増幅される恐れがあった。ましてや日頃乗り、乗られ慣れている間柄ならば一層そうなる可能性が高い――それを考えれば、騎乗させる訳にはいかなかったのである。  ……が、代行する者とてこの“精神汚染”から完全に逃れられる訳ではない。事実、先任副連隊長である彼も、何の障害も無い前腕をまるで労わる様に擦っていた。  これは騎竜の負の感情が逆流したためであり、良くない兆候だ。  気合を入れて追い出したものの、時間と共に悪化していくことは目に見えていた。  ――竜の魔力が尽きるか、それとも“精神汚染”により戦闘不能になるか……どっちが先だろう?  無論、その前に“帝國”軍によって討ち取られる可能性もあったが、彼としてはやはり最後まで戦いたい。  が、そんなことを考えていると、突然相棒の緊迫した声が響いた。 『来るぞ!』  その言葉に我に返り、同調を深め、騎竜の目を通して敵陣を“視る”。  と、700〜800パッシス程も離れた敵の様子が、はっきりと脳内に飛び込んできた。茂みや窪みを巧みに利用しているために、その細部まで伺うことは出来なかったが、今まで微動だにしなかった敵本陣が動こうとしていることだけは間違い。  それが意味する所は―― 「総員、撃ち方準備!」  先任副連隊長は湧き上がる緊張感を飲み込み、命を下す。  その次の瞬間、竜の聴覚が敵の号令を捕らえた。  『中隊前へ!』  遂に総攻撃が始まったのだ。  ――なんだ、この攻撃陣形は!?  縦隊でもなければ横隊でも……いや、散兵ですらない“帝國”軍の攻撃陣形に、先任副連隊長は驚きを隠せなかった。  “帝國”軍は10名程の小集団に分かれ、各々相互に支援しつつ短い移動を繰り返し、徐々に……だが素早く接近してくる。  その行動は複雑で、次にどの地点に向かうのか予想を付け難い。加えて伏せたままの状態が長く――何と彼等は地面に伏せた状態のまま移動しているのだ!――露出面積が極度に少ないため、狙いも付け難かった。  ……こんな攻撃陣形、見たことも聞いたことも無い。  事前の想定とは全く異なる敵の動きに、先任副連隊長は混乱した。  ――歩兵とは、横隊で突撃してくるものでは無かったのか!? こんな匪賊染みた無茶苦茶な前進など有り得ない、有って堪るか!  が、心中で罵声を浴びせつつも、その奥底ではこれが統制された行動であることを理解していた。  これ程複雑な行動を統制するとは、何たる練度だろう! 匪賊どころか中央世界の精鋭と比較しても何ら―― 「畜生!」  心中の罵声を声にしたことにも気づかず、先任副連隊長は攻撃を開始した。  …………  …………  …………  依然、ロッシェル軍は攻撃を続けている。今までで最長、最大規模だ。  が、確かに3騎のワイバーンは“帝國”軍に猛射を加えていたが、それ以上に“無駄”が多かった。と言うのも、意表を付かれて冷静さを失っている上に未知の攻撃法――当然対応法を知らない――を受け、対応に苦慮していたのだ。  アルフェイム中央世界の軍事常識に従えば、歩兵による敵正規軍陣地の突破――本来は戦竜の任務だが――は、縦隊なり横隊による攻撃が基本とされている。  被害を局限するために散兵戦術を採る場合もあるが、これはあくまで空中戦力や砲兵の手厚い援護が受けられる場合……そして何より『兵の質が良い』という前提の上での話だ。  それ故に彼等は『“帝國”軍は横隊で突撃する』と想定していたのである。  が、もしこれが専門の陸戦指揮官ならば、もう少し気の利いた対応が出来ただろう。何より敵の銃の性能を考え、横隊突撃と決め付けることはしなかった筈だ。  ……まあ彼等が本来“空軍士官”であり、『陸戦に関しては基本的なことしか知らない』ということを考えれば、仕方の無いことなのだが。(この状況下で冷静な判断を求める方が酷というものだろう)  とはいえ、陸戦のプロだろうがアマチュアだろうが、敵がそれに応じて手加減してくれる筈も無い。碌に損害も与えらずに距離を詰められていく、という現実の前に、彼等の焦燥は増すばかりであった。  ――畜生、何て火力だ。  竜の耳元を過ぎる弾を感じとり、先任副連隊長は悪態を吐いた。  攻撃する“帝國”軍はワイバーンの火力に舌を巻いていたが、それは守るロッシェル軍にしても同様だった。  “帝國”軍歩兵の火力は凄まじく、10名程の小集団がそれぞれ中隊並……或いはそれ以上の火力を発揮している。こちらの小銃は届かないというのに、恐ろしい唸り声を上げて陣地に襲いかかるのだ。  土嚢の山がそれを防いでいるものの、その全く異質な音は、陸戦に不慣れな兵共を消耗させるに十分な効果を発揮していた。  ターン!   ターン!  恐怖の余り、何人かの兵が折角込めた弾を撃ち出してしまう。その音につられ、大半の兵共が思い思いに射撃を開始する。  ……が、この距離で、しかも伏せている相手に命中する筈も無い。全て無駄弾だ。  ターン!   ターン!   ターン!   ターン! 「馬鹿野郎! 無駄弾を撃つな!」  弾も惜しいが、それ以上に再装填に費やすであろう時間が惜しい。  指揮官達が兵を怒鳴りつける。  ダダダッ! ダダダッ! ダーン! ダーン!  お返し、とばかりに今度は“帝國”軍が銃撃を浴びせかける。  自分達の銃声よりも遙かに重く、連続した銃声が響き渡った。  ……なまじ銃撃した分、彼我の銃の性能差を思い知らされ、一層恐怖が増す。  もとより覚悟を決めたのは教育の行き届いた飛竜軍の竜卒位のもの、中でも主力を占める州兵などとっくに戦意を喪失している。  それでも逃げ出さないのは、少数といえど竜卒達が骨幹として機能していることに加え、直ぐ後ろに巨大なワイバーンが控えているために他ならない。  前門の虎、後門の狼――彼等に逃げ場など無かったのである。 *1 ――――『とてもではないが“帝國”軍の――というよりも正規軍の攻撃を防げるものではない。』――――  これは何もこの城(支庁舎)に限ったことではなく、それこそ中央世界の城その大半の現状だった。威力を増す一方の兵器群によって、城はとうに防衛施設としての機能を喪失していたのである。  考えてもみて欲しい。  前装式とはいえ多数の大口径砲が存在し、あまつさえワイバーンなどというシロモノものすら存在するこの世界で、果たして城にどの程度の戦術的価値があるだろうか?  帝國が元いた世界ですら砲の発達と共に城はその存在価値を失ったのだ、ましてやワイバーンが存在するアルフェイムならば、『城の防御に金をかけるよりも、その分ワイバーンに金をかけた方が良い』という思考に行き着くのも当然と言えよう。  ワイバーンを中核とする“航空戦力”とそれを地上から支援する“野戦軍”こそがこの世界の軍の中核なのだから。  無論、軍の重要な出撃拠点や防衛施設として高度な防御が施された“城”も多数造られている。  が、これらは“要塞”と呼ばれ、城とは区別された存在だ。中には要塞級の防護結界が施されている城も存在するが、これはあくまで内部の要人を襲撃から守るためのものであり、本格的な攻城戦を想定したものではない。この世界では、城は敵軍の攻撃を防ぐための施設ではないのである。  尤もこれは中央世界の話であり、中央世界から離れた辺境の小文明圏においては、城は未だに有力な防衛施設なのだが…… *2 ――――『城はその周辺地方の支配権の象徴』――――  王冠が王権の象徴だとすれば、城はその周辺地方の支配権の象徴である。  『城を得る』ということは『その周辺地域の支配権を確保した』ことと同義語、だからこそ軍事的価値こそ喪失したものの、その政治的価値は些かも減じていなかった。 (余談ではあるが、貴族の格も『城持ちか否か』で大きく差が出る。例えば2000戸の城無し領主よりも、1000戸の城持領主の方が『格が高い』)  故に、城に求められることは軍事的な能力ではなく――  『見る者を圧倒させる造りであること』  『周辺地域の中核にあること』  『行政に適した造りであること』  ――といった多分に行政的な要求で、防御力など二の次以下の話に過ぎない。  防御力など、せいぜい『平民の暴動や小規模叛乱を防ぐ程度の防御力で充分』と考えられていたのである。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【15】 ――――“帝國”軍、一木支隊先遣隊。  ズンッ!  やや離れた場所で、擲弾筒とは比較にならぬ程の大爆発が起こった。  その衝撃で大量の土埃が舞い上がり、窪地に伏せていた森安大尉の上にまで降り注ぐ。 「畜生、何て火力だ……」  口の中に入った土砂を吐き出し、森安大尉は呻いた。  ……こいつ等が蛮族だと?  馬鹿も休み休み言え、何処の世界にこれだけの大火力を持つ蛮族がいると言うのだ!?  しかもこいつら、中々勇敢だ。支那兵などより余程――  が、その思考は伝令の悲痛な声によって中断された。 「第二小隊長殿が戦死されました! 現在、岩屋軍曹殿が第二小隊の指揮を代行しております!」  ああ、第二小隊長は中々勇敢なヤツだった、恐らく今回も真っ先に先頭に立ったのだろう。まあ“それ”が小隊長の仕事なのだが。  彼の死は遺憾だが、今後の指揮に関しては問題は無い。古参下士官が指揮した方が余程信頼出来る。  ……そう言えば第二小隊長は中々人望もあった様だから、かえって弔い合戦として士気向上が期待出来るな、不幸中の幸いだ。  森安大尉の口元が自嘲気味に歪んだ。 「第二小隊に命令! 断固弔い合戦をとれ!」 「は! 第二小隊、断固弔い合戦をとります!」  伝令は復唱し、再び第二小隊へと帰って行く。  ――しかし、拙いな。  森安大尉は改めて現状を確認する。  ワイバーンのブレスは、ざっと見たところでも13o機関砲と37o速射砲並の性能を兼ね備えており、それぞれ使い分けて攻撃してくる。  ……これだけでも厄介極まりない相手だというのに、それが3匹である。その突撃破砕射撃は想像を絶するものがあった。  しかも距離が縮まるにつれ、時がたつにつれ、その射撃は効率的になっていく。早い話が敵の弾幕により、中隊は少なからぬ出血を強いられていたのだ。  ――畜生、このままでは俺は“無能者”の烙印を押されてしまう!  遅々として進まぬ前進に、森安大尉は唇を噛み締める。  このまま足止めが続けば先遣隊の攻撃は失敗と判断され、支隊本部自ら指揮を採ることになるだろう。  ……そうなれば、面目丸潰れだ。  加えて、今までに受けた被害も少なく無い。  既に死傷者は10名を越えており、直に20名の大台に達するだろう。(無論、それで終わりではない)  これは僅か1回の戦闘で受ける損失としては、とてもでは無いが許容出来ない数字だった。  ……特に政治的には。  上は、“蛮族”如きに大損害を被ったばかりか、掃討に失敗した自分の指揮能力を疑うことだろう。『出世は絶望的』どころか『辺境に左遷』されかねない失態だった。  ――辺境だって!?  己の想像に、森安大尉は背筋を凍らせた。  辺境。  まるで1000年以上も昔の農村風景、無知蒙昧な原住民共……いや、それすらも貴重な存在であり、大半は見渡す限りの原生林、見たことも無い奇妙な生物が蠢く“蛮地”。  そんな場所で、自らもまた武器以外の文明――その大半から遠ざかり、原住民と同様の生活を送らねばならぬのだ。考えただけでも気が狂いそうな話だった。  ……しかも、一度飛ばされば何時帰ることが出来るか判らない。  ――止むを得ん…… 出世は諦めるにしても、せめて左遷だけは防がねば。  毒喰らわば皿まで、森安大尉は再度腹を括った。 「……このままでも、敵を掃討出来るのでは? 無理に危険を犯すことは無いかと思われますが?」  森安大尉の意図を見透かしたダークエルフが、不思議そうに尋ねた。  ――やかましい!  ……本来ならばそう怒鳴り飛ばしたいところだったが、“帝國”軍が――いや“帝國”そのものがダークエルフに対して極度の優遇を行っていることを考えれば、迂闊な真似はできない。  森安大尉は理性を総動員して自制する。 「……ああ、勝てるだろうさ。が、問題は勝ち方だ。これは“勝って当然”の戦なのだよ」  森安大尉は吐き捨てた。  確かに敵の射撃は凄まじいが、それ以上に無駄弾が多い(でなければとっくにこちらが撃退されている)。直に掃討できるだろう。  ……が、被るであろう損害、費やすであろう時間を考慮すれば、“得点”どころか“大減点”だ。  それ故、森安大尉は『対処療法による長期の出血』よりも、思い切って『外科的措置による一時的な大出血』を選択したのである。 「では?」 「現在、敵との距離は700m。これを一気に600m……いや650mまで詰めて擲弾筒の一斉射撃、その後前進を再開する」 「……この弾幕の中、兵を50mも駆けさせると? 何の支援も無しに?」  ダークエルフは信じられない、とでも言うかの様に首を振った。  ちなみに現在までに前進できた距離は300mである。加えて当初は一回の躍進で20m以上前進できたのだが、直ぐにそれが10m前後となり、現在では5mを切っている。  ……それを考えれば、どれ程危険な行為かが判るだろう。  が、森安大尉は本気だった。 「兵の荷も最小限だし10秒もかからん、敵もこの距離から駆け出すとは思わんだろうから、このままチンタラ進むより遙かにマシだ  ……ああ、君にまで駆けろと言わんから安心しろ」 「……それは重畳」  ダークエルフの皮肉に森安大尉は軽く鼻を鳴らすと、軍刀を振り上げながらまるで彼に言い聞かせるかの様に叫んだ。 「皇軍の力、見せてやる! 総員――!?」  が、森安大尉は続く言葉を飲み込んだ。  まるで彼の意気込みを嘲笑うかの様に、突然全ての攻撃が止んだのだ。  余りの異様さに、一瞬躊躇する。 「……罠か? それとも――」 「3騎が同時に“息切れ”する可能性は、限りなく低いです」  森安大尉の呟きに、『確率的に有り得ない』とダークエルフが助言する。 「では、降伏か?」 「降伏ならば、攻撃停止と同時に白旗が掲げられる筈です」  この世界でも、やはり降伏の場合は白旗が掲げられる。(まあ文化的類似性云々よりも、『白い布切れならば必ず持っているだろうから』といった理由からであろう)  が、攻撃停止と同時に白旗を掲げて初めて降伏の意思表示となるのであって、攻撃停止だけでは降伏と見做されない。 「となると、罠?」 「……或いは消耗を抑えるために『無駄弾を控えた』ともとれますが、少々厳しいですね」  ……早い話が、彼にもよく判らない、ということだ。  このダークエルフが初めて見せる表情に若干機嫌を良くした森安大尉は、意地悪く哂った。 「はっ! 罠だろうが何だろうが作戦の変更は無い!」  そう言うが早いか、予定よりも1分程遅れた号令を発した。 「総員続け!」  結果として、“帝國”軍は無事擲弾筒の射程圏内に到達した。  ……無事に、である  前進する間、敵の攻撃は全く無かった。 ……時折、ロッシェル兵が土嚢を越えようとした位――無論その場で射殺された――だろうか?  拍子抜けする程あっさりと前進に成功した“帝國”軍は、だが些かの手抜きもせず、布陣と同時に擲弾を敵陣地へと叩き込む。 「撃て!」  ドン! ドン! ドン!  各分隊長の号令の下、擲弾筒が一斉に火を吹いた。  放たれた擲弾はゆっくりと目視できる程度の速度で山形に飛んでいき、その大半が目標に到達する。(射程ギリギリの距離……それも駆けた直後という悪条件の中、神技とも言える技量である!)  見えなくなった次の瞬間、連続した大炸裂音が響き渡った。  威力は兎も角、その発射音と爆発音は敵に負けていない、実に盛大なものだ。  初めて一矢報いることができたことに喜び “帝國”兵達が歓声を上げる。  が、喜びに浸る間はない。各筒3発、計27発もの擲弾(*1)を叩き込むと、再び前進が始まる。  20〜30m前進すると停止・射撃(小銃及び軽機による単射もしくは点射)、再び前進――この繰り返しだ。  が、以前とは異なり敵の抵抗は全く無く、警戒こそ緩めないもののまるで演習の様な容易さだった。  このため、中隊はたちまち敵陣30mの距離にまで到達した。 「突撃!」  森安大尉の号令を聞き、兵達は手榴弾を投擲、その後突貫する。  そして陣地前に到達すると、次々と土嚢を乗り越えていった。  ……が、次の瞬間、彼等は己の目を疑った。  彼等がそこで見たものは、原型を留めぬ無残な死体の山と血の池……そして“何か”を一心に貪り喰らう1頭のワイバーンの姿だった。 ――――少し前、ロッシェル軍陣地。  栄えある飛竜連隊が地に這い蹲り、泥に塗れて戦っている。  竜も騎士も……何もかも失い、惨めな姿を晒して戦っている。  我が連隊が、全滅しようとしている。  ――何故、こうなってしまったのだろう?  “帝國”軍が前進する少し前、クロケット大佐はぼんやりとそんなことを考えていた。  己が連隊同様、クロケット大佐は全てを失った。  ……独断で連隊を動かし、失った罪故に。  緊急通信で連隊の壊滅を知った騎士団長は冷やかな目で彼を見、その島で死ね、と吐き捨てた。  そして傍に控えていた次席副連隊長に先任副連隊長と共同で指揮を採る様に命じ、連隊長職を解任したのである。  それから直ぐに“帝國”軍が上陸した為、正式な命令こそなかったものの、事実上彼は連隊の指揮権を失っていたのだ。  ……恐らく、飛竜軍大佐の位階すらも。  クロケット大佐の運命は既に決している。“死”のみだ。  仮にここで生き残っても、死を命じられることは間違いない。  それ故、彼も“覚悟”を決めている。より多くの汚名を受けるならば、潔く戦死した方が遙かにマシだったからだ。  が、死んでも汚名は残る。特に先祖の因果が子孫に報いる世の中だ、彼の家族はその“報い”を一身に受けることだろう。 「くっ!」  家族達の未来を考えると胸が疼く。  貴重な魔法士族である故に取り潰しは免れようが、家禄は大幅に削減されること間違い無い。子供達はまだ学生の身、恩給も望めぬとなれば、その暮らしは厳しいものとなるだろう。  子供達が長じても同様だ、官職に就いても出世は望めず(特にクロケット家の家職とも言える飛竜騎士職は絶望的だ)、まともな結婚も出来ない――そんな待遇が、孫か曾孫の代まで続くのだ。  そして彼の失態を世間が忘れても、家禄は減ったままだ。彼の子孫達は罵るだろう、『全て愚かな先祖のせいだ』と!  ――何故、こうなってしまったのだろう?  何度自問しても判らない。  自分は何も間違えていない筈だ、誰がやっても同じことだろう。  ……なのに何故、自分が? 自分だけが? (――――!)  クロケット大佐の頭の中には、先程から騎竜の悲鳴が響き渡っている。  昨夜の大規模艦砲射撃による精神的打撃と傷の痛み、慣れぬ地上戦そのものによるストレス――本来ワイバーンは空の生き物だ――により、騎竜は精神的にも肉体的にも疲弊しきっていた。その負の感情が防波堤たる“魔術の網”を通り抜け、一部とはいえクロケット大佐の精神へと逆流していたのだ。 (――――!)  ――ああ、傷が痛む。痛い、痛い。  クロケット大佐は怪我もしていない体を抑え、丸くなる。  その痛みに耐えかね、丸くなる。  負の感情は、クロケット大佐の精神に少しずつ蓄積されていく。  自我を強く持てば追い出せただろう、精神同調を切れば防げた筈だ。  が、彼は呆然とただただ流入するに任せたのだった。  ……そして溜まった負の感情が、遂に彼の怒りに火をつける。 (――――!)  ――何故、俺がこんな目に遭わなければいけない? (――――!)  ――俺は何も間違えていない、誰がやっても同じことだった筈だ。 (――――!)  ――なのに何故、俺だけがこんな目に遭う!? (――――!)  ――畜生! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!  クロケット大佐の怒りはワイバーンにフィードバックされ、より強い負の感情の流入を招く。それが更なる怒りを誘発し、ワイバーンにフィードバックされ、より強い負の感情の流入を招く――  負の連鎖が始まったのだ。騎士と騎竜、両者の負の感情は増幅され、幾何学的に高められていく。  やがて“魔術の網”は薄れ、両者の精神は少しずつ交じり合い始めた。  これは幾つもの不幸が重なった珍しい、だが大昔から指摘されている“起こり得る事態”だった。  ……それも“最悪の”。 「大佐、何をやっているのですか! 攻撃して下さいっ!」  突然、包帯を頭に巻いた部下が叱責じみた口調で声を上げた。  ……この騎竜の本来の主であり、クロケット大佐の“お目付け役”として付けられた騎士だ。 「早くしろ!」  一向に動かないクロケット大佐に業を煮やし、遂には表向きの言葉すらもかなぐり捨てる。  彼ならば気付いても良かった筈だ。愛竜の様子を、クロケット大佐の様子を。  が、やはり慣れぬ地上戦――ましてや最悪の状況下だ――で動転していたのだろう、彼は気付かなかった。  ……その言葉が、“駱駝の背を折る一本の藁”となったことすらも。 『早くしろ!』  中尉風情のその言葉は、クロケット大佐を甚く刺激した。  “帝國”軍も憎いが部下共はそれ以上に憎い。  自分を侮蔑し、無視し、遂には罵声までも浴びせるこいつ等が。  ――若造がっ!  クロケット大佐は吼えた。  こいつ等は敵だっ! 『――――!』  それと同時に騎竜も吼え、怒鳴りつけた部下を前肢で殴りつけた。  べチャリ  部下は頭を南瓜の様に叩き割られ、絶命した。  ……周囲の雑兵共は驚きの余り、声も出ない。  その雑兵共を尾で薙ぎ倒し、次いで何事かと振り向いた副連隊長達をブレスで騎竜ごと射殺する。 「は……ハハハハハ……」 『――――!』  最も憎い奴等を殺すと、クロケット大佐は竜と共に顔を歪めて哂った。  ……ああ、なんて気持ちが良いのだ。悩みなどどうでも良くなっていく。  そして怯え後ずさる兵共を見て、一層顔を歪めた。 『――――!』  ――さあ、お前達も俺を喜ばせてくれ。  殺戮が始まった。  グチャ…… グチャ……  ――!?  ロッシェル軍陣地内に足を踏み入れた“帝國”兵達は、我が目を疑った。  彼等が見たものは、原型を留めぬ無残な死体の山と血の池……そして“何か”を一心に貪り喰らう1頭のワイバーンの姿。 「うっ!」  むせ返る血の臭いとかつてヒトだった肉片の群れに、歴戦の将兵達も蒼ざめ、嘔吐する者すら出始めた。  グチャ…… グチャ……  が、唯一生きて動いていたワイバーンは“帝國”兵達を無視し、先程から“何か”を一心に貪り喰らっている。  “帝國”軍が放った擲弾で傷だらけになりながらも、一心に喰らっている。  ガクン、ガクン  ワイバーンの背には、もはや事切れた騎士が乗っていた。(擲弾にやられたのだろう、血塗れだ)  下半身が固定されているために落竜することはないが、騎竜の動きに合わせて揺れ動き、時にその背と触れて音を立てる。不気味なことこの上ない。  目の前に広がる壮絶な光景に、“帝國”兵達は暫し硬直した。  グチャ…… グチャ…… ニタァ。  と、突然ワイバーンが振り向き、哂った。  血塗れの顔で、ヒトの一部が覗いた口で、人間臭い表情で哂った。 「ヒッ!?」  熊や狼などとは次元が異なる凄まじい威圧感が、“帝國”兵を襲う。  彼等はただただ恐怖を紛らわすため、手にする銃の引き金を引いた。  ダダダッ! ダダダッ! ダーン! ダーン!  多数の銃弾がワイバーンに殺到する。  “帝國”兵達が手にするは九九式小銃に九九式軽機。従来の6.5o弾から7.7o弾へと変更した、高威力の小銃・軽機である。  バチッバチッバチッ!  命中と同時に、激しい火花が散った。  ……が、ワイバーンは平然としている。  『至近距離ならば人間3人を貫通できる』と言われる6.5o弾よりも、更に30%以上弾頭重量を増した高威力の7.7o弾――それを至近距離で無数に喰らいながら、だ。  お返しとばかりに、ワイバーンがブレスを放つ。  無数のニードルブレスが殺到し、その射界にいた“帝國”兵数人がたちまち肉片となった。  凄惨な光景とワイバーンの威圧感に加え、銃も効かぬという恐怖に、流石の“帝國”兵も恐慌状態に陥いりかける。 「総員散開! 対戦車戦闘用意!」  が、ようやく登場した森安大尉の号令で正気を取り戻す。  彼等は即座に数人単位で分散し、再度銃口をワイバーンに向けた。  後続の兵は直接乗り込まず、土嚢を盾に援護射撃を行う。  ……が、やはり命中と同時に激しい火花が散るのみだ。  九九式破甲爆雷や手榴弾を複数結束した急造の“爆薬”を抱えた兵が近寄ろうとするも、火炎放射器の様なブレスを吐かれ、生きたまま焼き尽くされてしまう。 「化け物が…… 陣地内の兵は至急撤収せよ!」  森安大尉は吐き捨てると、擲弾筒の集中攻撃を行うため、陣地内の兵に撤収を命じた。  が、それより早くワイバーンが炸裂式のブレスを連射、前方の土嚢を吹き飛ばす。  そして信じ難い速さで陣地から飛び出した。  外に出ると、ワイバーンはその見かけとはかけ離れた敏捷な動きで、短距離跳躍を繰り返す。  ……これではとても擲弾筒では狙いが付けられない。小銃や軽機も同様で、同士討ちを恐れて碌に撃つ事が出来ない。  体当たりや爪、尾により次々と“帝國”兵は倒されていく。  如何な『ワイバーンは空の生き物、陸上での行動は苦手』といっても、それは中長距離移動の話に過ぎない。  その敏捷さは、到底ヒトが至近距離で対応できるものではなかったのだ。ましてや、コイツは――  こうして好き勝手に暴れていたワイバーンだったが、その活躍も長くは続かなかった。  突如現れた巨大な“光の刃”によって真一文字に斬り裂かれ、血を噴出しながら吹き飛ばされる。 「なっ!?」 「あの傷口に向かって撃てっ! 早く!」  目の前の出来事に驚愕しつつも、“帝國”兵達はその言葉によって反射的に銃弾を撃ち込んだ。  小銃・軽機に止まらず、手榴弾や擲弾までも放たれる。  たちまち傷口から血や肉片が撒き散らされ、ワイバーンは絶命した。  …………  …………  ………… 「……や、やったのか?」 「恐らく」  森安大尉の言葉に、横で尻餅をついたダークエルフが頷いた。 「……さっきのは?」  ……聞かずにはいられなかった。  このダークエルフが大上段から勢いよく腕を振り下ろした瞬間、金色に輝く“光の刃”が放たれたのだから。 「攻撃魔術ですよ、私が使える最大レベルの」 「魔術……あれが……」  何しろ、銃弾すらも防ぐあの竜を見事切り裂いたのだ、その余りの凄さに言葉が出ない。  だが森安大尉の驚嘆の呻きに、ダークエルフは無念そうに首を振る。 「本来ならワイバーン程度、あれで即死なんですけどねえ…… 最大出力でも手負いにさせるのがやっとでしたよ……」 「……どういうことだ?」  そういえば、あのワイバーンは手強過ぎた。  海軍の話では、7.7o弾でも十分倒せる相手だった筈だが。  森安大尉の質問に、ダークエルフはワイバーンの死骸に目をやりつつ答えた。 「あいつ、狂っていたのですよ」  人肉を喰らっていたのがその証拠だ。  ワイバーンはどちらかと言えば草食よりの雑食で、肉は殆ど食べない。食べるとすれば滋養強壮用に屑肉を飼料――牧草に雑穀類を混ぜたもの――に混ぜた場合くらいで、この様に『それと判る状態のものを喰らう』ことなど有り得ないのだ。 「……ましてや人肉など、絶対に食べません。例え細切れにされていようが、『乗り手にそう命令されない限りは』ね。  はてさて、『狂ったから喰った』のか、それとも『喰ったから狂った』のか――」  何れにせよ乗り手はまともじゃあなさそうだ、そんな奴を乗せるとは――と呆れて首を振る。 「何故、狂うと強くなるんだ?」 「人間と同じですよ、“火事場の馬鹿力”って奴です。 ……ま、ワイバーンの場合はより厄介ですが」  ワイバーンは、肉体的にも魔力的にも本来の能力の一割も発揮していない、と言われている。  が、発狂するとこの休眠している能力の一部が開放されるのだ。  ……当然、休眠していた魔力回路も。 「銃弾の命中と同時に激しい火花が散ったでしょう? あれは防護結界です、あのワイバーンは狂う事によって、“一時的に”とはいえ魔力出力が何倍にも膨れ上がったのですよ。 ……防護結界を展開できるほど、ね」  銃弾をも弾く“魔法の鎧”に身を包み、普段の数倍もの筋力で暴れ狂うワイバーン――それが彼等が相手にしたモノの正体だ。 「何たる不運……いや、必然か?」 「いえ、やはり“不運”でしょうね、それもかなりの。ここまで見事に狂うのは中々……」  敵を追い詰め過ぎたかと反省する森安大尉に、ダークエルフはそうではないと首を振る。 「不運、か……」  森安大尉は大きな溜息を吐き、呟いた。  辺りには多数の“帝國”兵が横たわっている。  丘のロッシェル軍を掃討したことにより、40人近い死傷者を出した。  ……その2/3が、あの狂ったワイバーンによってもたらされたものだ。  ――もしあのワイバーンがいなければ、被害はもっと少なかっただろうか?  が、いくら考えても答えはでなかった。  確かにあのワイバーンは凶悪だったが、それは敵陣地の火力とて同様だ。運次第でどちらにでも転んだことだろう。 「まあ過ぎたことは仕方が無いでしょう。何れにせよ我々は敵地上軍の殲滅に成功しました、後は無防備な支庁舎を占拠するだけです」 「……ああその通りだ」  森安大尉は、自分達が戦争をしていた事実にようやく気付いた。  ……そう、これは今までのような“蛮族狩り”なんかではない、正真正銘の戦争なのだ。  そんな当たり前のことに、だが支隊内の将校で最も早く彼は気付いたのである。 「第二小隊は死傷者を収用せよ! 残りは直ちに支庁舎に向かう!」  森安大尉は最も損害の大きい第二小隊に後始末を任せ、先を急ぐ。  が、その前に、と彼はダークエルフを見た。 「……ところで、何でさっきから座り込んでいるんだ? 出発だぞ?」 「……腰が抜けたんですよ。十分な準備もなく、いきなりあんな大魔術を使ったから」  そう答えるダークエルフは、実にバツが悪そうだ。  そんな彼に森安大尉は苦笑し、肩を貸す。 「礼は言いませんよ?」 「俺も言わんから構わん」  これでチャラだ、と森安大尉。 「…………」 「…………」  二人は暫し無言でお互いを見、ついで笑い合った。  その後、支庁舎は抵抗することなく門を開き、支庁舎に“帝國”旗が翻った。  それは“帝國”がクノス島を――ひいては北クローゼ全域を手中に収めた瞬間だった。  ――かくして、“帝國”軍のクノス島攻略作戦は終了したのである。  クノス島攻略作戦における両軍損害は、以下の通り。  “帝國”軍   死傷者約90名   航空機18機喪失(零戦12機、九七艦攻6機)   艦艇1隻沈没(特設砲艦“第三千代田丸”)  クノス島駐留軍   死傷者500名以上   飛竜24騎喪失(ワイバーン)   小艦艇複数沈没、地上軍施設壊滅。  ……両軍とも、その損害の多さに蒼ざめたという。 *1 ――――『各筒3発、計27発もの擲弾』――――  当時の“帝國”陸軍歩兵中隊が一度に消費する弾量としては、「大盤振る舞い」と言える数字である。  今となっては到底信じられないが、これが当時の“帝國”陸軍の感覚だった。