帝國召喚 ジャンクSS「ある元武装SS将校の憂鬱」 第01話「元武装SS将校が“帝國”教導戦車師団に配属されますた」  ――結論から先に言ってしまえば、上官の言葉に嘘は無かった。  到着当日には戸籍軍籍が作成されたし、衣食住に関しても質・量共に十分なものが即日〜数日内に支給された。  正直なところ話半分に聞いていた男とその家族は、この嬉しい誤算に思わず喜びの声を上げた程だ。  無論、世の中そう何もかもが満足のいくことばかりではない。  ハム・ソーセージ・ベーコンといった肉類を中心に食料の作りや味付けが些か古風過ぎたり、  服や肌着のデザインが思いっっきり時代遅れだったり、  宿舎の場所が「ド田舎ですらない秘境(神州島)」だったり、  電気もガスも水道も無かったりetc.etc...大小の不満を上げればきりがない。  ……まあここが「この世ではないどこか」であるという事実の前では、どれも実に些細なことだったが。  だがものは考えようだ。  “ここ”なら、もう逃げ隠れしないですむ。腰を落ち着けることができる。  衣食住を保証された安住の地――最高じゃないか!(少なくとも、今までと比べればだいぶマシだ)  それに、不満の幾つか――特に衣食――は徐々に改良されていくだろうし、残りに関しても「住めば都」でその内慣れるだろう。  だから男は「まあいいか」と考え、上の問題もさほど気にしていなかった。(尤も、妻もそう考えているかどうかは不明だったが)  そんなことよりも、久し振りの“余暇”を心ゆくまで楽しむことの方が遥かに重要だったのだ。 「おとうさん! はやくはやくっ!」 「分かった分かった……」 「おとーさん、おそい〜〜」 「……子供という生き物は、何故かくも元気なのだろう」  先を行く子供達の声に、男は思わず苦笑する。  軍籍登録と同時に、男は10日間の“準備期間”が与えられていた。  「その間にこの世界のことを知り、慣れろ」という趣旨のものだったが、やる事は渡された薄い資料を読むだけで実態は休暇と変わらない。  だから、男は子供達と共に、できる限り遊ぶこととしたのだ。 ……今までの“つけ”をまとめて支払うべく。 「…………」  ふと、空を見上げる。  雲一つ無い青空。眩しさのあまり、手で目に影を作る。 「ふむ、今日はいい釣り日和だ」  そう呟くと視線を地上に戻し、子供達の後を追う。  向かうは“村”近くの川だ。 ――さあ、今日は何が釣れるだろう? (できれば、常識の範囲内のナマモノであって欲しいが……)  それこそが、男の現在唯一の悩みだった。  ……そう。この時点では、不平不満など「他人事」に過ぎなかったのである。  そして10日後、男の初出勤の日がやって来た。  真新しい軍服に袖を通し、鏡を見る。 ……少し、野暮ったい気がする。  それに―― 「胸が、寂しいな……」  階級章の他は職種徽章と部隊徽章のみ。  男は嘆息する。将校、それも少佐でこれは体裁が悪過ぎる。 (しかたがない……)  男はかつて武装SS時代に得た勲章を、渋々佩用する。  旧ドイツ軍時代の勲章佩用は許可されていたので、この行為事態に問題ない。(というか、寧ろ積極的に奨励されていた)  だがドイツ軍人どころかドイツ国籍を捨てた身で佩用するのは、やはり何処か後ろめたかった。  ……とはいえ、それで仕事に差し支えては堪らない。男は気を切り替え、再度鏡を見る。 (うん、だいぶマシになった)  男は軽く頷き、家を出る。  外には、迎えに来た従兵が馬を引いて待っていた。 「ご苦労。 ――では、行って来る」  男は騎乗すると、見送る夫人と子供達に一声かけ、家を後にした。  “お雇いドイツ人”とその家族達が住む村(居住区)から“職場”までは、一本道だ。  舗装もされていない小さな道を小一時間も進むと、大きな建物が見えてくる。  教導戦車師団――それが、男の新しい職場だった。  教導戦車師団は旧教導戦車旅団を前身とし、昭和21年に新編された。  その編制は以下の通り。  教導戦車師団(昭和23年8月現在)    ┣━師団司令部    ┣━戦車第二三聯隊    ┃  ┣━聯隊本部 (三式中戦車×2、九五式軽戦車×2)    ┃  ┣━中戦車中隊(三式中戦車×10、九五式軽戦車×2)    ┃  ┣━ 同    ┃  ┣━ 同    ┃  ┣━砲戦車中隊(一式砲戦車改×10、九五式軽戦車×2)    ┃  ┗━整備中隊    ┣━戦車第二四聯隊    ┃  ┣━聯隊本部 (九七式中戦車×2、九五式軽戦車×2)    ┃  ┣━中戦車中隊(九七式中戦車×10、九五式軽戦車×2)    ┃  ┣━ 同    ┃  ┣━ 同    ┃  ┣━砲戦車中隊(一式砲戦車×10、九五式軽戦車×2)    ┃  ┗━整備中隊    ┣━戦車第二五聯隊    ┃  ┣━聯隊本部 (六式重戦車×2、九七式中戦車×2)    ┃  ┣━重戦車中隊(六式重戦車×7、九七式中戦車×2)    ┃  ┣━ 同    ┃  ┣━ 同    ┃  ┣━中戦車中隊(九七式中戦車×12) *重戦車中隊に改編中。    ┃  ┗━整備中隊    ┣━師団歩兵隊    ┣━師団砲兵隊 (一式10cm自走砲×18)    ┣━師団機関砲隊(四式2cm四連高射機関砲×18)    ┣━師団工兵隊    ┣━師団輜重隊    ┣━師団整備隊    ┣━師団衛生隊    ┣━師団通信隊    ┗━ 他  戦時定員は約7000名。“師団”よりもむしろ“旅団”と呼ぶべき規模だ。(ちなみに第一〜三戦車師団は約14000名)  だがその打撃力は一般師団(約20000名)と比べて些かも劣るものではなく、その任務の重要性は他に類を見ない。  それは、男を始めとした元ドイツ軍将校の大半が、参謀本部か同師団のどちらかに配属されていることにも表れていた。 「クラウス! クラウスじゃないか!」 「! ハンスかっ!?」  男……いや、クラウスはその懐かしい声に思わず振り向いた。  ハンス・ウェグナー。元武装SS大尉。かつて同僚、そして最後の半年間は部下だった友人。 「まさか、こんな所で再会するとはな……」 「お互い、それだけ不幸だったってことさ」  そう言って、お互い笑い合う。  ……“帝國”の旧ドイツ軍人採用基準は、「超一流ではないが一流の実績」を持ちかつ「現在不遇」の人物だ。  つまり、“報われない人間”という訳で―― 「まあ実際、あの連隊長の口車に乗った形な訳だからなあ……」  クラウスは自嘲する。  ……半ば脅迫されたとはいえ、あの時は我ながらかなり切羽詰っていたと思う。 「悪魔の囁きに乗った訳か。そりゃあ不幸だ!」 「だがまあ、結果的には良かったと思っている」  ハンスの親しみの篭った揶揄を肯定しつつ、クラウスはそう総括した。  これでやっと家族を幸せにしてやれるし、それに―― 「また、戦車に乗れるからな」 「……………………」  クラウスの言葉に、だがハンスは沈黙し、変わりに何とも言えぬ表情を浮かべる。 「……? どうした、ハンス?」  このハンスの反応に、クラウスは首を捻る。  ……そういえば、戦車の話題が出た時の大佐も、こんな反応をしていたような???  不審に思うクラウスに、ハンスは一つ大きな溜息を吐くと、真面目な表情で言った。 「クラウス、君に“帝國”の戦車を見せてやろう」 「こ、これは……」  それを見て、クラウスは絶句した。  目の前には、30両程の戦車が並べられている。  大きな戦車と小さな戦車……いや、小さな戦車とすごく小さな戦車。  だが両者は、まるで兄弟の如くよく似ている。  十榴の至近弾にすら耐えられないような、リベットだらけの装甲。  主砲と同軸装備ではない機銃。  そして、対戦車戦闘などまったく考えていないような小口径かつ短砲身の主砲…… 「九七式中戦車“チハ”。重量15t、170馬力の空冷ディーゼルで最高速度は38km/h。主砲は18.5口径57mm砲、装甲は最大で25oだ」  ショックを受けたクラウスに、ハンスが軽く肩を竦めて説明する。 「ま、“チハ”は1937年に登場した戦車だからな。35(t)や38(t)と同世代、ということを考えればそれほど悪くないさ」 「……問題はそこじゃあないだろう、ハンス? 私が言いたいのは、『何故こんなポンコツが、未だに――それもよりにもよって教導機甲師団に――存在するのか』ということだよ」  何処か達観……いや諦観した様な顔つきで話すハンスに、男は頭が痛そうに額を抑えつつ答えた。  ――おお、神よ! まさか“コレ”で「シャーマンやT34、ましてやJS-2/3と戦う戦法を考案せよ」と!? 「一応、5cm KwK38レベルの砲(一式47mm戦車砲)に砲塔ごと換装する予定もあったのだが……色々あって潰れたらしい」  クラウスの指摘に、ハンスはあさっての方向を見て苦しい弁解をする。 「“帝國”は海軍国だからな、陸軍はこんなもんさ」 「こんなものってレベルじゃないぞっ!? じゃあコレが、“帝國”の第一線級の戦車だと考えていいんだな! そうなんだなっ!?」 「……第一線級どころか、コイツらは正真正銘の主力さ」  ハンスは相変わらず達観したような表情で頷く。 「とはいえ、頭を痛めているのは君だけじゃあないから安心したまえ。  歩兵系の連中は『勇猛だが些か無謀な諸君』に手を焼いてるし、砲兵系の連中も『全てを歩兵砲と勘違いしている様な砲兵』と『まるで守銭奴の様な段列』に頭を掻き毟っている。  ……ま、我々(戦車兵)が一番の貧乏くじであることに変りはないがね」  まあ総じて第一大戦直後の戦術レベルだな、とハンス。  彼の“帝國”軍に対する評価は、『イタリアを始めとする旧同盟諸国の軍よりはだいぶマシだが、残念ながら近代戦には対応できない』というものだった。 「しかし、どう考えたって無理だよ、ハンス。 ……もう少しまともな戦車はないのか?」 「あるにはあるが…… 見てみるかい?」  拝む様に頼むクラウスに、ハンスは溜息を吐いて立ち上がった。  …………  …………  ………… 「なんだ、あるじゃあないか!」  “それ”を見て、クラウスは気を取り直した。  全備で40トンはありそうな巨体。  如何にも厚そうな鋼板を箱組みで溶接した装甲。  そして、パンテルのそれとさほど変わらぬ程の、太く長い主砲……  先程の“チハ”とやらを見せられた時には軽い眩暈いすら覚えたが、コイツは中々悪くない。  その何もかもが高レベルでバランスしている姿は、何処かパンテルを彷彿させる。 (こいつなら、シャーマンやT34は無論、上手くやればJS-2/3とだってやれそうだ!) 「六式重戦車――事実上の“帝國”最強戦車さ。攻撃力は『Kw.K.40L/48とKw.K.42L/70の中間』、防御力は『四号Hとパンテルの中間』、信頼性は……初期のパンテルよりは大分マシだ」  “イエローパンテル”(劣化版パンテル)さ、とハンスはどこか投げやりに説明する。 「劣化版だろうが何だろうがどうでもいいさ、コイツは間違いなく四号より強力だ。 ――なら、幾らでもやりようがある」 「……俺も、コイツを最初に見た時はそう思ったよ」  この態度と言葉に、クラウスは眉を軽く顰める。 「どういうことだ? ……まさか、見掛け倒しか?」 「……いや、性能はさっき言った通り“イエローパンテル”だよ。四号よりも強い」 「じゃあ、何故?」 「最大の問題は、コイツが月にこれだけしか生産されないって事さ」  怪訝そうなクラウスの問いに、ハンスは何処か疲れた様に右手の人差し指を一本立てた。 「……月産100両もあれば十分だろう? そりゃあ、攻勢に出ればたちまち消耗しちまうだろうが――」 「コイツは“重戦車”って言ったろう? イワンやヤンキーじゃああるまいし、重戦車を年に1000両以上も造れる訳がないだろう」  ここは黄色人種の国だぞ、と呆れた様にハンス。 「じゃあ10両!? ……そいつは厳しいな。年に2個大隊がやっとか。余程上手く使わないと――」 「……君は、昔の俺とまったく同じ反応をするな? ま、誰だってそうだろうが」  ハンスは口の端を歪め、人差し指を立てる。 「1両だ」 「は!?」 「だから、1両だ。月産1両、年に12両――それがコイツの生産数の全てだよ」  ……一瞬、思考が停止した。  たっぷり5分程費やし、やっとハンスの言葉の意味を理解したが、それでも尚信じられず、クラウスはもう一度確認する。 「……年に12両? 月産ではなく?」 「ああ、俺も始めて聞いた時は何の冗談かと思ったがね」  無理も無い、とハンスは苦笑する。 「それに、一体何の意味が?」  年に10両や20両造った所で、軍事的には全く無意味である。 ……いや、コストを考えれば無意味所かマイナスである。  クラウスは尋ねずにはいられなかった。 「技術の維持、だそうだ」 「はあ」 「だから、月産1両。最高の素材を使い、熟練の職人が手間隙かけて造ったまさに“至高の一品”さ。見ろよ、この丁寧な仕上げを!」  ハンスは薄く笑い、六式重戦車を指差す。  顔を近づけると、この戦車が無意味なほど造りこまれていることが判った。 「ほら、車体の裏もピカピカだぞ? こういった目の見えないところまでさり気無く手間隙かけるのが、“イキ(粋)”というものなんだ。君もこれで判っただろう?」 「……ああ、彼等が戦車というものを理解していない、ということがよく判ったよ」  どんな戦車であろうが、戦車とは消耗品であって芸術品ではない。  研究なら1両や2両造れば十分だろう。わざわざ専用工場まで造って量産する必要は無いのだ。  ……そして、量産しても年に10両しか造れない戦車など、無意味である。  ――とんでもない所に来ちまった。  クラウスは今後の苦労を思い、大きな溜息を吐いた。  それは、他人事だった不平不満が自分事になった瞬間だった。  こうして昭和23年8月15日、“帝國”陸軍少佐 クラウス・ハインツは戦車第二三聯隊第二中隊長に任命された。