帝國召喚 ジャンクSS「ある元武装SS将校の憂鬱」 第01話「元武装SS将校が“帝國”にスカウトされますた」 ――――西暦1948年、ケルン郊外。  ……憂鬱だった。この世界の何もかもが自分を、自分達家族を否定する様に思えてならなかった。 「『戦争に負ける』とは、こういうことか……」  ここ数年の間幾度と無く弄び、手垢に塗れたその言葉を、男は搾り出す様な深い溜息と共に吐き出した。  元武装SS少佐、騎士十字章受賞者――つい数年前ならば周囲の尊敬を集めたであろうこの履歴が、今では不幸を招く原因となっている。  他人は自分を重罪人の様な目で見て、そして罵倒するのだ。  ナチ野郎、と。  ……いや、罵倒だけならばまだ良い。  中には“残党狩り”などと称し、旧ナチ関係者を襲う連中も存在する。露見すれば、命の危険すらあった。(実際、知人でも殺された者が幾人もいる!)  ――畜生、俺はナチなんかじゃあないぞ!  心の中で男は叫んだ。  男が国防軍ではなく武装SSに志願したのは、「武装SSの方がより国家に尽くせる」と考えたからだ。  古臭いユンカー共に支配された国防軍よりも、新設されたばかりの武装SSの方が魅力的に思えたからだ。  男は武装SSを“新しい国防軍”と考えており、“総統の私兵”或いは“ナチス党の私兵”などとは露程も思っていなかったのである。 ……その実態がどうであれ、だ。  だからSSの連中と一緒くたにされるなど、男にとって甚だ心外なことだった。  ……だが世間にとってはSSも武装SSも同じ穴の狢、憎悪の対象でしかない。故に男は身元を隠し、息を潜めて暮らすことを余儀なくされた。  おかげで碌な職に就けず、それすらも転々とする日々だ。 「……こんな生活が、一体何時まで続くのだ」  やはり、何度となく繰り返した言葉。  数年に及ぶ貧困と精神的な負担に、男は疲れきっていた。  重い足取りで、自宅のある安アパートに帰る。 「!」  重い足取りでたどり着き、ドアに手をかけ……ようとして止まった。  ドアの向こうに、人の気配がする。  だが妻は仕事、子供は学校の筈だ。  男は緊張の面持ちで懐に手を入れる。  ――その時である。 「君、何を物騒な真似をしているのだね? そんな物はさっさと仕舞って、早く部屋に入りたまえ」 「!?」  男の目に驚きの色が浮かぶ。  部屋の中から薄いドアを隔てて聞こえるその声は、紛れも無くかつての上官の声だった。  上官は、部屋で一番上等な椅子(安ソファー)にどっかりと座り、悠然と葉巻を吹かしていた。  ……このまるで部屋の主の如き振舞いに、男は怒るより先に呆れてしまう。 (なんなんだ、一体……)  そう思いつつも、男は部屋に入りドアを閉める。(上官の言葉に従った訳ではない。身を隠す者の悲しき性だ)  と、上官が口を開き、鷹揚に向かいの席を勧めた。 「遠慮はいらん、かけたまえ」 「……どうも」  止むを得ず男が座ると、上官はわざとらしく部屋を見渡した。  そして、やれやれと嘆かわしそうに首を振る。 「君程の男が、こんなボロ屋に住まねばならんとは――」 「……大佐の方は、お元気そうで何よりです」  男は皮肉たっぷりに返した。  ……実際、その身なりといい顔つきといい、その余裕のある生活振りが分かる。 (俺が、俺の家族がこんな惨めな生活をしているというのに! こいつはっ!)  男の胸に、ふつふつと怒りが湧く。  そもそも男がこそこそと逃げ回っているのは、“元武装SS”ということを除けば、この上官が原因だ。  多数の捕虜を虐殺した犯罪者。戦犯容疑にかけられることを見越し、真っ先に逃げ出した卑怯者。  せめてこいつの部下でさえなければ、と何度思ったことか!  が、上官は男の皮肉にさしたる反応を見せず、今度は持参のワインを飲み始めた。(男も勧められたが、とても飲む気になれなかった!) 「確か、大佐は戦犯容疑にかけらておられるのでは? とうに外国にでも逃げ出しているものとばかり思っていましたが……こんな所で油を売ってらしてよろしいのですか?」 「! 私は戦犯などではないっ!」  “戦犯”――その言葉に、今まで平然としていた上官が顔色を変え、真っ赤になって怒鳴る。 「私は軍人として、命令に従っただけだ! 軍人が命令に従って何が悪いっ! 国民が国家に従って何が悪いっ!」 「……命令にもよるかと思いますが?」  男は上官の言葉に冷やかに返した。  そもそも点数稼ぎに半ば自分から志願した訳だから、同情の余地はない。(まして男は、そのとばっちりを受ける羽目となったのだ!)  ……そんな人間でも上官としてそれなりの敬意を払っているのは、彼が指揮官としてはそれなり以上に優秀だったからだ。 (でなければ、とっくに――)  だが、いい加減もう限界である。  男は両の拳を握り締め、怒鳴り散らしている上官に向かおうとする。が―― 「貴様! それでも『そろそろ本題に入って頂けませんか?』……あ、ああ……申し訳ない」 「!?」  突然の背後から声に、男は慌てて振り返る。  すると、そこに一人の中年男性が立っていた。  中年男性は、その見かけとは裏腹に、実に優雅な礼をする。 「これはこれは、驚かせてしまって申し訳ない。どうか私のことは気にせず、話を続けて下さい」 (何者だ!?)  男の背に冷たいものが走る。  一見、何処にでもいるような平凡なドイツ一般市民。  だが、この狭い部屋の中で気配すら感じさせなかった。  そして、怒り狂う上官を一言で制した。  ……どう考えても“ただの一般市民”ではない。  と、上官が“本題”とやらを話しだした。 「それで、だ。君にいい職を紹介しに来たのだよ」 「……職を?」  胡散臭げに、男は上官を見た。  元武装SSの自分が、ドイツ……いや欧米でまともな職に就けるとは思えない。  それに紹介する相手が戦犯の上官である。どう考えてもまともな職ではないだろう。  ……第一、戦犯容疑を分かち合う羽目になっては堪らない。  男は仕事の紹介を断り、さっさとお引取り願うことを真剣に考え始める。  だがそんな男を余所に、上官は何やら演説を始めた。(こういうところは昔と全く変わっていない!) 「君は、この国に失望していないかね? 命をかけて尽くしてきた自分達への裏切りを、許せなくはないかね?」 「……そりゃあ、失望はしていますよ」  お引取り願うのなら絶対打つべきではない相槌を、男は打った。打ってしまった。  ……やはり、かなりの鬱憤が溜まっていたのだろう。言わずにはおれなかった。  同じ武装SS同士ということもあり、止め処も無く現状に対する不満が溢れ出てきてしまう。 「――でも、負けたのですからね。第一次大戦後の様に、暫くは仕方が無いですよ」  一応はそう締め括った音の言葉を聞き、上官は薄く哂った。 「はっ、“暫く”!? ……いいや違うぞ、『永遠に』だ!この生き地獄は永遠に続く!  ドイツは我々を切り捨てたのだ! 我々を生贄に差出し、その延命を謀ろうとしているのだよっ!」 「まさか――」 「目を醒ませ。それとも自分自身を騙し、気がつかない振りをしているだけか?  断言しよう、我々は永遠に浮かび上がれない! ……我々の祖国は滅んだのだよ、あの敗戦と共にね」 「……………………」 「故に、我々は新たなる国家を探さねばならぬのだ。他でもない、我々自身の為に」 「貴方が紹介する職があるのが、その国なのですね? 何処です? 南米ですか?」  多くの戦犯が南米に逃げたらしいとの噂を思い出し、男は尋ねる。  だが、上官は大きく首を振った。 「それは言えんな、君が首を縦に振るまでは」 「……それで私が承諾するとでも?」 「ああ、するね! その国は――そう国家自身が君を望んでいるのだ!――軍人としての君を望んでいるのだから!」 「……軍人? 職とは傭兵のことですか?」  男は顔を顰めて尋ねるが、やはり上官は首を振った。 「いいや、教官さ」 「……ですが、私は戦車兵ですよ? 歩兵かせめて砲兵出身者でなければ、お役に立てないのでは?」  ゲリラ討伐に明け暮れる、南米の小国を思い浮かべてみる。  ……如何考えても機甲戦術とは縁が無さそうだった。 「無論、そういった連中にも声をかけてる。が、戦車兵も探している。 ――そして君は、戦車兵として採用されるのだ」 「! 戦車にまた乗れるのですか!?」  思わず男は身を乗り出した。  戦車に乗れない戦車兵など惨めこの上ない。まさか再び戦車に乗れる日がこようとは……  かつてパンテルに乗り、中隊――敗戦直前には大隊――を率いていた時のことを思い出す。  それは、まさしく栄光の日々だった。  ヒクッ! 「あ、ああ……確かに乗れるさ。『戦車には』ね……」  自分の喜びの言葉を聞き、上官が一瞬とはいえ微かに顔を引きつかせたことを、歓喜した男はうかつにも気がつかなかった。 「待遇も悪くない。階級は以前と同じ少佐、だが衣食住に関しては連隊長並のそれを約束――それも俸給とは別にだぞ?――するし、国籍も恩給も貰える」  男の喜びを見て取った上官は、ここぞとばかりに飴玉を並べまくる。如何に騎士十字章受賞者とはいえ、破格の待遇である。無論、現在の境遇とは雲泥の差だ。  ……だが気になる単語を聞き、男は眉を顰めた。 「……国籍?」 「ああ、我々はその国の民になるのだからな」 「……私にドイツを、祖国を捨てろ、と?」 「我々の国家は既に滅んだ、といった筈だが?  ……それとも君は、東プロイセンを奪われ、挙句の果てに四つに引き裂かれたこの醜い国が、我々を虐げるこの国が、祖国だとでも?  冗談じゃない! 少なくとも私は願い下げだね!」  声を荒げる男に、上官は吐き捨てた。  その言葉からは、祖国に対する憎悪すら滲み出ており、男も思わず鼻白む。 「…………」 「さあ、大分予定より時間がかかったが返事をもらおう。“Ja”か“Nein”、3分以内に答えてくれ」 「考える時間は無いのですか?」  こんな重要なことをその場で決めろ、という言葉に男は目を丸くする。  ……が、次の瞬間に気付いた。 (そうか、拒否したら殺す気だな!)  考えてみれば、まともな国家ならばわざわざ戦犯など雇ってスカウトさせる必要など無いし、上官自身も危険を顧みず訪れる真似はしないだろう。  秘密にしたい人集めだからこそ、こんな危ない橋を渡っているのだ。  ……そして、この上官が訪れた時点で既に自分も巻き込まれている。  最早自分には、頷いて言いなりになるか、それとも拒否して死ぬかしかないのである。 「無論、家族も一緒だよ?」  それが止めだった。  その上官の言葉を、男には二重の意味で取ったのだ。 「……判りましたよ、大佐」  こうして、男はこの怪しげな誘いを受け入れたのである。