帝國召喚

ジャンクSS「転移男」

短編「導かれしモノたち」



 ある日の昼下がり、一人の男が道を歩いていた。
 ……いや、それだけのことならば別にどうということはない。
 が、この男、まるで人目を避ける様にして歩いている。
 加えて時々振り返り、辺りを伺う。 ……まるでつけている者がいないか調べる様に、だ。
 怪しいことこの上ない。

 トントン

 男はとある建物の玄関前で立ち止まると、軽くノックする。
 すると、直ぐにドア越しに返事が返ってきた。

「山」

 ……それだけ、である。
 が、男は表情一つ変えず、淡々と小声で応じる。

「海」

 ギイ……

 ドアがゆっくりと開き、男を向かい入れた。



 男が建物内に入ると、既に十数人もの男達が息を潜めて座っていた。
 外は晴天だというのに窓もカーテンも閉めっきりで、部屋は薄暗く濁った空気が充満している。
 が、にも関わらず彼等は明かりすらつけようとしない。

「……誰かにつけられなかっただろうな?」

 男達の一人が、今着いたばかりの男に訊ねた。

「大丈夫だ。 ……だが、こんな頻繁に集まっては怪しまれないか?」

「愚問だな」

 男の懸念を、彼はニヤリと笑って否定した。
 彼等の同志には高位の警官もいる。その監視の目を潜る事など容易い事だった。

「くっくっく…… 我等の企み、お釈迦様とて気づくまいよ」

「然り」

「さあ、皆集まったことだ、そろそろ始めようではないか」

 フフフフフ……

 男達の低い笑い声が響いた。

 …………

 …………

 …………

 シャッ!

 勢い良くカーテンが開かれ、強い日差しが部屋の中を照らし出した。

 ガラッ!

 やはり勢い良く窓を開けると、風が新鮮な空気を運び込む。

「いや~~、今回は中々……」

「これはエロい……」

「悪くない、悪くないが、俺はやはりこの前のヤツの方が良いな」

「お前、未亡人好きだなあ」

 その言葉に、どっと笑い声が起こる。
 先程とはうって変わり、誰もが清清しい表情をしていた。
 ……ただ一人を除いて。

 ――お、俺は一体何やってるんだ……orz

 稲葉は激しく落ち込んでいた。
 ロンさんに『いいものを見せてやろう』と連れてこられたはいいが、なんと町内会集会場でご町内の方々とエロビデオ鑑賞である。
 激しく欝だった。ナニが悲しゅうて、ムサい中年おやじ共とこんな密室状態で……

 ――おまけにこのビデオ、演出過剰だし出演女優の質も低いし。

 正に踏んだり蹴ったりである。
 ……いや、ブスではない。ブスではないが平凡な顔立ちの、しかも年増の女だ。
 世界に冠たるエロ大国、平成ニッポンからやって来た稲葉にとって、“帝國”のポルノビデオ(違法)はあまりに“ビミョー”過ぎた。

 そんな落ち込み気味の稲葉を見て、ロンが何を勘違いしたのか肩を叩く。

「お前ナニやってるんだ? ここでの“抜き”はご法度だぞ?」

 ま、初めてだろうし気持ちは判らんでもないがなっ!とロンさんはイイ笑顔で笑う。

 どっ!

 それが周囲の爆笑を誘った。  ……場の空気に耐えられず、稲葉は立ち上がる。

「お、お先に失礼します」

「お~、行ってこい行ってこい」

 皆の生暖かい目(冤罪だっ!)を背に、稲葉は集会場を後にした。



「くっ……稲葉昌由、一生の不覚!」

 道を歩きながら稲葉は毒づいた。
 ああは言った(思った)ものの、実はちょっぴり……いやかなりキちゃってたりするのだ。
 や、だってこっちの世界に来て以来、ずっと禁欲気味だったし。

 ……が、逝ってしまう訳にはいかない。あんな状況で、あんなビデオで、逝ってしまう訳にはいかないのだ。
 平成ニッポン出身という名誉(?)にかけて。

「まだだ……まだ終わらんよ! ――はっ!? 俺は何故こんな所に????」

 気がつくと、稲葉はシャオの通う学校の前にいた。 ……どうやら熱いリピドーに動かされ、ここまで来たらしい。
 プールの方角からは、楽しそうな少女達の声が聞こえてくる。
 ……そういえば確か今頃、シャオは水泳のハズだ。

「……これは、天の導きか?」(註 違います)

 稲葉はふらふらと、吸い寄せられる様にプールへと向かう。
 大丈夫、合法だ。自分はシャオの“身内”、身内が授業態度を調べるのは当たり前――そう、これは授業参観なのだから。
 (※合法ではありません!犯罪です!)

 鼻歌を歌いつつ、稲葉は堂々と裏道を歩く。

「ケモノっ娘のスク水~~♪」

「止めんか、おっさん!」

「覗きなら、お願いですからもっと慎重に行動して下さいよ……」

「み、見つかってしまうんだな」

 突然、稲葉の鼻歌に対して容赦の無い突込みが入る。
 見ると年のころ13~4の少年達が三人、自分を取り囲んでいた。
 帝國人の少年に金髪碧眼の少年、それに熊頭の獣人の少年だ。

「……なんだ、中坊か」

 稲葉は興味ない、とばかりに先を急ぐ。

 ガシッ!

 が、その肩を帝國人の少年が掴んだ。

「何をする?」

「アホッ! 向こうには獣人のおねーさま方もぎょうさんおるんやで!? 何の準備もせんと、直ぐに見つかってしまうわ!」

「!」

 その言葉に、稲葉はハッとする。

「う……迂闊だった…… 稲葉昌由、戦いの中に戦いを忘れていた……」

「……何言っとるんや、このおっさん?」

「よ、よくわからないけど、かっこいいんだな……」

「ふっ、要するに『水着のお姉さま方に浮かれて、準備を忘れていた』ってことさ……」

「……やかましい」

 得意気に解説する金髪碧眼の少年を、稲葉は半眼で睨みつける。
 ……が、三人はまるで無視し、今度は円陣を組んでヒソヒソ相談する。

「……どうする、このおっさんも“入れて”やるか?」

 と帝國人の少年が苦々しげに発案すれば、

「ふっ、彼が見つかるのは自業自得だが、それで騒ぎになるのはごめんだからね」

 と金髪碧眼の少年が消極的ながらも賛成する。

「な、仲間なんだな……」

 獣人の少年は――よくわからない。

「……何ヒソヒソ内緒話してるんだ?」

「――という訳で、しゃあないからおっさんも“入れて”やるわ」

 帝國人の少年は稲葉の言葉を無視し、溜息混じりに吐き捨てた。
 ……なんだかとっても屈辱だった。



「現在プールにいるのは、女子部一年三組のお姉さま方。うち1/3が獣人で、気配には敏感なんや」

「そんな訳で結界を張って進入するのですが、困ったことに魔力に敏感な方々もおられるのですよ。
 ……いや、魔法のステルス化に苦労しました」

 そう言うと金髪碧眼の少年は水晶を取り出し、何やら呪文を唱えた。
 と水晶が光り、辺りの空気が変わる。

「……これは?」

「水晶に組み込んだ術式を開放しました。これで半径1mに“隠形”の結界が展開されます」

「……お前、その年で魔法使いなのか」

 稲葉が感心した様に呟くと、代わりに帝國人の少年が自慢げに答えた。

「はっ、デューイはダークエルフなんやで! そこらの魔法使いなんか足元にもおよばへん!」

「……ハーフですけどね」

 金髪碧眼の少年は苦笑しつつ補足した。
 ……確かに言われてみれば、彼の耳はやや長く尖っている。
 が、それにしても――

「しかしお前、良く見りゃあ結構整った顔つきしてるじゃないか。何も覗きなんかしなくても、よりどりみどりじゃあないのか?」

 正直、この少年は他の二人と比べ、明らかに毛並みが違っていた。
 とても覗きをする様な餓鬼には見えない。

 が、金髪碧眼改めダークエルフの少年は遠い目をして首を振る。

「ふっ、確かにかつての僕ならばそうしていたでしょう…… 何もかもが苦い思い出、恥ずかしいかぎりです……」

 あの頃、少年は自分を偽り続けていた。
 資産家の帝國人である父、士族階級のダークエルフである母との間に生まれた誇りは、優秀な頭脳と強大な魔力に支えられ、
極大まで肥大化していたのだ。 ……全く、あの頃の自分を思い出すだけでも赤面もの、穴があったら入りたいくらいである。
 が、この二人に出会い、少年は変わった。仮面を脱ぎ去り、自分に正直になることを教えられたのだ。

「……そして僕達は豊島園で誓ったのです。

 『われら天に誓う。われら生まれた種族、進む将来は違えども、共にエロの道を極めんことを願わん』

 ――と」

「“豊島園の誓い”や」

「……なんだな」

「どこから突っ込んだら良いものやら……」

 改めて友情を誓い合う三馬鹿……いや三人を、稲葉は呆れた様に、だがどこか眩しそうに見つめる。
 要するにコイツらは“昭和の中坊”なのだ。
 いや、この世界の法規制の厳しさを考えれば、インターネット等情報が氾濫している平成ニッポンどころか、
それ以前のニッポンよりもエロの情報は乏しいだろう。彼等ががっつくのは無理もない。
 ……そしてその情熱と飢餓感は、稲葉がとうに失ったものだった。

 稲葉は暫し熟考し、膝を打った。

「よしっ! 俺がとっておきの話をしてやろう!」

 …………

 …………

 …………

「師匠と呼ばせて下さい!」

「おっ師さん!」

「おししょー」

 10分後、三人は稲葉の前にひれ伏していた。
 圧倒的なまでの稲葉のエロ話の前に、膝を折ったのである。
 ……稲葉、一体ナニ話した。

「少年達よ、お前達が進もうとしている道は終わりのない修羅の道だ。
 ……それでもなお選ぶか、選べるのか、この萌道を」 

 稲葉は少年達に問う。
 が、少年達の目に、些かの怯みもなかった。

「ならば導こう! この萌道にっ! お前達にエロの高みをみせてやる!!」

「「「はいっ!」」」

「だがその前に……やらねばならぬことがあるな」

 稲葉の言葉に、三人の少年達は重々しく頷いた。



「ええい、人間の小娘なぞはいい! ケモノっ娘をみせろ、スク水のケモノっ娘をっ!!」

 稲葉は“特等席”に座ると他には目もくれず、一心にケモノっ娘を探す。
 やがてプールで戯れるスク水のケモノっ娘少女達を見つけると、稲葉は歓喜の吐息を漏らした。

「おおおおお…… これだ……これこそ俺の待ち望んでいたモノだ……」

 この世界のスク水は、稲葉の世界のものと大分違う。
 まず色こそ同じ紺だが生地が厚い。更に肩を隠す袖にスカートまで付いている。フィギュアスケートの衣装を少し厚くした感じだ。
 ……が、これはこれで悪くない。少なくとも新スク水よりは一億倍イイ。加えて、ケモノっ娘のミミとシッポが更にスク水姿を映えさせる。

「おっ、シャオちゃん発見! ……相変わらず、胸薄いなあ。
 が、そこがまたスク水とマッチしていてイイ! 実にイイ!
 ミミとシッポで更に高得点だっっっっっ!!!!」

 ……そんな稲葉を、三人はまるでヤクザの大親分を見つめるチンピラの様な目で見る。

「さすがお師さん、通すぎや……」

「これが“悟りの極み”ってやつだね」

「よ、欲望のかたまりなんだな……」

 偉大な師を前に、彼等は改めて己の“小ささ”を痛感した。

「!」

 と、突然稲葉の表情が驚愕で固まった。

 ――ば、馬鹿な!? 俺は夢でも見ているのか!?

 稲葉は自分の目を疑った。
 それもそのハズ、彼の目は存在しないハズの少女を映し出していたのだから。
 ……ネコミミ少女、を。

 『獣人に猫はいませんよ?』

 確かにシャオはそう言った、言った筈だ。
 シャオが嘘を教えるとは思えない。 ……が、しかしあの少女はネコミミ少女以外の何者でもない。
 稲葉は少女を凝視する。

 年齢の割りにボンギュッボン!な体型、可愛いとも美人とも言える顔……ロリとは言えないまでも、立派な“ロリ入り美少女”である。
 そして金髪ロングにやはり金のミミ&シッポ――

 ブチッ!

 稲葉の中で何かが弾けた。

「ぬ……ぬこ」

「? お師さん?」

「ぬこ――――っっっっっ!!!!」

「なっ!?」

「そ、そんな大声だしたらいけないんだな……」

 少年達が稲葉を静めようとするも、稲葉は一向に鎮まらない。悪化する一方だ。

「ぬこ――、ぬこ――!」

「お師さん、落ち着いて!」

「い、いけない! 結界がっ!?」

 三人用の所を四人で使い、あまつさえこうまで騒ぎまくっては堪らない、結界が揺らぎ始める。

 ピクッ!

 僅かに漏れ出した魔力に反応し、ネコミミ少女?がこちらを見た。
 そして――

「誰っ!?」

 言うが早いか、槍投げの要領でブラシを投げる。
 ブラシは恐ろしい程の速度で結界に激突、火花と共に砕け散った。

 これで他の少女達も気づき、たちまち大騒ぎとなった。

「誰かいる!」

「覗き、覗きよ!」

 少女達はTシャツを着込むとブラシやら何やらで武装、こちらへと向かって来る。

「い、いかん! 逃げろ!」

 正気に戻った稲葉が慌てて叫ぶが、帝國人の少年が冷静に首を振った。

「……いや、この距離では逃げても面が割れてしまうで」

「だが、捕まったら何か色々スゴいことになりそうだぞ?」

 少年達はそんな稲葉を見て頷き合う。

「お師さん、ここは俺達が防ぎます。その間にお逃げ下さい」

「ば、馬鹿な!? そんなこと――」

「……僕達ならば捕まっても少年Aで済みますが、師匠は――」

「しゃ、しゃれにならないんだな……」

「お前達……」

 確かにヤバい。部長に知られたら問答無用で網走送りだ。
 が、だからと言って――

「ではお師さん、さらば!」

「師匠、逝って参ります!」

「さ、さらばなんだな」

 そうこうしている内に少年達は時間差で駆け出し、少女達に立ち向かっていく。
 ……が、彼女達の数と勢いの前では、蟷螂の斧に過ぎないことは明白だった。

「少年…… 君達の犠牲は無駄にしないぞ」

 稲葉は涙ながらに逃げ出した。

 ……少年達が取り押さえられたのは、それから間もなくのことだった。
 彼等はタンコブまみれになりながらも、何かをやり遂げた漢の表情をしていたという。




「……ただいま」

「お、お帰り、シャオちゃん」

「…………」

 帰宅したシャオは、無言で稲葉の顔をじっと見詰める。
 その視線と空気に耐えられず、稲葉は目を逸らしつつ訊ねた。

「ど、どうしたんだい?」

「……今日、水泳の時間に覗きがあったんです」

 ギクッ!

「へ、へえ…… で、犯人は? 少年達はどうなった?」

「捕まえて職員室に連行しました。まあ中学生でしたし、初犯でもありますから、一時間程のお説教ですんだみたいですけど」

「そ、それは良かった」

「……その時、稲葉さんはどこにいました?」

「へ? な、何で?」

「いえ、その時かすかに稲葉さんの匂いもしたもので」

「か、かすかに、だろ? 気のせいじゃあないのか?」

「……かもしれませんね。ところで稲葉さん、私に何か隠してませんか?」

 そう言うと、シャオは稲葉をじっと見つめる。

 ……ヤベえ、完全に疑ってるよ。どうする?


 『証拠もないことだし、シラを切る!』
   『全部白状し、謝る』
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