帝國召喚 ジャンクSS「転移男」 短編「ネコミミを求めて三千里」  稲葉はぼんやりとTVを眺め、シャオは何やら少女雑誌を熱心に読んでいる。  ――そんな、居間でまったりと過ごしていた時のことであった。 「俺は……俺はとんでもない考え違いをしていた……」 「一体どうしたんですか、稲葉さん?」  突然、某MMRのキバヤシばりに深刻そうな表情をして呻く稲葉に、シャオは『ああ、また“発作”が始まったんだろうなあ〜』と思いつつも尋ねてみる。  ……これが彼女の優しさであり、また欠点でもあった。(放っておけばいいんです) 「俺が“ここ”に来て早一月以上……」 「? ああ、確かにうちに来てそれ位経ちますね、早いものです」  稲葉は『自分がこの世界に来てから』という意味で言ったのだが、当然シャオに通じる筈も無い。  彼女は素直に『稲葉が“まんぷく”に来てから』ととった。  稲葉はシャオの言葉を無視し、尚も独白を続ける。 「色々な“獣っ娘”を見た…… なのに何故……何故“ネコミミ少女”がいないんだあっ!?」 「……はあ?」  血涙を流して叫ぶ稲葉に、シャオは思わず聞き返した。  はっきり言ってその思考と言動は理解不能だ。  ……この男、“まんぷく”の住み込み店員から下宿人にランクアップ(?)したものの、自分自身は全くレベルアップしないから困りものだ。職場の方々もさぞ苦労していることだろう。 「……ごめんなさい。私、稲葉さんが何を言っているのか全く判らないです」  判らない方が幸せだというのに、シャオはすまなそうに謝る。 「ううう…… シャオちゃんは本当にええ娘やな〜〜」  稲葉は涙ながらにシャオに訴えた。  “ここ”に来て様々な人達(獣っ娘)に出会った。  様々な“ミミ”に出会った。  なのに、何故か“ネコミミ”には出会っていない、と言うのだ。  ……どうやら第一話に登場したネコミミお姉さま――本当は“猫”ではなく“黒豹”だが――のことを稲葉は忘れている様だった。  いや、もしかしたら微妙に趣味に合わない(ロリじゃない)ため、記憶から消去されたのかもしれない。  何しろ稲葉には、『興味の無い光景は四八時間以内に記憶領域から抹消される』という、酷くアレでナニな機能が備わっているのだから。 (その代わり、興味のある光景は何年たっても詳細に記憶している上、その卓越した妄想力でパソコンもびっくりの改竄すら行える) 「……ええっと、良く判った様な判らない様な……」  シャオは苦笑した。つーか笑うしかなかった。  稲葉が何故そこまで耳の形に拘るのか、彼女には理解出来ない。  何せこの世界ではケモノミミがリアルで存在するため、“そーいった趣味”が存在しない――少なくとも表面化しない――のだ。  ……まあ稲葉に言わせれば、『豚に真珠』『人生の半分を損している』らしかったが。  こういった理由から、シャオがまず疑ったのは『自分の読解力不足から来る誤解』だった。『幾らなんでも猫耳はないだろう、猫耳は』ということだ。  次に疑ったのが『自分は頭が悪いから稲葉の考えを理解できない』である。『大学出のインテリの考えることは、おバカな自分には理解不能』と考えたのだ。  ……まあ何れにせよ、かなり自虐的な考えだろう。  多くの獣人が帝國人に対して少なからぬコンプレックスを持っているが、どうやら彼女もまた多分にそれを持ち合わせている様だった。 「うん、だからネコミミだよネコミミ。シャオちゃんの知り合いにネコミミの娘、いる?」 「え〜と、“ネコミミ”って、にゃあと鳴く“猫”に“耳”と書いて“猫耳”ですか?」  シャオは自分の耳を指し示して確認した。 「そうそう、そのネコミミ!」 「はあ、残念ながらいません。 ……と言いますか、獣人に猫はいませんよ?」 「な……なんだって――っ!?」  シャオの爆弾発言に稲葉は驚愕した。  思わず両肩を掴み、詰問する。 「そ……そんな筈は無い! この世界の神は同好の士、よもやそんな片手落ち――」  ……勝手に同好の士扱いされるとは、この世界の中の人もいい迷惑だろう。  ついでに、いきなり神様を持ち出されたシャオもびっくりだ。 「何もそこまで話を大きくしなくても……」 「本当にそう思うかっ!? 良く考えるんだっ! 大本の情報が間違っていたとしたら……!!」 「いませんよ」 「くっ…… 絶望した! ネコミミ少女が存在しないこの世界に絶望したっ!!」 「……そこまで言いますか?」  病んでるなあ、と流石にシャオも呆れ気味だ。  ――『天才となんとかは紙一重』って言うけど、本当なんだ……  ……稲葉は帝國政府に感謝すべきだろう。  『情報工学の若き天才』なんて扱ってくれていなければ、とっくに“可哀想な人”認定されている筈だ。 「イヌミミは数あれどネコミミは影も形も……はっ! も、もしや……この世界の神はイヌミミ至上主義者!?  だからネコミミを――ぐはっ!?」  頭をぺちっ!と叩かれ、稲葉は情けない悲鳴を上げる。 「……正気に戻りましたか?」 「は!? お、俺は一体何を!?」 「稲葉さんっ!」  シャオはずいっと稲葉の前に進み出た。  その勢いに押され、稲葉は思わず後ずさる。 「は、はい!」 「……獣人には犬もいません。だから当然“犬耳”も存在しないのです」 「え? そうなの?」  なんてこった……獣っ娘の双璧であるイヌミミ少女とネコミミ少女が存在しないとは!  責任者出て来いっ!! 「あと何度も言うようですが、私は誇り高き“狼”です。断じて“犬”じゃあありません。  だからコレも犬耳ではないのです。 ……よろしいですか?」  ――“誇り高き狼”、ねえ?  稲葉はこの一ヶ月のシャオの行動を思い出し、内心首を捻る。  ごはんと散歩をこよなく愛するシャオ、  力一杯尻尾を振って喜ぶシャオ、  仰向けでゴロゴロするシャオ、  近所の飼い犬と会話(?)するシャオ……  ……どう考えても犬そのものだった。  が、狼とて飼いならされれば犬になる。ならば彼女が狼でもおかしくないのだろう、多分。  そう考え、稲葉は無理矢理納得することにした。  ……だってシャオちゃん、目が座って怖いし。 「……はい」 「判ってくれればいいのです」  そう言うとシャオは薄い胸を張った。 『凄いですねえ!』  ……と、その時、TVの声が一際大きくなった。 『はい、本品はマケドニア王国の秘宝の一つで――』  ふと目をやると、TVでは今度開催される“マケドニア王国秘宝展”の紹介が行われていた。  ……稲葉は思わず目を奪われ、次の瞬間には凝視する。  レポーターのお姉さん――獣人――が何やら興奮気味に見ているのは……“首輪”、どっから見ても“首輪”。  宝石とか散りばめてやたら立派で高そうな“首輪”だった。 『これは妃殿下がお付けになる――』 「マジでっ!?」  稲葉は思わず叫び声を上げた。  おいおい……これ、もはやチョーカーってレベルじゃねーぞ!?  ……が、『もしや』と恐る恐るシャオを見ると、彼女はうっとり気味に“首輪”を眺めているではないか!? 「シ……シャオちゃん……?」 「素敵ですねえ、あれ」 「やっぱり――――っ!?」  ……後で聞いた話だが、アレは獣人女性限定で流行っている“首飾り”らしい。いや、マジで。  何でも獣人に元からある風習からヒントを得たもので、主に婚約者、或いは夫がいる場合に身につけるものだったが、最近では愛し合った相手がいる場合にも身につけるそうだ。 「お給料の三ヶ月分が相場なんですよ――っ♪」 「さ、さいですか……」  稲葉はそう答えることしか出来なかった。  ……イイのか、アレ? 公序良俗に反しないのか?  ――――閑話休題。 「で、ネコミミなんですが」 「……まだ言いますか?」  しょうもないことを未練たらしく聞く稲葉に、流石のシャオも呆れ気味だ。 「いえ、この際妥協します」 「妥協?」 「“ネコっぽいミミ”でイイです。 ……心当たりありませんかね?」  稲葉は姿勢を正し、頭を下げる。所謂土下座だ。  ……そこまでして見たいんかい、ネコミミ少女。 「ちょっ! 止めて下さいよ、稲葉さん! 判りました、判りましたからっ!」  そのプライドも何も無い稲葉の行動に、昔気質――“こっちの世界”では“今気質”でもあるが――なシャオは慌てて頷く。  と、途端に稲葉は喜色満面でシャオの両手を握り締め、何度も振った。 「ありがとうっ! きっとシャオちゃんなら協力してくれると思っていたよ!」 「え〜と…… もしかして私、騙さました?」 「ないない」  即答されたものの、余りの変わり身の早さにシャオは思わずそう考えてしまう。  ……が、約束してしまったものは仕方が無い。シャオは軽く溜息を吐くと先程読んでいた本を稲葉に渡す。 「『少女之友』?」 「その中表紙を見て下さい」 「? おお! 凄い美女!」  そこには怖い位の美女が写っていた。長身でスタイルも抜群だ。  ……オマケにネコミミ金髪。 「なんだいるじゃあないか、ネコ」 「その人、虎人ですよ?」 「……はい?」 「だから虎ですって、虎」  ガオーッとシャオが身振り手振りで説明する。  虎人は獣人の中でも少数派だが、熊人のパワーと人狼のスピードを持つ獣人最強の一族だ。  加えて虎のクセに集団志向が強く好戦的で、軍務をこよなく愛する一族でもある。このため“陸軍御用達”とすら言われる程だった。  ……確かに、この美女も軍服を来ている。 (解説には、『“平成の今のらくろ”新城直衛少佐が副官、虎城千早少尉』と書かれていた) 「おまけに虎人の人は皆背も高いしスタイルも抜群、美男美女揃いなんですよ?」 「確かに皆、怖いくらい美人だよなあ……」  虎人の特集らくしく様々な虎人が映されているが、皆氷みたいでちょっと近寄りがたい雰囲気だ。  写真ですらこれなのだから……って女性で身長180超!?  子供の虎人も大人びてるし、どうも“ネコミミ少女”って感じじゃないよな〜〜 やっぱりロリでなくちゃ。  『俺の嗜好にストライクする娘はいないのか?』と稲葉はペラペラと本を捲っていく。  ……そして巻頭特集を見て、思わず叫んだ。 「キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!!」 「ど、どうしたんですかっ!?」  シャオは思わず覗き込む。 「これだ! これこそ俺の求めていたケモノッ娘だよっ!!」  ……そこには理想のケモノッ娘が写っていた。  大きく垂れたミミ、  フサフサの尻尾、  セミロングの美しい金髪……そして何より、小柄で愛くるしいそのお顔。  このぽけぽけとした表情がまた何とも言えませんな! 「……ああ、マケドニアのお姫様ですね」 「お姫様!」  正にパーフェクトッ!! 「あとでこの雑誌買って、切り抜きにして保管しよ〜♪」 「……あんまり変な事考えると不敬ですよ?  第一、ネコミミじゃあ無いじゃないですか」  雑誌を高々と掲げながら不気味な踊りを踊る(はしゃぐ)稲葉を見て、シャオは面白く無さそうに言った。  と、稲葉は振り向きもせずに返した。 「ミミは垂れミミが一番さ! ネコ(ミミ)もいいけど垂れー(ミミ)もねっ!」 「…………(怒)」  その余りの暴言と無防備な後姿に、一瞬シャオは狩猟衝動に駆られる。  が、何とか超人的な意思でそれを押さえ込んだ。  ……別に稲葉の為ではない。いい年して恥ずかしいからだ。  そんなシャオの葛藤も知らずに、稲葉は無邪気に話を続ける。 「このイヌミミ……じゃなくてオオカミミミも萌えなんだよ」 「“もえ”? あ、でもその方は"狼”じゃあないですよ?」  『……この人位、自分を開放できたらなあ』と思いつつ、シャオは稲葉の間違いを訂正した。 「へ? じゃあ何?」 「“熊”ですね。正確には“黄金熊”ですが」 「へ……熊?」 「はい」 「熊……orz」  ……世の中、実に上手くいかないものであった。 「よく判らないけど、しっかりして下さいよ」  シャオが怖いくらい優しい笑顔で稲葉を慰める。  ……がっくり項垂れる稲葉を見て、ようやく溜飲を下げることが出来た様な気がしたからだ。  が、様々な葛藤の末に新たな悟りを開いた稲葉は立ち上がり、天井に向かって咆哮した。 「だがそれ(熊っ娘)もまた良しっ!!」 「あー、そうですか」