帝國召喚 『レムリア王国』  レムリア王国は北東ガルムに存在する国です。  北東ガルムは大文化圏の一つであり、1億2000万人の人口を誇ります。  その内訳は、  レムリア王国5000万超、  大陸同盟諸国5000万弱、  他にレムリア属国と中立国合わせて2000万人前後です。 1、レムリア王国貴族制度  王国の貴族には、宮中貴族と宮外貴族の二種類があります。  宮外貴族とは、爵位に見合うだけの領地を保有する貴族で、主に軍事面から王国を支えます。  宮中貴族とは、領地を全く持たない、或いは極僅かしか持たず、代わりに王国から禄を貰う貴族で、主に内政面から王国を支えます。  まあ、宮外貴族を『武家(軍人)貴族』、宮中貴族を『公家(官僚)貴族』と考えたら分かり易いかもしれません。  ……とはいえ、宮外貴族でも官僚として、宮中貴族でも軍人として王国に仕える場合もありますので、御注意を。  ちなみに、諸侯は宮外貴族です。 <宮外貴族>  宮外貴族とは、王を宮外、つまり戦場で補佐したことから転じました。俗にいう地方貴族です。 @大公爵   王国開祖の子供達を始祖とする家です。  公爵級の領地と王家に準じる家格を持ち、王家すら遠慮する名門中の名門(要は江戸時代の御三家)です。  故に、中央政府からは常に警戒されています。  大公爵家は、北方に二家、南方に一家、西方に一家の計四家があります。 A公爵  五万戸以上の領地を持つ貴族です。  諸侯又は大諸侯、万戸侯、国主とも呼びます。 B侯爵  二万戸以上五万戸未満の領地を持つ貴族です。  諸侯又は大諸侯、万戸侯、国主とも呼びます。 C伯爵  壱万戸以上二万戸未満の領地を持つ貴族です。  諸侯又は大諸侯、万戸侯、国主とも呼びます。 D子爵  壱千戸以上壱万戸未満の領地を持つ貴族で、城を持つことを許された者です。  諸侯又は千戸侯、城主とも呼びます。 E男爵  壱千戸以上壱万戸未満の領地を持つ貴族で、城を持つことを許さていない者です。  諸侯又は千戸侯とも呼びます。 F准男爵  三百戸以上壱千戸未満の領地を持つ貴族です。  諸侯(男爵以上)に準じる規模の領地と家臣団を保持つことから、大騎士爵から分離されました。 G大騎士爵  壱百戸以上三百戸未満の領地を持つ貴族です。  軍役――既に有名無実と化していますが――では、自分の他に一〜二人の騎乗士と十〜数十人の供回り(徒歩)を率います。 H正騎士爵  壱百戸未満の領地を持つ士族で、正確に言えば貴族ではありません。  軍役では、十人近い供回り(徒歩)を率いる騎乗士から、文字通り『一騎駆け』の騎乗士まで様々です。 I准騎士爵  領地を持たず、主君から俸禄を貰って雇われている士族で、正確に言えば貴族ではありません。  軍役は存在せず(つまり装備は自弁ではなく主君から貸与)、騎乗士又は徒士として主君と共に戦います。  宮外貴族で男爵以上の貴族は、大規模な領地と充実した家臣団を保有しているため、領地の自治権をほぼ完全に認められています。  故に、彼等は『諸侯』と呼ばれる特別な存在なのです。  諸侯の数は時代により微妙に変動しますが、凡そ五百五十家前後であり、俗に『王国六百諸侯』と称されます。  ……まあ江戸期の大名にあたり、戸数×十倍の石高――封壱万戸なら十万石の大名――と簡単に考えてもそれ程問題は無いでしょう。  男爵以下の貴族は領地の規模が小さいため、王領と共に中央政府の管理下――その領地の規模により、有る程度の自治権を保有してはいますが――に置かれています。  尚、王国における領地の割合は、諸侯が四割強、准男爵以下の宮外貴族の領地が一割弱、王領が五割弱です。  ただし王領のうち、宮内貴族や准騎士爵の俸禄に当てる分や、少ないながらも宮内貴族の領地分もありますので、その実態は『王国の半分近くを制する巨大諸侯』と考えた方が良いでしょう。  江戸時代の徳川幕府が、旗本領を除くと『全国総石高の一割五分弱』だったことを考えれば、レムリア王の力が相当強大であることがわかります。  ……とはいえ、江戸幕府はレムリアの様な巨額の軍事費を支出していませんでしたので、一概には比較は出来ませんが。 *軍役の基本は壱百戸毎であり、壱百戸毎に騎乗士1、徒士又は兵卒4、従卒5を要求されます。  内、騎乗士と徒士は士族、兵卒と従卒は平民です。  他の国々の多くでは徒士、つまり徒歩戦闘の士族は存在せず、徒歩戦闘は長い間平民の役目でした。  この状況が変化し始めたのは、ここ百年程度のことです。  この徒歩戦闘に早くから士族も当てていたこと、兵卒や従卒にも譜代の者や長期勤務者が多いことが、レムリア王国軍最大の特徴(完全な兵農分離と兵士のプロ化)です。  これは軍役制度が事実上崩壊してからも、変わることがありませんでした。 <宮中貴族>  宮中貴族とは、王を宮中、つまり王城で補佐したことから転じました。  俗にいう中央貴族です。総数は宮外貴族の四〜五割程度です。  王国成立以前から存在していた『有名無名の名門家』や『ある特定の技能に秀でた集団の長』、やはり王国成立以前から、王家に武人としてではなく官僚として仕えていた者達等です。  彼等は王国成立時に、その家柄や功績を勘案した爵位が、永代に渡り与えられました。  彼等の爵位は公爵〜准騎士爵までであり、大公爵位は存在しません。  また准騎士爵における宮中、宮外の区別は非常に曖昧です。  宮中貴族の叙爵には大量の領地を必要としないことから、王国成立後も宮中貴族は増え続けます。  ……あくまで『宮外貴族と比較して』の話ですが。  (宮外貴族は領地の総枠が決まっているため、それ程目立った増減はありません)  何か手柄を立てればその功績に応じ、多くは『一代限り』、稀に『永代』の宮中貴族爵位が与えられるのです。  まあ余程大手柄を立てれば、もしかしたら大領を与えられ、諸侯(宮外貴族)に列せられるかもしれませんが……  彼等に軍役は存在せず、官僚又は軍人として、単身で王国に仕えます。