帝國召喚 外伝「少年と帝國」 【第1話】 牢獄の中は真っ暗だ。窓さえ無い。 だからもうどの位ここにいるのさえ分からない。 ……そんなこと、もうどうでもいいけど。 僕はロイ。いわゆる『獣人』だ。 (もっともこれは『人間』側の呼称――それも差別的な響きを持つ――で、『本物』の獣人達は自分達のことを『獣人』だなんて毛ほども思っていないらしいけどね?) 獣人は本来、山奥人里離れたところで人目につかないように暮らしているらしい。 だけどどういう訳か、たまに普通の人間達の間からも、僕みたいな獣人が生まれてくることがある。 生まれてすぐに獣人なんて分かれば、その場で『処理』できるんだろうけど、幸か不幸かある程度成長しないと変身できないんだよね。 獣人と分かれば、次の日には追放さ。 そうでなければ家族が村八分にされてしまう。 その場で殺される事も有るらしいけど、やっぱり多少は哀れに思ってくれるのか、大概は準備させてくれた後に追放だ。 ……僕もそうだった。 僕達のように『人の生活』に慣れすぎた獣人は、元からの獣人(というのも変だけど)と違って森では暮らせない。 (受け入れてくれるか分からないけど)獣人の村の場所も分からない。 だから大抵、大きな町に集まる。 町に入れば浮浪児もいる。そこに紛れ込むのさ。 ばれたらやっぱり追放。運が悪ければ『処理』。 だからその町がどういう町か、ちゃんと調べておかないと駄目だ。 ……という話を、以前知らないおじさんが教えてくれた。そのおじさんも『仲間』だったのだ。 「坊や。何故俺達がこんな目に合うか分かるか?」 「危険だから?」 「ああ、ある意味危険だね。知能は自分達と変らない。なのに体力や生命力は比べ物にならない。そんな奴らが徒党を組んだら? 1000人なら? 10000人なら? さぞかし『危険』だろうよ!」 「獣人は人に危害を加えるって……」 「そりゃ魔獣だ。獣人じゃあない。 ……もっとも連中には、どちらにしろ同じなんだろうがね」 おじさんは鼻で笑った。そして僕に何枚かの銀貨(!)を握らせてこう言った。 「坊や、可哀想だけどこれ以上の事はしてやれない。だけど我々獣人の誇りにかけてこれだけは誓う。いまにきっと俺達が誇りを持って暮らせるような国を作ってみせる、必ずだ」 おじさんとはそれっきりだ。 その後何年かの月日が流れ、僕は浮浪児のグループの一員として、どうにか今まで生きてきた。 正体がばれたのは、ちょっとしたことからだった。 同じ浮浪児グループの一人が瓦礫の下敷きになって、助けるためには変身するしかなかったのさ。 その後グループは大騒ぎ。僕は彼等に自警団に突き出された。 ……助けるんじゃなかった。 そんな訳で今ここにいる。 初めは改めて自分の不幸を嘆いたけど、今では結構達観している。 まあ、ダークエルフよりはマシかな? ダークエルフなんか見つかったら、問答無用で火炙りだもんな。その前にも散々拷問とかされるらしいし。 幸い僕はここに閉じ込められているだけだし、一日に一度は食事ももらえる。なんでもこの町の長は、大変に『慈悲深い』からだそうだ。 ……それにしても外がうるさいな。一体何だろう? 扉が勢いよく開いた。光が眩しい。 「おや? 仲間が捕まっていると聞いてやって来てみたら。坊やじゃあないか」 おじさんだった。何年ぶりだろう? でも服装が違う。以前のような粗末な服ではなく、立派な鎧を着てる。 「おじさん。騎士さまみたいな格好だね」 それを聞いたおじさんは、ガックリと肩を落した。 「……一応、王様なんだけどなあ。そうか…… 騎士にしか見えないのか……」 妙な単語を聞いた。 「王さま? おじさん、嘘はよくないよ。王さまの位は神さまから頂くんだよ?」 僕達『よつあし』を、王さまにしてくれる神さまなんているもんか。『人』とさえ認めてくれないのに。 それを聞いたおじさんはにんまりと笑った。 「異界の神に王位を頂いたのさ」 「異界の神さま?」 よくわからない。 「あ〜、つまりだな。こことは違う世界があって、そこからその神さまはこの世界にいらしたのだ」 ……おじさんもよく分かっていないんだね。まあ新しい神さまが増えたということかな。 「とにかく、俺達の国を作ったんだ! ……正確には、その神さまに作ってもらったんだけどな」 「……随分気前がいい神さまなんだね」 よっぽど信者に困っていたのかな。 「まあ、俺達もその神さまの為に頑張ったんだけどな」 「でも、なんでわざわざこの町に? それにまるで戦争するみたいな格好だよ?」 おじさんはその瞬間とてもこわい顔をした。僕、何か悪い事言ったのかな? 「戦争しにきたんだよ」 「なんで!」 「この町の長がいるだろう。野郎、おまえみたいの捕まえちゃあ、見目いい奴を侍らせてたんだ。よかったな男で」 ……やっぱりそんな裏があったのか。今気付いたけど、おじさんの鎧は返り血で染まっている。 「こんな事して後が大変だよ」 きっとみんなで仕返しに来る。 「来るなら来い。こっちだって人口5万の小国とはいえ、仮にも国家だぞ」 「5万人!」 知らなかった。そんなに仲間がいたのか。 これは後で聞いた話だけど、まだ増え続けているそうだ。 「それに、もしもの時は『帝國』におすがりするさ」 「『帝國』?」 「その神さまの国さ」 その神さまを崇めている国かと思ったら、その神さまが2600年以上も直接治めている国らしい。なんでも、未だ肉体を保っているとても偉い神さまだそうだ。 「それにダークエルフとかからも援軍がくるだろうしな」 「なんでダークエルフが僕達を助けてくれるの?」 「その神さまがダークエルフの国も作ったからさ。だから俺達とダークエルフは仲間なんだ。もっとも待遇はダークエルフの方がいいけどな」 だから俺達も頑張って、もっと認められなければいけない。とかおじさんは言っていたけど、僕は半分以上聞いていなかった。 おじさんの話は驚く事ばかりだったけど、今度は格別だ。 ダークエルフの国まで作るなんて! なんて怖い者知ら……いや寛大な神さまなんだ。他の神さまが怖くないのかな? それとも、他所から来たから知らないのかな? 沢山の兵隊さんがやって来て、僕の考えは中断された。なんとなく分かる。みんな『仲間』だ。 「陛下。『後始末』が済みました」 兵隊さんたちの剣も真っ赤だ。何があったのかは考えたくない。 「そうか、では帰還する」 おじさんはそう言うと、今度は僕の方を向いて優しく言った。 「坊や、俺達の国に『帰ろう』」 僕は黙って頷くしか無かった。 外にはもっと沢山の兵隊さんがいて、町の人たちを剣や槍で威嚇している。僕はなるべく見ないようにしていた。 丘の上の屋敷が燃えていた。 ――――第1話補足『王と貴族』―――― @「帝國召喚」世界において、王と貴族(大公爵以下)はどう違うのでしょうか? 領土の大小?  いいえ。確かに王の方が広大な領地を持っている場合が多いですが、下手な王よりも広大な領地を持つ貴族もいれば、中には千人程度の領民しかいない王もいます。 王とは、『神』から王位を授けられた者です。 ですから王になるには、今の王から位を譲ってもらうか、神から新たな王位を授けられるしかありません。 王は、大公爵以下の爵位を授けることができます。 貴族とは、王から貴族の位を授けられた者です。 ですから貴族になるには、今の貴族から位を譲ってもらう(その場合でも一応、王の追認が必要です)か、王から新たな貴族の位を授けられるしかありません。 つまりどんなに力のある貴族でも、新たに貴族の位を作って与えることは出来ないのです。ただし騎士は貴族ではありません(大騎士爵の位は微妙で、国により異なります)ので、騎士の位を与えることは出来ます。 これで王から大公に落されたグラナダ『王』の屈辱(本編第2章参照)が分かると思います。 グラナダ『王』は神から選ばれた存在でなくなったばかりか、自国内の貴族に対する決定権さえ奪われたのですから。 A一国の王でありながら、他国(宗主国)の爵位を持つ者がいますが…… これは『宗主国の貴族であり、自領の王位も持っている』という考え方です。 獣人の王である『おじさん』でいうと、以下の様に言えます。 『おじさん』は帝國侯爵で、『獣人の国』という領地を持っています。 さらに帝國より『獣人の国』の王位も与えられていますので、侯爵ではなく『王(侯王)』として『獣人の国』を治めているのです。 ちなみに公爵なら公王、伯爵なら伯王、子男爵なら卿王として、『独立した王』と区別します。 ……もっとも、これはあくまで法的な話であり、一般にはみな『王』と呼称しますが。 B王位を与える神とは? 神ならば王位を与える事ができます。まあ実際は、『その神に仕える最高位の神官』から貰うのですが…… 『王位を貰う』ということは、『その神と契約する』ということでもありますので、その神を崇める宗教が、自動的にその国の『国教』となります。 ただあまり弱小な神では困ります。 神にも序列があり、例え国教として祭られている神があっても、より格上の神を疎かには出来ない(その点、序列の外にある『帝國の神々』は有利です)のですから。 C一柱の神は王位を幾つ贈れるのですか? 神は王位をいくつでも贈ることが出来ます。 ですが、王位は神聖なものですので、これはあくまで『常識の範囲内での話』です。 D皇帝と王の違いは? 皇帝とは、『沢山の王を配下にもつ王』ではありません。それはただの『大王』です。 @で『王位は神にしか授けられない』と書きましたが、例外が一つだけあります。それが『皇帝』なのです。 皇帝はその神の代理人として、唯一王位を授ける事ができます。 ただし皇帝位は、その神一柱につき一人しか任命できませんし、その神に王位を与えられた者は皇帝の配下にならなければなりません。 おまけにその神の神殿や信者さえも皇帝の支配下に入らなければならないので、当然のことながら皇帝は殆どいません。 精々、一地方の中級神から授けられる程度でしょう。 E皇帝と法王の違いは? 法王とは、あくまでその神を崇める宗教における最高位です。 ですから、表立って俗世間の出来事に介入することはできません。まあいろいろ理屈つけて、口を出す者が多いですが。 ちなみに皇帝とは、その神の『地上における代理人』です。 俗世間においても、その宗教においても、絶対者として君臨します。 つまり法王よりも上で、法王すら任命・除名できるのです。 Fこの世界の宗教観は? この世界は多神教です。 ただし神々の格はそれぞれ異なりますし、その国々により崇める対象の神は異なります。 一応、『主神』とされるレべルの神々については、それぞれ世界規模に展開する神殿によって祭られています。 主神の信者によっては、『自分の信ずる神こそが唯一神であり、他の神々は唯一神の僕にすぎない』なんて言う連中もいますが、このような意見は『狂信的』とされています。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【第2話】 僕は今とても迷っている。こんなに悩んだのは生まれて初めてだ。  ……一体、僕はどれを選択すれば良いのだろう? あれから僕は、おじさん達と一緒に『帰る』ことになった。 船で数日。やっと港に着いた時には、僕はヘロヘロだった。 ……うう、もう一生船には乗らない。 「ここが僕達の国?」 「いいや。ここは帝國直轄の港町だ。俺達の国はここから徒歩で2〜3日ってとこだな。まあ建設中の鉄道が完成すれば楽になる」 「てつどう?」 「ああ。まあ、沢山の荷車を機械獣に曳かせたやつだ」 「きかい獣?」 「……なに自分を指差してる? ぼうやはカラクリじゃあないだろ?」 「カラクリの獣かあ」 「……目を輝かせて何を想像しているのかは分からんが、多分ぼうやが想像しているのとは違うと思うぞ?」 おじさんは呆れた様に言う。でも、カラクリの獣かあ。完成したら絶対乗ろう。 「おっと、こうしてはいられん。ぼうや、俺はこれからちょっと用がある。悪いが、あの売店で何か買い食いでもして待っててくれ」 おじさんはそう言って、僕に一枚の紙を渡した。紙には、なにやら複雑な模様や絵が描かれている。 「……これ、何?」 「ああそうか、知ってる訳無いよなあ。いいかい、これはお金だ」 「お金? お守りじゃあなくて?」 お金って、金貨とか銀貨とか銅貨じゃあないの? 凄いお金持ちなんかは、宝石をお金代わりに使うらしいけど、これは紙だし…… 「とにかく、これは帝國のお金なんだ。だからこれで買い物ができる。じゃあいい子にしてろよ」 おじさんは行ってしまった。 ……そういえば、僕はどうしておじさんと一緒に行動しているのだろう? 他の保護された子供達とは別行動だし、おじさんって『王さま』なんだよね? いつの間にか吐き気もおさまり、あらためて町を見る。 ととても賑やかだ。 仲間も沢山いる。なかには獣化したままで大きな荷物を運んでいる人達もいた。きっと波止場の人たちだ。 あっ、ダークエルフもいる! しかも親子連れだ! 聞いてはいたけど、凄く驚いた。 本当に夢みたいだ。僕たち獣人やダークエルフが、姿を偽らずに町を闊歩するなんて。 そんな思いを抱いて頷いていると、不意にお腹が鳴った。 ……そういえばお腹が空いた。 売店では、おねえさんが売り子をしていた。やっぱり仲間だ。 「いらっしゃいませ〜 あら? 初めて見る子ねえ?」 「うん。今日、ナントからきたんだ」 「ナントから! そう…… 大変だったんだねえ」 おねえさんはしみじみと言う。 ……もしかして同情されてる? 僕、そんなに不幸?  ごく普通の獣人生活を送ってきたと思うけどなあ。 「でも、もう大丈夫 天照大神が私達を守って下さるから」 「?」 「帝國を治める神様よ。とっても偉くて強い神様なのよ?」 「帝國の神さま……」 そういえば、僕もお世話になったんだよね。 これからもっとお世話になるんだし、やっぱり信者にならなきゃあ失礼かな? ……僕たち獣人を信者にしてくれる神さまなんて、他にはいないだろうし。 「あっ! そういえば買い物しに来たんだよね! 何にする?」 おねえさんの声で我に返り、あわてて品物を見る。 何にしよう? いろいろあるなあ。 干果物、ナッツ、麦飴、ジュース(果汁と甘草の煮汁に香草を加えた汁。冷い井戸水で薄めて飲む)・・・。 ふと一画に目をやると、なにやら見たことのない品物が並んでいる。 「おっ、良い所に目をつけたね。それは帝國のお菓子よ。帝國のお菓子は一番の人気商品なの」 おねえさんは自信満々に言う。 確かに綺麗な包装がされていて、見るからに高級そうだ。 「今日は中でも特別な品が入ってきてるのよ。まだ本当は出しちゃいけないんだけど、今回だけ特別だよ」 そう言っておねえさんは品物を取り出した。 「じゃ〜ん。なんと!『も○なが』の『ま○ぃびすけっと』!」 「『ま○ぃびすけっと』? どういうお菓子?」 「う〜ん、堅パンみたいなものかな?」 「…………」 堅パンとは、小麦粉に豆粉、骨粉等を混ぜて焼いた保存食だ。非常に堅く、金槌で割って食べるというシロモノで、お世辞にも美味しいものじゃあない。 僕の反応を見たおねえさんが、慌てて訂正する。 「あっあくまで、『似たようなもの』を探せばよ? 味は全然ちがって美味しいのよ? 上質の小麦粉に、白砂糖とミルクと卵をたっぷり使って作ってあるんだから!」 「白砂糖とミルクと卵!」 それはどこの貴族が食べるお菓子ですか!? 「それだけじゃあないの! こっちは『きゃらめる』。とってもやわらかくて甘い飴のお菓子」 とってもやわらかい飴? どんな飴だろう。 どれにしよう? お金はどちら一つ分しかない。とても迷う。 僕は今とても迷っている。こんなに悩んだのは生まれて初めてだ。 ……一体、僕はどれを選択すれば良いのだろう? 「……何やっているんだ?」 おじさんの呆れた様な声が聞こえた。 ……なんだか今日は呆れられてばっかりだ。おねえさんも笑っている。 集中のあまり、気がつかないうちに獣化していたんだ。 ……恥ずかしい。 結局二つとも買ってもらった。 確かに両方ともとても美味しかった。こんな美味しいもの生まれて初めて食べたよ。 ――――第2話補足『帝國直轄領における流通経済』―――― 帝國領となった地域では、帝國通貨が流通しています。 これは『帝國の経済圏に組み込む為』と、『この世界の通貨を帝國はそれ程保有していない(そのため交易は主に物々交換で行っていた)為』です。 とはいっても、これは簡単なことではありませんでした。 なにせロイ少年も言ったように、この世界の人々にとって帝國通貨は、とてもお金には見えなかったからです。 そのため、最初はなかなか受け入れられませんでした。 帝國はその解決方法として、本国から品物を取り寄せ、軍営業の売店で販売するという手段を用いました。 支払い方法はもちろん帝國通貨です。 ……というころはあのおねえさん、軍属なんですね。 この方法は成功しました。 お菓子や日用品だけでなく、医薬品や化粧品といった、帝國本国でも未だ貴重(といっても『手に入らない』と言うほどではなくなりましたが)な品々まで手に入るため帝国通貨に人気が集まり、現地通貨に対する帝國通貨の闇レートまで急上昇したのです。 これらの品々は貴族や金持ちに高く売れますので、帝國通貨の人気は高まるばかりです。 現在では、高くなり過ぎた帝國通貨の安定に苦労(下手するとこの世界の経済に悪影響を与えます。それは帝國の望む事ではありません)している程です。 ……もっとも、本当に通貨として受け入れられているかについては、未だに疑問が残ります。 軍属の獣人達の中には、『現物支給で働いている』と考えている者も未だ存在するからです。彼等は、帝國貨幣を『配給の券』だと思っているのですね。 ちなみにロイ少年が食べたお菓子ですが、似たようなものは勿論この世界にもあります。 しかしこの世界では、手の込んだお菓子など金持ちや貴族の独占状態あり、そんなものが庶民の入れる売店の店頭に並ぶこと自体が『凄い事』なのです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【第3話】 今日はこの町で宿泊。という訳で、おじさんは、僕にこの町を案内してくれている。 それ程大きな町ではないけれど、この町は品物で溢れていた。 「凄いだろう! 何しろ、帝國の大陸主要拠点の一つだからな!」 だから大陸中の品物や帝國の品物が、ここに集まるのさ。 そうおじさんは言って、得意げに胸を張る。 ……何故おじさんが? この町は元々ただの漁村で、僅か1年足らずでここまで大きくなったんだって。 現在も成長中で、『まだまだ大きくなる!』っておじさんは自慢してた。 ……だから、何故おじさんが自慢するのさ? しばらく町を歩いていると、大勢の親子連れや大人に引率された子供達が、ある場所で並んでいるのを見つけた。 ……何だろう? 「ああ、映画か。どうやら、子供向けの映画をやっているようだな」 「『えいが』?」 「よし!」  「?」 「『百聞は一見にしかず』、だ。見てみようじゃあないか!」 そう叫ぶと、おじさんは僕の手をつかんでどんどん歩いていく。 ……建物とは逆方向へ。 そして着いたのは、先程の売店。 「???」 まったく訳が分からないでいる僕に、おじさんが囁いた。 「軍の売店なら、入場券を割引で買えるんだ。」 成る程、そういうことだったのか。 多分さっきの建物の中では、子供向けの催しものが行われていて、入るには入場券が必要なんだ。 あの場所でも券を買えるんだろうけど、どうせ買うなら安い方でってことだね! 一人感心している僕を連れ、店に入ったおじさんは、大声で注文した。 「今やってる映画の入場券をくれ! 大人と子供1枚づつ、家族で!」 ……え? 「……おじさん?」 「しっ! 黙ってろ! 家族なら更に割引されるんだ!」 せ、せこい…… おじさん。さすがにそれはどうかと思うよ? ほら、おねえさんも困ってる。 「……えっと、陛下?」 おねえさんは、どう反応したら良いのか分からないようだった。 「大人と子供1枚づつ、家族で!」 でもおじさんは、そんなことおかまいなしで券を要求する。 「でも、陛下とその子は……」 よく考えてみれば、おじさんは有名人だものねえ。さっきの事もあるし、ばれてるよ。さすがに無理じゃあないかな? 「大人と子供1枚づつ、家族で!」 ……でもおじさんは、あくまで家族で押し通すつもりみたいだ。 そうこうしている内におねえさんはどんどん劣勢になり、遂に何かを諦めた様な表情で券を渡してくれた。 あっ、おねえさん半べそかいてる。 「ふっ、勝った!」 おじさんは何か一仕事終えたような、爽やかな笑顔で返ってきた。 「おじさん、大人気ないよ!」 「ぼうや、これは客と店との神聖な『戦い』なのだよ? 彼女は修行が足りなかったのだ」 「でもおじさんの方がずっと年上だよ? 第一、男じゃあないか!」 「神聖な『戦い』に、老若男女は関係無い」 「……悪い王様が、国民を苛めている様にも見えるよ?」 「うっ!」 あっ、今の一言は効いた様だ。おじさんは、さすがにバツの悪い顔をする。 「おじさん、ああまでして行きたくないよ。おねえさんに謝って、ちゃんとお金を払おう?」 「しかしだな、せっかく……」 「おじさん?」 「……わかったよ。」 おじさんは名残惜しそうに、何枚かの硬貨を僕に渡した。 僕はそれを持っておねえさんの所に行く。 「おねえさん?」 「何?」 「これ……」 「? ……ああ、いいのよ別に。」 おねえさんは、実にあっけらかんと言った。 「でも……」 「なあに? 子供はそんなこと気にしなくてもいいのよ? いいから楽しんでいらっしゃい」 「いいの?」 「いいの! それに帝國は、あの映画を一人でも多くの子供に見て欲しいそうよ? だから値段なんて、本当はあって無いようなものなのよ」 「そうなの?」 本当に帝國は気前がいいなあ。 ……あれ、じゃあさっきのやり取りは? 「ああ、あれ? ちょっと陛下の押しに驚いただけよ。陛下にお伝えして? 『今度は負けませんよ!』って」 僕の疑問が分かったのか、おねえさんは笑いながら言う。 そうか、そうだったんだ。 ……僕、一人で何やってるんだろ? 馬鹿みたいだ。 その後、元の場所に戻って長い行列に並ぶ。 やっと順番が回ってきて勇んで建物に入と、券を切るおねえさんもやっぱり困ったような表情をしていた。 とても大きな部屋に入ると中は座席で一杯で、その最前列に黒幕がかかっている。 手近な席におじさんとならんで座る。 しばらく待つと、部屋の中を女の人の声が響き渡った。 ――大変長らくお待たせいたしました。ただ今より、漫画映画『桃太郎の海鷲』を上映いたします。その前に、帝國政府発表の報道が御座いますので、御覧ください―― 部屋の中の明かりが消えると、黒幕が開いた。どこからか威勢の良い音楽が流れる。 『帝國政府発表!』 今度は男の人の声で、様々な世界の出来事が伝えられた。しかも動く絵(?)つきだ! でも絵にしては生々しい。まるで本物みたいだ。 ……もしかして、魔法? だとしたら、作るのにどれ位かかったのだろう?  魔法は何をするのでも恐ろしく高価で、僕達庶民にはとても縁の無い代物だ。これ程大掛かりな魔法なら、とてつもなく高価な物になるだろう。本当に帝國は太っ腹だなあ。 でも内容は殆ど覚えていない。 別のことで驚いていたし、正直僕には難しすぎたのだ。 第一、『どこそこの国の収穫量が、帝國のおかげで倍になった』なんて、確かに凄いけど他の国の平民にはあまり関係ないんじゃあないかな? なんで帝國は、いちいちそんな事を僕達に教えるのだろう? 謎だ。 そんなことを考えているうちに、急に音楽が変わる。 「おっ、始まるぞ!」 おじさんが教えてくれた。今度は、明らかに書いた絵と分かる『動く絵』だった。 僕は、それをポカンと眺めていた。 絵の中では、前面に立つ人が、整列する部下に説明している。 『攻撃目標は、鬼ヶ島艦隊主力と赤鬼空軍の撃滅である。 月月火水木金金における猛烈な訓練はこのためである。 だんじて鬼ヶ島を撃滅せよ』 そして説明を受けている部下達は……獣人だ! 説明が終わると犬、猿、鳥の部下達が、一斉にカラクリの飛竜に乗る。 あの獣人達は竜騎士様だったのか! 信じられない! 驚きの連続だ。僕は何時しか、拳を握り締めて『動く絵』を見ていた。 獣人の竜騎士様が乗ったカラクリ飛竜が、次々と敵の飛竜を落としていく。いけっ! そこだっ! 敵の艦隊が全滅した瞬間には、思わず歓声をあげてしまった。でも、僕だけじゃあないよ? 大部屋の子供達皆が歓声をあげたのさ! 映画が終わり、黒幕が閉じても、僕はまだ興奮していた。 僕も頑張れば、竜騎士様になれるのだろうか? そして…… 「あ〜、大変申し訳ないのだが……」 どこか遠くで、おじさんの声が聞こえる。 おじさん、今いい所なんだよ。 「お〜い、帰ってこ〜い」 「!?」 両肩を揺さぶられ、ようやく我に返る。 「……えっと?」 「おお! やっと帰ってきてくれたか! まあ取り合えずだな、……獣化を解けや。」 「…………(赤面)」 どうやら、また興奮のあまり獣化していたらしい。 本当に今日何度目だろう? 今まで数えるほどしかしていないというのに…… 「それから、それ謝って弁償しなけりゃあなあ」 おじさんは溜息を吐いて、僕の後ろを指差した。 見ると、椅子が粉砕されている。興奮した僕が、尻尾で壊したそうだ。 ……御免なさい。穴があったら入りたいです。 ――――第3話補足『帝國の宣伝戦略と映画』―――― 帝國は、この世界において様々な宣伝活動を行っています。 例えば『帝國製品高級化計画』(本編第5章第1話・裏)や『病院船による治療活動』(短編第4話)等の、各国上流階級に対するアピールです。 これらの対象は上流階級ですが、やがては庶民にも帝國の『凄さ』を知らしめることが出来るでしょう。 映画上映もこの宣伝活動の一環なのです。 映画上映は上記の計画とは異なり、庶民階級に対する直接的なアピールとして位置づけられています。 現在、帝國は様々な映画を格安(おねえさんが言った様に、『一人でも多くの子供(人)に見て欲しい』から『値段なんてあって無いようなもの』です)で、直轄領や邦國で公開しています。 娯楽に飢えた彼等は、この新しい『娯楽』に飛びつきました。 彼等は映画を通して帝國の『力』(大幅割り増しですが)を知り、帝國への憧憬を植えつけられていきます。 そして知らず知らずのうちに、帝國の価値観に染まっていくことになるのです。 この様に一見、帝國の目論見通り順調に進んでいる様に見えますが、やはり不慣れなせいか、良く見るとまだまだ様々な不手際が目に付きます。 例えば、ロイ少年が『正直僕には難しすぎた』『確かに凄いけど、他の国の平民にはあまり関係ない』と言っている様に、視聴者に対する考察が不十分なのです。 他にもいろいろ挙げられますが、これらの根本的な原因は、宣伝に対する系統だった考えが帝國に無いためでしょう。担当部署が複数に渡ることも、これに拍車をかけています。 要するに、帝國の宣伝活動は未だ手探り状態なのです。 とはいうものの個別に見れば、それぞれがそれなりに『成功』したといえるでしょう。 映画上映についても、決して失敗ではありません。 少なくとも、帝國への『憧れ』は植えつけられたでしょうし、映画をたくさん見ていけば、帝國の価値観も植えつけられていく筈です。 しかし帝國の宣伝活動が、それぞれの計画がバラバラであり、一貫性・継続性に欠けていることは否定できない事実です。 帝國もそれを痛感したのか、昭和18年も半ばに入り、ようやく宣伝の統一運用に関する研究班を発足させました。 将来的には、ドイツの宣伝省のような統一された組織の創設を目指していますが、関係部署が複数にまたがっていることもあり、前途多難です。