帝國召喚 短編「帝國海軍の『軍馬』 海防艦」 洋上を1隻の帝國船が航行している。 輸送船『しらね丸』。 某直轄領から鉄鉱石を満載して、帝國本国に向かう途中だ。 ……独航で。 実を言うと、これはそれ程珍しいことでも無い。 護衛艦艇も増えてきた昨今ではあるが、護衛対象と守備海域はそれ以上に増えている。とてもではないが、全ての船に護衛を付けるなど不可能な話だった。 それにこの種の艦の仕事は、船団護衛だけに留まらない。彼等には、やるべき事は他にも山とあるのだ。 よって海上護衛総隊は、船団護衛よりも航路防衛に力を入れており、船団に直接護衛を付けるなど余程の重要船団に限られていた。 ……それでも決して十分な数の護衛が付くことはなかったが。 (これは効率や港湾能力の問題により大規模な船団を組めない――大体5隻前後で10隻以上は稀――ことも大きい) ちなみに航路防衛とは、輸送船の通り道を予め『掃除』しておき、後は僅かな艦で哨戒するだけで済ますということだ。 輸送船は丸裸でその道を通る。 船団を組む――多くは2〜3隻程度だが――ことも多い。護衛が無くても船団の方が安全だからだ。 ……とはいえ、全ての船が船団を組む訳では無い。 高速船の場合ならば、下手に鈍足船と組むよりも単独航海の方が安全だろうし、第一、到着が遅れる。貴重な高速船を回す場合は、やはりそれ相応の理由があるのだ。 また鈍足船であっても、港湾能力の不足等の理由から、単独航行を余儀なくされる場合も少なくない。数少ない不幸が起こるのは、大体この場合である。 不幸にも、『しらね丸』の場合は後者だった。 港(らしきもの)から沖合いに停泊する輸送船まで、小型船で荷――主に鉄鉱石――を運んでいくのであるが、その能力上1隻の腹を満たすのに何日もかかるのだ。 とても次の船を待ってはいられず、必然的に単独航海となる。 処女航海――しらね丸は新造船だ――ということもあり、『しらね丸』はおっかなびっくり異世界の海を航海していた。 「……確か、この辺で海賊船に襲われた船があるんだってな」 「ああ、船員は皆殺しだそうだ」 転移初期、この海域で海賊に襲われた船があった。 この辺りは難所であり、速度を落とす必要がある。その際、待ち伏せされた海賊に襲われたのである。  以前座礁した船を襲い、味をしめた地方豪族の仕業だった。 「けどさ、軍の報復で全滅したんだろ?」 その後の帝國軍の報復は凄まじく、文字通りその地方豪族は殲滅された。 ……領地ごと。 領民達もグルだったことが理由であるが、辺境の現地民――どちらかといえば、『原住民』の方がその実態を良く表しているが――が海賊に早変わりすることは、この世界ではそれほど珍しいことではない。 彼等の非常に狭い世界観からすれば、『領主(或いは貴人)>>役人>>>>自分≒同郷の仲間>知っている人>>>>その他の人』であり、『その他の人』つまり『知らない人』など『どうなろうと知ったことではない』のだ。 ……例え死のうが殺そうが、である。 恐らく『狭い世界での絶対的な身分制度』による極度の圧迫と、『無知』『貧困』がそうさせているのだろう。 帝國は、後にそれを散々学ぶことになるが、当時の帝國にはそんなことを知る由も無い。 ただ通州事件の再現の様な事件に激怒し、断固たる報復を行なうのみであった。 「分からんぞ? もしかしたら生き残りがいるかもしれん」 その時ための武装だろう? と手の拳銃を見る。 この事件以降、輸送船にも武器を載せる様になった。 ……といっても、1隻につきせいぜい数挺の拳銃と刀槍程度に過ぎなかったが。 『しらね丸』にも3挺の拳銃と30発の弾丸、刀槍各5本が搭載されている。今回危険海域にはいったので、武装携行命令が船長から発せられたのだ。 「……せめて小銃があればなあ」 保安要員役を仰せつかった船員の一人がぼやく。 確かにこの程度の武装では、『無いよりはマシ』程度でしかない。 ……だが彼等は知らない。『兵器・技術管理法』により、拳銃の搭載すら危ぶまれていたことを。全海運会社必死の嘆願でようやくそれが認められたことを。 彼等はただ現状の不備を呪うのみだ。 ……まあ命がかかっているのだから、当たり前のことではあるが。 その時、見張り員の歓喜の声が伝声管から伝わった。 「前方に艦影! 海軍さんです!」 歓喜の声は忽ちのうちに広がり、手隙の者の大半が外に飛び出す。 そこには、確かに帝國海軍の艦が見える。 『しらね丸』よりも遥かに小柄ではあるが、『しらね丸』の船員には何よりも頼もしく見えた。 船員達の間に万歳三唱が響き渡る。 『ワレハ海防艦“大津” 貴船ノ船名ヲ知ラセ』 『ワレハ大阪商船所属“しらね丸”ナリ』 その後決まりきったやり取りの後、確認のため海防艦より臨検隊が派遣されることになった。 海防艦からは7名の水兵が派遣されてきた。皆皮鎧を着込み、軽機と小銃で武装している。指揮官である少尉の手には短機関銃が握られていた。 「海防艦『大津』所属、長瀬特務少尉です。失礼ですが、航行許可書を確認させて頂きたい」 指揮官が書類を確認する間も、部下達は油断無く周囲を警戒している。 一応兵役経験のある保安要員役の船員達には、彼等が戦い慣れしていることが直ぐにわかった。 「はい。書類は確かに確認させて頂きました。特に異常もありませんので、我等はこれで。皆さんの航海の無事をお祈りします」 いかにも慣れた手際で仕事を済ませると、長瀬特務少尉は敬礼して帰っていく。 「地獄に仏とは、このことだなあ」 臨検隊が去った後、船員の一人が呟く。 「全くだ。しかし、さすが海軍さんだな。危険なところにはちゃんといる」 「しかし、海防艦の水兵さんは大変だよなあ。なかなか内地に帰れない上、一年の大半は『海の上』らしいぜ?」 「……海防艦は忙しいからなあ」 何もこうした洋上警備や船団護衛だけが仕事ではない。砲艦外交だって何だってやるのだ。 この後も平穏は続き、彼等の航海は何事も無く終わった。 ……とはいえ、海防艦に出会ったことは決して無駄では無いだろう。 単独航海の彼等にとり、海防艦との出会いは何よりも励みとなった筈である。 現在の海軍の整備優先順位は、一に艦戦と新型海防艦、二に新型駆逐艦、三四がなくて五に『その他』と言われている。 つまり『その他』については非常な低率生産を行なっており、大半は日中戦争以前の平時並みの予算しか回されていないということだ。 (大型艦の建造については、通常の海軍予算とは別枠の臨時補正予算で建造しているし、工作艦を始めとする支援艦艇の建造/維持費に至っては、臨時どころか始めから海軍予算から完全に独立している) ちなみに、新型海防艦は海上護衛総隊や各方面艦隊及び鎮守府向け、新型駆逐艦は主力艦隊(秋月改型)や各方面艦隊及び鎮守府向け(松型)である。 新型海防艦については、年20隻以上というハイぺースで建造されている。 新型駆逐艦が秋月改型と松型合わせても年10隻以下(各4隻、計8隻程度)ということを考えれば、その突出振りが分かるだろう。 (予算総額からいえば、新型海防艦と新型駆逐艦との間に調達総額の大差は無いが、単価差を考えればどちらに力を入れているかは一目瞭然である) 恐らく二十年、いや十年もすれば、海軍艦艇の大半を海防艦が占める様になるだろう。 世間では、『海軍機の総艦載化』『艦載機の総艦戦化』とかいった些か大袈裟な煽り文句が溢れかえっており、海軍が最優先で艦戦を開発・生産しているのは良く知られている。 だが、その影に隠れてあまり表に出ないが、実は新型海防艦の整備についても同じ位重要視されているのだ。 ……何故そこまで海防艦の建造に力を入れているのだろうか? 従来の小艦艇――敷設艇/掃海艇/駆潜艇――の代艦も兼ねているということもあるが、それだけでは無い。 海防艦が最も手頃な、使い勝手の良い艦だからである。 従来の帝國艦には無い、手堅く纏まった対空/対水上戦能力は能力を持ち、大概の脅威に対応出切る柔軟さを持っていること。 僅か150トンそこそこの重油搭載量で航続6000海里以上という、足の長さと燃費の良さ。 (ちなみに夕雲型は重油搭載量600トン/航続6000海里、新型の松型駆逐艦でさえ重油搭載量370トン/航続3500海里という、新型海防艦の四倍近い燃費の悪さだ) 基準で1000トンにも満たぬ小型さと、ブロック工法を全面的に取り入れたことからくる調達価格の安さ。 使い勝手のこれ程良い艦は他にないだろう。 転移時における最新型の駆逐艦であった夕雲型と比べれば良く分かる。 排水量と人員は半数、燃費は四分の一、調達価格は三分の一程度とライフサイクルコストに関しては比べ物にならない。 砲力は、三年式12.7センチ平射砲6門に対し十年式12センチ高角砲3門と、対水上戦に関しては半分以下――実質三分の一程度――だが、この艦で艦隊決戦を行なう訳では無いので問題は無い(第一、この世界ならこれでも十分以上の砲力だ)。 そんなことよりも、三年式は平射砲なので、夕雲が機銃による個艦防空能力しか持たないのに対し、十年式は旧式とはいえ高角砲なので、新型海防艦が限定的ながらも艦隊防空能力を保有していることの方が、遥かに重要であろう。 速力は、35.5ノットに対して19.5ノットとやはり大きく劣るが、やはりこの艦で艦隊決戦を行なう訳では無いので問題は無い(第一、この世界ならこれでも十分以上の高速だ)。船団護衛や哨戒任務にも何等不都合は無いだろう。航続距離も同程度なので、進出/哨戒能力に差は無い。 水雷兵装については、言うまでもないだろう。 ……要するに、『艦隊決戦以外の全ての用途で従来型の駆逐艦よりも役に立ち、それでいてコストは遥かに安い』ということだ。 結果、新型海防艦はあちこちで働かされることとなる。 船団護衛から重要航路警戒、港湾/沿岸防衛、哨戒、対水中掃討、敷設、掃海…… これ程幅広い、多用な任務をこなす艦は他に無い。 『海防艦こそ真の主力艦』といわれる所以である。 海防艦は、邦國や同盟諸国の民にとっても馴染み深い艦となっている。 もし彼等が帝國海軍の艦を思い浮かべるとすれば、真っ先に思い浮かべるのは『帝國の力の象徴』たる戦艦や空母ではなく、これら海防艦であろう。 海防艦は、帝國の力の及ぶあらゆる海域――それこそ中央世界から辺境の果てまで――全てに出没して、その海域における帝國の権益を守っている。 また海防艦はただ帝國の権益を守るだけではなく、邦國や同盟諸国民の権益――漁民達の漁の護衛や商船保護等――を守ったり、災害や遭難の救援活動も行なう。 沿岸部に住むこれ等の住民の中には、海防艦に助けられた者も少なくない。海防艦は、邦國や同盟諸国民の『海の守護神』でもあるのだ。 彼等の行なう任務。これこそ正しく、海軍の真の仕事と言えるだろう。