帝國召喚 短編「“最強の竜”ワイバーン」 【1】 ――少なくとも我々人類が知る種の中では、ワイバーンは最も完成された『戦闘生物』である―― 「……では質問を続けます。貴方方の現在の技術力で、どの程度までワイバーン・ロードの性能を向上できますか?」 「我々は、現在でも最良のワイバーンを作り出しているつもりです。あれ以上のものは作れません」 「採算を度外視しても?」 「……確かに、大幅に調整単価を上げれば、ある程度の性能向上は得られるでしょう。ですが、そんなことをしたら肝心の数を揃えられなくなります。とても割に合いませんね」 「それで結構です。では単価を上たら、どの程度の性能向上が得られますか?」 「仮に調整単価を倍にしたとても、出力は一割上昇するのがやっとでしょう。それ以上は三倍にしようが四倍にしようが大差ありません。 ……まあ十倍にすれば明らかな性能向上が認められるでしょうが、そんな単価では無意味ですからね」 『明らかな性能向上』と言っても、1騎で2騎を圧倒出来るほどでは無い。 ならばその金で10騎調整した方が余程マシというものであろう。 「……つまり現在の技術力では、これ以上の性能向上は『事実上不可能』と?」 「そう考えて頂いて差し支えはありません」 調査官はそこまで聞くと、その魔道士――レムリア王国ワイバーン・ロード調整・開発局長――に数枚の写真と書類を手渡した。 「……これは?」 「読んで下さい。貴方方の言語に翻訳してあります」 それは、実戦配備目前のローレシア王国軍新型ワイバーン・ロードに関する報告書だった。 ……もっとも未だ不明な点が多いため、非常に薄い報告書ではあったが。 現在判明していることは、新型は三種いるということ。 一種は、新型の主力らしいが、性能は従来型と大差ない。 一種は、最高速度が520〜530キロ近くまで向上したタイプ。詳細は不明。 一種は、最高速度が570〜580キロ近くまで向上したタイプ。やはり詳細は不明だが、爆装していることが多いことから、攻撃型ではないかと推測される。 これは、ローレシア王国内に潜入した特務部隊からもたらされた情報だった。 事実とすれば、恐るべき性能向上である。  ……だが魔道士は、書類をペラペラとめくると鼻で笑った。 「ふん! 阿呆な真似を……」 「ほう? これだけで分かりますか?」 「分かるも何も、最初の奴は我が軍の次期主力ワイバーン・ロードと同じこと、調整を容易にする代わりに大幅に寿命を落とした種ですよ! 間違いありません!」 「では、二番目と三番目は?」 「二番目の奴は恐らく防護結界を、三番目の奴に至っては防護結界どころかブレス能力までをも削ったに違いありませんね。でなければこれだけの飛行性能を、とてもではないが得られない」 「ブレス能力まで? そんなことをしたら、何の役にも立ちませんよ?」 「要するに、爆弾運搬専用に特化した種ですよ。例の『対艦用魔法の槍』(対艦誘導弾のこと)の推進装置代わりでしょう。この方法なら爆弾だけ用意すれば、何度でも使えますし、撃墜も難しくなりますから」 「成る程」 「二番目の奴は、帝國の機械竜並の速力を付加するために、防護結界を削ったのでしょうね。速力が互角なら、機動性で圧倒できると考えたのでしょう。 ……一発でも食らえば『終わり』ですが」 「貴方方の計画では、この二種は含まれていませんでしたね?」 「当たり前です! 防護結界が有ると無いのでは、消耗率が違い過ぎます! なかなか補充のきかない竜騎士を丸裸で送り出すなど、自殺行為ですよ!」 「しかし貴方方は、ワイバーン・ロードの大幅増強を行うつもりでしたね? 竜騎士の数は大丈夫だったのですか?」 「……竜騎士の増勢は困難なため、竜戦士(ワイバーン騎手)の上位者もワイバーン・ロードに乗せる予定でした」 「竜戦士も?」 「はい。能力はかなり落ちますがね」 「何が、どの位落ちますか?」 「機動性が大幅に落ちます。『帝國の機械竜よりはマシ』程度にまでね」 要するに、最大の武器が封じられる訳だ。速度差を考えれば、多少の機動性の差程度では帝國機に対して苦戦は必死だろう。 が、それでもワイバーンよりはマシ。――そう判断したのだ。彼等の苦悩が伺える。 「ですが貴方の意見は、レムリアの魔法技術から類推しての話ですね? ローレシアが貴方方より進んでいたり、何か大発見をした可能性も否定出来ないのでは?」 本当にそう考えた訳では無い。帝國情報部も同様の結論を出しているのだ。 ……だがその言葉に、彼は声を荒げる。 「我等レムリア、帝國に敗れたりといえども世界列強が一つです! 『北の乞食共』より劣るなど、有り得ません!」 余程勘に触った様だ。ローレシアのことを『北の乞食共』と呼ぶほどの激昂振りである。 (ちなみに『北の乞食共』とはローレシアに対する蔑称で、『ローレシアには王と乞食しかいない』というかなり誇張された皮肉から出来た言葉だ) 「……失礼しました。しかし、これも仕事の内でして」 「兎に角、現在の調整技術――魔法技術全てに言えることですが――では、技術改良の積み重ねによる段階的な性能向上しか期待できません。あの様な性能は、真っ当な方法では不可能です。 ……そろそろ宜しいですか?」 「? 何かお急ぎですか?」 「ワイバーンの研究の途中ですので」 「貴方はレムリアにおけるワイバーン・ロード調整の第一人者なのでしょう? この上まだ研究を?」 「ワイバーン研究に、終わりはありません」 魔道士は大真面目な顔で答えた。 【2】 ワイバーンには、『世界的な標準種』が存在する。 と言うよりも、その『世界的な標準種』のことをワイバーンと呼んでいるのだ。他のワイバーンも、所詮は『世界的な標準種』の傍系や亜流に過ぎない。 つまり世界各国で使用されているワイバーンは、皆同じ種ということになる。 ……これは、かなり珍しい。 例えば陸戦用の戦竜は、各大陸や各地方毎に異なる種が採用されている。 なのに何故、ワイバーンについては世界中で全く同じ種が使われているのだろうか? それは、ワイバーンが『作られた種』だからだ。 その証拠は、いくらでも見つけることが出来る。 その最たるものが操縦法だろう。 ワイバーンの首の付け根には、魔力を感知する『こぶ』がある。 これに魔力を注ぎ込み操るのだが、これは『魔力ある者』が操縦することを前提としているからとしか考えられない。 無論、他の竜の様に手綱や鐙で制御可能だが、魔力による直接制御の方がタイムラグも少なく、複雑な機動も可能である。 ……まあその反面、適格者が限られてしまうが。 加えて寿命こそ30年と比較的短いが、僅か一年程で生殖可能となり、二年目には完全に成竜となる。まるで犬猫並の早さだ。 しかも成竜後二十年程は性能を保ち続け、その後五年程も緩やかに下降する程度である。死ぬ二〜三年程前頃からようやく急激に老化し始め、そのまま死に至る。 またその体格に比して、恐ろしく小食――帝國が科学的に推測した必要量の一割以下――である。 未だ詳細は不明ではあるが、その成長速度といい、大気中のマナを取り込んでるとしか考えられない。 他にも、竜にしては異常な程の大人しさと従順さ、寒冷地帯から熱帯地域まで場所を選ばない適応性、個体による性能さが極端に少ない(最大でも±5%程度で大半は1%前後の誤差で収まる)等々…… 挙げればきりが無い。 このような種族など他には存在しないだろう。 伝説によれば、ワイバーンとは遥か大昔に『とある組織』が長い歳月をかけて作り上げた魔法生物だそうだ。 その組織は魔道士の集団であり、自治領すら持つ治外法権組織だった。彼等は自治領である孤島に居を構え、日々研鑽を重ねていたと伝えられている。 ただ魔道士とは言っても人間の魔道士だけでなく、エルフやドワーフを始めとする人以外の種族――現在では伝説上で語られるに過ぎない種族すら――も多数参加する一種の多種族共同体であったらしい。一説では、ダークエルフすら存在していたとすら言われている。 しかしそれ故に、人類諸国に止まらず人類以外の諸種族からも危険視されていたことは想像に難くないだろう。 だが諸種族が組織に参加していることを逆手にとり、組織は絶妙なバランス感覚により中立を保ち続けた。 組織の存在を憂慮しつつも、諸種族は互いが互いを気にして牽制し合う。――そんな状況が数百年も続いたのだ。 その歴史に終止符を打ったのが、エルフ族である。 エルフ族は、突如『組織が世界の有り様を乱す発明をした』と宣言し、人類諸国に討伐を呼びかける。 多くの人類諸国がこの呼びかけに応じ、多くの勇者達が派遣された。彼等はエルフの下、様々な魔術により結界で守られた孤島を瞬く間に制圧する。 だが制圧後、島は突如として大噴火を起こして沈没。勇者達も組織の魔道士達も皆、海の藻屑となってしまう。 エルフ族は『組織が島ごと自爆した』と発表し、お詫びとして組織が開発した飛竜――ワイバーン――を各国に贈呈した。 各国はその性能に狂喜し、その後ワイバーンの増殖と研究に奔走することになる。 国により細部は異なるが、大筋は以上である。 ……全ては大昔の話。もはや何が真実かも判別つかぬ御伽噺だ。 【3】 「言い伝えの真偽はともかく、我々人類はワイバーンを研究し続けてきました。その研究成果により、人類の魔法技術、特に調整技術は飛躍的な発展を遂げたのです」 「ということは、当時の技術力では、まだワイバーンを生み出すことは出来なかったのですね?」 「何を仰るのです!? 今でも『不可能』ですよ! まだまだワイバーンは分からないことだらけです!」 「……しかし貴方方は、より上位種のワイバーン・ロードを、作り出しているではありませんか?」 その問いに、魔道士は自嘲気味に笑った。 「上位種? ワイバーン・ロードが!? ……悪い冗談ですね。所詮、ワイバーン・ロードは、ワイバーンの奇形に過ぎないのですよ」 「奇形?」 「ええ。ワイバーン・ロードは、生物として根本的な意味を持つ、『生殖能力』という能力をワイバーンから削り、その余力で魔力出力を増幅した『奇形』に過ぎません」 「…………」 「我々は、ワイバーンの種としてのバランスを崩すことにより、他の能力を向上させているのです。ですから我々の研究目的は、『如何にバランスを崩さずに、能力を向上させるか?』これにつきます。 ……もっとも、最新型のワイバーン・ロードでは調整の簡易化を追求するあまり、その寿命すらも削りましたがね」 その表情からすると、どうやら彼は最新型のワイバーン・ロードを、『駄作』と見做している様だった。 「では最後に、貴方はワイバーンをどう見ますか?」 「『現状では、最も完成された戦闘魔法生物』――これにつきますね。全てが高いレベルでバランスのとれている、汎用性の高い種です」 「ロッシェルでは、『究極の』と聞きましたが?」 「『究極』? 連中はそんな阿呆なことを言っていたのですか!?」 呆れたように首を振る。 「この世には、究極などというものなど存在しません。全ては進歩していくのですよ。究極と言えば聞こえは良いが、要は自己満足による努力放棄に過ぎません」 「成る程」 感心する。これが列強レムリアとロッシェルの『差』か。 「……時に、帝國の神は修行をしますか?」 「は?」 初めて向こうから質問してきたが、意味が分からない。 「武術でも、学問でも何でも構いません。それらを修行する逸話はありますか?」 「ああ、そういうことですか。勿論しますよ? しなければ、いくら神でも習得できないのでは?」 何でも無い様に答えたが、直ぐに『拙いことを言ったか!?』と気付く。 この世界では、神は人知を超えた存在。その正邪すら、人には理解出来ないとされているのだ。その様な神が、修行など…… だが、魔道士はそれを聞いて、初めて笑った。 「それは良い! 帝國とは上手くやっていけそうだ!」 「?」 「帝國では、神までもが修行すると聞き、安堵しました。神が努力するのなら、人如き卑小の身は努力するのが『当たり前』。今後帝國は、益々発展していくものと確信しましたよ!」 【4】 「……どうでした?」 聞き取り調査後、調査官に補佐として付けられたダークエルフの青年が尋ねる。 「正直、『魔法使い』というよりも、『技術者』といった感じだった」 「まあ、帝國風に言えば、『錬金術師』みたいなものですからね」 「……しかし言い伝えが正しいとすれば、エルフの連中は、何でワイバーンを渡したのだろう?」 今までの話によれば、貴重な魔法技術の塊だった筈だ。 「まあ世界各地で似た様な言い伝えがありますから、有る程度までは史実でしょうね。ですが、エルフがワイバーンを渡したのは、最初からの約束だったからでは?」 「と、言うと?」 「何かエサがなければ、人間の国々が動く訳無いじゃあないですか」 「確かに。ではもしかしたら、『島を爆破したのはエルフ』ということも……」 「考えられますね。他にも貴重な魔法技術の産物がゴロゴロしていた筈です。島に攻め込んだ連中が、その回収を目論んでいても不思議では無いでしょう」 「……『それを防ぐために』、か? だとしたら、連中油断できんな。いつ何時、その矛先が帝國に向くか分からん」 「あくまで可能性の話ですよ? 最早調べようもありませんし、疑えばきりがありません。 ……まあ油断できないという意見には、賛成ですが」 「何れ連中とは、きっちり白黒つける必要がありそうだ」 だが今はまだ早い、早過ぎる。後十年、いや二十年は欲しい。 「連中とやるとなったら大事ですよ?」 「直ぐにはやらんさ! やるのは俺達の後の世代だ」 それ位押し付けても構わないだろう。こっちも苦労しているのだ。 「……それを聞いて少し安心しました。自分は平和になったら、帝國の大学で民俗学を学びたいもので」 「民俗学? 随分変わってるな?」 ダークエルフならば、一に軍(陸軍士官学校、海軍兵学校)か帝大の経済・法学、二に帝大の理工系、三四がなくて五に各大学の経済、法学、理工系学部だろうに。 それを民俗学とは…… 「柳田先生の著作を拝読させて頂いて、興味をもったんですよ。将来はこの世界の民俗を研究したいですね。 ……まあ、とても族長や両親には言えない夢ですが」 だろうなあ…… ああ、だからさっきもあそこまで熱心に考え込んでいたのか。 「まあとりあえず、頑張れ」 まあ一人位、そんな風変わりなダークエルフがいても良いのでは? と思う。 「有難う御座います。 ……まず生き残ることが大前提ですが」 「……御互い前線送りだからなあ」 苦笑する。 レムリアの過半を制したとはいえ、未だ西方はきな臭いし、列強諸国の動向も不気味だ。これから一波乱も二波乱もあってもおかしくない。 どうやら青年が民俗学を学べるのは、まだまだ先の様だ。 でも、取りあえずは―― 「若い者の新しい門出を祝い、一杯やろう!」 「まだ先の話ですよ?」 流石に呆れている様だ。 「何、前祝さ! 戦利品の秘蔵酒があるんだ! レムリアはボルドー産の三十年ものだぞ!」 夢を見るのも悪くないと思う。