帝國召喚 短編「落日の零戦」 【1 昭和20年春】 3機の彗星が陣形を組んで飛行している。護衛は見当たらない。 ……いや、いた。 彗星のはるか後方を、やはり3機の零戦がヨタヨタと飛んでいる。 「太田さん! もう少し速度を落として下さい! 今の速度では、零戦隊が追いつけません!」 「おいおい、勘弁してくれよ。こっちは腹に爆弾抱えて飛んでんだぜ? それに護衛が追いつけなくてどうするよ?」 後部座席の黒沢一飛曹の警告に、太田一飛曹は『ヤレヤレ』と頭を振りながらぼやく。 「仕方が無いじゃあないですか。こっちは新品の新型ですが、向こうは旧型の上、使い込まれた老朽品なんですから……」 「整備不良か?」 「……整備班長に聞かれたら、ドヤされますよ?  なんでも知り合いの整備兵の話じゃあ、三菱が新型機――紫電改――の導入を見越して、零戦の生産調整に入っているそうです。あくまで噂ですけどね。 で、その影響が機体だけではなく部品にまで出ているらしくて、いろいろ整備の方も大変みたいです。部品をギリギリまで使い込まなければいけないそうで」 「生産調整? ……何故そんな真似を?」 「在庫を抱え込みたくないからでしょう? 海軍も発注を抑えているそうですし」 「おいおい、それじゃあ本末転倒だろう? その新型機だって、未だ量産準備中だそうじゃあないか。そんなことやってると、使える戦闘機が無くなっちまうぞ?」 「……正規空母では、部品は豊富だそうです。その分まで、こっちが割を食っているんですけれどね」 「俺達の母艦も準正規空母だぜ?」 彼等の母艦『飛鷹』は、商船から改装したとはいえ基準で2万を超える大艦である。速力も25ノットあり、搭載能力も正規空母並だ。 「正規空母と『準』正規空母じゃあ、同じ空母でも嫡子と妾の子位の差がありますよ」 これが軽空母なら養子、護衛空母なら拾児といったところか。 ……何れにせよ非常な現実である。 現在帝國海軍は、新型『艦戦』としてようやく制式化された紫電改の量産準備に入っている。 この紫電改は今月中には量産開始され、九六式艦戦――もはや完全な旧式機と化していた――と急ピッチで交代される予定である。烈風の開発が更に遅れれば、零戦の後継としても生産されるだろう。 何れにせよ新型機の開発に遅れ――陸軍より1年以上!――をとっていた海軍は、その遅れを取り戻すべく川西に対し大量の発注を既に行っていた。 ……だが、その大量発注の予算を確保するためには、当然何かが割を食わなければならない。 しかし彗星・天山等の新型機については削る事が不可能である。そんな訳で、旧式機の予算が真っ先に削られることになった。 もっとも割を食ったのは零戦である。 なんと、紫電改の制式化が確実視された昭和19年末には全機がキャンセルされ、以後予備部品のみの発注となったのだ。 メーカーである三菱も、零戦の将来に対して既に見切りをつけており、急速に生産ラインを閉鎖し始めていた。 ……その影響が、部品不足として現れてきているのだ。 勿論、これら一連の措置に対する異論は決して少なくなかったが。 それに待望の新型機である紫電改に対しても不安が残る。 紫電に比べて大幅に生産性・信頼性が向上したとはいえ、その稼働率に対しては未だに疑問が持たれていたのだ。 事実、陸軍でも新型機疾風の初期の稼働率は惨憺たるもので、『稼働率五割以下』という部隊すら存在した程である。 しかし陸軍には飛燕改があった。 飛燕改は信頼性が当初から高く、疾風がモノになるまでの間、陸軍戦闘機隊の『唯一の新型機』としての重責を果たしたのだ。 が、海軍には紫電改しか新型戦闘機は存在しない。 それに陸軍を例に挙げずとも、すでに海軍は新型艦爆『彗星』で、同様の事例に遭遇していた。 (その高性能に比例し、初期の彗星は非常に稼働率の低い機体であった) このため海軍当局は稼働率向上の秘策として、詳細な整備マニュアルを製作し整備兵を教育するとともに、液冷エンジンの納入検査を厳にし、合格基準を大幅に引き上げた。 (一時期、返品エンジンの山が出来た程である) この結果、彗星の稼働率は大幅な向上を果たし、主力艦爆としての地位を不動の物とすることに成功する。 もっとも『従来機より整備時間が長く、整備頻度も高い』という、根本的な扱い辛さが変わることはなかったが。 とはいえ、いつまでも零戦一本槍でいく訳にはいかないだろう。敵がワイバーン・ロードの大量集中運用を正式に導入した以上、もはや零戦は無敵ではなくなり、その『神通力』は急速に失われようとしていたのだから。 【2】 突如、真下の森林から閃光が上がる。 信号弾だ! 敵地に潜入した特別陸戦隊特殊作戦群からの『報告』である。 「合図だ! 敵の対艦誘導弾陣地があるぞ!」 太田が機体をバンクさせると、僚機が一斉に散開する。 「『魔法の槍』に注意しろよ!」 『対艦誘導弾陣地』には、必ず『対空誘導弾』を保有する対空部隊が護衛についている筈だ。 「分かってますよ!」 太田の警告に、黒沢が返事する。 「見えた!」 敵の『対艦誘導弾陣地』だ! そこ目掛け、一斉に爆弾を投下する。 爆音。が、戦果を確認する間もなく黒沢の警告が響く。 「右、後方! 『魔法の槍』1、2、3……更に増加中!」 「了解!」 彗星全機が次々に両翼の『小型爆弾』を投下した。 爆弾は落下して直ぐに分解し、大量の紙吹雪が舞う。 途中まで真っ直ぐ彗星目掛けて飛行していた『魔法の槍』が、紙吹雪の前に途端に行動を乱す。 その紙吹雪からの擬似生命反応により、混乱を起こしたのだ。 だが、それでも2発が向かってくる。 「畜生!」 連中も進歩しているとういう事か。 太田は唇を噛む。 以前はこれだけで、『魔法の槍』は完全に無力化できたのに! これじゃあ、鼬ごっこだ! いや、それだけではない。速力も機動性も、全てが進歩している。 以前は彗星ならば楽勝で振り切れたが、今では彗星ですら油断できない。ましてや九九艦爆で敵対空陣地に向かうなど、危険きわまりない自殺行為になっていたのだ。 「『魔法の槍』、墜落!」 暫く逃げ回っていると、魔力がきれたのだろう、『魔法の槍』が次々に落下していく。 ……以前より落ちるのが早い。速度が上昇した分、射程が縮んだのか。 ようやく安心できる材料に出会い、ホッとする。 見渡すと、彗星は1機も欠けてない。 まあ当然だろう。今回の『対艦誘導弾狩り』のため、母艦のベテラン下士官のみで編成しているのだから。 一応、零戦隊の小隊長(中尉)が総指揮官という形をとってはいるが、御覧の通り実際の主導権は、彗星隊『指揮官』の太田一飛曹が握っている。追いついた零戦隊は、遥か上空で旋回飛行しているのみだ。 第二波は来ない。どうやら敵の『魔法の槍』は、最初の第一波だけで種切れらしい。最初の一撃に賭けたのだろう。 そう読んだ太田は、戦果を確認するために機を森に近づける。不完全ならば、両翼の20ミリ機関砲で再度攻撃する必要があるからだ。 ……が、 「敵機出現!」 再び、警告。 見ると直ぐ近くまで、敵の飛竜が向かってきている。今まで伏せていたのだろう。数は8。しかも、あれは…… 「……ワイバーン・ロード」 護衛の零戦が立ち向かう。彗星が逃げるための時間を稼ごうとしているのだ。 熾烈な空中戦が展開される。 「くそっ!」 8対3、どう考えても分が悪い。 だが加勢しても同じこと、彗星は高速とはいえ所詮爆撃機に過ぎないのだ。 性能を熟知され対抗策が知れ渡った――これは零戦にもいえる――以上、ワイバーン・ロードの集団相手に戦闘機の真似事など不可能だ。逃げるしかない。 ……でも、8対6ならば。もしかしたら。 勝てないまでも、皆で逃げる位は。 そう考え首を振る。 自分一人ならともかく、後部には相棒が乗っている。そんな自分勝手な真似は出来ない。しかも臨時とはいえ、自分は小隊指揮官なのだから。 「くそっ!」 再び叫ぶと、爆弾を放った周辺に20ミリ弾をばら撒き、彗星隊は遁走した。 【3】 ――空母「飛鷹」。 太田は甲板上で空を眺めていた。他の搭乗員達も総出で空を眺めている。 「大丈夫、絶対に全機帰還する! 何しろ西山もいるんだから!」 一人が自分に言い聞かせるように呟く。 西山一飛曹は四航戦一番の戦闘機乗りであり、教導からも誘いが来た程の凄腕なのだ。 やがて、空に影が見えてくる。 「帰ってきたぞ!」 甲板上に歓声が沸いた。が、直ぐ沈黙する。 帰ってきたのは、僅か1機。しかも傷だらけだ。 損傷の激しい零戦がよろめきながらも着艦すると、中から大木二飛曹が降りてきた。 「大木!」 太田が駆け寄る。 「……太田さん」 「小隊長はどうされた! 西山は!?」 「……御二人とも戦死されました。」 その言葉に、太田は愕然とする。 「まさか!? 西山は30機撃墜のエース、しかもその大半がワイバーン・ロードなんだ! あいつが落とされる筈が無い!」 「……敵も凄腕でした。連携も取れており、8対3では逃げるのがやっとで」 「じゃあ、西山は……」 「それでも西山さんは1機落としました。でも、それで集中的に狙われて……」 「…………」 「ああ、気にされないで下さい。正直、同数の零戦でも厳しかったかと」 足手纏いのワイバーンを切り離したことにより、ワイバーン・ロードはその力をようやく発揮し始めていた。 速力でこそに一歩譲るものの、その機動性はいかなる帝國軍機の追従も許さない。 そして何より、搭乗する竜騎士達は帝國軍搭乗員の誰よりもベテラン揃いなのだ! 誰もの心にも、同じ言葉が浮かぶ。 『零戦の時代が終わった』 もう零戦は『無敵』では無い。 数年に渡る活躍によりその性能は丸裸にされ、対抗策も編み出されている。もはや同数のワイバーンロード相手ですら、『互角以上に戦える』とは断言できないのだ。 既に陸軍は戦闘機の世代交代を進めており、隼を始めとする『旧世代機』を急速に後方に下げつつある。 だとすれば、おそらく海軍の措置――何よりも紫電改の生産を優先する――は正しいのだろう。 が、それでも思うのだ。 もし、零戦の調子がもっと良ければ。 もしかしたら、西山は死なないで済んだのではないか? と。 ……それが所詮、思い込みに過ぎないと分かってはいても。