帝國召喚 短編「戦竜と鉄竜」 【0】 「もしかして、あれは馬か!?」 ロッシェル王国軍の将兵達は、始めて見る帝國軍馬を見て驚嘆した。 「こんな馬を、戦場に投入しているのか!?」 ロッシェル王国軍馬を見た帝國軍将兵も、驚嘆――というよりも呆れ――の声を上げる。 帝國軍馬とロッシェル王国軍馬、同じ『馬』としてくくるには、両者は余りにも違い過ぎたのだ。 ロッシェル王国軍馬、いやこの世界の馬は、元の世界における馬と比較してかなり小型だ。 ロッシェル王国軍における軍馬の条件が、『体高120センチセンチ以上』というだけでも、その小ささが分かるだろう。 (ちなみに帝國軍の条件は『体高160センチ以上』だ) 要は維新前の帝國在来種の馬、その中でも小型の種に匹敵するのが、この世界の馬なのである。 小型であるから、当然非力だ。 帝國軍馬とて決して力持ちではないが、この世界の馬に比べれば遥かにマシである。 何しろこの世界で『騎兵』といえば、軽装備――せいぜい薄手の皮鎧に短槍と剣――の小柄な兵と相場が決まっている位だ。 そんな貧弱な『騎兵』に、一体何が出来るだろう?  軽輸送か伝令、直接戦闘に参加しない指揮官が移動用に用いる程度であろうか? 後は、せいぜい斥候や遊撃任務が良い所で、とてもではないが本格的な会戦で正面から戦う等ということは不可能だ。 つまりこの世界の戦争において、馬はあくまで脇役であり、決して主役では無いのである。 では、主役は何か?  それは『竜』だ。 『竜』こそが、この世界の戦争における主役、花形なのだ。 【1】 竜にも様々な種があるが、総じて馬に比べて遥かに強靭な種であり、生命力や力などのあらゆる面で馬より優れている。 例えば、戦闘用の竜(戦竜)は重装備の竜騎士と共に、馬並みの速度――例外も多々あるが――で敵陣に突っ込めるし、輸送用の竜は馬の何倍もの重量の荷を牽引することが出来る。 欠点は馬よりも大喰らいなことだが、体重を考えれば、むしろ馬よりやや小食だ。 加えて、『馬数頭分の働きが可能なこと』『(馬数頭分の働きが可能なことにより)実質的に馬よりも御者が少なくて済む』等の利点を考えれば、余程経済的である。 何より魔法や魔力に対しても強靭であり、魔道による改良も可能なのだ。これは大きい。 この特徴を活かし、古来より竜、特に戦竜は、様々な魔法技術により各国で改良されてきた。 真っ先に手を加えられたのは、竜自身の『攻撃力の強化』であろう。 竜は馬などと異なり、自身もその牙や尻尾による攻撃が可能である。その攻撃力は元から高い。 しかし、これらの武器は、近接している敵にしか使えないという欠点があった。 それを一歩進め、竜にも遠距離における攻撃手段、『ブレス攻撃』を付加したのである。 質量を伴った火炎(魔法)攻撃がスタンダードで、初期は炸裂式のみであったが、後に貫通式のブレス能力も開発・付加されている。 (戦竜は、この『ブレス攻撃』能力により、『炸裂式のみ』『貫通式のみ』『両方可能』『ブレス攻撃不可の従来種』の4タイプに分類される) 次に手を付けられたのが『防御力の強化』。防護結界の付加である。 敵陣を正面から突破することを目的とし、全周囲均等防御のワイバーン・ロードとは異なり、防御を敵の攻撃を最も受ける『正面』及び『側面の前半三分の一』のみに絞込むことにより、ワイバーン・ロード並みかそれ以上の防御能力の獲得に成功したのだ。 (戦竜は、その『防護結界』能力により、『防護結界あり』と『防護結界無し』の2タイプに分類される) 【2】 以上の様に陸戦用の竜(戦竜)には、魔法による改良を施していない在来型から、魔法により『攻撃力の強化』または『防御能力の強化』のみを施したもの、或いは『攻撃力の強化』と『防御力の強化』の両方を施した竜が存在する。 未だに在来種を用いているのはコストの問題、どちらか一方のみを強化しているのはその国の魔法技術力の問題であろう。 (両方の強化を施すには、一定以上の国力と魔法技術力の双方が不可欠) また、『攻撃力の強化』と『防御力の強化』の両方を施した竜にも、大きな格差がある。 投入するコストと魔法技術の差により、その竜の魔力出力(大気中のマナを魔力に変換できる量)に大きな差が出るのだ。 魔力は、ブレス攻撃や防御結界の維持に回されるため、魔力出力の差は竜の戦闘能力の大小に直結する。 逆説的に言えば、『その竜種がどの程度の魔力出力を保有しているか』により、その竜の戦闘能力、ひいてはその国の魔法技術力がわかるのである。 ……とはいえ、現実には例え列強と言えども、未だ戦竜を攻撃力と防御力を高いレベルで安定させること不可能だ。 もし、魔力を攻撃力と防御力を均等に分ければ、たとえ列強の戦竜といえど、どちらつかずの非常に中途半端な戦竜となってしまう。 そのため、戦竜はその目的に応じて、以下の4タイプに大別できる。 @在来型 何の強化もされていない戦竜。 コストが安いので大量運用が可能。 小国では主力戦竜だが、大国では二線級である。 元の世界における豆戦車の様なものだろうか? A機動遊撃型 『攻撃力の強化』に的を絞った戦竜。 『防御能力の強化』は全く施していないか、施していても軽度。 元の世界における巡航戦車の様なものだろうか? B陣地突破型 『防御力の強化』に的を絞った戦竜。 『攻撃力の強化』は全く施していないか、施していても軽度。 元の世界における歩兵戦車の様なものだろうか? C重陣地突破型 重防御の敵陣を突破するため、『防御力の強化』を更に推し進めた戦竜。 開発・生産には、多額の資金と高度な魔法技術力を必要とする。 魔法出力増大のために巨大化し、必然的に機動力が大幅に低下したが、歩兵とともに突撃することを前提としているので、さして問題にされなかった。ある程度の『攻撃力の強化』も施されている。 元の世界における重戦車の様なものだろうか?  これら四種を戦況に応じ、組み合わせて戦うのである。 ……もっとも、重陣地突破型の戦竜を開発・生産できる国家など、列強位のものだろう。 他の国々――大国と呼ばれる国々でも――では、どう足掻いても重陣地突破型の戦竜を開発・生産することは不可能であり、機動遊撃型や陣地突破型の戦竜であっても、列強のそれよりも魔力出力の少ない、非力な戦竜しか作れないのだ。 (中級以下の国々に至っては、そもそも開発どころか生産すら不可能) たとえ同じ運用目的の戦竜であっても、列強とその他の国では、大きな差があるのである。 『戦竜に対抗できるのは戦竜しかない』のが現状――特に野戦においては――である以上、この差は深刻な問題と言えるだろう。 ……何しろ戦竜の差が、そのまま軍事力の差として跳ね返ってくるのだから。 【3】 戦竜は、『陸戦の王』と称され、長い間陸軍の象徴で有り続けた。 戦場における主導権が、飛竜の戦闘結果に左右されるようになったと言われる現在ですら、その重要性は変わらない。 戦竜は、相変わらず陸戦の王として君臨し続けていた。 しかし、突如として戦竜の前に『天敵』が現れた。 帝國の『鉄竜』達である。 特に、後に『攻撃力・防御力・機動力の全ての面で、高レベルでバランスがとれている』と絶賛される九七式中戦車改や、只でさえ強靭な一式を更に発展させた、悪夢のような一式中戦車の前では、戦竜など赤子も同然であった。 その長砲身47ミリ砲は、どんな戦竜だろうが――たとえ重陣地突破型だろうと――1キロ以上離れていても余裕で撃破可能であったし、その最大25ミリの『帝國鋼』――その強靭さから、鉄とは別の金属と考えられていた――の鎧の前では、どんな戦竜のブレス攻撃であろうが全くの無力だったのだ。 戦竜が九七式改や一式を倒す方法は、ゼロ距離での連続ブレス攻撃か、視察孔への狙撃しか無かった。 この非情な現実は、戦竜の運用、そして戦竜のあり方そのものにまで影響を与えた。 少しでも帝國の鉄竜に対抗できる様にするため、全ての魔力を攻撃力に回し、それでも足りずに、魔力出力そのものにまで手が加えられる。 必然的に戦竜は巨大化し、重陣地突破型の戦竜並みの巨躯となっていった。 全く無防備な、通常の戦竜の倍近い体躯。そして、歩兵について行くのがやっとの鈍足と動きの鈍さ…… そこには、かつての『陸戦の王』の姿はなかった。 その運用法も、『地面に穴を掘り、そこに身を潜めて至近距離から不意を襲う』という柔軟性の無い、防御的なものとなってしまったのだ。 それは、もはや戦竜ではなく、歩く砲台に過ぎなかったのだ。 ……こんなモノに大金をかけるなら、他に幾らでもマシな使い道があるだろう。 そこまで到達した時、誰もがその事実に気付いた。 以後、機動遊撃型と陣地突破型、従来型の基本三種のみが生き残り、重陣地突破型や上記の『奇形』は急速にその姿を消していく。 鈍重な戦竜では、新しい戦場、強者との戦場では生き残れないことが判明したからだ。 とは言え、戦竜そのものが否定された訳では無い。 帝國以外の国々には依然として有効であったし、帝國軍に対しても、歩兵部隊相手ならばそれなり以上に有効な働きを示すことが出来る数少ない兵種なのだ。 これからも戦竜は陸軍の象徴で有り続けるだろう。 だが、最早『陸戦の王』では無くなってしまった。 その地位は、帝國の鉄竜達に奪われてしまったのだ。 帝國の鉄竜こそが、新たな『陸戦の王』として君臨する。 ……そんな時代がやってきたのである。