帝國召喚 短編「帝國軍の防空体制、その現在と未来」 【0 昭和18年末 帝國直轄領、バレンバン大油田地帯】 「対空電探、感あり! 50度、40キロ、編隊、近ずく、大きい!」 「対空戦闘用意!」 点在する各飛行場から、次々と多数の迎撃機―― 一式戦U型と二式戦――が離陸していく。 「敵編隊、迎撃網突破! 接近中!」 「高射隊、撃ち方始め!」 油田地帯を取り囲むように点在する高射砲部隊が射撃を開始。忽ち濃密な対空砲火が形成される。 だが、一部が突破して爆弾を投下した。 「消火! 急げ!」 直ちに消防部隊が火災地点に急行。消火活動が開始される。 「……どうだ?」 「大分動きが良くなってきましたが、所詮は演習です。実際にやってみないと、なんとも言えませんね」 「そうか」 防空指揮官の答えに、総督は重々しく頷いた。 【1】 唐突だが、領土防空は陸軍の任務である。海軍は、あくまで基地周辺の防空しか行わない。 飛竜の航続距離とこの世界の航海技術から考えて、大洋のど真ん中にある帝國本国に対する空襲は、『常識』から考えてもまず有り得ない。 第一、位置さえも未だ知られていないのだから。 まあ油断禁物ではあるが、現状ではそれ程深刻に考える必要は無いだろう。 ……だが、大陸各地に存在する直轄領となると、話は別だ。 実際、陸軍はその可能性を憂慮している。本国空襲に比べれば、政治的意義こそ大したことはないが、実害は相当な物になる。下手をすれば、致命傷にすらなりかねなかった。 何故か? 直轄領は、その大半が帝國を支える資源地帯とそれを輸送する港を含んだ地域であり、文字通り帝國の生命線だからである。 つまり直轄領こそが、帝國の弱点なのだ。それを防衛する陸軍の責任は、重大と言えよう。 勿論、陸軍とてその事は重々承知の上である。だからこそ、精鋭4個師団を基幹とした大規模な駐留軍を組織し、派遣しているのだ。 多数の重砲と戦車すら擁する各駐留軍地上部隊は、陸戦においては如何なる軍からも、直轄領を守り抜けるだろう。 ……『地上戦』ならば。 陸軍は、敵地上軍からなら直轄領を守りきる自信があった。 だが、敵航空部隊からの襲撃については、一抹の不安を残していた。自信を持って、『守りきれる』と言い切れなかったのだ。 直轄領に『防空戦力がない』という訳ではない。むしろ、多数の戦闘機と高射部隊に守られている。 だが、それでも…… 陸軍は、『守りきれる』と断言出来なかったのだ。 【2】 この世界の航空戦力の主役は、ワイバーンと呼ばれる飛竜だが、こいつは非常に厄介な存在である。 まず航空機のような爆音を出さず、非常に静かなのだ。これでは音で気付いた時には遅すぎる。当然、聴音機など役に立たない。 そして何といっても最大の特徴は、その驚くべき超短距離発着性能である。 何しろ、滑走路を必要としないのだ。これは非常な脅威で、帝國軍の戦略を根本から揺るがす恐れすらあった。 『滑走路を必要としない』と言うことは、『敵飛行場の撃破すれば終り』の元の世界とは異なり、最後の敵飛竜を倒すまで安心できないということを意味している。 その間は何時、何処で襲撃を受けるのか分からない。 もしゲリラ戦を仕掛けられれば、対空火力の貧弱な地上部隊は大損害を受けるだろう。 だからこそ陸軍は、応急処置として師団内に急遽機関砲隊を新設する事を決定したのだ。これでも不十分だが、無いよりはマシである。 幸い今までの敵は、多数の飛竜を出撃させるために大規模な拠点から出撃したし、また騎士としての誇りからか、決してゲリラ戦は行わなかった。 ……何よりも、それがこの世界の『ルール』だったから。 だが、いつまでもそうだと考える程、陸軍は楽天家ではなかった。 負けると分かっているルールで、何時までも戦い続ける阿呆はいない。 ましてや、帝國はルール外の存在なのだ。『早晩、敵は近代的な戦術で対抗してくる』――そう陸軍は覚悟していた。 陸軍は敵の飛竜を恐れ、戦闘機と並び最優先で高射火器を購入していく。失敗に終わったが、敵飛竜に対抗するために自軍に飛竜部隊の新設まで行った程だ。 こうして敵飛竜への『攻撃手段』は、徐々にではあるが増えていった。 ……では、肝心の探知手段は? 現在、一番確実なのは目視による警戒である。 幸い、今の所飛竜の夜間飛行は、極少数の例外を除いて不可能だ。各直轄領では、相当数の通信機付き対空監視哨が設置されている。 その次は新兵器、電波警戒機(レーダー)だ。 陸軍は現在、この新兵器の開発に力を入れている。 現状では信頼性・精度に劣る上、死角も大きいため、精々『鳴子』程度の役割しか果せていないため、費用――莫大な開発費を投入している――に見合う効果が得られているか、甚だ疑問ではある。 それでも陸軍は、このレーダーに大きな期待を寄せていた。これ以上の探知手段は、レーダーの性能向上でしか得られないと判断していたからだ。 陸軍は直轄領各地にレーダーを設置し、運用を開始している。レーダーで大まかな網を被せて早期警戒とし、監視哨で詳細を確認するというシステム――つまり現在のレーダーはその程度の精度・信頼性でしかない――だ。 最近では直轄領の防空戦力も充実してきており、最も強固なバレンバン地方など、相当な防空能力を有していた。 <バレンバン防空軍> 航空情報隊――電波警戒隊(複数)、対空監視隊(複数)、通信隊、他 防空飛行団――3個戦闘機戦隊(一式戦U型、二式戦装備)、偵察飛行隊、他 高射砲旅団――4個高射連隊(高射砲大隊、機関砲大隊、照空大隊、他)、他 防空司令部、付隊 このように、陸軍は決して多いとはいえない予算を振り絞り、最優先で防空・対空体制を整えている。その効果は現れ、徐々にではあるが防空体制が整いつつあった。 ……それが本当に役に立つかどうかは、誰も分からなかったが。 【3】 では、海軍はどうだろう? 海軍も一応レーダーの開発を行ってはいる。だがそれは、『陸軍がやっているから』という理由が多分に存在しており、その熱意は決して高いとは言えなかった。 第一、その様な必要性を感じなかったからだ。 海軍は艦隊の防空能力――空母を組み込んだ――に、絶大な自信を持っていたのである。 初期の『事件』により、各艦の対空火力も充実しており、その防御力は『鉄壁』とすら豪語していた。陸軍とは異なり、敵航空戦力に対してシビアな見方をしていたのだ。 確かに敵飛竜の航続は短いため、余裕でアウトレンジできたし、何の障害物もない海面上では陸上に比べ、遥かに容易に早期発見が可能である。また仮に命中しても、敵の爆弾の威力は低い。 これでは『取るに足らぬ』と考えても、ある意味仕方の無い事だったのかも知れない。 その自信に変化が起きたのは、ロッシェル戦役終結直前における、敵飛竜部隊の『特攻』によってである。 この『事件』は、陸海軍それぞれに衝撃を与えた。 最も衝撃を受けたのは、やはり陸軍である。 『遂に恐れていた事が起こった』――陸軍はそう判断した。 小規模とはいえ、これまでの戦法とは全く異なる飛竜のゲリラ的運用。 それは陸軍が、心底恐れていた物だった。 陸軍は戦訓研究の結果、『早期警戒能力の不備』を原因の第一に挙げた。この戦訓により、陸軍のレーダー研究は更に加速していくことになる。 無論、海軍も衝撃を受けた。 ……それはそうだろう。自慢の機動部隊が手傷を負ったのだから。 だが海軍は、戦訓研究の結果、『対空火力の不足』と『直援機の能力不足』を原因の第一に挙げた。 『対空火力の不足』については仕方が無い。近い内に哨戒艇に転用予定の旧式艦なのだから。 特型以降なら対空火力が数倍はあるし、計画中の新型駆逐艦ならそれ以上なので問題は無い。 ――そう判断した。 問題は、『直援機の能力不足』である。 海軍はこの戦訓により、新型艦爆『彗星』の導入を決定した。海軍は以後、航空機の能力向上に驀進することになる。 同じ戦訓で、陸海軍はそれぞれ違う結論に達したのである。 どちらが正しいか、或いは両方とも間違っているのかは、未だ不明である。それは今後、明らかになるだろう。 だだ一つ言えることは、『敵も準備をはじめた』ということだけだった。