帝國召喚 短編「転移初期における帝國の食糧事情」 ――昭和18年 帝國本国、某連隊―― ラッパが鳴る。どうやら昼食の様だ。 兵達は、雑談を交えながら各々食事に向かう。 ……だが、食事を見た彼等は、一様に顔を顰めた。 机の上には、漬物の小皿に若布の味噌汁の椀、そして丼一杯の肉が各自に用意されている。肉は食べ易いように、よく湯通ししてから薄く切られ、甘辛く薄味に煮付けてある。 「また肉かよ……」 こんな文句が、あちこちで囁かれた。 だが、口うるさい筈の班長達も、何も言わない。 彼等とて、全く同意見だったからだ。 丼の肉を箸で掘り返していくと、底のほうに赤ん坊の握り拳程の『飯』が、申し訳程度に隠れていた。 「……これで『すき焼き丼』って、詐欺じゃないか?」 「俺、もう肉駄目。最近腹の調子が悪いよ……」 「我慢しろ。飯が足りないなら、あの『野菜』を飯代わりに喰え。腹の調子が悪い? 貴様、毎食後に支給されている消化薬を、ちゃんと飲んでいるか?」 今度は流石に、班長の叱責が飛ぶ。 ……だがそう言う班長も辛そうで、箸で肉を突付いているだけだ。 ちなみに『野菜』とは、班員全員で集めた雑草のことで、水洗後茹でられて大皿一杯に盛られている。これと一緒に、肉を根性で食べるのである。 「班長殿! 我が連隊は、大陸に送られないのでありますか?」 大陸に送られれば、腹一杯米――シュヴェリン産の――が食べられる。だから兵達は、大陸派遣を心待ちにしているのだ。 「……当分、その予定は無い。第一、我が連隊は平時編制だぞ? 大陸に派遣されるのは、戦時編制の部隊だけだ。まあ来月には、『神州大陸』に派遣されるだろうから、それまで我慢しろ」 食卓に、ホッとした空気が流れる。 『神州大陸』島派遣時には、大陸派遣時程ではないが、米の支給が増やされる。あと少しの『我慢』だ。 ……しかし、何故こんなことになったのだろう。 昭和16年末。帝國は、突如として、異世界へと『神隠し』に遭った。だが、その事実が國民に知らされたのは、昭和17年も半ばを過ぎてのことである。 この『神隠し』は、『転移』と政府から発表されたが、國民にとってはその様なハイカラな言葉よりも、『神隠し』の方が余程分かり易く現実を物語っていた。 だから彼等は、この現象を『神隠し』と呼んだ。 この大事件は、当時の新聞や雑誌で連日の様に取り上げられ、ちょっとした『新世界』ブームを巻き起こした。 とはいえ、國民の戸惑いは、殆ど(というよりも全く)無い。 彼等にとって、外国など縁の無い所であり、正直、『どうでも良い』ことだったのだ。 これが『元の世界に身内を置いて』ならば、また話も違ったであろうが、幸い全ての國民が戻ってきている。 海外の権益・領土全てを失ったが、まあそれは『自然災害』みたいな物。不幸だが仕方の無い事だ。家族や親族が無事戻ってきただけでも、良しとしなければならないだろう。 ――そう國民は考えていた。 そんなことよりも、漸く先の見えない戦争がようやく『終わった』ことに、誰もがホッとしていたのである。 ……さて、庶民はそれで済むが、政府はそうはいかない。 当然、今後のことを考えなければならないのだ。 やらなければいけないこと、考えなければいけないことは、山ほど有る。 資源・食料の確保、大陸に居住していた國民の就職等々……  挙げればきりが無い。 何よりも差し迫っていたのは、やはり食料問題であろう。 人は、食料が無ければ生きていけない。帝國は、大陸の穀倉地帯を失っており、早急な食料の確保が必要とされていた。 幸い、転移時に一緒に転移したのか、帝國近海では見慣れた魚ばかりである。 だが一歩外洋に出ると、途端に見知らぬ魚ばかりだ。帝國が大洋の真ん中に位置するせいか、この世界の漁師達も知らない魚もいる。 取り敢えず見知らぬ魚は研究や肥料に回し、既に知られている食用魚類のみ配給に回された。 特に重宝されたのが、『海竜』である。 何しろ鯨並の量の肉が獲れ、味も悪くない。その上栄養も豊富とくれば、獲らなければ損というものだろう。 『海竜』は以後、『海の肉』として帝國の腹を満たすこととなる。 『海の肉』があれば、当然『陸の肉』もある。 帝國の直ぐ近くに巨大な島があり、名を『神州大陸』という。 この島には、多数の『害獣』が生息しており、開発の際多数が狩られていた。これらの後始末に困った政府は、これらの『害獣』を食肉に回す決定をした。 勿論、異論が噴出した。 誰もが、二足歩行の『害獣』など、食べたくも無かったからだ。 ……だが当時の帝國には、その様な『我儘』を許す余裕等、存在しなかったのである。 『害獣』は憲兵隊の監督の下、解体されてから秘密裏に本国に送られた。 國民には、ただ『獣肉』としか教えられず、現地の帝國軍幹部にすら、知らされることは無かった。 ……まあ、薄々は感付いていただろうが。 この極秘任務は、数年の間続く。 このような形振り構わぬ政策の結果、帝國の食糧事情は『一応』好転した。 少なくともカロリーべースでは、史上最高の栄養状態となったのである。 だが、内容的には大いに問題がある。 米を減らす代わりに、『肉?』や『魚?』が大幅に増え、主食と副食の立場が逆転しまったのだ。 更に、高年の者には配慮して米の割合を増やしているため、その皺寄せが若者に来ていた。 例えて言えば、『毎日米抜きで焼肉喰え』と言うような物で、流石の若者達も音を上げた程だ。 帝國がこの不均衡をようやく是正できたのは、転移後何年もしてからのことである。