帝國召喚 短編「とある水雷科士官の夢の終わり」 軽巡洋艦『大井』『北上』。 艦隊決戦の切り札として、連合艦隊の期待を背負った艦である。 ……転移前までは。 しかし異世界への転移という、常識では考えられない出来事により、その立場は急変した。 この世界では、自慢の酸素魚雷も『宝の持ち腐れ』でしかない。 いや、現在では魚雷そのものの存在価値すら疑問視されている。 魚雷は高価な兵器なのだが、その攻撃対象が事実上存在しない――確認できていないだけなのかもしれないが――のだ。 魚雷の存在価値は急落した。 今や駆逐艦ですら、予備魚雷どころか発射管内の魚雷さえ半分程度しか満たしておらず、巡洋艦に至っては雷装撤廃の憂き目にあっている。 この『大井』『北上』も雷装を撤去(撤去した雷装は建造中の駆逐艦へ)され、港に綱がれっ放し。殆ど予備艦扱いだ。 主兵装を奪われた両艦は、まるで落ち武者のような哀れさを醸し出していた。 「まるで俺達の状況を表しているかのようだ……」 両艦を眺めていた一人の海軍少佐が呟いた。背中が煤けている。 魚雷がいらないということは、それを扱う水雷科もいらないという訳で、当然水雷科は大幅な縮小を余儀なくされている。 ……なにせ駆逐艦ですら、重巡のように戦う御時世だ。 余った人員は当然転科だが、幾つかの道がある。 『艦を降りる』 つまり、陸に上がってデスクワークに専念という訳だ。陸に上がった河童である。 『特別陸戦隊へ』 増強著しい特別陸戦隊が、人手を募集している。陸軍の真似事など御免だが。 『砲術科へ』 やはり増強著しい砲術科が、人手を募集している。ただし扱うのは機銃である。当然肩身は狭い。  この三つが主な転科先だが、どれも先行きは暗い。 しかも基本的に大尉までの若手が対象であり、少佐以上の転向は難しい。中佐以上だと文字通りの『飼い殺し』だ。 だがそれにも係わらず、優秀な者程逃げ出していく。さながら沈没する船から逃げ出す鼠だ。 とはいえ、無理も無いだろう。 なにせ今後建造される艦は、巡洋艦は雷装無装備、駆逐艦でさえ四連装発射管1基のみという有様だ。水雷科の将来は真っ暗である。 結局、行く先は陸上でのデスクワークとなった。窓際という奴だ。 もう艦長になるという夢は果たせそうにない。 畜生。最初から砲術科にすれば良かった。砲術なら絶対大丈夫だったのに。 ……水雷が駄目になるとも考えなかったけれど。 時々夢を見る。『大井』や『北上』の艦長として、アメリカの戦艦群に突撃する夢だ。 そんな夢を見た次の日は、必ずここに来る。 『大井』と『北上』の哀れな姿は、嫌でも自分を現実に引き戻すからだ。 辛いけれども必要なことだった。自分の居場所はもう此処にはないのだから。 暫く両艦を眺めていた少佐は、やがて眺める事を止めて基地に向かい歩きだした。 そして途中一度も振り返ることはなかった。