帝國召喚 短編IF「大いなる誤算」 【01】 帝國軍がローレシア本国に侵攻して半年…… 恐れていた『冬』――想定より一月も早い――が遂にやってきた。 帝國はたちまちの内に、東部戦線で苦闘しているであろうかつての友邦ドイツと同様の事態に陥ってしまう。 ……いや。状況は更に悪いだろう。 ドイツ軍よりも遥かに劣る兵站能力に加え、鉄道すらない未熟な現地インフラ。 只でさえ不安があった帝國の兵站は遂に限界に達し、現在では進撃どころか、戦線を維持するだけで精一杯という有様だった。 ――ローレシア派遣軍総司令部。 「撤退は認められない! 帝國の面子に賭けても、だ!」 直談判に来た同盟国や邦國諸将の前で、帝國派遣軍司令官は声を荒げる。 「しかし…… 面子ならば、王都を占領したことで既に達しているではありませんか!」 「それに御自慢の兵器も、『冬の王』の前に凍り付いている様子。このままでは数に劣る我等は……」 「左様。このままではジリ貧ですぞ?」 だが諸将も粘る。彼等とて必死なのだ。 それにこれは彼等だけの意見ではない。 「これは我等だけの意見ではありませぬ。前線の帝國軍諸将も同様の意見ですぞ!」 事実だった。 この作戦に参加している師団長、二人が二人とも撤退を具申していたのである。 だが、帝國の司令官はあくまで強硬だった。 「彼等は命令違反により更迭する! 帝國軍はあくまで前進を続けるのだ! 貴官らは撤退したければ撤退したまえ! 我等は単独でも戦い続ける!」 「…………」 そこまで言われたら引き下がるしかない。所詮、彼等は帝國の傘下に過ぎないのだから。 「……わかりました。ですが我等とて武人、そこまで言われては引き下がれませぬ」 一人の将が代表して答える。 「宜しい。帝國はその働きを評価するでしょう」 司令官は満足気に答えた。 彼等が退出した後、司令官は一人考えていた。 確かに状況は悪い。 だが、帝國軍は戦って敗れた訳ではない。むしろ連戦連勝だ。 ――何故、勝っているのに引かねばならぬのだ! 歯軋りする。 この戦争が勝利に終われば、彼の軍功はレムリアを屈服させた山下大将と並ぶ。 大将昇進は間違いないだろうし、元帥府にも列せられるかもしれない。 故に、何としても勝たなければならないのだ。 ……あと一歩、あと一歩なんだ! 状況が悪化しつつあること位は、彼にも分かっている。 伸びきった兵站、厳冬により稼働率の低下した兵器群、加えて…… ――まさか焦土戦術をとるとは。 可能性はあった。 『諸侯のいないローレシアでは、そのような戦術も可能』 開戦前のレポートにもそう記されている。 だがまさか、難民までも押し付けられるとは! 想定外だった。 ……というよりも、想定されていたら開戦しなかっただろう。 いや、むしろ『開戦するために可能性に止めた』と言うべきか…… 何れにせよ、ローレシアの庭先にまで軍を展開した以上、戦争になることは避けられなかったのだ。 やはり、帝國は『手を広げ過ぎた』のであろう。 何か、何かないか…… 早期に決着をつける方法が…… そこで、閃いた。 ――そうだ! 連中の臨時王都に戦略爆撃を行おう! 上手くいくかもしれない。レムリアもそれで陥落したのだから。 ……今度はレムリアの時の様な脅しではないぞ? 見てろよ、一泡吹かせてやる! 至急、副官を呼びつける。 「おい! 今動かせる重爆の数は?」 こうして、派遣軍の余力を振り絞った渾身の一撃が繰り出されることになった。 ……もし、この場に先の諸将がいれば、慌てて止めたことだろう。 臨時王都には、アムール教――この世界における主神が一柱、アムールを祀る世界規模の教団――創始者である聖ヤコフの墓がある、いわば『聖地』なのだから。 だが、彼等が気付いた時には既に手遅れだった。 陸軍新型重爆による爆撃が敢行された日。それは最悪にも、聖ヤコフの聖誕祭の日でもあった。 臨時王都にあるローレシア国教臨時総本山も、聖ヤコフ廟も全てが焼き尽くされた。 ……多くの聖職者、巡礼者とともに。 全世界のアムール教教団が、帝國に対する『聖戦』を宣言したのは、それから数日後のことである。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【2】  先生はいつもの部屋にいた。  いつもと同じ様に、ピンとを背を伸ばして机に向かって本を読んでいる。  何もかもがいつもと同じ。  唯一違うものは先生の着ている服。  ……先生は軍服を着ていた。 「……先生」  先生は僕が声をかけると本を閉じ、やはりいつもと同じ様に答える。 「おお少年、来たか」  ――現在の帝國は、ローレシア王国との泥沼の戦いに陥っている。  戦況は……良くない。  ローレシア王国には頼りになる味方が一杯いるけれど、帝國には面倒を見てあげなければいけない味方ばっかりだからだ。  加えて、馬鹿な将軍が聖ヤコフ廟を聖職者や巡礼者ごと吹き飛ばしてしまったため、世界中のアムール信者まで敵に回してしまった。  その馬鹿な将軍がローレシアの王都で敵の大軍に包囲されてしまったため、先生が救出に向かうことになったんだ。  ……先生、病気なのに。  先生は、初めて会った時と比べて大分痩せた。  僕が見たって調子が良くないことが分かる。  それを、よりにもよって厳冬期のローレシアに送るなんて! 「……どうした、少年?」  先生が穏やかな顔で笑う。  ……本当に痩せてしまったけれど、その眼光は昔から変わらない。 「……先生、行くのですか?」  我ながら馬鹿な言葉だけれど、それしか口に出来なかった。 「ああ、軍人だからな」 「……でも、先生は予備役だ」 「ちゃんと現役復帰したさ。しかも大将だぞ?」 「他にも、将軍なら一杯いるのに……」 「俺が認めている将軍はその中のほんの一握りさ。  ……そしてそいつらは、それぞれ忙しい」  先生は、僕の馬鹿な質問に一つ一つ丁寧に答えてくれる。  僕は言葉に詰まってしまった。  本当は言いたいことは沢山ある。けど、それ以上言葉が出てこない。  暫くの沈黙が流れる。  が、そんな時間は直ぐに過ぎてしまう。  ドアがノックされ、出発の用意が出来たことを告げる声が聞こえた。  先生は、おうと答えると立ち上がり、僕の方に歩いてくる。 「少年……」  先生は僕の頭を優しく撫でると、優しく語りかけた。 「少し長い旅にでなけりゃあならん。  残念ながら、少年に教えるのは今日で最後になりそうだ」  そう言いながら襟元、その片方の階級章を剥ぎ取る。  そしてそれを僕の手に包み込ませた。 「今日で卒業だ。餞別にこれをやろう。  ……これに相応しい男になれ」  内緒だぞ? といいながら悪戯っぽく笑う先生。  そして肩を軽く叩くと、ドアに向かう。  ノブに手を回いながら、振り向かずに僕に最後の言葉をかけた。 「……じゃあな、ロイ」  先生は、初めて僕の名前を呼んでくれた。  僕の手の中には、帝國陸軍大将の階級章がピカピカと光っていた。 【2】 「で、様子は?」  車に乗り込んだ『先生』は、副官に鋭く問う。 「現在、ローレシア派遣軍主力は王都で完全に包囲されています。  武器弾薬はおろか食料医薬品の類すら欠乏しており、最早自力撤退は不可能です」  ……そして、帝國陸軍に降伏の文字は無い。 「残るは玉砕だけ、か…… 全くあの阿呆、やってくれる!」  現在のローレシア情勢は、帝國中の耳目を集めている。  玉砕なんてことになれば…… 「内閣の一つや二つ、軽く吹っ飛ぶな」 「国内的にもそうですが、対外的にも拙すぎます」  不幸中の幸いにも、同盟諸国や邦國の軍は独断で撤退した一師団長と共に、夥しい損害を出しつつも沿岸部の味方と合流出来た。  もしもこの師団長の独断がなければ、今頃は…… 「考えるだにぞっとするな?  ……まあ何もかもが最悪、という訳では無いのだ」  だから肩の力を抜け、と『先生』は笑う。 「閣下は、現ローレシア派遣軍の上位、ローレシア方面軍の司令官となられます。  それに伴い現ローレシア派遣軍は第六軍と呼称を変更、閣下の指揮下に入ります」 「……使い物にならん戦力のことなどいい、俺が使える兵力は?」 「近衛機甲軍です」  近衛機甲軍とは、完全自動車化部隊たる近衛師団と第二戦車団を主力とする完全機械化軍であり、帝國本国に残された最後の予備戦力でもある。 「他に本土防空軍より三式戦3個戦隊と司偵1個戦隊を、北東ガルム方面軍とバレンバン軍から四式戦各1個を引き抜き第11飛行師団を編成。ローレシア方面軍隷下となります」 「三式が主力か…… 大丈夫か?」  三式戦は高性能だが、その信頼性には疑問符が付く。  だからこそ、今の今まで本国の大飛行場でのみ運用されていたのだ。 (口の悪い者など、皮肉を込めて『芸術品』と呼んでいる) 「支援体制には万全を期す、だそうですが……」  そう言って副官は首を振る。 「第六軍は信頼性の高い一式戦も保有していましたが、ローレシア戦線では対地攻撃機としてしか使えなかった様です」  如何に信頼性が高かろうが、戦闘機として使えなければどうにもならない。  少なくとも参謀本部はそう判断したのだろう。 「……まあ、ある物で如何にかするしかないだろう。で、第六軍はどの程度持つ?」 「現在、海軍の第十一航空艦隊と第十二航空艦隊の主力がローレシア沿岸部に展開。その総力を上げて補給物資の空中投下、及び対地支援を行っています。  ……かなりの損害を出しながら、ですが」  王都付近はワイバーン・ロードだけでも数百の航空戦力と、分厚い対空陣地で固められている。  このため、陸攻と護衛の零戦――紫電改では航続距離が不足――は大出血を強いられていた。  ローレシアの大地は、帝國の国力を恐ろしい程の勢いで吸い取り始めていたのだ。 「その間に何とかしろ、か……」  『先生』は溜息を吐いた。  状況は最悪に近い。 ……が、やらねばない。  全世界がこの一戦を注目しているのだ。  最早、国内がどうのこうのなど関係ない。  ……それに、俺は『先生』だからな。  先生としては、教え子に良い所の一つでも見せたいでは無いか! 「……閣下?」  不思議そうな顔をしている副官に、『先生』は傲慢そうな口調で答えた。 「なんでもないさ。さて、ロ−レシア……いやこの世界の連中に、本当の戦争というものを教えてやろうじゃあないか!」  帝國軍の総力を挙げた大救出作戦が始まろうとしていた。