帝國召喚 短編IF「帝國無き世界」 ――――西暦2005年、アジア某国。 『CNNニュース速報。今回イギリスで開催された第31回主要国首脳会議において、各国首脳は、貧困に喘ぐアジア、アフリカに対する大幅な債務削減に合意しました……』 「ふん! 白人の金持ちクラブが! どうせ何か企んでるんだろうよ!」 「白人が、一旦掴んだ金を手放すはずがないしな」 「大体、お前らが勝手に押し付けた借金だろうが!」 安酒場のラジオから流れるニュースに、次々と罵声が飛ぶ。 主要国首脳会議。 先進国であるアメリカ、イギリス、イタリア、カナダ、ドイツ、フランスの先進6カ国にロシアが加わった7カ国――G7と呼ばれる――の首脳が年一回集まり、国際的な課題について討議する会議である。 この7カ国だけで、世界の経済と軍事力の半分以上を制しており、全世界に強い影響力を有している。 どうやら今回のお題は、『貧困国に対する債務削減』らしい。 主要国首脳会議を見ればわかるが、富める国は白人国家ばかりである。 そして、『貧困に喘ぐ』とされる地域はアジア、アフリカ、中東、南アメリカ。 ……要は、『欧米以外の全て』だ。 無論、例外はある。 中東の産油国やアフリカの南ア、アジアでは香港、シンガポール、中華民国(台湾)といった国々は、例外的に豊かだ。 (とはいえこれらの国々とて、1人当たりのGDPは1万ドルにも満たない『中進国』に過ぎないが) 『1人当たりのGDPが1万ドル超の国は、全て欧米諸国(白人国家)』 この一言が、この世界の全てを表していた。 第二次世界大戦は第一次世界大戦と同様、所詮欧米での戦争に過ぎなかった。 世界大戦とはいえ、アジア・中東・アフリカの大半には関係のない話――税は重くなったが――で、戦争が終わっても何も――植民地である事実に――変りはなかった。 彼等が独立できたのは1960年代以降、遅い国では70〜80年代に入ってからである。 アメリカの圧力と共産主義の浸透のため、『旨み』が激減したことが理由だ。 独立といっても『インフラ整備の代償』として莫大な負債を背負わされ、今度は借金に縛られて隷属するだけの話に過ぎない。 負債を返済しようにも、輸出品――資源や食料品――は安く買い叩かれ、代わりに高い工業製品を買わされて貿易赤字は膨らむ一方。 負債を返すどころか、負債の利子を払う事すら困難な状態である。当然、負債は増え続ける。 払えきれなくなる程増えると、今回のように欧米諸国は負債をある程度削減し、『生かさぬよう、殺さぬよう』調整される。 借金地獄から抜け出そうと工業化を目指しても、工業技術は欧米に独占されていて、進出してくる工場も単純労働力のみ必要とする組み立て工場ばかりだ。 ……まあホイホイ技術を教えたり、丁寧に手取り足取り指導してくれる『お人好し』――というより只の馬鹿――などいる筈もないが。 「……五月蝿い、酒くらい静かに飲ませろ。文句があるならアカ共のように、武器を持って戦ったらどうだ?」 「おいおい、俺達が白人に敵う訳がないだろ?」 一人の老人が言うと、途端に周囲の者は不貞腐れる。その表情は負け犬のそれだった。 『黒人や黄色人種は白人に敵わない』 これがこの世界の『常識』だ。しかし…… 「かつて、ロシアに勝った黄色人種の国だってあるんだぞ?」 「何だモンゴルの話か? またえらく昔の話を持ち出すなあ」 男達は、呆れたように言う。 「いや、つい100年前の話だ。その国は国連(国際連盟)の常任理事国でもあったんだぞ!」 「……笑えないジョークはやめてくれ。国連の常任理事国といやあ、白人の中でも腕っ節が強くて金持ちの国ばかりだぜ? そんな中に『黄色い猿』が……」 「『帝國』さ」 「『帝國』?」 「中国最後の王朝『清』に引導を渡し、次に大ロシアを叩きのめし、最後には第一次世界大戦でドイツに勝利を収め、国連(国際連盟)の常任理事国にまで上り詰めた国だ!」 「そ、そりゃあ凄い! それで今その国は?」 周囲の者が興奮して尋ねる。が、そこで老人はガックリと肩を落す。 「……消えた」 「?」 「今から60年以上前、第二次世界大戦始まってしばらくして突然消えた」 「滅んだということか?」 「違う! そんな生易しいものじゃあない! 『国そのもの』が消えて無くなったんだ!」 「???」 男達は首を傾げる。老人の言っていることが理解出来ないのだ。 ……それに『帝國』なんて国の名前、聞いたこともない。そんな大した国なら、名前くらい聞いたことがある筈だ。 やがて男達は『気付いた』。 老人は酔っているのだ。おそらく長い間の白人による抑圧――老人の若い頃は今の比ではなかったろう――が、老人の頭にありもしない国を作り出したのだろう。 それが今回、酒で表に出てきたのだ。 「ああそうだな、爺さん。その通りだよ。『帝國』は確かにあった」 男の1人が優しい声で言う。老人の『妄想』に付き合ってやるつもりなのだ。 「もし『帝國』が今でもあれば、白人共など……」 老人は興奮して話し続ける。『帝國』がどんなに進んでいたか、どんなに強かったかと。 誰もが黙って聞いている。止めようとする者も、反論する者もいない。 現実はこんなに厳しいのだ、夢くらいみてもいいじゃあないか! そうだ、今夜は『帝国』とやらを酒の肴に飲み明かすのだ。