帝國召喚 短編IF「ある一つの未来」 【1 皇紀2665年 帝國、帝都國際空港】 ――帝都國際空港。 言わずと知れた、帝國の『空の玄関』である。 世界唯一の超大国たる『帝國』の表玄関に相応しく、人間や獣人、ドワ−フ、ホビット、竜人、翼人等々…… 空港内には様々な人種や種族で溢れ返り、活気を呈している。 「……ここが華の帝都かあ」 一人の少女が溜息を吐く。 金髪にやや浅黒い肌、そして長い耳。 どうやら彼女は、この世界における特権種族、ダークエルフのようである。 「お嬢様、待って下さい!」 後ろから声が聞こえる。 振り返ると、老人と少年のやはりダークエルフの二人組が、慌ててこっちにやって来るのが見えた。 「じい、シン! 遅いわよ!」 「お嬢様、帝都は逃げやしませんよ……」 少年のダークエルフ――どうやらシンという名の様だ――が、肩で息をしながら答える。 「この程度で根を上げるとは情けないぞ、シン!  『放浪時代』ならば、野垂れ死にだな!」 「……どうせ僕達は、『放浪時代を知らない子供達』ですよ」 『じい』の叱責にシンが不貞腐れる。 ……この様子では、日頃から言われている様だ。 だが、シンはふと外に目をやると、何を見つけたのか慌てて窓に駆け寄る。 その目は、興奮のあまり血走っていた。 「富嶽改だ! しかも最新の五型乙だ! くそう、カメラがあれば!」 さっきまで不貞腐れていたのも忘れて、一人興奮して叫んでいる。 それを見た少女は、呆れたように言った。 「ま〜た、シンの『病気』が始まった」 「何を言うんですか、お嬢様! 富嶽ですよ! 富嶽! 世界初の戦略爆撃機として皇紀2620年に登場して以来、帝國戦略空軍の主力として、現在に至るまでその地位を保っている傑作機ですよ!」 「どうでもいいわよ……」 「どうでも良くありません! 大事なことです! そんなことでは、戦争になったらどうするんですか!?」 「……帝國にケンカ売る命知らずなんて、この世界にはいないと思うけど?」 「しかっ! ……うぐ」 急に少年がぐったりする。『じい』に絞め落されたのだ。 「お嬢様、黙らせました」 「ありがと」 ……少女が驚かない所を見ると、どうやら日常的な光景らしい。 「……あれ?」 しかし残念なことに、どうやら周囲の他人達にとっては『日常的な光景』では無かったらしく、何時の間にか注目の的となっている。 ……空港憲兵隊がやって来るのも見えた。 「一体何事です?」 高圧的な態度で有名な空港憲兵が、驚くほど丁寧な口調で対応する。さすがは特権種族といったところか。 「ええっと……」 「! おいっ少年! 誰にやられた!」 倒れている少年に気付き、口篭る少女を脇目に、憲兵が少年に声をかける。 そこに聞き込みをしていた部下――獣人だ――が慌てて駆け寄る。 「中尉殿、大変です! その少年は『エルフ』に襲われたようです!」 「『エルフ』だと! おのれテロリスト共が、帝都に現れるとはいい度胸だ! 空港憲兵隊の面目にかけて見つけ出せ!」 「「ハッ!」」 憲兵達は大慌て駆け出して行った。 後に残された少女は状況が掴めず、呆気に取られることしか出来ない。 「……どうなっているの?」 「一寸細工しました。 ……しかしこの程度も見抜けぬとは、憲兵隊も少々平和ボケしましたなあ」 済ました顔で『じい』が答えるのを、少女は半眼で睨む。 「じい、また変な術使ったのね! 憲兵さん達に何やってるのよ!」 「嘘は言っておりませぬよ? シンはダーク『エルフ』にやられたのです」 「あのね……」 「まあまあお嬢様、もうこれは病気みたいなものですから」 いつのまにか少年が、会話に加わっている。 「もう復活したの?」 「慣れてますから。」 「お嬢様、そろそろ入国手続きを」 『じい』の催促に、少女は我に返った。 「そうだ、こんな事していられないわ! 帝都が待っているんだから!」 「ですから、帝都は逃げやしませんって……」 彼等は、厳しいことで有名な帝國の入国審査を殆どフリーパスで通過すると、帝都に消えていった。 【2、 同時刻 帝國、帝都港某埠頭】 「うわぁ〜」 それしか言葉が出てこない。 ここが帝都、世界最大最高の都市。 ……まだ港だけれど。 それでも活気は伝わってくる。自分の生まれ故郷とは大違いだ。 ふと不安に思う。 自分のような田舎者が、帝都でやっていけるのだろうか? 故郷でさえ『どんくさい』と言われていたのに…… 「いけない、いけない!」 頭と尻尾を振って自分を励ます。 故郷の弟妹達の為にも、頑張らなければ! 「『ハの134番』! いないのか!」 「! います! ここにいます!」 いつのまにか呼ばれていたらしい、慌てて入国管理官の所に駆け寄る。 「フィ−ナ・アルバトス! マケドニア王国生まれ! 16歳です! 趣味はっ……」 「……趣味はいい」 入国管理官は呆れたように言い、少女を頭から尻尾の先までジロジロ眺める。 ……尻尾? 入国管理官は自問する。 彼女は断尾していないのか? たしか自分の知る獣人は、皆そうしていたが。 ……まあいい、余程の田舎者なのだろう。第一、今時風呂敷背負って来るか? 「ふむ。 ……む!」 急に書類を見る入国管理官の目が、急に厳しくなる。 「おい、こら! 書類では15歳となっているぞ! どういうことだ!」 「ああ! 御免なさい! ウチの故郷では数え年で年を数えるんです〜 だからついうっかり……」 「…………」 急に眩暈がしてきた。 「もういい…… 行け……」 入国管理官は力なく手を振り、言った。 「はい! ありがとうございます!」 少女は最敬礼して退出する。元気いっぱいだ。 ……普通もう少し緊張するものだが。 兎に角、彼女の帝都生活は、無事(?)許可されたようだった。 彼女は、高い壁――しかも鉄条網付き――の出入り口である入国用の門をくぐると、帝都に消えていった。