帝國召喚 短編IF「攻撃限界点、その果ての地にて」 【0】 帝國軍が常に勝利するとは限らない。 ……特に、ここ最近は。 「マケドニア軍、撤退を始めました!」 悲鳴のような報告が聞こえてくる。 見ると、マケドニア軍が撤退をし始めていた。 さすがの獣人といえど、この状況で僅か数十の寡兵では、如何ともし難いのであろう。 「族長! これ以上は!」 このまま前進を続ければ、全滅です。 腹心の部下が進言する。 さすがに、後半の言葉を口に出すようなこと――その一言だけで部隊が崩壊しかねない――まではしない。 そんなことは分かっているさ! だが…… 族長は、未だ逡巡していた。 だがそんなことをしたら、一族が『喰えなくなってしまう』! 【1】 現在、帝國とその一党は、過去に例が無い程大規模な戦争を行っていた。 正確に言えば、世界中が親帝國か反帝國の何れかに属し、戦っているのだ。 史上初の『世界大戦』である。 今までの戦争と異なるのは、その規模だけでは無い。 何よりも異常なことは、国と国が分かれて戦うだけでは収まらず、種族や民族、更には宗教宗派の違いにより分裂し、互いに争っていることだった。 ……確かに、今まで種族や民族、宗教宗派の違いだけで憎しみ合い、争うことがなかった訳では無い。 だが、それは局所的な地域における、ごく一部の者達の争いに過ぎなかった。 決して大規模な、ましてやこの様な世界規模での争いではない。 憎しみが憎しみを、報復が報復を呼ぶこの戦争は、従来の戦争の概念を超えている。 利益が目的ではなく、ただ相手の存在を否定するためだけの戦争。 ――狂っている。 帝國という巨大な存在の出現により、今まで燻り続けていた火種が、一斉に燃え上がり始めたのだ。 世界中の誰もが、その巨大な炎の中で踊り狂っていた。 そして帝國は、この狂乱に巻き込まれたに過ぎない。 未だ病み上がりの身ではあるが、彼等の『盟主』『保護者』を自称する以上、彼等を保護し、共に戦わざるを得なかったのだ。 こうして帝國は引きずられるように、全面戦争へと突入していく。 それは、悪夢の始まりだった。 【2】 現在、帝國は世界中に戦線を抱えており、『二正面』『三正面』戦争どころか、『全方位』戦争を行っていた。 これは帝國の限界をとっくに超えている。 ……だが、戦線の縮小は問題外だった。 戦線の縮小は、その方面の国や民族を見捨てることを意味するからだ。 (彼等単独では、戦線の維持は不可能) ましてや、既にいくつもの国や民族、宗教宗派が滅び滅ぼされている。その様なことは、政治的に絶対に許容できなかった。 世界中に戦線を抱えている以上、帝國本國軍は世界各地に細分化されて派遣されていくことになる。 そして彼等は、各地で圧倒的多数の敵と戦う羽目になるのだ。 (大多数の友軍は、戦意はともかく戦力的にはアテにならない) その彼我の差は如何ともし難く、火力と戦術の優越で、今まで何とか『互角以上に』戦っているようなものだった。 ……もっとも、最近ではその『火力と戦術の優越』すら、怪しくなってきているが。 『火力の優越』については、弾薬の生産量の限界に加え、輸送能力の不足によりかなり揺らいでいる。 自国を維持するだけでも大量の船舶を必要とするというのに、更に世界中で戦争を行なっているのだ。これでは船が何隻あっても足りないだろう。 敵の海上輸送妨害戦術も無視できない。 原始的とはいえ機雷の大規模な導入、そして何よりも少数の飛竜による船団襲撃は帝國に大きな出血を強いていた。 (それを防ぐべき帝國軍航空部隊も、やはり圧倒的な数の敵航空兵力の前に、制空権の維持で手一杯である) ……帝國は、その兵站の維持すらままならぬ様になっていたのだ。 『戦術の優越』についても、かなり怪しくなってきていた。 敵の戦術は、日に日に巧妙化していく。彼等は、正確に帝國の痛い所を突いてくる。 帝國のことを熟知していなければ、こうはいかない。 ……やはり『例の事件で帝國から若干の亡命者がでた』という噂も、まんざら嘘ではないだろう。 このように、現在の帝國は、総力戦の真っ只中にいた。 他人のための戦争(世界大戦)と自分のための戦争(資源開発)の双方を、同時遂行していたのである。 もはや帝國に、余裕など存在しなかった。 【3】 「族長! マケドニア軍も撤退しました! このままでは、孤立します!」 ああ、マケドニアなら撤退も許されるだろうさ! 連中は『特別』だからな! 族長は、そう胸の内で罵倒する。 ……だが、我々はそうはいかない。 我々は、只の流民に過ぎないのだから。 彼の一族は流民だった。そして長年の流浪の旅に疲れ果てていた時、この大戦乱が起こったのである。 チャンスだ! 一族の誰もがそう考えた。 帝國により引き上げられた多数の種族、民族、人物。それらの噂は彼等の耳にも入ってきている。 我々も上手くすれば、一国を貰えるかもしれない。それが無理でも、定住のための土地位は貰えるだろう。 その考えは、疲れ果てた彼等には余りにも魅力的過ぎた。 彼の一族は、戦える男子全てををつぎ込み、帝國に『賭けた』。 上空を帝國の機械竜が数騎、大急ぎで飛んで行く。 彼等を救うためではない。この先で孤立する、ダークエルフの小部隊を支援するためだ。 その小部隊上空には、常に帝國の機械竜が待機しており、彼等を支援しているそうだ。 かく言う自分達も、彼等を救うために出撃したのである。 ……残兵200か。最初は1000近くいたのに。 族長は内心呟いた。 だが今から撤退しても、半分生き残るのが精々だろう。 なら、前進すべきだ! 少なくとも前に進み戦って死ねば、残された女子供や老人のことは心配いらない。 帝國が、面倒を見てくれる――少なくとも子供達が成人するまでは――だろう。 だがこのまま逃げ帰れば、もう戦力として数えられない自分達は帝國から見放され、僅かな『手切れ金』で放逐される。 やっと、定住できたのに! 例えそれが、帝國の提供した一時的な仮の住まいだとしても、だ。 もう流浪の旅は御免だ! それは、彼の心からの叫びだった。 「……すまん、皆死んでくれ。」 子供達の為に。 族長は、搾り出すような声で命じた。 異論はなかった。 誰もがわかっていたのだ。自分達がここで死ぬ必要があることを。 「族長! いつでも突撃可能です!」 腹心の部下が声をかける。 彼も始めから分かっていた。 ……だだ立場上、常識的な助言を行っていたに過ぎない。 「よし、全軍突撃! 旗印を大きく掲げろ!」 御免な、皆。 族長は一族の皆に心中で詫び、最後に家族に詫びた。 父さんは、お前達に国を作ってやることが出来なかった。お前達の、今の居場所を守るので精一杯だ。 不甲斐無いことだ。そう自嘲する。 だから、今度はお前達がお前達の子供達のために戦ってくれ。そして何時の日にか、我々の国を…… 彼等の最後の突撃は、敵に一寸した混乱を巻き起こした。 さらに運の良い事に、帝國が丁度その時、一時的にではあるが制空権を完全に抑えていた。 それだけで十分だった。 孤立したダークエルフの部隊は、その隙に隠密に前進待機していた帝國軍ワイバーンに乗り、危機を脱したのである。 彼の一族は、全滅と引き換えに任務を完遂したのだ。 ……彼等は幸運にも、孤立していたダークエルフの部隊が、10人にも満たなかったという事実を知らずに死んだ。 だが仮に知っていたとしても、彼等は突撃しただろう。 それが現在の、帝國における『命の値段の差』だと知っているから。 それでも自分達が、帝國による新秩序の下でしか、希望が無いことを知っていたから。