帝國召喚 短編IF「試作版 帝國召喚」 【1-1】 「突撃!」 中隊長の号令により、中隊は敵オークめがけて突撃を開始する。 いくら敵の二倍近い兵力を有しているとはいえ、人間を遥かに上回る体力と生命力を有するオーク相手に、鎧も無しに突撃するとは! この世界の軍人が見たら、目を丸くするような光景だろう。 ……よく兵が逃げないものだ。 だが中隊長とて、好き好んで突撃を命令したのではなかった。 彼等の所持している魔法の杖――三八式歩兵銃――は、敵騎兵の軍馬を倒す程度の威力を持つが、あいにくとオークは軍馬よりも丈夫だったのだ。 他には同威力で連射ができるだけの九六式軽機、後は擲弾筒と手榴弾しか無い。これでは敵に致命傷を与えることはできない。 「……重機さえあれば」 中隊長はそう呟き、唇をかみ締める。 確かに重機なら連中の厚い皮膚をブチ抜き、その骨を砕く事ができるだろう。 だが、それは無いものねだりに過ぎない。 結局、中隊の装備では手傷を負わすことしか出来ず、最早彼等に残された手段は白兵戦で決着をつける事だけだったのだ。 【1-2】 突撃をかけられたオーク共が、途端に浮き足立つ。 オークはヒグマをも上回る強靭な体力と生命力を併せ持つ種族だが、下手に知能がある分逆境に弱い。 つまり勝ちに乗じるととことん強いが、いったん不利になるととたんに弱くなる。 『統率』とか『踏ん張る』という言葉は、彼等の辞書には存在しないのだ。 ……もっともそんな言葉を知っていれば、この世界の覇者は人間ではなく彼等だっただろうが。 逃げ出したオーク共の後ろ姿を見ながら、中隊長――榊原政岑大尉――は安堵の溜息を付いた。 このまま戦い続けたら、どちらか(多分こちら)が全滅していただろう。政岑は中隊に集合をかけるとオーク共の死体を見に行く。 政岑の目が険しくなった。 オークの死体は僅か6体。 だがオークは100体程いたのだ。それが中隊の全力攻撃で僅かに6体。 だが政岑の目が険しくなったのは、そんなことが理由ではない。 オークの死体は銃弾が多数命中していたが、皮膚を貫通しているものは数えるほどしか無かったのだ。 その僅かな例も焦げ目が付いている事から、白兵戦時にゼロ距離から発射されたものだろう。手榴弾の破片にいたっては表皮を僅かに傷つけた程度だった。 オークどもの死因は、銃弾や銃剣が目などの急所に当たったか、手榴弾を口に突っ込まれたといった、『運が悪い』程度のものでしかなかった。 ……と、いうことは。 今回オークどもが浮き足だち逃げて行ったのは、『中隊の決死の突撃に恐れをなした』というよりも、『もうこれ以上痛い目にあいたくない』というレベルのものに過ぎなかったのだ。 「中隊長殿! 集合完了しました!」 中隊最先任の刈谷曹長が報告する。 「戦死1、負傷者8です。連中逃げてくれて助かりましたよ、あんなタンクみたいな連中と豆鉄砲だけでやりあうのはもう御免です」 「戦死の状況は?」 「あの大豚どもに、頭吹き飛ばされました」 政岑の質問に刈谷曹長は忌々しそうに答える。 「ちょっと大豚が腕を払ったのですが、それが運悪く……」 政岑は暗澹たる思いでその言葉を聞いていた。 なんて事だ! 中隊の装備では連中を倒せない! ……ならば大隊では? 機関銃中隊の重機なら、連中に対抗できるだろう。 だが機関銃中隊は重機を僅か8挺――それも定数で――しか保有しておらず、加えて常に各歩兵中隊に分配されている訳でもない。 なら大隊砲は? 駄目だ。多分直撃か至近距離に当てないと効果が無い。それは恐ろしく困難なことだし、第一、数に限りがある。 帝國陸軍の歩兵装備を根本から変える必要がある。少なくとも、これから派遣されるであろう大陸派遣軍では。 新型の九九式小銃の配備を急がなければならない。弱装弾とはいえ7.7ミリ弾だ、三八式の6.5ミリ弾よりはマシな戦いができるだろう。 それに各歩兵中隊に、臨時でいいから機関銃小隊を配属(もちろん機関銃中隊とは別にだ)する。 とりあえずこれだけでもで大分楽になる筈だ。 「この大陸は、まったく訳がわかりません」 刈谷曹長は呟いた。 中国戦線を長く戦ってきた歴戦の彼からでたのとは思えない程、弱弱しい声だった。 「だが帝國が生き残るには、この大陸が必要だ」 政岑は刈谷曹長の言葉に驚きながらも、自分にも言い聞かすように答えた。 そうだ、帝國が生き残るにはこの大陸を利用するしかない。もう満州も朝鮮もないのだから。 だからこそ、危険を承知で連中とも戦わざるえなかった。 政岑は自分達が戦う羽目になった元凶どもの事を思い出した。 『……今の内はせいぜい我々を利用するがいい、だがそれも長くはないぞ』 心の中で元凶どもに呪詛の言葉を吐くと、気分を切り替えた。 「中隊、帰還する」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【2】 オーク共は、前回と全く同じ様に攻撃を仕掛けてきた。 だが彼等にとっては不幸なことに、帝國軍は前回とは異なる装備をしていた。 政岑はオークどもがやって来ると、その学習能力の無さに呆れながらも自信たっぷりに号令をかけた。 「中隊、打ち方始め」 政岑の号令とともに、中隊は猛然と射撃を開始する。 オークどもはその射撃音を聞いても平然と……はしていないが、前進を止めない。 前回での戦いで、『それ』を喰らっても致命傷にはならないと言う事を学習したのだろうか? いや、もしかしたら『それ』に対する恐怖よりも、自分達の親玉に対する恐怖の方が勝っているだけなのかもしれない。 なにせ『それ』の音は、前回とは全く違っていたのだから。 オークどもの先頭の1体に、『それ』が命中する。 前回なら『それ』は彼等の厚い皮膚を貫通することは無かったが、今回は違った。 『それ』は彼の皮膚を完全に貫通し、それだけに止まらずに彼の骨にまで達して骨を砕いた。 彼は何が起こったのかわからず、穴があいた自分の体を不思議そうに見る。 その間にも1発、また1発と命中していき、さしもの彼も音を立て倒れた。 彼が最後に見た光景は、次々と同じ様に倒れていく仲間達の姿だった。 「さすが新型は違いますね」 感にたえない、といった様に刈谷曹長が話す。 「弱装とはいえ7.7ミリだからな」 おもわず笑みを浮かべながらも政岑は答える。 今回は互いに無駄口をたたく程の余裕があるのだ。 前回中隊が帰還した時、政岑は他の中隊長達と共に大隊本部へ向かった。 報告と一緒に意見具申をする為だが、なんとその場で大隊長より三八式小銃から九九式小銃への装備改変(それに伴い、軽機も九九式に改変された)を申し渡されたのだった。 正直訳がわからなかったが、大急ぎで装備の交付を受けると中隊総出で新装備の調整にあけくれ、なんとか今回に間に合わせた。誰もが次は三八式で戦いたくない為必死だったのだ。 「……しかし、自分らがここに来た時には、もう送り出したとしか思えんのですが」 『なら最初から装備させろ』とでも言いたげに刈谷曹長は言う。 「まあ、間に合っただけでも御の字だろう?」 その点は同感だが、さすがに立場上相づちも打てず刈谷曹長をたしなめる。 「それもそうですね」 刈谷曹長は大きく頷く。 実際、必要な時に必要な装備が届くと言う事はまずないのだ。彼等は中国戦線でそれを思い知っている。 オークどもは自分達の置かれた状況に気づくとパニックを起こし、我先にと逃げ出そうとするが、帝國軍はそれを許されなかった。 「中隊前進」 政岑は冷酷に中隊に命じる。 政岑も政岑の部下達もオークどもを1体も逃がすつもりはなかった(他の中隊とて同じことだろう)のだ。 軽機が唸る度にオークの1体が背中から血を噴出し前のめりに倒れる。 一時間もすると、立っているオークは1体もいなくなった。 「中隊の損害は?」 「戦死、負傷者ともに無しです。ついでに連中は全部始末しました、一匹も逃がしちゃあいません」 政岑の問いに刈谷曹長は満面の笑みで答える。 「そうか、林一等兵の敵はとったな」 政岑はそう呟くとかつて戦場――というより殺戮場所――だった所に目をやる。 そこでは倒れたオークどもの死を1体1体確認している部下達がいた。 彼等はまだ生きているオークを見つけると頭を狙い、ゼロ距離で発砲する。さしものオークもその1発で即死する。 「銃声が多いな」 政岑は顔を顰める。なんとしぶといのだ。 「まあ、放っておいても死ぬでしょうがね」 もし一匹でも運良く生き残ったら癪ですから。 刈谷曹長は後半の言葉は省略(もっとも政岑とて同意見だったが)して答える。 今回の戦いは完勝だったがまだ戦いは終わっていない。まだ敵の親玉(オークキングとかいうらしい)が残っているのだ。オークもあと100やそこらは残っているだろう。 だが政岑も刈谷曹長もさほど心配していなかった。 何せ次は大隊全力でそれに当たる為、重機で20〜30発も叩き込めば挽肉に出来るだろうと考えていたのだ。 この完勝が彼等を酔わせていたのだろう。 だから彼等は忘れていた。 『この大陸はまったく訳がわかりません』と自分達が言ったことを。 ここが『自分達の常識』が通用しない世界だということを。