帝國召喚 間章2「それぞれの事情 邦國」 【1-1 ロッシェル王国、某演習場】 王都に程近い某演習場の上空を、1騎のワイバーン・ロードが飛行している。 「飛行状態良好。これよりテストを開始する」 ワイバーン・ロード上の竜騎士が、誰もいないというのに報告する。 ……独り言では無い。 胸元の魔法石――短距離通信機のようなもの――に向かってしゃっべっているのだ。 と、ワイバーン・ロードは突如急上昇を始める。 「上昇性能は良好! 今までの竜より数段上だ!」 思わず感嘆の声を上げる。 彼の騎竜は、今まで乗ってきたどんな飛竜をも上回る上昇性能を発揮していた。 続いて急降下を始めるが、やはり安定性も抜群である。 だが、一番の驚異はそのタフさだった。 これだけの機動をこなしたというのに、息切れ一つしていない。 ――なんて化け物だ! 今までのヤツとは地力(馬力)が違う! 今までの竜は十割の力で飛行している感じだったが…… こいつは、八割程度の力で飛行している感じだ。 今までのワイバーン・ロードには見られない、『余裕』というものが感じられる。 飛行性能は非常に優秀。加速、上昇、急降下。全ての面で従来型を上回る。持久力に至っては、比べものにならない。 喜ばしいことではある。 だが、複雑な思いを抱かずにはいられない。 ……そこまで考えが及んだ時、地上から何かが打ち上げられた。 対空標的だ。 ワイバーン・ロードがブレスを放つ。 直系1センチ、長さ15cm程の高圧縮・細分化されたブレス数十発が放たれ、標的に殺到する。 命中! 標的はたちまち破壊された。 次いで急降下。 竜の口から、今度は直径1メートル程の火球が地上の目標に放たれる。 火急は目標に接触すると炸裂し、周囲を焼き払う。 ブレス攻撃力はほぼ同等。 しかし再チャージの間隔が短い。射撃回数を重ねていけば、この時間差はますます広がるだろう。 全ての面で、従来のワイバーン・ロードを圧倒していた。 ……結局、我国(ロッシェル)のワイバーン・ロードは、無理に無理を重ねて調整していたのだろうな。 これだけ現実を見せ付けられれば、そう思わずにはいられない。 実はこのワイバーン・ロード、レムリア製だったのだ。 【1-2】 ワイバーン・ロードとは、ワイバーンを魔法で調整し、その魔法出力を大幅に強化させた生物である。 その強力な魔法出力は、飛行性能の大幅上昇に止まらず、全周囲に渡る防護結界の展開をも可能とする。 正にワイバーンの『ロード』、あらゆる面でワイバーンを超越している。 その反面、生殖能力を失っているため数の確保が困難であり、かつ調整後の世話も只のワイバーン以上に手間と金がかかる。 何事も良い面ばかりではないのだ。 さて、従来のワイバーン・ロード(ロッシェル製)と今回のワイバーン・ロード(レムリア製)であるが、その性能は『最高速度480キロ/時、航続距離1000キロ』と、両者のカタログスペックに差は無い。 だが実際に騎乗すれば、その差を痛感する。 何故か? 両国の測定法には、大きな差が存在していたのだ。 測定個体の選出法については差が無い。両国とも、青壮年期の個体を選んでいる。 同年代でも個体による性能差というものが若干ではあるが存在――とはいえワイバーンの個体差は異常なほど少ない――するので、複数の個体を無作為抽出により選出、その測定結果の平均値をカタログスペックとしているのだ。 違うのはレムリアが『200キロ以上程飛行させた後での測定』という、戦場での戦闘を想定した状態での記録であるのに対し、ロッシェルは『十分な休憩をあたえた後での測定』であるということだ。 当然そこには、戦場へ向かう際に発生する疲労――ワイバーンの疲労度は戦闘能力に直結する――等は一切考慮されていない。 この差は大きい。 そしてこの差は、ロッシェルとレムリアの魔法技術の差でもある。 ワイバーン・ロードを調整する難易度は、戦竜のそれとは比べ物にならない。 大文明圏であるここ北東ガルムでさえ、僅かにレムリアとロンバルキア、そしてロッシェルの三ヶ国のみである。 (中小文明圏に至っては、それこそ一ヶ国あるかどうかさえ疑わしい) だからこそ、ワイバーン・ロードを自力調整できる国は、『魔法先進国』と称えられているのだ。 だが同じワイバーン・ロードとはいっても、矢張りその能力は同一ではない。そこには厳然たる能力差――主に国力や魔法技術力の差による――がある。 そもそもロッシェルを始めとする大陸同盟諸国(含ロンバルキア、ロッシェル)は、列強レムリアに対抗する必要上、是が非でもワイバーン・ロードを自力開発する必要があった。 それ故に、無理に無理を重ねてワイバーン・ロード調整技術を開発したのである。 (開発には莫大な予算がつぎ込まれている。他の同盟諸国も購入する際の単価を大目に払うことを約束した上、その一部を先払いすることすら行い協力した) ……だが結局の所、ロッシェル――ロンバルキアもだが――は、ワイバーン・ロードにレムリア並の魔法出力を付加することはできなかった。 これではどうやっても、劣った種しか作れない。 例えて言うのなら『60の戦力で100の戦力を撃ち破れ』というようなもので、常識的に考えて不可能な話だった。 だがそれでも、仮想敵であるレムリアのワイバーン・ロードと戦えるだけのものを作り出さねばならない。 この難問に対してロッシェルが出した答えが、今まで彼が乗ってきたワイバーン・ロードなのだ。 『貴重な騎士を守るため、防護結界はほぼ仮想敵と同等とする』 これが第一方針であった。 だがこれには少なからぬ魔法出力を食う。 その代償として、攻撃力を落された。 一撃の威力こそ仮想敵とは変わらないものの、再チャージ時間がやや長く――これは純粋な出力不足に起因――、撃てる数が半分程度に抑えられた。 そして肝心の飛行性能。 これに関しては『長躯やってきた敵を迎撃する』という戦術思想に基づき、『最初の30分〜1時間程度ならばなんとか互角』という性能に漕ぎ着けた。性能の測定法も、この考えに基づいてのものである。 航続距離も見かけ上は同等であるが、ただ『戦闘を考えなければ飛べる』だけのものでしかない。  (ロッシェルは部隊展開の必要上、進出距離こそ重要視していたが、戦闘行動半径にはそれ程執着していなかった) 短い戦闘半径、少ない弾数、最初の数十分を超えたら落ちる一方の飛行性能…… つまりロッシェルのワイバーン・ロードは『迎撃機』なのだ。 非力な魔法出力では、それが現実的な選択だったのだろう。 ロンバルキアでもやはり同様の思想――どちらかといえば防御力よりも攻撃力を重視しているが――でワイバーン・ロードを調整している。 両国のこの決定は、大陸同盟諸国の戦略にも大きな影響を与えた。 戦場における最強兵器たるワイバーン・ロードがこの様な運用思想で作られている以上、大陸同盟諸国は防衛戦略をとることしか選択できなかったのだ。 まあ元からレムリア侵攻などと考えている者は少数派ではあったが。 【1-3】 全ての試験を終え、ワイバーン・ロードはほぼ垂直に近い角度で着陸する。 その滑走距離は零に等しい。 「どうかね? この飛竜は?」 降りた竜騎士に、参謀肩章を付けた帝國陸軍中佐が早速声をかけた。 「悔しいですが、今までの竜よりも数段上ですね。正直、この竜が貴方方の機械竜に一方的にやられたとは信じられませんよ。 『ハヤブサ』に対しては十分互角以上に戦えるでしょうし、『レイセン』にだってそう一方的には……」 「君! 口を慎みたまえ!」 騎士のあまりに率直な――帝國に対して『無礼』ともとられかねない――言葉に、随行していたロッシエル王国の高官が真っ青になる。 (何しろ話している相手は今や宗主国たる帝國軍の中佐、それも只の中佐ではないのだ) だが、『侮辱』された筈の帝國軍人は気にもしていないようだ。 「構いませんよ。彼にはそれを言うだけの『資格』がある」 そう。彼は今や数えるほどしか残っていないロッシェル戦役の生き残り、しかも生存している唯一人の『エース』なのだ。 (ロッシェル戦役における彼の撃墜機数は10機。この中には隼と零戦も含まれている) 「しかし、子爵閣下に対してあまりに無礼……」 帝國の勢力圏において、帝國子爵は小国の王にも匹敵する高位の存在である。彼の心配も無理は無い。 が、中佐は心配無用とばかりに手を振る。 「我が軍の『竜騎士』とて似たようなものです。 第一、竜騎士ならばこの位の鼻息がなくては!」 ……それに、彼が言っていることは『真実』だしな。 【1-4】 レムリア空中騎士団との戦い――グラナダ戦役における――は、表向きの大勝利とは裏腹に、実は『薄氷の勝利』であったことが判明している。 派遣された帝國軍は、あらゆる段階で準備不足(第2章参照)であり、レムリア軍に対する情報など無きに等しかった。 特に空中騎士団に対する認識不足については、戦後思わず冷や汗をかいた程である。 要は、敵を侮り過ぎていたのだ。 当初、帝國軍はレムリア王国のワイバーン・ロードを、『ロッシェルと同程度』と見ていた。 つまり最高速度480km/時という数字はカタログスペックに過ぎず、実際は『最良でも450km/時以下』と踏み、零戦の530km/時ならば楽勝と考えていたのだ。 ……が、これは大きな誤りだった。 実際に手合わせしてみるとかなりの強敵であり、前線では『ワイバーン・ロードの更に上位種か?』との声すらあった程だ。 それでも大勝利できたのは、開戦前からグラナダ全土を確保していたことに加え、不意討ち同然の先制攻撃を行い、国境に近い敵拠点を使用不能としたからである。 ワイバーンやワイバーン・ロードが場所を選ばず離発着できるとはいえ、それはあくまで数騎単位の場合の話である。 数十騎、百騎という規模の大部隊を運用するには、大規模な発着場所とそれを支える物資やインフラ設備が必要不可欠なのだ。 しかし、それらは開戦と同時に失われた。 そのためレムリア空中騎士団は、遥か後方、航続距離――行動半径ではない――ギリギリの基地から出撃することを強いられることになる。 レムリア空中騎士団にとって、500kmという長距離を飛行しその後戦闘を行うなどというという任務は、全くの想定外だった。 レムリア軍は最大でも200km飛行後の戦闘しか想定していないし、そもそもワイバーン・ロードの行動半径は300km(ワイバーンは200km)、最大航続距離でも1000km(同700km)程度である。 如何考えても作戦に無理がある。 それでも上層部は作戦を強行した。 (東方総軍を丸裸にする訳にはいかないかったからだ。名誉の問題も大きいだろう) それが死への片道切符も同然であることを理解しながら。 長躯500km。 さすがのレムリア製ワイバーン・ロードも戦場に到達した時点で疲労し切っている上、ワイバーンに至っては数十分程度しか戦闘行動をとれない。   そして戦闘が終われば、というよりも限界に達したら近くのレムリア軍陣地に着陸。 (ワイバーン・ロードとワイバーン、共に航続距離の関係からどうしても片道飛行となる) その後は、しばしの補給・休養後なんとか帰還するか、基地に余裕――飛竜は大飯喰らいだし、専門の要員が不可欠――があればそこを拠点とするしかないという劣悪な環境。 ……このような状況では、満足な力など発揮できる筈もなかった。 加えて現地での受け入れ能力を考えれば、一度に大量の戦力を送ることは不可能。 必然的に、『多数の帝國軍機と少数の疲労しきったレムリア軍空中騎士』という状況が多発していく。 東方総軍空中騎士集団の首脳部は、この戦いを『空中撃滅戦』と称していたようだが、現地の竜騎士・竜戦士達にとっては、『空中自滅戦』と自嘲する程の悲惨さだった様だ。 しかし、それでも…… 多大な犠牲を払いつつも、彼等は帝國軍航空部隊を封じ込めた――しかも最強の航空打撃集団である第一航空艦隊相手に――のである! ……例え第一航空艦隊が及び腰だったとしても、だ。 まさに列強レムリア王国の面目躍如であろう。 【1-5】 戦後調査したところ、驚くべき結果が判明した。 レムリア製ワイバーン・ロードは陸軍主力戦闘機たる隼に対して、一型には『優越』、二型には『互角』。 それも高高度上昇能力や航続距離など、隼が圧倒的な分野も総合しての話だ。 純粋な戦闘、それも搭乗員の技量差を考えれば、一型二型両方に対して『圧倒的に優越』という驚愕の事実が明らかになったのである! 『隼では勝てない』 そう宣告されたも同然だった。 隼が採れる戦法はただ一つ、高度5000〜6000mという敵が追随出来ない高高度からの一撃、この初撃に賭けるしか無い。 そしてこの初撃をかわされれば、単機戦闘の場合かなりの高確率で撃墜されるだろう。 (まあ零戦の戦法とて似た様なものではあるが、零戦の場合は最初の一撃をかわされても次のチャンスを掴める可能性が遥かに高い) が、海軍とて人事ではない。 零戦も、『搭乗員の技量差を考えればやや優位程度』――それも隼と同様の戦法を採用しての話だ――と宣告されたのだ。 特に海軍機に関しては、機銃の多装備による運動性の低下も合わせて指摘された。 (零戦は機銃増設による重量増加に伴い、かつての俊敏さを失っている) ロッシェルのワイバーン・ロードを前提とした、『80〜100km/時という速度差を考えれば俊敏さは無用、それよりも機銃を!』という考えが破綻した瞬間だった。 50キロという速度差は、速度差を活かすにはギリギリであり、生き残る為には、かつての俊敏さが不可欠だという結論が出されたのだ こうして直ちに零戦の武装が見直されることになる。 二一型は7.7mm機銃8挺(機首2、両翼6)から6挺(機首2、両翼4)へ。 二二型は12.7mm機銃6挺(機首2、両翼4)から4挺(両翼4)へ。 これだけで運動性は大幅に向上した。 (特に二二型では、無理矢理機首に12.7mm機銃を装備したため頭が重くて大変だったが、これが無くなったことにより本来の運動性が戻っただけではなく、速度も540km/時に達っした程である) これらの処置により、海軍は暫くの時間を稼ぐことができた。紫電改配備までの貴重な時間を。 が、陸軍に時間は無い。 陸軍は、大急ぎで新型機を量産しなければならないだろう。 たとえ他機種の生産を一時停止してでも。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【2-1】 先の帝國との戦い――ロッシェル戦役――において、ロッシェル王国軍は大打撃を蒙っていた。 特に空中騎士団に関して言えば、正に『壊滅』としか表現のしようがない。 開戦前には12個を数えた空中騎士隊――その半数程が欠編制ではあるが――が、現在では僅か半個分にも及ばない有様だ。 そしてその再編は、現在に至るまで一向に進んでいない。 ……『何故か?』と問われれば、『全てが足りないから』と答えるしかないだろう。 まず竜。 動かせる全ての竜、それこそ引退した竜やまだ若い竜すらつぎ込み、その殆どを失った。 加えて前空中騎士団長(引責により自決)を中心とする一部強硬派が、各地の飛竜養成所を襲撃。仔竜は強奪され、出撃に耐え切れぬ程の幼竜や卵は処分されてしまった。 (これは『もう王国は滅亡する』と判断しての振る舞いである。敵にみすみす渡すのは忍びないと考えたのだろう) 彼等のこの行為を非難することは容易い。 だがこの様なことは、滅亡前の国においてはそれほど珍しいことでは無い。 そして常識から考えれば、現在もまだ王国が存在していることの方が、余程『異常』なのだ。(しかも体制すら殆ど変わっていない!) ……ただ皮肉にも、『他人の手に渡すよりは』とやったことの後始末を、自分達――直接の本人ではないが――でやる羽目になったが。 とにかく成竜どころか卵すら殆ど無い状態なのだ。 竜の数を自力で回復しようにも、多くの施設要員を失い(止めようとして殺された)、施設も破損している。 正直どこから手をつけたら良いのか分からない、というのが現状だった。 次いで、人(乗り手)。 やはり竜と同様に、開戦時の竜士(竜騎士と竜戦士の総称)の殆どを失っている。 その消耗が、引退した竜士や竜士見習いにまで及んでいることも同じである。 ただ幸運なことに、竜士の卵達(候補生のこと)については、最上級生の殆どと上級生の優秀者を失ったとはいえ、大多数が無事だった。 回復には気の遠くなるような歳月が必要だろうが、とにかく最悪の事態は免れたのである。 ……教官も満足に揃えられない有様だったが。 その様な訳で、彼等は途方に暮れていた。 『困った時の宗主国頼み』 結局、彼等は帝國に軍事援助を要請する。 今度は帝國が悩む番であった。 【2-2】 帝國は、ロッシェル王国からの要請を受け、早速何を送るかについて検討した。 真っ先に上がったのは、九七式戦闘機や九六式艦戦といった旧式化した戦闘機である。 この案については、海外への販路を求める航空機メーカーも後押ししていた。 だがこれには問題が多い。 まず、帝國の独占技術たる先進科学技術が漏れることを警戒する意見が根強い。 心配のし過ぎ、感情的な観もあるが、決して無視できる意見では無いだろう。 結局、以下の理由からこの案は早々に否決される。 @操縦技術や整備・運用法を一から教えなければならないので時間がかかる。 A現状では自分だけでも精一杯。他国のサポート(運用支援)まで行なうことは困難。 B結果として竜士の職と誇りを奪い、反発を買う恐れがある。 C帝國の技術や知識が漏れる恐れがある。 ……要するに、現状ではいきなり輸出しても『帝國兵器の信頼性を損なうだけ』と判断されたのだ。 その上反発まで買っては目も当てられない、ということだろう。 ただ注目すべき点として、『航空機輸出は未だ時期尚早』とされながらも、『近い将来には航空機輸出を行うべき』との注釈が記載されたことが挙げられる。 メーカーの顔を立てた訳では無い。(まあ全く無いとは言い切れないが) 帝國は、何れは『世界の工廠』として君臨する腹積もりであり、注釈はその下地だったのだ。 とはいえ、ロッシェル王国に何らかの航空戦力を供与しなければならないことに変わりは無い。 その結論については振り出しに戻ってしまった。 取りあえず当座は、『帝國軍航空部隊がロッシェル王国の空を守る』としてお茶を濁したが、早急に結論を出す必要に迫られていた。 ……そんな時だった。  レムリアが帝國の手に落ちたのは。 【2-3】 レムリアは列強の一つであり、その勢力圏は北東ガルムの半分――あくまで人類居住圏の話だが――にも及ぶ。 その全てが帝國の手に入ろうとしていたのだ。 ……未だ時間を要する話ではあるが。 その中には、『レムリア王国王立魔法協会』の名もあった。 『レムリア王国王立魔法協会』とは、レムリア国内における魔道士全てを統括するだけでなく、魔法に関する全ての事柄を管理する国王直属の組織である。無論、公的機関だ。 王国各地に支部及び生産・研究・実験施設、教育機関等を保有しており、その権限と規模の巨大さは、飛竜を育成する機関すらもその管理下においていることからも伺えだろう。 (例えばロッシェル王国では、飛竜を育成する機関は魔法協会と別組織である) 無論、完全な一枚岩の組織ではない。 諸侯領に存在する支部においては半独立な傾向――その諸侯の力が強ければ強いほど――があるし、王領の支部とて地域毎に学閥や派閥があるので、『隅々まで本部の意向が行き渡る』という訳では無いのだ。 (完全に本部の統制が効くのは、せいぜい王都周辺地域位のものだろう) 実はこの『レムリア王国王立魔法協会』、その協会中央本部は、以前(帝國軍の旧王都入城前)から帝國との交渉を水面下で行っていたのである。 当時、各支部は『半独立』どころか独立状態――諸侯もそれを後押ししていた――となっており、協会中央本部は危機感を強めていた。 彼等は新たなる『後ろ盾』を必要としていたのだ。 そして帝國も、魔法という危険極まりないものを統一して管理する必要を感じていた。 (その筆頭がワイバーンやワイバーン・ロードだ) ここに、両者の思惑は一致したのである。 帝國は彼等に『速やかなる事態の原状回復』を命じ、後ろ盾を得た協会中央本部は各支部への締め付けを行うこととなる。 こうして、諸侯の大半が帝國に恭順したこともあり、各支部の独立の動きは短時間で終結した。 ……西部地方の一部を除いて。 協会中央本部は、さぞ笑いが止まらないだろう。 西部の一部地域についてはさておき(彼等はこれ等の支部についても『時間の問題』と見ていた)、他の大半の地域を、かつて以上の統制力で掌握することに成功したのだから。 それだけではない。 帝國は、レムリアを『帝國における魔法関連の本拠』としようと考えている。 辺境地域とはいえ広大な帝國直轄領。 数百の邦國。 これら全て、その頂点となったのである! 行く行くは旧大陸同盟諸国を始めとする、帝國との同盟を希望している国々すらもこれに加わる筈だ。 ……焼け太りもここに極まれり、であろう。 彼等は、王国時代を遥かに超える権益を手に入れようとしていたのだ。 ところで先にも述べた通り、レムリア王国においては、ワイバーン及びワイバーン・ロードの全てを魔法協会(つまり国王)が管理していた。 諸侯は王の許可の下、魔法協会から去勢されたワイバーンを買うことのみが許されている。 (ちなみに、ワイバーン・ロードの購入は原則として認められていない) それ以外は、例え諸侯といえども勝手に保有することは許されない。許可なき保有は、それだけで『謀反の証拠』とされるのだ。 帝國は、このレムリアの手法を邦國にも適用しようと考えた。 まず各邦國の魔法協会を半独立状態とはいえ正式――今までは曖昧だった――に帝國管轄下に組み込むことを宣言、その第一歩を踏み出す。 大概の邦國は小規模かつ魔法技術力が低いので、これだけでことは終わった。 問題は、ロッシェル王国である。 邦國としては破格の規模。 ワイバーン・ロードすら独自開発可能という、高い魔法技術力。 どれをとっても、他の邦を圧倒している。 早急に『封じ込める』必要がある。――そう帝國は判断していた。 ……話は長くなったが、冒頭の『レムリア製のワイバーン・ロードが、ロッシェルに送られた』という事柄は、この一連の流れに端を発していたのである。 【2−4】 ロッシェル王国軍幹部との会合を重ねた結果、帝國は同国国軍に対してレムリア製ワイバーン及びワイバーン・ロードを大量供与することに決定した。 (言うまでも無いことだが、供与されるワイバーンは全て去勢済みである) 供与の内訳は、ワイバーン・ロード84騎にワイバーン100騎。 これが数次に分けて供与される。 数次に分ける理由は、流石にこれだけの数のワイバーン・ロードを一度に渡すのは困難であること、どうせ渡しても乗り手がいないこと等が『表向きの理由』として挙げられている。 ……ちなみに全て無償供与だ。 これを聞き、ロッシェル王国は驚いた。 何しろこれだけの航空戦力である。実際に払うとなれば相当な額になるだろう。 それが、無償。 帝國はこの処置を、『ロッシェル魔法協会の管轄権が正式に帝國に移る――とはいえ未だ影響力はロッシェル王国と五分五分だが――代償』と説明していた。 無論、本音は別の所にあったが。 【2−5】 新たな空中騎士中隊の編制では、各ワイバーン・ロード7騎(うち1騎は予備)。 これが12個分で、合わせて84騎のワイバーン・ロードが必要という訳だ。 この編制は、旧レムリア王国空中騎士団の改編計画をそのまま実行に移した形である。 高性能なレムリア製ワイバーン・ロードの採用とワイバーン・ロードの単独集中運用…… ワイバーン・ロードこそが、新生ロッシェル王国空中騎士団の主力であり、新世代の空中戦力なのだ。 逆に、これからのロッシェル王国空中騎士団において、ワイバーンは訓練、偵察、軽攻撃といった二線級扱いとなる。 かつての12個空中騎士隊が12個空中騎士中隊へと激減したとはいえ、中隊あたりの戦力は比較にならない程強化されており、運用の柔軟性も増している。 その戦力は決して侮れない。 この様な編制が可能となったのも、空中騎士団の大幅な縮小の御蔭であろう。 (まあ一番の理由は帝國の邦となったことであろうが) 竜騎士(ワイバーン・ロード騎乗)や竜戦士(ワイバーン騎乗)になるには、才能が不可欠である。 一に才能二に才能、三四が無くて五に努力とすら言われている程だ。 ……決して努力を疎かにしている訳では無い。 (事実、竜騎士や竜戦士になるには、並々ならぬ訓練と歳月を必要とする) 要は、それ程の努力すらも才能の前には無力という訳だ。 と言うより、『才能が無ければまともに動かせない』と言った方が良いかもしれない。 ワイバーンで只飛ぶだけならば、常人でも訓練すれば半年や一年でどうにかなるだろう。 が、そこまでだ。 それ以上は殆ど上達しない。 ワイバーン・ロードに至っては、動かすことすら不可能であろう。 だからこそ、『一代限り』の筈の竜騎士の血筋を絶やさぬ様に家門を持たせて彼等の血筋を守り、多くの竜騎士を輩出する『名門』として尊重してきたのだ。 とはいえ帝國に併合される前は、その大規模な空中戦力を維持する必要性から、全国から才能のある子供達をかき集めて英才教育を施し、なんとか頭数を揃えていたのが実情である。 (既存の竜騎士の家系だけではとても足りなかったのだ) そして中から竜騎士が出れば、既存の竜騎士の家系に受け入れ、その血を取り込んでいった。 だがここ20〜30年程は、もはや血統を採り尽したのか、一般からは一人も竜騎士が出ていない。全て竜戦士である。 ……ならば、一般からの募集については、大幅に削減しても構わないのではないか? そんな声が出ても不思議ではない。 丁度航空戦力が大幅削減された(せざるをえなくなった)所でもある。この程度の兵力ならば、既存の家系だけでもなんとかなるだろう。 そして何より、平民が入ってこないのならば従来の編制――ワイバーン・ロード1騎にワイバーン4〜6騎――に執着する必要性も限りなく低くなる。 多くの空中騎士団幹部が内心で望んでいた、『ワイバーン・ロードとワイバーンの完全分離』が実現できるのだ! 一応、一般募集の道も残されるが、今後この道は急速に狭められる筈だ。 多くの改革。 帝國の庇護の下、ロッシェル王国軍空中騎士団は再建されようとしていた。 だが―― 「不足している教官については、レムリアから派遣されます。全員腕利きですよ」 中佐の言葉に、複雑な感情が流れる。 仕方がないとはいえ…… 竜はレムリア製。 教官もレムリア人。 かつての仮想敵国を受け入れることに、抵抗を感じないはずがない。 今後は戦術もレムリア式となるだろう。いや、騎士団の全てがレムリア式となるのだ。 ロッシェル王国空中騎士団の伝統は、一体どの程度残るだろうか? 長い間かけて積み上げてきたきたもの、それが失われようとしていた。 ……が、最早その伝統を伝える者も伝える手段も殆ど残っていない。 どうしようもなかったのだ。 そして何より、今やそのレムリアも帝國領となっている。 誰もが時代の変化を感じざるをえなかった。 【2−6】 ロッシェル王国空中騎士団の改編は、大陸同盟諸国の航空戦力の有り様に一石を投じた。 ロッシェル王国は、ついこの間までロンバルキア王国と並んで大陸同盟諸国の中核だった国家である。その決定は、その思い切った内容もあり、大きな注目を集めたのだ。 同時に帝國は、『大陸同盟諸国に対してもレムリア製ワイバーン・ロードの売却が可能』と表明している。 既に幾つかの諸国は食指を動かしつつあった。 この幾つかの国々がもし採用すれば、大陸同盟諸国は雪崩をうってレムリア製ワイバーン・ロードを採用する可能性が高い。 (何しろ従来のワイバーン・ロードと比べて、性能も価格も全て勝っているのだ) ……そして、性能の大きく劣るロンバルキア製ワイバーン・ロードは売れなくなる。 これは、今や大陸同盟諸国で唯一ワイバーン・ロードを開発・生産しているロンバルキア王国にとっては死活問題である。 ロンバルキア王国単独では、とてもでは無いがワイバーン・ロードの開発・生産技術を維持することは不可能なのだから。 まあ相当無理をすれば、何とか技術を維持できるだろう。 が、その技術は大きく停滞する。維持に手一杯で発展にまで手が回らなくなるからだ。 そして仮に維持したとしても、周辺諸国より劣った装備を押し付けられる軍から不満がでるくることは間違いない。 莫大な財政負担、そして相対的な戦力低下による軍の不満の蓄積。 最終的には、ロンバルキア王国はワイバーン・ロードの開発・製造技術を放棄せざるをえなくなる筈だ。 そうなれば、帝國は北東ガルムにおける唯一のワイバーン・ロード製造技術を持つ国家となる。 これこそが帝國の真の目的だった。 今回大陸同盟諸国に売却を決定したワイバーン・ロードも、ロッシェル王国に供与決定したワイバーン・ロードも、皆『量産型ワイバーン・ロード』である。 『量産型』とは少し語弊があるが、要は旧レムリア王国がワイバーン・ロードを急速増強するために開発した種だ。 簡易生産型と言ったほうが良いかもしれない。 従来の種と比べて空戦性能こそ変化がないが、その寿命は大幅に短縮している。 つまり更新間隔が短いのだ。 確かにその価格は、従来のワイバーン・ロードに比べて大幅に安いが、もし帝國がワイバーン・ロードの売却を止めれば、短期間で航空戦力が目減りしていくだろう。 これは、軍の中核たる空中騎士団の生殺与奪の権を、帝國に握られてしまうことを意味していた。 ワイバーン・ロードだけではない。 帝國は、ワイバーンすらも自国のみで握ろうと考えていた。 帝國がレムリアを平定すれば、北東ガルムに太平の世が訪れる。 各国の重すぎた軍事費は縮小に転じるだろう。 そこが狙い目だ。 ワイバーンを自力で維持するのは金がかかる。去勢済みの奴を買う方が遥かに安上がりなのだ。 時間はかかるであろうが、帝國はやるつもりだった。 これ等の計画は、決して不可能な話ではない。 今や帝國は、北東ガルムのドワーフを従え、魔法物質を完全に握っているのだから。 更に、北東ガルムの過半の魔道士をもその支配下に置いている。 帝國が北東ガルムを軍事的に完全掌握する日は、そう遠くないだろう。 軍事の次は経済である。 軍縮により浮いた金。それは帝國製品に使って貰わなければならない。 『全てを帝國が貰う』とは言わないが、六〜七割は頂く腹積もりだ。 既に、ボルドー商人が『商品の献上』という形で宣伝を始めている。 数年後には…… この様に帝國は、当初の目論見通り、軍事的にも経済的にも北東ガルムをその影響下に組み込もうとしていた。 北東ガルムを完全に『自分の庭』にしてしまおうと考えていたのである。 それは、事実上の北東ガルムの属国化でもあった。 『遠方からやってきた巨狼は親切だった。巨狼は意地悪な狼を倒すと、森の動物達に沢山の御馳走を振舞った。 最初は巣穴に閉じこもっていた動物達も、やがて安心して御馳走を食べ始める。巨狼はそれをにこにこしながら眺めていた。 ……動物達が巣穴に逃げ込めなくなる程太るまでは』 ――北東ガルムに古くから伝わる寓話。