帝國召喚 間章1「それぞれの事情 列強」 【1-1】 『航空兵力こそ、戦争の帰趨を決定する最重要要素である』 これはこの世界においても、帝國が元いた世界となんら変わることの無い『常識』である。 である以上、この分野に最も力が注がれるのは当然であろう。 列強諸国は、帝國を仮想敵と見做して以来、競って飛竜戦力の強化に力を入れていた。 ――それこそ、今まで以上に。 それは実に徹底しており、『ワイバーン・ロードの増強、強化』という様な、ハード面での強化ばかりではなく、未だ不完全ながらも、『飛竜部隊と地上支援部隊の分割(空地分離)』『ワイバーン・ロードの集中運用』といった様な、運用面(ソフト面)での強化すら行われていた。 特に運用面での強化は厄介である。これが軌道にのれば、帝國とて苦戦を強いられるだろう。 このように、飛竜部隊は、真に近代的な航空戦力へと生まれ変わろうとしていたのだ。 とはいえ、全ての兵科が、この様な大改革を行っている訳では無い。 それどころか、飛竜部隊は例外中の例外とも言える。 むしろ大半の兵科は、多少の新兵器の導入と小手先の改革のみでお茶を濁しているに過ぎなかったのだ。 (その新兵器さえも導入されず、何も変わっていない兵科すら多数存在していた) これは飛竜部隊の強化で精一杯で、とても地上部隊にまで回す金が無いという財政的な問題も勿論あるだろうが、一番の理由はやはり政治的な問題であろう。 陸軍(地上部隊)は、既得権益に縛られ過ぎている上、社会制度深くにまで組み込まれている。 下手に弄れば、帝國と戦う前に国家が滅びかねない厄介な代物なのだ。 こういった理由から、誰もが改革の必要性を理解しながらも、航空部隊の大改革を尻目に、陸軍は旧態依然のままとなっていたのである。 だが、他の列強諸国が陸軍の改革に手をこまねいている状況下において、唯一国だけ、陸軍の大改革を断行しようとしている国家が存在した。 ローレシア王国である。 【1-2】 ローレシア王国は列強の一つであるが、他の列強諸国と比べて少々毛色が変わっている。 『王・王族』『諸侯』『諸侯ではない貴族』『騎士』『士族』『平民』『それ以外』という、この世界ほぼ共通の身分制度の大枠の内、『諸侯』という階層が存在しないのである。 『諸侯』とは、国内において半独立的な私領を持つ貴族達のことだ。 彼等は、大規模な私領と私兵を持ち、王より自領内での自治権を保障されている。 ちなみに『諸侯ではない貴族』や『騎士』は、自治権が大幅に制限されている中小領主か、或いは領地を持たずに王家から直接禄を受けている者達のことである。 以上の定義には、数多くの例外が存在しているが、まあこれがこの世界における最大公約数であろう。 上記の定義の様に、ローレシアの貴族や騎士達も、一応は領地持ちではある。 しかし、それはあくまで名目のみであり、実際の統治は国王配下の代官が行っている。 当然、自治権など欠片も有りはしない。 そして自治権が存在しないということは、王の命令が全国の隅々まで行き渡るということでもある。 『全ての土地は王のもの』という訳だ。 その代わりに貴族や騎士には、領地持ちの場合は表高の収入から『統治代行費』と『兵備代行費』が引かれた額、非領地持ちの場合はそれぞれの格に応じた額から『兵備代行費』が引かれた額が、家禄として毎年国庫から下賜される。 ここで注目すべき点は、領地持ち、非領地持ちに共通している『兵備代行費』だ。 ……つまりローレシアでは、装備は自弁ではなく、国が面倒を見る制度となっているのである。 一騎駆け騎士はおろか、一族郎党を引き連れるべき貴族や騎士も、馬も鎧武具もいらず身一つで軍に行く――少なくとも表向きは――のだ! (とはいえ、将校が個人的に武装を整えることも許可――装備が水準を満たしてさえいれば――されている) この様に、ローレシア王国は事実上の中央集権国家であり、国王の権力が他国と比して非常に大きい。 だからこそ、思い切った改革が断行出来たのであろう。 【1-3】 ローレシア王国陸軍における戦力の中核は、『飛竜兵(騎士)』『戦竜兵(騎士)』『歩兵』『砲兵』『工兵』の五大兵科であるが、どこの国においても、歩兵が陸軍の大半を占めていることに変わりは無い。 ローレシア王国陸軍とて、その例外ではない。 ……とはいうものの、『最強の飛竜兵(騎士)』は別格としても、『突破力と機動力の戦竜兵(騎士)』『制圧力の砲兵』『築城と攻城の工兵』と評される他の五大兵科と比較して、『歩兵』は実に地味だ。『〜の歩兵』といった誇り名すらない。 『何の能力も無い連中が行く所』 ――――そう見られていたのだ。 (実際、他兵科の下士官兵からは、『盾』『労働力』『戦場の掃除屋』とすら揶揄されていた) 無論、将校達は歩兵の重要性を理解し、『万能の兵科』『欠かせざる兵科』とすら認識している。 しかし、徴兵された兵――ロ−レシア王国は徴兵制だ――のうち、『何らかの特技を持つ者』或いは『非常に優秀な者』は他の五大兵科に引き抜かれ、『残ったのは凡庸な者のみ』という有様では、到底このような下士官兵達の認識を覆すことは不可能であろう。 特に、他の五大兵科の下士官兵は、自らを『選ばれし者』と誇り、歩兵を始めとするその他の兵科――歩兵と補助兵科――を馬鹿にしているのだから。 これが、歩兵――もちろん将校を除く――に対する世間一般の評価であった。 【1-4】 この世界の歩兵は、その防御力――というより鎧の重さ――により重装歩兵と軽装歩兵に、その武器により槍兵や弓兵等に区分される。 (他にも武器はあるし、弓や槍にもいろいろな種類があるが、やはり歩兵の基本武装は弓か槍だろう) ……が、銃兵はいない。少なくとも、列強諸国には。 無論、この世界にも小銃――火縄式や火打ち石式の前装式小銃だが――はある。 だがこの世界において、小銃はあまりメジャーな武器とは言えなかったのだ。 その欠点の多さ故に。 この世界の小銃は、どれも無視できぬ程の欠点を抱えている。 火縄式前装銃は、この世界に昔からある小銃で、普通『銃』と言えばこれを指す程だ。 普及しなかったのは―― @弓と比較して高価。  A命中精度が低すぎる。 B発射速度が弓より低い。  C威力はともかく、その射程は弓と比較して特に優れているとは言えない。 D弓ならば魔法付与により射程・威力の増大が期待できるが、銃ではそれが出来ない。 ――等の欠点があり、『同じ金をかけるのならば、大砲にかけた方が良い』という結論に達したためである。 打ち石式前装銃は、ここ数十年で出てきた新しいタイプの小銃である。 火縄や火種の維持を必要としなくなったが、その反面値段がより高価になった。 おまけに、火縄式前装銃で問題となっていた上記の欠点が、何一つ改善されていないという、何のための改良かと頭を抱えたくなるシロモノだった。 無論、火縄や火種の維持から開放されたのは無視できぬ利点ではある。 ……だが、それだけに過ぎない。 『上がったのは値段と不発率だけ』というのが大方の評価だ。 打ち石式施条式前装銃は、最新の小銃である。 打ち石式前装銃よりも更に高価となったが、遠距離での命中率はかなり向上している。 その反面、発射速度は一層低下し、軍用としては狙撃以外の使い道は無い。 ……以上が現在の状況である。 この様に、小銃に対する大方の軍の評価は、『値段の割りに使えない兵器』というものでしかなかった。 しかし、ここ最近では変化が見られ始めてきた。小銃が急に注目され始めたのである。 これは言うまでも無く、帝國のせいだろう。 【1-5】 帝國の登場により、密集隊列が自殺行為となり、早急な散兵戦術への転換が求められていた。 だが、そうなると攻撃力が大幅に低下してしまう。 この原因として、『指揮統制上の問題』『一兵あたりの戦闘力の問題』が上げられる。 『指揮統制上の問題』とは、まず第一に『司令部の指揮通信能力の不足』。 兵力を分散する訳なので、一つの司令部が守備する面積、指揮する部隊の数は飛躍的に増加する。 従来の司令部では、明らかに能力不足である。到底対応できない。司令部の大幅な増員と教育が不可欠である。 広大な守備地域を把握するための、偵察能力の拡充も必須だろう。遠方に展開する部隊との連絡を維持するためにも、通信能力の拡充も必須だ。 特に通信能力については、大隊以下の部隊なら、伝令の大量活用でどうにかなるだろうが、それ以上の規模の部隊に関しては、やはり短距離用魔法通信の新規開発と大量導入を行なわざるえないだろう。 第二に『小部隊の大改革』 分散した個々の小部隊は、仮に上級司令部からの指揮統制を受けていたとしても、受ける命令には少なからぬタイムラグがあるだろうし、司令部との連絡が不可能となる場合も十分に考えられる。 小部隊指揮官にとっさの判断が求められる事例も多発する筈だ。部隊の自由度も増し、指揮官には高度な能力が求められるだろう。 高度な能力を持つ下級将校や下士官の増員が必須だろう。兵士にも高い士気と練度が求められる。 ……これ等が、『指揮統制上の問題』の問題である。 主にソフト面からの問題ではあるが、これを実行するには、並大抵では無い労力と金、そして時間を必要とするだろう。 『一兵あたりの戦闘力の問題』についても同様だ。 弓や槍では、一兵あたりの戦闘力が低く、隊列を組まねば効果的な運用ができない。阻止力が低すぎるのだ。 (加えて散開すると、魔法での支援までも困難となってしまう) そこで、手っ取り早く一兵あたりの戦闘力が向上できる『銃』が注目され始めた。 この判断には、帝國が小銃を主力としているという事実も、大きく後押ししている。 とはいえ、現在の小銃では、明らかに力不足だ。このままではとても採用できない。 小銃の採用については、発射速度と命中精度の向上が不可欠である。そうでなければ、小部隊では効果的な弾幕はとても形成出来ないのだ。 こうして、ロ−レシア王国機械技術陣に対し、問題解決の命が下った。 【1-6】 ……それにしても無茶な命令である。 今までの数百年で、『たかがこの程度』しか進歩できなかった兵器が、そうそう都合良く性能向上する筈も無いだろう。 当然、研究は難航した。 だが困難の末、遂にローレシアは並居る他国を尻目に、画期的な技術の開発に成功する。 それは、ふとした思い付きに過ぎなかった。 ある若手技術者が、帝國軍の小銃弾を見て、『同じ形の弾をこの世界の小銃に装填したらどうなるだろう?』と考えたのだ。 興味を持った彼は、私的に実験を行った。 何故私的かといえば、当時帝國の技術体系は、この世界のものとは全く異なる『異界の技術』とされており、自分達には『再現不可能』と考えられていたからだ。 これは帝國人が『まったく魔力を持たない』という異常な人種――この世界の人間、というよりも全ての生物は、たとえ魔法を使えなくとも大なり小なり魔力がある――であることからも当然とされ、王国技術陣ですらその事に疑問を持つ者はいなかった。 ……この時までは。 結果としては、実験は大失敗に終わった。 銃は暴発を起こし、射手は大怪我を負ったのだ。 ――だから、言わんことじゃあない―― そう周囲から笑われた。 だが、彼は諦めなかった。 彼の関心は、『何故、暴発したのか?』の一点のみだったのだ。 帝國のものではなく、既存の材料と技術を使ったのに、ただ弾の形を変えただけなのに、何故? その後も実験を重ね、多くの犠牲者――受刑者達が担当した――を出しつつも、遂に彼は暴発の理由を突き止める事に成功した。 『銃の口径と同じ大きさの弾丸を使用していたから暴発した』 これが、その理由だ。 火薬のガス圧を受ける部位が、従来の球状から平面に変わり、そのガス圧をモロに受けて膨張、食い込んで銃身を塞いでしまったのである。 彼は閃いた。 ――ならば、弾丸の大きさを銃の口径よりも小さくすれば良い!―― そうすれば、打ち石式施条式前装銃の欠点である、『弾丸の装填の困難さによる発射速度の低下』も解決できる筈だ。 その目論見は当たった。 気を良くした彼は更に実験を続け、最適な弾丸の形状を捜し求める。 そして遂に『理想の弾丸』と『その弾丸を使用するのに最も適した小銃』の開発に成功したのだ。 それは、『帝國の技術はこの世界の人間には再現できない』という神話の崩壊の瞬間でもあった。 【1-7】 試射の結果は非常に良好であり、遂には噂を聞いた国王陛下の御前の下、火縄式前装銃(従来弾)、打ち石式前装銃(従来弾)、打ち石式施条式前装銃(従来弾)、新型銃(新型弾)をそれぞれ装備した部隊が、比較試験を行うまでに事態は進展した。 そしてその比較試験において、彼の新型小銃は他を圧倒する性能を見せつける。 誰が見てもその差は明らかであり、『新型小銃と新型弾の組み合わせは、従来の小銃と比較し、威力、射程、命中率の全てにおいて大幅な向上を認める』という結果を叩きだしたのだ。 装填速度のみ、弾丸を落とし難くなった分だけ、従来よりやや早くなった程度――とはいえ施条式前装銃として考えれば大幅な向上――だが、射程と命中率の大幅な向上を考えれば、実質的に『一銃で従来の三銃以上に匹敵』(某将軍談)すると言っても過言ではない。 この結果に国王は感激し、その場で開発者である彼に勲章と多額の報奨金、爵位を授けた。如何に王の喜びが大きかったが分かるだろう。 そしてこの新型銃と新型弾に彼の名をつけ、直ちに全面生産に移すように命じた。 世に名高い、『アントノフ小銃』と『アントノフ弾』の誕生である。 それは彼の最良の時だった。 彼は、王に帝國軍兵器の鹵獲と研究を進言――無論、それは受け入れられた――し、更に強力な小銃の開発への意欲を見せた。 ……とはいえ、肝心の『散兵戦術を可能とする新部隊』については、残念ながら一部の部隊のみの改編に終わることになる。 あまりにも莫大な資金と多数の高練度の将兵を必要とするため、さしものローレシアも金と人が足りなかったのだ。 (実戦の洗礼を受けていない、新部隊の能力に対する疑念もある) 恐らくは選ばれたエリート部隊として、少数の部隊のみが改編され、他の大多数は従来のままで終わるだろう。 ……多少は成果がフィードバックされるかもしれないが。 また、この話には、見逃すことの出来ない後日談がある。 彼の成功後、ロ−レシアの機械技術者達は、帝國の兵器群とその思想に注目するようになったのだ。 彼等は、帝國の技術体系を『異界の異質な技術体系』ではなく、『自分達よりも遥かに進んだ機械技術体系』と見なすようになったのである。 もはや帝國の技術は、学ぶべき対象ですらあった。彼等は競って、帝國の技術を再現しようと試み始める。 そしてこれは、機械技術者達の魔法技術者(魔道士)達に対する挑戦でもあった。 彼等は、帝國の技術を梃子として、魔法技術優位の風潮を打破しようと考えたのだ。それは、機械文明の魔法文明に対する挑戦とすら言えた。 今まで押さえつけられてきた機械文明が、魔法文明に対して牙を向け始めたのである。 これら一連の改革は、間違いなくローレシアに対し、少なからぬ影響をもたらした。 それが何かは、まだ誰も気付いていなかったが。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【2-1 ローレシア王国、某演習場】 現在、ここローレシア王国の某演習場では、新設されたばかりの砲兵連隊、『軽魔道砲兵連隊』による演習が行われていた。 しかし、それにしても展開している砲の数が少ない。僅か20門にも満たないのだ。 砲兵連隊なら、通常100門以上の重砲を保有している筈なのに、である。 ……本当に、これで連隊全力なのだろうか? 「撃て!」 そんな疑問を他所に、連隊長の号令により、射撃が開始された。 凄まじい発射音。少し間を置いて、それを遥かに超える爆音が響き渡る。 その威力は、従来の比ではない。 射程も、従来より遥かに長射程の様だ。 僅か十数門とはいえ、その攻撃力は、100門以上保有する他の砲兵連隊と比べても、決して負けてはいなかった。 いや…… むしろ両者が戦えば、勝利するのはこの連隊ではないだろうか? そう思わせる程、この連隊が装備している砲は強力だった。 【2-2】 軍の重鎮達がわざわざ視察に来ている――この連隊が期待されている証拠だ――が、彼等も実に満足そうである。 「見事だ!」 その中心、軍務大臣が賞賛の声を上げた。 「光栄です」 連隊長も嬉しそうだ。 「これが新型の魔道砲か?」 軍務大臣は興味深そうに眺める。 「はい! 新型の『魔道加濃砲』と『魔道榴弾砲』です!」 ここぞとばかりに宣伝する。 何しろ相手は、軍屈指の実力者だ。新型魔道砲増強の為には、彼の力は欠かせない。 ――魔道加濃砲。 従来の前装式の砲とは異なり、砲身が二分割されている砲で、前部砲身をスライドさせ、後部砲身に弾を込めて発射する。弾道は直進。 弾は二種の魔法弾。 両方とも火薬ではなく、魔法薬で発射されるため初速・射程ともに大幅に伸びている。 しかも火薬の様に煤が溜まらないため、いちいち一発撃つ毎に砲身内部を清掃する必要が無い(さすがに限度があるが)。 その上、魔法薬(装薬)が弾丸(弾頭)と合体しているため、砲をスライドさせて弾を込め、砲身を合体させればそれで発射可能となるのだ。砲身の完全封鎖に多少手間取るが、それでも発射速度は前装式の従来砲よりも数倍早い。 弾頭は通常弾頭と魔法弾頭の二種類がある。 通常弾頭は大きな鉄の塊で、通常の野戦重砲でも用いているものではあるが、初速が倍となっており、射程も5〜6キロと大幅に向上している。 魔法弾頭は大威力の炸裂弾であり、その破壊力は帝國軍の小型(30キロ?)爆弾にも匹敵する。初速・射程は上記の通常弾と同様である。 値段の関係から通常弾頭が主力――通常弾でも高価だが――ではあるが、通常弾頭でも帝國軍の軽量型の鉄竜ならば撃破できるであろうし、魔法弾頭ならば重量型の鉄竜すらも撃破可能だろう。 もちろん両者とも、敵陣の攻撃にも威力を発揮できる。 このように、一見良い所だらけに見える魔道加濃砲であるが、欠点が無いわけではない。 値段は別としても、構造が複雑であり、整備が困難なのだ。 特に前部と後部の砲身の結合部は、調整が悪いとたちまちガス漏れしてしまうし、そうでなくとも20〜30発も撃てば閉鎖のネジが緩んでしまう。 このため、高度な技術を持つ専門の整備兵が必要とされていた。 ――魔道榴弾砲。 従来と同じ前装式ではあるが、やはり火薬ではなく魔法薬で発射する砲だ。 魔道加濃砲と同様に、魔法薬(装薬)と弾丸(弾頭)も合体しているため、弾を砲の中にすべり落とせば自動的に発射される。 そのため『魔道加濃砲』よりも発射速度は更に早い。射程は5〜6キロで、弾道は山を描いて飛んでいく。 弾頭は爆弾のみで魔法弾頭は無い。導火線で黒色火薬を爆発させる形式であり、殺傷力を増すために金属片を多数封入している。 魔道加濃砲と比べて値段が安く、整備も容易ではあるが、直射が不可能であり、命中精度も良くない。その分を発射速度でカバーする考えの砲なのだ。 また、導火線の長さの調節に相応の経験を必要とする。 軽魔道砲兵連隊は、これ等二種の砲を装備しており、連隊本部・本部付隊、2個魔道加濃砲中隊、2個魔道榴弾砲中隊、連隊段列より成っている。 各中隊は、中隊本部、2個魔道砲小隊(各魔道砲2門)、支援小隊、中隊段列よりなるため、軽魔道砲兵連隊は16門の魔道加濃砲・榴弾砲を保有していることになる。 これは従来型連隊の七分の一程度の砲数だが、それでも一分当りの発射数は従来型連隊の6〜7割を確保しており、威力も考えれば従来型連隊を圧倒している。 更に射程も倍以上ある。これならば、十分『連隊』と名乗れる戦力であろう。 ……装備費と維持費についても、共に従来型連隊の倍以上であるが。 ちなみに以前の魔道砲は、他の野戦重砲と同様に火薬を装填して発射する方式であり、発射速度、射程共に野戦重砲と同程度であった。 ただし弾丸は魔法弾であり大威力であるし、また魔法弾自体の魔力を使って射程の大幅延長が可能――ただし威力は加速度的に低下――であった。 この砲も従来型の砲兵連隊から抽出して、重魔道砲兵連隊(魔道砲16門)が編制される。 一連の改編により、従来一種類だけであった砲兵連隊は、重魔道砲兵連隊(魔道砲16門)、軽魔道砲兵連隊(新型魔道砲16門)、従来型砲兵連隊(野戦重砲108門)の三種類となった。 以後新設されるのは魔道砲連隊のみなので、従来型砲兵連隊は微減していくことになるだろう。 ようやく列強諸国も、いろいろと問題を抱えながらではあるが、帝國軍砲兵にどうにか対抗出来る陣容を調えつつあったのだ。 【2-3】 「しかし何故、同じ部隊に加濃砲と榴弾砲が一緒に配備されているのかね?」 軍務大臣が不思議そうに尋ねる。 「従来型の連隊も、加濃砲と榴弾砲の混成でしたから」 軍務大臣とはいえ、彼は所詮は文官か。 そう考えた案内役の将軍――もちろん砲兵科だ――の一人が、傍に控える連隊長に『余計な事を言うなよ!』と目配せしつつ答えた。 「まさか、それ『だけ』の理由かね?」 その余りの下らない理由に、思わず軍務大臣の目が細まる。 「いえ。柔軟性を持たせ、一連隊で多用な任務に対処できる様にするためです。 何しろ加濃砲は直射、榴弾砲は曲射しかできませんから」 危険を感じとり、慌てて他の将軍が付け加えた。 しかしその答えは、軍務大臣の気分を一層害した様だった。 「……君達は私を馬鹿にしているのか!? そんな事位、知っている!  私が聞きたいのは、『たかだか16門の砲戦力しかないのに、わざわざ異なる用途の砲を一緒に装備して、戦力を二分する理由は何か?』ということだ!」 道理である。 一連隊16門。このうち、隠れた敵を攻撃するには榴弾砲8門、敵鉄竜攻撃には加濃砲8門しか参加出来ない。これでは、実質半分の戦力で戦わなければならなくなる。 無論、全砲参加できる戦いの方が多いだろう。 だが、両者の性格がここまで分かれてしまった以上、それぞれ独立して運用するほうが遥かに便利な筈だ。 これは、運用だけではなく、補給や整備の面でもいえることだ。 「連隊長、君は知っているかね?」 話にならんと、軍務大臣は随行した将軍達にではなく、今度は連隊長に尋ねる。 「それは当連隊が、『教導』や『実験』も兼ねた部隊だからであります」 連隊長は慎重に言葉を選ぶ。下手な事を言って、将軍達の怒りを買いたくないからだ。 (とはいえ、嘘は言えない。難しい所だ) 「ほう、成る程な。 ……と言うことは、ここにある砲が新型魔道砲の全てか」 どうやら軍務大臣は、連隊長の言い回しに気付いた様だ。 実はその言葉の通り、王国にある新型魔道砲はその全てかき集めても、ここにある16門しかない。それも『使える試作型も含めて』である。 「だが何故だ? 予算なら確保してある筈だぞ?」 その答えには納得はしたものの、今度はその数の少なさに疑問を呈する。 「閣下。魔道砲は…… いえ魔法兵器は、金さえ出せば手に入る物ではないのです」 魔法兵器は高価だ。それに加えて『金さえ出せば手に入る』という訳でも無い。 たとえ金があっても、様々な要因がその生産を阻害するのだ。 例えば、『材料』の不足。 魔道兵器は、希少な魔法金属や魔法物質を多用するが、これらの大半はドワーフから買い入れなければならない。 しかし彼等との取引は、毎年の購入枠がだいたい決まっており、そこから大きく逸脱した取引が出来ない仕組みになっているのだ。 だから需要の急増には対応ができず、どうしても品薄となってしまう。 例えば、『職人』の不足。 魔道兵器は、ただ腕が良いだけでは作れない。魔法に関する知識や特殊な技術が不可欠なのである。 だがその様な職人――技術者――が、一体どれ程いるだろう?  これらの要因については、今まではそれ程の問題とは見なされてはいなかった。 魔法兵器の生産数など、たかが知れていたからである。 だが、帝國への対抗策として、各種魔法兵器の開発・生産が急ピッチで進められたことから、一気に問題として噴出したのだ。 これ等限られた人材や資源を巡り、それ必要とする各部門が奪い合っているのが現状だった。 ……そしてその争奪戦の中で、魔道砲生産は脇に押しやられつつある。 何故か? 『砲兵』という科自体が、魔道砲の全面導入に消極的だからだ。 成る程。確かに魔道砲を全面導入すれば、砲兵の攻撃力は強化される。 だが、規模としては如何だろう? ……恐らく大幅な縮小は避けられない。それも、十数年後には、砲兵の規模が数分の一となりかねない程の大幅縮小だ。 その様なことを、砲兵科が望むはずも無かった。 確かに若手将校の一部には、砲兵の根本的な改革を叫ぶ者もいる。 しかし、上層部も含めた大半は、現状の『規模の拡大路線』を支持していた。 何しろ、この連隊長が改革派の長老格なのだ。彼程度の地位で『改革派長老』とされていることからも、改革派の弱小さが分かるというものだろう。 もっとも、この様な軍の改革を巡る争いは、砲兵に止まらず各科・各部で起きていた。何も、派閥争いや権益争いは、帝國軍の専売特許という訳では無いのである。 【2-4】 「では、手っ取り早く魔道砲を増強するには、如何すれば良いと思うかね?」 連隊長の説明を黙って聞いていた軍務大臣が尋ねた。 「『政治的な方法』を除外すれば、まず魔道榴弾砲の生産に全力を挙げるべきです。それこそ、他の砲など二の次で。」 魔道榴弾砲は、魔道加濃砲と比べて生産が容易かつ安価であり、何よりも信頼性が比べ物にならない程高い。これならば、材料や職人も必要最小限で済む。 しかし砲兵の中では評判が悪い。 『照準もロクに行わず、勘を頼りに初弾を発射。その後、着弾の位置を見て徐々に修正していく』という、実に素人臭い運用法が嫌われたのだ。 『砲兵の射撃技術を軽視し過ぎている』 『あれは砲じゃあ無い。ただの筒だ』 こういった非難が溢れた。 砲兵科も阿呆の集団ではない。もしも魔道砲が砲兵の主力となれば、この魔道榴弾砲が砲兵の主力火砲となること位承知している。 が、『こんなモノ』を『砲』として認めることは出来ない。ましてや主力火砲なんぞに…… という訳だ。 感情と既得権益。その両方が、魔道砲の生産を阻害している一番の要因と言えるであろう。 連隊長はその流れに抗し、『魔道榴弾砲の生産に全力を』と意見具申したのだ。 ……無論、上層部の不興を買う事を覚悟の上で。 これは、『賭け』だった。 先程の軍務大臣との会話の上から、きっと理解してくれると踏んでの行動だ。 だが、もし賭けに負ければ、自分が失脚するだけではなく、魔道砲の開発・生産も大きく停滞する危険な賭けでもある。 従来の砲では、帝國軍に対抗できない! その危機感が、彼を後押ししていた。 グラナダ戦役における帝國軍砲兵の活躍は、それだけのインパクトを彼に与えていたのだ。 「魔道榴弾砲を? では、魔道加濃砲は?」 軍務大臣は、畳み掛ける様に重ねて問う。 ……まるで試しているかの様に。 「魔道加濃砲は、その運用に難があり過ぎます。使い物になる砲を、満足な数揃えられるかどうかも疑問です」 「砲兵総監部からは、『購入予算は魔道砲と従来砲、魔道榴弾砲と魔道加濃砲で五分五分とする』と報告してきたが?」 という事は、購入予算の割合は従来砲が50%、魔道榴弾砲と魔道加濃砲が各25%ずつだ。これでは従来砲が主力である。 ……何のことはない。砲兵は、魔道砲を予算獲得の道具とし、『焼け太り』をたくらんでいるのだ。 「従来の砲では、帝國の砲には勝てません!」 祖国の危機を食い物にしやがって! 総監部の余りの手口に、連隊長はとうとう『禁句』を叫んだ。 その言葉に、周囲の将軍達が殺気立つ。 「宜しい! 大いに宜しい!」 その時、そこまで聞いた軍務大臣が、大いに笑いながら叫んだ。 「大佐、君は今日から中将だ! 『魔道砲兵』総監として、『魔道砲兵科』を率いたまえ!」 「!」 その言葉に、周囲の将軍達は驚愕する。 『魔道砲兵』だって!? それじゃあ…… 「只今より、魔道砲及びその運用員の管轄権は、砲兵から新設される魔道砲兵科に移行する」 「大臣! それは!」 「これは、陛下の御意志でもある。 ……陛下は、この前の君達の報告に激怒されたのだよ」 【2-5】 『陛下の御意思』 グラナダでのレムリアの大敗にロ−レシア王国は驚愕、急ぎ対抗策が練られた。 政府は政治的・戦略的な対抗策を、軍は戦略・戦術両面の対抗策を。 その結果、軍は魔法兵器の開発・生産に力を入れることになるが、これに合わせて、莫大な予算が投入されることが決定された。 しかし、部署により改革に対するかなりの温度差が見られた。 例えば海軍や飛竜科にとっては、帝國の脅威は身近――何しろ真っ先に戦うのは彼等だ――なものであったので、自然と改革には力が入る。 彼等の改革は、兵器だけに止まらず、編制・戦術にまで及んでいく。 一方、戦竜科や砲兵科にとってレムリアはあまりに遠く、『魔法兵器の開発・生産』も『予算獲得の手段』でしかなかった。そのため改革も自然と及び腰になる。 歩兵や騎兵にとっては論外だ。 そもそも彼等にとって、『魔法兵器の開発・生産』は予算削減しかもたらさない。 規模と予算の大幅縮小に晒された彼等は、保身に汲々としていた。 ……つまり、海軍や飛竜科以外では改革は余り進んでいないのだ。 まあ元々海軍や飛竜科は、新しい物を積極的に取り入れる所ではあったが、それを抜きにしても、他の部署は余りに保守的過ぎた。 今回の大改革について、曲がりなりにも反対者が出なかったのも、帝國の脅威を誰もが正面から否定できなかったからに過ぎない。 遅々として進まぬ改革――とはいえ、従来から見れば格段の進歩だ――に、国王は激怒した。 国王は、丁度良い時に退任した軍務大臣の後釜に自分の側近――乳兄弟だ――を据え、軍の大改革に乗り出すことを決定する。 今回の魔道砲兵科の設立も、その一環である。 各科の改革派と手を結び、『帝國の脅威』を旗印に、長年の懸案である軍の大改革に乗り出したのだ。 「『総監』。魔道砲兵に関する全ての権限は君の物だ。使えそうな人材を連れて行け」 「はっ!」 千載一遇の降ってわいたチャンスに、呆然としながらも慌てて敬礼する。 「材料や職人に関しては心配するな。『政治的な方法』については、こちらでどうにかする。」 そう。ドワーフ共に、この前の件についての代償を払わせなければならない。 「大臣! 魔道砲のみでは砲の数が減りすぎて、必要とする全ての部隊に行き渡りません!」 食い下がる将軍達、だが軍務大臣の返事は冷酷極まりないものだった。 「だから、魔道砲兵科と砲兵科に分けるのだろうが。 従来砲に関しては生産を一時中止し、全ての余力を魔道砲の生産・開発に振り向ける。 これは決定だ」 「そんな!」 彼等は、地位を維持できた代わりに、その利権を失ったのである。 「……ただし、従来砲の研究・開発及び試作運用については、この限りではない。 君達砲兵科も結果を出せ」 つまり、従来砲でも画期的な物ができれば、それを量産できるということだ。そのための研究や開発、試作の試験運用は許可されている。 だが、結果が出せねば砲兵科は大幅縮小され、没落する。 そして砲が完全に旧式化して初めて、その更新が認められるだろう。 『死ぬ気でやれ』そう、言っているのだ。 ロ−レシア王国軍は、大きく変わろうとしていた。 改革は、脅威に晒されている国程進む。 その言葉通り、未だ従来の延長線上の改革しか行えていない帝國軍(特に海軍)を尻目に、列強諸国の軍は急激な改革を実行しようとしていた。 列強諸国も、その大幅な改革が、社会制度の根幹に触れつつあることを十分承知していた。 それでも彼等は選択したのだ。 現制度を可能な限り維持しつつ、改革を進めるという最も困難な道を。 【※補足 ローレシア王国軍砲兵】 ローレシア軍砲兵は、攻城砲兵と野戦砲兵に大別されます。 攻城砲兵は、要塞等の攻略の際用いられる特殊な砲兵であり、攻城工兵とともに工兵の指揮下にあります。その為、砲兵とは一般に野戦砲兵を指します。 野戦砲兵は、機動性の高い野戦に適した砲を扱う砲兵で、野戦重砲兵と野戦軽砲兵に大別されます。 野戦軽砲兵は野戦砲兵の中でも軽量・高機動の砲を用い、歩兵連隊に配属されて歩兵の直協にあたります。最大射程は0.5〜1.5キロです。 野戦重砲兵は野戦砲兵の中では重量のある、大威力・長射程の砲を用い、砲兵連隊を形成して独立運用されます。最大射程は2〜3キロです。 砲兵連隊の編制は以下の通りです。 砲兵連隊は連隊本部・本部付隊、3個砲兵大隊、1個魔道砲中隊、連隊段列より成ります。 砲兵大隊は大隊本部・本部付隊、2個榴弾砲中隊、2個加濃砲中隊、大隊段列より成ります。 砲兵中隊は中隊本部、3個砲兵小隊、中隊段列より成ります。 砲兵小隊は小隊本部、3個砲兵分隊より成ります。 砲兵分隊は分隊長、射撃班、弾薬班より成ります。 ローレシア軍砲兵は観測手段として目視照準を主としていますが、補助手段として魔道士による魔術観測も用いています。魔術観測は目視できない長距離への射撃も可能ですが、即応性・安定性に乏しく、かつ少数の砲しか管制できないため、あまり用いられません。 ローレシア軍砲兵は帝國軍砲兵と比較して、発射速度、射程、精度、威力の全てに渡って、大きく遅れています。 魔道砲は、火薬の代わりに魔力を用いて、魔力弾を発射する砲です。 新型以前の魔道砲の大きな特徴として、威力を減らす代わりに、最大3倍程度射程を延長できることが挙げられます。 ただし射程2倍で威力八分の一、3倍なら威力二十七分の一に低下しますが……