帝國召喚

第6章「レムリア動乱」 第9.5話




――――スコットランド王国、帝國軍オルカデス地区連絡所。


【1】

 現在、帝國軍オルカデス地区連絡所は、ダークエルフの子供――というより幼児――達でごったがえしている。

 ……本当に軍施設か、ここ?

 そう聞き直したい光景ではあるが、これがここ最近のオルカデス地区出張所、いやスコットランド各地の帝國軍連絡所における
『ごく有り触れた光景』だった。

 良く見ると子供達は皆、手元になにやら大量の紙を抱えている。

 そしてその内の一枚を手にとると、それを額に当て『む~ん』と何やら念じる。

 十秒程すると紙が淡く輝きだし、数十秒もするとはっきりと輝きだす。

 それを確認すると満足気に紙の輝きを(どうやってか)消し、再び別の紙を手に取る。その繰り返しだ。

 一体、何をやっているのだろう? 非常に気になる光景である。


「は~い、三十分経ちました! みんな御苦労様!」

 しばらくすると、ダークエルフの少女がそう言いつつ手を叩いた。

「では、終わった紙を回収します。順番に『元締』の所に持って行ってね!」

 子供達が並ぶのを横目に、少女は空いた広間を見渡し、紙を補充しなければならない場所が無いかを確認する。

 確認後、待っていた別の子供達を招き入れた。

「みんな、用意はいい? 今から三十分、できる所まででいいから『念』を込めてね!」



【2】

 元締こと連絡所所長は、子供達が持ってきた紙を一枚ずつ水晶の前にかざして反応があることを確認し、背後の大きな箱に収める。

「はい、今日は四十七枚だね。四点加算だ。余った七枚は今度に繰越しだよ。御苦労様」

「君は今日は四十五枚か。前回の繰越しが八枚分あるから合わせて五十三枚、五点加算だよ。
 余った三枚は今度に繰越し。 ……無駄使いするなよ?」

 『元締』は、子供達が今までに作った枚数と加算される枚数を一人ずつチェックしていく。

 どうやら子供達を使って、何やら作っている様だった。

 やっと子供達の列がさばけたと思えば、今度は次の子供達が列を作る。この繰り返しで結構忙しい。

 ようやく所長が子供達から開放されたのは、夕方近くになってからのことだ。


「元締、お疲れ様です」

 先程のダークエルフの少女が、お茶を持ってくる。

「やあ、有難う」

「もう一頑張りですね」

 少女は微笑む。

 管轄下の村々から届けられた『呪紙』を確認したり、殴り書きの速記帳から台帳に清書したり、報告書を書いたりと色々大変なのだ。

 ……何しろこの出張所、自分とこの少女しかいないのだから(泣)。

「……しかし、『元締』は止めてくれ」

 まるでテキ屋の親分の様だ。

「? 元締は『元締』でしょう?」

 不思議そうな少女。

 彼女は単に、『この地区の帝國軍の代表者』としてそう呼んでいるのだろう。

 彼女にとって『所長』という単語は、あまり聞き慣れない、馴染みの無い言葉の様だから。

 ……が、今の自分にその言葉は痛い。

 幼児を働かせていることについて、彼は相当な抵抗感を感じていたのである。




【3】

 グラナダ戦役において、帝國軍航空隊は予想外の反撃を受けた。

 その最大の脅威は、対空攻撃用の魔法兵器『魔法の槍』である。

 目標に対して自動的に追尾していく『魔法の槍』に、帝國軍は驚愕する。

 そんな物は自分達、いや英米ですら保有していなかったからだ。

 (※概念としては存在していたが、それは未だ空想兵器の域を出ない、超兵器の類でしかなかった)

 手痛い反撃を受けた帝國は、急遽対策を練ることになった。


 『魔法の槍』は、本来はワイバーンの巨大な生命反応を補足・追尾していく兵器である。

 ということは、せいぜい一~三人が搭乗するに過ぎない帝國軍機に対しては、生命反応が低すぎて補足出来無い筈である。

 (※事実、ロッシェル王国軍の『魔法の槍』は、帝國軍機に対して全くの無力であった)

 おそらく感度を極限まで上げ、人の生命反応にも追尾できる様にしたのではないかと推測された。

 (※ロッシェル王国軍がこの手を使えなかったのは、『魔法の槍』の能力差、純粋な技術力の差によるものだろう)

 ……ならば擬似生命反応を囮にし、『魔法の槍』を混乱させてしまえば良い。


 それが、対策研究班の推測と結論だった。

 ワイバーン級の擬似生命反応を作るのは流石に骨だが、人一人分の擬似生命反応を作るのはそう難しいことでは無い。

 粗悪品ならば尚更だ。

 敵が多少『魔法の槍』の性能を上げても、囮を増やせば十分に対抗できる。 ――そう報告書は結論付けていた。


 こうして、擬似生命反応を発する『呪紙』が量産されることになったが、一つの問題が浮上した。

 一体、誰が作る?

 現状の帝國では……というか将来を見渡しても、そんな芸当が出来るのはダークエルフしかいない。

 確かに帝國支配地域にも魔道士はいるが、そんな事をやらせたらたちまち消耗してしまうだろう。

 魔法物質を使う手もあるが、どちらにせよ高い。高過ぎる。

 やはりダークエルフしかいないだろう。

 だが、大人のダークエルフは『いろいろと』忙しい。

 ということは、少年少女? 

 いや、やはり彼等も訓練などでいろいろ忙しいし、どうせ彼等に作ってもらうのならば、もっと高度なものを作って欲しい。

 ……ならば訓練前の子供達、幼児しかいないだろう。

 彼等とて並みの魔道士程度の魔力はあるのだ。なに下拵えはしておく、彼等はただ魔力を込めるだけで良い。

 こうして、幼児達の『集団徴用』が決定した。


 この決定に対し、さすがに様々な異論反論が帝國軍及び政府内部で巻き起こった。

 だが当のダークエルフ達が了承した事――この決定には彼等自身深く関わっている――もあり、『必ず本人の承諾をとる』こと、
『一日三十分を限度とし週末は休ませる』といった条件付で決行される運びとなった。




【4】

 しかし、理解はできても納得は出来ない。特にその現場にいれば。

 つくづくそう思う。

 ちなみに子供達には十枚につき一点が与えられ、点数分の菓子と交換が出来る。

 もっとも一点ではせいぜい金平糖数粒といったレベルだが、五点集めると例えばキャラメル(バラ5粒)や甘納豆(小袋分)が、
更に十点集めればキャラメル(小箱:10粒+おまけ)や甘納豆(大袋分)といった具合に中々のものがもらえる。
 
 とはいえ一日で稼げるのは四~五点、頑張っても六点だ。しかも週末は稼げないとあっては遣り繰りに悩むというものだろう。

 更に悩ましいことに、五十点、百点と言う高得点の商品も存在する。

 これは缶入のビスケットやチョコレートなどの高級菓子だが、そのいかにもな外見と大きさから垂涎の的となっている。

 ……とはいえ所詮菓子は菓子。呪紙の原価は本来の価値と比べて恐ろしく安い。

 列強諸国が原価を知れば頭を掻き毟り、魔道士がしれば怒り出すことは間違いない、そんな『調達価格』だった。


 「まるで悪い大人みたいだ」

 『元締』は思わず嘆く。

 ああこんな仕事、故郷の両親には話せない。

「何を言うんですか、いきなり。子供達も喜んでいますよ?」

「……幼児を、駄菓子で騙して働かせている様な気がしてならない」

 良心が疼くのだ。

「労働に対してきちんと報酬を渡しているし、子供達も納得しているではないですか。第一、これは自由参加ですよ?」

「労働に対する正当な報酬か、これ?」

 しみじみと駄菓子(酢昆布)を眺めて呟く。

「……私があの子達位の頃には、嗜好でたべる食品なんてありませんでしたよ? 正直、あの子達が羨ましいです」

「じゃあ森の果物とか食べてた訳か」

「まさか! それらは貴重な食料源です! 勝手に食べるなんて、とんでもない!」

「え~と(汗)」

 握り拳で、『食べ物と私(或いはダークエルフ)』について熱弁する少女。

 ……どうやら彼女にスイッチを入れてしまったらしい。

「という訳で、『美味しいものを食べたければ早く一人前になれ』というのが私達の考えです」

「……なんか芸人みたいだな」

 どこかで聞いた様な話だ。

 まあ『芸の道』も『術の道』も、どちらも厳しいものなのだろう。そう思うことにした。




【5】

 コンコン、と扉を叩く音がする。

「? は~い」

 少女が演説を中止し、玄関に出て行く。

 た、助かった。

 所長は扉を叩いた相手に感謝する。

 あのままでは、いつまで演説が続いたことか……

「あら? あなた達、どうしたの? もう日も沈むわよ?」

「?」

 誰だ? 
 
 不思議に思った所長も、玄関へと向かう。


 そこには、男女の幼児が数人いた。良く見知った子達だ。

「おっ、どうした?」

「あっ『もとじめ』さん」

 幼児の一人が話す。

「おわかれにきました。あしたから『しゅうぎかん』へいきます」

 しゅうぎかん?

「ああ、あなた達もうそんな年か」

 少女が呟く。

「はい。わたしたちは、あしたのあさいちばんで『しゅうぎかん』へいきます。 
 ですから、おせわになった『もとじめ』さんたちへあいさつにきました」

「そう…… 頑張ってね?」

「はい、じゃあ『さようなら』」

「お、おい」

 所長は呼び止めようとするが、幼児達は走り去ってしまった。


「一体、『しゅうぎかん』って何だ?」

 何か、物騒なものを想像する。

「『修技館』は、私達の学校みたいなものです。全寮制ですから、もう当分会えませんね」

 なんだ、学校か。しかし全寮制……

「そりゃあ寂しい。次に会えるのは何時だ?」

「最初の二~三年は無理ですね」

「そりゃまた、厳しい」

 呆れる。昔の奉公みたいだ。

「……それに、必ず会えるとは限りません。
 まだ最初の内ですから、それ程危険なことはしませんが、それでもやはり毎年死者がでますから」

「おいおい、どんな学校だよ!」

「『そういう』学校ですよ。私達ダークエルフが学ぶ学校ですから」

 わかるでしょう? と悲しそうに笑う。

「じゃあ、君も……」

「もちろん行きましたよ。まあ私は女子ですからそれで終わりましたけど、
 同期の男子達は今でも更に上の学校で学問や訓練に明け暮れているでしょうね。
 そして、それも終われば……」

 いよいよ、実戦配属です。

「…………」

 言うべき言葉が無かった。

 そういえば、この少女とあの幼児達の間の年頃の少年少女を、全く見かけない。

 何で気が付かなかったのだろう! ここに来てもう何ヶ月も経っているというのに!

 自分のあまりの不注意さを呪う。

「別に気にする必要は無いのですよ? 『当たり前』のことですから」

「しかし……」

「まあ私も堪えましたけどね。少し、ぬるま湯につかり過ぎたようです」

 帝國と一緒になってから、どうも。そう儚げに笑う。

「何を言っている! どこが『ぬるま湯』か!」

 思わず、少女を抱きしめる。

「元締……」

「大丈夫だ! 帝國は二千六百年間不敗の國だ! 帝國、いや俺が絶対お前を守ってやる! 絶対だ!」

 一体、何口走っていたのだ! 俺は!?

 ……後に、つくづくそう思い返す。

 どうやら感情過多になっていたらしい。

 しかも悪いことに、扉は開けっ放し。

 そして止めは、先程の子供達を捜しに尋ねて来た親御さん方……

 この時の事を思い出すだけで、今でものた打ち回りたい気持ち、絶叫したい気持ちに襲われる。

 ただ一つ言えることは、『どうやら自分が特大の地雷を踏んだらしい』ということだけだった。




おまけ

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