帝國召喚 第6章「レムリア動乱」 第7.5話 【1】 北東ガルム大陸のドワーフ『王』、テオドールが『國』に帰還すると、思いがけない客が彼を待ち受けていた。 「アリョーシャ! 何故、お前さんが?」 「言わなくとも分かるだろう?」 アリョーシャは、南東ガルム大陸のドワーフを束ねる大長(おおおさ)、大部族長である。比較的近い――と言っても千キロ以上離れているが――事も有り、二人は日頃から親しくしていた。 「……大部族長会議からの使者か?」 「まさか! 前代未聞の大事件に、他の大部族長達は上へ下への大騒ぎ。とてもそんな状況じゃあなかろうさ」 「では?」 「とりあえず、大急ぎで駆けつけてきた。お前の真意を問いたい」 「……魔法通信で十分だろうに、わざわざ駅竜で来たのか?」 テオドールは目を丸くする。 この世界の通信・連絡手段は、その見かけによらず相当高度である。 通信・連絡手段は、魔法通信、駅竜、駅馬の三種類に大きく分けることができるが、それぞれ一長一短があり、送る情報の重要性・緊急性に合わせて使い分けられている。 『魔法通信』 情報をリアルタイムで相手に送ることが出来る。電話の様なものだが、相手の映像(動画)も送ることが可能である。 その反面、音声・映像しか送ることができないため、『聞き間違え』が起きる可能性も否定できない。 また、送る情報量(音声や映像の量や質によって増減)や伝送距離に比例してコストが上昇していくので、ただでさえ高額な料金が一層高価になる。 そのため国家の重要機密の伝達の他は、余程の富豪や大貴族の道楽位にしか用いられない。 『駅竜』 各地の竜駅(飛竜を複数保有している国営・準国営機関)を結ぶ、飛竜のネットワークである。 書類だけではなく人員・貨物の輸送も可能――少数・少量ではあるが――であり、かつ馬とは比べ物にならない程高速で移動出来るため、この世界における広域通信・連絡手段の主力となっている。 とはいえ、やはり高価――魔法通信よりは遥かに安いが――であるには変わりが無い。 『駅馬』 元の世界における駅馬と大差は無い。馬が主力ではあるが、竜(地竜)も保有している。どちらを選ぶかは送り主の懐具合と急ぎ具合による。 この様に、この世界における通信・連絡手段は元の世界とそれ程大差はない。大量輸送手段でこそ大きく劣るが、一部(特に魔法通信)では元の世界を優越すらしているのだ。 そのため知識人達のレベルは相当高度である。其の反面、この様な「恵まれた人々」は一握りに過ぎず、大多数の人々は中近世のレベルに留まっており、階層間における知識量の差は非常に大きい。 ……大きく話が逸れたが、要するにアリョーシャは駅竜の飛竜に乗り継いで、大急ぎでやってきたのであろう。 「それでは、通り一遍の話しかできないだろうが!」 テオドールの言葉に、アリョーシャは呆れた様な声を出した。そして言葉を続ける。 「単刀直入に聞く。テオドール、『正気か?』」 【2】 「単刀直入に聞く。テオドール、『正気か?』」 それを聞き、テオドールは顔を顰めた。 「……それが、友に対する開口一番の言葉か?」 「『友だからこそ』の言葉だ! 正直、何を血迷ったのか……」 「これは自分だけの独断ではない」 「だから余計に混乱しているんだ! 『あの』タラスすら反対していないなんて、幾らなんでもおかし過ぎるだろうが!」 タラスとは、北東ガルムドワーフの部族長の一人で、大の人間嫌いで有名である。いや、で『あった』。 しかし帝國視察後は元気がなくなり、テオドールの提案した北東ガルムドワーフの帝國編入案にも、消極的ながらも賛成票を投じて周囲を驚かせた。 こうも簡単――内部では相当の葛藤があったが――に帝國への編入が可能となったのも、本来であれば反対派の筆頭となる筈である彼の豹変があったからであろう。 「全ては我等の生き残りのためだ」 テオドールは力なく笑う。 が、その言葉にアリョーシャは目を剥いた。 「お前は、自分のしたことの意味が分からないのか?」 『北東ガルムのドワーフが帝國に降る』 ――これは非常に重要な意味を持つ。 『長い間保っていたドワーフ――もちろん世界中の――の中立が崩れる』ということを意味するからだ。 エルフやドワーフを始めとする異種族は、人間に対して長い間、それこそ千年単位で中立を保ち、どちらか一方に肩入れすることなを避けてきた。 そのため、人間達にも『そういうもの』という常識が作られていたのだ。 今回の事件は、その『常識』が幻想に過ぎないことを満天下に曝け出したのである。 「お前は、お前達は、我々の数千年の『努力』をブチ壊したのだ! あれからあらゆる国々が、我々に疑惑の眼差しを向けている! これからは全ドワ−フが、人間達の争いに無関係ではいられなくなるだろう! いや、問題は我等ドワーフだけに留まらない。人以外の全種族の中立が崩れ始めた! 将来的には、人の争いに全ての種族が巻き込まれる様になるだろう!  ・・・お前はその引き金を引いたのだぞ!?」 ドワーフの中立が幻想に過ぎないことに気づいた諸国は、ドワーフに対して圧力をかけ始めるだろう。 ただでさえ、ドワーフの保有する魔法金属鉱山とその精錬・加工技術は垂涎の的である。 それを帝國は丸ごと手に入れたのだ! その対抗上からも、『何もしない』とは考えられない。そしてその動きは、やがて他種族に対しても波及していくことだろう。 「…………」 「なあ、テオドール。何故お前達は誇り高く戦う道を選ばなかった? お前の話では、帝國がやってくるのは十年以上先の話なのだろう? ならば、十分準備して迎え撃てば良いだけの話じゃあないか!」 「用意? 何を馬鹿な! 今日の百対一の差は明日の千対一、明後日の万対一になる。 実際はそれ以上だ。 ……時は我等の味方ではない、帝國の味方なのだよアリョーシャ」 「何を馬鹿なことを言っている? 常識で考えろ。幾らなんでもそんな生産量、不可能に決まっているだろう?」 「ああ、お前さんは見ていないのだったな」 テオドールは薄く笑う。 「巨大な、天にも届く溶鉱炉から延々と吐き出される膨大な鉄量。おそらく一日で、我々の年間生産量を軽く上回るだろう。 ……そんな溶鉱炉が帝國中に幾つもあるのだぞ?」 「なら質で上回れ! 一で百に匹敵する物を作れば良いだけの話だ!」 そうとも、そんないい加減に作られた粗悪品には負けない。負けるはずがない。 「残念ながら、質も超一流だよ。確かにそれ以上の鉄も作れないことも無いだろう。 ……が、我等がそれを一作る間に帝國は万作るだろうさ。勝負にならんよ」 「…………」 今度はアリョーシャが沈黙する番だった。 テオドールの話は大袈裟――彼の『常識』はそのような生産量を否定している――だが、帝國の国力の強大さがわかったからだ。恐らくテオドールも断腸の思いだったのだろう。 「それにな、アリョーシャ……」 遠い目をするテオドール。彼は一体『何』を帝國で見たのだろうか? 「我等ドワーフの中立とて、所詮作られた『まやかし』に過ぎん。人間と交易し、依存している時点で、我等は既に『人と無関係』では無い」 この世界では、ドワーフが魔法金属の鉱山とその精錬・加工技術を独占している。 ドワーフは自らの安全保障の道具として魔法金属を扱い、供給量を調整する事により不当に値を吊り上げ、人間に『魔法金属は宝石よりも希少』と錯覚させていた。 そしてそれを餌に外交・交易を行っているのである。 この交易でドワーフ達は巨額の富を得ていた。 ……勿論、人間に大量に扱わせては危険ということもあるが。 そしてその富で人から高価な酒や食物を買い漁り、贅沢な暮らしを送っていた。 長年の贅沢な食事に慣れたドワーフの食糧自給率は、かなりの低さ――何しろ彼等は農作業とは無縁の存在である――だ。最早昔の様な自給自足の生活には戻れないだろう。 「我等は嫌でも人と付き合っていかなければならないのだ。そうでなければ生きてはいけない。仮に帝國がやらなくても、何時かはこうなっていただろうさ」 「じゃあ何故、今なんだ!」 アリョーシャの心からの叫び。 だが、それを聞いたテオドールは余程可笑しかったのだろう。大笑いを始めた。 「『何故、今』かって!? お前さん達は、きっと百年後でもそう言うだろうさ! それこそ、もう如何しようも無くなるその日までな!」 「…………」 「いい事を教えよう、アリョーシャ。歴史は大きく変わろうとしている。 ダークエルフを見ろ! 獣人を見ろ! 彼等は『旧時代』ではその存在すら認められなかった連中だが、これから始まる『新時代』では特権種族様だ! 逆にエルフ達は、気の毒ながら受難の時代となるだろう。我等が『今』、帝國に降ったのも、『今』ならばまだ我等を高く売れるからだ! 事実、我等は帝國侯爵位を賜った!」 帝國侯爵位は、邦國の王に与えられる事実上の最高位――ダークエルフ王の公爵位は別格――であり、授与基準は以下の通りである。 @巨大な邦國の王(ロッシェル王国のみ) A各地方の邦國集団の中核、寄親たる邦国の王(ムラン・リヨン王国、ガリア王国、トスカーナ王国) B政治的・経済的・技術的に帝國にとって非常に重要な邦國の王(マケドニア王国) そしてこの席に、新たに北東ガルムのドワーフ王国が加わったのである。 これは帝國が、彼等の技術や鉱山を『帝國にとって非常に重要』と評価したからに他ならない。 「だがその扉は、チャンスは急速に失われようとしている。 恐らく、近いうちに結ばれるであろう『大同盟』の条約が最後だ。 それ以降は『新時代』において明確な差で扱われるだろう」 「……だから、『その前にお前も』と言うわけか?」 「?」 アリョーシャの声は冷静だった。だが、その声は明らかに怒りと悲しみで彩られている。 「今までの話で、明らかにお前達が確信犯だということが分かった。しかもお前は、帝國から与えられた立場を、地位を喜んでいる! 何が帝國侯爵だ! 何が特権種族だ! お前達の誇りは、そんなにも安っぽいものだったのか!?」 「……アリョーシャ」 「こんな結果になって残念だ、テオドール。もしもお前が涙ながらに帝國に降ったのならば、まだ友でいられたものを」 「アリョーシャ、俺は……」 「我等全てを犠牲にして得た地位、精々大事にするがいい! 『新時代』とやらが終わる、その日まで!!」 そう吐き捨てると、アリョーシャは踵を返して帰って行く。 テオドールは、黙ってその後姿を見ることしか出来なかった。