帝國召喚 第6章「レムリア動乱」 前編 【0-1 昭和19年元旦 帝國、熱海】 長かった昭和18年が漸く終わりを告げ、新しい年――昭和19年――が始まろうとしていた。 帝國も、徐々にではあるが混乱を脱し、落ち着きを取り戻しつつある。 例えその裏側では、未だ官僚達が頭を抱えながら東奔西走四苦八苦していたとしても、少なくとも庶民達は、転移して三度目の正月を穏やかに迎えていたのだ。 「ふむ。正月を温泉宿で迎える事が出来るとは、目出度い限りだ」 宮内相は、そう言うと相好を崩した。 彼は、正月休みを、ここ熱海の温泉旅館で過ごすつもりだった。 周りは、やはり正月を熱海で過ごそうとする客で一杯だ。それ目当ての物売りも多い。 この喧騒の中、まさか帝國の閣僚が一人で出歩いているとは、誰も考えないだろう。 「賑やかなものだな。それだけ帝國が、立ち直りつつあるということか……」 喧騒の中、そう感慨深げに呟く。 米は未だ統制されているとはいえ、他の主要作物の統制は大分緩やかになっている。 一部の海産物や肉類に至っては、既に統制が解除――元の世界の魚介類については、保護の観点から厳重に統制されているが――されている。 ――あと3年、3年もこの平和が続けば、全ての統制の解除が可能となる。 かつての自由と繁栄を、取り戻すことができるのだ! ……だからこそ、この3年を慎重に過ごさなければならない。 そうあらためて決意する。 「だが取りあえず、今は正月を楽しむとしようか」 そうだ、それがいい。 そろそろ夕食の時間である。米は殆ど出ないだろうが、代わりに刺身が沢山でるだろう。それで一杯やるのも悪くない。 「失礼ですが、宮内相閣下でしょうか?」 旅館へ帰ろうとした時、そう彼を呼び止める声が聞こえた。 振り向くと、中年の巡査がいた。 「……君は?」 「失礼しました。自分は熱海署の巡査です」 巡査は、敬礼しながら答える。 「ああ。だが、警備は断った筈だぞ? 大げさな警備は、好きじゃあない」 「しかし、御付きの警備も見えませんが?」 「必要ない。私はそんな重要人物じゃあないしな」 「成る程、覚悟の上ですか」 「? 君は何を言ってい……『国賊! 天誅!』 宮内相の問いは、巡査の叫び声にかき消される。 巡査の手には、血で染まった抜き身のサーベルが握り締められていた。 【0-2 帝都、宰相官邸】 「……では、宮内相は即死か」 『同志』の死の報告を受け、帝國宰相は沈痛な面持ちだ。 「はい。あの巡査、中々の腕でした」 憲兵少将は、淡々と報告を続ける。 「その巡査は?」 「その場で自決しました」 「背後関係は?」 「不明です。ですが恐らく、単独犯ではないかと」 「動機は?」 「……お分かりでしょう? 『例の御婚約』のせいですよ。だから『宮内相』閣下が狙われたのです」 ――宮内相暗殺! この悲報は、瞬く間に帝國中を駆け巡った。 何しろ久しぶりの『テロ』だ。さぞかし國民の正月気分を吹き飛ばしたことだろう。 ……だからあれ程警告したのに! 帝國宰相は、溜息を吐いた。 現在帝國内部での争いは、転移による帝國存亡の危機により、一時的に棚上げとなっている。 あくまで『一時的に』だ。 何も、かつてのわだかまりが、全て消え去った訳では無いのである。 その棚上げも中層以上の過激分子だけで、末端は『社会統制』により抑えていたに過ぎないのだ。 そして現在、その『社会統制』は緩みつつある。 憲兵少将も溜息を吐いた。 「現在、過激派の活動も活発化しております。やはり、『例の御婚約』の発表後からですな」 「帝國の危機に、一体何をやっているのだ!」 帝國宰相は激昂し、机を叩く。 「連中からすれば、『我慢の限界を超えた』のでしょう。正直、自分としては『よく今まで持ったものだ』と愚考しますが?」 「貴様、連中を弁護するのか!」 いかにも『仕方ない』といった風情の憲兵少将に、忽ち叱責が飛ぶ。 とはいえ、憲兵少将の言葉にも一理あるだろう。 大軍縮の受け入れ、過激派大量除隊の受け入れ、政府の統制縮小の受け入れ等々、過激派はここ数年、譲歩のしっ放しであった。 これも、彼等が『帝國存亡の危機』と認識していたからに他ならない。 彼等は『愛國者』なのだ。 祖国の存亡に際し、己が我を通そうとするほど愚かではない。 だからこそ、ここまで耐えてきたのだ。 そして『愛國者』だからこそ、許せなかったのだ。 「……何も、殿下と御婚約までする必要はなかったのでは?  宮家との御婚約ならば、朝鮮併合時の前例もありますし、ここまで問題にはならなかったのではないかと愚考しますが」 「もちろん、最初はそのつもりだったさ! だが、陛下の御意思ならば仕方なかろう!」 「叱責を覚悟して言わせて頂ければ、『諫言も臣下の務め』との言葉もあります」 「諫言なら何度も申し上げた! だが陛下とて、何の考えも無しにそのようなことを仰せになった訳ではない! そこまで至るまでには、苦渋の決断がおありだったのだ! そして陛下の御意思が明確な以上、万難を排して御意思を実行するのが臣下の役目だろう!」 転移当初、帝國は右も左も分からぬ異世界に放り出され、途方に暮れていた。 ここがどの様な世界かすら分からず、ただいたずらに過ぎていく時間。 新たな資源を手に入れる目処など全くつかず、ただ減り続ける資源備蓄を眺めるのみの状況。 そして差し迫った食糧危機…… まさしく、当時の帝國は、文字通り存亡の危機にあった。 そしてこの状況を打開するには、どうしても『彼等の力』が必要だったのだ。 陛下は彼等を帝國側に完全に引き込むために、あえて御子息を差し出したのである。 何よりも『誠意』を示すために。 だが、そこまで説明してやるつもりは帝國宰相には無い。 「陛下の御意思? 初耳ですよ? 宰相閣下の独断と、もっぱらの噂ですが……」 憲兵少将は当惑する。 『陛下の御意思』と分かれば、この騒ぎの半分は治まるだろうに! 「馬鹿者! それでは『もしもの時』に、陛下に火の粉がふりかかるだろうが!」 そう、全て自分が悪者になれば良いだけの話だ。 ……その決意は御立派だが、正直宰相としてはどうだろう? 憲兵少将は胸中で自問する。 『例の御婚約』さえなければ、ここまで過激派の活動が活発化することはなかっただろうに。 「しかし、このままではまず間違いなく、五・一五や二・二六の再来ですよ?」 やんわりとそれを指摘する。 「構わん。どうせ何時かは決着をつける必要があるのだ。今度で膿は出し切る。 二・二六で陛下の御考えが帝國中に明らかになった以上、大規模部隊の蜂起は有り得ない。精々五・一五が関の山さ」 「…………」 そう上手くいくだろうか?  憲兵少将は、帝國宰相の楽観論に疑念を抱く。 『膿』は大量だ。 その『摘出』は國民に大きな動揺を与えるだろうし、帝國の活動そのものにまで悪影響を与えかねない。 ……そして、果たして『膿』を全て出し切るのが、本当に最良の手段なのかどうか。 『膿』と思っていたのが、本当は『血液』だったということすらありえるのだ。 大規模部隊の蜂起の可能性についても、異論がある。 確かに二・二六の結末は抑止となり得るだろうし、そもそも現在軍に残る過激派の配置を見れば、大規模部隊の蜂起は物理的に困難だろう。 だが、それでも…… 「若い連中は、何をするか分かりませんよ?」 そう、自滅覚悟で突っ込む事も十分ありえるのだ。 ただ、『結婚阻止』の為だけに。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【1-1 帝國、富士演習場】 正月早々だというのに、ここ富士演習場では多くの人影が見える。 「正月早々申し訳ありません、閣下」 「いやいや、貴方方の装備や戦術は非常に興味深い。こちらもいい勉強になりますよ」 ……それにしても珍しい光景だ。陸軍と海軍の軍人の集団が仲良く歩いている。 よく見ると、中央に二人の将官――陸軍中将と海軍少将だ――が並んで歩いているのが見えた。 (他の軍人達は、彼等二人をを取り巻くように囲んで歩いている。おそらく両者の取り巻きだろう) 彼ら二人の正体は、陸軍参謀次長と海軍機銃操作員教育補充隊(通称、特務砲術科)司令官だ。 御世辞にも仲が良いとはいえない陸海軍にあって、海軍機銃操作員教育補充隊は例外的に陸軍と仲が良い。 ……その代わり、同じ海軍の他の部署とは余り仲がよろしくないが 「そういえば本日は、例の新型重戦車の試験も行われているのですよ」 「ほう。確か二式重戦車でしたか?」 参謀次長の話題に、海軍の少将も乗ってくる。 二式重戦車とは、帝國戦車技術の総力を結集して開発された重戦車である。 広大な大陸での正面からの殴り合いを想定しており、最新型である一式中戦車の倍、30t超という戦闘重量を持つ重戦車だ。 そのあまりの高額さ――二式重戦車1両で一式中戦車が4両は買える――と生産の困難さ故に、その生産数は年12両程度という非常にゆっくりしたぺースではあるが、帝國政府と陸軍の期待を一身に背負った戦車である。 この戦車、実は陸軍予算ではなく、政府の特別予算で調達されることになっている。 ちなみに昭和19年度における帝國陸軍の戦車調達数は僅かに58両、この内訳は一式中戦車33両、一式砲戦車10両、九八式軽戦車15両である。 (これは、新型の戦車連隊――中戦車中隊3、砲戦車中隊、機動歩兵中隊、機動砲兵中隊、戦車整備中隊、連隊本部・本部付隊――丁度1個分だ。今後陸軍は、毎年このぺースで戦車を調達していく予定である) これとは別枠で調達する訳だが、何しろ陸軍の年間戦車調達予算とほぼ同額の予算を毎年この戦車に支出するのだ。 そんな高価な、この世界ではまず使い道が無いと思われる戦車を生産することに、大蔵省は真っ向から反対し、貴重なレアメタル等を供出する軍需省も顔を顰めていた。 だが陸軍、いや帝國政府は、一見この世界では無用の長物に見えるこの重戦車に、『いつか出番が来るかもしれない』と疑っていたのである。 この戦車、表向きの開発理由は『帝國戦車開発技術の維持・向上のため』だが、本当の理由は別のところにある。でなければ、苦しい予算を回して年12両も生産しようなどとは思わないだろう。 一つは、僅かなりとはいえ、元の世界における欧米諸国に対抗できる(と思われる)機甲戦力とその生産ラインを維持すること。 もう一つは、この世界の大陸奥地に生息する(かもしれない)超生物への備え。 杞憂・無駄との声もあるが、帝國政府も陸軍もその意見には耳を貸さずに、二式重戦車を始めとする、この世界では如何考えてもオーバースペック――少なくとも現状では――とされるであろう兵器群の開発・生産を強行していた。 「宜しければ、御覧になられますか?」 「勿論!」 【1-2】 二式重戦車は、今までの帝國戦車のイメージを吹き飛ばすだけのインパクトを備えていた。 その重厚なシルエットは、畏怖と信仰の対象でですらある。 「実に頼もしい戦車ですなあ」 「戦闘重量30t超。海軍さんの高角砲(九八式八センチ高角砲)を改造した60口径76.2mm砲を搭載し、砲塔・車体共に前面装甲は75mm、側面でも50〜35mmです。 側面の一部は一式の前面装甲より薄いですが、最高級の装甲版を使っておりますから、強度的にはそう大差はない筈です」 技官は、感嘆の声を上げる海軍将官に自慢げに答える。 「最高級の装甲版?」 「はい、採算度外視ですね。普通ならとても使えませんよ」 「しかし側面でも最低35mmでしょう? それ程厚いのなら、通常の装甲版でも問題無いのでは?」 海軍将官の質問に、今まで自慢げだった技官は急に沈黙した。そして参謀次長の方を向く。 参謀次長が黙って頷くと、バツが悪そうに答えた。 「現状(月産1両)以上の増産は不可能です。これは予算の有無が問題なのではありません」 現在の帝國の技術力では、これ程の『重戦車』を大量生産することは不可能だった。 最高素材を使用し、熟練工が手間隙かけることによりで、なんとか信頼性の高いものを生産しているというのが実情だからだ。 「無理に増産を強行すれば、品質が保てず問題続出でしょうね。一式にすら梃子摺ったのですから。 ……まあその前に、エンジンと戦車砲の生産が追いつかないですけどね」 だからこそ、一点豪華主義・少数精鋭の考えで、採算を度外視して作ったのだ。 「正直、現状でも厳しいです。工場の方では、年10両以下に落として欲しいと言ってきている位ですから」 「……現場の問題もあります」 参謀次長が付け加える。 「これ程の重戦車になると、整備は飛躍的に難しくなります。 正直、前線の一般整備兵の手に負えるかどうか……」 「海軍でも、彗星の例があります。どこでも同じですなあ」 海軍の将官が慨嘆した。 彼が今日わざわざここに来たのは、合同演習と新装備試験の視察が目的だったが、その『新装備』も、やはり材質不良で失敗したのだ。 認め難いことではあるが、これが帝國の技術力の現実だった。 「……しかしあの重戦車、レムリアに配備するとは本当ですか?」 暗くなったため、話題を変える。 「随分とお耳が早い。まだ陸軍でも知っているものは少数なのですが」 参謀次長が目を丸くした。 二式重戦車の生産数は、後継にもよるが、最低でも1個連隊分+αは生産されることになっている。 初年度分は実験中隊(10両)として本土に置くが、翌年度からは重戦車連隊分として、全てが北東ガルムに送る予定となっているのだ。 「まあ大陸で運用してみて、今後の参考とするつもりです。示威行動の意味も否定しませんが」 「で、本当の理由は?」 意味ありげに、海軍の将官が尋ねる。 「これは失礼。本当の目的は、貴方の考えている通りですよ」 参謀次長は、悪びれずに答える。 彼に隠すつもりは無かった。彼は海軍では数少ない『同志』なのだから。 「……大陸奥地にいるかもしれない、『化け物』への備えですね」 その一見、この世界ではまるで意味の無さそうな60口径76.2mm砲は、『敵の強力な防護結界を打ち抜くため』。重すぎる過剰な鎧は、『敵の強力な魔法攻撃を防ぐため』。 帝國陸軍と帝國政府は、『伝説級の化け物』の存在を決して否定してはいなかった。 「うち(帝國海軍)も少しは警戒した方が良いのですがねえ。危機意識が足りませんよ。 自分で『無敵艦隊』なんて、恥ずかしいったらありゃあしない」 スペインの『無敵艦隊』の末路を知らんのか。 海軍将官は、情けなさそうに言った。 陸軍とは対照的に、海軍の反応は鈍い。 海軍はこの世界に来てからというもの、圧勝に慣れ、この世界全てを甘く見ていたのだ。それに異を唱えるものも存在したが、それは圧倒的な少数派でしかない。 「確かに海軍さんは、少しのんびりし過ぎですね」 参謀次長はやんわりと、その発言を肯定する。 陸軍が必死にこの世界に対応しようと努力しているのに、あいも変わらず従来の思想から抜けきれていないでいる海軍――そのくせ予算は陸軍以上――は、正直『いい迷惑』でしかない。 海軍の一大建艦計画を聞いた時、陸軍はまず唖然とし、次いで激怒した。 この船舶不足の折に! 幾つドックを塞ぐ気だ!? 確かに元の世界への備えも重要だろうが、この建艦計画を実行すれば、一体どれだけ輸送船舶の建造が遅れると思っているのだろうか? もっと他に、やることがあるだろう! それが陸軍の海軍に対する意見――というより罵り――の最大公約数だった。 海軍将官も同意見なので反論出来ないし、するつもりも無い。両者の間にやるせなさが流れる。 暫しの静寂。 だが突然海軍将官の副官が慌てて駆けてきたことにより、静寂は破られた。 副官が彼の耳元で何か囁くと、一瞬彼の顔が変わったのを参謀次長は見逃さなかった。 ……おや、珍しい。 参謀次長は驚いた。 彼が一瞬とはいえ、顔色を変えるとは余程のことだろう。 「……貴方方陸軍の正しさが、証明されたかもしれません。これで海軍も少しは目を覚ますでしょう」 彼はまるで機械のように平坦に喋る。動揺を抑えようと必死だ。 「? 何事です?」 「あくまで第一報です。確認はとれていません。いませんが……」 彼はそう、まるで自分に言い聞かせるように話す。 「……『足柄』が、ツーロン沖で撃沈されたそうです」 何かが音を立てて崩れ始めていた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【2-1 旧レムリア王国、ツーロン沖海域】 ――話は少し前、正確には昨日に遡る。 ここツーロンは、現在帝國軍の補給拠点となっている。そのため、ツーロン周辺の海域には、それなりの数の帝國海軍艦艇が遊弋していた。 重巡洋艦『足柄』もそのうちの1隻だった。 『足柄』は、レムリア方面艦隊に配属されている数少ない貴重な大型艦だ。 (レムリア方面艦隊は重巡洋艦2隻と練習巡洋艦1隻を保有) そもそも地方(大陸)配備の貼り付け艦隊に、重巡が配属されること自体が異例――他艦隊では旗艦として軽巡1隻がせいぜい――である。それだけこの方面が重視されている証拠とも言えよう。 ……まあその役目は専ら示威であり、この重巡洋艦2隻の主な仕事は、『交代でレムリア沿岸を遊弋すること』だったが。 昭和19年元旦。 新年早々、『足柄』はいつもの様に沿岸を航行していた。 「相変わらず見物客が多いな」 というか、ますます増えてきている。 艦橋で艦長が呟いた。 双眼鏡で見ると見ると、海岸では多くのレムリア人が集まっているのが見える。 「何でも、わざわざ遠くから一目見ようとやって来る者も多いそうです。 それ目当ての物売りまでいるそうですが…… まるで見世物ですなあ」 副長が相槌を打ち、それに艦長が苦笑した。 「……本当に見世物だからな。まあそれが任務なのだから、仕方がないが」 「でも我々はまだ良い方です。ボルドーの『比叡』は相当苦労している様ですよ? ボルドー人は好奇心旺盛らしく、近づいてくる者、物を売りつけようとする者、挙句の果てには密航しようとする者まで続出、だそうで」 「……それはまた」 好奇心旺盛なことだ。 「さしずめ、『太平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も眠れず』でしょうかね?」 「幕末の川柳か?」 何を言い出すかと思えば。 「はい。きっと今、彼等はそんな感じなんじゃあないですか?」 「じゃああの見物客の中に、『志士』がいるかもしれんぞ?」 「……かも知れませんね」 艦長の茶化しに、副長は真剣な目で答えた。 「おいおい! 元の世界でもここから独立を維持し、更に近代化まで達成できたのは、帝國位のものだぞ? ましてやレムリアは既に……」 実質的な『植民地』『属領』である。 どう言葉を変えても、待遇を変えたとしても、所詮はまやかしだ。その現実は変わらない。 「確かに、あの中の大半は只の見物客でしょう。 ですが、かつて我等の先達が受けたような危機感や使命感を感じた者も存在する筈です。 仮にもレムリアは、この世界で列強を名乗っていましたし、有能な人物は多いでしょうから」 「仮に気付いたとしても、手遅れだよ」 だが艦長は、副長の説を鼻で笑い一蹴した。 「まあ新たな主人が、寛大な我等だということが、連中の救いだろうな。 我々は、欧米人の様に残酷な真似は好まない。彼等が素直に従うのなら、せいぜい優遇するだろうさ」 ……艦長、他民族や他国を支配するのに、中途半端な甘さは命取りですよ。 副長は心の中でそう呟いた。 本来、帝國は賠償金だけで矛を収めようとしたそうだが、それは正しい――副長は非常識なまでの賠償金要求の事実を知らない――だろう。 下手に植民地を手に入れると、得る物以上に金がかかるのだ。 丁度かつての朝鮮がそうであり、その赤字続きは国会でも常に議論の的だった。ようやく収支が釣り合ってきた台湾とて、投下資本を回収できるのに、一体何年かかったことやら! (まあ両者の場合、国防上の観点から見て、併合はやむをえなかったのかもしれないが) 転移により朝鮮と台湾は失なわれたが、もはや永遠に回収できないであろう投資額を試算し、帝國は真っ青になったと伝えられている。 これに満州や中国大陸に投下した資本や民間分まで加えれば…… 『これを国内に投資していたら!』 死んだ子の年を数えるような行為ではあるが、このような議論が帝國のいたる所で繰り広げられていた。 その結果、現在の帝國では、植民地経営に対する不信感が急速に台頭しつつある。 『国防上、資源確保上の問題から、植民地を確保するのは仕方が無いにしても、 植民地にインフラ整備をするなど、ましてや本国水準にまで引き上げてやろうなど無駄もいいとこだ!』 このような考えの者達を、(植民地)不拡大派と呼ぶ。 彼等は、帝國には他者に施しを与える余裕など無いと訴え、植民地の保有と植民地への資本投下は必要最小限に止めるべきだと主張していた。 (とはいえ、資源の採掘・輸送に関わる資本投下は容認している。これだけでも莫大な額だ) 副長もその一人だった。 レムリアを併合したため、帝國は北東ガルム大陸全ての面倒をみなければならなくなったが、これは帝國の手に余るのではないだろうか? ……ただでさえ、現在の帝國は未だ本調子ではないのだから。 副長は、そのような疑念を抱いていたのだ。 【2-2】 急に慌しい駆け足が聞こえたかと思うと、電探担当士官が、大慌てて艦橋に駆け込んできた。 「艦長、対空電探に感あり! こちらに、何か向かってきます!」 その報告に、艦長は首をかしげる。 「何? そんな報告は受けていないが……」 「艦長! 至急、対空戦闘準備の命令を!」 副長がハッとした様に叫ぶ。 「おいおい、まだ敵と決まった訳じゃあないだろう? 下手にそんな真似しても、恥をかくだけかもしれんぞ?」 「恥ですむのなら、大いに結構! 後で笑い飛ばせば済むことです! ですが、万が一敵なら取り返しがつかないことに!」 そう言って、艦長の暢気な言葉に食い下がる。 「分かった分かった。対空戦闘準備! ……これで良いだろう?」 やれやれ心配性なことだ。 艦長は苦笑した。 実際、艦長はそれ程事態を深刻に考えてはいなかった。 (何しろ、ここは既に帝國の勢力圏なのだ!) 仮に敵だとすれば飛竜だが、多数が移動すれば直ぐに見つかってしまう。せいぜい数騎の飛竜がいいところだろう。 加えて、敵の爆弾は軽量かつ低威力だ。 その程度の数では、とてもではないがこの『足柄』をどうこうできる筈も無い。 ……こいつは神経質過ぎる。もう少し悠然と構えないと、艦長になれんぞ? 人事ながら心配である。 が、まあ今回はいい勉強になるだろう。そう判断し、次の報告を待った。 【2-3】 「見張りより報告! 『左舷、大型飛行物体複数確認』!」 報告を受けた方向を確認すると、何かが高速で飛来するのが見えた。 ――ワイバーンではない。いや、ワイバーン・ロードですらない! 「何だ! あれは!」 何か、光るモノが『足柄』に向かってくる。その数4。 「撃ち方始め!」 艦長の号令により、高角砲が射撃を開始――右舷の2基のみだが――する。 4門の12.7センチ砲が、1分間に数十発もの弾丸を吐き出す。弾丸は一定の距離で自動的に炸裂、破片を撒き散らした。 それに引っかかり、『光るモノ』の一つが自爆する。 「大型飛行物体、1撃墜!」 「機銃、撃ち方始め!」 だがそれに喜ぶ余裕など存在せず、対空機銃の射撃命令が発せられた。 『光るモノ』はもうそこまで来ていたのだ。 『足柄』に装備されている25ミリ機銃は50門。 そのうち射界に捉えている半数ほどの機銃が、一斉に射撃を開始した。事実上、彼等が最後の砦である。 あれが何なのかは分からない。 だが、『何をしようとしているのか』は、誰の目にも明らかだった。 あれは『足柄に突っ込もうとしている』のだ! その速度は、ワイバーンを超越している。ワイバーン・ロードよりも、もしかしたら零戦よりも速いかもしれない。 回避は無理だ、撃ち落すしかない! 艦長は手に汗を握る。 畜生、あれは一体何だ! ここは帝國の勢力圏じゃあなかったのか? あんな物に突っ込まれたら…… そこまで考え、自分の不運を呪う。 このままでは、もしかしたら自分は『転移後、初めて大型艦を喪失した艦長』になるかもしれないのだ。 そうなったら、自分は『終わり』だ。 機銃の奮戦により、更に一つの『光るモノ』を撃ち落した。 だが、それが限界だった。 残る二つの『光るモノ』が、『足柄』に突っ込んだ。 【2-4】 副長が気がつくと、艦橋は血で染まっていた。 「! 艦長!」 慌てて艦長を探す。 しかし艦長は、既に事切れていた。 あれは一体何だ? 副長は自問する。 この攻撃力とあの行動から見て、『飛行する爆弾』だ。それは間違いない。 自律して自動的に敵を発見するのか、それともどこか他の場所から誘導しているのかまでは分からないが、何れにせよ帝國にすら無い有力な対艦兵器だ。 それに、この攻撃力! この世界で多用されている低威力爆弾とは、雲泥の差だ。帝國の250キロ、いや500キロ爆弾にも匹敵する。 帝國の、この世界に対する優位の一つが崩れた瞬間だっだ。 ……こんなモノが大量に運用されたら、大変なことになる! 「御無事ですか!?」 そこで思考は突然中断された。救援が来たのだ。 「艦長は戦死された。以後、副長の自分が指揮をとる!」 「ハッ!」 「状況は?」 報告された状況は、決して良いものでは無かった。 自力航行は可能であったが、どう見ても中破以上の損害を受けている。浸水も僅かだが、未だ止まらない。 至急、この海域から離脱すべきだ。 そう、副長は判断した。だが…… 衆人環視の中、むざむざこのまま撤退だと? 拙い、非常に拙い。 「現在、使用可能な主砲の数は?」 「前部2基4門、後部1基2門の合わせて6門です!」 「宜しい。では、あそこに向けて全力斉射」 副長が指し示した場所は、帝國が接収した山の一つで、確か無人の筈だ。 「! しかし、そんなことをしたら浸水が!」 「命令!」 「……かしこまりました」 この砲撃により、浸水は一層増すことになるが、途中で合流した工作艦の応急処置により、『足柄』はなんとか本国への自力帰還が可能となった。 その被害判定は『大破』。以後1年以上に渡り、ドック入りを余儀なくされることになる。 【2-5 旧レムリア王国、ツーロン海岸】 「あれが帝國のフネか?」 「そうです、先生」 彼等も、帝國のフネ見物に来たのだろうか? 一人の老人と若者が、そんな会話を交わしている。 「『海上の要塞』とは聞いていたが、まるで『飢えた竜』じゃの」 老人はそう評した。 そう、この帝國の軍艦は、ただの『要塞』と片付けるには惜しいほどの風格と優美さとを兼ね備えていた。 この見物人の多さが、何よりもその事実を示している。只の巨船では、ここまで『名物』にはならないだろう。 「しかしこの群集、殆どが只の見物客です。実に嘆かわしい!」 若者が憤慨する。 ……どうやら、只の見物客では無いようだ。 「仕方あるまいよ」 だが老人は泰然と笑い、取り合わない。 「帝國は平民に危害を加えておらん。平民にとっては、『頭の帽子が変わっただけ』じゃな」 「先生!」 「わかっとる、わかっとる」 ――ドウン! ドウン! 突然、轟音が響き渡る。帝國の軍艦が、突如空に向かって射撃を開始したのだ。 射撃を始めたのは僅か数門の砲だけだったが、その凄まじさは見る者を圧倒する。 「……先生、これは!」 「むう、確かに凄い!」 レムリア王国が誇る東方総軍10万が全滅したのも頷ける。それ程の威力だ。 だが、何故射撃を? 「先生、あれを!」 若者が指し示した方向を見ると、何か光るものが幾つも飛んでいるのが見えた。 「……あれは『魔法の槍』? いや、それの強化版か!」 軍艦の凄まじい対空砲火の前に、たちまち一発が撃ち落される。 だが残りの『槍』は、なおも帝國の軍艦に向かっていく。 帝國の軍艦も、本格的な応戦を開始した様だ。先程以上の対空砲火による弾幕が形成され、帝國の軍艦の周囲は凄まじいまでの『火力』で覆われる。 「僅か1隻で、あれ程の対空火力を持っているのか!」 まるで『針鼠』だ。 その弾幕に突っ込み、更に1発の『槍』が撃ち落される。 だが残りの『槍』が突入に成功し、大爆発を起こした。『さしものの帝國の軍艦も沈んだだろう』、群集の誰もがそう思わせるほどの大爆発だ。 ……しかし、 「! 浮いているぞ!」 驚愕の声が上がる。 そう、帝國の軍艦はまだ浮いていた。あれ程の攻撃を受けてなお、浮いていたのだ。 大きなダメージを負っているのは見た目にも分かる。……だが、沈んではいなかった。 帝國の軍艦は、傷つきながらも陸上に向けて砲撃を始める。 それはさながら、『手負いの巨竜』が怒りの咆哮をあげているかの様であった。 その重い一発一発は、目標の大地に大きな被害を与え、その威力に群集から悲鳴が上がる。 「化け物め、まだ動くか!」 若者が呻いた。その強靭な『生命力』に圧倒されたのだ。 先程の攻撃に対する驚きは彼等二人には無い。それどころか、攻撃した者の『悪足掻き』すら感じている。 先程の攻撃、実は技術的に真新しいものは見受けられない。 従来の『魔法の槍』を極限まで量的に拡大したものに過ぎない、と見破っていたのだ。 あれ一発に、一体どれだけの金をかけたのだろう?  おそらく、最低でも小さな市(!)一つ分の年間税収が吹き飛んだであろうことは間違いない。 それを四発も使い、奇襲までして『沈められなかった』。 この意味は大きい。 「決めたぞ! ワシは帝國につく!」 老人は叫んだ。 「先生!」 「ここに初代国王陛下がおられても、同じ事を考えるであろうな。 帝國は、我々の遥か先を行っておる。戦争は無意味だ。それよりも、帝國から学ばなければならん!」 「『帝國から学ぶ』ですか?」 「そうさ! 帝國に多数の留学生を送り、帝國の進んだ文明を学ぶのだ!」 その為には、総督府の行政組織に加わらなければならない。 「何をしておる! 早くいくぞ!」 「待ってください、先生!」 レムリア有数の『賢者』。いままで隠棲していた彼が、帝國陣営に加わる決断をした瞬間だった。 【2-6】 「ふん! 沈められなかったか!」 海岸沿いの館の一室、そこで一部始終を眺めていた者達がいた。 「だが、これで我等でも帝國に対抗できることが分かった」 悪態を吐いた相手に、もう一人が指摘する。 ……だが、悪態を吐いた人物は鼻で笑った。 「おいおい、本気で言っているのか? 不意打ちまでして『あの様』だぞ?」 『帝國に対する切り札』――そう連中は言っていた。 確かに、その威力は従来の兵器を超越している。だが…… 別に今まで『作れなかった』訳じゃあない。ただ、『作らなかった』だけだ。 そう自嘲する。 アレは、ただ従来の技術を極限まで突き進めただけの物に過ぎない。 その誘導・推進法は、対空用の『魔法の槍』を拡大発展したもの。 陸上とは異なり生命反応が皆無に近い洋上で、あれだけの生命反応を発していれば、誘導は容易(闇夜の松明みたいなものだ)であるし、速度・飛距離も魔力をつぎ込めば出来ないことは無い。 ……幾ら掛かるかは別として。 あの爆発力も、純度の高い魔法結晶をふんだんに使ってのことだろう。 弾頭は高純度の大重量魔法弾、推進は高速・長射程の特製魔力推進装置。全く贅沢な兵器だ。 あれ一発に、幾らかかるだろうか? 魔法兵器は高価極まりない。 例えば1の重量のものを飛ばすのに金貨1枚かかったからといって、10の重量を飛ばすのに金貨10枚で飛ばせる訳ではないのだ。 最低でもその数倍は必要で、十倍などザラである。場合によっては金貨数百枚、時には1000枚以上かかることすらあるのだ! ……だからこそ、誰もが『アレ』の開発に二の足を踏んだのだ。 アイデアとしては以前から存在していた。だが、飛竜に通常爆弾抱えさせた方が遥かに安上がりのため、誰からも相手にされなかった。ただそれだけだ。 「同じ手は二度も効かん、次は帝國も警戒するぞ? 上空を機械竜が警戒していれば、撃ち落すのはそう難しくは無い。 アレはその程度の物に過ぎない」 ワイバーン並の図体。そして速力こそワイバーン・ロードを上回るが、機動性では大きく劣る。 何より、回避行動が取れない! ……これは致命的だ。 それを補う大量運用も不可能だろう。こんなものを大量に生産したら、それこそ戦う前に破産する。 「こんな高価な玩具、どう使おうというのだ? この分航空戦力を充実させた方が、余程効果的だろうに……」 そう言いながら、男は『彼等』のことを頭に浮かべる。 連中の正体は不明だが想像はつく。これ程金のかかる物を作れるのだ、おそらく列強諸国、その手の者。 我々を捨て駒にし、時間稼ぎにでもするつもりか。それともレムリアを新兵器の実験場にでもするつもりか。あるいはその両方か…… 何れにせよ、ロクな役回りではない。これでは帝國についた方がマシだ。 そう判断すると、男は即座に行動に移す。 「……何処へ行く?」 「決まっているだろう? 帝國に恭順するのさ! 今ならまだ、いい待遇を受けられそうだ」 「売国奴め!」 「それは見解の相違だな。 ……ああ安心したまえ、今日の事は忘れておく」 そう言いながら、扉を開いた。 扉の外では二人の部下達が睨み合い、一触即発の雰囲気を醸し出している。 「気をつけたまえ、私の部下はマ−リン(海兵)でも選りすぐりの精鋭だよ?」 「……下がれ」 諦めたのか、部下を引き下がらせる。 「賢明だ」 その言葉を聞き、ニヤリと笑う。 「ではこれで。縁があったらまた会おう!」 二人の王国海軍大提督、その最後の会談はこうして終わりを告げた。 以後二人は全く別の道を歩むことになる。 今回の出来事は、あらゆる立場の陣営に何らかの影響を与えた。 彼等はそれぞれの反応を示し、異なる行動を取り始める。 それが如何なる結果を導き出すかは、まだ分からない。 ただ言えることは、『何かが動き始めた』ということだけである。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【3-1 帝國、連合艦隊司令部】 ――――『足柄』沈没! その第一報は、連合艦隊司令部を混乱の渦に叩き込んだ。GFは詳細な情報を求めて、てんやわんやの大騒ぎに陥ったのである。 その後、沈没が語情報であることが判明――大破ではあるが――し、幾分落ち着きを取り戻したかに見えた。 しかし…… 「昭和19年1月1日、現地時間1205。ツーロン沖を航行中の『足柄』は、国籍不明の飛行物体を発見。なお第一発見は対空電探。 同1207、対空戦闘準備を発令。 同1209、飛行物体を肉眼で確認、数は4。これを敵と断定し撃墜命令を発令。 同1210、敵2を撃ち落すも残り2が『足柄』に突入、大破。なお撃墜の内訳は高角砲1、機銃1。 同1215、艦長戦死により指揮権は副長に移譲、対地威嚇砲撃命令を発令。 同1220、砲撃終了。退避命令を発令、安全海域に離脱。 現在、工作艦と合流。復旧作業中です」 情報参謀であるダークエルフの海軍中佐は、淡々と確認された事実を報告する。 「『足柄』の被害は、左舷艦橋に直撃1。 艦橋被害大、第三砲塔は砲身損傷及び衝撃により旋回不能。 第四砲塔とカタパルトの間、正確には魚雷発射用の開口部付近に直撃1。 幸い魚雷は未搭載なるも、第四砲塔崩壊、水上機射出不能、魚雷関連装置全壊、艦中央部側面に大破孔及び浸水。 左舷高角砲群全壊、左舷機銃群半壊……」 読み上げられる損害に、溜息の声が漏れる。 「飛行物体は無人誘導式の飛翔爆弾、つまり対艦誘導弾です」 ザワッ 広がる驚きと困惑。 「『対艦誘導弾』の性能は、最大速度550キロ/時以上、航続50キロ前後、弾頭は我が軍の500キロ爆弾以上、おそらく250キロ爆弾3発分以上と推定されます」 「250キロ爆弾3発分以上!?」 「はい。幸いにも徹甲爆弾ではありませんが」 まあ、連中(列強)には徹甲弾や徹甲爆弾に関する技術、ノウハウは皆無――科学技術、魔法技術を問わず――に等しいですがね。 造りたくても造れない、という奴だ。 「飛行経路は、高度2000メートルを『足柄』目掛けて直進、その後『足柄』手前から急降下しています。 最終突入速度は、自前の速力に重力が加算され、時速600キロ/時近くにまで達しているかと推測されます」 不意討ちによる対処時間の短さを考えれば、単独で4発中2発迎撃という戦果は行幸以外の何者でもないでしょうね。 ……その様な本音を隠し、あくまで事実だけを述べる。今必要なのは、客観的な事実なのだから。 「『対艦誘導弾』の構造は、対空用である『魔法の槍』を拡大発展させたものと推測されます。 ……まあ大金貨と小銅貨以上の差がありますが」 そして周囲を見渡し、一礼。 「以上が今回の『光る物体』の正体です。なお今回の報告はあくまで暫定の物ですので、多少不正確な点がある旨御了承下さい」 「では、連中は『対艦誘導弾を完成した』と言うことかね?」 提督の一人が尋ねる。表情は暗い。 「はい、その通りです閣下」 提督の内心の動揺を知ってか知らずか、情報参謀は淡々と質問を肯定する。 「ただ、勘違いしないで頂きたい。何も彼等は、『とてつもない新兵器』を開発した訳ではありません。 いわば、ようやく『同じ土俵に立とうとしている』に過ぎないのです」 アイデアとしては以前から存在した。 だが、そのコストに見合うだけの『目標』が存在しなかったため、今まで見向きもされなかっただけのだ。 それはそうだろう。 敵船を沈めるのに、それと同等かそれ以上の値段の兵器を使ってどうする? 馬鹿馬鹿しい。それなら飛竜に爆弾抱えさせて襲撃した方が遥かに安上がりだし、汎用性がある。 そう、『今までは』 だが、帝國の出現がその常識を覆した。帝國の軍艦は、それだけの値段をかけても十分に沈める価値のある目標だったのだ。 「現在、列強諸国は海軍の新規建造を大幅に縮小してまで、この兵器の予算を確保に努めています。これは憂慮すべき事態かと」 「成る程、どうせ軍艦を増強しても沈められるだけだからな。『ならばいっそ』と言うことか」 「それもありますが……」 察しの悪さに、情報参謀は内心呆れながら続ける。 「この兵器は、事実上の『対帝國専用』です。汎用性がありませんからね。 それを、汎用性のある艦艇の建造を中止してまで作ると言うことは」 「連中が、『対帝國戦を真剣に検討しだした』。そして恐らく、『水面下、列強同士で既に何らかの合意が行われた』といった所か? ……でなければ、中々一斉に軍艦の建造を縮小できまい」 「ああ、その通りです」 連合艦隊司令長官の助け舟に、情報参謀は安堵の言葉を漏らした。 「しかし、幾らアイデア自体は以前からあったとはいえ、よくそれ程の兵器を短期間の内に作りだしたものだな?」 連合艦隊司令長官は疑問を呈した。 これ程の兵器は、元の世界にも存在しなかった。それを生み出すとは、どうして中々…… 「技術的には『枯れた』技術ばかりですから。ただしこれだけ大規模になると、資金の他にそれ相応の技術力が要求されます。 そしてこれら個別の技術をすり合わせて、一つのシステムとして完成させるのには更に高度な技術と経験が不可欠でしょう。 国家、それも列強レヴェルの国家が総力を挙げたからこそ、短期間のうちに成功したのでしょうね」 ……その影にはどれだけの失敗作があるやら。きっと、最も良好な試作品ばかりを選んで持ち込んだに違いない。 「流石は列強、ということか」 「とはいえ、ワイバーン並みの巨体です。それに高速とはいえ機動性は低く、当然回避運動もとれません。 上空直援が得られていれば、十分に対処可能かと」 少なくとも今のところは、ですが。 「しかし、『君達』はこれ程の大規模な工作に気付かなかったのかね?」 そう、皮肉が飛ぶ。 ……まあ覚悟はしていたが。 「それに関しては、弁解のしようがありません。ですがあえて言わせていただければ、やはり一年間の空白は致命的でした」 「…………」 それを言われると、流石に困るだろう。 帝國の転移初期、およそ一年の間、彼等ダークエルフは全力で帝國の求める資源の探索にあたっていた――現在でさえおよそ半数が資源探索にあたっている――のだから。 ……加えてレムリアの仲間は、総督殿下の安全に全精力をかけていますからねえ。 そう思いながらも、さすがにそれは口にしない。これは帝國とダークエルフ双方にとって、実に微妙な問題だからだ。 しかし我等の不手際には代わりが無い、実行者は我等の名誉に賭けて探し出す。 既に現地には『応援部隊』が派遣されている。近いうちに朗報がもたらされるだろう。帝國が望むのなら、黒幕に対する『報復』も行われる筈だ。 「済んだことはもういいでしょう? 問題は今後の対応です」 この場の提督で最下級の少将、それも昇進して間もない癖に、やけにでかい態度の提督が口を挟む。 周囲の目などお構い無しだ。 「情報参謀にお聞きしたい。現在の情報では、連中の『対艦誘導弾』は、大きさは飛竜並、速度は最大550キロ/時以上、射程は50キロ前後、完全自動式で機動性は低く回避行動は不能。 破壊力は魔力結晶をふんだんに使い、我が軍の250キロ級陸上用爆弾3発分以上。 ……これで間違い無いですか?」 「はい」 「では、発射部隊そのものの機動性は? 移動から展開、発射可能までどれ程かかりますか? 逆に撤収までは?」 「今回は設置期間は不明、撤収は撃ったら即でした。ですが始めから敵地での行動でしたので、あまり参考には。ただ通常の場合、推測では設置後撤収に半日程はかかるかと」 「『対艦誘導弾』の大量運用は考えられますか?」 「考えられます。ですが『対艦誘導弾』は恐ろしく高価な兵器です。一航艦等の重要目標にしか行わないのでは?」 「それ程高価なのですか?」 「はい。一発が大型軍艦2〜3隻分にはなるかと。」 「量産効果による価格減少は?」 「ああ、閣下。この世界は帝國とは異なります」 実はこれがこの世界『最大の弱点』なのだ。 この世界では、大工場による大量生産。その概念すらないのである。 (これはまあ言い過ぎかもしれないが) この世界の工場は、所謂『個人工房』規模――何人も雇って手広くやっているところもあるが――であり、とても帝國の様な機械動力を用いた大規模工場とは比べ物にならない。 例外として、官営の大規模工廠(軍用)があるにはあるが、これとて動力は人力や獣力、風力、水力程度だ。 第一、魔法兵器には量産不可能な部分が多い。 「では、囮を混ぜ合わせて運用する可能性は?」 「誘導装置つけて推進装置もつけると、やはりそれなりの値段になりますから」 「! 安くはなりますね!」 「はい。ですが、とても囮に使えるような値では……」 「例えば、ですよ? 弾頭の破壊力を半分以下…… 具体的には250キロ爆弾2発、いや1発にまで落としたら? 値は元よりどの程度下がりますか?」 「それは、おおよそですが元の二割以下に…… !!」 そこまで答え、自分が言ったことの意味に気がついた。 「では今言った程度に性能を落とせば、元の1発の値段で5発以上作れる訳ですね?」 「……それでも中型の軍艦1隻分はしますし、魔法部品にはそう簡単には量産できない物も多く存在します」 そう反論しながらも、自信が無さそうだ。自分に言い聞かせているようでもある。 「次の質問をします。その『量産型』は、どの程度小型化すると思われますか?」 「元の半分まではいかないかと。おそらく二〜三割減程度になると思われます」 「その分、狙いにくくなると言う訳ですね?」 「はい」 「では、最後の質問です」 まだあるのか!  情報参謀は内心ウンザリした。この提督の質問は疲れる。 「この『誘導弾』、性能向上型が出るのはいつ頃と予測されますか? 特に速度と小型化の面でお聞きしたい」 「値段を考慮しなければ、速度と小型化以外はある程度向上できるでしょう。 ですがこれ以上金をかけて、わざわざ今以上の性能のものを作るとは思えません」 速度向上と小型化を除けば。 「速度向上と小型化については、いかな列強といえど一朝一夕に出来るものではありません。 莫大な開発資金ももちろんですが、それなりの期間、少なくとも年単位の歳月を必要とするでしょう」 「成る程、有難う御座いました。私の質問は以上です」 そういい終えると、彼は提督達を見渡して締めくくった。 「以上の情報から、あらゆる面での『早急な対応』を進言します」 【3-2】 「しかし4発の内、2発も撃ち落せたのは僥倖ですな」 提督の一人がそう評価する。 確かに、命中率から考えても『奇跡』といっても良いだろう。 以前、陸軍でだが、大規模な防空演習を行ったことがある。その時の撃墜率は実に1%未満、ゼロコンマ何%の世界――それも最良の条件で――だ。 これは海軍でも同様で、『数千発撃って、ようやく1機撃ち落せる』とすら囁かれていた。 それが高角砲で1発(命中率25%)、機銃で1発(命中率33%)の計2発撃墜(総合命中率50%)。 しかも機銃での戦果は、射撃統制装置など使用しない、全くの目測射撃である! 目標が巨大であり、動きが単調であることを考慮に入れても、これは十分誇るべき数字であろう。 「今回は、相手の動きも大したことありませんでしたからね」 だが、情報参謀は釘を刺すことを忘れない。 今回これ程までの好成績を挙げた理由は、単なる『敵失』に過ぎないと考えられるからだ。 あの『対艦誘導弾』は、所詮試作品に過ぎない。様々な改良を行い、これから戦力となっていくのだ。 今回はデモンストレーションを兼ねた『実験』だろう。 今回の結果、そして今後得られるであろう戦訓から不具合を洗い出し、それを一つずつ潰していく。その地道な作業を経て、ようやく兵器として完成していくのだ。 それに今回は完全な敵地での実験で、組み立て後の調整も丁寧に行われなかった可能性もある。 何れにせよ、次も同様の撃破率になるとは限らないし、期待しない方が良いだろう。 「対空火器では完全撃破どころか、数発撃破がやっとでしょうな」 先程の『態度のでかい少将』が発言した。 重大な告白だ。 何しろ彼は特設対空機銃群の親玉、機銃操作員教育補充隊――通称『特務砲術科』――司令官なのだから。 「……少将、少し無責任すぎやしないかね?」 流石に咎める声が上がるが、彼は気にもしない。 「何を仰います? 我等の役目は『弾幕を形成し敵飛竜の狙いを妨げることにより、艦の回避行動を容易にする』ことですよ? 中将は、射撃統制装置すら無い機銃に、一体何を期待しているのですか? そもそも、『敵を撃墜する』のは艦戦の役目じゃあないですか!」 そう、対空火器の役目はあくまで『敵の攻撃意思を挫き』合わせて『艦の回避行動を容易にする』ことだ。命中率を考えれば、それが精一杯だろう。 「やはり、艦戦で落とすしか無いだろうな」 他の提督が少将の言葉を肯定した。 「ただ、零戦では速力の面で不安が残ります。『紫電改』の実戦化を急がなければ」 「早期発見も不可欠です。そしてその情報を素早く上空を警戒している艦戦に伝え、誘導する方法も」 「……吉良君、それは陸軍が開発中の『機械化防空警戒網』のことを言っているのかね?」 少将、いや吉良少将が付け加えた言葉に、一人の提督が不快の反応を示した。 陸軍が開発中の『機械化防空警戒網』。 これは正確には『高度に機械化された新しい防空警戒網の研究』といい、以下の段階よりなる。 『第一段階』 地上設置型対空電探の精度及び信頼性の向上。これにより全天候下での対空早期警戒網を確立する。合わせて航空機無線の信頼性を向上し、僚機及び地上指揮所との意思疎通を容易にする。 『第二段階』 電探と連動した高射兵器の配備。これにより高射兵器そのものの命中率を向上させる。 『第三段階』 新技術導入による、対空指揮所・電探部隊・高射部隊・航空部隊間における情報伝達の密度・速度の大幅な向上。これにより敵撃破率を向上させる。 『第四段階』 地上設置型対空電探の死角を補完するため、対空電探搭載型航空機を配備。将来的には指揮機能も持たせる。 『第五段階』 上記システムの完全自動化。 ……実に奇想天外というか、己の技術力を弁えていない常識外れの計画である。達成がいつになるか全く分からない、『法螺吹き』計画とも言えよう。 事実、現在第一段階ですら達成できていないのだ。 だが陸軍は大真面目で、どうやら本気で達成させようとしているらしい。 予算確保――当然巨額の資金を必要とする――に必死で、世論に訴えるため少年雑誌にまで宣伝させたりしている位だ。 彼等少年を将来の『支持者』に、ということだろう。それだけ時間がかかると、(現在ですら)思われている計画なのだ。 ……そもそも実現できるかどうかすら怪しいが。 「はい。陸軍の研究に乗れば、比較的早期に技術が手に入れることが可能となります。 まあ資金は、4対6よりやや多い位の割合になると思いますが、一から作るよりは時間も資金もかからないかと」 「そういう問題ではない! あんな法螺吹き計画に乗れるか! 物笑いの種だぞ!」 「確かに少々壮大すぎるきらいがありますな。しかし、個別には興味深い研究もありますよ? それに電探技術に関しては、陸軍の方が進んでいますからねえ」 個別じゃあ、その部分の開発費の大半を背負わされるだろうが。 「しかし、吉良少将の言うことはともかくとしても、電探装備の有効性は今回のことで証明されました。 いっそ駆逐艦以上の全艦に配備すれば、対空警戒や哨戒任務に役立つかと」 提督の一人が吉良少将の意見に消極的ながらも賛意を示す。 が、他の提督が即否定する。 「電探の有効性は認めよう。だが、そんな金が何処にある!? 予算は天から降って来る訳ではないのだぞ! 巡洋艦以上の艦艇に装備するのが精一杯だ!」 現在、帝國海軍は巡洋艦以上の大型艦艇に対し、対空・対水上用電探と逆探を、駆逐艦と潜水艦には逆探のみを追加装備中である。 海軍とて決して電探を軽視していない。むしろ苦しい台所事情を考えれば、力を入れている方だろう。 ……あくまで相対的なものではあるが。 それに駆逐艦でも、防空駆逐艦である『秋月』型や、新型駆逐艦『改秋月』型は、対空・対水上用電探と逆探の両方を装備することになっている。 (ただし、同じ新型とはいえ、『松』型には逆探のみ――電探設置スペースは確保されているが――である) 「せめて、『松』型には電探を装備させたかったのですがねえ」 別の提督が溜息を吐いた。 確かに方面艦隊の主力として働くことを考えれば、電探は必要だろう。『不可欠』とまでは言い切れない――少なくとも海軍の台所事情を考えれば――が…… 「その代わりに高射装置を装備してあるだろう! 電探を装備したら、高射装置なぞ真っ先に削られるぞ!」 贅沢な改『秋月』型とは異なり、『松』型はあくまで廉価駆逐艦という位置付けなのだ。あれもこれもとはいかない。 予算は有限なのだから。 「まあ、『松』型どころか新型海防艦にすら、電探設置スペースを確保してあるのです。 いざとなれば、直ぐに設置できますよ。 ……予算さえつけばね」 後は、電探の生産能力次第か。 「……正直、あって欲しくない未来ですな」 それ程の予算が付き、かつ生産割当てが増えるという時は、一体どんな事態なのやら…… 「まあそれは将来の話だ。先ずは現状でできることを考えようじゃあないか」 そこで長官の仲裁が入った。『その話はそこまで』と言うことだろう。 「できる事も何も、今以上の事はできませんよ? 精々『対空警戒を厳にせよ』ぐらいです」 だがなおも吉良少将は食い下がる。 「……吉良君、少しは周りの空気を読み給え」 長官が呆れる。折角仲裁してやったのに。 「しかし長官、艦戦を飛ばせないような状態の時に『対艦誘導弾』を撃たれたらどうなります!」 「そんな時は『対艦誘導弾』も撃てん!」 先程の提督が声を荒げる。 が、諍いが再開されそうになったその時、情報参謀の訂正が入った。 「いえ。流石に激しい気象時は無理ですが、夜間の発射は可能です。あくまでこっちの場所が特定できれば、の話ですが」 「その時は、対空火器だけで迎撃ですな」 「なら夜間は敵の射程外にいれば良い! 情報参謀! 『対艦誘導弾』の発射母体は? 地上のみか? 船は? 飛竜は?」 吉良少将の『してやったり』の発言に、顔を紅潮させて情報参謀に尋ねる。 「現在のところ、確認されているのは地上発射型のみですが、艦載型の完成にはそれ程時間がかからないでしょう。恐らく近いうちに出てくるのでは? ですが流石に、飛竜に搭載するほどの小型化は、当分は無理でしょうね」 「ふん! では陸地とは常に一定距離を保ち、艦載機で陸上の発射母体を撃破すれば良い。 夜の奇襲も、周辺海域の敵船を全て沈めておけば防げる。簡単な話だ」 「まあ、それが最善の手段ではありますね」 それができればね。でも撃ち漏らしは必ずありますよ? 「長官! 現状でも十分対処可能です! 所詮『こけおどし』、大したことはありません」 吉良少将の内心の呟きを他所に、『これで勝った』とばかりに得意げに進言する。 その進言に曖昧に頷きつつ、ふと長官は思いついた事を聞いてみた。 「……そういえば、『対艦誘導弾』には欺瞞用の呪紙は使えないのかね?」 確か『魔法の槍』の方には使えた筈だが。 「ああ、あれは」 『魔法の槍』は、生命反応を追尾する。 だがその対象は飛竜であり、本来ならとても航空機に搭乗する人間一人や二人には反応しない。 だからグラナダ戦役において、レムリア軍は止むを得ず反応精度を極限まで高めて帝國軍航空隊に対抗しようとした。 確かに極限まで精度を高めれば、帝國の航空機にも反応できるだろう。だが、その弊害は大きい。 先ず性能が悪化する。これは探知に魔力を奪われ過ぎるからだ。 そして反応が敏感な分、騙され易い。それこそ擬似生命反応を発する『札』を大量にばら撒いけば、たちまちの内に混乱してしまうだろう。 この『札』、別にそれ程特殊な物でも高価な物でもない。 事実現在、帝國軍はダークエルフの子供達に大量の『札』を発注――いわゆる内職だ――しているのだ。 まあ女子供とはいえ、彼等彼女等は下手な魔道士より余程魔力があるのではあるが。 しかし『対艦誘導弾』では勝手が違う。 『魔法の槍』の拡大発展版とはいえ、かけた値段が違い過ぎるのだ。 全ての『部品』が比べ物にならない程高級で、とてもでは無いがちょっとやそっとでは騙せそうにない。 「それに、流石に数百人分の生命反応がある、軍艦級の擬似生命反応は……」 はっきりいって、不可能である。 「そうか。良い考えだと思ったのだが」 そう溜息を一つ吐くと、情報参謀に命じた。 「現状では、発射母体の撃破が唯一の確実な手段のようだ。発射母体の情報を最優先で得ろ」 「ハッ!」 「各級指揮官は、対空戦闘訓練を至急実施し、指揮下部隊の対空能力を把握。合わせて練度を向上させよ」 「ハッ!」 「将来的な課題については、今後の課題とする。以上、解散!」 やれやれ、結局は問題の先送りですか。 吉良少将は不満げに敬礼をした。 恐らく、長官もその必要性は理解しているはずだ。だが、立場がそれを許さないのだろう。 勘弁して下さいよ、長官。矢面に立つのは自分の部下ですよ? ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【4-0 昭和19年初頭 横須賀】 物悲しい曲が辺りに鳴り響き渡る。 ここ、機銃操作員教育補充隊司令部(通称『特務砲術科』)では、『足柄』大破の際に戦死した機動機銃員の慰霊が執り行われていた。 無論、既に全死者に対する慰霊を現地で海軍省が行ってはいたが、特務砲術科の手であらためて慰霊が執り行われているのだ。 これは、特務砲術科の数少ない慣例である。 現在の海軍で最も血を流している集団である彼等にとって、『身内の死を自らの手で弔う』のは当然――少なくとも彼等にとっては――のことだったのだ。 一人一人の戦死者の写真と名が張られている壇上に向かい、司令官である吉良少将が弔辞を読む。 その背後には、第一種軍装で身を固めた特務砲術科の幹部連、手隙の司令部員が整列し、黙祷していた。勿論戦死者の家族も。 ――――全く! 家族も呼ばずに何が慰霊か! 弔辞を読みながらも、彼の内心は怒りで満たされている。 このまま手を打たなければ、戦死者は増える一方だ。 そしてその大半は、自分の部下だろう。 だからこそ、『早急なる処置』を強く求めたのだ。 『・・・吉良君、少しは周りの空気を読み給え』 『君の気持ちは分かるが、早急過ぎやしないかね? 少し落ち着き給え。焦っても良い結果は得られんよ?』 ……だが返ってきた答えは、どれも毒にも薬にもならない、その場凌ぎの答えに過ぎなかった。 その言葉に吉良少将は激しく反発した。 焦っているだと!? 冗談じゃあない! 俺は冷静だ! だが確かに、彼は冷静さを失っていた。 【4-1】 『足柄』には、彼の部下100人以上が乗り込んでいた。 そして死者だけで30人以上、退役せざるを得ない程の負傷者も含めれば50人もの損害を出した。 その他の負傷者も含めれば、その数は更に膨れ上がる。 これはロッシェル戦役末期における、空中騎士団の片道攻撃の時以来の数字である。 確かに単純な死傷者だけならば、ロッシェル戦役時の方がやや多い。 だが、死傷率で見ると話がまるで変わってくる。 『足柄』に搭乗していた部下の三割近くが戦死、死傷率に至ってはおよそ七割! 足柄の各科別死傷率で見ても、これは圧倒的な数字である。 甲板上で、常に無防備な状態で敵と対峙する彼等は、他の誰よりも『死』に近くいることがあらためて証明された事件でもあった。 これ程までの損害を出した原因は、敵の『対艦誘導弾』の攻撃力が、従来とは比べ物にならない程強力だったからであろう。 着弾した『対艦誘導弾』は、その場で大爆発――足柄が沈まなかった理由でもある、徹甲弾ではなかったのだ――を起こし、周囲に強烈な爆風を撒き散らした。 これは、無防備な彼等にとって致命的だった。 彼等は、自らの守りとして、機銃座の周囲を土嚢で囲んでいる。 確かに飛竜のブレスや敵の通常弾が巻き起こす爆風程度なら、これでもなんとか防げるだろう。 だが『対艦誘導弾』の爆風の前には全くの無力であり、彼等は土嚢ともに吹き飛ばされたのだ。 その結果が、死傷七割。 この突きつけられた現実に、吉良少将は愕然とした。 これでは近い将来、特務砲術科が、俺の部下が全滅してしまうじゃあないか! 腹立たしい事に、艦固有の機銃員の被害はさほどでも無かった。 『対艦誘導弾』の命中位置から離れていたこともあるが、彼らの機銃の周囲は装甲板で覆われており、それが爆風を防いだからである。 ならば、『自分の部下の銃座にも』という訳にはいかない。それには少なからぬ資金と時間が必要とする。 そして仮にそれがなんとかなったとしても、『員数外』の『応急処置』である自分達の銃座を、恒久的に装甲板で囲うことなどは法的に不可能だ。 一少将に過ぎない自分ではどうにもならない!  この事実に愕然とする。 陸に揚げた艦砲をちょろまかすのとは次元が違い、自分の力では、特務砲術科ではどうしようもなかった。 この現実を前に、彼は激しい焦燥感にかられていた。 先程の会議の結論が正しい事は、彼にも分かっていた。だが、言わずにはいられなかったのだ。 陸軍と協力すれば、直ぐにでも最低限の警戒体制を整えることが出来るだろう。 最悪海軍だけでも、今すぐ研究を始めれば、もしかしたら敵が『対艦誘導弾』を全面配備する前に、迎撃網を完成させることが出来るかもしれない。 しかし、どちらの希望も潰された。 暢気に正規ルートで請願していては、いつ実現するか見当もつかない。 畜生! せっかくここまで築いた特務砲術科を! 俺の城を! 彼は、叫びだしたいほどの焦燥感に襲われていた。 【4-2】 「司令、司令」 ふと、彼を呼ぶ声が聞こえる。 振り向くと浅野大尉が心配そうに覗き込んでいた。 「どうなさったのです? もう慰霊は終わりましたよ?」 いつもなら、遺族の方々とお話になるでしょう? 「ああ、そうか」 いつの間に終わったのだろう? どうやらつつがなく式を執り行ったようだが。 (浅野大尉が、今の今まで黙っていたのだから、多分そうだろう) 遺族との挨拶と簡単な会話を済ませると、彼は客間に向かう。 そこでは、先程の式唯一の陸軍軍人が彼を待っていた。 「大佐、お待たせして申し訳ない。式にも参加して頂いたのに……」 「いやいや。こちらも無理を言ったのですから、御心配なく」 吉良少将の面目なさそうなお詫びに、陸軍大佐も恐縮する。 「そう言って頂けると、助かります。ああ、これが例の報告書です」 そう言いながら書類を手渡す。『足柄』大破に関する報告書だ。 「有難うございます!」 大佐は押し頂く様に受け取った。 「いやあ、有難い! 何しろ、公式に話を通すといつ貰えるか分かりませんからなあ!」 本当にホッとしている。 「海軍の重巡が飛翔誘導爆弾に撃破されたのを聞いて、参本は上へ下への大騒ぎですよ! いつそれで、陸上の司令部も狙われるかわかりませんからねえ」 「ああ、それならご安心を。陸上は生命反応が強すぎ、現在の技術では誘導はまず不可能だそうです。 仮に出来るとしても、『遠い未来』だそうですよ」 「それを聞き、安心しました。 ……半分は」 そう言い、苦笑いする。 「まあ私が敵指揮官なら、真っ先に揚陸部隊を乗せた輸送船団を狙いますからね。お気持ちは分かります」 輸送船団は艦隊と比べて護衛が薄く、一航艦を狙うより余程戦果を期待出来る。 何より陸上部隊を沈めれば、それだけで相手の意図を挫けるのだ! 「……勘弁して下さいよ、閣下。1個師団丸ごと水没なんて洒落になりません」 大佐は引きつった笑いを浮かべる。 彼にしてみれば、とても笑い飛ばせる様な冗談じゃあないだろう。師団は宝石の様に貴重な存在なのだ。 「おや、失礼!」 「ところで閣下。何やら派手にやり合った様で」 その後他愛も無い雑談が続いたが、突然大佐が意味ありげな言葉を投げかけた。 「ああ、そちら(陸軍)にまで噂になりましたか」 「いや、まあ」 吉良少将の質問に、曖昧に笑う。 つまりは、そういう事だ。 「大丈夫ですか?」 「私がやり合うのは、特に珍しいことじゃあないでしょう?」 「ええ、まあ・・・。!いえ、そんな事は!」 「無理しないで良いですよ?」 そうか、陸軍にまで噂になっているのか。 ……少し控えなければ。 「いや、その、いつもと少しばかり違うというか、やり過ぎというか……」 「まあ、なんとかなるでしょう」 「そうですか? もし良ければ、少しは『助けになりますよ』?」 「?」 訝しげに吉良少将は彼を見た。 何を言っている? 陸軍がどうにか出来る筈、無いじゃあないか。余計話が…… そこまで考え、気づいた。 ああ、彼は『陸軍強硬派』だ。彼等は海軍の強硬派とも、『憂国』の一点で繋がりがある。 つまりは、『同志になれ』と言う事だ。 そうすれば、海軍強硬派の『庇護』も受けられるだろう。ただし、『庇護』は今回だけだろうが。 吉良少将は政治に興味が無い。別に転移前だろうが現在だろうが、政治に不満は無いし、気にもしていないのだ。 ただ、陸軍の強硬派と呼ばれる連中とは付き合いがある。彼らの方が情実がきき、付き合い易いのだ。 ……とはいえ、彼等の仲間に入るのもねえ。 確かに今の立場は余り宜しくない。だが、他人に尻拭いしてもらうのも癪だ。 「我々は近い内に、政権を取ります」 「!」 その言葉に驚愕する。おいおい、二・二六でも再現するつもりか? 「今回は確実ですよ。『同志』には、やんごとなき方々もおられますしね」 「まさか!」 信じられない! 「……国体の維持に危機感を持つ方々が、それだけ多いと言うことですよ。 それこそ社会の階層を問わず、ね」 大佐はそう言い、そっとその御名を囁いた。 「まさか、そんな……」 「現実ですよ。閣下、貴方の力をお借りしたい!」 そう。数千の軽歩兵を持つ、その力を。 (特務砲術科は、必要に応じて各艦艇に派遣される特務部隊――主任務は増設された特設機銃群の操作――である。 彼等は対空戦闘教育の他に高度な陸戦教育も受けており、特設機銃群の操作員と陸戦隊員とを兼ねている) 「しかし……」 「『あの御方』は、閣下を海軍の重鎮にと仰せになっておられます」 「…………」 重鎮か。そうなれば、今の悩みなど…… 「閣下、これは断じて犯罪ではありません。『義挙』です!」 「『義挙』……」 「そうです! 閣下、聞こえませんか!? 祖国が閣下に救いを求めているのですよ!」 そうだ『義挙』だ。 ……それに、成功すれば反乱は反乱じゃあなくなる。 成功すれば海軍の重鎮だ! 何だって出来る! 機銃の周囲を装甲で覆えるし、遺族への支援だってもっと…… 「それに、陸海の連携も今以上となりますよ! 同じ志を持った者達が上に立つのですから!」 「!」 それが、止めだった。 吉良少将は何かに取り付かれたかのように、同志に加わる事を承諾した。 海軍屈指の精鋭陸戦部隊を率いる吉良少将。 その彼が強硬派に名を連ねるという事実は、実に重大な意味を持っていた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【5-1】 吉良少将が強硬派に名を連ねることを決意したその頃、旧レムリア王国東部海域では、1隻の船が襲撃を受けていた。 「海賊だ!」 船員の悲鳴が上がる。 彼等にとって海賊は恐怖の対象でしかない。 何しろ海賊の被害にあった船とその乗組員の運命は、どこか遠い異文明圏へ船ごと売られるか、殺される――船は沈められる――かのどちらかしかないのだ。 後腐れの無いようにするには、この方法が一番手っ取り早いからだろうが、被害を受ける側にはたまったものではない。 「名立たるボルドー商人の船だ! たんまり『お宝』を持っているぞ!」 海賊船の船長は、そう部下を鼓舞する。 馬鹿な奴等だ。『お宝』を積んでいるという情報が漏れていることも知らずに、のこのこと1隻で来るとは。 獲物の船は余程荷を積み込んでいるのか、なかなか速度が出ない。両者の距離が徐々に縮まっていく。 あと少しで追いつきそうになったその時、ボルドー船の船首と船尾に積んである『箱』が開いた。 「?」 タ・タ・タ・・・ 軽快な、だが腹に響く音が聞こえる。 その次の瞬間には、海賊船の船体に次々と穴が空き、内部の構造が破壊されていった。 「罠か!」 畜生! あれは噂に聞く、『海賊狩り』の連中だ! あの船には『海賊狩り』が乗っていたのか!? 船長の叫びに部下達は大混乱に陥り、忽ち攻守が逆転する。 何とか反撃しようとした部下達も、連続で発射される巨大な銃や空から降ってくる爆弾に制圧され、手も足も出ない。 そうこうしている内にボルドー船が接近し、強制的に接舷する。 「来るぞ!」 海賊達の悲鳴が上がる。 しかし海上では何処にも逃げ場は無い。乗り込んできた『海賊狩り』により、海賊船はたちまち制圧された。 【5-2】 「隊長! 敵船の制圧完了しました!」 「御苦労」 報告を受け、隊長は部下達を労う。 彼等『海賊狩り』の正体は、帝國海軍特務砲術科の面々だ。彼等は13ミリ機銃2挺、8センチ迫撃砲1門と共に、この船に乗り込んでいたのである。 目的はもちろん、海賊狩りだ。 海賊とは海上の盗賊であるが、何も海賊行為だけを行っている訳ではない。 海賊といえば洋上を駆け巡り、海賊行為だけで食っている連中を想像する者が多いが、そんな『大物』は極々一握りに過ぎない。危険が大き過ぎるからだ。 特にレムリア程高度な国となると、まず存在しないと言い切っても良いだろう。 海賊は、主に沿岸で海賊行為を行う連中と、主に洋上で海賊行為を行う連中の二者に大別されるが、数としては前者が圧倒的に多い。 何しろ沿岸航行の船は、その大半が単船での航海である。 襲うのも容易だし、狩りすぎない様に注意すれば遭難と思われ――沿岸仕様の廉価船ということもあるがこの世界の造船及び航海技術は『その程度』に過ぎない――捜査の追求も無いことが多い。 彼等は、普段は漁民として生活し、カモが来ればたちまち海賊に早代わりする。 後者は前者と比べて圧倒的に少数だ。 洋上航行できる船自体が、沿岸航行用とは比べ物にならない程高価であるし、獲物の商船も多くが船団を組んで航行するからである。 彼等も前者と同様に、普段は海運会社等を装い、カモが来れば海賊に早代わりする。 レムリア王国は治安が良く、民度も相当高いため少数であるが他国、特に中小文明圏の国々では依然として多くの海賊が存在している。 逆に言えば、レムリア程の高水準の国家でさえ、『海賊が存在する』とも言えるが…… 「何人かは生かしておけよ? 情報を得なければならんからな」 どうせ一族郎党ともども処刑だろうが。 帝國は旧レムリア王国の法、その大半を引き続き旧王国内で適用している。 そして王国刑法では、海賊行為は『本人のみなならず家族も処刑される』と定められていた。 「……隊長、そういう事は先に言って下さいよ」 副隊長が一応そう突っ込む。 だがそんな事は、皆はなから承知している。隊長も立場上、一応指示しただけだろう。 ……事の後では意味が無いが。 「騎士様、御苦労様です」 船長が揉み手でやって来た。 「……その『騎士様』ってやめていただけませんか? 私は平民ですよ?」 「? しかし、隊長様は将校様なのでしょう?」 「ええ、まあ……」 『特務』中尉ですけどね。 内心でそう付け加える。 特務中尉には、本来なら兵の指揮権など無い。 だが特務砲術科では少し話が異なる。特務の少尉や中尉が普通に兵を指揮しているのだ。 これは少尉〜中尉級では、特務の士官の方が圧倒的に指揮統率力が上だからである。 特に小部隊で各艦に派遣される特務砲術科にとって、これは無視できない利点であろう。 それだけではない。 特務砲術科では。将校は無能で左遷されたか失敗して左遷されたかのどちらかなのである。 例外として、所属する組織に見切りをつけ新天地に賭けた優秀な連中も存在するが、数としては少数派である。将校の数そのものも、規模からみて少ない。 そのため特務砲術科は、下士官や特務士官を積極的に活用していった。いや、せざるをえなかったのだ。 海軍の内規などまるっきり無視である。 特務砲術科は優秀な他科の下士官を口説き、盛んに引き抜いていく。 こうして多くの優秀な下士官……はさすがに大袈裟だが、それなりの数の下士官が特務砲術科に転属していった。 その規模は、『特務砲術科に転属希望の下士官などいる筈もなし』と高をくくっていた海軍人事局を慌てさせた程である。 この隊長、大久保海軍特務中尉もその一人だ。 彼は特務少尉時代、吉良大佐(当時)直々にスカウトされた。 『仮にも一組織の長自ら勧誘を受けるとは! 男子の本懐とはこのことである!』 そう感激した彼は、彼を慕う下士官兵達と共に特務砲術科に移籍した。 彼は短期の転換教育の後、駆逐艦機銃群の隊長を命じられ、その駆逐艦に搭乗する特務砲術科40余人、その全てを任された。 特設機銃群指揮官。 その責任は重いが、それだけ権限があるともいえ、実に『遣り甲斐のある』仕事であった。 特務砲術科が兵を大事にする科だということも気に入っている。 その証拠の一つが彼等の来ている皮鎧だ。 この皮鎧は、艦に乗り込む将兵全てに支給されるものであるが、皮鎧としてはかなりの『上物』である。 手甲・足甲も支給されており、これを着込めば致命傷を負う確率は大分低くなる。 さすがにあの足柄での爆風は防げなかったが、それでも鎧のお陰で助かった――少なくとも命はあった――者も少なくないだろう。 とはいえこの二年ほどの間で、一緒に転科した部下の半分程が他の部署に配属されていってしまった。 これは寂しいが仕方のない事であろう。彼等もそれぞれ責任ある役につき、頑張っている様だ。 今回の『海賊狩り』は、メディチ家の強い要請により実行された。 以前から消息不明となる商船の多いこの海域、ここは海賊の『狩場』なのではないか? と疑ってのことである。 結果は大正解。 海賊は存在し、見事囮に引っ掛かった。 後はアジトを聞き出し、一斉検挙するだけだ。 特務砲術科は捕虜から情報を聞き出し、無線で連絡する。その後(検挙)は特別陸戦隊の仕事である。 「???」 挨拶を済ませた船長が、よく分からなさそうな表情で去って行った。 身分制度のはっきりしているこの世界では、将校が騎士でないこと、ましてや特務士官と兵科士官の区別など理解できないのだろう。 「……しかしこの海賊、随分良い砲をもっていますなあ。正直信じられません!」 副隊長が、疑問を呈する。 「砲を持っているだけでも驚きですが、これ程の物とは…… 最新ではありませんが、現在も王国軍で使っている奴ですよ? 一体何処で手に入れたのだか」 「横流しか?」 「かもしれません。王国滅亡のドサクサに紛れて」 「しかし、それにしては随分船に馴染んでいるようだ」 隊長の指摘通り、据付部のネジや釘そして金属部は、其の大砲がかなり前からそこに存在することを雄弁に物語っている。 「まさかそれ以前から? だとしたら大問題です!」 隊長と副隊長が砲を囲んで話していると、彼を呼ぶ声が聞こえた。 「隊長!」 兵の一人が自分を呼んでいた。目端が利くので、日頃から目にかけている兵だ。 「何か?」 「このような物を見つけました! 壁の一部が二重になっており、その中にありました!」 「でかした!」 それは、紋章が描かれた金属板だった。文字も描かれている。 「これは…… レムリア王家の紋章ですね!」 副隊長は驚愕の声を上げる。何故海賊がこんな物を。 「……この事は船長達には隠しておけ」 何か嫌な予感がする。 その予感は当たった。 持ち帰った金属板は、重大な事実をレムリア方面艦隊司令部にもたらすこととなる。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【6-1】 彼等の持ち帰った金属板、それは艦隊司令部に一寸した騒動を巻き起こしていた。 有り体に言えば、『何故こいつらがこんなものを持っていたのだ?』という一言に集約される疑問ではあったが、そこから想像されることはどれも歓迎されぬ物ばかりだったのだ。 騒動といえば、彼等の装備にも疑問が湧き上がる。 彼等は大砲――それも王国海軍で未だ現役の型――を複数保有していたが、これはちょっとした問題であろう。 レムリア王国は、法で民間船の武装を厳しく制限していた。 (無論現在も、である) 外国との通商目的の船ならば、自衛用に武装が許される場合もあるが、其の為には非常に厳しい身元審査を必要とする。 海賊がこれに通るとは思えないし、仮に無断搭載したとしても、入港時の立ち入り検査の際に隠しきれるものではないだろう。 第一、仮に許可を得たとしても、あの様な高性能の砲の搭載など許可される筈も無い。 『精々持っていたとしても、粗悪品か旧式の中古品を1〜2門』 それが艦隊司令部での推測だった。 だが突きつけられた現実は、その推測を否定していた。 彼等が保有していた大砲は8門。 砲身には良質の鉄が使われている。その仕上げも丁寧で、『粗悪品』どころか『優良品』である。 型式も、未だ王国海軍で主力として使われている型であり、『旧式』とは程遠い。 それ程使い込まれておらず、『中古品』ですらなさそうだった。 これ程の砲、連中は一体どうやって手に入れ、かつ今まで隠し通してきたのだろうか? 王国の管理体制は、それほどまでに杜撰だったのだろうか? ――だとしたら大問題である。 王国の全てを、一から洗い直さなければならなくなるからだ。 帝國はレムリア進駐にあたり、王国の体制を全面的に信用し、その上で統治計画を練っていた。 その前提が崩れれば、それこそ一から計画を組み直さなければならないのである。 旧王国政府の保有する各種資料についても、その価値が激減する。帝國は自力で資料を作成しなければならなくなるが、その労力たるや…… 海賊に対する認識についても、根本から改めなければならないだろう。 方面艦隊の負担も並大抵のものではなくなる。はっきりいって、現有戦力ではこの海域を守りきれなくなる危険すらあった。 もしこれが『旧王国海軍の残党』というのならばまだ話は分かるのだが、残念ながらそれは既に否定されている。 海賊の正体は某海運会社。 会社といっても船は捕獲した1隻のみの小さな会社で、保有者は八つ程の漁村を束ねる網元。その地方ではちょっとした名士だ。 彼は、漁船の他1隻の大船――つまり今回の海賊船――を保有しており、これを元手に海運会社を営んでいた。 【6-2】 特別陸戦隊と地元警備隊が急行し、網元の館と配下の村々を包囲する。 村ぐるみの可能性が大きいと判断されたからだ。 (事実、海運商事の社員には多くの村人が名を連ねていた) 網元は、館が包囲されているのを見て悟ったのだろう。一家全員が自害して館に火を放つ。 実に正しい判断だ。 どうせ逃げられないし、降伏してもいいことは無い。それこそ早く死んだ方がマシというものである。 ……だが村人にはそれ程の覚悟は無かったようだ。 自害したものも少なからず存在したが、多くは生きたまま捕まった。 彼等にはこの後、ロクな未来が待っていないだろう。 ……海賊に同情する者などいやしないが。 この大捕り物の数日後、金属板の真贋を鑑定するために旧王都に派遣していた参謀が、方面艦隊司令部に戻ってきた。 「で、どうだった?」 「残念ながら本物でした」 「……それはそうだろうなあ」 その返事に、司令部には落胆の雰囲気が流れる。 考えてみれば、海賊がそんな物の偽物をもっていたとしても余りメリットは無いだろう。 何故そんな物をもっているかは置いて、の話ではあるが。 「ですが、どうやら彼等は海賊では無い様です」 「? 現に船を襲うとしたではないか?」 船を襲うのは海賊だ。 「いえ。それはそうですが、『我々が捜索していた海賊では無い』という意味です」 「と、いうと?」 「彼等は『影の直参』です」 王国成立時、レムリア王家は一部の家臣をその配下共々各地に土着させた。その地域の治安の要とするためである。 あの網元もその一人だったのだ。 「あの武装もそのせいでしょう。内務省の記録で確認しました」 「初耳だぞ! 何故、そんな重要な情報が入ってこなかったのだ? 総督府は何をやっていた?」 参謀の一人が詰問する。 しかし旧王都に派遣された参謀は肩をすくめて答えた。 「それは仕方がないでしょう。一体どの位、確認すべき書類があると思っているのですか? とても一朝一夕には無理ですよ。王国の全体像を把握できるまでどのくらいかかることやら」 「現地採用の役人共はどうした! これはサボタージュだ!」 「彼等も驚いていましたよ? 土着して数百年、太平が続きとっくに形式化しているものと考えていた様ですから」 「では何故海賊の様な真似を? 同じレムリア船だぞ?」 「おそらく彼等にとって、ボルドーは既に敵、裏切り者なのでしょうね」 そして皮肉にも、王家のために勇んで出撃した『最初の出撃』が『最後の出撃』となってしまった。 まあ欲に目がくらみ、ドサクサに紛れてという可能性もあるが。 「彼等の処置、総督府は何と?」 司令長官が尋ねる。 海賊では無いのなら、もしかしたら罪が軽くなるかもしれない。前例もある。 正直、司令長官はどうもこの世界の残虐な刑には馴染めなかったのだ。 「……『海賊として法に照らして処罰する』だそうです」 総督府の立場としては、海賊行為を奨励する様な真似が出来る筈が無い。 全てを覆い隠し、彼等は『罪を重ねた海賊とその家族』として処刑される。 「無関係の者も大勢いるのだろうな」 「仕方がありません、閣下。彼等はそれだけの罪を犯しました」 そう。『知っていて何もしなかった罪』『その結果、国の安定を損ねようとした罪』、そして『帝國に逆らった罪』。何れも重罪だ。 「他の『影の直参』については、総督府と陸軍が対処するそうです。まあ大半が既得権益化しているものと思われますが」 「『ついては』? 他にも何かあるのか?」 「はい。行方が分からなくなっているレムリア海軍の動静ですが、一部明らかになりました」 「!」 先日、レムリア海軍の大物の一人が恭順してきた。貴重な情報を携えて。 彼によると、どうやら『海軍はまだ負けていない』と考えているらしい。負けたのは陸軍と考えているのだ。 「……それはまた」 司令長官は呆れた。 帆船で何をしようというのだ? 第一、港はもう抑えているのだぞ? 「ですが油断は禁物です。レムリア海軍は帝國が転移する前から、『王国占領後の戦い方』を研究していたそうですから」 レムリア海軍は、早くから王国が占領された状態での戦い方を研究していた。 海軍の存在意義を王家にアピールするのが主な理由ではあったが、それが十代程前の王の興味を引いたのだ。 その結果、少なからぬ予算を王家の私費――秘密保持のため――から毎年与えられ、研究が実行に移されることになった。 基本は通商破壊、大陸外からくるであろう敵の補給線を撹乱する。 そしてそれを支える秘密基地。 (既存の港は制圧されて使えないであろう事は、容易に想像できた) 更には情報収集等各種工作任務のための王国各地の拠点、それらを結ぶ連絡・通信網。 「どうやらレムリア海軍は、他の列強と手を結んでいる様で、『足柄』の件も連中が手を貸した疑いが濃厚です」 確かにそうすれば列強の工作も格段に難易度が下がる。 「何だと! それは本当か!」 司令長官の目が細まった。 「どこまで関わっているのかは不明ですが、無関係とはいえないでしょう」 「連中の秘密基地の位置は?」 長官はあくまで穏やかな声で尋ねた。 「それは……」 言いよどむ、長官は聞いてどうしようというのだろう? まさか…… 「大佐。私が尋ねているのだよ?」 「判明した秘密基地は一箇所だけです。他にもある可能性が……」 その大物も一箇所か知らないそうで、全てを知るものは存在しないらしい。念の入った事だ。 その一つだけかもしれないし、他にもあるのかもしれない。疑えばきりが無い。 「それで十分だよ。大佐」 「…………」 「私に何度同じ質問をさせる気だね?」 「……ゲヘナ島です。小島ですが、大規模な地下施設が存在するそうです。 ですがその制圧任務には、一航艦が……」 「有難う、大佐」 司令長官はにっこりと笑うと、彼の口の前に手の平を出して黙らせた。 そして副官に命じる。 「俺の指揮下の部隊で手隙のものを集めろ! 陸兵もだ!」 新たなる戦いが始まろうとしていた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【7-0】 ここ旧王都では、盛大な式典が催されている。 帝國主催の『レムリア併合記念式典』だ。 ……それにしても、いつまでも『旧王都』では具合が悪い。 旧王都にも名位はあるだろうに、とも思う。 確かに、旧王都にも名位はある。ある、が…… 旧王都の正式名称は『レムリア』。 つまりレムリア王国王都の名は、王国そのものの名と同じだったのだ。 ややこしいことこの上ない。 だから誰もが『王都』と呼び、誰もレムリアとは呼ばなくなった。 公文書でさえも『王都』と記しており、『レムリア』と記す場合は国全体を表していた程だ。 これは現在も続いている。 帝國は、王都の名前をそのままとしているが、やはり誰もが『王都』と呼び続けている。 旧レムリア王国平民の感覚からすれば、レムリア総督は『王』であり、王のいる所は『王都』なのである。 『植民地』『属国』といった感覚は無い。 学のある方々ならばともかく、大多数の無学な平民――それでも簡単な読み書き計算くらいはできたが――などにとって、『そんなこと』は自分達の生活が悪くならない限りどうでも良いことだったのだ。 貴族達も王都に戻り、彼等の生活も元に戻った。だからとりあえず不満は無いのである。 この不思議な感覚に、帝國は最初大いに困惑した。 理解できなかったからだ。 しばらく悩んだ末、帝國は、『この世界の平民には未だ祖国・国民という概念が無い』と結論づけ、平民に対する工作の重点を『現状の維持』においた。 決して『向上』では無い。平民は変革を嫌うという事も判明したからだ。 (ボルドー人の独立意識は、どちらかといえば地域対立的なものであり、かつ限定された狭い地域での話である) 話はそれたが、帝國ですら公式文章には『旧王都』と記している。 遠い未来はともかく、当分は『旧王都』と呼ぶしか無さそうだ。 ……それはそうと、式とは無縁の王都住民達も城下で行われている盛大な祭りを楽しんでいた。 ボルドー商人が差配し、様々な催しを行っているのだが、さすがにやる事にそつが無いといえよう。 【7-1】、 今回の式典は、帝國にとって初の桧舞台――この世界における――である。今までの『田舎芝居』とは訳が違う。 何しろ、列強諸国を始めとする世界主要国の大使が式典に参加しているのだ。失敗は許されなかった。 総督府(旧王城)で行われている式典の参加者は以下の様に大別され、この区分けに従い整列している。 @帝國本国人のグループ 帝國レムリア総督府高官(文官)、帝國レムリア派遣軍高官(武官)のことである。 他にもスコットランド王国(ダークエルフの国)やマケドニア王国(獣人の国)の使節団もこのグループに含まれている。 A帝國邦國のグループ ロッシェル王国を筆頭とする邦國の使節団である。 B旧レムリア王国諸侯及び政府高官 これから併合されるレムリア王国の要人達である。 諸侯は邦國の王として、高官は総督府傘下の行政府等政府機関の高官として、実質的な国家運営を行う。 (このため、総督府は非常に小規模であった) 彼等は各地方別――中央及び東西南北別――に分かれて整列している。 C帝國を盟主と仰ぐ同盟国 大陸同盟諸国やこれから『大同盟』に参加しようとしている国々である。 ――ここまでが帝國側のグループである。 この他に…… D列強諸国とその陣営の諸国 列強諸国とその傘下の国々である。彼等は反帝國に限りなく近い。 E中立国 数は少ないが僅かに存在する国々である。彼等は原則としてどの国にも与さない。 以上が参加者の大まかな区分けである。 実に様々な国々が参加しており、帝國の威信を示す良い機会とも言えよう。 特に、帝國陣営の国々の多さは、帝國がこの世界における一大勢力となった――或いはなりつつある――証であるし、邦國の多さは帝國が『超大国』へと向かいつつあるいる証であった。 ……だが、見過ごせない点も幾つかある。 まず帝國陣営の国々が増えた結果、その国々の中にも『派閥』が出現しつつあった。 例えば邦國では、旧レムリア諸侯からなる邦國とロッシェル王国を始めとする邦國に二分されている。 (この上更に旧レムリア諸侯からなる邦國は、地域別に分かれて睨み合っていた) 次に今回のレムリア諸侯領邦國化により、帝國はその対外制度のみならず国内制度すら揺さぶられていた。 今まで帝國は、邦國となった国々の王に爵位を与える際、人口が百万以上ならば帝國伯爵位、十万以上ならば帝國子爵位、十万未満ならば帝國男爵位と大雑把に定めていた。 これに様々な要因を吟味し、爵位を特例として上げたり下げたりしていたのだ。 しかし、レムリア諸侯の参加により邦國の数は一気に増えた。 帝國国内の新聞では『邦國壱千』を呼号している程で、到底今までのような大雑把な制度では対応出来ないことは明白だった。 (制度や組織などというものは、歳月や頭数の増加と共に自然と複雑化していくものなのだ) 諸侯に準じる上級士族達への慰撫も考えれば、到底現在の五爵では足りない。爵位制度そのものを変える必要があったのだ。 ――――そこまでする必要があるのか? そういう声も国内では大きい。 だがそうした方が、『いろいろやり易い』のも事実であった。 第一、元手は只なのだ。ならば使わぬ手はあるまい。 幸い帝國には爵位から漏れた名族も多い。ついでに彼等にも授ければ、これから何かと便利だろう。 当然与えるのは爵位だけであり、富は伴わない。 ならば問題ないだろう。そう帝國は判断した。 後は爵位の価値を守る為、宮内省に爵位を厳重に管理させればよい。江戸時代の様に、不行跡があれば容赦なく爵位の剥奪・降格を行わさせるのだ。 ……帝國の貴族制度や爵位に対する考えなどその程度、所詮『道具』に過ぎなかったのである。 【7-2】 式典も佳境に入り、いよいよメインイベントである爵位授与と領地授与――大半は所領安堵だが――が行われる。 「ムラン侯爵!」 真っ先に軍務卿が呼ばれる。 この式典は論功賞も兼ねており、功第一の彼が真っ先に呼ばれたのだ。 「ハッ!」 「旧レムリア王国ムラン侯爵、貴公にムラン領安堵の他リヨン地方全土を与え、両国の王に封ず。それに伴い、帝國侯爵位を与える」 「有難く存じます」 周囲からざわめきが上がり、羨望の眼差しが集中する。 リヨン地方の人口はムランの倍以上で、税収もそれに比例している。 つまり軍務卿の領地は一気に三倍以上になったのだ。 (これにより、彼は一躍レムリア有数の大諸侯となる) 末席の重臣達(ムラン侯の)は満足そうな顔である。 何しろ主君の加増は自分達の加増にも繋がるのだ。主君からの分け前について、今から皮算用でもしているのだろう。 だが、軍務卿は一人難しそうな表情をしている。 皮肉なことに今回の大加増がその原因だった。 新領地の経営は難しい。 只でさえ難しいのに、今回は自領の倍以上の規模である。下手したら飲み込まれかねない。 ……しかも飛び地だ。 軍務卿は顔を顰めた。 レムリア中央でも王都からも近い位置にあるムラン。 だがリヨンは王都から遠い北方にある。ムランとリヨンは直線距離でも数百キロあり、とても統一して統治できないだろう。 分家するしかないな。 そこまで考え、溜息を吐く。 自分の代は仕方が無いが、長男にムランを継がせ、その他の子供達にリヨンを分割して与えるのが最善だろう。 ……優秀な家臣を多数分散させる羽目になるが。 まあ帝國としても、さすがに王都近くに大領を与えたくなかったのだろうな。 これからの苦労を考えると、無邪気に喜ぶ重臣達が羨ましかった。 【7-3】 その後も式は進む。 軍務卿に次ぐのはガリア公爵、そしてトスカーナ大公爵。 ガリア公爵は帝國侯爵位を与えられ、名実共に東方諸侯筆頭となった。 トスカーナ大公爵も帝國侯爵位を与えられ、南方諸侯筆頭及びレムリア最大諸侯の地位を不動のものとした。 だが、その過程はまるで異なる。 ガリア公爵が東方諸侯をまとめあげ、東方諸侯全体の地位を保全・押し上げたのに対し、トスカーナ大公爵は周辺の反帝國の意を示す中小領主を攻め、その領地を併呑した。 その名目は『逆賊征伐』。 トスカーナ大公爵は戦果を誇らかに帝國に伝えた。 そして帝國もそれを認め、征討した領土の数割を与えた。 ガリア公爵と比べて余りにも『阿漕な』やり口に、帝國内でも眉をひそめる者は少なくなかったが、咎める理由は存在しない以上、その『火事場泥棒』的なやり口を認めざるをえなかったのである。 とにかくこうして中央諸侯筆頭ムラン侯爵、東方諸侯筆頭ガリア公爵、南方諸侯筆頭トスカーナ大公爵の三者が帝國侯爵位を与えられ、レムリア三大諸侯となった。 それに漏れたのが北方、西方諸侯である。 北方諸侯については、大陸同盟と国境を接しているせいか有力諸侯が多く、誰が筆頭かで揉めていたため、侯爵位は『保留』となった。 帝國が決めない限り永遠に保留となりそうだが、国境争いや紛争調停ならともかく、帝國には彼らの下らない揉め事に首を突っ込む気などさらさら無かったのだ。 西方諸侯については少々事情が複雑である。 なんと、『西部地方だけでもレムリア王国として存続させて欲しい』と西方諸侯の半数程が願い出たのだ。中には式典に参加しない者までいた。 ……彼等は情勢を理解しているのだろうか? 帝國にも面子がある。そんな事は決して許さないだろう。 この式典が終われば即刻最後通牒が手渡される筈だ。 レムリア諸侯の大半が恭順したとはいえ、未だ帝國は全てを掌握したとは言い難かった。 【7-4】 結局、三大諸侯の他に加増されたのは東方諸侯のみであり、大半は所領安堵か僅かな加増に止まった。 ……まあ特に功績も無いので妥当ではあるのだが。 だが列強使節団(旧駐在大使)は、帝國の論功賞に唖然としていた。 帝國の『気前の良さ』に驚いていたのである。 帝國は領地が惜しくないのか? そう思えるほど帝國は無造作に領地を与えていったのである。 特に東方の旧王国直轄領の大半――主要都市とその周辺を除いた全て――を東方諸侯に分け与え、大いに東方諸侯を喜ばせていた。 ……やはり驚いているな。 典礼参謀は列強使節団を見て笑う。 かつてと異なり、現在の帝國はそれ程領地に執着していない。 (第一、現状ですら手に余っている程なのだ) 領地経営などという『面倒臭い事』は諸侯に押し付け、帝國はその上前をはねる。それで良い。 しかしそれにしても、レムリア併合は厄介事ばかり持ち込む! そう思わずには言われない。 レムリアという大国の併呑は、帝國に様々な影響をもたらしている。 大陸政策と軍事制度の大転換、挙句の果てには爵位制度の大幅見直しだ。 これでは本末転倒というものだろう。 厄介事はそれで終わりではない。 レムリア併合とレムリア諸侯の邦國化に対し、大陸同盟諸国が不安を抱き始めたのである。 『邦國と同盟国とでは邦國の方が立場が強いのではないか?』 そう危ぶんでいるのだ。 まあ折角逆転しかけた関係が振り出しに戻りかねないのだ、彼等の気持ちも分からないではない。 とは言うもののそのせいもあってか、最近大陸同盟所属の一部の小国に、帝國に対して領土献上を献上しようとの動きがある。 つまり、『我々も邦國に』という訳だ。 ……勘弁してくれ それが帝國の本音であった。 レムリア併合により、邦国の数は800を超えた。『邦国壱千』もあながち誇張ではない。 これ以上はとても管理しきれない――現状ですら怪しいが――のだ。 西方諸侯の問題といい、旧王国海軍の問題といい、本当に厄介ごとだらけだ! 国を統治するとはそういう事だと理解はしていても、だからといって納得できる訳ではなかったのである。 【7-5】 式典も終わりに近づき、いよいよ最後の『しめ』ともいえる儀式が執り行なわれようとしていた。 会場では北東ガルムのドワーフの使者が謁見を賜っている。 しかもその使者は、北東ガルムの『ドワーフ王』というべき大族長だった。 大族長自ら出向くなど前代未聞のこと、それを知るどの出席者も目を丸くしている。 帝國が順調に北東ガルムを統一しつつあることを内外に喧伝する格好の材料だ。 正に帝國の権威を誇示するに相応しい、式典最後の『しめ』に相応しい儀式と言えるだろう。 「総督殿下にお目にかかれ、光栄に存じます」 大族長が恭しく述べる。 「心ばかりの品、どうかお収め下さい」 目録を受け取った典礼官――典礼参謀ではない――がそれを読み上げた。 「イェローリル10枚。  オイルーン100枚。  オリハルコン100枚。  ミスリル100枚……」 読み上げる手が震えている。声もだ。 この世界の人間である彼にとって、その価値は十分過ぎる程分かっているからである。 他の者達も驚きの余り声も出ない。 なんだ? その量は!? 常軌を逸している。 恐ろしく貴重な、同重量の金塊の十倍・数十倍は高価な、いや比較する事自体が間違ってる程希少な魔法鉱石を、これ程までに。 ……一体何のつもりだ? 「テオドール。貴重な品、よく持ってきてくれた。礼を言おう」 幼い声が響く。 突然、総督が声を発したのだ。式典で初めてのことである。 「有難う御座います、殿下」 「これ程のものを、只でで貰う訳にはいかない。帝國の名誉に賭けて褒美を授けよう。何でも申すが良い」 その言葉に会場中が驚く。 だが、総督の側近と帝國高官の一部は驚かなかった。 「では……」 ドワーフの大族長が跪き、願った。 「我等、北東ガルムのドワーフも帝國の邦として頂きたい」 【7-6】 「我等、北東ガルムのドワーフも帝國の邦として頂きたい」 爆弾発言である。 今回の式典は驚きの連続であったが、これが一番の驚きだ。 誇り高きドワーフが、膝を屈する。 有り得ない! その場の誰もが混乱した。 何故だ? 一戦交えた訳でもない――それでも服従しないだろうが――のに? 「テオドール」 総督は周囲を気にせず問う。 「そなたの願いは分かった。だが一つ聞こう。そなたは『北東ガルムのドワーフ』と言ったな?」 「御意」 「ではもし、他の地方のドワーフと帝國が矛を交えればそなたは、いや『そなた達』はどうする?」 「帝國の矛、盾となり『敵』を討ちましょう」 他地方の同胞を『敵』と呼ぶか! 一体何があった!? 周囲の驚愕の視線。 だが大族長、いやテオドールはそんなものは気にもとめない。 ……お前さん方には分からんだろうさ。 そう、彼はただ北東ガルムの同胞の生き残りの為に決断したに過ぎない。 他の地方の同族にも呼びかけたが無視された以上、自分達の一族の生き残りのみを考えるしかなかったのだ。 他地方の同胞を切り捨てて。 彼は友人のエルフとの会談後、宝刀の一振りを携えてレムリア総督を訪ねた。この式典の一ヶ月以上前のことである。 やはり指摘された様に、『見世物』は嫌だったこともあるが、何より帝國に興味を持ったからだ。 彼は帝國本国への入国を願い出て、それを許された。 彼は他の族長数人と共に、帝國本国を一週間程視察することになる。 それは驚きの連続だった。 【7-7 一ヶ月程前 帝國本国、某製鉄所】 巨大な溶鉱炉。 そこから続々と出来上がる膨大な鉄量に、ただただ彼等は圧倒されていた。 なんという鉄量だ! ここだけで一体、一日にどれ程の鉄が作られる!? 『一日で、全世界の鉄の年間生産量を上回る量が作られる』 そういわれても信じるだろう。それ程大量の鉄が目の前で作られていたのだ。 一体どれ程で、有史以来、全世界で作られてきた量を上回るだけの鉄量が帝國で作られるのだろうか? 一年か? それとも…… そんな考えがふと頭に過ぎる。 その考えはそう間違えてはいない様に思えた。 「大族長! これは何ですか!? 私はこんなモノ、知りません!」 連れて来た仲間の一人が真っ青になって叫ぶ。 彼は北東ドワーフの族長の一人で、人間を馬鹿にしていた。が、それを全面的に改めなければならない事態に混乱していたのである。 『ここ』は彼等の、いやこの世界の常識からあまりにも逸脱していた。 そもそも鉄とは、物とは、このようにして作られる物ではないのだ! 断じてその筈だ! 「何という、物量……」 やはり連れて来た族長の一人が呻いた。 いままで彼は、自分達の作るものの『質』に絶対の自信を持っていた。いや、今でもそれは変わらない。 確かに作られていく鉄は、かなりの水準ではある。 が、それ以上の物を作り出す自信が彼にはあった。しかし…… 我々がそれを1作る間に、帝國はどれ程の量を作る? 千? 万? ……いや、それ以上かもしれない。 その絶対的な『物量』は、彼等の自信を、『質』を完膚なきまで粉砕した。 物を作ることにかけては誰にも負けない彼らだからこそ、『敗北』を痛感したのである。 ……そう遠くない将来、帝國はこの物量で北東ガルムの奥地にまでやって来るだろう。あの鉄竜車――鉄道のこと――で。 その時、我等はどうする? 戦うか? それとも…… この場の誰もが、そう自問した。 今まで見せられてきた物が、帝國最良の物だという事位は理解している。だが、それでも。 答えは決まりきっていた。 【7-8】 「そなたの忠誠、そなたの覚悟、しかと聞いた」 総督殿下の声が再び響く。 「我が名、我が名誉にかけて、その願いかなえよう。 そなたを北東ガルムのドワーフの王に封じ、帝國侯爵位を授ける。 以後、帝國に忠誠を尽くせ」 「ハハッ!」 実にいい『見世物』だ。 典礼参謀は笑いながら連中――列強諸国の使節団――を眺める。彼等がそわそわしているのは一目瞭然だった。 この後、連中は慌てて本国にこの情報を知らせるだろうな。 少し考えれば、この式が始まる前から既に合意が出来ていた事位分かる筈である。 でなければ、いかに総督殿下とはいえ王位を、ましてや帝國侯爵位まで授けることはできない。 ……まあそんな事はどうでもいい。 本当に重要なこと、それは北東ガルムのドワーフが、誇り高き彼等が、他地方の同族を『裏切って』まで帝國に屈したという事実だ。 それも戦わずして、である! この事実は、世界中の国々――それこそ人間以外の国々にも――に駆け巡るだろう。 そして誰もが知る筈だ。帝國が今まで現れたどの国よりも『強大である』ということを。 ドワーフを戦わずして負けを悟らせる程に。 これで『足柄』の件も帳消しだな。もちろん報復は行うが。 これからのことを考える。 既に連合艦隊第六艦隊が行動を起こしていた。近日中にでも列強諸国に対する『報復』が行われるだろう。 帝國海軍は今まで陸軍とは一線を画し、この世界に対してどちらかと言えば不介入的な立場をとっていた。彼等の敵は、あくまで米英――でなければ予算をとれない――なのだから。 だが今回の『足柄』の件で、帝國海軍の列強諸国に対する感情は急速に悪化している。 当初は第一航空艦隊と第一艦隊を動員し、列強諸国のどこか1国の沿岸部を灰燼にするという案まで出されていた程である。 ……さすがにそれは政治的にも燃料・財政的にも不可能な案だったが。 さて今回件、そして帝國の報復に対して列強諸国はどうでるかな? 帝國としても安穏とはしていられない。式典は大成功だが、これから片付けなければならない問題は山とある。 とりあえずは西方諸侯、そして旧王国海軍の残党だな。 頭の中で問題を整理し、優先順位をつけていく。 何れにせよ、列強諸国に対しては暫くは受身とならざる得ないだろう。癪な事だが仕方が無い。 そう結論付け、とりあえず列強諸国の件は保留とした。 この時、帝國海軍レムリア方面艦隊が動き出していることを彼は知らなかった。 そして北東ガルムのドワーフが帝國に降るという事件の重大性を、それが世界にどの様な影響をもたらすかということを、あまりに過小評価していた。