帝國召喚 第2章「グラナダ戦役」 【0 レムリア王国、王都王城】 レムリア王国。 世界九大文明圏の一つ『北東ガルム文明圏』最大最強の国家であり、この世界における列強にも数えられている程の強国である。 その王城では今、ある事件に直面していた。 「……ではグラナダ大公国は、本当に我が国と袂を分かつというのか?」 「はい。その様、まさに謀反も同然で御座いました」 駐グラナダ大使――既に元大使だが――は、怒りを隠し切れない様子でそうレムリア王に報告する。 グラナダ大公国は形式上こそ独立国ではあるが、実質的にはレムリア王国の保護国に過ぎない。 そのグラナダが突如レムリア王国に対し国交断絶を宣言。大使を追放したのだ。 大事件と言って良い。 グラナダ大公国は小国であり、とても列強レムリア王国に敵う筈が無い。だからこそ今まで屈辱的な仕打ちにも耐えてきたのである。 それが、この豹変。 誰もが耳を疑った。 「突如として大使館にグラナダ兵どもが押し入り、『グラナダ王国はレムリア王国と国交を断絶した! 大使以下、レムリア人は至急出国せよ!』と」 「グラナダ『王国』か、奴ら本気だな」 グラナダ王国とはグラナダ大公国の旧名だ。 しかも数代前のレムリア王により、「レムリア王国と同じ『王国』という称号はけしからぬ!」と、無理矢理『大公国』に変えさせられた経緯をもつ、因縁の名前でもある。 それを元に戻すというだけで、彼等の決意の程が分かるというものだ。 「陛下!」 軍務卿が進み出る。 「このままでは他の国々に示しがつきませぬ! 至急討伐軍を組織し、『逆賊』グラナダを討ちましょう!」 軍務卿の言葉に、周囲の廷臣達も一様に頷く。 だが…… 「陛下、お待ち下さい」 外務卿が進み出て異を唱えた。 「外務卿! 貴様グラナダ如きに臆したか!」 「相手はグラナダだけではない!」 軍務卿の罵声を怒声で制す。 「グラナダ如きが、単独で我々に対抗しようなどと考える筈もなかろう! グラナダの背後には『帝國』がいる!」 その言葉に周囲はハッとなる。 帝國とは、数年前突如として『海の果て』に現れた謎の国家である。 その後幾つかの小国を併合し、最近ではロッシェル王国までも併合している。 ……どうやらかなりの軍事強国であるらしい。 「帝國は各国に対し、活発な外交工作を行っております。おそらくグラナダも帝國に篭絡されたのでしょう。他の傘下諸国にも動揺が見られますので、何らかの引き締めが必要かと愚考しますが……」 グラナダを虐め過ぎたからこうなったんだよ。他の傘下の諸国とて話は同じだ。 外務卿はそう思いながらも、それを口に出す事は出来なかった。 「今北東ガルムにいる帝國軍は、ロッシェルに駐留している軍だけではないか!」 「我が国よりも帝國の方が強いとでも言うのか!?」 たちまち外務卿に対する非難の声が上がる。 だがそれでも、外務卿は説得を試みようとする。 「諸卿、帝國やグラナダだけが相手ではありませぬぞ! 帝國はロッシェルばかりか、大陸同盟までをも半ばその手におさめています! 帝國という盟主が存在する以上、最早大陸同盟は『張り子の虎』ではありませぬ!」 ……実際に大陸同盟が動くかどうかは、まだ半々といった所だがな。 外務卿は心の中で付け加えた。 大陸同盟諸国は今回のグラナダに対する帝國の行動を見極めるため、動かない可能性が高い。だが『動かない』とも言い切れない。 しかしこの『脅し』も効果は無く、かえって嘲りの声が周囲に満ちた。 「……大陸同盟に何が出来るというのだ?」 「仮に動いたとしても北方総軍単独で撃破可能だ!」 「これを機会に北東ガルムを統一する良い機会ではないか!? 何を恐れる!」 外務卿も必死に反論し、この論争は長期戦になるかにみえた。 が、論争は突然中断される。 レムリア王が怒りの余り、手にしていた杯を床に叩きつけたのだ。 「帝國め! ロッシェル如きに勝った位でいい気になりおって!」 その顔は憎悪で染まっていた。 「外務卿! 卿には悪いが、余を馬鹿にした帝國とグラナダには罰を与えなければならぬ! これは決定だ!」 「……御心のままに」 こうなっては何を言っても無駄である。外務卿は説得を諦めた。 「軍務卿!」 「ハッ!」 「至急グラナダ討伐軍を組織しグラナダを討て! 皆殺しだ! 帝國がもし援軍を送れば、これも討て!」 「御意」 レムリア王国の意思は、ここに決定された。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【1-1】 秘密協定により、帝國にはグラナダ王国に援軍を送る義務がある。帝國は至急派遣軍を組織し、グラナダに送らなければならない。 だが不思議な事に、グラナダ王国の独立宣言時には既に前遣隊が到着しており、本隊も近日内に到着する予定であった。 グラナダ王国派遣軍は陸軍第二師団を主力とし、これに野戦重砲連隊、戦車連隊、独立機関砲大隊、独立速射砲大隊等の部隊を加えた『軍』である。 軍司令官には帝國陸軍中将、山下奉文。 総兵力は3万弱。 また海軍からは陸軍輸送船団護衛部隊の他に、第一航空艦隊が参加している。 第一航空艦隊の任務は『上陸時及び上陸後の支援』であり、飛行場完成までの間、派遣軍の『傘』を務める。 この素早い行動は、一見早くから準備していた計画的犯行の様にも見える。 しかし実際のところはあまりに急な決定であり、その後の過程も実に泥縄的なものであった。 山下中将が軍司令官任命後最初に発した言葉――グラナダ王国って何処だ?――の一言が、その全てを象徴している。 ……余談ではあるが、この後配属された参謀達と『世界地図』を広げて探したが、とうとう『グラナダ王国』を見つけることが出来なかった。 これはその地図があまりにも不正確だったためだ。 (ちなみにこの世界地図は国名と大雑把な形しか記入されておらず、グラナダはレムリアの一地方として描かれていた) 驚くべき事に、帝國はこの時期になっても未だ正確な世界地図を保有していなかったのだ! ……もっとも他の国々とて同じことではあるが。 これは測量技術が未熟なせいもあるだろうが、群雄割拠のこの世界においては『世界規模の測量』など到底不可能なことが根本的な理由である。 そんな訳であり、駆逐艦でグラナダに急派された前遣隊の最初の仕事は、『グラナダの正確な地図を貰うこと』であった。あったが…… 「……これは?」 「我がグラナダ王国の地図ですが、何か?」 派遣軍参謀の疑問に、グラナダ王国の将軍は当たり前のように答える。 ……これが? 派遣軍参謀は、その『地図』を凝視する。 それはまるで『子供の落書き』であった。 等高線もなく山や川、町村の名前が位置とともに記されているだけ。名前の無いものすらある。 その位置も実に大雑把で実に怪しい。 聞いてみるとやはり距離や位置はアテにならないそうだ。 「その地域を熟知していれば地図なんていりませんよ。地図なんて飾りです」 グラナダ王国将軍は暢気に笑う。 (後で分かった事だがこの地図は本当に『飾り』で、王の間に飾ってあったのを剥がして持ってきたらしい。作られたのも何十年も前だそうだ) そんな地図に何の意味がある! 心の中で罵倒しながらも『この地図を同僚や指揮官達に配り、白い目で見られる自分』を想像して、目の前が真っ暗になる。 どうする!? まともな測量をする時間などある筈もない。 とりあえずその地域に詳しい案内人を用意してもらい、あとは海軍の偵察機による写真撮影で凌ぐしかないだろう。 今後の事を考え、参謀は溜息を付く。 今回の作戦はただ勝つだけでは済まない。 この世界における列強が一つ、レムリア王国軍を完膚なきまで叩きのめすことを要求されているのだ。 派遣軍司令部結成時にやって来た参謀本部の某参謀殿は、次のように彼等に言い放った。 「諸君らには精鋭師団を与え、その他の部隊も惜しみなく与えた。重砲、弾薬もだ。当然大勝利を期待している。それ以外の言葉は聞きたくない」 その言葉に、場は一瞬静まりかえる。 ……『大』勝利でなければ、今後の軍隊生活は素晴らしいことになりそうだ。 とはいえ、参謀殿の言葉は正しい。 現在帝國との同盟交渉を行っている国々は、今回の戦いを注意深く見守っている筈だ。 この戦いの結果如何によっては同盟の話も無かった事になってしまう。帝國はこの戦いにおいて、彼等の盟主に相応しい勝利を上げなければならないのだ。 彼の責任は重大である。 【1-2】 その夜、参謀は輸送時に世話になった駆逐艦長と酒を飲んでいた。 やるべき事は山程あったが、飲まずにはいられなかったのである。 自棄酒だ。 問題は地図だけではなかった。今日1日で、グラナダ王国軍は戦力としてまったく頼りにならないことが判明したのだ。 グラナダ王国軍は、話に聞くロッシェル王国軍とは比べ物にならない程練度が低く、到底戦争には使えない。 どうやら派遣軍は単独で戦うことになりそうだ。 「何も陸軍さんだけじゃあありませんよ」 参謀の愚痴を聞いていた駆逐艦長は、苦笑いをしながら話す。 「実はね、海軍もまともな海図を持っておらんのです」 帝國はこの世界に転移してから各海域の測量を行っている。 だが測量船の数はあまりにも少なく、測量すべき海域はあまりにも広かった。 つい最近ようやく本土周辺の海域の測量が終ったが実に大雑把なものであり、未だ大型船舶については座礁の危険性があるという。 外洋に至っては一層話が深刻だ。 資源を運ぶ重要航路以外は全くの手付かずなので、艦隊に測量艦が同行する羽目に陥っている。艦の座礁も1度や2度ではないらしい。 「この世界の水先案内人も参考程度にしかなりません。なにせ連中、せいぜい駆逐艦程度のフネしか持っておりませんから」 帝國もようやく重い腰を上げ測量船の大量建造に踏み切ったが、例の海軍大型艦更新計画のせいでバッサリと予算を削られて(流石にゼロにはならなかったが)しまった。 「まあ『大和』あたりが座礁すれば、いい加減上も目が覚めるのではないですか?」 駆逐艦長は笑いながらそう言って締めくくったが、その目は笑っていなかった。 ……確かに、笑い事じゃあない。泥縄なのは今回の作戦だけではなかったのか! 参謀は話を聞いて背筋が寒くなるのを感じた。 本当に帝國はこの世界の国々と事を構える覚悟があるのだろうか? そう自問せずにはいられない。今に大火傷をするのではないだろうか? 畜生。あの終わりの無い、底なし沼ような中国戦線からやっと足を抜け出したというのに。まさかまた同じ事を繰り返すつもりじゃあないだろうな? その後、二人は無言のまま酒を酌み交わした。互いに思う事が多過ぎたのだ。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【2-1】 グラナダ討伐軍拠点の一つ、ヒッカム基地は帝國海軍航空隊の強襲攻撃を受けていた。 「畜生、なんだこいつ等は!」 竜騎士の一人、ログニスは喚いた。 彼の周囲を固めていた6騎のワイバーンは既にいない。戦闘開始早々に撃ち落されたのだ。 周囲に舞っているのは敵の機械竜ばかりである。 最初はこっちの方が多かったというのに! 敵の戦闘型は恐るべきものだった。ワイバーン・ロードよりも高速であり、その『鉄の雨』は一斉射でワイバーン・ロードを防護結界ごと引き裂いていく。 爆撃型も油断できない。彼等は巨大な爆弾を抱えているにも拘らず、ワイバーン・ロードよりも高速で、その爆弾を抱えたまま次々とワイバーンを撃ち落していたのだ。下手をすればワイバーン・ロードでも危ないだろう。 これはもう戦争じゃない。ただの狩りだ。 ……我々は獲物でしかない。 『獲物』を探していたらしい1騎の機械竜が、こちらに向かってくる。 見つかったのだ! 逃げなければ! だが非情にも、その距離はどんどん縮まっていく。 自分よりも速い奴等からどうやって逃げればいい? その答えは浮かびそうになかった。 ……馬鹿な。 ヒッカム基地司令は真っ青だ。 こんな短時間に1個空中騎士隊が全滅だと!? しかも敵には全く損害を与えていない、文字通りの完敗である。 しかしそれ以上に、彼は別のことで衝撃を受けていた。 連中は何処から来た? グラナダにはまだ彼等の基地は無い。それは確かだ。 ……まさか、飛竜母艦からやって来たとでもいうのか? 連中の艦隊からここまで、優に500キロはあるぞ? ワイバーンの行動半径はカタログデータ上では240キロあるが、現実的には200キロがいいところだ。 それ以上になると、ワイバーンは急速にその体力を消耗していく。対地攻撃任務では一層その消耗が激しくなり、150キロが限界だ。 ワイバーン・ロードならその5割増しだが、ワイバーンとの混成出撃が常識であるためあまり意味が無い。 ……なんという事だ! 彼等の竜は、我々の3倍以上の行動半径を持つというのか!? 戦争が変る。 基地司令は呻いた。 500キロ以上という行動半径は、戦場に『後方』という言葉が無くなる事を意味する。もはや『安全』な場所など存在し無くなるのだ。 ワイバーンの存在価値も急速に低下するだろう。 10騎のワイバーンよりも1騎のワイバーン・ロードを必要とする、そんな時代が来ようとしていている。 それは新時代――とうてい歓迎できないが――の幕開けだった。 こうして対レムリア戦争(後のグラナダ戦役)は、帝國軍の先制攻撃により幕を開けた。 【2-2】 今回の作戦は3箇所の敵拠点(ヒッカム基地もその一つ)の撃破であり、第一〜三航空戦隊の艦載機が参加した。 その内、ヒッカム基地強襲を行ったのは第二航空戦隊の54機(艦戦18、艦爆18、艦攻18)である。 危険な強襲任務であるが、第一航空艦隊は自信を持って彼等を送り出した。 その理由は二つある。 一つは平均で1000飛行時間にも達する高い練度。 もう一つは新型機の実戦配備だ。 今回の作戦には、以下の最新鋭機が参加していた。 零式艦上戦闘機二二型。零戦の最新型である。 二一型と比べて全体の性能向上は僅かであるが、機首に2挺、両翼に各2挺の計6挺の新型12.7ミリ機銃を搭載している。 この新型12.7ミリ機銃は7.7ミリ機銃の『低弾道性と連射性』、20ミリ機銃の『破壊力』、そして『低コスト』を目標に陸軍と共同開発したものである。 二二型の攻撃力は7.7ミリ機銃8挺の二一型改と比べて、発射速度こそ3割程劣るが単位時間当たりの投射重量では二一型を大きく凌いでいる。 その結果、高確率で最初の一撃でワイバーン・ロードを倒せるようになった。 彗星艦上爆撃機。九九式艦爆の後継機である。 零戦を上回る高速と九九式艦爆を上回る搭載量を誇る。 また機首両側に新型12.7ミリ機銃、両翼に20ミリ機銃を各1挺ずつ搭載し、ワイバーン・ロードにも対抗可能となった。 両翼の20ミリ機銃は主に対地攻撃用であり、爆撃後も対地支援が可能である。これにより戦術の幅が大きく広がった。 ただ生産性・整備性が非常に悪く、今回は正規空母6隻に各1個中隊のみの配備(それでも全国からかき集めたのだ)に留まっている。 天山艦上攻撃機。九七式艦攻の後継機である。 速度が大幅に向上し、ワイバーン・ロードを振り切る事も不可能ではなくなった。 彗星『よりは』生産性・整備性が高く、九九式艦爆に奪われた空母主力爆(攻)撃機の地位を奪い返すという艦攻乗りの悲願を一身に背負っている。 その『軽爆』としての性能は陸軍からも注目されている。 以上3機種は次期主力艦載機として採用された機体であり、真っ先に第1航空艦隊に配属された。 これ等が今回の作戦に投入されたのだが、その結果は実に満足すべきものであった。 3箇所の基地は壊滅し、進出していた3個空中騎士隊も全滅した。これでグラナダ討伐軍の行動に大きく影響を与える事になるだろう。 これに対し我が方の損害は全部合わせても5機と極めて軽微だ。 この一撃により、空の主導権は帝國に大きく傾いたのである。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【3-1 グラナダ王国、東部海域】 グラナダ王国東部海域に多数の艦船が犇きあっている。第一艦隊と共に帝國海軍の双璧をなす第一航空艦隊だ。 第一航空艦隊は空母を中核とした機動部隊である。 その航空戦力の内訳は、 第一航空戦隊 「加賀」(艦戦18、艦爆27、艦攻18、計63機)「赤城」(同) 第二航空戦隊 「飛龍」(艦戦18、艦爆27、艦攻9、計54機)「蒼龍」(同) 第三航空戦隊 「瑞鶴」(艦戦18、艦爆36、艦攻18、計72機)「翔鶴」(同) 第五航空戦隊 「祥鳳」(艦戦24、計24機)「瑞鳳」(同)「龍鳳」(同) であり、その主戦力たる艦載機は定数だけでも艦戦180、艦爆180、艦攻90の450機(補用機、水上機を除く)に達している。 一見しただけで艦攻の少なさが目に付くが、これはやはり転移の影響である。 『雷撃を行う相手がいない』のだ。 この世界の船は最大でも駆逐艦級で、これではとても勿体無くて魚雷は使えない。 また地上部隊を支援するための対地攻撃が主流となり、海戦そのものが『従』に追いやられてしまった。これなら艦爆で十分事足りる。いや、かえって艦爆の方が使いやすいと言えるであろう。 この現実を前に、艦攻は軽空母から姿を消していく。 現在、正規空母ですらほぼ半減(1〜2中隊)され、代わりに艦戦と艦爆が増やされる。 もっとも艦攻の役割が完全に消え去ったわけではない。 艦攻は水平爆撃機として艦爆では不可能な大重量の爆弾を搭載できるし、哨戒・偵察能力でも艦爆を凌ぐ。 また『万が一』の事も有り得る。 細々とではあるが、これからも艦攻は母艦戦力の一つとして存在し続けること自体に変わりはなかった。 その母艦の大半を集めたのが、この第一航空艦隊である。 第一航空艦隊は空母9隻、戦艦「金剛」「榛名」「比叡」「霧島」、重巡「利根」「筑摩」、5500トン型軽巡2隻、駆逐艦24隻の計41隻からなる大艦隊だ。 また特に注目すべき点として、「秋月」型防空駆逐艦8隻(これは帝國海軍が現在保有する「秋月」型全て)も配属されていることが挙げられる。 これだけでもこの艦隊の重要性が分かるというものだ。 今回は更に、補給・支援船団とその護衛部隊までもが随伴している。 まさに世界最大最強の艦隊と言えるだろう。 【3-2】 「長官、第二次攻撃隊の被害がでました。零戦2、九九式艦爆8の10機喪失です。被弾は現在調査中です」 「10機! 第一次攻撃隊の倍ではないか!? 敵の飛竜は第一次攻撃隊であらかた撃破したのだろう?」 長官は第二次攻撃隊の損害に驚愕する。 「はい。ですが搭乗員の話では、敵の対空砲火が予想以上に激しかったそうです。それと……」 航空参謀は口篭る。 「あくまで未確認ですが、敵の対空砲火の一部がこちらの機体を追尾してきたそうです。零戦は之を振り切る事が出来たそうですが、九九式艦爆は……」 「ふむ。大尉、どう見る?」 長官は傍に控えていた陸戦隊の制服を着た大尉に尋ねる。 大尉は長身であり、褐色の肌と長く尖った耳を持っていた。日本人ではなさそうだ。 「おそらく対空用の『魔法の槍』でしょう。捕捉した生命体反応に向かって、自動追尾します」 暫く熟考してから大尉は答えた。 「『魔法の槍』? たしかロッシェルも使っていたヤツだな? しかしアレは自動追尾などしなかった筈だぞ?」 「いえ。ロッシェル王国のものも本来なら自動追尾します。ただ、ワイバーン級の大型生物の生命体反応でないと捕捉できなかったのです。ロッシェル王国軍は士気と練度こそ列強に匹敵しますが、魔法レべルでは数段劣りますから」 「対抗策は?」 「おそらく、反応感度を極限まで上げている筈です。その代償として、捕捉距離、射程距離ともに短くなっているでしょう。超低空飛行を行わなければ大丈夫です」 「では急降下爆撃は危険だな」 「魔法の槍は低速です。『彗星』なら振り切れるでしょう」 大尉の言葉を聞いた長官が、航空参謀に尋ねる。 「航空参謀、第三次攻撃隊に使える『彗星』の数は?」 「現在使用可能な『彗星』は25機です」 「……半分以上使えんのか?」 あまりの少なさに長官は驚く。 第一航空艦隊は『彗星』を6個中隊54機を保有している。いくら第一次攻撃隊で全機使用したとはいえ、あまりに少なすぎるだろう。 「九九式艦爆と異なり、整備が複雑ですから…… おまけに今回が初めての実戦ですので、いくつか不具合も発見されました」 長官は腕を組んだ。 さて、どうする? 零戦と天山だけで再度攻撃隊を出すか? それとも危険を承知で九九式艦爆も出すか? ……いや、それは問題外だ。もう15機も失っている。 加えて、これから地上部隊の支援を長期に渡って行わなければならないが、その損害も無視できない数になるだろう。 ここで第三次攻撃隊を投入すれば損害は更に増える。 冗談じゃあない。搭乗員は簡単に養成できるものではないのだ。まして一航艦の搭乗員は。 ……陸軍への協力も、今回はこれ位で十分だ。 そう長官は決断した。 「すでに初期の目的は達している。第三次攻撃隊は不要だ」 【3-3 グラナダ王国派遣軍司令部】 「何だって! 航空支援は行えない!? ……どういうことだ!」 参謀の一人が海軍の連絡将校に詰問する。 「そうだ! 航空支援は海軍の分担の筈だ! 海軍は我々に丸裸で戦えとでも言うのか!」 さらに他の参謀も詰問に加わる。司令部はさながら査問会の様相を呈していた。 海軍の連絡将校が何とか反論を試みる。 「勘違いをしないで頂きたい。近接航空支援を行えないだけです。制空権はきちんと確保しますし、敵拠点への爆撃もおこないます」 ……これで納得しろというのは無理だろうな。 説得しながらも連絡将校は思う。 陸軍にとって、近接航空支援が有るのと無いのとでは条件がまるで違ってくる。 おそらく陸軍は本来なら出さなくてよい損害を出す羽目になるだろう。怒るのも当然と言えた。 だが、こちらにも事情がある。 海軍は機動部隊の身上はその神出鬼没にあると考えている。 その海軍から見れば、機動部隊が1箇所に腰を据えて対地支援を行うなど(例えそれが必要であったとしても)邪道もいい所だ。 そんなことは、本来基地航空隊がやれば良い。 こんなことで消耗したら泣くに泣けないというところだろう。 「それが海軍の答えか!」 想像した通り、彼の言葉に参謀達は一層殺気立つ。 「……その位にしておけ。海軍さんに失礼だろう」 いままで沈黙を保っていた軍司令官が初めて口を開いた。 「失礼しました。今回の敵拠点の撃破で大分楽になるでしょう。後は制空権さえ保証していただければ十分です」 連絡将校に謝罪の言葉を述べると、再びまだ何か言いたげな参謀達に目を向け、睨みつけて怒鳴る。 「馬鹿者! 最初から最後まで海軍さんにおんぶしてもらおうなど、それでも貴様ら陸軍軍人か! 『海軍さんが我々に手柄を分けて下さった』と、どうして考えられんのだ!」 「申し訳ありません!」 軍司令官の言葉に参謀達は一斉に立ち上がり、謝罪と共に敬礼する。 その姿を満足そうに眺めると、軍司令官は言った。 「ここからは陸軍の戦です。帝國陸軍の戦いぶりをお見せしましょう」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【4-0】 第一航空艦隊は先制攻撃により大戦果を上げたものの、予想を上回る損害を受けた。 この損害は消耗を極度に恐れる艦隊司令部に衝撃を与え、各級指揮官達の度重なる意見具申にもかかわらず、以後大規模な航空攻撃を封印してしまう。 これに対しレムリア王国軍航空部隊は、大損害を受けた後『地上部隊の支援』という初期の作戦を変更し、その航空兵力全てを『防空任務』に回すこととした。 『部隊再編に伴う一時的処置』という名目でワイバーン・ロードを単独集中。これを主力とし、更に多数のワイバーン部隊や対空部隊を組み合わせ、濃密な防空網を形成したのである。 この戦法は戦力を小出しする一航艦に少なからぬ損害を与え、その行動をますます消極的なものにさせた。 レムリアは一航艦を遥かに上回る損害を受けつつも、作戦目的の達成に成功したのである。その巧妙さは、列強の名に恥じぬものであった。 こうして空での戦いは膠着状態に陥り、戦いの行方は両軍の地上部隊に委ねられる事となった。 【4-1 グラナダ王国国境】 帝國、レムリア両軍がグラナダ国境で対峙している。 両軍とも決戦を望んでいたのだ。 帝國軍は一刻も早くケリをつけ、その勝利を諸国に見せ付ける必要がある。 一方レムリア軍も列強としての面子上、謀反を起こしたグラナダを早期に討伐する必要があった。 ……今となっては、防空網が機能している間に帝國軍地上部隊を殲滅しなければならないことの方が重要(少なくとも『討伐軍』にとっては)となってしまったが。 両軍の戦力は帝国軍が第二師団を主力とした約28,000、レムリア軍が討伐軍全力の約100,000(周辺の属国軍20,000を含む)。 レムリア軍は帝国軍を包囲するような陣形を布いている。兵力差を活かし、包囲殲滅するつもりであろう。 帝國軍はその最大の武器である砲兵――野戦重砲連隊と師団砲兵――を統一して運用している。 その戦力は九六式十五榴24門、九一式十榴12門、九〇式野砲24門の計60門。彼等は前線後方、数キロの位置に陣取っていた。 「これは…… 随分と気張りましたねえ」 副官は感嘆する。 彼の目の前には、山と弾薬が積まれている。 軍に入ってから大分経つが、これ程の量は今まで見たこともない。今回の作戦にかける軍の意気込みが分かるというものだ。 「まあ虎の子の我々(野戦重砲連隊)まで担ぎ出すくらいだからな」 軍も本気なのさ。 連隊長が答えを返す。 今回の作戦に、派遣軍は一会戦分を遥かに上回る量の弾薬を用意していたのだ。 「……自分ら(砲兵)だけで、敵さんを殲滅出来るのではないですか?」 副官は大量の弾薬を目にして興奮している。 野戦重砲連隊長は師団砲兵連隊も合わせて指揮することになっていた。 彼等の任務は敵砲兵制圧。その後、敵歩騎兵に対して突撃前の準備射撃を行うこととされている。 副官は『その準備射撃だけで敵を殲滅できるのではないか?』といっているのだ。 「油断すると失敗するぞ?」 立場上連隊長は副官を窘めるが、全くの同意見である。 資料によれば、敵の砲兵群は射程は正規で2〜3キロ程度でしかない。 ただ注意事項として、一部の砲(魔道砲)は、威力を減らす代わりに最大3倍程度射程を延長できるそうだ。 もっともまず当たらない(測量手段が未発達)し、その上威力の低下が激しい(射程二倍で威力八分の一、三倍なら二十七分の一)ことから、まず行われないらしいが。 ……何れにせよどんなに頑張っても9キロがやっとであり、敵砲兵から10キロの距離をおいている自分達にはまず届かない。 敵の反撃を気にせず、一方的に撃ち込めるのだ。 こんなに気楽なことはない。 敵の砲兵群は早期に制圧できるだろう。 その後は敵歩騎兵が相手だが、やはりこれも一方的に撃ち込める。 これだけの弾量が撃ち込まれれば敵は全滅してもおかしくない。 「総員集合!」 そろそろ時間だ。連隊長は興奮を抑えて命じる。 彼にしてもこれ程の大砲撃戦は初めてなのだ。 連隊本部各員が集合し、連隊長の訓示を待つ。 「これより軍砲兵はその全力をもって敵砲兵を殲滅する! 総員、その実力を遺憾なく発揮せよ! 解散!」 将兵は不動の姿勢をとり連隊長の訓示を聞いていたが、『解散』の言葉に一斉に持ち場に駆けていく。 「全中隊射撃準備完了しました!」 ……いよいよか。 連隊長は緊張する。 何せこれだけの弾量を渡されて、『派手にやれ』と言われたのだ。こんな機会はもうないかもしれない。 悪いな。敵さんには気の毒だが、こっちにとっては滅多にない機会なんだ。せいぜい派手にやらせて貰うぞ。 「目標、敵砲兵隊! 撃ち方始め!」 この世界における史上最大の砲撃戦が始まった。 【4-2 レムリア王国軍、第二重砲陣地】 レムリア王国軍第二重砲陣地には、第八砲兵連隊が展開していた。 この陣地だけで100門を超える重砲が布陣しており、討伐軍全体では(軽砲も含めれば)何と500門以上もの砲が布陣している。 両軍が未だ『射程外』で睨み合っているという事もあり、レムリア軍砲兵の間にはのんびりとした雰囲気が流れていた。戦闘前の滋養食も振舞われている。 レムリア軍の一砲兵である彼は、のんびりと滋養食を食べていた。 戦闘前に滋養食を食べるのはレムリア軍の習慣である。 滋養食とは水に小麦粉と酒・卵・砂糖・ミルク等、栄養になりそうなものを混ぜて粥状にしたもので、まあ大昔から続く験担ぎのような物だ。 彼はふと空を見上げた。何か沢山の黒い物が降ってくるように見えたのだ。 突如として爆音が響き渡った。 爆音は一度では収まらず連続して次々と響いていき、ついには何回響いたのかさえ分からなくなった。 爆音は炎と鉄の爆風を伴い、無防備な兵達を一瞬にして薙ぎ倒していく。 彼には何が起きているのかさえ分からなかった。 帝國軍の砲撃だとは考えもしない。 ……彼の知る『砲撃』とは、このような大惨事を巻き起こすものではないのだから。 近くの火山が噴火でもしたのだろうか? 「帝國軍の攻撃だ!」 誰かが叫んだ。 そんな馬鹿な。こんな事『人の力』で出来る筈が無い。 「帝國軍が『火焔の王』を召喚したんだ!」 その言葉は常識で考えれば一笑されるものであった。しかし今の彼には非常な説得力を持って聞こえた。 そうだ、これは人の成せる技ではない。帝國の神が力を貸し、『火焔の王』を召喚したに違いない。帝國が『神に直接統治された國』だという噂は本当だったんだ! 陣地内は大混乱に陥った。誰もが何をすれば良いのか分からず、ただ恐怖に支配されていた。 彼にできる事は物陰に隠れて蹲り、自分達の神に祈る事だけであった。 【4-3】 帝國軍砲兵はレムリア軍重砲陣地をいくつかに区分し、各区画に常に1個砲兵中隊の射撃が行われるように調整していた。 その射撃法は帝國軍とは思えぬ大雑把さであり、ただ割り振られた区画に万遍無く砲弾を撃ちこみ、時間がきたら次の区画に移るといった方法だった。 この対砲兵射撃は1時間程続き、その後も前線の歩騎兵部隊にまで攻撃目標が拡大され、砲撃は続けられた。 初めの内は軍砲兵の猛射を見て歓声をあげていた帝國軍兵士達も、その砲撃が3時間を越えたあたりから呆気に取られ始め、やがて日が暮れ始めるとざわめき始めた。 彼等から見ても、今回の砲撃は『異常』だったのだ。 結局砲撃は日没まで続けられた。 レムリア軍は不幸にも、この世界初の近代砲兵による大規模砲撃の洗礼を受ける羽目になった。 その被害は甚大であり、生き残った将兵にも深刻な傷跡を残していた。 何の反応もせず呆然としている者、俯いて何か呟いている者、半狂乱に泣き叫んでいる者…… レムリア軍は未だ混乱の中にいた。 「……被害状況は?」 「詳細は不明です。もう日没ですし、生き残った将兵も半分は暫く使い物になりません」 部下の報告に溜息を一つ吐くと、軍司令官は各指揮官達を見回した。 各部隊の指揮官が集められ緊急会議が開かれたのだが、誰もが無言である。 だが態度が雄弁に物語っている。 『撤退すべきだ』 夜が明ければ敵の砲撃が再開されるだろう。 そうなったら、もはや軍の維持すら不可能になる。多くの兵が「帝國軍が『火焔の王』を召喚した」と信じているのだ。 ……ならば今の内に撤退するしかない。 だが誰もがその言葉を口に出せないでいた。 何故なら、撤退しても自分達に未来は無いからだ。 おそらく自裁のうえ家門断絶は間違い無いだろう。 突然テーブルを叩く音が聞こえる。猛将の誉高い、第三竜騎士団長だ。 「諸卿は何故黙ったままなのです! これだけ一方的にやられたのですぞ!」 そう言い放つと、今度は軍司令官に進言した。 「全軍による夜襲を提案します。朝になればただやられるだけです。ですが夜なら、少なくともあの砲撃はないでしょう」 彼の言葉に途端に周囲が活気ずく。 あの砲撃は確かに恐ろしい。だが、あの砲撃さえなければ、そして夜ならば。 どうせこのまま撤退するなど、現実には不可能なのだ。ならば…… 「全軍による夜襲。そんな大規模な夜襲は過去に例がないぞ?」 「あのような砲撃も過去に例がありませんよ? 一体、敵はどれだけの砲を集めたのやら。」 「あれだけ精密な長距離砲撃をどうやって行ったのでしょうね? 我々がやったら、魔道士が何人いても足りませんよ」 「まあいくらなんでも夜間にあれ程の砲撃は不可能でしょう。砲兵も疲労しているでしょうし」 指揮官達も饒舌になり、あの砲撃の事も軽口の対象となる程気分が落ち着いてきたようだ。 いや、無理にそうしようとしているのかも知れない。 誰もが夜襲の危険性は認識してはいたが、他に方法は無かったのだ。 ……あの砲撃の再開される明け方までに何とかしなければならない。 レムリア軍は全軍による夜襲を決断した。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【5-1 グラナダ王国、帝國軍本営】 「いやあ、さすが精強無比の帝國軍! 帝國の前ではレムリアですら物の数ではありませんでしたなあ!」 「全くです! 帝國こそ我らの盟主に相応しい!」 戦闘初日が終わりを告げようとしていたその夜。参謀殿は諸国の武官達に囲まれていた。彼等の接待役を仰せつかっていたのである。 畜生。何で俺ばっかりこんな目に…… ……話は暫く前に遡る。 前遣部隊として送り込まれた参謀殿は疲労困憊になりながらも、なんとか本隊の受け入れ態勢を整える事ができた。 問題の『地図』も海軍の全面協力の下、何とか見られるようにはなった。この改良された『地図』はまさに参謀殿の血と汗と涙の結晶と言えよう。 「御苦労」 到着した軍司令官は彼に労いの言葉をかけ、暫くの休養をとる様に言った。 「? ……しかしこれからが本番ですよ?」 当然だ。しかも彼は参謀である。 「いや。君にしか出来ない重要な任務があるのだ。それまで英気を養ってくれ」 軍司令官は更に付け加えた。 「これは命令だ」 命令ならば嫌も応もない。彼は軍人なのだから。 休暇後彼を待っていたのは、友好諸国から派遣された武官達の接待役であった。 ……どうやらこれが『君にしか出来ない重要な任務』らしい。 まあ理由は分からなくはないのではあるが。 「どうされました? 子爵」 そう、実は参謀殿は華族なのだ。 【5-2】 この世界において、爵位は非常に重要な意味を持つ。 帝國――特に軍や外務省――はその事を痛感していた。 この世界の官僚はその全てが貴族、悪くても騎士である。こちらも爵位を持っていないと話が進まない。 何しろ相手が侮辱されたと怒るのだ。 その為外務省など、貴族院の御偉い華族を『お飾りの』全権大使として外交を行っている位だ。 ……その御蔭で今まで難航していた外交交渉が、トントン拍子に進んだという報告は別に珍しくもない。 最も影響を受けたのは軍であろう。 外務省と違い、貴族院の御偉いさんを使うのには少々無理がある。しかも偉い華族の数は少なく、軍が爵位を必要とする場面はあまりにも多かった。 何しろこの世界において軍人は外交官であり、行政官であり、司法官でもあるのだから。 友好的に接するならばどうしても爵位は必要なのだ。 それ故に参謀殿は軍にとって貴重な人材であった。 参謀殿の家系は江戸時代においては1万石の大名であり、さらには鎌倉時代にまで遡れる家柄だ。有名な人物を排出している訳ではないが、十分に名門といえるだろう。 それになんといっても陸士出身の『身内』なのだ! 参謀殿の御蔭で、グラナダとの折衝も円滑に進められた。 参謀殿はグラナダの将軍閣下をはじめとする高官達と、互いの『家』の歴史を話し合い、相互理解に努めたのである。 現地の住民達もこちらが爵位持ちと知ると、より協力的になるのだから始末に終えない。 【5-3】 「子爵の御家は1000年も続く武門の御家だそうで」 「いえ、たかが900年です」 「900年で『たかが』とは! さすがは2600年以上の長きに渡って続く帝國! ……我々とはスケールが違いますなあ」 武官の1人が溜息を吐く。 実は爵位の有無は第1関門に過ぎず、一番重要なのはその『歴史』である。 参謀殿の古い家柄は、この臨時の『社交界』でも遺憾なく発揮されていた。 ……まあ仕方がないか。俺は別に陸軍大学校を出てる訳ではない『偽』参謀なんだからな。 正直鬱陶しかったが、何故自分が『前線の一中隊長』から『少佐参謀』として後方に回されたのか考えれば、嫌とは言えない。 彼はもはや自分が『軍の外交官』となってしまったことに気付いていた。 そして今後、『軍の外交官』の重要性は高まるばかりだということも。 帝國がこの世界にある限り、永遠に自分は『軍の外交官』だろう。 ……自分は外交官に成りたかった訳ではないのだけれど。 その時、下士官がやって来て参謀殿に1枚の紙を渡した。 参謀殿はその紙を眺めてニヤリと笑う。 まあ、ものは考えようだ。 『軍の外交官』を無難に過ごしていけば『中将にはしてやる』と言われたんだ。戦死の危険も殆ど無くなったんだし、贅沢言ったら罰が当たる。 「さて諸卿! 宴もたけなわ、ただ今より余興を一つ御見せいたしたく存じます! どうぞこちらへ!」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【6-0 帝國軍本営】 「そうか。彼らは戦う事を決断したか……」 海軍大尉の報告に軍司令官は重々しく頷いた。 「はい。その数およそ5万と推定されます」 「5万だと!? まだそんな余力があるのか! ……間違いは無いのだろうな?」 「はい。レムリア軍は昼間の砲撃で三分の一が戦死し、更に三分の一が負傷しましたが、連中は負傷者や軍夫まで駆り出して夜襲の準備をしています。かなり荒っぽい手段で士気も回復させた模様です」 「……そうか。敵も必死だな」 「『最後の悪足掻き』という奴でしょう」 大尉は表情を変えずに答える。 「しかし… よくその様な情報集められたな?」 「いえ大したことはありません。連中、大混乱でしたから」 その言葉に大尉は初めて表情を変え、愉快そうに笑った。余程痛快だったのだろう。 「とにかくご苦労。君達が味方で本当に助かったよ」 「有難う御座います。閣下」 大尉が退室した後、軍司令官は改めて今の報告を吟味していた。 夜襲そのものは歓迎だ。撤退されるより余程いい。 ……だがあれだけやられたというのに、まだ戦意を失っていないとは。 「シナの連中とは大違いだな」 さすが『列強』と言われるだけの事はある。 それに夜襲という手も決して悪い物ではない。我々だって立場が同じならば夜襲を考えるだろう。 5万の兵に夜襲をかけられたら、僅か1個師団に支援部隊を加えた程度の兵では対応しきれない。かなりの兵に防御を突破される恐れがある。 そうなれば負けないにしろ、それなりの損害が出ることだろう。 そう、『いつもの』我々ならば。 連中にとって運の悪いことに、今我々には余るほどの弾薬がある。彼らには想像を絶する火力が叩きつけられる筈だ。 5万の兵のうち一体どれ位が陣地を突破できる事やら。 その前に逃げ出す事さえ十分に考えられる。全く楽な戦だ。 ……もっとも油断は禁物だがな。 そう、用心はするに越した事は無い、特にこんな何もかも上手くいっている時は。 そう考え軍司令官は電話を手に取った。 「私だ。島田中佐を呼んでくれ」 【6-1】 人、馬、そして竜。 ……暗闇の中、無数の生者が集まっている。 レムリア軍夜襲部隊だ。 夜襲部隊といっても戦闘可能な兵力全てを注ぎ込んだ大規模なもので、その数はおよそ5万。 本来夜襲とは、多くても1000程の寡兵で行うものである。これ程大規模な夜襲は過去に例がない。 要するにレムリア軍はこの夜襲に全てを賭けたのだ。 もっとも、自棄になっているだけなのかもしれないが…… ……何人が生きて帰れるかな。 第三竜騎士団長は将兵を見渡して考える。 会議でああは言ったものの、この夜襲はほぼ間違いなく敵に見破られている筈だ。 何しろ昼間、あれだけ力の差を見せつけられたのである。 『尻尾を巻いて逃げ出す』か、『自棄になって夜襲を仕掛ける』かのどちらかしか考えられないではないか! 仮に敵が夜襲を思い浮かばなかったとしても、5万の将兵が迫れば気がつかない方がどうかしている。 それでも…… 夜襲しかない。 おそらく敵陣には重厚な防御がなされている。昼間に突撃すれば、更に『あの』砲撃までも加わるのだ。 ……とてもではないが、敵陣まで辿り着けない。 だが…… 夜間なら…… 『あの』砲撃も無いだろうし、昼間よりは敵の防御も弱まるだろう。 こちらの指揮系統も滅茶苦茶になるだろうが、差し引きでまだ夜間の方が分がある。5万の半分、いやその又半分でも辿り着けば…… 奴等に目に物を見せてやれる。 最早この戦いの勝敗は決した。そんな事は分かっている。 だがそれでも戦わなければならないのだ。 何よりも自分自身の名誉の為に。 【6-2】 レムリア軍は息を潜めて前進を続ける。 目指すは帝國軍陣地。 そして後1キロの地点にまで到達すると前進を一時停止し、隊列を出来る限り整え号令を待つ。 「全軍、所定位置に付きました」 「よろしい、作戦を開始する」 報告を受け、レムリア軍司令官が命令が下す。 レムリア軍の長い夜が始まった。 「!」 突如として大光量が前衛部隊に浴びせられた。 帝國軍が対空用の探照灯だ。あまりの眩しさに一瞬身動きがとれなくなる。 ド・ド・ド・・・ 重苦しい、腹に響く音が鳴り響く。帝國軍が攻撃を開始したのだ。 たちまちの内に人馬が吹き飛んでいく。 苦労して運んできた数少ない軽砲も、1発射撃すると集中射撃を食らい、次々に沈黙していく。 「突撃!」 悲鳴のような命令があちこちで下され、突撃が開始された。 目標まで僅か1キロ! 駆け足なら数分の距離である。 しかしそれは、彼等にとっては永遠にも感じられる距離だった。 肉弾による突撃は、75mm山砲や37mm速射砲、20mm機関砲に次々と粉砕されていく。 さらに進むと重機、次いで軽機、小銃、擲弾筒が射撃に加わり、近付くほどその火力は増していく。 なんという火力密度だ! 第三竜騎士団長は自分の考えが甘すぎた事を悟った。 まるで豪雨のように鉄と炎がレムリア兵に襲い掛かる。 1万程の兵が辿り着くと考えていたが、これでは1千も辿り着けるかどうか。下手をすれば一兵も辿り着けない可能性すらある。 それにこの手際の良さ! 夜襲に気付いていたどころか、監視すらされていた可能性が高い。どうやら我々は帝國軍の掌で踊っていた様だ。 とんだ道化だ! だが今更撤退は不可能だ。後方から襲われ、やはり全滅する。 ……進むも死、退くも死。ならば突撃あるのみ。 彼はありったけの声で叫んだ。 「第三竜騎士団前進! 命を惜しむな、名こそ惜しめ!」 【6-3】 参謀殿は『余興』の為、他の武官達とともに高台からレムリア軍の突撃を眺めていた。 夜間ではあるが強力な対空用の探照灯を何基も用いているため、まるで昼間の様な明るさでだ。 だがそこに浮かび上がるは眼下の『地獄絵図』 「いかがですか?」 武官達の顔は真っ青で返答も出来ない。ある者はしきりに自分の信じる神の名を唱えている。 ……まあ仕方がないか。これは彼等の知る『戦争』じゃあないものな。 自分だってこんな光景は願い下げだ。 「子爵、これは一体……」 武官の1人が弱々しい声で尋ねる。 さあ、芝居の始まりだ。 参謀殿は出来るだけ好戦的な表情を作る。 「おや? 楽しめませんか? 憎きレムリアを、我が軍が叩き潰しているのですよ?」 「これはもはや戦争ではありませぬ。これではまるで……」 ここからが勝負だ。出来るだけ冷酷な表情を作らねば。 「帝國は寛大です。恭順の意を示す者には厚く遇し、繁栄を与えるでしょう。ですが……」 そこで言葉を切り、周囲を見渡した。武官達は彼の言葉に食いついている。 「帝國が敵に対して取る行動はただ一つ。殲滅、徹底的な殲滅です。 ……ちょうどあの様にね。」 眼下の光景を指し示す。 そこには嬲り者になっているレムリア軍の姿があった。 武官達は声も出せず佇んでいる。 少し脅し過ぎたか? 「おおっ! 帝國との友好を望む諸卿には関係の無い話でしたな! いや、失礼! では余興はこれ位にして、宴の続きを楽しみましょう!」 参謀殿は大げさな身振りで振舞い、武官達を連れて帰って行く。 ……後に続く武官達の表情は、まるで処刑前の罪人の様であった。 【6-4】 レムリア軍は帝國軍の攻撃により大打撃を受けていた。もはやその指揮系統すら粉砕されており、その損害は致命的と言っても良い。 ……だが恐るべき事に、レムリア軍は未だ組織的な行動を維持していた。 レムリア軍の誇る多数の将校・下士官達――レムリア王国軍は将校・下士官の比率が著しく高い――が、分断された部隊を各所で統制していたのだ。 将校がいなくなれば下士官が、下士官すらいなくなれば兵卒の上位者が指揮を執る。その手際は、もはや職人芸と言っても良いだろう。 この強固な組織力こそが、レムリアを世界屈指の軍事強国に押し上げた理由である。 「大したものだ」 帝國軍司令官は感嘆の声を上げる。 何という敢闘精神! 何という指揮統制力! ……間違いなく彼等は第一級の『近代軍』だ。 これでは通常の状態で戦えば、思わぬ損害を受けていただろう。一航艦を封じ込めた手腕といい、実に見事である。 だが度重なる打撃により、さすがの統制にも崩壊が始まってきている。あと一押しで『終わり』だろう。 「むっ!」 急に帝國軍司令官の顔が歪む。 その視線の先では帝國軍の一部が陣を乱していた。遂には陣地から飛び出し、レムリア軍に向かい突撃を始める。 軍司令官は思わず罵声を発した。 「何をやっとるんだ!」 命令を無視し、独断で突撃を始めたのは某中隊であった。 この中隊の中隊長は、『敢闘精神の欠ける』戦法に我慢が出来なくなり、部下が止めるのも聞かずに逆襲を命じたのだ。 「蛮族が我等に夜襲を仕掛けるとは生意気な! 帝國陸軍の銃剣突撃の威力を見せてやれ!」 彼の命により中隊は突撃を敢行する。帝國軍の防御に穴が開こうとしていた。 レムリア軍はこの機会を逃さず、付近の部隊をありったけこの中隊に叩きつける。中隊はたちまち何倍もの敵に包囲され、各所で白兵戦が始まった。 中隊は奮戦した。 その戦い振りは、決してレムリア軍に劣るものではなかっただろう。 しかし鎧も身に着けず、白兵戦用の武器も拳銃や銃剣、軍刀だけでは数に勝るレムリア軍に抵抗する事は不可能であった。 中隊はたちまち磨り潰され、全滅する。 後にはぽっかりと開いた防衛線だけが残った。 【6-5】 開いた『穴』にレムリア軍が殺到する。 塞がれる前に、出来るだけ多くの部隊を入れなければならない。彼等も必死なのだ。 第三竜騎士団も『穴』に突入した。 竜の存在は心強い。『穴』を維持していた兵達が歓声を上げる。 「ここにいる全部隊の指揮は第三竜騎士団長がとる! 全軍突撃!」 突入した全部隊を率いて第三竜騎士団は、突撃を開始した。 その数、竜30に兵およそ1000。 途中、帝國軍の小部隊に何度か接触したがこれを撃破。帝國軍本営に向かい、突撃を続ける。 「雑魚にかまうな! 狙うは敵将、只1人!」 不意に先頭の竜が足を止め、前方に向かい威嚇を始めた。 それに呼応するかのように、他の竜も次々と足を止めて威嚇を始める。 「何事だ!」 「分かりません! こんな事は初めてです! まるで何かに怯えているかのようで……」 竜騎士団長の問いに、先頭の竜騎士が戸惑いの声を上げた。 「前方から何か聞こえてきます!」 耳をすますと確かに前方から何か地響きが聞こえてくる。 地響きは段々大きくなる。どうやらこちらに向かってきている様だ。 竜はそれに呼応するかのように、ますます威嚇の声を上げた。 「鉄の竜だ!」 兵から怯えの声が上がる。 まずいな! 帝國の『鉄竜』か。 おまけにその背中には敵兵を乗せている。数も向こうの方が多い。 やがて敵の鉄竜から閃光があがる。射撃を開始したのだろう。 1体の竜が敵弾を受け、たちまち即死する。貫通した敵弾はそれだけでは収まらず、後方にいたもう1体の竜の頭も吹き飛ばした。 ……なんという威力だ! こちらはまだ射程外だというのに! 有効射程に入る前に味方の竜が次々に吹き飛ばされる。鉄竜に向かった歩兵も、帝國兵の銃撃と鉄竜の攻撃により制圧されていく。 もはやこれ以上の前進は絶望的だ。 畜生! ここまで来て! そこまで考えた時、1発の敵弾が騎士団長の騎竜を吹き飛ばした。 第三竜騎士団の突撃を阻止したのは、本営付近で待機していた軍直轄の戦車連隊である。 この戦車連隊は連隊本部、戦車中隊4個、機動歩兵中隊、機動野砲中隊、整備中隊から成り、最新鋭の九七式中戦車改43両、九五式軽戦車11両を保有する優良連隊だ。 特に九七式中戦車改の長砲身47o砲は新たに開発された新型であり、今回が初の実戦だったが十分に期待に応える性能を発揮し、敵の竜を一方的に仕留めていった。 「敵集団殲滅しました!」 部下の報告に、連隊長の島田中佐は満足そうに頷く。 今回は出番無しかと落胆していたが、幸か不幸か思わぬ出番があった。新型の九七式中戦車改も満足のいく性能を発揮したし、言うこと 無しだ。 「続いて残敵掃討に移ります!」 「その必要は無い。後から来る連中に任せろ。我々は前進を続け、『穴』を塞ぐ」 我々戦車隊は前進し敵を粉砕するのみ。後始末は歩兵の仕事だ。 連隊は前進を再開した。 【6-6】 「ううっ……」 竜騎士団長は痛みで目を覚ました。 周囲を見ると、辺りには竜やレムリア兵の死体が散乱している。 ……どうやら自分以外は全滅したらしい。 全身の力が抜けていくのが分かる。 ここまでか…… 彼は近くの木にもたれかかり、空を見上げた。もうすぐ夜も明けるだろう。 ふと、多数の人の気配を感じた。 ……帝國兵か? だが、何をする気も起こらない。 どうにでもなれ。 半ば以上、自棄っぱちな気持ちでいたのだ。 彼等がこちらに気がつき、向かって来る。だがどうも様子がおかしい。 ……もしかして、味方か? やはりレムリア兵だった。彼等は自分の前で一斉に整列した。 「第三竜騎士団長閣下ですか!」 兵の1人が声をかける。 「第一五重歩兵連隊第七中隊総員5名。閣下にお供します!」 それを合図に次々と兵が集まってきた。 「第二二重歩兵連隊第三中隊総員3名。お供します!」 「第七軽歩兵連隊第二中隊総員4名。お供します!」 彼の周囲に、たちまち数十名の残兵が集まった。彼らは未だ戦意を失っていない、自分達を指揮する指揮官を探していたのだ。 まだだ、まだ終わってはいない! 彼等の存在が騎士団長の戦意に再び火をつける。 「勇敢なるレムリア軍兵士達よ! これより敵本陣に向け、最後の突撃を行う!」 騎士団長の言葉に兵士達が呼応する。 ここまで打ちのめされても、彼等は諦めてはいなかったのだ。 彼等は前進を始めた。最後の突撃を行う為に。 【6-7】 前進を始めて数分もたたずに、突如として銃声が響き渡る。 銃弾が雨の様に降り注ぎ、兵が次々に倒れていく。 だが敵兵の姿は全く見えない。 たちまちの内に騎士団長を残して、数十名の兵は全滅した。 ……騎士団長は唖然とする事しかできなかった。 「……おや? 誰かと思えば、武勇の誉も高い第三竜騎士団長閣下ではないですか?」 彼を呼ぶ声が聞こえた。 気がつくと、どこから現れたのか数十名の帝國兵が立っていた。声をかけたのは彼等の指揮官らしい。 指揮官は腰に剣を下げ、兵達の手には銃(百式機関短銃)が握られている。 ……いや、こいつら帝國人ではない 「御目にかかれて光栄です。自分は帝國海軍大尉としてこの部隊を指揮する者で、名は……」 「ダークエルフ!」 騎士団長は、まるで忌まわしい者を見たかのような表情で呻く。 「そうか、今回の反乱は貴様らの仕業だな! また帝國を唆したのか!」 「……唆したとは聞こえの悪い。臣下としての務めを果たしただけのこと」 騎士団長の詰問に、大尉は無表情に応じた。 「臣下!? ハッ!」 騎士団長は大尉の返答を鼻で笑い、吐き捨てるように言った。 「帝國がこの世界に現れて僅か数年。数年ではとてもこの世界を把握出来る筈も無い。 ……それがこの見事な手際! 全てお前等が帝國に入れ知恵をしての事であろう!」 「臣下として、『助言』は当然の事でしょう?」 そう、 『帝國の欲する資源は何処にあるのか?』 『諸国の動向とその風土、国力は?』 『この世界に割って入るには如何したら良いか?』 ……我々の知識と情報網ならば。 「金の為なら何でもやる、薄汚い流れ者の暗殺者が!」 「……その言葉、取り消して頂きたい。我々の『王』は帝國から王位と領土を授けられ、さらに帝國公爵の位までも合わせて拝領しています。もはや『薄汚』くも『流れ者』でもありません。ついでに言えば私も帝國男爵の位を拝領していますよ?」 「王位! それに帝國公爵に帝國男爵だと!?」 騎士団長は大尉の言葉に衝撃を受けていた。 神から授けられる神聖な筈の『王位』を、帝國が邪悪なダークエルフや、醜悪な獣人に授けているという話は聞いていた。 聞いた時は皆と憤慨したものだ。 ……その上爵位だと? こいつが帝國男爵? 自分と同じ爵位だと? 「ふざけるな!」 騎士団長は怒りのあまり、剣を振りかざして突進する。 周囲の部下達が銃に手をかけるが、大尉は目でそれを制した。 「死ね! 下郎!」 騎士団長は呪詛の言葉を吐き、剛剣を放つ。 だが大尉はそれを紙一重でかわし、腰の剣を抜き放ち、抜くと同時に切り捨てた。居合いである。 「カハッ」 そして美しい刀身を眺め、満足そうに呟いた。 「ふむ、流石『虎徹』。良く切れる」 大尉の剣は『虎徹』を軍刀にし、更に魔術処理を加えたものだった。 彼が男爵位を賜った際に、義弟が贈ってくれた『虎徹』を加工したものだ。義弟の家に代々伝わる内の一振りらしい。 大尉は騎士団長の死体を冷たい目で見下ろす。 「ふん! 時勢の変化に気付かぬ愚か者が!」 時代が大きく変ろうとしている事にも気付かないのか? まあ無理も無いか。今まで安穏と暮らしてきたのだろうからな。だが、それが本当に永遠に続くとでも思っていたのか? だとしたら矢張り愚か者だ。 ……ああ、一つだけこいつは正しい事を言っていた。我々は今でも『暗殺者』だ。ただし、帝國専属の。 「レイ様、敵兵全員の死亡を確認しました」 1人の少尉が報告する。彼の腹心の1人だ。 「馬鹿者。『大尉』と呼べと言ってあるだろう」 「申し訳ありませんでした『大尉』」 彼の軽い叱責に、少尉は敬礼しながら言い直す。 いい加減慣れて欲しいものだが、どうにもならないらしい。銃火器の使い方は直ぐに覚えた癖に。 「……まあいい。これでここでの『我々の仕事』は終わりだ。暫くは国でのんびりできるぞ」 彼の言葉に部下達は喜びを露にする。 『祖国』での生活は、彼等の最も望むものなのだ。 ……無理も無いな。 部下達を見て、大尉は思う。 隠れ里で息を潜めて暮らしていた彼等にとって、堂々と誰はばかることない、安穏とした暮らしは憧れだっだのだ。 それを一度知ってしまえば…… 帝國も我々無しではやっていけないだろうが、それは我々とて同じ事だ。 もはや我々は帝國の庇護無しにはやっていけないだろう。『帝國の滅亡』は『我々の滅亡』と同義語になってしまった。 ……もっとも最初から、こうなる事は分かってはいた事だが。 それでも我々は帝國に賭けたのだ。 これから生まれてくる子供達のために。 彼等に祖国を贈るために。 彼等が太陽の下を胸を張って歩けるように。 彼等が将来、自分がダークエルフだと誇りを持って言えるように。 この選択に後悔なんかしていない。例えどんな結果になっても、絶対に後悔なんかしてやるものか! 「任務終了。帰還する!」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【7-1】 長い夜がようやく明けた。 ……だが太陽の光が照らし出した光景は、酷く陰惨なものだった。 帝國軍陣地の周囲には夥しい数のレムリア軍将兵、それに馬や竜の遺体が散乱しており地獄そのものである。 良く見ると、レムリア軍将兵はその殆ど全てが武器を握り締め、帝國軍陣地に向かい倒れている。 「我等に大和魂あれば、敵にもレムリア魂あり……か」 この光景を見て帝國軍司令官は呟く。 まったく、敵ながら見事な戦いぶりであった。果たして立場が逆ならば、我々は彼等のように勇敢に最後まで戦えただろうか? 「閣下」 彼を呼ぶ声がした。接待役を命じた参謀だ。 「何か?」 「ハッ。武官の方々が、是非とも閣下にお目にかかりたいと」 「ふむ、会おう」 【7-2】 案内された部屋では武官達が正装で勢揃いしていた。 「お待たせいたしました。一体何用でしょう?」 軍司令官の問いに、武官の1人が進み出る。 「これはこれは軍司令官閣下、お忙しいところ申し訳ありませぬ。実は我等一同、今回の戦勝について祝福したいと思いまして」 「戦勝? ……何の事です?」 軍司令官は武官の言葉に怪訝そうな顔をする。 「もちろん、今回のレムリアに対する勝利についてですよ」 「……失礼ですが、まだレムリアとの戦いは終わっていません。もう少ししたら、再びレムリ軍陣地への砲撃が開始されます」 「砲撃!? しかしレムリアにはもう、戦う力などございませぬぞ!」 「残念ながら、それを決めるのは我等ではありません。その証拠にレムリアからは白旗も掲げられず、降伏の使者もありません」 「しかし、それは……」 軍司令官は『いかにも残念だ』といった表情で答える。 いや、実際残念なのだろう。だが立場上、こちらから降伏を勧告する訳にはいかないのだ。 「では、私は忙しいのでこれで」 「お待ちください、閣下!」 話を切り上げ退室しようとする軍司令官を、武官達が慌てて止める。 「まだ何か?」 「閣下に対する非礼、重々承知の上でお願い申し上げる。どうかレムリア軍への慈悲を賜りたい」 「と言うと?」 「レムリア軍に降伏の機会を。我等が軍使として出向いても構いませぬ。」 「……」 軍司令官は武官達の言葉にしばし沈黙する。 どうする? 個人的には賛成だが。 ……だが考えるより先に言葉が出た。 「わかりました。諸卿がそこまで仰るのであれば、レムリアに降伏する機会を与えましょう。ですが、軍使はこちらで出します。諸卿の手を煩わす事はできません」 まあいいだろう。 彼等の顔を立てるという名分を手に入れたのだ。問題はない。 「閣下の寛大さに感謝を」 【7-3】 交渉の席には数人のレムリア軍将校の姿があった。自己紹介によると、皆大佐らしい。 彼等は血でにじんだ包帯を巻いており、無傷の者は一人もいない。 「失礼ですが、貴官らが最高位なのですか? 将官はおられないのですか?」 10万からの軍ならば、何十人もの将軍がいる筈だ。 「……はい。将官で動ける者は、みな昨夜の夜襲で討ち死にしました。現在も数人の将官がおりますが、重態で交渉に出る事はできません」 指揮官先頭というやつか。 「そうですか。昨夜の貴軍の夜襲、実に見事でした」 「ありがとうございます」 会談冒頭は和やかに進んだが、やはり肝心の降伏問題は難航した。 「……では降伏はできぬと?」 「いえ。我々には降伏の権限はないのです。ですから停戦以外は無理です。」 「降伏の権限は誰にあるのです?」 「国王陛下です」 おいおい。 「では王都に伝令を出し、返事が返ってくるまで待てと?」 どうせ援軍と一緒にやって来るのだろう? 冗談じゃあない! まあ返り討ちにしてもいいが、時間がかかりすぎる。こちらも本国からせっつかれているんだ。 ……それに、弾薬の問題もある。 派遣軍はかつて無い程の弾薬を集めていたが、やはりかつて無い程の弾薬を消費している。 今度同規模の相手が来れば、流石に今回ほどの弾薬は消費できないだろう。次で終わりという保証もなく、次の来襲にも備えなければならない。 「それはあくまで形式的なものでしょう? 現実的には誰が判断できるのです?」 「軍司令官閣下なら、あるいは」 死人ではないか。 「……では砲撃再開しかありませんな」 「砲撃は困ります。陣地には負傷して動けぬ者が大半です」 「我が軍が望むのは降伏です。停戦ではありません」 「将官ですらない我々には、降伏に関する権限は……」 軍司令官が不意に卓を叩く。この不毛なやり取りに嫌気がさしたのだ。 室内に緊迫した雰囲気が流れる。 「全面降伏、応か否か! 速やかに返答を!」 「では陣に帰り、皆と検討を……」 「応か否か!」 レムリア軍の代表団は、軍司令官の剣幕に真っ青になった。その体は屈辱の為か震えていたが、やがて顔を俯け小さな声で答えた。 「……降伏します。」 「よろしい」 この言葉をもって、戦争――グラナダ戦役――は終結した。 レムリア軍は1万8千人が捕虜となったが、その大半が重傷者であった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【8-1 レムリア王国、王都王城】 「派遣軍が独断で降伏しただと!」 レムリア王の怒声が『謁見の間』に響き渡る。 ――グラナダ討伐軍降伏―― ……この極めつけの凶報を受け、王城は大きく揺らいでいた。 『謁見の間』には重苦しい雰囲気が充満している。 ……王の怒りのためではない。討伐軍の損害が、余りにも甚大なためだ。 僅か四分の一程度の敵と戦い、死者8万人以上。生き残った者は重傷者――おそらくはもう二度と戦えぬ体であろう――が大半。 10万の軍が、文字通り『全滅』したのである。このような事は歴史上初めてのことだ。 「陛下。派遣軍はもはや戦力を保有しておりません。降伏は仕方が無い事かと」 廷臣の一人が進み出て王を宥めようとする。 しかしそれは王の怒りを増大させるだけに終わった。 「黙れ! まだ2万近い兵がいたのだろう! 兵は何故戦わぬ!」 その言葉を聞き、軍務卿は思わず拳を握り締める。 無能とは思ってはいたが、これ程とは! 何故勇敢に戦い、死んでいった将兵達の為に、弔いの言葉一つ言わない? 兵達が勇敢に戦った事は、その損害を見ても明らかではないか。将も殆どが討ち死にしたんだぞ? ……何故涙の1つも流してやれない? 「兵を集めよ! 再戦だ!」 軍務卿は、全身の力が抜けるように感じた。 再戦? 王は現状を認識していないのか? 今回の討伐軍は、東方総軍と東方諸侯軍のほぼ全力をもって編成した。 それが全滅したのだ。 もはや東方には一部の例外を除き、王軍・諸侯軍共に少数の警備兵しか残っていない。 討伐軍の再編成どころか、この空白を埋めるために至急各総軍より部隊を抽出しなければならないのだ。 だが、これは必然的に各総軍の戦力低下を招く事になる。現在の情勢で、一体どの程度抽出できるか…… 帝國の外交工作に加え、今回の敗戦。 傘下の属国に不穏な動きが急速に広まっている。彼等に対する『抑え』も必要としていたのだ。 正直、各総軍とも抽出どころの話ではないだろう。 加えて、東部国境に展開する帝國軍を前に王国諸侯の動揺もまた激しい。 特に東方諸侯はその脅威を直に受けている。彼等に対しても何らかの手を打つ必要がある。 この様にレムリア王国は現在、内も外も大きく揺らいでいる。影響力の低下を最小限に抑えるためにも、何としても帝國とはここで『手打ち』にし、内政に専念しなければならない。 ……ああ、軍の再建もある。 10万の兵が消滅したのだ。一体戦力の回復まで何年かかるだろう? 『失った金』と『これからかかる金』のことを考えると頭が痛い。 この様に、やるべき事は山ほどある。 それを全て放り出して再戦だと? 王はレムリアを滅ぼす気か? 止めなければ。 だが彼よりも先に外務卿が進み出る。 「陛下、再戦は御再考下さい」 そして言った。 「大陸同盟が動き出しました。国境付近に大軍を展開中です」 【8-2】 外務卿の言葉に、『謁見の間』は騒然となる。 恐れていた事が遂に起こったのだ。 「外務卿! それは真か!」 軍務卿は思わず尋ねる。 それが真実なら、軍は何をやっているのだ! 「いかにも。軍務卿にも直ぐに軍からの報告があるでしょう」 レムリア王が怒りを忘れて尋ねる。 「外務卿、『張子の虎』が動いたというのか?」 『張子の虎』とは大陸同盟に対する蔑称である。『中小国がいくら集まっても何も出来まい』という、列強の驕りから出来た言葉だ。 「はい。しかも諸侯の動員まで行っています。さらに数は増えるでしょう」 「動員だと!」 大陸同盟は全戦力を揃えようとしているのだ! ……これはただ事ではない。 彼等の頭の中に最悪の光景が浮かぶ。 大陸同盟と帝國に二方向から攻められ、さらに傘下の属国も次々に離反。レムリア国内が戦場となる悪夢だ。 例え撃退できても国内は荒廃し、レムリアは列強の座から転落する。いや、それどころかレムリア滅亡の危機でさえある。 「大陸同盟の大使どもを呼べ! 釈明させるのだ!」 王の叫び声が空しく響いた。 【8-3】 王の剣幕にもかかわらず、大使達は実にのんびりとやって来た。 その緊張感の無さは今までの彼らからは想像すらつかない。 「陛下。この度は我等に何用で?」 大使の1人が尋ねる。 大陸同盟の中心国の一つ、ロンバルキアの大使だ。 他の大使達が黙っている所を見ると、おそらく彼が代表として話すことで事前に合意しているのだろう。 まずいな。 外務卿は内心舌打ちをする。 この行動は、既に大陸同盟意が意思を統一しているとしか考えられない。 ……そしてそれが意味する事はただ一つ。 「貴国らが我が国との国境付近に軍を展開している! 如何な所存か!」 レムリア王の怒鳴り声としか思えぬ詰問。 以前なら震え上がって釈明していた筈だ。 ……だが彼等は平然としている。 「只の演習ですが?」 「『只の演習』だと! この時期に、しかも国内に動員までかけてか!?」 「ですから演習ですよ。ああ、大演習ではありますね。正確には『大特演』――大陸同盟軍特別演習――といいます。」 「ふざけるな!」 「陛下。『我が国内で何をしようが我等の勝手』以前の陛下のお言葉ですぞ。」 レムリア王は怒りに震えている。それを察した外務卿が、慌てて会話に割って入った。 「大使殿、その事については一先ず置いておきましょう。しかしその『演習』にロッシェルが加わっているのはどういう事です?」 「ロッシェル王国は大陸同盟の一員ですが?」 「ロッシェルは帝國の属国です! もはや独立国ではないのですぞ!」 「大陸同盟には、『独立国以外加わってはならない』という規則は存在しません」 そんなものは常識の問題だろうが! 外務卿は心の中で罵りつつも、さらに質問を重ねる。 「ではその演習に帝國軍が加わっている事は?」 その言葉に周囲の廷臣達がざわめく。 それはそうだろう。これでは『大陸同盟諸国が帝國とともに、レムリアを攻めようとしている』と責められても言い訳できない。 だが…… 「ああ、帝國はロッシェル王国の宗主国ですからね。別におかしなことでは無いでしょう?」 だが大使は平然と屁理屈を言う。   ……もはや疑いようもない。大陸同盟は『決断』したのだ。 外務卿は溜息を吐きながら尋ねる。 「……それが、貴国等の下した『決断』ですか?」 その言葉を聞くと、ロンバルキア大使は急に姿勢を正し、重々しい声で返答した。 「外務卿閣下。時代は大きく変ろうとしているのです。我々は乗り遅れる訳にはいかないのですよ」 これは彼等にとっては絶好の機会なのだろう。『旧体制』という牢獄からの脱却という。 「これで納得頂けたと存じます。では我等はこれで」 ロンバルキア大使の言葉を受け、大使達は次々と退室していく。 彼等の歩みは堂々とし、何も迷いも恐れも無いかのようだった。 「さようなら、大使方。願わくば貴国等の向かう先が幸あるものでありますように」 彼等のあまりにも迷いの無い後姿に、外務卿は思わず声をかけずにはいられなかった。 その外務卿の心からの言葉を聞き、ロンバルキア大使は振り返り答えた。 「有難う御座います、外務卿閣下。ですが心配御無用。むしろレムリアにこそ幸有らんことを。こ度の戦の後始末、一つ間違えれば……」 御国が滅びますよ? 「有難う。大使殿」 そんな事は分かっているさ。 彼等が退室して直ぐ、何かが倒れる音がした。 「陛下! 陛下! 誰か典医を呼べ!」 第三十六代レムリア国王崩御。享年48歳。 長年の放蕩の果てとも、怒りの余りの憤死とも伝えられている。