帝國召喚 第1章「大陸進出」 【0-1】 指揮官機のバンクを合図に、全機突撃する。 敵のワイバーンは九六式艦戦に任せ、零戦はワイバーン・ロードに殺到した。 ワイバーン・ロードは、航空機では考えられないような高機動で零戦の後方に付こうとするが、たちまち振り切られてしまう。 「遅いんだよ!」 西山二飛曹はそう叫びながらワイバーン・ロードを振り切ると高度を稼ぎ、今度は逆に急降下で向かっていく。 狙うは一撃離脱。 生物相手に格闘戦を挑む気などさらさらない。機銃を全門使用可能にし、照準機いっぱいに敵がみえるようになると射撃を開始する。 8挺の7.7ミリ機銃から、7200発/分もの銃弾が放たれる! しかし銃弾は敵に届くことなく,『光の壁』に阻止されてしまう。良く見ると、敵周囲は常時光に包まれている。 『防護結界』だ。 先程の『光の壁』は『防護結界』が効力を発揮し、輝いて見えたのだろう。 「もう一回!」 再び射撃位置につき、射撃を開始する。 やはり光に包まれ阻止されるが、その輝きはみるみるうちに薄くなっていき、遂には消えてしまう。 その直後、ワイバーン・ロードは絶叫とともに、血まみれで墜落していった。 『防護結界』が過負荷により消滅し、銃弾の直撃を受けたのだ。 「……弱すぎるな。見習いか?」 開戦初期は、なかなか手ごわい相手だった。敵の飛竜の性能はもっと高かったし、乗り手の腕も良かった。 だが、編成には大きな欠陥があった。 当時、敵はワイバーン・ロード1騎にワイバーン数騎を加えた部隊を1単位として運用しており、その為にワイバーン・ロードの性能がワイバーンによって低く抑えられ、無用の損害を出していたのだ。 ようやくワイバーン・ロードとワイバーンを、まがりなりにも別々の部隊とした時には既に遅く、空中騎士団は消耗しきっていた。 帝國軍とて人のことを笑えない。 ……何せ、転移後しばらくはワイバーン相手に格闘戦を挑んでいたのだから。 もし敵が、始めから別々で戦っていれば大損害を受けていただろう。 ふと周囲を見渡すと、ワイバーン・ロードはもう1体も見えない。やられるか逃走したのだろう。戦いはあらかた終わったようだ。 九六式艦戦隊の戦いも、終盤に近づいていた。 ワイバーンもやはり九六式艦戦の一撃離脱戦法の前に次々と敗れ、残ったワイバーンが逃走を試みるも、今度は自分達の倍以上の速度を誇る零戦に追いつかれ、次々に落とされていく。 今回の戦いに参加したのは、帝國軍が零戦二一型改(二一型の20ミリ機銃2挺を7.7ミリ機銃6挺に換装したもの)27機、九六式艦戦54機の計81機。大陸同盟軍がロッシェル王国軍所属のワイバーン・ロード30騎、ワイバーン120騎の計150騎であった。 数で勝る大陸同盟軍ではあったが、ロッシェル王国空中騎士団は度重なる消耗により練度不十分であり、かつ個々の機体の性能差は絶望的で、終始帝國軍に圧倒された。 結局帰還できたのはワイバーン・ロード2騎だけ(うち1騎は帰還後竜騎士死亡、騎竜廃棄)であり、与えた損害も零戦1機、九六式艦戦2機のみという悲劇的なものだった。 【0-2】 大歓声を背に、飛竜が次々に離陸していく。 100を超える飛竜が行動を共にするなど、一体どれ位振りだろう? 竜騎士アンドレセンは考える。 そうだ、開戦以来だ。 もっとも開戦時とは状況は大きく異なっている。ロッシェル王国空中騎士団は開戦以来消耗を重ね、その兵力を大きく減じていた。 今回の出撃も、王国中から比較的まともな飛竜(それでも性能は減じている)をかき集め、ようやく可能となったのだ。 もう王国には、退役寸前の老体か生まれたばかりの飛竜しか残っていない。乗り手も正規の竜騎士・竜戦士は数える程で、大半は見習いを繰り上げた者達だ。 恐らくこの一戦が事実上の『ロッシェル王国空中騎士団最後の戦い』となり、今後王国軍は制空権を完全に失うことになるだろう。 ……帝國と戦う事自体が、無謀だったのだろうか? その証拠に、我々が全力で戦い敗れつつある相手は、帝國の『一派遣軍』に過ぎないのだ。 やはり辺境の小国のように、戦わずに降伏していれば良かったのだろうか? アンドレセンは自分の考えがどんどん悲観的になっていく事に気付き、慌てて考えを中断した。 それは、とてもではないが一竜騎士が考えて良い事ではなかったのだ。 突然、指揮官の騎竜が大きく向きを変える。 帝國軍だ! 見たところこちらの半数ほど。重型がワイバーン・ロード同じ位、軽型はワイバーンの半数以下だ。 だが油断はできない。竜も腕も向こうの方が上なのだ。 ワイバーン・ロードの1隊が、敵の軽型に向かおうとする。 軽型相手なら互角以上に戦えるからだろうが、重型に阻止され各所で戦闘が始まった。 アンドレセンも敵の重型と戦闘を開始するが、何度か敵の後ろに回りこんでも簡単に振り切られてしまう。 ワイバーン・ロードの質が、低下しているせいだ。 なにせ度重なる消耗により、今では通常血統のワイバーンから調整し、その上急速育成までおこなっている有様だ。これでは質が落ちない方がどうかしている。 敵の品質は常に一定なのに! 敵が高度を上げ、急降下する。 『鉄の雨』を使う気だ! 敵の攻撃魔法『鉄の雨』は大量の炎と鉄を撒き散らす。その威力は王国軍恐怖の的だ。 防護結界が『鉄の雨』をなんとか防ぐ、しかし次は無い。 再び敵は『鉄の雨』を降らせようと襲いかかってくるが、アンドレセンの意識はそこで途切れた。 ロッシェル王国が降伏したのは、それから3日後のことである。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【1-1】 九九式艦爆から投下された250キロ爆弾が、まるで吸い込まれるかの様に敵艦に向かっていく。 一拍子遅れて爆音が起こり、敵艦は炎に包まれた。 時折対空カタパルトより魔法の矢が放たれるが、全く当たらない。 「たっまや〜」 「真面目にやって下さいよ、太田さん!」 太田二飛曹の不真面目な言葉に、黒沢二飛曹が抗議の声を上げる。 「しょうがないだろ? もうやる事無いんだから」 実際、爆弾1発落したらもう敵艦に対する攻撃手段は無い。後はただ同僚の活躍を眺めているだけ(それも任務のうち)だ。 「機銃で攻撃します?」 「弾の無駄だよ」 黒沢二飛曹の提案をあえなく却下した。 まあいくらなんでも、九九式艦爆の7.7ミリ機銃では効果ないだろう。もっとも護衛の零戦のように、8挺も搭載していれば話は別だろうが…… 「連中もご苦労だな。最初から最後まで、俺達の活躍を指咥えて見ているだけなんだから」 太田二飛曹は、心底同情したように呟く。 護衛の零戦は、いざという時の為に機銃掃射も禁じられているのだ。 「もうこの辺りに敵の飛竜はいませんからねえ。この間、西山さんも嘆いていましたよ? 『敵のワイバーン・ロードと戦いたい』って」 西山とは零戦隊の西山二飛曹の事で、彼等と西山二飛曹は同期だ。 「ワイバーン・ロードねえ…… もうロッシェルには、いないんじゃないか?」 「太田さん、いくらなんでもそれは無いですよ」 「でも陸軍の奴等の話だと、ワイバーン・ロードどころかワイバーンでさえ、滅多に見ないそうだぞ?」 無駄口をたたいている彼等の横を、九九式艦爆の1機が通過していく。その両翼には何かを抱いている。 爆弾ではない、機銃だ。 零戦に7.7ミリ機銃を増強する際に撤去した20ミリ機銃を、九九式艦爆の爆弾架に搭載できるように改造した『機銃ポッド』である。 「俺もあれが良かったかな? 何回も攻撃できるし」 「……何言っているんですか。『動きが鈍くなるから嫌だ』って言って断ったの、太田さんじゃないですか。」 九九式艦爆が20ミリ機銃を発射すると、たちまち対空カタパルトが沈黙する。この機体の役目は『敵艦の対空砲火の制圧』なのだ。 「やっぱり太田さんには無理ですよ。あんな細かい仕事」 それを見た黒沢二飛曹は呟いた。 「お前ね」 そうこう言い合っているうちに、戦いは終わった。 結果はもちろん帝國海軍の圧勝である。 この戦いに参加したのは九九式艦爆12機(うち20ミリ機銃装備3機)、零戦3機の計15機。損害は九九式艦爆の1機が小破(もちろん自力で帰還可能)した程度で、敵小型艦は2隻とも沈没した。 攻撃隊は再び編隊を組み帰還する。 「太田さん、何食べているんですか?」 「干し肉だよ。お前も食うか?」 そう言うと太田二飛曹は袋を後部座席に放り投げた。袋を開けると虹色の干し肉が入っている。 「……これ、何の肉です?」 思わず聞いてしまう。 こっちの世界に来てからいろいろ訳の分からない物を食べてはきたが、このようなあまりにも怪しい肉は初めてだ。 「さあ?」 「『さあ?』って、よく食べられますね? 一体どこで手に入れたんです?」 「この前上陸した時、陸軍の奴に貰った。なんでも陸軍じゃあ結構食ってるらしいぞ?なにしろ日本食は滅多に食えないそうだからな」 陸軍の苦労を聞き、思わず目頭が熱くなる。 ああ、艦の食事に『訳が分からない』と文句を言った自分が恥ずかしい。 「何やっているんだ?」 黒沢二飛曹の反省の仕草に、太田二飛曹は呆れた様な声をかける。 「ほっといて下さい!」 【1-2】 飛行を続けると、洋上に複数の艦が見えてきた。 帝國海軍の巨大な軍事力の象徴、機動部隊だ。 この機動部隊は改装空母『大鷹』『冲鷹』『雲鷹』からなる第七航空戦隊に、峯風型駆逐艦6隻を加えたもので、ロッシェル王国を含む大陸東部諸国の海上連絡線遮断を主任務としている。 従来『大鷹』型を始めとする低速の改装空母は。艦載機の運用が困難であり飛行機運搬船として運用するのが精々だった。 しかしこの世界に来て、『彼女達』の運命は急変する。 『風の魔石』というものがある。 魔石といっても人工的につくられたものであり、本来は『風車を動かす為の風を生み出す』ことを目的に開発されたのだが、持続的に風を発生させる事が不可能と判明(ついでにコストも上昇)し、代わりに一部帆船の補助動力てして用いられてきた。 風の魔石は5〜6ノットの風(これは無風状態の場合で、風が吹いていればその分上乗せできる)を人工的に発生させる事ができる。 持続時間は約1時間。再チャージにおよそ半日かかる。また使用し続けるとやがて崩壊する。 これに目を付けたのが帝國海軍だ。これさえあれば低速の改装空母でも、自由に合成風力を作る事ができる。 かくしてこれら低速の改装空母群も、帝國海軍機動部隊の正式なメンバーとして働かされる事となったのだ。 ちなみに『大鷹』型の搭載機は、零戦が12機(うち補用3機)、九九式艦爆15機(うち補用3機)の合計27機(うち補用6機)となっている。 「攻撃隊、帰還しました。敵艦は2隻とも撃沈、損害は艦爆1機小破です」 航空参謀の言葉に長官は大きく頷く。 「もうこの海域での任務もあらかた終えたな」 「はい、近いうちに移動命令がでるでしょう」 その言葉に『大鷹』の飛行長が破顔一笑する。 「部下たちも喜びます。艦戦部隊の連中、退屈してますから」 彼等が雑談をしているところに、通信参謀が駆け込んできた。 「長官、連絡機です。ロッシェル派遣軍の参謀が、至急長官にお目にかかりたいとの事です」 「陸さんが? ……とにかくお会いしよう」 【1-3】 陸軍の参謀が一体何の用だろう? とにかく急いで会う事にした。 会議室ではすでに参謀が待機しており、長官が入室するとすかさず立ち上がり敬礼する。互いに挨拶を終えた後、本題に入る。 「ロッシェルが大規模な反攻作戦を計画しています。陸上の敵はこちらで対処しますが、敵の航空兵力に関しては不安が残ります。貴艦隊の支援を要請します」 陸軍の参謀の言葉に首を傾げる。たしか派遣軍の近くに海軍の陸上航空隊――しかもかなりの戦力を持つ有力な部隊――がいた筈だ。それを告げると参謀は面目なさそうに答える。 「もちろん応援を頼み、快諾を得ました。しかしお恥ずかしながら陸軍航空隊は地上部隊の支援で手一杯で、海軍さんの陸上航空隊のみでロッシェルの航空戦力に当たることになります。それではかなりの損害を受ける事でしょう」 「ロッシェルに、そんな大規模な航空作戦を行える余力があるのですか?」 「確度の高い情報によると、30のワイバーン・ロードを含む150の航空戦力を投入するそうです。陸上航空隊は九六式艦戦なので、ワイバーン・ロードが相手では荷が重いかと……」 「150! 開戦以来ですな!」 その数に長官は驚きを隠せない。 恐らく使える飛竜を根こそぎ集めたのだろう。 それだけにロッシェルのこの作戦に賭ける意気込みが分かるというものだ。この作戦を挫けば、帝國の勝利に大きく貢献できるだろう。 「わかりました。当艦隊からも艦戦部隊を派遣しましょう」 「感謝します!」 「しかし、良くそのような詳細な数まで分かりますね」 「……まあ不利になればなる程、逃げ出す鼠は増えていくものですから」 長官の疑問に、陸軍の参謀は何ともいえない表情を浮かべて答えた。 つまりは内通者という事だ。 長官はその言葉を聞き、顔を顰める。 「祖国の危機に何という輩だ! そのような輩の言、信用してよろしいのですか?」 「ですがそのような輩も使いようです。もちろん裏もとっております。」 その後お決まりの言葉をやり取りを終え、会議は終了した。参謀が帰還すると大急ぎで派遣部隊の段取りが決められる。 「当艦隊から何機出しますか?」 航空参謀の問いに長官はしばし熟考し、答えを出した。 「27機出す」 「27機! 全艦戦をですか! ……しかし、艦隊の防空はどうしますか?」 「防空には艦爆を使う。もうロッシェルにはこちらに差し向ける兵力は残っていないだろうし、もしやって来てもその数は知れている。艦爆でも十分迎撃可能だろう」 「しかし、万が一……」 「ロッシェルはこの戦いに全てを賭けるつもりだ。我々も持てる兵力全て注ぎ込む」 航空参謀の意見具申を長官は退ける。 「かしこまりました。全戦闘機を派遣します」 その力強い言葉に航空参謀は敬礼して答えた。 【1-4】 搭乗員待機室では、艦戦隊の搭乗員達が待機していた。 彼等はすでに今回の作戦の概要を聞き、誰が居残りを命じられるかと不安そうにしている。 何せここのところ敵と戦う事もできず、同僚の艦爆乗り達の手柄話を肩身が狭そうに聞くだけだったのだ。これで居残りを命じられたら眼も当てられない。 飛行長が入室すると皆が一斉に起立する。 「楽にしてよろしい。本艦隊は全艦戦を出撃させ、ロッシェル王国軍航空兵力を殲滅する」 飛行長の言葉の意味を理解し、搭乗員達は歓声を上げた。 「いいか、我々の目標は一にワイバーン・ロード! 二にワイバーン・ロード! 三にワイバーン・ロードだ! ワイバーンになぞ目もくれるな! 解散!」 誰もが出撃の準備で駆け回り、エレベーターに乗せられた零戦が次々に甲板に上げられていく。 やがて出撃時刻となった。 全くの無風状態。以前の『大鷹』型なら、航空機の発艦はどうやっても不可能だっただろう。 しかし、今は違う。 突如として6ノット程の風が吹き、たちまち25ノットの合成風力が作り出される。 その風を受けた零戦が次々に飛び立つ。 全機発艦すると、彼等は編隊を組んで西に向かった。 その目標は、ロッシェル王国軍空中騎士団! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【2-1 ロッシェル王国、王都】 「閣下、連中が動きました。重戦闘タイプ27騎の出撃を確認済みです」 「そうか御苦労。しかし27騎か! ……おそらく全力出撃だろうな」 副官の報告を受け、空中騎士団長は会心の笑みを浮かべる。 今回の作戦――王国軍の総力を上げた反攻作戦――に、空中騎士団長は終始反対した。 結果が見えていたからである。 作戦が大規模すぎ、敵に察知される事を避けられない。おそらく待ち構えた敵に迎撃され、王国軍は全戦力を失うことになるだろう。 しかし王国宰相をはじめとする閣僚、はては軍務卿や大将軍までもが『賛成』。そうでなくても『反対はせず』となれば、一将軍が反対した所でどうにもなるものではなかった。 それにしても皆が皆、反対しないとは奇妙な話だ。近頃では講和派の勢いが増し、抗戦派と日頃衝突しているというのに。 おそらく講和派は敗北により抗戦派の勢いを弱め、講和に持っていこうとでもしているのだろう。 馬鹿な話だ。戦力を完全に失った後での講和など、どんな条件でも言いなりではないか。もっとも、王国軍が全滅するとまでは考えていないのかもしれないが。 抗戦派(空中騎士団長もそうだが)も愚かだ。勝てないまでも痛打を与えられるなどと、本当に信じているのだろうか? 或いは敗北続きで自棄になっているのか。 何れにせよこの作戦の実行は決行される事となった。 この戦いで、ロッシェル王国空中騎士団はその歴史に幕を閉じる事になるだろう。 それならば、何としても帝國に一矢報いなければならない。 我等の名誉の為にも。 【2-2  ロッシェル王国、王立飛竜育成所】 王立飛竜育成所とは、読んで字の如くワイバーンを卵から成獣になるまで育成する機関である。 もっともワイバーン・ロードは管轄外で、候補に選抜された個体は幼獣のうちに魔法協会に送られ、各種テストの後ワイバーン・ロードに『調整』される。 ここに不意の来客が訪れていた。 「これは竜士養成学校校長殿、当育成所に何用で?」 応対に出た所長は尋ねる。 竜士とは竜騎士と竜戦士の総称であり、その養成学校校長とは帝國風に言えば飛行学校の校長といったところか。 「飛竜をお借りしたい」 「飛竜を? ……ああ、お宅の竜まで持っていかれましたか。うちの竜も根こそぎ持っていかれました。やっと成獣になった竜までね」 所長は溜息と共に続ける。 「開戦前まで細々とやってきたのを、いきなり『増産しろ』なんて無理にきまっているじゃないですか。竜は卵のうちからじっくり育ててやらなければならないのです。でなければ、とても良い竜なんぞできやしませんよ」 日頃の鬱憤がたまっているのか、親交のある校長につい愚痴をこぼす。が、直ぐに我に返り慌てて謝罪する。 「あ、いや申し訳ない」 「いや、お気持ちはごもっとも。当校でも事情は同じです」 「そうですか、そちらも大変ですね。しかし我々の所にはもう幼生の竜しかおりませんので、残念ながら貴校のご希望には答えることはできません」 「いや、幼生体で結構。それにわが校の用ではなく、『我々』の用です」 そう言うと、校長は命令書を手渡して告げた。 「空中騎士団長閣下の命により、貴育成所の飛竜を徴集します」 「命令? 当育成所は軍務省直轄で、空中騎士団の命を受ける立場にありませんよ? それに、『幼生体でもかまわない』とはどういう事ですか?」 所長は突然の展開に、戸惑いながらも尋ねる。 「『魔薬』を使います。一度だけなら実戦に投入可能となるでしょう。」 『魔薬』とはこの場合、竜の能力を一時的に上昇させたり、疲労を回復させたりする薬のことである。 便利ではあるが副作用として竜の体に無視出来ない程のダメージを与える為、通常ならまず使用されない。幼生体の竜に実戦可能となる程の『魔薬』を与えれば、死を免れないだろう。 「『魔薬』ですって! そんな事をしたら、竜が死んでしまいます!」 「我々は、もう手段を選んではいられないのですよ」 所長の抗議にも表情を変えず、校長は淡々と答える。 「とにかく竜はお貸しできません。お引取り願い……」 校長の態度に所長は怒り、拒絶しようとする。だが、それが彼の発した最後の言葉だった。 彼の胸には短剣が深々と刺さっていたのだ。 「……残念ですよ。できればこの様な真似はしたくなかったのですが、もう時間が無いのです」 心から残念そうに言う。 急に扉が開かれ、抜刀した兵士達がなだれ込んできた。彼等の剣は血で塗れている。 「所内の制圧を完了しました! 現在、使用可能な竜を選抜中です!」 兵士の言葉に黙って頷くと、校長は部屋を後にした。 【2-3 王立竜士養成学校】 数日後。 竜と竜士達が並んでいる。だがよく見ると竜達は幼生体で、目も異常な程血走っていた。 ……以前強奪した竜だ。 竜士達も竜に負けず幼い。いや竜士ですらない、彼等はみな竜士養成学校の生徒達なのだ。 「諸君! 諸君らにはこれより、重大な任務が与えられる!」 校長の言葉に生徒達は緊張する。 今回の作戦により最上級生達は卒業を急遽繰り上げられ、出撃する事になっている。 ここにいる者達も最上級生ではないが、成績優秀な者ばかりだ。 ……という事は自分達も。 「諸君らは帝國の飛竜母艦(空母のこと)を捜索し、攻撃して欲するのだ!」 とたんに生徒達がざわめく。 無理も無い。 飛竜母艦は要塞艦(戦艦や重巡のこと)と並んで、帝國の巨大な軍事力――恐怖――の象徴なのだ。 「諸君らのような生徒達まで動員しなければならない事を許して欲しい。だが今回の作戦は王国の命運を賭けた決戦である! この戦いに敗北すれば、王国は滅びる事になるだろう!」 生徒達のざわめきが止む。 「王国の命運は作戦に参加する全将兵の双肩にかかっている! ……もちろん諸君の双肩にもだ」 生徒たちは目を輝かせる。 『王国の命運は自分達の双肩にかかっている!』 その言葉は彼等の心をくすぐるのに十分な程魅力的な言葉だったのだ。 「諸君らは帝國の飛竜母艦を発見し、沈めるのだ! 帝國を王国から叩き出せ!」 校長の叫びに生徒達は呼応する。 帝國の飛竜母艦を沈め、『英雄』になる! もはや恐怖はない。彼等は竜達に駆け寄ると騎乗し、次々に飛び立っていった。 目標は帝國艦隊! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【3-1 ロッシェル王国東部、某拠点】 ロッシェル王国東部。すでに帝國の支配下にあるこの地域の某山中に、彼等はいた。 「……そろそろ出撃時刻か」 空中騎士団、第一空中騎士隊隊長は呟いた。 この様な場所に、まるで山賊の様に潜んでいたのも今日この日の為。必ずや帝國に、目に物を見せてやるのだ。 第一空中騎士隊は、空中騎士団の中でも最精鋭を誇った部隊であった。 しかし帝國軍航空部隊の前に磨り潰され、残存戦力は2騎の飛竜を残すのみとなっている。事実上全滅といってもいいだろう。 書類上では彼も含め、既に全滅した事になっている。 この第一空中騎士隊残党は、空中騎士団長の密命により地下拠点に潜み再起を謀っていたのだ。 この地下拠点は元は陸上部隊が撤退時に放棄した施設で、かなりの食料も備蓄されている。 彼等は竜と共にここで辛抱強く、『時』を待った。 以前なら、この様な命令などとても受け入れられなかったろう。 だが復讐心がそれを可能にした。 他の『全滅』した筈の部隊の残党も同様に、王国東部の各地に潜んでいる筈だ。 もっともその戦力は僅かに飛竜10騎程度で、通常の手段ではとても帝國に一矢報いる事などできない。だから時を待ち続けた。 そして今日、ついにその日がやって来たのだ。 目標は、あの憎き飛竜母艦! 今、飛竜母艦にはあの悪魔のような重戦闘型はいない。いるのは攻撃型のみ。 これを逃せば、もう次は無いだろう。 1隻でもいいから飛竜母艦を沈めなければならない。 死んでいった仲間達の為、そして第一空中騎士隊の名誉の為に! 「諸君! ついに時は来た! 我々第一空中騎士隊は、その全戦力を持って帝國艦隊に攻撃を加える!」 隊長の演説に部下達の歓声が上がる。 未だ士気は高い。彼等もこの日を待ち続けていたのだ。 「なお我々の出撃をもって、部隊は解散する!」 続く隊長の言葉に戸惑いの声が広がる。 彼等は飛竜の出撃後、付近の帝國軍部隊に突撃するか、占領地域を突破し友軍に合流するものと思っていたのだ。 「諸君らの戦争は終わったのだ、生きて故郷に帰りたまえ!」 それを察した隊長はそう言葉を結んだ。 部下達はもう十分戦ったのだ。彼らに最後までつき合わせる訳にはいかない。 【3-2】 部下達が飛竜の最終調整を終え、最後に『魔薬』を注入すると飛竜が悲しげな声を上げる。 まともな竜士や竜兵で、『魔薬』を使いたがる者などいない。部下達も飛竜の目を見ないようにしている。 だがもはや形振り構ってはいられないのだ。 しばらくすると『魔薬』が効き始めた証拠に、飛竜の目が異常な程充血し始める。 後は敵発見の報を待つのみだ。 隊長は待機しながら考える。 この極秘作戦に参加するのは、捜索部隊を別とすれば地下に潜った10騎程度の飛竜のみ。 そのうち、ワイバーン・ロードは僅かに2騎。 敵艦隊に重戦闘型はいないとはいえ、攻撃型が30体以上いる。対空砲火もかなりのものだろう。 ……まず生きては帰れないな。 そんな事をぼんやりと考えていると、部下が報告書を持ってやって来た。 敵艦隊の位置が判明したのだ! 位置を確認し、隊長は飛竜に騎乗して号令をかける。 「第一空中騎士隊、出撃!」 第一空中騎士隊最後の飛竜部隊が飛び立つ。 僅か2騎ではあるが、2騎ともワイバーン・ロードである。 そしてこの極秘作戦に参加する飛竜部隊の中で、唯一のワイバーン・ロード部隊でもあるのだ。 今回の作戦の成否は、彼等の働きに懸かっているといっても良いだろう。まさに第一空中騎士隊最後の任務に相応しい。 目標、帝國艦隊! 【3-3 帝國海軍機動部隊】 「長官、ロッシェル派遣軍から緊急電です! 『敵ワイバーン約20、貴艦隊ニ接近中。注意サレタシ』との事です!」 「……ほう。まだ余力を残していたか」 通信参謀の報告に、長官は驚きの声を上げる。 一体、敵はこの作戦に何体の飛竜を投入しているのだろう? しかし感心してはいられない。直ちに迎撃態勢を整える。 各空母より九九式艦爆が発艦し、既に上空で直衛任務に就いている九九式艦爆と合流する。 その数18機。 彼等は迎撃の為、報告のあった方角に向かう。 「いや〜。まさか留守を狙われるとはねえ」 「笑い事じゃあないですよ太田さん!」 相変わらず不真面目な太田二飛曹の言葉に、黒沢二飛曹が何時もの様に抗議の声を上げる。 「零戦隊がいない以上、僕らがワイバーンを阻止しないといけないんですよ!」 「分かってるって。お…… いた!」 太田二飛曹の指差す方向には、多数の飛行物体が見えた。ワイバーンだ! 捜索攻撃部隊は、敵の重戦闘型がやって来たという方向を、只ひたすら飛行している。 未だ卒業すらしていない生徒達にとって、海上を飛行するという事はそれだけで神経を磨り減らす。 だから当然、九九式艦爆の接近に気付く事など出来なかったなかった。 「……? ずいぶん小型の竜だな、新型か?」 太田二飛曹は疑問の声を上げる。 ただのワイバーンが相手ならどうという事はない。機動性こそ向こうの方が高いが、速度で圧勝している。 だが、新型となると…… 「油断する訳にはいかんな」 幸い敵はまだこちらに気が付いていない。とりあえず一撃当ててみよう。 太田二飛曹はそう判断すると、敵のワイバーンめがけて急降下をかける。敵ワイバーンがみるみる大きく見え、やがて照準器にも一杯になる。 チャンスだ! 「……!?」 が、声にならない叫び声を上げると、射撃もせずに再び上昇する。 「何やってるんですか!太田さん!」 黒沢二飛曹が、彼にしては珍しく声を荒げる。 だが彼の言う事はもっともだ、戦場での油断は死へと直結している。 「せっかくの敵の新型を倒す機会を!」 だが、太田二飛曹が怒鳴り返す。 「あれは新型の竜なんかじゃない、子竜だ! 乗っているのも子供だ!」 畜生、なんであんな子供が戦場に出てくるのだ! 連中はそこまで追い詰められているのか? 周りを見渡すと、やはり多くの艦爆が攻撃を躊躇っている。 当たり前だ。誰だって子供殺しなんかに成りたい筈が無い。まして勝ち戦の最中、当然心にも余裕がある。 いい子だからそんな危ないもの捨てて、とっとと逃げちまいな。見逃してやるからさ。 太田二飛曹は何度も急降下をかけてワイバーンを威嚇する。 ワイバーンは必死に逃れようとするがどうにもならない。腕も機体も違い過ぎるのだ。 ……だがそれでも、彼等は抱えている爆弾を捨てようとはしない。 何度か同じ事を繰り返していたが、やがて指揮官機が進みでてワイバーンに向けて発砲した。 猶予時間が過ぎたのだ。 銃弾を受けたワイバーンは、血だるまになって落ちていく。 それを合図に他の艦爆も次々に射撃を開始し、瞬く間にワイバーン部隊は全滅した。 「……帰還しましょう。」 黒沢二飛曹の声がどこか遠くで聞こえた。 その頃、第一空中騎士隊は帝國艦隊に向かい飛行していた。 捜索部隊が敵の迎撃を受けたらしい。ということは、帝國艦隊はその近くにいる筈だ。 捜索部隊はおそらく全滅だろう、彼等の敵もとらなければならない。 復讐の決意を新たに飛行を続ける。 やがて海上を進む巨大な船が何隻も見えてきた。 ……帝國艦隊だ! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【4-1】 第一空中騎士隊が艦隊上空に到達した時、艦隊は迎撃部隊収容の真っ最中であった。 彼等に気付いた1機の艦爆が行く手を塞ごうとするが、あえなく撃墜されてしまう。 その事でようやく敵襲に気付き、直衛機と着艦を中止した艦爆が向かってくる。 だが第一空中騎士隊の2騎のワイバーン・ロードは、爆弾を抱えながらもその高速を生かし、艦爆の防空網を潜り抜け1隻の空母――雲鷹――目がけ一斉に投弾する。 爆弾は2発とも甲板に命中した。 必中を期して肉薄した成果だったが、その代償として1騎のワイバーン・ロードが機銃弾の直撃を受ける。 至近距離からの25ミリ弾は、『魔薬』によって大幅に強化された防護結界を最初の1発で無効にし、残りの銃弾が生身の肉体に殺到する。 ワイバーン・ロードは原型も留めず絶命した。 残る1騎のワイバーン・ロードに向かい、艦爆が殺到する。1対20の空中戦が始まった。 速力、機動性ともに艦爆を大幅に上回るワイバーン・ロードではあるが、いかにせん数が違い過ぎた。 しかも敵は戦い慣れ、編隊を組んで相互に連携して攻撃してくる。 次第にワイバーン・ロードは追い詰められていった。 【4-2】 突然、艦隊が停止していた対空砲火を再開する。 残りの攻撃隊が到着したのだ。 艦爆の包囲網に乱れが生じ、その隙を突いてワイバーン・ロードが包囲網を突破した。そして迎撃に向かおうとする艦爆を牽制する。 状況はたちまちの内に膠着状態に陥った。 攻撃隊は5騎のワイバーンで、編隊を組まず多方向から単騎単位でやって来た。 これを阻止しようと、護衛の駆逐艦が対空砲火を浴びせる。だがその火力はあまりに貧弱だった。 6隻の峯風型駆逐艦は、予備の魚雷と装填装置を撤去した代償として対空火力を強化していたが、それは13ミリ・25ミリ機銃を合わせて10挺程装備した程度であり、射撃統制装置すら装備されていなかったのだ。 これではとても有効な対空砲火を形成できず、次々に対空砲火を突破されていく。 この時、艦隊は3隻の大鷹型空母と6隻の峯風型駆逐艦から成り、空母を中心とした薄い輪形陣を形成していた。 その為、この薄い一線を越えるとすぐに空母群に到達されてしまう。護衛艦の数も質も不足していたのだ。 彼等は皆、被弾し煙をあげている雲鷹を目指している。 3隻の空母が必死に対空砲火を打ち上げる。 皮肉な事に、その対空砲火は護衛の駆逐艦とは比べ物にならない程強力なものだった。 もっともそれは仕方の無い事であろう。 護衛の駆逐艦群は水上の敵に対する護衛として付けられたものであり、その対空火力は足手まといにならない程度に増強されたものにすぎなかったからだ。 艦隊の防空力はその艦載機に全面的に依存しており、そのツケが今回って来たのだ。 空母の対空砲火により、1騎のワイバーンがたちまち火達磨になる。 しかし彼等は前進を止めようとはしない。残った4騎のワイバーンも雲鷹に殺到する。 彼等は雲鷹上空に到着すると、信じ難い程肉薄し次々に爆弾を投下していく。投下後、また1騎のワイバーンが火達磨になり落ちた。 雲鷹は投下された爆弾を必死にかわそうとするが、先の2発の爆弾に続き、更に2発の直撃弾と1発の至近弾を受ける。 1万8000トンの巨艦とはいえ、商船を改装した艦だ。その防御力は正規の空母とは比べ物にならない程低い。雲鷹の速度が目に見えて低下していく。 残った3騎のワイバーンは爆弾投下後も離脱せず、空母群に対し火焔攻撃を行う。 帝國海軍がこの世界で頻繁に行っていた『敵艦の対空砲火の制圧』だ。 さらに1騎のワイバーンが落されるが、剥き出しの機銃群に対してその効果は絶大だった。たちまち空母群の対空砲火弱まっていく。 もう彼等を阻止する術は無いように見えた。 【4-3】 帝國艦隊にとって間の悪い事に、東方から新たなワイバーン部隊がやって来たのはそんな時であった。 ワイバーン部隊の数は僅かに3騎。だがそれでも雲鷹に止めを刺すには十分だろう。 ワイバーン部隊はやはり単騎単位でやって来て、必死で対空砲火を打ち上げる駆逐艦群を嘲笑うように容易く突破して雲鷹に向かう。 もはや雲鷹の運命は風前の灯火であった。 しかし、今までロッシェル側に傾いていた幸運が、ここで突如として帝國側に傾く。 今まで艦爆を一手に引き受けていたワイバーン・ロードが、突如暴走を始めたのだ。 原因は幾つも考えられる。 限界を遥かに超えた『魔薬』の大量投与、圧倒的多数の敵と長時間対峙するストレス、長期に渡る潜伏による障害…… 挙げればきりが無い。 神業的な高機動を失ったワイバーン・ロードは、集中攻撃を受け呆気なく絶命した。 邪魔者を仕留めた艦爆がワイバーンの阻止に向かう。 これを阻止、いや時間を稼ごうと、火焔攻撃を行っていた2騎のワイバーンが行く手を阻もうとする。そして爆装した3騎のワイバーンは速度を限界まで上げ、雲鷹に向かっていく。 艦爆を阻止しようとするワイバーンの働きは見事なものであった。 彼等は自分の命と引き換えに、わずか2騎で10機近い艦爆を阻止したのだ。 しかしやはり10機近い艦爆の突破を許してしまう。突破した艦爆は全速で爆装したワイバーンに向かう。 爆装したワイバーンの1騎が艦爆に撃ち落され、さらに1騎のワイバーンが艦爆の体当たり(もう残弾がなかったのだろう)で落される。 しかしそれが限界だった。 残る1騎のワイバーンは、銃弾を受けつつも雲鷹に爆装したまま突入した。 【4-4】 今回の海戦でロッシェルは2騎のワイバーン・ロードを含む33騎のワイバーンを投入し、その全てを搭乗員と共に失った。 しかし、その引き換えとして帝國に空母1大破(最後の1発は不運にも不発だった)、空母1小破(機銃群破損)、零戦・九九式艦爆12撃破(うち撃墜は九九式艦爆5、他は雲鷹搭載中の破壊)という少なからぬ損害を与えた。 これにより、第七航空戦隊はその護衛部隊と共に本土へ帰還を余儀なくされる。 この戦いでロッシェル王国は戦争期間を通じて最大の戦果を挙げることに成功した。ロッシェル王国空中騎士団は、最後に帝國に一矢報いたのだ。 一方、勝利に慣れすぎた帝國海軍にとっては、悪夢以外の何者でもなかった。 帝國海軍はこの結果を受け、いままでその生産性と整備性の悪さゆえに採用を渋っていた新型艦爆『彗星』の正式採用を急遽決定、量産を急ぐ。 相手を甘く見すぎていたことに、少しは気がついたのだろう。 とはいえ、ロッシェル王国軍は今回の大反攻の失敗により、その継戦能力を喪失したことに変わりは無い。 戦争は集結へと、大きく舵を切った。 ……終戦後、この海戦で全滅した飛竜部隊の慰霊碑が、ロッシェル王国東海岸某所に建立された。やはりこの海戦に参加した帝國海軍将兵からの寄贈である。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【5-0 ロッシェル王国、王都】 現在、王城は戴冠式の真っ只中であった。今まさに新王に王冠が授けられようとしている。 ……しかし妙である。 普通王冠を授けるという大役は、前国王か余程高位の神官が担うのであるが、今回はそのどちらでもない。 妙といえば貴賓席にいる軍人達もそうだ。王国では見慣れぬ軍服を着ており、まるで大貴族のような扱いすら受けている。 だがその様な疑問をよそに式典は粛々と進み、跪いた新国王の頭上に王冠が授けられる。 授けた人物が厳かに言った。 「天皇陛下の御名において、汝をロッシェルの王に封じる」 【5-1】 ロッシェル王国軍がその総力を挙げて実行した反攻作戦は、王国軍の歴史的大敗で幕を閉じた。 王国はその戦力のほぼ全てを失い、継戦能力を失ったのだ。 この世界における戦争とは、通常は条件闘争の一環である。 戦争に負けた場合はその状況に応じて賠償金や領土の割譲、不利な通商条約等の条件を飲む事になる。 ……だが今回のように、完全に敗北した場合は話は別だ。 この世界の常識ではロッシェル王国は滅亡して帝國の一地方となり、国王以下貴族達はその一部を除き軽くて追放か幽閉、下手をすれば斬首となる。 しかし帝國が提示した条件は、信じられない程寛大なものであった。 ・帝國は、帝國の一邦としてロッシェル王国の存続を認める。 ・帝國は現ロッシェル王家以下、貴族・士族の身分を保証する。 ・ロッシェル王国の外交権は帝國に帰す事とする。ただし内政権に関しては帝國の利益を犯さない限り、これを認める。 ・ロッシェル王国は帝國軍の駐留、及びその行動の自由を認める。 ・ロッシェル王国は毎年帝國に一定額を納める。 ――等々。 要するに帝國は、ロッシェル王国を丸ごと『自治領』とするだけで矛を納めようと言うのだ。 このような寛大な――というより生温い――条件は前代未聞である。 大陸、いや世界中が驚愕した。 ロッシェル王国はこの条件を受け入れ、責任――主に国内に対して――をとる形で現国王が退位し、王太子が新国王となることで戦争は終わったのだ。 ……もっともロッシェル王国としては、どのような条件でも受けざる得なかったが。 【5-2】 王冠を授けられた新国王は、臣下の礼をとりながら答えた。 「臣、偉大なる陛下と帝國に忠誠を誓います。陛下と帝國に仇なす者には剣をとり、これを討ちましょう」 「その御言葉、陛下にお伝えしましょう」 ……これで大日本『連合』帝國に、新たな一邦が加わった訳か。 この光景を眺めながらロッシェル王国派遣軍司令官、いやロッシェル王国駐留軍司令官は考えた。 実は帝國の『一邦』となっている国は既にいくつも存在(みな小国だが)し、その国々も今回の戴冠式に代表を送ってきているのだ。 だが、彼等の表情は複雑そうだ。 無理も無いか。 司令官は苦笑する。 なにしろ彼等にとって、ロッシェル王国は『大国』なのだ。 小国の集団の中に突如出現した『大国』は、その集団の『秩序』を壊すだろう。 ……その『大国』が望もうが望むまいが必ず、だ。 おそらく水面下では、既に激しい邦國同士の主導権争いが始まっているだろう。 邦國集団における微妙な『対等の関係』が崩れようとしていたのだ。 【5-3】 邦國にしておいて何ではあるが、帝國にとってこの戦争は、実のところ別にロッシェル王国自体が目的ではなかった。 本当の目的は『大陸同盟』を解体し、その諸国を経済的(もちろん軍事的にも)に帝國の影響下に組み込む事にあったのだ。 『大陸同盟』とは大層な名前である。 しかしその実体は、ガルム大陸東部中小諸国が列強に対抗する為に結成された連合体に過ぎない。 そしてロッシェル王国はその加盟国であり、中核国の一つでもあった。 ロッシェル王国の脱落は『大陸同盟』の弱体化、ひいては崩壊に繋がるだろう。――そう帝國は判断したのだ。 その後、帝國とロッシェル王国は『些細な理由』から衝突し、軍事紛争が起こる。 この『軍事紛争』はロッシェル王国にとっては全力を傾けた『本土決戦』だったが、帝國にとっては『局地紛争』に過ぎなかった。 そして、帝國には『局地紛争』に止めなければならない理由があった。 局地紛争ならば、他の『大陸同盟』諸国に参戦義務は無いのだ。 だからこそ帝國は最初の一撃にこそ第一航空艦隊を用いたが、その後はロッシェル王国よりも遥かに少ない戦力で戦い続けた。 その目論みは成功し、他の同盟諸国は参戦を拒否。形ばかりの資金援助と義勇軍派遣を行ったに過ぎなかった。 もちろんこれには、帝國の政治工作の影響もある。 帝國はその傘下にある諸国に、同盟諸国に対する政治工作を命じていたのだ。 ……もっとも、一番影響を与えたのは上陸時における第一航空艦隊の活躍であっただろうが。 その結果がこの戴冠式である。 ロッシェル王国の全面降伏と同盟からの脱落に、『大陸同盟』諸国は動揺した。 それはそうだろう。『大陸同盟』の無力さを全世界に曝したのだから。 もはや『大陸同盟』は有名無実と化した。これからは列強の圧力を直に受ける事になるだろう。 『大陸同盟』諸国は、その独立の維持すら危うくなったのである。 そこに帝國は手を差し伸べた。 『帝國は列強諸国と異なり領土的な野心を持たない。現に大敗したロッシェル王国にさえその存続を許した。いま帝國の陣営に入れば、帝國の一邦になることなくその保護を受けることができるだろう』――と。 その効果は絶大だった。 既に多くの国々――大陸同盟に未参加の国々からも、だ!――からの接触があった。彼等は『帝國を盟主とした同盟』への参加を打診してきたのだ。 そう遠くない将来、大陸をまたいだ大同盟が成立するだろう。 帝國は、この世界におけるパワーゲームに参加する決意をしたのだった。 【5-4】 何故、帝國はこの世界に転移したのだろうか? 尚も司令官の考えは続く。 もしこの世界に転移しなければ、帝國はアメリカを中心とする全世界との全面戦争に突入している所だった。 それは間違いなく、滅亡への道だった筈だ。 それがどうだ! 転移して最初こそ戸惑ったが、帝國はなんとか必要な資源を確保し、今では覇権の獲得すら考えている。 経済も上向き、國民の暮らしも大分楽になった。 ……内地では『天佑』と言っているらしい。 高天原の神々が帝國の窮状を見かね、この世界に帝國を隠したのだと。 『この世界を治めよ』と帝國に与えたのだと。 そんな馬鹿なとは思うが、今まで異世界が存在する事すら知らなかったのだ。もしかしたら神々は本当にいるのかもしれない。そして…… そこまで考えが及ぶと、司令官は慌てて頭を振った。 馬鹿な! 軍人が神がかりになってどうする! そんな事は坊主が考えていればいい事だ。 我々軍人は、ただ現実を受け入れるのみ。 近い将来、帝國を頂点とする大同盟が成立する。そしてそれは、既存の秩序と真正面からぶつかる事になるだろう。 その結果は一つしかない。 戦争だ。それもこの世界全てを巻き込んだ。 既に帝國はその準備をしている。今まで凍結していた大型艦の建造再開に踏み切ったのだ。 大陸各拠点には弾薬燃料が大量に集積されつつある。 全てが戦争に向けて動き出していた。 ……なんて事だ。 愕然とする。 この世界に来て、やっと平和になったと思ったのに。これじゃあ…… 「閣下」 ふいに誰かに呼ばれる。王国宰相だ。 「何か御気に召さない事でも?」 不安げな表情で尋ねられる。 そうだ。自分はこの王国における帝國軍司令官だったのだ。 それがしかめっ面していれば不安にもなるだろう。 「いや、考え事を」 もう少しましな言い訳をしろよ、と自分で思いながらも答える。 まあ、悩んでも仕方が無い。どんな事になるにしろ、元の世界で全世界相手に戦うよりはマシだろうさ。 そう自分に言い聞かせ、強引に気分を切り替えて貴賓席を立った。 「今日はどの様な豪勢なロッシェル料理が食せるのか? と悩みましてね。面目ない!」 「いいえ! そのような事などありません! 王国中から食材を取り寄せました。どうか御堪能下さい」 「楽しみです」 そうさ。こんな下らない悩み、美味いものを食えば吹っ飛ぶだろう。